第240話 二輪車
「良し、では皆さんが来る迄に自転車の試作品を作りますかね」
「はい。よろしくお願いしますわ」
フロールス家の屋敷に戻ってきた二人は早々と街で買い集めた材料を使い、自転車の試作品を作る事にした。
「材料は取り敢えずこれで良いかな(アルミを作る鉱石も見つかって良かった。ユイシスが教えてくれなかったら、木で作れない所は全部鉄になる所だったよ)」
《ミツ、それだけの材料では、貴方が作ろうとしている物を使用、また製作する人物に対して大きな負荷がかかります。そちらにあります鉱石を共に使用することを推奨いたします。それは貴方も知っているアルミニウムを制作する際に使用する品です。溶かした鉄に混ぜこむ事に、重さは軽減され、耐久も日常に使用するには問題ない品となります》
ミツは自転車の素材を探す際、先程の言葉をユイシスから助言として受け取っていた。
おかげでブレーキ、チェーン、スプロケット、そして他にも様々なパーツ品を軽量化する事ができる。
そしてタイヤ部分だが、この街にもゴムが存在していたのだ。
存在も何も、貴族の中では男性がまれに持つ杖の先端や、街でも見かける馬の手綱部分に普通に使われているので、ゴム自体に希少性も無いのだが。
「ギアの仕組みがいまいち思い出せないから、取り敢えずギア無しの奴を作るかな」
創造神シャロットから貰ったスキルの〈物質製造〉スキルだが、使用者であるミツ本人が作り出す物の仕組みを知らなければ作り出すこともできない。
当たり前だが、何でも作れるスキルとなれば車や飛行機などがバンバン製作され、この世界の考えや倫理が大きく変わってしまう。
そして並べられた材料に彼は手を添えて、〈物質製造〉スキルを発動。
素材はぐにゃりぐにゃりと形を変え、自転車と作り変える。
「良し、できたかな」
「まぁ、これが自転車と言う品でございますか。ミツ様からお見せいただきましたモデルの品と比べるとやはり大きいですわね」
「でもこのタイヤはまだ大きくできますよ。大人が乗りこなすなら大きめのタイヤの方が楽ですからね」
目の前の自転車のタイヤの大きさは16インチ。子供の自転車やマウンテンバイクに使われるサイズだ。
一般的な26~7インチがミツは乗り慣れているが、タイヤが大きくなる分、耐久性自体も下げてしまうので暫くは16インチのタイヤでいくつもりだ。
「タイヤの歪みは無し、ブレーキ良し、音も変じゃ無いね……んっ? あれ……」
「ミツ様、いかがなされましたか?」
作った自転車に違和感を感じたのか、彼は片手でサドルを持ち上げ、もう片方の手でタイヤを回す。
「いや、ペダルを回してないのに、タイヤだけ回してペダルが連動して動いてるので……」
「回せば動くものでは無いのですか?」
「そうなんですが……あっ、ああ。ベアリング忘れてた!」
ミツが見るのはタイヤの中心とペダル部分。
ベアリングを付け忘れたことに、ペダルとスプロケットが固定され、強制的にペダルが回る状態になっている。
更にはペダルの根元部分にも付け忘れていたために、ペダルをまともにこぐことができない。
「ベア? それは何でしょうか?」
「ベアリング、つまりは軸受ですね。これは外輪を機械に固定して、内輪のなかに軸をはめ込むことで、軸を安定させてなめらかに回転させることができるんです。これも言葉の説明では難しいのでお見せしますよ」
そう言って彼は近くにあった材料へと手を伸ばし、ベアリングを作り出す。
ベアリングは小学生の頃にミニ四駆などで使っていたので仕組みはしっかりと分かっている。
ただ、暫くしてベアリングを使った玩具のハンドスピナーと言う品が出てきたが、あれは何が面白いのかミツは最後までわからなかった。
「これがベアリングでございますか? 小さな玉が輪っかの中に入っていますが、これが必要なのですか?」
「はい。これが無いとペダルを踏み込むのが大変になりますからね。因みにこのベアリングですが、これを使った別の商品もありますので、後でお教えしますよ」
「まぁ、それは楽しみにしておきますね」
「タイヤは……よし、ちゃんと回ってる」
改めてペダル部分だけではなく、タイヤにベアリングを取り付ける。
改めてペダルを掴んだ状態で前に回転させると、聞き慣れたシャカシャカとした音が聞こえてくる。
ペダルを止めても、ブレーキをかけなければ後輪は回り続ける。
「凄い、先程よりも回転がスムーズになりましたわ。これがベアリングの効果ですか」
「そうですよ。上手く使えば馬車にも使える品です。(確かベアリングは輪物には基本使えたはずだよな)」
「前回転、後回転、ブレーキ……良し。ハンドル回転良し……。最後にシートポストを刺してっと。完成! カゴとリアキャリア付けてないけど、うん、一応完成だ」
「ミツ様、おめでとうございます。素晴らしき品の完成を目にする事ができ、私は嬉しく思いますわ」
「はははっ。嬉しく思うのはこの後ですよ。それじゃ軽く走らせてみますね」
サドルの高さを自身の腰に合わせ、ミツは自転車へとまたがる。
忘れていた自転車のバランス感覚を思い出しながら、彼はゆっくりとペダルをこいでいく。
「うわ〜。自転車なんて何十年ぶりだろう。先ずはゆっくりと。うん、いい感じ」
「まあ! なるほど、足であのペダルと言う所を踏み込むんですね……なるほど」
自転車の操作法を遠目に見るミア。
フムフムと自身の手で口元を隠す仕草はエマンダが考え事をする時の仕草そっくりだ。
「問題なしっと。ミア様、おまたせしました、乗られてみますか?」
「ええ、是に」
試作品の問題はないと自転車を受け取るミア。
ミツが簡単に乗りこなしている姿を見て、操作は簡単だろうと思っていたのだろう。
しかし、初めて自転車に乗る人間にその考えは甘すぎた。
「あら。あらら」
「ミア様、ハンドルは真っ直ぐ、ペダルをこいで下さい! こがないと倒れますよ!」
「は、はい!」
「下ばかり見ないで先を見る感じに、そうです。そのまま、たおれそうなときは自分がささえますから」
「む、難しいですわね」
おたおたした操縦に困惑気味のミアを一度落ち着かせ、ミツはミアへの教え方を変えることにした。
「んー。では、やり方を変えますので少し失礼しますね」
「はい」
自転車の練習を続けていると、ダニエルが興味津々の顔にこちらにやってきた。
「ミツ君、ミア、それが自転車かね」
「ダニエル様、はい。取り敢えず試作品はできましたので今はミア様の練習中です」
「フム、そうかそうか。それで……今の所これだけかね?」
「あっ、数台作るんでした。すみません、まだ1号目しか作ってなくて」
「いやいや、焦らなくても良いのだよ」
ダニエルはニコニコと笑みを返しつつ、彼はミツが新たに作る自転車へと視線を向けていると、そんな父をみるミアのジトっとした視線に彼は気づく。
「お父様、あの、貴族街の入り口の方にカルテット国の馬車が来ておりましたが、お話は聞かれておりませんか? 私、帰って来て直ぐに連絡を回したつもりでしたが」
「んっ? 聞いておるが、今は貴族街の入り口であろう。まだ時間はあるのだ、焦ることもあるまい。それにちゃんと出迎えの準備はパメラとエマンダが済ませておる」
「つまり……お父様は二人に押し付けてここに来たと?」
なんてことは無いかのように、返答する父の言葉に呆れる娘の視線はミツからみても冷ややかに見えていたろう。
「……。ミツ君、私にも一台頼めるかな?」
「はい、できました」
「おお! 流石だね」
「お父様……。後でお母様にお伝えしておきますわ よ」
「ハッハハハ。ミア、止めてくれ」
ダニエルの本音に笑ってはいけないと分かっていても吹き出すミツ。
ミツの笑い声にミアも呆れが霧散したのか、知りませんよの一言で練習に戻って行く。
今度は二人の練習を見ていると、ラルスが急ぎ足にこちらに向かってきた。
「それで、父上とミアの二人でその自転車に乗っておると……」
「乗ってるというか、先ずはバランス感覚を覚えてもらうためにペダル無しで乗ってもらってますけどね」
最初から飛ばしすぎた事をミツは反省し、先ずは二人には自転車にまたがった状態で足蹴りにて進む練習をしてもらう事にした。
ペダルで怪我をしないよう、ペダル部分は外している。
「ラルス、お前も乗ってみたらどうだ? 自身の力のみで驚く速さにて進むことができるのだぞ」
「それは確かに凄いですが……」
ダニエルは両足で地面を蹴り、その勢いとスーっと自電車を走らせる。
やってる本人は面白いだろうが、旗から見たら滑稽な姿煮見えてしまことにラルスの心に抵抗心が見え隠れ。
「ラルス様もやられますか? お二人が乗れるようになってもラルス様もアレをしないと乗れないかもしれませんよ? まだゼクスさんもセルフィ様も乗ってませんので、ロキア君に乗り方を先に教えるチャンスでもありますけど」
「よし、やろう」
流石ラルス。弟の為なら羞恥心など気にするほどでもないと彼の決断は即決であった。
「はい。ではこれをお付けください」
置いてある自転車に手を伸ばそうとしたとき、その前にミツに差し出された品へと視線を変えるラルス。
丸い凹凸に紐がついた品を目に訝しげに思ったのだろう。
「んっ? これは何だ? 父上もミアも身に着けている品と同じに見えるが」
「プロテクターですね。なれないうちはこの頭に付けるヘルメット、肘と膝、掌を守る為にも身に付けてください。まあ、騎士が身に着ける鎧だと思ってくれれば分かりやすいですかね」
ミアにはピンク色、ダニエルには赤色のプロテクターを付けてもらっている。
「なるほどな。えーっと……」
ラルスは一つそれを手に取ると、内側にはクッションとなる綿が詰められている事が分かる。
父と妹の方を見つつ、なるほどと自身で付けてみようとするが、それは上下が逆さまで違和感しかない。
「ラルス様、失礼しますね」
「おっ、悪いな」
「いえいえ。首はきつくないですか? 膝や肘が曲げにくいこともないですよね?」
「うむ、問題ない。では俺も乗させてもらうぞ」
ラルスにも転倒の際に怪我を軽減させるプロテクターを装着。
色は分かりやすいようにラルスは青色を付けてもらう。
早速と自転車にまたがるラルス。
「はい、どうぞ。地面に白線を引いてますので、先ずはそこを走ってください。その後に今ダニエル様が走ってる8の字、最後にミア様が試している、なだらかな坂から足をつかずに降りてください」
「うむ、順番に行けばよいのだな」
先ずは自転車に乗っている時のバランスを身体全体で覚えてもらう為とこの三つのコースを走ってもらう事に変更。
元々身体能力の高いミアとダニエルであっても、やはり乗馬とは違い、細いタイヤでのバランス取りは手を焼いてしまっている。
この三つのコースを選んだのは、ミツの前世である小学校の体育の授業そのままやっている事だ。
白線を引く事に無意識と体を真っ直ぐにする事ができる。
8の字を走る事にハンドル操作、そして曲がる時の角度を覚えさせる。
そしてなだらかな坂を下りるときは、足は地面から離し、少しづつでも自転車が勝手に下る力のみで走らせる事にバランス感覚を覚えさせるのだ。
まあ、ミツがこの授業をやる時には、既に手放し走行もできる程にバランス感覚を身につけていたのだが、クラスの皆と同じ事をする事は楽しかった記憶は残ってるのでやり方を覚えていたのだろう。
「足は付くようにサドルの高さを合わせてますので大丈夫ですよ」
「よし! では行ってくるぞ! おー! ミツ、これは凄いな!」
「慣れない内はスピードを上げ過ぎちゃ駄目ですよ」
「分かっておる、分かっておる!」
「さて。あの人達は……まだ貴族外の中か。まだかかりそうかな」
ミツはマップのスキルを発動し、さり気なく馬車を御者していたカルテット国の人達へとマーキングスキルを付けていたのでその位置を確認。
馬車の進みは思った以上に遅く、まだ貴族街の半分にも届いていない。
因みにマーキングの色は全てグレーであり、彼らはまだミツを認識もしていなければ眼中にも無いのだろう。
「ミツ様、ご覧ください! 私、ちゃんと乗れてますわよ!」
「おー、流石ミア様ですね」
「ミア、前を見て走らなければまた倒れますよ」
「はい、お母様」
シャカシャカとペダルを回し、楽しそうに庭を走るミア。
嬉しそうな彼女の顔には、エマンダの言う通り、先程転倒してしまった時に付いた泥汚れが付いている。
しかし、彼女はそれを気にせずとペダルを回し続けている。
「しかし、僅かな時間もかからずに三人とも自転車を乗りこなすとは……。流石フロールス家の血筋と言うか、運動神経がよすぎでは」
「あら、ミツさん。それは指導者の教えあっての結果ですわ」
「エマンダ様がそう言うなら」
ミアは庭の外周をゆっくりと走って入るが、その反対側ではダニエルとラルスの二人はどんぐりの背比べと思えるスピードで競争を繰り返していた。
お互い追い抜き追い越されては笑い声が耐えない二人。
その中、庭の中央にて練習をするエルフの姿。
「やっ! たっ! せいっ!」
「セルフィさん、頑張れ〜」
「ホッホッホッ。ボッチャまもセルフィ様にだけではなく、ラルス様やミア様に負けぬよう、頑張ってその自転車と言う品を扱いこなしくださいませ。擦れば貴方様の秘められた力が開花し、私めも超える程の疾風の速さを得られましょう」
「うん! じーや、僕頑張るよ! うんっしょ、うんしょ!」
因みにこのエルフ、三人が庭で自転車を使い走っている光景を屋敷の窓から見たのだろう。
窓を開け、少年君、私もと大きな声を張り上げ駆け寄ってきよったよ。
ロキアも僕も乗ってみたいと言う言葉は来ることは分かっていたミツは、勿論彼にも自転車を用意している。
でもロキアの乗る自転車は最初っから補助輪有りのイージーモードのスタート。
4歳となるロキアには三輪車は小さ過ぎるので、子供用自転車を渡している。
因みに本体の絵柄は戦隊物か恐竜にするか考えたが、シンプルに青色だけにしといた。
「うん、あっちは任せても良いかな。ってか今口出したらあの執事に私が居ますのでとかネチネチ言われそう」
三人は大丈夫だろうと彼は踵を返し、パメラとエマンダの居る方へと近づく。
「ミツさん、それでこちらの品々が今回貴方様が売り出す品で宜しいでしょうか」
「はい、パメラ様の方からご説明しますね。今ミア様達が乗られてますタイヤが小さめの自転車です。次にタイヤを大きく変えた品。これは乗り慣れた人が乗る品です。次にロキア君が乗っている子供用自転車。補助輪が付いてますので転倒の危険はグッと低くなります。取り敢えずこちらを三台づつ、バラしても構いませんので、自転車の仕組みを職人さんにお伝えください。足りないならまた作りますので」
パメラの前には六台の自転車が並べている。
全て同じ形で統一しているので、一つを完全にバラしても、残り二台を使えば組み立てや仕組みが理解できると思う。
本当は設計図なども渡せば良いのだろうが、寧ろ設計図は職人が理解した上で書き示すものだとミアに教えてもらったので自転車の設計図は無い。
「分かりました。それでこちらは……」
次に質問するエマンダに答えるは、自転車の多種を見せるための品。
「はい。一つは三輪車。活発に動ける大体1~2歳の子供専用です。次にキックバイク。よちよち歩きからしっかりと歩き、ジャンプや物に登ったりできる二歳過ぎからの乗り物です。ペダルがありませんので、今セルフィ様が乗られてますように、足で地面を蹴り進む乗り物です。次に荷台付三輪車。リアカーなどを自転車の後方に取り付け、荷物を運ぶ事のできる品です。その隣はシティーバイク(通称ママチャリ)。大人でも乗りやすく、カゴを取り付けてますので荷物を乗せて走る事ができます。貴族街の様に舗装された地面なら楽に進むことができますよ。そしてこっちがマウンテンバイクです。今迄の自転車とは違い、これは少し重くできてます。でもその分頑丈に作ってますので、舗装されてない山道やデコボコな道も進むことができます。勿論その時乗る人はかなりの技量が求められますので、これは上級者向けでしょうかね」
「まあまあ」
多種多様な数に目を輝かせるエマンダ。
そして一番端っこに置いてある紹介されなかった品が気になったのか、パメラが質問する。
「ミツさん、これは? 組み立てがまだの様にも思えますが」
「フフン、そうですね、やっぱり最初に見たらそう思いますよね。これは折りたたみ自転車です。以前パメラ様にお渡ししました折りたたみテーブルと同じで、使用する時に広げて使用する事ができます。馬車などに乗せておけば、先々で乗る事も可能ですよ」
ミツはたたんであった自転車をカチャカチャと組み立てては自転車の形と作り変える。
折りたたみ自転車はタイヤが小さいので長く走行するには厳しいが、1~2キロ程度なら走るよりかは楽な品だ。
それを考え、ミツの作った折りたたみ自転車のタイヤは14インチを選んでいる。
組み上がった折りたたみ自転車を前に、二人だけではなく、護衛の人も驚きの表情だ。
「こ、これは……」
「まあ、これらを作るとしても、自転車の基本を知らなければ手も出せないのでこれはまた後日ですね。パメラ様とエマンダ様が信頼できます商人さんへとこちらをお渡し下さい」
「「はい、かしこまりました」」
信頼できる商人、この言葉に彼女達はミツから渡されるこの自転車の希少性も考慮し、そして彼の言葉に応えようと声を合わせ返答を返す。
話をしていると、自転車を走らせる事に満足したラルスが戻ってきた。
「ふー。中々良い品ではないか。おや、セルフィ殿はまだ8の字を走行ですか? フフン、これは自分が先に兄としてロキアに自転車の乗り方を教えるべきですかね」
「なっ!? ラルス、まだ貴方はロキ坊に教えを授ける程の技量では無いわよ! 待ってなさい、ロキ坊、直ぐに私がこれを乗りこなして貴方には私が手取り足取りとしっかりと教えてあげるからね!」
「うん、兄様、セルフィさん、ありがとう!」
一生懸命ペダルをこいでいるロキアが二人の言葉に嬉しそうに言葉を返すと、二人の顔はニヤケ顔。何故か後ろに補助として付いている執事の顔もデレッデレだが、きにせんとこう。
「あー、そう言えば子供を後ろや前に乗せて走ってる自転車もあったな。確かチャイルドシートだっけか、他にも二人乗りや三人乗りの自転車もあったわ。まぁ、三人乗りの自転車は何だか毎回お仕置きされる三人組が乗ってるイメージが強いだべ〜」
「ミツ様、何か?」
「いえいえ。ところでそろそろカルテット国の馬車が貴族街を抜けた頃ですので、もう少しでこちらに来られるかもしれませんね」
ミツの独り言は聞かれなかったが、カルテット国の馬車の話をすれば眉をピクリと動かすエマンダ。
「まあ、もうその様なお時間に。旦那様、そろそろお着替えとお出迎えの準備をなさいませ」
「おっと、もうか。いやはや、ミツ君、君のおかげで家族皆が楽しむことができた。是非ともこちらの自転車と言う品、我々に預けて頂けないか」
「はい。是非とも庶民の皆様にも手の届く品として、こちらはダニエル様へとお預けいたします」
「うむ。感謝するよ。では契約の方はまたパメラとエマンダに頼むとする」
「かしこまりました」
「はい、旦那様はご準備をお急がれまし」
「分かっておる。ラルス、ミアは一度そこで切り上げて身を清めなさい。大勢の客人が来るのだ、汗や泥まみれでは失礼となる」
「「はい、お父様」」
来客が来る事を渋るように、皆は自転車からおりては額の汗を拭う。
一刻の間、楽しそうにズッとペダルを漕いでたのだからしかたない。
「ふー。私もここで止めとくわ。ねえ、少年君」
「はい、セルフィ様? 何でしょうか」
ヘルメットを外し、フワリと花のような甘い香りを漂わせるセルフィがミツへと笑みを向ける。
彼女の性格など知らなければその笑みに勘違いするかもしれなかった。
「うん、今からお風呂入るの面倒くさいから、君の洗浄魔法でパパっと私を洗ってくれない?」
「ええ……良いですよ」
まあ、ご覧の通り中身はご令嬢とは思えないお人なのだが。
「それじゃ、お願いするわね。あっ、ちょっと待ってね。アマちゃんも一緒にお願いするわ。この子私に付き合ってるから手足が土汚れが付いてるもの」
「えっ? セルフィ様!? 私は自身で洗えますので、ちょっ! 力強っ!?」
「少年君、ザバっとよろしく!」
「は、はい。お二人とも一応息は止めてくださいね」
セルフィの腕を解こうとするアマービレだが、彼女は見た目によらずに力は強く、多少暴れる程度の動きならば彼女が解く事はできない。
流石に弓神と言われるお人だ。
二人は上から洗浄魔法のウォッシュを被り、頭の先から足に付いた泥汚れを洗い流す。
セルフィは自身の服の中までスッキリしたことにご満悦だが、とばっちりを受けたアマービレから向けられているジト目には気にもしていないのだろう。
「ふー、スッキリ、スッキリっと。それじゃお先に着替えてきま〜す。ほら、アマちゃんも行くわよ」
「はい……」
「ははっ、元気な人だな」
その後、まさかのダニエル、ラルス、ミアすらもセルフィ同様に、先程彼女が受けた洗浄魔法を求めてきた。
そして、遠くの国から、遥々とカルテット国よりフロールス家へと来客が訪れる。
出迎えるはカルテット国代表者となるセルフィ。その私兵であるグラツィーオ、リゾルート、アマービレ。
そしてもう一人。武道大会にて選手として出場していたラララも正装に身を包み、彼らの後ろに立つ。
「うー……」
「セルフィ様、そんな体をうねらせないでジッとお待ちください」
その場にじっとしてる事ができない子供なのか、馬車が近づく程にセルフィはそわそわと落ち着きを失っていく。
「だって〜。……今からでも逃げようかしら」
「なっ!? 莫迦な事は止めてくださいよ」
「莫迦で結構! よしっ、決めた」
本当に実行しようと後ずさりを始めるセルフィに呆れるアマービレ。
彼女の厳しい視線がセルフィを囲む二人の男性へと向けられる。
「グラ、リゾ」
「姫、失礼します」
「あいよ」
「なっ!? 二人とも、何を!」
二人はセルフィの腕を掴み、彼女の体を浮かせる。
足が地面から離れバタバタと足を動かすが左右の二人にはびくともしない。
「姫様、もう目と鼻の先まで馬車は来ております。諦めてあの馬車に乗られておりますお方とお話を」
「そうですよ。大体姫様抜きで話も進みませんからね。グラツィーオ、離すなよ。油断したら野ウサギ以上に遠くまで逃げられるぞ」
「分かっている!」
「お前ら! 私を何だと思ってるのよ! う〜、ラララちゃんなら分かってくれるわよねー」
「先輩。縄、ありますけど……使いますか?」
「ラララちゃん!?」
ラララはこんな事もあろうかと隠し持っていた縄を取り出し見せる。
私兵ではない彼女ですら知っているセルフィのやんちゃ姫な性格である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます