第234話 伝えたい言葉。

「良い方法とは?」


 マトラストの言葉にミツは指を一つ立て、ニコリと笑みを向ける。

 その笑みを見るダニエルとマトラストは、またこの子は何をする気だと少し引き気味。


「折角ですので、記録された言葉よりも本人のお声の方が良いのではないかと」


「「「「「!?」」」」」


「ほ、本人……。ミツ殿、それはどう言う意味で……」


「お前はまさか……死者を蘇らせるなどとは言わぬだろうな……」


 カインの言葉に、一瞬彼の祖父の顔がよぎる。

 しかし、彼はスキルを使おうと、自身の祖父には合えないと感じていた。

 創造神シャロットが創り出したこの星と、地球が繋がっているとは思えなかったからだ。


「そんな事が出来るなら……。いえ、自分ができる事はそう言う事ではなく、その人の言葉を聞くだけです。まぁ、会話ができるかわ分かりませんが」


「分からぬとは……何とも曖昧な言葉を……。いや、それでもそのような事が出来るなら是非とも見せて頂きたい」


「分かりました。ローソフィア様も宜しいでしょうか?」


「……その言葉が誠ならば。皆もよろしいですね」


「無論。王が決めになられた事。そのお言葉に意義はございません」


「「……」」


 母の言葉に、長兄のレオニスが言葉を返す。

 周囲の者たちも同じ気持ちなのか、頷きを返すのみだった。


「分かりました。それでは……」


 ミツは周囲の注目を集めつつ、ゆっくりと目を閉じる。

 彼が今からやる事をユイシスにアドバイスを貰いつつ、順番にスキルを発動。

 先ずは分身を一人影から出す。

 突然影の中から人が出てきた事に驚き声を出す面々だが、彼らは分身の報告を前もって受けており、更には鳥型魔導具にてミツがこの様な事ができる事は前もって知っていた事。

 驚きの声は出た物の、それだけである。


(魂魄)


 【ウァテス】のスキル〈魂魄〉

 亡くなった者の魂を呼び出すこのスキル。

 何をするにも先ずは本人を呼ばなければならない。

 森羅の鏡にて前王の姿を見たミツは、魂魄にて彼の魂を呼び出す。

 彼の掌にキラキラと幻想的な光が集まりだす。

 それに視線を向ける者は眉を動かす。

 光は集まり、白い炎、人魂の形を作り出した。

 部屋の中だというのに、それはゆらゆらと小さな揺らめきを出し、子供が息を吹きかければ簡単に消えてしまいそうなロウソクの火に見えるかもしれない。


 ミツは分身に前王の魂を静かに渡すと、分身は静かにスキルを発動する。


(……オーバーソール)


 分身が発動するスキル〈オーバーソール〉


 魂魄で出した魂。

 これは通常、無機物に憑依させた物を自動に動かすことができる。

 剣が得意な剣士の魂なら、素人が剣を握っているだけで剣舞が舞えるほど。

 弓が得意な狩人の魂ならば百発百中の弓の名手へ。

 だが、今回憑依させるのは無機物の物ではなく、ミツの分身だ。

 魂魄の魂を人に憑依(オーバーソール)させると、その者の姿に映す事もできる。

 使用者の魔力が高いほど、武器の能力は跳ね上がり、人はその人の容姿を細かく具現化できるようになる。

 分身の魔力は既に2000オーバー。

 一般的の魔術士の魔力は50、エルフでも高くて200。

 その彼が発動するオーバーソールはまるで本人が現れたかのように、その場に前王、エミルの姿を見せる。

 

「「「「「!!!」」」」」


 黒髪に鋭い瞳。それでもその瞳の奥には優しさが見えている。

 周囲の言葉にならない驚きも分かるが、これで終わりではない。

 分身は最後に〈代弁者〉のスキルを発動する。

 分身(エミル)の首元が光、彼は妻であるローソフィアへ向かって、ゆっくりと声を出す。

 それは正に先程森羅の鏡から聞こえていたエミル本人の声であった。


「ソフィー……」


 エミルは隣に座る女性をローソフィアだと直ぐに分かったのだろう。


「あ、ああ、あなた……」


 ソフィー。自身を愛称で呼ぶ時の名を耳にしたローソフィアの目に、大粒の涙が流れ出す。

 突然聞けなくなった愛する人の声、最後に交わした会話はもう覚えていない。

 それも記憶から蘇るは、自身の名前を呼ぶ言葉であった。

 他愛ない会話、政治のアドバイスの会話、家族を想い、次の休日の予定を家族揃って立てる会話。

 そんな言葉の一つ一つを思い出せば、彼女は声を漏らさぬようにと口元を手で抑えるが溢れる思いは止まらなかった。


「ソフィー……。すまん。苦労をかけたな」


「いえ、いえ……私は! いえ、私の苦労など周りの者に比べたら……。ですので、謝らないでください……あなたからの謝罪の言葉など……私は……私こそ、ごめん……なさい……」


「そうか……。お前達……私が登った後も、よくぞ妻を、国を支えてくれた事に感謝する」


「「「「はっ!」」」」


 エミルは文官の一人一人に言葉をかけた後、マトラストとダニエルへと視線を向ける。


「マトラストか……」


「はい、エミル様……」


「フッ、随分と白髪が目立ってきたではないか」


「ハハッ……。私めも歳を取りましたので……」


「そうか……。奥方にもよろしく言っておいてくれ。茶会、誘いの言葉を守れなかったことも。奥方の入れてくれた特別の茶、もう一度飲んでみたかったと」


「!? ハッ! 必ず……。ぐっ、うっ……ううっ」


 マトラストは今、目の前のエミルは本物だと確信した。

 それは前王が遥か高みに登る前、エミルは幾度もマトラストの屋敷に行く事があった。

 その際、酒は好きでも酒に弱いエミルの為と、マトラストの妻はお酒を紅茶で割り、お酒を長く楽しめる様にと二人へと差し出していた。

 マトラストは紅茶に酒などと少し怪訝視したが、酒の香りとエミルの好奇心が差し出された紅茶に口を付ける。

 紅茶の効果でアルコール度数は落ち着き、酒の弱いエミルも酒を楽しめるとそれは三人だけの秘密となった。

 女王ローソフィアにも伏せた話だけに、この話を知る者は本人でしかないのだ。

 次にダニエルへと視線を向ける。

 エミルがまだ現役の頃は、ダニエルはまだ男爵の地位と、低い貴族であった。

 それでもダニエルは叙爵された時の記憶があるのだろう。

 彼は既に頬に涙をながしている。

 彼らの話しは専門的な話も交えた為にミツは理解できなかったが、話を終えたダニエルの目には更に涙が浮かんでいる。

 

 そしてレオニス、アベル、カインへと視線を向けるエミル。

 髪型と背丈が近ければ、顔のパーツの近いレオニスとエミルは鏡を見せている気分だ。


「レオニス……」


「はい。……父上」


「……大きくなったな」


「はい……」


「顔を見せてくれぬか」


「……」


 レオニスは無意識と下げていた顔をあげる。

 すると彼の見た父の顔は優しく、最後に眠る前と見た顔と同じであった。

 そんなまさか、父は自身が8歳の頃に亡くなった人だ。

 目の前にいるのは幻覚だ、まやかしだ。

 しかし、子供の頃、突然父が居なくなった悲しみが彼の胸の中で蘇る。

 レオニスは心臓を掴まれる思いとぐっと奥歯を噛み締める。


「レオニス。お前、いくつになった」


「に、26にございます……」


「そうか……。成人の祝い、できなかった事、すまなかった……」


「いえ! その様な事……。良いのです。父上がお気にする事では……」


 再度顔をうつむかせるレオニス。


「長き年月、お前の心も変えておったか……。まだお前が幼き頃は良く手を焼かされた物だと言うのに……」


「……」


 王であるゆえに多忙な父へと、レオニスは子供の頃に怒りをぶつけたことがあった。

 たまの休日、エミルはレオニスと遊ぶ約束をしていた。

 しかし、予定を組んだ休みも急用が入っては、優先するのは王としての業務である。

 結果、それが幾度も続けばレオニスの父に対する気持ちは言葉となる。

 

「父上は、約束を違える酷い人です!」


 その言葉にエミルは言葉を返せなかった。

 国の為、民の為と働いたとしても、一番身近な家族に何もしてあげれなかったからだ。

 レオニスの言葉は子供が父親にかまって欲しいだけの我儘な言葉に聞こえたかもしれない。

 その為に、周囲は頭を悩ませてしまった。

 レオニスも大人になり、父の代わりと王となった母の姿を見ては、その忙しさも今なら理解できるのだが。

 父が亡くなった後、レオニスは一人孤独になった気持ちに襲われてしまった。

 父の代わりと母が動き回りいつも以上に側に居ない。

 まだ幼き弟の二人はメイドや側仕えに何処かに抱えられて行き、顔を見ることも少なくなった。

 その為か、10歳を過ぎる頃には、レオニスは他の子に比べると冷たい心を持つようになってしまっていた。

 顔をうつむかせるレオニスは言葉を止めてしまう。


 エミルは次は隣とアベルへと視線を向ける。


「アベルだな……」


「はい、父上。お久しぶりにございます」


「うむ……。お前は幼き頃も、今も母によく似ておる……」


「……はい。社交の場では良く耳にしております」


 当時まだ4歳だったアベルは、レオニス程に父を失った悲しみはそれ程大きくはなかった。その時はアベルが幼い事も理由だが、彼が眠る頃にやっとエミルの仕事が落ち着く為に、二人がすれ違いが多かった事が原因かもしれない。

 アベルは問われた質問を笑い話に変えつつエミルへと言葉を返す。

 エミルもその言葉に、彼の頬が上がっている。 

 二人の会話は他愛ない会話だが、二人の表情は無意識と笑顔となっている。


「カインか……」


「はい。父上。会話をするのは初めて云え、何から話せばよいのか」


「そうだな……。最後にお前の声は父ではなく、乳を求む泣き声であったからな」


「そ、それは申し訳ございません……」


「フフッ。カイン、赤子の頃の貴方では仕方ない事ですよ」


「ハッハハ。ソフィーの言うとおり。そうだとも」


 王と王妃の頃のような夫婦の会話に周囲も笑い、そして涙を流す。


 そして前王、エミルとミツの視線が合うと、エミルはミツに向かって深々と頭を下げる。


「貴殿の力にて、命尽きた後と言うのにまた家族とこうして会話ができた。貴殿、いや、貴方様には心より感謝の念を送りたい」


 エミルの言葉の後、ローソフィアと周囲が同意と頭を下げる。

 

「いえ。うまく行ったみたいで良かったです。マトラスト様、折角ですのでご家族だけでお話の場を作られては?」


「うむ。我々もエミル様との久々の再会にもう少し話もしたいが、やはりここは家族を優先すべき場」


「話したいならまた時間がある時にでも前王様を呼びましょう」


「「「!?」」」


「それは良い……。私もこの場におらぬ者とも最後の話をしたいと思っておった……」


「ミツ殿、因みにエミル様のお姿とお声はいつまで設けられるのでしょうか?」


「えーっと。ちょっと待ってくださいね……」


 ミツはユイシスへと分身が使用しているスキルの使用時間を質問する。

 分身が使用しているスキルの二つはMPを消費する。

 〈オーバーソール〉と〈代弁者〉のこの二つは今も分身のMPを使用し続けているそうだ。


「「「……」」」


「はい。大体一刻(約2時間)ですね」


「「「おおっ!」」」


 一刻。僅かなその時間であろうと、前王との話場ができる。

 それを嬉しく、また驚きに周囲から声が漏れ出していた。

 ミツの提案に部屋の中は前王の魂を憑依させた分身と、ローソフィア、息子の三人だけの空間と作られた。

 暫くして、またローソフィアのすすり泣く声、レオニスの嗚咽を堪えるような声がミツの〈聞き耳〉スキルにて聞こえてきた。


 中は如何なっているのか。

 ミツは扉を前に祖父の事を思い出していた。

 優しくも厳しかった祖父の顔……。

 男一人で育ててくれた祖父に、色々してもらったと言うのに何も恩返しができていない……。

 ありがとうの言葉すら自身が歳を取ると恥ずかしいのか言えない事もあった……。

 喧嘩して酷い言葉もかけてしまった……。

 ごめんなさいの言葉も伝えることもなく、祖父は眠るように自身の目の前から姿を消してしまった……。

 そんな祖父の葬儀は静かな物だった……。

 父と母を早々と失っていた彼にとって、身内は祖父の一人。

 人絡みが苦手だったのか、携帯のアドレスは三桁も行かない人の数。

 遺品整理は思い出の整理。

 祖父が何故あれやこれやと物を取っていたのすら分からない物を手に取り考える数日……。

 それでも片付けられる部屋の風景……。

 すっかり片付けられた実家の風景は、それが最後の親孝行なのかもしれない……。

 そんな事を思い出すと、ミツの目からも無意識に涙が流れてしまった……。

 

「最後に爺さんに手を合わせたのはいつだったかな……」


「どうされたミツ殿?」


「いえ……なんでもありません」


「そうか……」


 声をかけてきたマトラストにも生返事の彼だが、その返答にマトラストは気にもしない。

 それはミツが涙を拭う仕草をしたからなのかは本人しか分からない事だから。


 暫くして、カインが部屋から出てくる。

 全員部屋に入っても良いの言葉に、改めて先程部屋を退出した者が部屋へと戻る。

 部屋に入ればローソフィアは涙の跡が少し目立つが顔は笑顔。

 レオニスも目元は赤いか彼はいつもの凛々しい顔と戻っていた。


「ミツ様、我ら家族に失われた時間、一時の間を頂き感謝いたします」


「貴殿の行いに、我ら父と言葉を交わせた事は良き時間であった」


「未だ驚きに気持ち高鳴る思いだが、これだけは君に伝えたい」


「感謝する。心より貴殿には感謝を伝えたい」


 女王ローソフィアの言葉からレオニス、アベル、そしてカインと感謝の言葉が送られた。

 ミツの分身もそろそろMPの限界なのか、〈念話〉にてそれが伝えられる。


「はい。皆様のお気持ちがあるからこそ前王様が姿を見せてくれました。お時間がまたございましたら、この機会をまたいつか……」


「感謝する……」


 エミルはその言葉に頷きを変えし、最後に妻の手を握る。

 その手を握り返すローソフィアは、愛しい者へとその時伝える事のできなかった言葉を、彼女は別れの言葉としてエミルへと伝えた。


 またゆっくりとエミルの姿は分身の姿と代わり、分身はミツの影の中へと消えていく。

 そこに残されるは先程ミツの〈物質製造〉スキルで作り上げた前王の人形。

 またその人形へとローソフィアは手を差し伸ばし、エミルの頬を撫でる。

 

 ローソフィアは思いもよらぬ贈り物にミツに感謝をし、アベル、カインも二人も記憶に消えていた父の姿に興奮していた。

 しかし、レオニスは何も言わない。

 チラチラとミツの方に視線は向けるも、彼は口を積むんでしまう。

 先程の謁見の時と違い、ミツの雰囲気も家族の暖かさに当てられたのか機嫌もよく見えたのだろう。

 マトラストはさり気なく先程の謁見の時のミツの状態を口にするが、それがこの場の空気も凍らせる話になるとは思いもよらなかっただろう。

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