第235話 こんな事がありました。
前王との話場の後、皆は一息を入れるようにお茶を楽しむ。
「いやはや、まさか前王様にまたお会いできるとは。これも貴殿の力あっての事。改めて礼を申したい」
「いえいえ。皆さんに喜んでもらえたなら、前王様も喜ばれていると思いますので。またご希望なら、先程申し上げました通りいつでも前王様との会話はできます」
「「おおっ」」
彼の言葉に重鎮たちからは喜びの声が漏れる。
「あっ、勿論自分の魔力がある時に限らせてくださいね。折角会えたのに直ぐに魔力切れでは前王様も寂しいですからね」
「フッ。そうか。ならば俺から貴殿に回復薬を送ってやろう」
「いや、カイン。そこは渡すものは回復薬だけでは不足だよ。女王、今回の件も含め、ミツ殿には褒美を与えるべきかと」
「ええ、勿論。貴方様が望む事があれば、我々は力を尽くしましょう」
「ありがとうございます。そのお気持ちで十分です」
「フンッ。謙虚な事は悪くわないが、ここは欲を言うべき場。今は思いつかぬとも後に告げるが良い」
「はい。レオニス様」
珍しくレオニスの顔に笑みが見え隠れ。
場の雰囲気も良く、いつものレオニスとアベルのギスギスとした空気もない事に、やはり父の存在は大きいと改めて身にしみた母のローソフィアであった。
暫くして、空も夕日に差し掛かる時刻。
話し場もそろそろ終わる前とマトラストは意を決してミツヘと質問する。
「……。ミツ殿、一つ宜しいでしょうか?」
「はい? マトラスト様、なにか?」
「うむ……。先程の謁見の場の時の事なのだが、何か腹の虫の居所でも悪かったのかね? 貴殿には珍しく、その……我々も背筋に寒気を感じる思いだったもので……」
マトラストの言葉にミツは思い出したかのようにその時の事を謝罪する。
「ああ。すみません。あの時は確かにマトラスト様の言うとおり虫の居所が悪かった事もあり、そのまま謁見の前に足を向けたので皆さんにそう思われたかもしれません」
「……。フムッ。貴殿の気持ちも分からぬではないが、招かれた客人があの様な威圧を出されては知らぬ者は驚いてしまうぞ」
マトラストは少しミツを窘めるように注意を促す。
それは貴族と平民として身分差をわきまえろと言う事ではなく、少し常識を外れた行いをしたミツの過ちを正すための善意の言葉である。
「マトラスト、良いではないか、もう過ぎた事。あまりそのような事を彼に向けては逆に失礼であろう」
「いえ、カイン様。皆様もご理解されておりましょうが、ミツ殿はアルミナランクとなられた強者でもございます。我々だけではなく、他の場の謁見も後にあるかもしれませぬ。この場で彼の過ちを正す事が彼の為にもなるのです。よいよいでその場で流したとして、後に彼が困る状況となったら誰が言葉をかけるのですか」
「うっ。確かに……」
「いえ。私めも口が過ぎました事を謝罪いたします。それでミツ殿は何に気分を害されたのですか? 城門で顔を見たときはいつも通りでしたが。もし差し支えなければお教え願いたい。後に同じ事がなきよう、我々も改善いたしますので」
「……」
ミツは謁見の前の事を思い出すとまた彼の中で内心イラッとした気持ちに襲われたが、目の前のマトラストの言葉に少しその怒りもスッと消える思いになった。
「ミツ殿……」
「今思えば難しく考えることでもない些細な事だったかもしれません。致死量の毒を盛られたとしてもね」
「えっ……」
「「「「「はあ!!!???」」」」」
ミツのさり気なく言葉にした自身の毒殺。
その言葉に周りの者は一瞬言葉を失ったが、直ぐに理解したのか全員の顔が強張った。
「ど、どう言う事ですか!?」
「ミツ殿、毒とは!?」
王族の前だと言うのに思わず席を立ち上がる二人。
いや、視線を変えればローソフィアを除いて三人の息子も席を立ち上がっていたよ。
「ちゃんと説明しますから、皆さん一度お座りください」
「あっ……」
「……」
沈黙する面々。
彼らは互いに顔を見た後、ゆっくりと椅子に座り直す。
「それで……。ミツ殿、先程の話は……。その、事実であろうか……」
「はい」
「本当に毒であったのか……」
「はい。それはもうあっちこっちに」
「今貴殿がこうして無事と言う事は、貴殿は毒に触れなかったのだな?」
「いえ、毒の入った化粧も顔に塗られましたし、毒の入った飲み物も飲みましたね。ああ、それと窓辺の手すり部分もバッチリ毒が塗られてましたので触れちゃいましたね」
「「「「「「!!!」」」」」」
その言葉に目玉が飛び出る思いと口を開く面々。
そんな周りの反応が当たり前だと分かっていても、ミツは無意識と頬を少しだけ上げてしまう。
「なっ!? 貴殿は、体は大丈夫なのかね!? 治療は!? 殿下、解毒の薬を!」
「マトラスト様、落ち着いてください。安心してください。受けた毒は自分には効きませんでしたから」
「そ、そうか……。はぁ……」
取り敢えず毒は効かなかった。
こうしてミツも無事に目の前に居る。
それだけでも心の底からホッとため息を漏らすマトラストであった。
ダニエルも同じ気持ちだったのか、幾度も本当に大丈夫なのかと質問を繰り返す。
彼は大丈夫ですよと、取り敢えず軽く笑みを作り、腕を曲げては力こぶをダニエルへと見せる。
少年の顔色は普通であり、毒を受けたような吐血も震えも見当たらない。
場の空気は重くも、取り敢えず落ち着きを取り戻していく。
「しかし、誰が貴殿に毒を……」
「「「……」」」
静寂が満ちた部屋の中、レオニスがゆっくりと口を開く。
その声は小さくとも、静かな部屋の中では全員の耳に聞こえただろう。
「アベル様」
「「「「!?」」」」
ミツがアベルの名を呼んだことに、まさかの視線が彼に向けられる。
「な、何かな……」
「クリフト様をお呼び頂けませんか?」
「なっ!? ま、まさかクリフトが貴殿に!」
「「「「!!!」」」」
更にミツがクリフトの名を出した事に、数名の疑いはクリフトへと向けられた。
それはミツを宿屋まで迎えに行ったのはクリフト、城に来てからも礼服に着替えるためと案内したのもクリフト。
更にはクリフトはミツと模擬戦で敗北を受けている。
今は除名されたバロン副団長の代わりに臨時の副団長をしているクリフトだが、戦闘の憾みをはらす為と彼が毒殺を決行したのかと思ってしまったのだろう。
しかし、その考えも無意識とミツの言葉にはやとちりと消される。
「えっ? いや、違いますよ。クリフト様が一緒の方が説明もしやすいので、できればあの方にも証言してほしいなと」
「そうか……。と言う事はクリフトは、君が毒を受けた事を知っていたのかい……?」
「はい。謁見の後にお伝えする予定でもありましたのでクリフト様には報告を待ってもらっていました。アベル様の部下の方へと勝手にお願いしたのは申し訳ないと思いましたが、流石にローソフィア様との謁見前に毒を受けた話をしてはあの話場はできなかったかと思いまして。勝手な判断、改めてこの場で謝罪いたします」
「いや、貴殿の判断は間違いではないよ……。しかし、客人に毒だなんて……」
額に汗を浮かべるアベル。
彼は直ぐにクリフトを呼び出す様に近衛兵に連絡を回す。
「失礼します! お呼びにより、クリフト参りました」
「入れ」
「はっ!」
「その者か……」
「「……」」
部屋に入るクリフトへと注目が集まる。
アベルは入室してきたクリフトへと厳しい視線を向け、直ぐに彼の口から真実を話させる。
「クリフト、話は既にミツ殿から聞いた。お前の見た物、あった事実を全てこの場にて発言するが良い」
「……」
「はっ! ご報告いたします!」
重い空気の中、クリフトは口を開く前と一度ミツの方へと視線を向ける。
その視線にミツは頷きだけを返した。
クリフトに場内を案内され、ミツは礼服へと着替えるためと部屋へと案内される。
中には三人のメイドさんが待っていたのか。クリフトは先程ミツから預かった礼服をメイドへと渡し、部屋を退出。
守りはおまかせ下さいと言葉を残すが、城内で敵なんて居ないでしょと彼はアハハと笑い済ませる。
「それでは、衣類をお外しします。失礼します」
「はい、よろしくお願いします」
人に服を着せてもらうのはこれで何度目なのか。
最初はもちろん恥ずかしかったが、背中のいくつものフックなどは一人では取り付けることができないし、借り物の服だけに損傷させては問題だ。
一時の恥を我慢するだけでいいなら、ミツは目を瞑ってそこは我慢である。
「「「……」」」
一人のメイドが二人へと頷きをする。
すると二人のメイドは軽く化粧をしますと、小さなメイクブラシに粉をつけ、ミツの顔へと塗っていく。
その際、メイドの笑みは作られた笑みから違う意味を込めた笑みへと変わっていることに彼は気づいていなかった。
しかし、メイドの笑みには気づいていない彼であるが、今顔に塗られた化粧が毒物であることは気づいていた。
何故なら部屋に入った時から、自身の礼服の準備をしてくれている三人が暗部である事がユイシスに告げられていたのだ。
勿論最初はまさかと思ったが、メイド達を鑑定すれば正に暗部が持ちそうなスキルばかり。
直ぐにこの三人を気絶させ、扉の前にいるクリフトに突き出してやろうと思ったが、それは待った。
折角なので三人がどの様な仕掛けをするのか、まあ後に自分はこんな事をされましたと証言するためにも彼女達の策に手を入れることにしたのだ。
勿論本当に危なくなったら実力行使である。
(歓迎されているのか、そうでないのか……)
試しに先程の会話だ。
城内で敵なんていませんよ。
この言葉を告げた後、彼女達の反応はどうか?
しかし、流石暗部。
揺さぶる言葉に眉尻一つ動かすことなく、作られた笑顔は崩れることは無かったようだ。
次に着ている服を脱がされる際、もしかしたら刺されるかもしれないと警戒していたがそれも無かった。
パン一状態のミツは鏡の前だから後ろから刺されることが無いのか、若しくは着替えが終わっていない状態では着替えの途中に襲われたと他の者から推測されてしまう為かと考えた。
何か他に無いかと部屋の中をぐるりと鑑定。
すると出るわ出るわ毒毒毒。
扉のドアヌブから飲み物を飲むためのコップや水差し。
彼女達の服の中に隠した毒の粉。
因みに、毒の色を誤魔化す為だろうか、水差しの中身はフルーツが沢山詰め込まれたフルーツジュースだ。
彼女達の計画は毒殺なのか、その毒は一滴であろうと致死量に匹敵する猛毒。
流石に呆れてきたもんだ。
しかし、彼がここまで落ち着いた考えや行動をするのは彼の持つスキルあってである。
〈コーティングベール〉〈状態以上無効化〉この二つは勿論、ユイシスの言葉が彼の気持ちを落ち着かせている。
「あの、化粧って必要ですか?」
「はい。謁見されますお客人様の良い印象を王へと向けて頂きたいので、これはどなたにでもいたしますことです」
「へー(毒を顔に塗って顔色が良くなるのかね)そうなんですね。それじゃ、よろしくお願いします」
「おまかせ下さい」
と、化粧を済ませる所までの流れである。
勿論暗部の三人は同様し始めた。
何故なら猛毒が混ぜこまれた化粧だ。
速攻的に顔には激痛が走り、目や鼻、口や耳から大量出血する品物である。
「終わりですか?」
「は、いえ。最後に紅を薄く塗らせていただきたく」
「そうですか。では先に何か飲んでもいいですか? ここまで来るのに緊張しっぱなしなんですよ。アレって飲んでも良いんですよね?」
ミツが指差すのは飲み物が入った水差しだ。
コップ、水差し、中身と三連毒の逃げ場のない品。
「はい。勿論」
飲み物を準備するメイドは思った。
こいつ、もしかして面の皮が厚い奴なのか?
それでも毒を体内に直接流し込んでしまえば決まりだと。
「どうぞ」
「ありがとうございます。流石王城ですね。窓からの景色も綺麗なもんだ。うん、美味い」
「「「!?」」」
これまた目の前の少年は驚きを見せた。
この部屋には至る所に毒物が塗られている。
それは今ミツが触れている窓の手すり部分。彼はそこに手を触れつつ、先程受け取った飲み物をゴクゴクと飲み干す。
「ふー。ごちそうさまです。それじゃ続き、お願いします」
「は、はい……」
ありえない光景を目に、もしかして毒を塗り損なったかと窓の方を見るメイド。
すると、先程ミツが触れた場所にムカデの様な虫が近づく。
その虫はその場に触れた瞬間、激しく体をうねらせた後、ポトリと窓から落ちて死んでしまった。
それを見たメイドは確信が持てた。
間違いなく毒は塗ってある。
なら何故だ?
「いや〜。紅なんて初めて塗りますよ」
「さ、左様ですか。はい、終わりにございます……」
化粧を済ませメイド達へと礼を告げた後にミツは立ち上がる。
準備が終わった事を告げる前と、部屋の中に眉間にシワを寄せたクリフトが入ってきた。
「失礼!」
「「「!?」」」
クリフトが部屋に入ってきたと同時に、他の兵士もぞろぞろと部屋へと入ってきた。
突然物々しい雰囲気に無意識に身構えるメイド達。
「ご無事ですか御使い様」
「はい。大丈夫ですよ。それと御使い様は止めてください」
「これは失礼。それでは早速。その者達を捉えよ!」
「はっ!」
「キャッ!」
「突然何をなされますか!」
「は、離しなさい!」
メイドの三人は動く前とクリフトの部下に拘束される。
突然の事に混乱する三人を無視するクリフトの言葉は三人をお驚かせる。
「しかし、いきなり貴方様の声が聞こえた時は驚きました。ですが、本当にこの者達は貴方様に毒を?」
「「「!」」」
クリフトの言葉に顔を上げて驚く三人。
実はミツは顔の化粧をしている際、扉の守りをしていたクリフトへと〈念話〉を使用して自身の今の状況を伝えていたのだ。
入室するタイミングも彼の声に合わせて入室。
その言葉に驚き、慌てて部屋の中に入ろうとするクリフトを静止させつつ、今自身が置かれた状況と、メイドの三人が暗部であることを彼に伝えてある。
「はい。この部屋にも至る所に毒が塗られてますね。先程頂いた飲み物や、顔に塗られた化粧にも毒が塗られてます」
「「「!?」」」
ミツの口から出たその言葉に部屋の中にいる全員が驚きの表情。
毒がある事、また自身が毒を盛られたことを平然と話すのだから、驚かない訳がない。
「ど、毒を飲んだ! 飲まれたのですか!? 貴方様は大丈夫なのですか!」
「はい。大丈夫ですよ。取り敢えず毒を顔につけたままでは謁見もできませんので、顔の毒を流しますので失礼したいのですが」
顔を洗いたいとクリフトに伝える途中、拘束していたメイドの身体検査が早々と行われていたのだろう。
メイドを調べる兵は慎重に、そして警戒しつつメイドの懐から小瓶を見つけ取り出す。
毒々しい色をした液体を見た兵は顔色を変え、ミツが使ったと思われるコップへと自身の腰に携えた薬液を入れる。
すると色は変色し、クリフトの前へと慌てて報告する。
「クリフト様! ありました! またこの色、キュバソの毒にございます!」
「なっ!? キュバソだと! いかん、浄化班を呼べ! 部屋に入った者は、全て毒が抜けるまでは部屋から出る事は許さん!」
「「「はっ!」」」
「クリフト様、キュバソってそんな猛毒なんですか?」
「はい、こちらの毒は基本魔物避けと使われる強力な毒素がございます。これを一口でも含めば……あ、ああ! ミツ様!」
「へっ?」
クリフトの顔はみるみる青ざめていき、彼はミツへと駆け寄り背中を叩きだした。
「お吐きください! どうか! 恥を凌ぐ場ではございません! どうか!」
「お、落ち着いてください! クリフト様、自分は大丈夫ですから」
「へっ……」
「自分に毒は効きません。それと、部屋の浄化なら自分ができますから任せてください。まぁ、ちょっと苦しいかもしれませんけど」
「ミ、ミツ様。なにを」
「はい、失礼しまして。取り敢えずこの場にいる全員を消毒と洗浄しますので動かないでくださいね。それと、こちらの三人には聴く事もありますので、逃げられないようにと」
腕を紐で縛り上げられたメイドの三人へとミツが近づく。
彼は一人のメイドの肩に手を添え〈パラライズ〉のスキルを発動。
静電気が起こった様なパチッとした音の後、メイド達は次々と床に倒れていく。
「あがっ!」
「うぐっ!」
「お、お待ち! !?」
有無言わさずとメイドの動きを止めていく光景に困惑する兵士たち。
大丈夫なのかと怪訝そうな視線も向けられたので、一時的に動きを止めただけと説明をする。
「「「!?」」」
「落ち着いて下さい。三人は気絶させただけです。それじゃ、先ずは洗浄ですね。クリフト様、毒物は全て消しますがよろしいんですよね?」
「えっ、あ、はい」
〈ウォッシュ〉のスキルを使う前と、毒を使われた痕跡を消して良いものかと考えたミツ。クリフトに確認すれば彼は何をするのか分かっていないだろうが、ミツの言葉を無意識と肯定する。
彼がスキルを発動した瞬間、部屋の天井からバケツをひっくり返したと思える水が全員の頭から降りかかる。
「えっ、うわっ!!!」
「おおおっ!」
「アブブブブ!」
「ゴハッ! ゴハッ! ゴハッ!」
突然水が自身にかかったことに避けようとするが、洗浄魔法からは逃げられない。
そのまま水の勢いに床に膝をつく者も居れば、身につけたマントに顔を隠そうとするが効果はそれ程無かったようだ。
ミツは自身を含め、部屋の中にいる全員と、部屋の隅々に隠された毒を洗い流してしまう。
ついでに暖炉の中の煤汚れ、手の届かない壁や高い所の汚れも綺麗さっぱり洗い流してくれた。
自身を外まで流してしまいそうな水が消え、驚きにゆっくりと身を起こすクリフトと兵士たち。
メイドの三人は水に流されたのか、部屋の隅に固まっている。
「はぁ、はぁ、はぁ。い、今のは!? ミツ様、な、何を?」
「はい、見た通り水はすぐに乾きます。もう皆さんの身体に入ったかもしれない毒も消させていただきました」
「「「!?」」」
少年の言葉に驚きが隠せない兵士たち。
毒の浄化には時間もかかり、多くの薬品にて中和させなければ消すことができない。
それはミツの居た日本でも同じ事。
それを水で洗い流すだけで済ませるのは、彼の魔力量あっての事だろう。
兵士は毒はないと言われても訝しげにしていたので、もう一度毒の検査をしてみて下さいとミツは促す。
クリフトに視線を向けた兵士は直ぐに自身の腰に携えた薬液を振りまく。
キュバソの毒は隠しきれない程に毒素が強い。
水で洗い流したからと言って消せる品物ではないと兵士たちは考えていた。
しかし、薬液をかけても毒の反応が全く無い。
ならばと先程反応が出たコップへと薬液を振りかけるがこれも無反応。
2~3人と同じ事を繰り返し、毒が消えた事を確信する兵士たちだった。
「こ、これが奇跡か……」
「奇跡って……ただの毒抜きです。王城にも毒を回復できる人はいますよね? その人と同じですよ」
その言葉に顔を見合わせる面々。
そんな奴、この城に居るのかと疑問を持つ。
「折角化粧までしてもらいましたが、残念です。それじゃ王様と謁見と行きますか」
「いえ、お待ちください。招かれましたお客様への毒を盛るなど本来はあるまじき事にございます。この件、直ぐに王へと報告すべきであり、謁見の日は見送るべきかと……」
「ハッハハ。やだなクリフト様、このチャンスを逃しちゃ駄目ですよ」
「チャ、チャンスでございますか!? なにを」
「知れたことです。自分に毒を向けた主犯を探す為ですよ」
扉の方に顔を向けていたミツがクリフトの方へと振り返ると、クリフトはゾクリと背筋に冷たいものが走る気分に襲われる。
それは彼が初めて見るミツの笑っていない笑顔を見たせいなのか。
「!」
「流石に人を城まで招いて毒を盛られちゃ、こちらとしてもね。王様や皆が集まる場で主犯であることを突きつけないと。そうだ。犯人探しは、神殿のルリ様に協力してもらいましょう。ねぇ、クリフト様。これって、どっちが正しいですかね?」
「うっ……。勿論、ミツ様にございます……」
「さー。となれば早速主犯を探さないとね」
目の前の少年はポンッと一つ手を叩き、彼の視線は倒れたメイド達へと向けられる。
「ミツ様、どの様にして犯人を探すのでしょうか?」
「んー。取り敢えず王様に謁見してからですね。その時自分が生きてた事に驚くような人。その人の悪事を後に晒そうかと」
「なるほど……。かしこまりました。それでは事が表沙汰となった際、我々が承認として発言させていただきます。先ずはこの者達の尋問と指せていただき、その後それも証拠と突きつけましょう」
「はい。ああ、それともう一つ。もしその人達が口を割りそうにないときは自分を呼んでください。女性相手には酷な方法ですが、自分もそう言う事はできますので」
竜ですら従える少年の拷問とは一体何なのか。
それを想像するだけでも部屋の中の兵士たち全員の顔を青くする。
「は、はっ! 貴方様の手をお借りることのなきよう、我々におまかせを!」
「クリフト様、よろしくお願いしますね。それでは、改めて行きましょうか」
そして謁見に足を向けたミツである。
彼の謁見の態度が悪かったのはこう言う事もあった理由もなのだが、城内を移動中、ユイシスから国の王に膝を付く事を止められていたのもあるのだ。
その場でミツがローソフィアへと膝を付いてしまえば、彼はこの国に忠義を示したと勘違いされ、他国との繋がりが大きく動いてしまうとの事。
クリフトが説明を終われば部屋の中の全員が顔を青ざめさせ、マトラスト、ダニエルは眉間に強くシワを寄せている。
クリフトも自身で口にした事に怒りを感じているのか、彼の握られた拳が少し震えているのが目に入る。
「誰だ! そのような愚かな事を指示したものは!」
カインが席から立ち上がり、彼も怒りを口にする。
そのような事があったと分かれば謁見の場でのミツの素振りも直ぐに理解する。
周りの怒りと困惑、そして今回の事にてミツが国から離れることに関して恐怖を思うもの達。
彼らは恐る恐るとミツの方へと視線を向ければ、彼は何も喋らず、視線はローソフィアへと向けられている。
その視線にローソフィアは少し指先をビクリと反応させ、直ぐに今回の計画を企てた愚か者を探すことに動き出す。
「その報告が誠ならば許される事ではありません。ミツ様、貴方様には謝罪しても許される事ではないと理解しております。私からも心よりお詫び申し上げます……。その怒り、我々王族に向ける事はあったとしても、どうか関係の無い他の貴族、また民には寛大なお心を……」
先程の場の暖かな雰囲気とは打って変わり、部屋の中には重い空気が全員の体を押しつぶす思いに身を縮ませている。
しかし、ローソフィアだけではなく、全員の不安も的外れなのか、既にミツの中には怒りは消えている状態。
勿論彼もやられた事を思い出せばイラッとするが、先程の家族の暖かな雰囲気に当てられたのか、それとも流した涙と共に怒りを消してしまったのか。
だからこそ彼は毒を盛られたことを些細な事と発言したのかもしれない。
勿論ユイシスの助言と、受けた毒を無効にする〈状態異常無効化〉スキルあっての考えである。
「いえ、自分に毒を仕込んだ人は既に捕まえてます。後は皆様が主犯を見つけ出してくれると信じてますので、これ以上自分から言う言葉はありません。……と言っても実はあの謁見の場で倒れた人達が今回の事に関係する人なんですけどね」
「「「「「!?」」」」」
彼の言葉にまた大きく目を見開く面々。
その言葉は間違いないのかをマトラストが数度確認。
そしてフルフルと体を震わせ、ガバッと立ち上がるカイン。
「兵を回せ! 未だ気絶し寝ているものは叩き起こし、帰った者は連れ戻すのだ! 良いか、これは王命として逃がすことを許さん! それと、直ぐに神殿の方へと早馬を出し、巫女姫を連れて来い! 第一級優先事項として拒むことは許さん!」
「「「はっ!」」」
「兄上、兄様、恐らく他にも関わった愚か者はおりましょう。直ぐにその者を捉える準備もすべきかと」
「ああ。勿論だとも。レオニス兄様、申し訳ないですが兄様の近衛兵を回して頂けましょうか」
「うむ。それは構わん。私の兵を使えば逃げることなどできまい。直ぐに捕縛してやろう」
「殿下、我々の兵もどうぞお使いください」
「うむ、二人の気持ちに感謝する」
その後の流れは早かった。
クリフトの部隊が既に城から離れてしまった貴族の馬車を取り押さえ、直ぐに城へと戻す。
ミツの威嚇にて気絶していた者も引っ張る様にベットから連れ出されたのだ。
早馬を受けたルリは何事かと驚きつつ、王城へとやってきた。
そしてミツに対しての毒殺計画を耳にした彼女は周りの者が見たことのない怒りの表情をしている。
そして、ローソフィアは静かな怒りを抑えつつ、王座へと座り計画に係る者へと冷たい視線を向けている。
ローソフィアを前に膝をつく面々。
その並ぶ顔に顔を青くする者たち。
外はすっかり夜となり、この時間に謁見の間に集まる事が珍しい事である。
周囲は王族を守る兵士が並び、貴族の数名をこの場から逃すまいと警戒していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます