第233話 前王。
カインの愛犬、トールの人形を目の前で見せられた事に未だ驚く面々。
トールはミツの治療を受け、目の病と身体の病を治したことに尻尾をブンブンと振るほどに喜び、喜びに庭の方へと走って行ってしまった。
残されたトールの人形を前に、ミツは他の人も望むならと希望を聞く。
すると女王ローソフィアは少し考えた後、前王の人形を希望を口にする。
「可能なのですか? 申し上げた後に申し訳ないのですが、実は前王の身姿を残した絵はこの城には一枚もございません。後に増やそうと思い建った矢先に彼は高みに行ってしまいました……」
言葉を少し変えるならば、本当は王城にも前王の身姿を写した絵はあるのだが。
その絵は防腐処理が甘かったのか、絵の具がパリパリに乾き、顔の部分が剥げた絵となってしまっている。
更に前王の希望もあり、一人の絵を何枚も残すよりも、家族全員揃った絵が欲しいと言う彼の希望もあった為に、ローソフィアの言葉通り、前王の顔が分かる絵は1枚も残されてはいない。
絵師に前王の絵を書いてもらえばと思うだろうが、王の顔をしっかりと覚えている絵師が見つからなかったのも絵が増やせなかった原因でもある。
「ああ……なるほど、そう言う事でしたか。写真1枚も無いのは寂しいですね」
「写真?」
「あっ、写し絵の事ですね」
「なるほど……。先程申し上げましたが、私自身、申し上げた事に難しい事は十分承知の上です。もし不可能ならば別の品を……」
やはり作るべき人形のモデルの絵が無ければ不可能かと少し肩を落とすローソフィア。
しかし、ミツはローソフィアの希望をユイシスに相談しつつ話をすすめると、少し魔力が多く取られてしまうが、時間を遡って見る事は可能との事。
「いえ、問題ありません。それでは、失礼ながら前王様の身に付けていた物、若しくは使っていた物とか残っていますか?」
「フムッ……ミツ殿。この部屋の品でしたら、前王も使用された品もあると思われます。ローソフィア様のお座りになられております椅子も使用されたと」
「ああ、それなら大丈夫ですね」
前王の姿を確認するためと、アイテムボックスから森羅の鏡を取り出す。
銀色に美しく装飾をかざした鏡に目を奪われるローソフィア達。
レオニスは今から行われる事に訝しげな視線を向けるが、森羅の鏡を見るのは数度目と、アベルとカインは別の事を思っていた。
「……」
「どうしたんだい、カイン?」
「いえ……。私は兄上達と違い、父の顔を知らずに育ちましたと思いまして……」
「ああ。そうだね……。でも大丈夫、僕も君と同じ、そこまで父上の顔を覚えていないから」
何が大丈夫なのか、アベルの言葉はカインに苦笑を浮かべさせる言葉でしかなかった。
今も訝しげに森羅の鏡を見るもう一人の兄へと声をかけるのは躊躇うため、昔から国に仕える二人へと話を振る。
「マトラストとダニエルは覚えておるか?」
「はい。それは勿論。ですが、私はあの方とは王としてではなく、主従関係なしに友として酒を酌み交わすことが記憶に多く、それが楽しゅうございました」
「そう言えば噂になる程の豪酒でもございましたね。いやはや、私がまだ若き頃、ローソフィア様との婚約の祝場は凄い数の酒が並んだテーブルを見たときは驚きましたぞ」
「ハッハハハ。あの時は祝い品として皆が持ち寄ったせいもある」
「はぁ、随分とお酒好きな王様だったんですね」
どの国、どのような時代であろうと、やはりお酒が好きな人は居るんだな。
「んー。確かに酒好きではあったが……」
「フフッ。あの方はコップ数杯で酔い潰れるのが早かったですね」
「えっ? 酒好きなのにお酒に弱かったんですか?」
「うむ。その為か、折角の祝場では王は早々と酔い潰れ、ローソフィア様一人を残して場を退場されましたからな。今では笑い話として聞けるだろうが、後に前王はローソフィア様と深き話し場を作られたそうだ」
「そ、それは……(結婚式のお披露目の日に旦那さんが先に酔いつぶれて、お嫁さんをそのまま会場に残したって事だよね……。マトラスト様、それは後にも先にも笑えませんよ)」
「そう言えば……前王があの後から酒を口にする回数も減った気が」
マトラストとダニエルが口にしたその言葉に、ローソフィアは少し影を落とした笑みを二人へと向ける。
「私との話が、きっと酒に飲まれ過ぎた彼の心を動かしたのでしょうね。そうだわ。時が空き次第、マトラストとダニエルの奥方様方にも私の知を今度与えましょうか?」
「はははっ……さ、左様で……。ローソフィア様のお心遣い、か、感謝いたします……」
「誠に……」
口を滑らせ過ぎたか、そんな事をされてはたまったもんじゃないと、二人も酒好きな性格だけに冷や汗物だ。
「それよりもミツ殿。私の話に手を止めてすまない。ささっ、早速見せてくれたまえ」
「はい」
マトラストは話題を変える為とミツの方へと話を振る。
彼も言いたい事は分かってますよと森羅の鏡を発動。
鏡はいつも通り虹の靄を出し始める。
靄は円形に形を作り、次第と映像を映し始めた。
「これは……報告は誠であったのか……」
「見えてきた……」
「「「!?」」」
「おお、エミル様!」
虹の靄に映し出された人物。
ローソフィアが頭に付けているティアラとは別の王冠を身に着けた男性。
マトラストは思わず前王【エミル】の名を口にする。
エミル・アルト・セレナーデ。
若き王は突然の心臓発作によりこの世を去った。
映像に映されたエミルは後にそんな事が起きる事を思わせない程に、彼は元気な姿を見せる。
「父上!」
「この方が……私の父上……」
「僕の中の記憶の中にある父上の姿だ……」
「あなた……」
レオニス、カイン、アベル。
息子たちが亡き父の姿を見ては驚きの表情。
そして、彼らだけではなく、この部屋に集められた全ての者が更に驚いた事。
それは靄の中から聞こえてきた前王の声であった。
森羅の鏡から本人の声が聞こえる事は、アベルとカインは知ってはいたが、まさか数十年前の映像と声が聞けるとは思ってもいなかったのだろう。
「ああ、勿論分かっているさ。食事前には済ませるよ」
「「「「!!!」」」」
妻、ローソフィアは二度と耳にする事ができなくなった愛する夫の声を耳にした瞬間、思わず目に大粒の涙を浮かべてしまう。
「ああっ……生きて、動いている……。声が、あの人の声が……うっ……」
「母上!」
顔を隠すように蹲るローソフィア。
母を心配するとカインが母の肩へと手を添える。
周囲は昔見た前王エミルの姿に彼らの目にも涙が流れ出す。
エミル様、エミル様。
文官の二人も椅子から立ち上がり、溢れる涙をこらえきれないと床にポロポロと大粒の涙を流し続ける。
このまま見せ続けるのも問題ないのだが、ミツは先に依頼された人形作りと右手は鏡から手を離さず、左手をアイテムボックスへと手を入れる。
そして、側で目頭を熱くしているであろうダニエルへと声をかける。
「ダニエル様、すみません。そこの椅子をもう少しこっちにお願いして良いでしょうか。今自分が鏡から手を放すと、この映像が消えてしまいますので」
「んっ! ああ、分かった」
ダニエルが寄せてくれた椅子の上に、先程トールの人形を作ったと同じくらいの角材を置いていく。
その間も映像は流れ続け、エミルの側に18年前のローソフィアの姿が映し出された。
「これはローソフィア様!?」
「ああ、だとしたらその側にいる子供は僕と兄上だね」
「むっ……。確かに……」
映像に写り混んだのはまだ若き頃のローソフィア。
また彼女が抱っこして居るのはアベルで、彼女の足元に立つ少年はレオニスであろう。
「私は居ないのか……」
「恐らくですが、カイン様はこの時は乳母に預けてお休みになられていたのでしょう。赤子では身動きもとれますまい」
「んっ。そうだな……」
マトラストの言葉に渋々と納得の言葉を漏らすカインだが、やはり自身が写っていない事が気がかりなのだろう。
映像を見るローソフィアは、自身の唇を強く噛みしめる。
映像に映る家族の幸せなひと時。
後もこの幸せが続くものだと信じていた夫婦。
しかし、今それを見るは妻と子供たちだけ。
側にいるべき夫の温もりは既に感じることもできず、久し振りに見た夫の顔は、最後まで自身に見せてくれた笑顔そのまま。
あの時もう少し側に居れば良かった。
共に寝具に入り、最後まで共に彼の温もりを感じて眠りたかった。
悲しき後悔。戻れない過ち。愛する人の最後に、自身が側に居なかった悔しさ。
ローソフィアの目は決壊したダムの様に涙が止める事ができなかった。
声を殺すも指の隙間から漏れる嗚咽の声。
誰もその声を止めるものはおらず、部屋の中には数名のすすり泣く声と声を堪え涙する者が後を耐えなかった。
暫くして、落ち着きを取り戻してきたのかローソフィアは呼吸を整え椅子に座る。
少し赤くなってしまった目元は彼女の悲しみの表しだろうか。
「お恥ずかしい姿を見せてしまい、申し訳ありません……」
「いえ。ローソフィア様のお気持ち、お察しいたします。それでは皆様落ち着かれた様なので、人形作りとさせて頂きます」
「はい。よろしくお願いします……」
ミツは前王エミルの顔を見ながら、彼が一番良い顔の時に映像を止める。
その状態でエミルの顔の正面、左右、上から下へと隅々まで見え覚える。
顔のイメージを忘れてしまう前と左手を先程出した木材へと手を添える。
〈物質製造〉スキルにてぐにゃりぐにゃりと形を変える木材の山。
次第と木材は形を整え、前王エミルの頭から胴体までの木像を作り出した。
「おー! お見事」
「何と……素晴らしき力か……」
「ああ、父上だ………うっ」
「ありがとう……。ミツ殿のおかげで私は父の顔を、そして声を聞くことができた」
木像は漆を塗ったように光沢を出し、髪の毛一本、眉までも鮮明に表現している。
カインは初めて見た父の姿は、やはり長兄のレオニスに似ていると思いつつ、彼は父の木像の前に膝をつき、彼は父へと挨拶を交わす。
「父上。カインにございます。父上のお顔を見る事ができ、私は嬉しく思います」
短い言葉。たったそれだけでも周囲の人達の目頭を熱くするには十分な言葉であった。
その後、アベルとレオニスも父の木像の前に立ってはカイン同様に膝を付く。
しかし、二人はカインの様に何かを語りかける訳でもなく、ただそれだけを見せる。
ローソフィアはエミルの木像へと手を添えた後、彼女は悲しげな笑みをミツヘと向ける。
「ミツ様、感謝します。我が夫、前王エミルをまたこの場に連れてきてくれたことに」
「いえ。自分は自分ができる事をやっただけです。それに本当の感謝は別の方に……。いえ、ローソフィア様の感謝は伝わったと思います」
「……はい」
誰に伝わったのか。
今はその言葉の意味を問うものは誰もいない。
少ししんみりとした場の雰囲気を崩す様に、マトラストはミツへと言葉をかける。
「しかし、エミル様のお声まで聞けるとは。君のその魔導具は本当に素晴らしい物だ。それがあれば会議などで聞きそびれた事、また忘れた事を思い出すのに助かるのだがね」
チラッチラッとマトラストはミツが持つ森羅の鏡へと視線を送る。
勿論相手が貴族であろうと、ミツがマトラストへ返す言葉は決まっている。
「はははっ。あげませんよ」
「んっ? ハッハハハハ! いやいや。あの巫女姫ですら触れる事を注意された品。君ほどの魔力を持たぬ者がこれを手にするなど死を手にするようなことだ」
「「……」」
マトラストの言葉にレオニス、アベルの表情がピクリと動き、険しい視線を森羅の鏡へと向ける。
マトラストの視線、そして二人のその反応を見たミツは何故突然彼がそんな事を言い出したのかを直ぐに理解した。
何十年物前の映像すら音と共に見せる魔導具など、王族の二人が見逃すわけがない。
何としても、それを手にしようと二人が動くかもしれないと言葉の静止をかけたのだろう。
「……確かに、この鏡は物凄く魔力を消耗しますね。セルフィ様が触れた時も消えてしまったので、恐らくセルフィ様でも使えないと思います」
「なるほど……。でしたら我が妻のエマンダですら使用は不可能ですな」
ダニエルもマトラストの意図を読んだのだろう。
自身の妻、エマンダの高い魔力は知れ渡った事と彼は付け足すように言葉を入れる。
「そうですね。自分の知る限りではやはりエマンダ様よりもセルフィ様の方が魔力も多いです。それでセルフィ様が使えないとなると他には使用できる人は居ません」
「まさに君だけの魔導具か……。フッ、羨ましいことだが、私もまだまだ長生きしなければならぬのでな。興味をこのあたりに抑えておこう」
「マトラスト様のご判断とお心遣い、ありがとうございます」
見え隠れしたマトラストの狙いは、うまい具合にミツを守る形となった。
その中、ローソフィアはエミルの人形へと視線を向けつつ、ミツに一つ願いを伝える。
「……でしたら。許されますならば、また前王の声をまた聞かせては頂けませんでしょうか。魔力を大量に使われると言われるのならば、勿論私の方で最高の魔力回復薬を用意いたします」
「前王様のお声ですか?」
「はい。久々に聞きました声はやはり嬉しく思いました……」
「……」
「……」
ローソフィアの言葉にミツは少し考える。
その沈黙が拒否だと感じたのか、ダニエルが言葉を添える。
「ミツ殿、ローソフィア様の願いです。きっと貴方様にご用意されます回復薬も一級品はお約束されますぞ。どうか、私からもお願い申し上げます」
「うむ。もしそれを使用することに何か他にも決めごとがあるならば、是非申してもらえぬか。我々も協力は惜しまぬ」
「「「……」」」
「えっ? ああ。すみません。別に使う事に問題はありません。ローソフィア様のご希望は叶えることは可能ですが、それよりも良い方法がありまして」
「良い方法とは?」
ミツは指を一つ立て、ニコリと笑みをその場の皆に向ける。
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