第232話 愛犬トール。

 カインとの約束を果たすためと、只今カインの愛犬トールを観察中のミツ。

 この犬は元々懐っこい性格をしていたのか、大きな舌を出しハァハァと熱い吐息をかけてくる。

 ミツが身体や足、お腹などを触りつつ、トールを調べていく。

 その表情は真剣そのもの。

 人形を作るだけだというのに、何故そんな事をしてるのか?

 それはトールの目を見た後、彼が鑑定を使って分かったのだが、彼の愛犬のトールが病を患った状態であることをカインへと伝えたからだ。


「どうだ、ミツ?」


「はい。やはりトールは目の病気を抱えてますね」


 フラフラと歩くトールを見ては違和感を抱えた事に、カインがトールに向かってまた壁にぶつかるぞとそんな言葉をかけたからだ。

 よく見るとトールの目は白く濁って見える事からして、彼にも思い当たる病気が脳内をよぎる。

 それは白内障。

 彼の幼い頃に、爺さんが飼っていた犬が同じ病気で目が白かったことを思い出していた。その犬は周りが全く見えていないのか、よく駐車している車や、外においてあった物干し竿にぶつかったりとハラハラする場面を見たことがある。

  

 ミツは指を一つ立て、トールの前にみせては左右に振ってみせる。

 しかし、トールはその指に反応せず、クンクンと鼻を鳴らすのみであった。

 その時獣医の先生が教えてくれたやり方をカインに説明しつつ、彼には辛い報告をする事になった。


「なっ!? そうか……やはりトールは既に俺が見えてなかったか……」


「カイン様……動物を飼われてるならば、こう言う病気と言うのは嫌でも起こる事です」


「治す方法はあるか? 俺のできる事なら何でも協力するぞ!」


「んっ? 何でもと言いましたか?」


「お、おう……」


「分かりました。では、トールには今後はバランスの良い食事を与えて上げてください。この子も人間と同じで歳を取ります。人と違い犬の寿命は短命です。好きな物ばかり与えては長生きできる物も飼い主がその子の命を削っている事をお忘れなく。カイン様もこの子が何を食べていたのか把握していなければ何が原因なのか直ぐに判断できませんよ」


「す、すまない。悪かった……」


 相手が王子様であろうと、ミツはお構いなしと飼い主であるカインへと厳しい言葉をかける。

 周囲の者たちも流石に王族相手によく言えたものだと驚きの顔。

 しかし、カインは自身の管理不足にて大切なトールを病気にしてしまった反省をしてもらわないといけない。

 そうしなければトールにもしものことがあった時、一番に悲しむのはカインである事が間違いないのだ。

 鑑定にて様々なことが分かったが、トールは歯も失ったことに食事がままならない事もわかっている。

 どうやら歯磨きもろくにしてあげてなかったのだろう。

 今のトールは少し口臭もキツいのだが、カインは犬なら当たり前と思っていたのだろう。

 犬を1匹しか飼っていないことに、何が普通で、何が変なのか気づけなかったのだ。

 ミツはカインの間違った知識を一つ一つ修正し、できれば他の犬も見ておくべきだと進める。

 カインも自身の事、またトールの為にになるならばと聞く姿勢は真っ直ぐだ。


「いえ、それではトールを後ろから抑えてください」


「分かった、こうだな」


「殿下、私めが変わりましょうか?」


「いや、マトラスト、自分でやらせてくれ」


「はっ」


「よしよし。頑張ったね。これからはお肉ばかりじゃなく、野菜もちゃんと食べようね」


「ワフッ」


 ミツを見つめるトールの白い瞳。

 それがゆっくりとミツの治療魔法にて黒く色を付けていく。

 またトールの身体の中に溜まった毒素を取るように〈キュアクリア〉などの使えるスキルも発動。

 次第とブンブンと振り出す尻尾は大きく、トールは嬉しそうに辺りをキョロキョロと彼の瞳が動き出す。

 ここでトールの歯も治すのだが、このままトールの口に〈再生〉のスキルを使うと熱にトールが驚くかもしれない。

 ここでミツはトールへと睡眠魔法の〈スリープ〉を使用。

 コテンッと眠ったトールをカインの方へと預ける。

 麻酔代わりと眠らせた事を説明しつつ、トールの口元へと〈再生〉スキルを発動。

 ポワッと光が発動後、その光が消えた時、トールの口には白い歯が失った犬歯全てを元に戻している。


「はい、終わりましたよ」


「トール……」


 カインが耳元で名前を呼んだタイミングと、トールにかけていた魔法を解消。

 突然歯が生えたことに驚かないように〈コーティングベール〉もかけておく。

 ゆっくりと目を開けた愛犬トールは、元気な姿を周囲に見せることができた。


「ワフッ!」


「トール! トールトール!」


 衣服に毛が着こうとお構い無しに彼は嬉しそうにトールを抱きしめた。


「ミツ、貴殿には感謝する! 本当にありがとう!」


「いえ、気にしないでください。それじゃ人形を作りますので、二人ともじっとしてて下さいね」


「分かった。トール、止まるんだ」


「ワフッ!」


 カインは止まれの合図とトールへと指先を向ける。

 それがしっかりと見えているトールはカインに寄り添うように腰を下ろす。


 二人のそんな姿に無意識とミツに笑みを浮かべさせ、創造するやる気を出させる。

 カインとアベルは別として、王族の前でこのスキルを使うのは初めてかもしれない。

 〈物質製造〉スキルにて固め積み上げていた木材がぐにゃりぐにゃりと形を変えていく。


「「「!」」」


 周囲の驚きをそのままと、木材は次第と形をなしていく。


「こ、これは……」


「神の御業か……」


「貴殿には相も変わらず驚かされるな」


 ミノなどを使用することなく、突然目の前に現れた犬の人形。

 それも今目の前に座らせてある犬のトールと瓜ふたつ。

 ミツは一度二つを並べ、本物と人形の微妙な違いを見比べる。


「もうちょっとボリュームが居るかな?」


「そうか? 周面から見た時のトールはもっとシュッとしておるぞ」


「カイン様、飼い主あるあるな親バカみたいな事言わんでください」


「むっ。しかしだな」


「いや、カイン。その毛玉はもう少し太っておるぞ。もう少しこの腹回りを太らせてはどうだ?」


「レオニス兄様……。トールは毛玉ではありません」


「フンッ。運動不足の肉玉の方がお似合いか?」


「なっ!?」


「はい、レオニス様の見立て通り、少しお腹を大きくしてみましたがどうですか?」


「うっ……」


「ハッハッハッハッ。カイン様、見事に瓜ふたつな人形ではございませんか」


「フフッ。本当に」


「お見事にございます」


「カイン。これ以上の完成は無いと僕は思うよ」


「はぁ……。ミツ、感謝する。トール、お前からも礼を言っておけ」


「ワフッ!」


「はい。カイン様のご希望に叶いましたこと、心より嬉しく思います」


 自身の人形ができたことが嬉しいのか、それとも病気が治って周りが見えることに喜んでいるのか。

 トールは庭の方に走って行ってしまった。

 もう少しモフモフしたかったが、興奮している犬を相手にすると予期せぬ怪我をするかもしれないので、一旦トールは放置である。


 ミツの見せたスキルについて、やはりレオニスは食いついて来た。

 いや、レオニスだけではなく、弟のアベルも様々な質問を飛ばしてくる。

 以前ヒュドラの解体時、バーバリの剣に似せてヒュドラの爪を作り変えた際はアベルは質問してこなかったが、今がその時と何が作れるかと二人から質問攻めである。


「で、では、貴殿が作ろうと思えば何でも作れると……」


「はい。家でも井戸でも人形でも。まだ作ったことない物もありますけど、問題ないと思います。でも作るには当たり前ですけど材料もいりますよ」


「では、剣は作れるかね……」


「「「「……」」」」


 レオニスのその言葉に場が一度静まりかえる。


「剣ですか。大剣ならバーバリさんに作ったこともありますので問題ないかと」


「そうか……。なら、鎧は? 馬が使う鎧のバーディングは作れるか!?」


「え、ええ。作ったことはありませんが、大体想像ができますので作れるかと」


「おお! では」


「レオニス様、少々興奮し過ぎでは。少し落ち着かれよ」


「んっ……。分かっておる。ただ質問しただけだ」


「ふっ……(まったく、この方は……)」


「あっ……」


「「「「……」」」」


 誰も喋らなくなってしまったこの部屋の空気。

 ローソフィアは目を伏せ、レオニスとアベルも静かにコップのお茶を口に含む。


「あの、折角皆様との交流できましたこの日。カイン様のついでと言う訳ではございませんが、皆様も何がご希望があれば作りましょうか?」


「「!?」」


「誠か!」


「良いのかな……」


「……」


「はい。ダニエル様にもカイン様にも自分の作品を差し上げましたが、皆さんに何もなしでは不公平かなと」


 その言葉に、隣に座るマトラストもニヤリと笑みを向けてきた。


「ほー。では私も何か作っていただけると?」


「ハハッ。はい、マトラスト様にもご希望があれば」


「それはそれは。……んっ? 陛下、いかがなされましたか? 体調が優れませぬか?」


 先程から目を伏せたままのローソフィア。

 そんな彼女にマトラストが声をかけると彼女はゆっくりと目を開けミツへと視線を向ける。


「いえ。大丈夫ですよ、マトラスト」


「左様で……」


「ローソフィア様は何かご希望がございますか?」


「……」


「?」


「では、私も人形を……」


「人形ですね。はい、問題ありません。因みにどなたの人形をご希望でしょうか?」


「私が希望しますのは前王の人形です……」


「「「!」」」


「分かりました」


「「「!?(即答かよ!)」」」


 ローソフィアの希望は前王。

 つまりは病に亡くなってしまった旦那の人形であった。

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