第238話 一難去ってまた一難
夜もふけ、ダニエルが眠りにつこうとしたその時、彼の部屋に突然現れた人物。
その者は身を黒に隠し、暗い瞳だけを彼に向けていた。
「誰だ!」
「ダニエル・フロールス様でお間違いないですか……」
その者の声は中性的な声だけに、男なのか女なのかがよく分からない。
ダニエルは警戒心を上げ、側においてある剣へと視線を向ける。
「んっ……」
「夜分に失礼……。直に要件は終わります……」
「要件とは……」
「その命、頂に参りました……」
「くっ!」
抜かれた剣に睨みを効かせるダニエル。
ダニエルは枕をその者へと投げる。
だがそんな物は叩き落とされ、なんの意味もない。
それはダニエルも理解していると、続けて彼は掛けていた毛布を広げ投げる。
一瞬その者からはダニエルの姿が消えるが、スパッと剣で斬られ直にダニエルの姿がその者の視界に入った。
それと同時にダニエルの手にも剣が握られている。
「何故私の命を狙うか……」
「……」
「フッ、そうか。口を割る気は無いと……。良かろう、後にゆっくりと依頼主の名を聞き出そうではないか!」
ダニエルの持つ剣が一線と振り抜かれる。
それに素早く体を反らせる刺客。
ダニエルは腕が治った事に、なんとか戦いを続ける事ができている。
近くにおいてある水差しを相手に投げて怯ませたりと、戦闘は激しさを増す。
だが長年剣を持たぬ生活が彼の腕をなまらせて居たのか、素早い動きを繰り返す刺客が数枚上手であった。
彼の腹部に刺客の蹴りが入り、激痛が走る。
顔を下げたダニエルの口元に刺客の掌が覆い被り、口を塞ぐ。
そのまま床に強く体ごと押し付けられ、一瞬ダニエルの意識を真っ白にしてしまった。
「死ね……」
窓から差し込んだ星の光に刺客の持つ獲物がキラリと光る。
刺客はダニエルを抑える腕とは反対側に獲物を握り、刃先を向ける。
バタバタと物音が続けば、城内を巡回する兵が気づいたのだろう。
コンコンコンと部屋の扉をノックする音がすれば、ダニエルの心に助かった、人が呼べると安堵する気持ちが出てきた。
しかし、口を塞がれた今のダニエルが声を出す事はできない。
更に言えばダニエルではなく、まさかの刺客の方が声を出したのだ。
しかもそれは先程までの中性的な声ではなく、ダニエルと変わらぬ男性の声。
「ダニエル様、どうなされましたでしょうか?」
「すまん、寝ぼけて物を蹴り落としてしまった。巡回ご苦労。見たところ割れたものも無さそうだから、後は朝にでも片付けさせるよ」
「フグッ!?」
「左様で。お休みのところ、失礼しました」
「ああ、君もご苦労」
コツコツと部屋から通り去る靴音。
それを聞き、刺客の視線がダニエルへ戻る。
「残念だったな。誰もお前を助けない。そして朝には冷たくなった貴殿が見つかるんだよ」
「ぐっ!」
「ひとおもいに眠れ」
「!」
真っ直ぐに振り落とされる刺客の武器。
ダニエルは直に襲い来るであろう痛みと死の恐怖に目を強く瞑る。
だがその獲物がダニエルに突き刺さる事はなかった。
彼が目をゆっくり開ければ、刺客の目は恐怖に見開かれていた。
「何……」
「ふー。危なかやんね。ダニエルさん、怪我は無かね?」
「えっ、えっ!?」
聞き覚えのある声が耳元で聞こえる。
だが今の自身は床に倒されているはずと、ダニエルが声の聞こえる方へと顔を向ける。
すると自身の影の中からスッと人の手が現れ、刺客の止まっている腕を掴む。
「こげん危なか物ば人に向くるとは……。はぁ、ギリギリやったかな。(いつまで経ったっちゃ何にも起きんけん、そのまま影ん中で寝とったとは言えんばってん……)」
「ミツ君!? えっ、いや、その口調、まさかもう一人の彼か」
ダニエルの影から出てきたのはミツの分身。
ユイシスの助言の後、彼の影にスキルを使用し、念の為と潜ませていたのだ。
口調がいつもと違う事に、ダニエルは彼が本人ではなく、分身であることに気づく。
ちなみに今回の出てきた分身はお気楽な博多弁を喋る分身である。
「はい。ダニエルさんのおっしゃる通りばい。襲われた時の怪我は無かとよね? ああ、腹ば蹴られとるやん。後で治すけん、ちょっと待っとき、取り敢えずこん人ば捕まえるけ」
「う、うむ。助かったよ」
「よかよか。さて、君には聞きたか事があるけん、大人しゅう捕まってくれたら助かるかな。勿論逃げたっちゃ無駄ばい」
「……冒険者、アルミナランク……ミツ」
「そうばい。なんや、俺の事しっとーとね?」
「知ってる……。けど、そんな話し方をするとは聞いてない……」
「そうね。なら誰から聞いたか、後で教えてくれんね」
「断る」
「だーめ。断るのを断るばい」
分身のこの言葉にダニエルも後ずさりしてしまう殺意を刺客が出す。
しかし、相手が悪すぎた。
この場に彼だけではなく、他の刺客も居たとしたら万分の一確率にでもダニエルへと傷を付ける事が出来たかもしれない。
結果は直ぐに決まった。
刺客の突き出した武器を彼は叩き落とした後、彼は刺客へとまさかの平手打ち。
「ブハッ!?」
バチンッと部屋の中に響く音の後、刺客は身体ごと高速にスピンさせ、まるで猫とネズミのコメディアニメの様に壁にその身体を貼り付けてしまう。
流石にその衝撃の音に駆けつける巡回兵。
先程よりも強いノック音を鳴らした後、彼らは部屋へと入室。
「ダニエル様、ご無事ですか!? なっ! これは! 侵入者!」
荒れた部屋の中、客人のダニエルの側に居た分身が原因だと直ぐ判断されたのだろう。
部屋に入ってきた巡回兵は彼へと敵意をむけ、腰に携えた武器を向ける。
「待って待って! 俺は違う、侵入者はあっちばい!」
「えっ……。 !?」
分身の指差す方に視線を向ける兵士達。
そちらを向けば壁に埋まった人が目に入る。
ダニエルも分身が自身を守ってくれた恩人であること、また彼が今はミツであると証明してくれた事に兵士達は分身へと頭を下げる。
その後刺客は兵士達に連れて行かれ、ダニエルは休める時間も短く朝が来てしまう。
翌日。
ダニエルはミツ本人に感謝の言葉を伝えた後、ミツの分身は彼の影として消えていく。
「ホント、ご無事で良かったです」
「いや、改めて言うが、私がこうして生きて要られるのは君のおかげ。本当にありがとう」
「いえいえ。お礼の言葉はゼクスさんにおっしゃってください。ダニエル様が今回の件にて他の貴族様から石を投げられると教えてくれたのはあの人ですからね」
「そうか、ゼクスが……。うむ、彼にも礼を言わねばな」
「はい。取り敢えずセルフィ様もお待ちだと思われますのでフロールス家に帰りましょう」
「ああ。頼んだよ」
ダニエルの近衛兵のトスランと数名の私兵。
彼らと共にミツは一度フロールス家へと帰ることとなる。
勿論帰ることは王族やマトラストにも連絡が回っているので止められたりはしなかった。
それとダニエルを襲った刺客だが、彼はミツの毒殺計画を立てたその場に居た人物が依頼した者であることが後に判明した。
ミツを毒殺した後、様々な利を得たダニエルを妬んでの犯行である。
暗殺依頼を実行する前と、依頼主が既に捕縛されていたが、依頼を受けた以上、職人のプライドなのか、ダニエルの暗殺を実行したようだ。
そのまま前金だけ受けて何もせずに終わっていたならば、その者は捕まることもなかったろうに。
因みにこの事に関しても罪は重なり、その貴族は更に痛みと苦しみを与える処刑が実行されることとなる。
彼らがフロールス家へと帰った後、王都に紫の髪の毛色の新人兵士がやっとレオニスと大臣の任務報告と帰ってきた。
「まぁ、叙爵でございますか」
「本当ですか父上! それは、おめでとうございます!」
「おめでとうございます、ダニエル様」
屋敷に戻り、ダニエルは今回の起こった件を土産話と家族に聞かせていた。
無事にミツが王族と対面できた事、そしてベンザの処分が行われた事。
そして、自身の辺境伯となる叙爵の話である。
妻のパメラとエマンダ、息子娘、そして客人のセルフィも祝いの言葉を貰い彼は笑みを深める。
「旦那様、辺境伯様への叙爵、我々フロールス家に仕えます者全てを代表し、お祝い申し上げます」
「ああ。ゼクス、ありがとう。そしてお前がミツ君に言葉を伝えてくれた事に今感謝する」
ダニエルは昨晩刺客が向けられたことはあえて家族には伝えなかった。
心配されるのは分かってもいたし、妻や子供たちを不安とさせたくない気持ちもあったのだろう。
ゼクスはダニエルの言葉の意図を直ぐに理解する。
そしてミツの方へと視線を変えれば、彼もコクリと頷きを見せてくれた。
「……。はっ! いえ、感謝など勿体無きお言葉。旦那様が今この場にお姿を見せて頂いたことは、彼にこそ言葉をお送りくださいませ」
「そうだな。改めてミツ君、我々と共に王都に向かってくれた事に感謝するよ」
「いえいえ。自分も王都やルリ様のいらっしゃいます神殿には行ってみたいと思ってましたから。ところでセルフィ様、お約束の期日ですが、カルテット国の人々はまだ来られてないみたいですね?」
「あー。数日前に大雨降ったせいか、恐らくその為に足を取られてるんでしょうね。恐らくあっちもヒュドラの鱗を運ぶための荷台や馬車を持って来てると思うのよ」
「ああ。なるほど」
ミツが王都に行っている間と、フロールス家の領地の方では連日と雨が降ったようだ。
窓の外の方へと視線を向ければ、水溜りがちらほらと見える
「多分夕方前には来てくれるとは思うんだけど」
「そうですか。では、それ迄どうしましょうか……」
時間潰しと一度教会の方に戻ろうかと思ったミツだったが、ダニエルが大切な報告がもう一つある事を思い出し笑みを作る。
「そうだ、もう一つ皆に話しておく事がある」
「あら、それは良きお話ですか?」
「ああ、パメラ、勿論だとも。私の叙爵よりも喜ばしい事だぞ」
「えっ!? 父上の事よりもですか!」
父の言葉に息子のラルスは驚きを見せる。
貴族である父の叙爵以上の物は無いと思っている彼だが、母と義母の二人はその言葉に驚かず、いつもの笑みを浮かべている。
「うむ。今回、彼は冒険者ギルドの試練を乗り越え、見事世界でただ一人のアルミナランク冒険者と昇進をなり遂げた」
「「「!」」」
その発表に全員の視線が彼へと向けられ、続けて祝いの言葉を送る。
「ミツさん、おめでとうございます。アルミナとは何と喜ばしき事でしょうか。息子の師が世界に認められる程の強者であることに、母として感謝いたします」
「ええ、武勲優れました貴方様には当然とした格にございますが、まずはお祝い申し上げます。本当におめでとうございます。これからもミツさんのそのお力を近くでご拝見できます事を願いますわ」
「ミツ、おめでとう! 貴殿ならばやり遂げると信じていたぞ」
「お兄様、それは私もですわ。ミツさん、アルミナランクへのご昇進、誠におめでとうございます。父や母の喜びと同様に、我々兄妹も貴方様のご昇進を心よりお喜びいたしますわ。さっ、ロキア。貴方の師が世界に認められましたお祝いの言葉をミツさんへとお伝えなさいな」
「うん。お兄ちゃん、おめでとうございます!」
「ホッホッホッ。流石ボッチャまにございます。相手を祝つその心にて、貴方様の素晴らしき成長となりましょう。その成長に、我々は感激いたします。ミツさんも我々の言葉よりも、弟子となりますボッチャまのその言葉に、一番の満足といたしましょう」
「ホントホント。ゼクスの言う通りね。うっ、流石私のロキ坊。あっ、少年君、アルミナおめっとさん」
パメラ、エマンダそして子供達からは祝辞を貰えるミツだったが、ゼクスの言葉はミツの事よりもロキアの成長が優先され、そして少し目頭を抑えた後のセルフィの言葉は何とも軽い祝いの言葉であった。
相変わらずだなとミツは内心で笑い思いつつ、言葉を返す。
「ありがとうございます。皆様のご支援あっての冒険者ランク。そのご厚意に、恥となる行動が無きよう、これからも精進いたします」
そして、二人からの報告が終わった後、ダニエルとミツが不在であったフロールス家でグリフォンの襲来があった事を告げられる。
ダニエルは驚きと目を見開くが、夫人の二人が冷静に、また穏やかにその話をする事で大きな被害はなかったと察したのだろう。
ミツもゲームやファンタジーに出てくるグリフォンが出た事に少し興奮していたが、それを討伐したのがリッコ達であることを聞き彼は笑みを作り驚きの表情。
エマンダからは是非ともリッコ達を屋敷に連れてきて欲しいと言葉を添えられた。
彼女の視線と会話するテンションを見ると、グリフォンを討伐した時の話がしたいのだろう。
ミツも彼女からその話を聞きたい気持ちもあったのか、直ぐにはいの返答を返す。
その後談笑を交え話していると、ロキアが話しかけてきた。
「ねえねえお兄ちゃん。僕ね、お兄ちゃんから貰ったスリグショトで、じーやとセルフィさんといっぱい練習してから、狙った場所に凄く当てることができるようになったよ! もうね、じーやと試合しても僕が勝てるんだよ!」
「ホッホッホッ。いやはや、ボッチャまの成長に私は驚かされております。ボッチャまの才能は天下を取りうるかもしれませんぞ。しかしボッチャま、貴方様のお隣には弓神と言われましたセルフィ様がいらっしゃいます。私に勝ちを得ましたとしても、側には更に強者がいらっしゃる事を忘れてはなりません」
「うっ……」
「フッフッフッ。ゼクスの言うとおり。ロキ坊、私はゼクスの様に甘くないわよ! お昼を食べてから訓練所で私と勝負してあげるわ!」
「ぼ、僕、セルフィさんより上手くなるもん!」
三人のやり取りに笑みを向ける面々。
まぁ、その少年の言葉にデレデレな表情を向けている二人の執事とエルフはいつもの事だとスルーしとこう。
「因みにロキ坊、スリングショットね。そう言えばあれって少年君が作ってくれたけど、ダニエル様にあれの商品権は売ってるの?」
「えっ? スリングショットのですか?」
「ええ。ダニエル様が辺境伯様になられるなら、こう言う物も買ってもらった方がフロールス家にも君にも得なのよ。まー、もしダニエル様が要らないって言うなら私が買うけど?」
「んー。あれは商売を目的として作ったわけでも無いですからね。もしダニエル様がお考えくださいますなら、どうぞの気持ちです」
スリングショットは元々弓を扱うにはまだ早いロキアに対して作った品だ。
商売などを目的とした訳ではなかった為、セルフィの言葉に一瞬困惑する彼であったが、玩具として売るならどうぞの気持ちで彼は口にする。
しかし、以前も伝えたがスリングショットは暗器となる品にもなる。
それは後にダニエルとセルフィからミツに伝えられるが、それをどう使おうとその人の判断だ。
結果的にスリングショットはフロールス家が兵士限定として管理される武器と変わったが、それは後の話だ。
「えっ!? いいのかね?」
「はい」
「それでしたらミツさん、以前お預かりしました井戸に取り付ける滑車と折り畳めるテーブル、また衣類が降りてくる収納棚もご一緒に宜しいでしょうか? 後に商人へと品を見せた際、発想と使い良さに大変驚かれました」
「あっ、そちらもありましたね。はい、役にたてる物ですので、どうぞ庶民の方にも買える値段でオススメしてください」
「かしこまりましたわ」
パメラは即答に近い返答にミツの許可を得たことに頭を下げ感謝を伝える。
ミツの添えた庶民の方にも買える値段の言葉を彼女は守ってくれたのか、折り畳めるテーブルは職人の見習いや新人が作れる程に流行り、衣類をかける仕組みは職人に情報が広がった。
また井戸の仕組みも教えるが、滑車の仕組みの方に注目が集まり、それが広く知られるきっかけとなった。
「そうだなー。スリングショットみたいな物は直ぐには思いつきませんが、日常的に面白いものなら色々ありますよ」
「ほー。それは例えば?」
「一つは部屋の扉の前に人が立てば、勝手に開く扉。二つ目は衣類を洗う道具。三つ目は一人用の乗り物ですね」
ミツがフッと思いついた物は自動ドアと洗濯機と自転車である。
他にも後に色々と思いつくだろうが、電気の無いこの世界で彼の思いつきが何処まで通用するのか。
スラスラと彼らの聞いたことの無い物に対して驚きを見せる面々。
「「「!?」」」
「扉が開くだと!? そんな、お前は魔導具を作るつもりなのか?」
「衣類を洗うと言うのは、私達が着ている服のことでしょうか?」
「ねえねえ、乗り物ってお馬さんが引くみたいなやつなの?」
興味を引く物ばかりだったのか、子供たちの目がキラキラとしている。
「こらこら、三人とも、そんな一気に説明を求めても彼が困ってしまうぞ。それで、説明をしてくれるかな?」
やはり三人の父親なのか、ダニエルも興味津々と話を聞いてきた。
「はい。先程申しました三つとも口で説明するのは難しいので、また小さなモデルを作りますね」
アイテムボックスから木材を取り出し、自動ドアと洗濯機、そして自転車の模型を作りテーブルに見せる。
電気の無いこの世界で、自動ドアと洗濯機などは不可能と思うだろうが、自動ドアは元々人が扉の前に乗り、その重みで扉の開閉ができる品が初めての自動ドアの始まりである。
洗濯機も元の始まりは電気も使わない品が始まりだ。
洗濯板と大きな盥を思いつくだろうが、他にも以前ミツがビンゴゲームで使用した品の様に、中に数字の玉ではなく、衣類を入れ、それを少し川に浸かる程度の場所に設置。
水の流れにくるくると回り、中に入った衣類はドラム式洗濯機の様に、たたき洗いで綺麗に洗濯ができるのだ。
先ずは自動ドアの扉が気になったのか、ダニエルは扉と足場がセットに作られたモデルを手に取る。
「ほー……これが人が乗れば開く扉かね」
「はい。この足場がギミックになりまして、人の重さにて扉が開く仕組みとなります。例えば両手が塞がった人でも、この場所に立てば」
「なるほど……。しかし、人が乗った時点で開く扉となれば場所を選ぶ品であるな……」
「そうね。屋敷内では難しいけど、これは馬の厩舎で使えると思えるわよ」
セルフィの言うとおり、屋敷のような場では、中に入る際のノックは絶対に必要なこと。
扉の前に立った時点で扉が開閉してしまっては問題である。
その代わりと提案したのは馬のいる厩舎。
「厩舎ですか?」
「ええ。馬を厩舎から出すのって意外と大変なのよね。でもこれがあれば重い扉を開けなくても、こんなふうに馬と人がここに乗れば良いだけだし」
「うむ。扉が閉まって馬に怪我をさせないように注意すれば良いかもしれんな」
互いと意見を出し合い、改善すべき点を上げるとミツはフムフムと首を縦に振る。
「でしたら開閉はゆっくりとなるように改善しましょう。では次ですね」
次に彼が手に取ったのは洗濯機ならぬ物。
彼は衣類に似せた服も作り、それを中に入れて指先でくるくると回す。
人力でも使えて、川があればその力にてもっと大きな物が作れる事をコンセプトとして彼らに伝える。
衣類が洗える事に興味があった女性陣からは、次第と苦笑いと反応が悪くなっていく。
「んー。面白い考えだけど、これは衣類を傷つけないかしら?」
そう、夫人の二人とミアが気にしているのはそこである。
しかし、ミツは元々庶民向けとこの仕組みを考えていたので、貴族夫人や周囲の反応は承知の上である。
「そうですね〜。流石にパメラ様やエマンダ様の着ていらっしゃいますようなドレスには使えません。装飾として付けているものや、刺繍が解けて駄目になっては大変です。これは自分やセルフィ様のように一般的な普段着専用ですかね。冬になれば冷たい水に手や足を入れて洗濯も大変でしょうし」
「それもそうね。後は取り付けるならその場所を考えないと。井戸の近くである事は前提としておかないと」
セルフィの言葉に納得するパメラたち。
因みにセルフィの着ている服だが、貴族街ではなく、庶民街で購入できる衣服であることを以前聞いたことがある。
どうも高い服は金がかかることもあるのだが、訓練によく赴く彼女にとっては、動きやすさを優先した服の方が好むようだ。
「はい。それではこちら」
「ミツ様、こちらの品は? 乗り物にしては車輪が二つしか付いておりませんわ」
「うむ、付け忘れたのか?」
最後に見せるは自転車の模型。
前輪と後輪、二輪しかない事に訝しげな視線が向けられる。
「いえ、ミア様、ラルス様。こちらの自転車は馬車の様に四輪駆動ではなく、二輪のみで走らせる道具です。このようにべダルを回すことに後輪が回り、馬無しでその人の回す力にて走らせることが可能となります」
ミツは手の平サイズの自転車のペダルを回し、後輪をシャカシャカと回す。
馬車や馬での移動が当たり前とした彼らにとって、自転車と言うのは奇天烈な乗り物かもしれない。
「なっ!? 馬を使わぬだと!?」
「まあ、それでしたら馬を持たぬ庶民の方々も乗ることができますのね」
「これは……。少年君、随分と凄い物を出してきたわね……」
今迄思いつかなかった品に流石のセルフィも驚きを隠せていない。
「ただこれは基本平らな道しか走る事ができません。馬のように小川やちょっとした段差を超える事ができませんのでこれも場所を選びます。更にこれはバランスを取るのが難しい品ですので、慣れない内は後輪に補助輪を付けての走行をしてもらう事になりますね。因みに自分も子供の頃は最初から二輪は乗れませんでしたので暫くは補助輪付けての走行をしてましたよ」
「流石に街の外で走るとしたら外道以外使えないけど、私は態々街の外に持ち出す人もいないと思うけどね。ほら、街の外って魔物とかもいるでしょ」
「それもそうですね」
セルフィの言う通り、街の外に持ち出せばモンスターや盗賊の狙いとなってしまう。
それは態々生肉を体にぐるぐるに巻きつけ、猛獣の居る所に行くような物だ。
「子供の頃と言うと、これはロキアの様な幼子も乗れるのかね?」
「はい。因みにロキア君よりも幼い子には三輪車と言う品もございます。大体五歳を過ぎましたら補助輪を外して二輪で走行が可能となりますよ」
「まあ、でしたらロキアよりも幼い子を持つ家庭にも求める購入者が出てきますね」
「んー。皆さんの反応を見ると、自動ドアや服を洗濯する物よりも食い付きが凄いですね。先程の二点はまた次回として、今回は自転車と三輪車の製作を試してみては如何でしょうか」
「うむ。君の提案に乗ってみようではないか」
「では、レプリカを数台作りますので、材料を買ってきます」
「ミツさん、態々貴方様が足を運ばれなくとも、材木で御座いましたら屋敷にもございます」
「ゼクスさん、ありがとうございます。ですが今回作る物は木材だけではなく、他にも使う品がありますのでそれを探しに行きます。勿論庶民街で手に入る品で作らせて頂きます。その方が作る事になった時に職人さんも材料の調達に困る事は無いと思いますので」
「まぁ、既に後の事もお考え済みとわ。先を見据えますそのお考えに、ミツさんは商業の才も持ち合わせているのでは無いのでしょうか」
「はっはは。エマンダ様、お考えすぎですよ。取り敢えず行ってきますね」
「ミツ様、でしたらミアを共にお連れくださいませ」
「えっ!? お母様!」
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