第246話 囲まれた戦士。

 カルテット国、エルフ達との勝負二日目。

 身体能力がスキルにて上がっている彼は、難なくと森の奥へと足を踏み入れていた。

 何処までこの森は続くのかと思っていたが、目の前に見える山を一つ超えたら一先ず森は終わりと言う事をユイシスに教えてもらう。

 近くに川と小さな滝でもあるのか、水音が聞こえるが、別の声も彼の耳に聞こえてくる。


「かなり森の奥まで行ってるみたいだね。こりゃ飯でおびき寄せ作戦は効かないはずだ。んっ!? いま、何か聞こえた……」


 嫌な悪寒が走ったのか、彼は耳をすませる。

 すると先にユイシスの声が聞こえてきた。


《ミツ、森に隠れておりますエルフの数名がモンスターに襲われております。死んでいる者は居ませんが、負傷者が多数、1カ所に隠れ、探しの六名が居ます》


「えっ! 襲われてるの!?」


《はい。一体のモンスターに襲われているのではなく、数体と、隠れているエルフが出てくるのを狙って居るように囲っています》


「それって危険な状態じゃん! 急がないと! ユイシス、最短の道の案内をお願い」


《分かりました。それではミツ、目の前を真っ直ぐ進んで下さい。真っ直ぐ進む事が最短です》


「ユイシス、分かったよ。真っ直ぐだね」


 ミツはユイシスの言葉通り、道を真っ直ぐ進む選択を選ぶ。

 進む進む、彼は肩に鳥型魔導具を取り付けている事を忘れているのではと思われる程の速さに、本当に真っ直ぐに駆ける。


「「「「……」」」」


 映像を見る面々は唖然とした表情を作る。

 それは森の奥に進むミツの動きの速さに先程まで感嘆の声をもらしていた貴族たちやエルフ達であったが、今の彼の動きにそんな声は出ない。

 何故なら突然ミツの動きが変わり、一心不乱と思える程に彼の走るスピードが映し出されているからだ。

 走り進め、目の前に木が現れればそれを素早く回避しては道を進む。

 目の前にイノシシの様な生き物が見えたと思えばそれを跳び箱の様に超えていく。

 目の前に川が見えたと思えば一度のジャンプにそれを飛び越える。

 映し出されている映像の移動が早すぎて、思わず酔を感じる者もちらほら。

 例えるなら、海外の市街地レースのドライブレコーダーに映し出された映像を見ている気分だろうか。

 今日もミツがやらかす……活躍を見守ろうとフロールス家へと足を向けていたカインとマトラスト。

 彼らもその映像を見ては口をポカーン。

 ここに母のローソフィアが居たら二人のその顔は厳しく窘められたかもしれない。

 その本人は二日も城を開ける訳にはいかないと、午前中は城で王としての仕事である。

 

「ど、如何したと言うのだ!? 突然あの者の動きが変わったように、映像が高速に移動し始めたぞ」


「はい、殿下のおっしゃる通り。恐らくカルテット国の戦士達が隠れていそうな場所に急いでいるのでは?」


「にしては……随分と急いでいる様にも見えるのは俺の気のせいか?」


「確かに……。おっ、森を抜けるようですな、なっ!?」


「!?」


 映像を見ていた者達はミツの移動速度に驚きに口を開けていたが、次は別の意味で驚きの表情を作る。

 ミツ本人もその光景にオドロキを隠せないだろう。

 何故なら、そこには数十ものモンスターの姿があったのだから。


「うおっ!? と、鳥!? デカっ、それと凄い数」


「なっ! ロックバードの集団!?」


 彼が見たのはただの鳥の集団ではなく、映像を見たマトラストが驚きに叫ぶモンスターの名前、それはロックバード。 

 見た目はテレビでも見たことのあるハシビロコウに似ているのだが、大きさがその比ではない。

 ダチョウの三倍ほどあるだろうその大きな体、そして獲物を一口に食べてしまいそうな大きなクチバシ。

 ロックバードは一匹を討伐するのにグラスランク冒険者が必要と言われるほどに凶暴に危険なモンスター。

 その大きな脚に蹴りはとても強力であり、蹴りの一つで岩を破壊するほど。

 討伐に向かった冒険者は、そのロックバードの蹴りにて頭や体をぐしゃりと潰されている。

 水を飲みに来たのか、その場はロックバードだらけ。

 一体のロックバードがミツが草かげから姿を見せた瞬間、周囲に知らせる様に、一匹のロックバードが口をパカパカと獅子舞の様な音を鳴らす。

 その音に注目を集めたのか、次々とロックバードがミツへと襲いかかる。

 バックステップにてロックバードの攻撃を回避。

 距離を取りつつ、ロックバードへと鑑定を使用する。


ロックバード


Lv30 猛禽鳥


地獄突きLv2。


二段蹴りLv4。


蹴り上げLv4。


 ロックバードを鑑定すると足を使用するスキルと、あの大きなクチバシをつかい、相手に攻撃するスキルが表記される。


「強さはミノタウロスよりも少しレベルは低いかな。でも、速さはこっちが速い……おっと! 敵対してるのか、餌と見られたのかな。取り敢えずエルフの人達を探さないと!」


《ミツ、探しのエルフ達は先にあります滝裏に隠れております。そちらに向かう前と周囲のロックバード、そして貴方を遠目にて見ておりますハードロックバードを討伐することをオススメします》


「ハードロックバード? 何処に……あっ、居た」


 ユイシスのアドバイスを受け、ミツは周囲のロックバード、そして少し離れた場所にてこちらを見ているハードロックバードを見つける。

 恐らく進化種なのだろう。

 ハードロックバードは大きさはロックバードと変わらないが、白い羽におおわれた鳥であった。


ハードロックバード


Lv45 猛禽鳥


地獄突きLv9。


二段蹴りLv8。


蹴り上げLv7。


ペトロブレスLv7。


「何かロックバードが持ってないスキルがあるね。ユイシス、あのペトロブレスって何?」


《はい。〈ペトロブレス〉こちらは相手を石化させる効果を持つスキルです。ハードロックバードは生き物の肉も食べますが、主に石化させた者を食べてしまう種です》


「げっ、石化か……。まぁ……自分にはね?」


《はい。ミツには〈状態異常無効化〉スキルがありますので、石化の効果はありません。ですが、滝の中に隠れたエルフには効果はある為、急いで治療を行わければ全身が石化となり死んでしまいます》


「えっ!? 隠れてる人の中にブレスをくらった人が居るの!? やばいじゃん、本当に急がないと」


 滝の中に隠れているエルフ。

 ユイシスの言うとおり、彼らの中にハードロックバードのペトロブレスを足に喰らってしまった者が今も倒れ、仲間から強く声をかけられていた。

 しかし、右足からジワジワと石化が進み、既に倒れたエルフの右太ももまでも石化が進んでいた。

 そのエルフの石となった右足は、ポッキリと折れてしまっている。


「しっかりしろ! ここで諦めるな!」


「はぁ……はぁ……。アリシア隊長。はぁ……はぁ……い、今まで、こんな俺に教えを頂き……感謝いたします」


「莫迦! 何を弱気な言葉を口にするか! ロベルト! 貴様、私の部下に配属された時、死ぬ時は国の為に命を尽くせと教えたはず! その教えを忘れたのか!?」


「す、すみません……はぁ……はぁ……」


「アリシア様……。もう手持ちの回復薬が尽きます……。ロベルトの石化の進行を止めることはもう……」


 アリシアと名を呼ばれた女性。

 部下のロベルトが目に見えて衰弱していく姿に彼女は激を飛ばす。

 側にいる他のエルフが手持ちも少なくなった回復薬に暗く視線を落す。


「はぁ……はぁ……。アリシア様、さ、最後に……私を囮にお使い下さい……。その間と、どうか皆を連れ……」


「黙れ! そのようなくだらん事を口にするな!」


 外には未だ自身達を狙うロックバード。

 そして片足を石にしてしまったハードロックバードが自身達が出てくるのを狙って待っている。

 失った自身はもう助からないと、ロベルトは覚悟の言葉を口にするが、それは隊長のアリシアだけではなく、周囲の仲間達も口を揃え止める。

 莫迦野郎、無謀者、お前なんか囮にしても秒の足しにもならないなんて……何か酷い言葉もかけられる。

 反論する言葉も出そうと思ったが、それも確か。

 しかし、今も足を鋭利な刃にて削り取られるような痛みが続くなら、弱音が無意識と出てしまうのは仕方ないだろう。


「鳥光文があれば連絡も取れたというのに……。私の判断が甘かったか……」


「いえ、隊長、誰もまさかこの様な場所にロックバードが居るとは思いません! フロールス家の者達も自身の屋敷の近く、情報があれば彼らもロックバードの討伐に兵を向けていたでしょう」


「そう……だな……。取り敢えずこの滝の奥に洞穴があって助かった事に今は感謝しておこう。しかし、安心している状態ではないのも確か……」


 妖精の踊りを行い二日目。

 周囲の警戒は怠らず、本日も各自最低限の食事や排泄を済ませた後また身を隠していた。

 しかし、運も悪くロックバードに気づかれてしまう者が出てしまう。

 一体ならばその場から立ち去れば良い話だが、まさかの数体と囲まれる状態。

 止む終えずと救難の笛を吹き、近くにいた者たちが集まり今の状況となっている。

 最初こそ襲われた者を救いつつ、一体のロックバードを討伐するも、数に押され、更には進化種のハードロックバードまでも現れると言う不運に追い詰められるエルフたちである。

 

「隊長、我々全員が一斉に魔法を放ち、道を切り開くのはどうですか……」


「……いや。その方法では恐らくロックバードは兎も角、ハードロックバードは倒せん。あいつは遠距離からのブレスにて攻撃を仕掛けてくる。我々が魔法を放った場所に、ブレスが飛んでくるかもしれん……」


「では、どうすれば……」


「「「……」」」


「手はある……。テトラ、エリカ、ティナ、コナー……。私はお前達もここで死なせる気はない」


「「「「……」」」」


 名を呼ばれた残りのエルフ。

 四人もその言葉に視線で返事を返す。


「私がロックバードの群れの中央にてウインドボマーを発動する……。あの技ならばロックバードの足も止め、足元の砂利や砂にて目くらましにもなるだろう。その間、お前達はロベルトを連れて……」


「隊長! 貴女こそ何を言われますか!?」


「そうです! アリシア様を残して私達だけが生き残るなんて!」


「こらこら、ティナ。私を勝手に殺さないでくれよ。私は犬死する気もないよ。お前達、勘違いするな。これは命令だ」


「「「「……」」」」


「はぁ……はぁ……。アリシア隊長……」


「心配するな。今は自分の事だけ考えなさい。テトラ、ロベルトを背負って走れるな。エリカ、ティナ、コナーは周囲を警戒しつつ、二人の護衛としてフロールス家へと走れ。途中、同朋に遭遇したならば、ロックバードの情報を直ぐに回せ。その際、回復薬を受け取り、ロベルトに常に飲ませろ! いいか、こいつの胃袋がもう入らずとも、無理矢理にでも飲ませろよ!」


「は、はい……」


「……はい」


「……」


「返答!」


「「「「はっ!」」」」


「よし……」


 アリシアは激を飛ばす勢いと声を出し、返答を返した部下たちへと笑みを返す。

 滝の入り口の壁に背を当て、外の様子を見る前と気持ちを落ち着かせる。


「よし……。ふぅ……(ああ……ミンミン様……この様な場所にて散りゆく愚かな私に裁きを与えますなら、どうか貴女様の天命を末等された後にお与えくださいませ……。それと、生き伸びたこの者たちには寛大なお言葉を……)」


 震える腕に力を入れ、アリシアは覚悟を決める。

 外の様子を伺い、ロックバードが滝の方を観ていないことを確認後、彼女は声を出す。


「いくぞ……。走れ!」


 がっ、その足は直ぐに止まった。

 彼女が一歩外へと足を向けた瞬間、巨体のロックバードが目の前を飛んで岩壁に打つかる。

 ドカンと打つかる音の後、他のロックバードが一か所に向かって鳴き声を出している。 


「!?」


「な、な、何が!?」


「隊長! ロックバードが!」


「ま、まさか……あれは」


 アリシアに続き、後ろに控えるティナ達が驚きに指を指す場所には無数のロックバードと戦うミツの姿。


《ミツ、右側よりロックバードの攻撃が来ます、後に他の個体が蹴り上げた岩が飛んできますのでそれを回避してください。岩を蹴り上げた個体は無防備となりますので攻撃を》


「よっ! せやっ!」


 ユイシスから戦闘ナビを受けつつ、無数のロックバードを相手にするミツの姿は、エルフ達の動きを止めてしまう。

 ロックバードの地獄突きの攻撃をいなし、飛んできた岩を回避しては彼は駆け出す。

 彼の素早い動きにロックバードも驚いているのか、足元に迫るミツに驚きの声を上げる。

 まさに鳥が威嚇するときの鳴き声を上げるが、その声は泣き声と変わった。


「スキルで持ってないけどっ! サマーソルトキーーーック!」


 ロックバードの胴体に蹴りの一撃。

 今の彼はスキルや支援の魔法を使わずとも巨体のロックバードを岩壁に吹き飛ばす力はそなわっている。


「「「「「!?」」」」」


「た、隊長……。あれは勝負相手のヒューマンでは……」


「す、凄い。ロックバードを蹴り上げた……」


「アリシア様、分かりませんが救援です! 彼がロックバードを引きつけている間と直ぐにこの場を立ち去るべきです!」


「エリカ、それでは我々が彼を囮にして生き延びては、後に問題となる! ……策を変更する! テトラ、お前はいつでも走れる様に控えていろ。エリカ、お前は軽傷とはいえ負傷兵。ここにて二人を護衛していなさい。ティナとコナーは私に続け! ロックバードの数が減り、退路が確保され次第、この場を撤退する! いいか、一人たりとも欠けることなく、生きてセルヴェリン様とミンミン様の前に立つのだ!」


「「「「はっ!」」」」


「目標は我々から視線を外している! 一体づつと仕留める! いくぞ!」


「「はい!」」


「あら、あの人達も加勢に出てきてくれたのかな? 三人が出てきてると言うことは、怪我人を一人、若しくは二人の護衛を残してる。それとも二人、三人が負傷してしまったか。よし、取り敢えずこいつらはスキル無しでも戦えてるから早めに片付けちゃおう」


 滝の方に視線を向ければ、アリシア達が姿を見せていた事に気づく。

 ミツは倒したロックバードの足を掴み、それを大きく振り回す。

 固まっていたロックバードの方へとそれを放り投げれば数体のロックバードが巻き込まれる。

 怯えに数歩後ずさるロックバードを確認後、素早く彼はアリシアの方へと移動する。


「せいっ! 皆さん、ご無事ですか?」


「ヒューマン! いや……ミツ殿と申されましたか。妖精の踊りの最中、とんだ事になりました。先ずは貴殿の救援に感謝します。現状を端的に説明いたします。我々の他、三名がそこの滝裏にて控えています。二人が負傷、一名がハードロックバードのブレスを受け、一人では動くこともままなりません。現状にて退路が見つかり次第、撤退を予定しております」


「分かりました。えーっと、確か貴女はアリシア・チャードラード様ですかね?」


「いかにも。私はアリシア、こっちはティナとコナー。二人とも、ミツ殿の手が回らぬロックバードに目標を定めよ!」


「あっ、ティナ・ティック・テイクさんと、コナー・ルートさんでしたか。皆さん、ロックバードが蹴り飛ばしてくる岩などにも注意してください」


「了解した」


「「はい!」」


 無数のロックバードを前に、四人が構えを取る。

 一体のロックバードが迫る。

 アリシアが懐から数本のナイフを取り出し、ロックバードへと投げる。

 的が大きい為か、ナイフは全てロックバードの胸や首へと刺さり、ミツの前で転倒させる。

 直ぐに起き上がろうとするロックバードの頭。しかし、そこにミツの拳がめり込む。

 ガツンと音を鳴らし、地面にめり込むロックバードの頭。

 ぴくぴくと幾度かの痙攣を起こした後、殴られたロックバードは亡骸とステータスの状態を変えてしまう。

 次に襲いかかる個体もエルフが怯ませた後、直ぐにミツの物理攻撃にて討伐を成し遂げていた。

 アリシア達も今自身が持っている獲物ではロックバードのトドメを指すには時間もかかる事は理解しているのか、彼女達の動きは足止めや撹乱と被害を抑える動きを見せていた。

 一体、一体と次々に地面に倒れていくロックバードの群れ。

 その映像を見ていた王族貴族達は完全に動きを止めてしまっている。

 映像にロックバードの群れが映し出された瞬間、ダニエルはゼクスと私兵をミツの元に向わせる命令を出していた。

 だが、その準備が整う前と、ミツの戦闘は始まり、マトラストがダニエルへとゼクス達を向かわせたとしても無駄足になると言葉をかける。

 確かに、ミツの足の速さをゼクス達が持っていたとしても、彼らが到着する頃には全てが終わっていそうな雰囲気が既に映像でも感じ取ることができてしまう。

 それでも一応と、ダニエルはゼクスへといつでも迎えれる様にと命令はそのままにしてある。


「あそこにいる者が彼で良かったわ……。アリシア達だけでは危険でしたね」


「ああ……」


「少年君……」


 彼らが驚くのはミツの戦闘技術だけではない。

 今まさにミツ達が戦っているロックバードの危険性を考えてしまうと、セルヴェリン達は無意識と背筋をゾクリと感じさせていた。

 ロックバードの力や強さはミノタウロスよりも少し上。

 それは動きの遅いが腕の力が強いミノタウロスよりも、クチバシと足の力を持つロックバードの方が動きも早く、攻撃の手数が決め手となっている。

 更にはミノタウロスは野良で出ても2〜3体程だが、ロックバードは運も悪ければ最悪の10を軽く超える群れを作ることがある。

 しかし、目の前のロックバードは数としたらその10を超える最悪の状態なのだが……。

 どんなに群れを作ったモンスターであろうと、ミツと出くわした時点で、そのモンスターの方が運が無かったのではないだろうか。

 ナムナム。


「アリシア様! ロックバードの数も減ったことに退路が空いております! 今がチャンスかと!」


「分かった! テトラ! エリカ! 行くぞ! ミツ殿も共に撤退を!」


「分かりました」


 アリシアの声にテトラに抱えられたロベルト、そしてエリカが出てきた。

 三人はティナとコナーに守られながらフロールス家方面へと駆け出そうとする。

 五人が次々と森の中に駆け込む中、アリシアは最後まで残りのロックバードへと警戒する。


《ミツ。エルフ達が滝の内側より出てきたことに、ハードロックバードが彼らに〈ペトロブレス〉を発動します。このままでは一番とアリシアが石化状態と死亡いたします》


「なっ! アリシア様!」


「えっ!?」


 ユイシスの言葉に思わず駆け出すミツ。

 彼女の方へと振り向けば、ハードロックバードが相手を石化にしてしまうペトロブレスをすでに口から放出していた。

 ミツはアリシアの体を押し退け、ティナ達の方へと飛ばす。

 その際、衝撃にて肩に取り付けていた鳥型魔導具が外れ、アリシアが飛ばされた方へと飛んでいく。


「きゃっ!」


「あっ!」


「「「!!!」」」


 アリシアを押しのけた事に、ミツがアリシアの場所に立てば、ブレスはミツへと振りかかる。


「あっ」


「「「「「!!!」」」」」


「「「「「!!!」」」」」


 アリシアを受け止めたティナたちの驚きと、ミツの胴体が石化になってしまった映像が映し出されたことに、映像を見ていたその場は騒然としてしまう。


「ミツ殿!」


「少年君!」


「いかん! ダニエル、彼らの元に救援を急がせよ!」


「はっ! ゼクス!」


「かしこまりました!」


 その場は一気に慌ただしく動き出す。

 しかし、その動きも直ぐに止めてしまう光景がまた映像に映し出されてしまう。


「あっ、あっ……ミツ殿!」


 自身を守る為と、身代わりに半身を石にしてしまった少年の姿にアリシアは顔面蒼白。

 叫び駆け出そうとするアリシアを羽交い締めとコナーとティナの二人がアリシアを止める。

 それはミツの周りにはまだペトロブレスの残霧があり、それに触れてしまえば、今ミツに近寄ろうとする彼女も石化となってしまうかもしれない。

 離せ、離せとアリシアが二人を振りほどこうとするが、半身を岩にしてしまった者がもう助かる訳もない。

 二人も辛い気持ちと、アリシアを抑える力が強くなっている。 


「ミツ殿! ミツ殿! ミツ殿!!」

 

 自身のミスにて他国の者を危険に晒した。

 更には半身を石化にしてしまうと言う死を与えてしまった。

 アリシアは悔い、頭を下げてしまう。


「あー、食らっちゃったか」


「へっ……」


 そんな周囲の絶望とした空気も知らずと、少年はそんな軽い言葉を発言する。


「アリシア様、突然突き飛ばしてしまい申し訳ございません。お怪我などはされませんでしたでしょうか」


「わ、わ、私は大丈夫です! 貴方の助けに私は助かりました! 申し訳ない!」


「いや、そんなそこ迄頭を下げ無くても良いですから」


「ですが、ミツ殿……。その身体では、もう……」


 ジワジワと進むミツの身体の石化状態。

 アリシアの部下のロベルトと違い、ミツは直撃と言える程にペトロブレスを喰らってしまった。

 進行速度の差は大きく、ミツを見るエルフの顔は誰もが苦悶としていたろう。


「ああ、これですね。意外と痛くはないもんですね」


 その言葉は自身達に心配させまいと、彼なりの最後の気配りだと思われたのだろう。


「……申し訳ない。本当に申し訳ない……。貴殿の行い、私はセルヴェリン様とミンミン様だけではなく、必ずや祖国全員に聞かせることをお約束する……。人族のミツ殿は……エルフである、私の命の恩人であると! くっ……」


「まぁ……そこ迄言ってもらえるのは嬉しいですね。えーっと、アリシア様、すみませんが隠れていた奴が来たので、少し皆さんと離れてください」


「えっ……。くっ!」


 ミツの言葉に、アリシアの意識が周囲に向けられる。

 彼女の視線が厳しく変わり、上に向けられる。

 隠れた場所からジャンプして来たのか、ハードロックバードがドシンとミツの後方に着地する。

 

 グロロロと、鳥にしては低い声。

 ハードロックバードはすかさずとそのクチバシをミツへと振り下ろす。


「させるか!」


 命の恩人にこれ以上の仕打ちは許さない。

 アリシアはティナとコナーの二人の腕を振りほどき、バッと駆け出す。

 だが、彼女が駆け出し、一歩踏み出せば目の前のミツが先手とハードロックバード                                      へと攻撃を仕掛けた。

 そう、彼は攻撃をしたのだ。

 石化となっていたはずの半身の岩が突然ひび割れ、内側には人族の肌色が見せる。

 バキッっと岩が砕ける音の後、彼の拳がハードロックバードを先程吹き飛ばしたロックバードよりも高く吹き飛ばした。


「「「「「「!!!」」」」」」


「「「「「「!!!」」」」」」


 高く吹きとばされたハードロックバードが地面にドシンと落ちる。 

 鳥型のモンスターのロックバードと進化種のハードロックバードだが、これらは飛ぶ事のできない種なのだろう。


「まったく、最悪だよ。折角買ったばかりの服と黒鉄の鎧が壊れちゃったじゃん。って、うわ、パンツが脱げる!」


 半身にペトロブレスを浴びてしまったミツの身体だが、彼には〈状態異常無効化〉のスキルが発動している為、石化になることはない。

 しかし、彼の身につけていた衣服は別だ。 

 下着として身につけていたシャツやパンツ、そして錬金術で作られた黒鉄の鎧は残念ながらペトロブレスが耐えれる作りでは無かった。

 バラバラと彼の体から落ちる石となった鎧や肌着。

 しかも今もブレス効果は持続しているため、彼の姿はまいっちんぐな服装に変わりつつあった。


「なっ!? あいつは石化までも効かぬ体をしておるのか!」


「殿下!」


「す、すまぬ……」


「「「!?」」」


 思わずカインが発したその言葉に反応したカルテットの王族たち。

 マトラストが止めの言葉を出すも、訝しげな感情を持たれたのは間違いない。


「えっ、ちょっ、待って!」


「ミ、ミツ殿、これをお使い下さい!」


 アリシアは自身が羽織っていたマントを脱ぎ、ミツへと手渡す。


「あ、ありがとうございます!」


 彼が受け取ったマントを羽織ったタイミングと、彼は元々身につけていた装備一式、全てを石としてしまった。

 ここでミツの運が良かったことは、アイシャから貰ったお守り、また武道大会の閉会式でダニエルから受け取った天使の腕輪、俊足の足枷を身に着けず、アイテムボックスに入れていた事が幸いとした。

 幸いと言うか、早朝からのスタートで彼は寝ぼけて身に付けることを忘れていただけなのだが、まー、本当に運が良かった。


 群れのリーダーをしていたハードロックバードが吹き飛ばされた事にロックバード達が動きを止めた。

 それは先程までの勢いを殺すほどに。

 しかし、ロックバード達は逃げ出そうとはしない。縄張り的な意識なのか、それともリーダーをそのままと逃げる事ができないのか。

 ミツは一先ず踵を翻し、アリシア達の方へと声を飛ばす。


「えーっと、ロベルト・ネーンさん、まだ意識はありますか?」


「はぁ……はい……。ですが、正直話すことも……辛く」


「そうですか……。テトラ・リ・ラトラさん、すみませんがロベルトさんを下ろして頂けませんでしょうか」


「はい、えっ!?!? ミツ殿、失礼ながら今はこの場の撤退が先決。こいつを下ろすなら、せめて場を変えてこそ」


「駄目です!」


「「「「!?」」」」


 ミツの止の言葉にビクリと反応する周囲のエルフたち。


「あっ、声を上げてしまいすみません。ですが、ロベルトさんはもう限界です。彼の石化はもう下半身に届いてしまいますので、直ぐにこの場で回復しなければ彼は死んでしまいます」


 今もジワジワと岩になっていくロベルトの下半身。

 石化は既にもう一つの足にまで行ってしまっているのか、ロベルトは両足を失いそうになっている。

 無くなってもミツならば治すことも可能だが、これ以上石化の進行が進むと、激痛の痛みにロベルトの精神が持たないとユイシスからの助言である。


「……」


「隊長……」


 この場の判断はアリシアが決める。

 テトラは視線をアリシアへと向け、指示を待つ。


「ミツ殿は、先程のご自身のようにロベルトの石化を治せると……」


「治します! それと、エリカ・ミストアイさんは軽傷ですが、彼女も治療を受け入れてください」


「分かりました……。我々にはもう回復薬の手持ちがありません。ロベルトとエリカ、二人をお願いします。エリカ、貴女も治療を受けておきなさい」


「はい……」


 エリカがアリシアの言葉にミツへと返事を返す。

 その瞬間、ミツは肩の荷がおりた気分とため息を漏らした。


「はぁ……。やっと終わった」


「? ミツ殿、終わったとは?」


「いえ、こっちの話です。ではすみませんがロベルトさんにはこちらを飲んで頂きます」


 ミツはアイテムボックスを開き、中から以前洞窟内でアバと昼食の交換と貰った緑ポーションを取り出しアリシアへと渡す。

 受け取ったアリシアはそれが低品質とすぐにきずいたが、それは口にはしなかった。


「これは……回復薬……(しかし、質がそれ程良くはない……)」


「それとこれを一緒に飲んでもらいます。完全な治療は戻ってからしますので、一先ず石化の進行を止めますね」


「これは……?」


 次に出した小瓶に入った液体。

 中身は赤と紫が混ざりあった液体がユラユラと揺れ動いている。

 中身を見てもアリシアはそれが何なのかが一瞬分からなかった。

 

「これは竜の血です。ロベルトさんには回復薬とこれを一緒に飲んでもらいますね」


「「「「「「!?」」」」」」


 ミツ自身に回復薬の知識は全く無いが、ユイシスの助言にてそれは問題なくクリアーしている。

 彼の持つ〈キュアクリア〉は今回ロベルトが食らった石化を治すことは不可能とユイシスから助言を受けている。

 ならば如何するかと質問すると、石化自体の進行を止めるには強い回復薬を体内に摂取する事に、進行を止め、治すことが可能と教えられている。

 ミツのアイテムボックスには、運もよく、以前アバから貰っていた回復薬が入っていた。

 勿論それは低品質であり、飲んで治っても吐き気や腹痛防止程度。

 だがそこに竜の血を一緒に飲む事に、低品質の回復は、上級の回復薬にまで跳ね上げる効果を出す。


「りゅ、竜の血!? ミツ殿、お、お待ちを」


「はいはい、話は後で聞きますから。早くしないとロベルトさんがおっちにますよ。それにロックバードもそろそろ動き出しそうですから早く飲ませてください」


 有無言わさずと、ミツは早く飲ませることをアリシアへと促す。


「……。分かりました。この恩は必ず……。ティナ、ロベルトにこれを」


「はい……。ロベルト、口を開けて」


 荒々しい呼吸をしているロベルトへとティナは優しく彼の口元に回復薬の瓶をあてがう。


「はぁ……はぁ……。うっ! くっ……。はぁ……はぁ……。はぁ〜」


 荒々しい呼吸は次第と落ち着き、大きく呼吸を最後にロベルトは苦悶とした表情を消す。

 そして、進行は止まり、石化してしまった部分はバラバラと地面に崩れ落ちて行く。

 ロベルトの体は元々その部分だけが無かったように、綺麗に皮膚を繋げている。

 回復薬の効果も高かったのか、ロベルトは激痛から逃れる事ができた安堵と、極度の睡魔に襲われ、眠ってしまった。


「アリシア様、ロベルトの石化が止まりました!」


「ロベルト! 良かった、良かったわ」


 周囲の喜びを確認するためと、アリシアはロベルトの呼吸音、失った右足を見る。


「ミツ殿、感謝いたします! 貴方が居なければロベルトはもう……」


「いえ、お礼の言葉はまた後で。先にアレを片付けましょう」


 ミツは既に視線はロックバードの群れの方へと向けていた。

 アリシアもそちらに視線を向ければ、ロックバードだけではなく、ハードロックバードもゆっくりと立ち上がろうとしている。


「ですね……。僭越ながら動ける我々も加勢いたします」


「あっ、大丈夫ですよ。もう自分も本気が出せるので皆さんはここで待っててください」


 ミツはニコリとアリシアの方へと向けた後、両手に〈忍術〉嵐刀を発動。

 ブワッと風が吹き上げ、アリシアの視線が剣に向けられる。


「えっ。魔法……」


 その光景を見ていたカインは叫ぶように声を出す。


「ミツ! 何故アイテムボックスを使用した!? それに魔法を発動しては貴殿の……」


「カイン王子、ご安心ください」


「セルフィ嬢、何を……」


 慌てるカインを宥めるように、セルフィはゆっくりと言葉をかける。


「少年君は妖精の踊り、セルヴェリン兄さんとの勝負に勝ったんです。だからこそ彼はアイテムボックスから回復薬を取り出し、またロックバードに立ち向かおうと剣を抜いたのです」


「そ、それは誠ですか!?」


「……」


「彼の事です。残りの六人あの場にて全員の真名を呼び、しれっと彼女達に触れたのでしょう。まったく、相変わらずスケベね、少年君」


 ミツがスケベか如何かは今はともかく、実はセルフィの言うとおり、彼は六人の真名を呼んだ後、さりげないボディータッチにて妖精の踊りを周囲も気づかずに終わらせていたのだ。

 今までスキルや魔法を禁じられていた彼は、鬱憤晴らしとばかりに、この戦い、最初っから最後までクライマックスと彼は動き出す。

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