第245話 食欲には勝てなかったよ

「美味い!?」


「な、何だこの美味さは!?」


「おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね」


 カインとマトラスト、二人の声が灯りの下にて響き渡る。

 夕食となり、彼らは今、ミツが作ったカレーをパクパクとスプーンを口へと運んでいる。

 最初こそ彼らは目の前に出されたカレーに抵抗心を出していたが、それも直ぐにスパイスの漂う香りにそんな抵抗心など直ぐに消えてしまったようだ。

 ローソフィアもカレーがドレスに付かないようにと、長めの前かけを付けては静かにそれを口に運び、後に顔には笑みを作る。


「ミツ殿、スマヌがもう一杯頂けるかね」


「むっ!? マトラスト、お前、食べるのが早すぎるぞ。ミツ、俺にも頼めるか」


「はいはい。あそこで料理人の人達が待ってますので、欲しい人は自分で取って来てくださいね」


「えっ?」


 王族である自身の言葉であるが、それが当たり前とミツはカインへとおかわりが欲しいなら自身で貰ってきてくれと返事を返す。

 ミツから思わぬ返答を返された事に、カインはあっけにとられてしまった。


「えっ、じゃありませんよ。他の皆さんも食べてますから、カイン様が食べたいならご自身で皿を持っていってください。ここはカイン様のお家じゃありませんよ」


 周囲を見渡せば、先程のカインとマトラストと同様に、皆が美味いうまいと口にしてはカレーを食べている。

 給仕をする人は人の数が多すぎる為に人手が足りないのか、未だに最初の皿に手を付けていない人へと配膳を行っている。

 先に食べた人は王族であろうと、貴族であろうと自身で席から立ち上がり、パープル達のいる所に皿を自身で持っていけば直ぐに食べたい分だけ貰えるとミツの返答である。

 凄く不躾で不敬な発言かもしれないが、カインからは形式上の場でない限りはフレンドに接してくれと彼の言葉を聞き入れたまで。

 誰かに何かをやってもらう事が当たり前だったカインは、動揺しつつも席から立ち上がる。

 

「お、おう。そ、そうだな」


 流石にやり過ぎではと思ったのか、共に卓の席に座るダニエルが声をかける。


「で、殿下、私めがお持ちいたしますので」


「いや、ダニエル、自分で行く。次は大盛りで頂くとするぞ。んっ? 何だトール、お前も食べ終わったのか。よし、お前の分も貰ってきてやろう」


「ワフッ!」


 カインの足元には愛犬のトールが空になった皿を咥えてカインへと突き出す。

 ミツの治療にて歯も治り、体調を戻したトールはヒュドラの軟骨をコリコリと美味しそうな音を鳴らし食べ終わったようだ。

 因みに軟骨は出汁としてミツが教会などでスープとして使っていたあまりである。


「さてと、って!? あれ、マトラスト、あいついつの間に列に並んでるんだ」


「自分がご自身で取って来て下さいと言った時から向かわれましたよ?」


 彼の言葉通り、マトラストは既におかわりの配膳を配るテーブルの方へと向かい、パープルからカレーを受け取っていた。

 辺境伯直々とおかわりを貰いに行ったことに周囲から驚きの視線が向けられたが、カインも同じように自身で皿をパープルに渡した事に周囲の手本となったのだろう。

 おかわりが欲しければ側仕えやメイドに頼まず、自身で行けと。

 

 そして、ミツの座る隣の席では大変な事になっていた。


「うっ、美味しい。少年君、ごめんね、さっきまで君の事怨めしく思っちゃって。ああ、こんな料理があるだなんて」


「セルフィ、もう少し静かに食べないか」


「あら、流石お兄様。さっきっから黙々とお食事をされていましたお兄様の皿は既に綺麗になりましたのね」


「むっ……」


 ミンミンとセルフィの視線がセルヴェリンのカレー皿へと向けられる。

 皿は綺麗に米のひと粒ですら無くなっていた。

 と言ってもそのセルフィとミンミンの皿ですら空となっているのだが。


「この品、追加を貰えるというのは誠であろうか……」


「みたいですね。さてと、私もおかわり貰っちゃお〜っと」


「んっ。セルフィ、行くなら俺のを一緒に頼む」


「私もお願いするわ」


 二人が空となった皿をセルフィへと差し出し、一緒に頼むと告げる。


「えっ? セルヴェリン兄さん、ミンミン姉さん、それは駄目よ?」


「「えっ!?」」


「だって、少年君がおかわりが欲しければ自身で取りに行けって言ったじゃない。セレナーデ王国の第三王子ですら自身で皿を手に向かわれたのよ? ここでカルテットだけ他者に任せるような真似は見せられないわよ。それが彼の希望なら聞いてあげないと。それじゃね〜」


「お、おい、セルフィ!?」


「行ってしまいましたね……」


 彼女はルンルン気分と足取りも軽く、パープルの元へと足を進める。

 途中、カインとすれ違う際、彼の手に持つカレーには、先程食べた時には無かった何かが乗せられていることに気づき、彼女は質問。

 味変と言う訳ではないが、それは二杯目を求めた人が仕える粉チーズであった。

 他にもマヨネーズやソースなど、辛さを求める人にはカラ実の粉等も置いてある。

 セルフィは新たな調味料も気になったが、元々食べていたカレーには不満などは無かった。

 いや、寧ろ味変なんてとんでもない事だ。

 なんせこのカレーの中にはあのキノコが入っているのだから。

 

 今回、屋敷に訪れた者には晩餐が振る舞われる。

 それは皆は知っているだろうが、ミツが作ったカレーである。

 食事を始める前と、カレーの中身は様々な香辛料を使い、更にはヒュドラの肉を使用したことがミツから説明を受ける。

 カイン達は一度ヒュドラの肉を食した事があるので、その時の味を思い出したのだろう。

 彼の喉がゴクリと音を鳴らす。

 見た目は泥のように見え、とても食べ物には見えない品。

 だが味は間違いないと屋敷の料理長であるパープルの言葉が入る。

 そして、セルフィの前にカレーが盛られた皿が置かれ、彼女がミツへと一言。


「少年君……。君は何であのキノコを、コウキュウタケを使っちゃったの!? ああ……。私も数回の一欠片しか食べたことの無いコウキュウタケが……」


 ミツが森で見つけたキノコは、コウキュウタケと言う名であることが教えられる。

 

「セルフィ様、安心してください。そのキノコは間違いなくそちらの料理に使われてますので……」


「違うわよ! 私はあの香りと味を味わいたかったの!」


「お、おい!? セルフィ、止めないか」


 周囲の視線も気にせず、セルフィはミツが見つけたキノコ、コウキュウタケを得体の知らない料理に使用された事に珍しくも狼狽した声を上げる。


「だって、だって……」


「そ、そこ迄セルフィ様があのキノコを望まれているとは知らず、申し訳ございません。でもご安心下さい。この料理、一見香辛料をふんだんに使用してますが、えーっと。コウキュウタケでしたっけ? その味と香りは失われていないはずですよ。味も悪くない品となりましたので、セルフィ様にも喜んで頂ける品と思います。どうぞ、騙されたと思って一口食べてみて下さい」


「……」


 セルフィは食をする前と、椅子から立ち上がり、先程声を上げた事を周囲へと謝罪する。

 改めて椅子に座り直し、笑みを作るミツを横にセルフィは一番とカレーを一口パクリ。

 因みに毒味役は既に皆の前でパープルが行っているのでそれは省かれている。

 

「……!? えっ……」


 彼女が今まで経験のない味を口にしたことに口元を抑え、ミツとカレーを交互に見るセルフィ。

 彼女の反応に次は自身がと、セレナーデ王国の面々も口に運ぶ。

 その瞬間、カレーを口にした者全員が驚いた。

 一瞬ピリッと舌を刺激する感覚に襲われたと思いきや、次に彼らが感じたのは舌をとろけさせる極上の旨み。

 その味に驚きつつ、次は薄切りに切られた肉と野菜、共に米を食べる。

 先程のカレー単体だけでも美味だったと言うのに、肉と野菜、そしてを米、全てを共に口に含んだ事に、彼らの口の中では味のビックバンが巻き起こる。

 

「な、何だこの美味さは!? 以前食した肉がこのカレーと言う料理になる事で、更に旨味がましておる!」


 カインの他にも、カレーを一口食べた者は無意識と美味いと言葉にする。


「良かった。カイン様方々にはお気に召して頂けたようですね。セルフィ様はお味の方はいかがですか?」


「う、うん。美味しい……。少年君、凄く美味しいわ」


 カレーを一口食べた後、口の中に広がるスパイスの香りと味の後、ふわりと香るコウキュウタケの匂いと味は幼き頃にセルフィが味わった時以上の感動を彼女に与えた。

 周囲の貴族も食べ始め、美味いうまいと声が聞こえる中、マトラストはミツへと料理に関して興味津々と調理法を尋ねる。

 それは以前食べたヒュドラの肉が今回さらに美味く食せる理由。

 ただ単に肉を網の上で焼き、塩を振っただけの品と比べたらそれは調理法も違うのだから当たり前だろうと思う者も居たであろう。

 しかし、マトラストの質問にミツは笑みを作りつつ、その説明はカルテット国の方にも聞かせる様な説明法を彼は話す。

 

「はい、マトラスト様のご質問にお答え致します。今回使用しましたヒュドラの肉。こちらの肉ですが、調理中にある事をすることに味を引き立て、とても柔らかく仕上げました」


「ほう。何をせずとも既に極上の味を持つ肉に、貴殿は更に手を加えるとは。して、その方法とは?」


「簡単なことですよ。それはですね、食べれるキノコと一緒に煮込むことです」


「「「!?」」」


 その言葉に、セルフィだけではなく、カルテット国全員の視線がミツに向けられる。

 今回ミツが行った調理法は、前世で得た知識を使っている。

 カレーを作る際、一般家庭で使われる肉はスーパー等に売られている安い肉が使われるのが当たり前。

 肉によっては煮込めば硬くなったりしてしまうが、ある方法を使用することにより、使う肉をスーパーの肉から、A5ランクの特産肉と思える程柔く、ジューシーな作りに変えてしまうのがキノコを使用した調理法である。

 キノコと言うが、使用する物は舞茸である。

 舞茸は他のキノコ類と違い、匂いが強い事が一番の特徴かもしれないが、舞茸の中に入っている成分が肉を柔くするにはもってこいの品となるのだ。

 まず、買ってきた肉に付いた血を拭き取り、小さな袋へと入れる。

 その中にみじん切りにした舞茸を入れ、揉みこんだ後に20分ほど冷蔵庫等に入れる。

 これだけで実は肉がとても柔くなり、後は普通のカレーの作り方の手順で作るだけ。

 肉に付いた舞茸も共にカレーの中に入れても旨味もあるので、問題なく美味しく食べれる。

 肉はホロホロと崩れる程に柔く、歯の弱くなった祖父と共にこの方法にてカレーを食べていた事もあった。

 さて、今回使用したコウキュウタケ。

 ヒュドラの肉に漬け込んだわけではないが、コウキュウタケ自体が舞茸が肉を柔くする効果の10倍はある為、共に煮込むだけで今回の様な調理法を可能としている。

 また、最後に入れることに、コウキュウタケ自体の香りと味を失うことなく、セルフィが感じた感動とする一品と仕上がっている。


「セルフィ様や皆様のお話を聞いて、今回の料理に使えるのではと思い使用させていただきました。改めて、セルフィ様のお気持ちを置いたままに、材料として使用した事に謝罪いたします」


「そ、そんな事良いのよ!? 元々見つけたのは君だし。それよりも、ありがとう、少年君。私達の言葉を聞き入れてくれて。また素晴らしい料理をご馳走してくれて。私だけじゃないわ。この料理を口にした皆は、きっと君に感謝してるわよ」


 セルフィの言うとおり、カルテット国のエルフ達は頷きに笑みをミツへと向けていた。

 カレーを食べたセルヴェリンはコウキュウタケの味を見つけたのか、彼も目尻に涙を浮かべ感動に浸っている。


「さてと、それじゃ……」


 ミツは皆のお腹が落ち着いた頃を狙い、まだ並々とカレーの入った大鍋を一つ取り、ゲートへと足を向ける。


「少年君……? どうしたの?」


「いえ、折角なので他の皆さんにもおすそ分けしようかと思いまして」


「他の……皆さん……。!? えっ!」


 森の前、前もってフロールス家の私兵に頼んで作ってもらっていた窯に大鍋を置く。

 既に火は起こされていたのか、大鍋の中からはユラユラと湯気が立ち上り、ポコポコと気泡を見せる。

 

「あの者、まさか……」


 ミツは兵士からメガホンを受け取り、森に向かって声を出す。


「あー、あー。森の中に今も隠れていらっしゃいますエルフの皆さん、お疲れ様です」


「「「!?」」」


「妖精の踊りの初日とはいえ、冷たい土の中や、身を切るような冷たい風を受け続け、皆さんの体には疲れが溜まっていると思われます」


 突然森に向かって声を出し始めた彼に皆は驚き。

 更に彼が森の近くにまで持っていったカレーが入った大鍋がセルヴェリン達にたらりと汗を流させる。


「そこでこちらは自分からの差し入れです。エルフの皆さんが仕えます王族の皆様からも、とても美味いと絶賛のお言葉を頂きましたこのカレーと言う料理。見た目は悪いかもしれませんが、森の中で冷えきった体を温めるなら最高の料理です」


 ミツが声を出すその隣では、私兵の人が大鍋の中身が焦げない様にとぐるぐるとカレーをかき混ぜる。

 すると加熱された事に、更に湯気は立ち上り、カレーのスパイスの香りが森の中に吸い込まれる様に消えていく。

 腹を空かせた状態でカレーの匂いはエルフ達の胃袋を刺激したのか、ほんの少しだけ森の入り口の方から気配を感じた。

 反応はあったと、ミツは全員が驚く様な言葉を付け加えた。


「もう一息かな……。あっ、お伝えし忘れてましたがこの料理。何を隠そうエルフの国では貴重と言われておりますコウキュウタケが入ってます」


「「「!!!」」」


 その言葉に、森の茂みがガサガサと大きな音を響かせる。


「おっ、反応が増えた」


「はあ……。少年君……」


 腹が鳴ってしまいそうな美味しそうな香りに加え、コウキュウタケを使用した料理と言う言葉は森に隠れたエルフ達には一番の効果を見せたのかもしれない。

 カルテット国の席に座る面々は唖然とした表情を作り、セルフィは頭を抱えてため息を漏らすことしかできなかった。

 

「おっ、おい……マトラスト。これは規則違反ではないのか!?」


「はて、殿下。何故そう申されますのでしょうか?」


「いや……何故って、お前も聞いておろう。この勝負の規則に魔法やスキル、そしてアイテムなどの使用を禁じると。あいつは飯を道具と使い、森の中に潜むカルテットの戦士達をおびき出そうとしておるではないか!?」


「ふむ……。殿下、残念ながら殿下のそのお考えは彼の行いには当てはまっておりません」


「なっ! 何故だ!?」

 

「彼も申したではありませんか。アレは森の中に潜む戦士達への労いの品であると。食べる食べないは彼らの自由。そして、食に負け、彼の前に姿を見せるのは本人の意思にございます。事実、カルテット国の人々をご覧なさい。誰一人として、彼を止める言葉を発しておりません」


 マトラストの言葉の後。カインがそちらへと視線も向ければ確かに皆はロも閉じているのだろう。

 観線をしていた者たちは唖然とした顔や、なるほどと納得した者、そしてやられたと頭を抱える者三者三葉の反応が見受けられた。

 

「二人しか居なかったのが五人まで増えたか。でも、まだあと一押しいるかな。なら……」


 ミツは大鍋の火種を使い、隣で焚火を起こす。

 バチバチと小さな枝が弾ける音の後、またミツは声を出す。


「ああ。そう言えばもう一つ伝え忘れていた事がありました。実は、コウキュウタケがもう一つ手元にあリまして、もし森の中の人の中で希望者が居るならば、今から目の前で焼きキノコをご馳走しますよ〜」


「「「「「「!!!!!」」」」」」


 ミツは肩にかけていたカバンの中に手を入れ、中からもう一つのコウキュウタケを取り出し、森の中からも見えるようにと高く掲げる。

 告げた言葉の反応を見る為とミツが森の方へと視線を向けていれば、突然背後からセルフィが声を張り上げ、駆け寄り迫ってくる。

 そして彼女はミツを背後から羽交い締め。

 コウキュウタケを二つも手にしていたのか、セルフィは今度は逃すまいと必死な思いなのだろう。


「少年君ー! 待ってーーー!!!」


「うわっ!? セルフィ様、何ですかいきなり?」


「待って、お願いだから待って頂戴! それを私に譲って! いえ、勿論できるだけの対価を貴方には払うから、お願いよー」


「待てセルフィ! ミツ殿、それを二つも手にしているとは知らなかった。そこでスマヌがそのコウキュウタケ。私に譲ってもらえぬだろうか。私ならばセルフィよりも多くの要求をのむことも可能」


「兄さん!?」


「お兄様。でしたらそこは妹の私にミツ様との商談の場をお譲りください。ミツ様、私は兄よりも、妹のセルフィよりも貴方の望みを聞くことが可能です。ですので、それは私にこそお譲り下さいませ」


「「譲れるか!」」

 

 三人が私が私にと言い争いを始める中、ミツはそんな三人をそのままと踵を返し、近くにおいていた串を手にしてはコウキュウタケへと躊躇いなしにブスリ。


「「「あーーー!!!」」」


 三人の悲壮的な声が重なり、夜空にこだまする。


「はい、これが本物のコウキュウタケと言うことは、お三方のやリ取りでご理解できたと思われます。今から焼きますので、食べたいなら早く来てくださいね。なくなり次第終了です。あっ、皆さんも食べたいなら並んでくださいね」


 ミツは串に刺したコウキュウタケを火に炙る。すると森の草陰がガサガサと音をたて、エルフたちが辛抱たまらんと一人、また一人と森の入り口に集まる。

 ゾロゾロ、ゾロゾロとその数は増え続け、その数は何と20人!?

 セルフィが泣いて頼み、セルヴェリンとミンミンですら声を上げては懇願する品。

 王族の三人が周囲の視線も気にせずそんな姿を見せる品をタダ同然と食べれるチャンス。

 隠れていたエルフ達が我先にと、かれらが森の中から出てきてしまいそうな状況は仕方ないのかもしれない。

 串をクルクルと回転させ、表面に美味しそうなきつね色を付けた頃にコウキュウタケは香ばしい香りに、ミツはエルフ達の胃袋を完全に掴んだ。

 それ私が一番とミツの隣で口元によだれをすすり、ソワソワと待ち続けているセルフィが他のエルフを引き寄せる。 

 焼き上がったコウキュウタケにセルフィだけではなく、アマービレ達も歓声の声を上げたのがきっかけ。

 ガサガサ、ガサガサと森の方へと視線を向ければ、一人のエルフが申し訳なさそうな雰囲気を出しつつ、ゆっくりと森の方から姿を見せる。

 その一人が引き金と、また一人、また一人と森の中からエルフが姿を見せた


「お兄様……」


「はぁ……。さもありなん。彼らを我々が責める事もできまい」


 姿を見せたエルフ達はセルヴェリンの反応を遠目に目視したのだろう。

 自身ですら食に負け、セルフィの後ろと焼コウキュウタケを待つ姿に、彼は森から出てきてしまったエルフ達を責める事などできる訳もない。

 先程セルヴェリン含め、先にカレーを食べていた者は満腹と腹を満たしたはずだと言うのに、彼らの手にはまたカレー皿と並々に注がれたカレーがある。 

 先程と違う点と言えば、彼らのカレーには、切り裂かれた焼コウキュウタケがトッピングと乗せられている事だろうか。


「はい、ココネウス・ティーダーさん、熱いので気おつけてくださいね」


「は、はい! ありがとうございます!」


「えーっと次は……」


 彼はカレー皿を相手に渡す際、森から出てきたエルフにはしっかりと名前を呼び、それに反応した者にだけ皿を渡すようにしている。

 名前を呼ばれたにもかかわらず、口を噤む者にはまるで目の前には居ないように。あれ〜どこに行っちゃったのかな? 仕方ないので、この人の分は別の人に差し上げますなどの脅しにも聞こえるセリフを吐くのだ。 

 口を閉じたものは目の前にコウキュウタケを見せられた為に、あっさりとはいと元気な返事を返してくれている。

 うん、脅しである。

 その効果もあったのか、皆は大人しく……。


「うめええ! 美味えよ!」


「俺、こんな美味え物食っちまったら、明日には死んじまうんじゃねえかって怖えよ」


「莫迦ね! あの方々もお口になられた品よ、冗談でもそんな事言わないでよ!」


「もう一杯食べてえが、この皿を綺麗に食べ切らなきゃ、次が貰えねそうだ。くっ! コウキュウタケを国の家族にも食わせてえから持って帰りてんだが……でも、もう一杯も食いてえ……」


「ああ、分かる! 分かるよ! 私も妹達に、この一欠片でも湯に溶かして飲ませてあげたいよ」


「でもよ、持って帰るにもなぁ……。火を通したコウキュウタケは、数日後には味も匂いも消えちまうから、持ち帰るなんてできねえ……。ああ……こいつを国の奴らにも食わせてえよ……」


「勿体無いがここで食うしかねえ! んっ!? やっぱ美味えええ!!!」


「ごめんね、姉ちゃんだけこんな美味しいもの食べて……。帰ったら焼き菓子を腹いっぱいに作ってあげるからね! 美味しいいい!!」


 まぁ、食事をしているエルフ達の席からは騒がし……賑やかな声が聞こえてきたが、それに関しては苦笑いを返しておこう。


(そうか、加熱を与えたら数日後には味も香りも消えちゃうのか。この世界の食材のことをもっと知っとかないとな)


 そんな事を考えつつ、ミツはエルフ達が満腹になるまでと配膳を続け、その日が終わった。


 次の日、少年は朝日が登る頃、森の前で柔軟運動に体を解す。


「ふー。息も白く見えてきたな……」


 朝のスタートはミツの意思に任されている。

 だが、彼の駆け出す一歩を見逃すまいと、多くのものが既に集まっていた。

 昨日見つけたり自主的に出てきたエルフは、勝負が終わるまでは森の入り口にて待機が義務付けられている。

 仮設的なテントが作られ、彼らはそこで眠りに付いたようだ。


「ミツ殿」


「んっ? あっ、セルヴェリン様、ミンミン様、おはようございます」


「うむ。おはよう。ふぅ……。今日も清々しき朝を迎えたことに天に感謝しなければ。それと、昨日の食事に貴殿に感謝を伝えたい。我々も愉しませていただき、また戦士達を自身で森から出すという奇策に驚かせて頂いた。しかし、まだ森の中にて踊りを続ける者にその策は効かぬと伝えておく。日もそろそろ見せる頃、本日も貴殿の動きを拝見させていただくよ」


「ミツ様、昨晩は素晴らしき食を共にできた事を感謝いたします。ですが、それはそれ……。兄の申します通り、森に潜みます六人。彼らは我々も認める戦士にございます。ある者は山と一体となり、ある者は流れる川と身を一つにしております。前日に見つけられました戦士と違い、彼らは心も体も既に森と一つになっておりましょう。特に注意しなければ彼らを見のがしてしまい」


「おいおい、ミンミン、口が過ぎるぞ……。なにを普通に戦士達の情報を相手に送っておるのだ?」


「あら、私としたことが……。コホン、ミツ様、本日も兄同様に、貴方様の踊りを拝見させていただきます」


「楽しんで貰えればと思います。それでは、失礼します」


「はい、お気をつけて……。んっ? 何ですの兄様?」


「い、いや、別に……」


「?」


 妹の態度に薄々とは感じていたが、まさかの気持ちのセルヴェリン。

 自身を見る訝しげな兄の視線が何なのか分からないと、ミンミンは首をかしげる。

 

 

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