第227話 馬の耳に念仏

 話は少し前。

 ミツがスキル数250個を超えた事に、シャロットから褒美を貰うためと神の茶の間へと呼ばれたその時である。

 

「失礼します」


 いつもの如く、扉である襖を開けたときであった。


〘下手くそ! このガサツ神! それでよく今まで星ができたものね! 貴様、爺の前では星は問題ないと抜かしたな!? あれは詭弁か!〙


 ミツが見た物は行儀悪くもちゃぶ台に足を乗せたシャロットの姿だった。

 かなりご立腹なのだろう。

 ご自身の服のスリットから出した足にも気にしていないのだから。

 その怒りを受けるバルバラも、彼は引く事もなく厚い胸板を突き出すようにふんぞり返っている。


〚何処が悪いか!? 詭弁ではない! 十分使える品ではないか? 間違いなくお前と同じ物を作ったぞ!〛


〘温度が高い! 水がない! 空気も薄い! これでは生き物が育たん! 何故に隣で同じものを作っておるのに如何して違う星ができるの!?〙


〚知らん。少し目を離したらこうなったわ〛


〘適当に創るな!〙


[バルちゃん、それでは私の植物も育たないわよ]


〚ええい! ひ弱過ぎるぞ!〛


〘お前が雑すぎる!〙


 部屋に入るなり創造神の二柱の言い合う声。それに物静かに言葉を添える豊穣神。


「……」


《ミツ、こちらへどうぞ》


 襖の前で立ち尽くしていたミツを手招きにて呼ぶユイシス。

 彼女は安全な場所とアマチュア無線機の様な物を置いてある机の前へと彼を呼ぶ。


「ああ、ありがとうユイシス……。でぇ……。何かあったの?」


 自身が来た事に気づいてはいるだろうが、二人の二柱は未だにギャーギャーと言葉をぶつけあっている。

 話を聞けば大体わかるのだが、ここでミツが口出しできるわけもないが、バルバラは自身の手に持つ球体をミツの前にグッと近づけ意見を求めてきた。


〚小僧、これを見ろ〛


 バルバラが見せてきた球体。

 それはボコボコと形は歪な物だが、表面は橙色、所々に黄色や黄緑とカラフルな色合いの品であった。


「は、はい。えーっと……星ですか?」


〚フンッ。そうだ。小僧には分かるみたいだな。この生命に満ち溢れた星が〛


「えっ? せ、生命……」


 バルバラの言葉に改めて星へと視線を戻すミツ。

 先程の色合いはまるで絵の具を溶かした水のように灰色に染まり、今では炭を水に溶かしたような汚水にしか見えない状態になっている。


〘莫迦者! 何が生命!? 絶命と勘違いしてるでしょ! あんた、ちょっとこっちを見なさい!〙


 ミツは次にシャロットから襟首を掴まれ、ぐいっと自身の方へと引き寄せられる。

 そして目の前に見せられる美しい星。

 それは宇宙から見た地球の様に青く透き通る海を表面に出し、薄っすらと雲が大陸を隠してはゆっくりと動いている。

 大陸は茶色と緑が美しいコントラストを描き、部屋に飾ればインテリアとして使えそうな見事な地球儀のような星が彼女の手のひらに浮かんでいた。


「おお! 凄っ! これって地球そっくりじゃないですか。まあ、流石に大陸の形は全然違うけど」


〘あったりまえでしょ。私が創った星なんだから。……でっ、あれがあいつが創った星〙


〚ぬっ……。まあ、多少違うかもしれんが〛


〘全然違うわ!!!〙


 そう声を上げるシャロットは反対側の手をバルバラの持つ星へと差し出す。

 彼の手にあった灰色の星は黒い影に吸い込まれ、一瞬にしてそれは姿を消してしまう。


〚なっ! 俺の星が!〛


「えっ?」


〘フンッ、何が星がよ。あんな物あっても邪魔なだけ〙


「シャ、シャロット様……まさか今、星を消したんですか……」


 ミツが恐る恐るとその質問をすると、シャロットはさも当たり前と星を消した事を認める。 


〘あったりまえでしょ。星を作るにも数は限られるんだからね。使わない星は消さないと次の新しい星をいれる事ができないの〙


「そ、そうなんですね……。そんな決まりが。あの、因みにですが、先程バルバラ様が持っていた星に生き物などは……」


〘あー、いないいない。あんな物に生命なんて生まれもしないわよ。まあ、私の方は虫とかは既にいるから、リティヴァールが最後の神気を入れれば一気に他の生命も発展するわ。これは暫らく使わずに虫だけの星にしとくけどね〙


 そう言ってシャロットは手に持つ星をユイシスへと渡し、彼女はそのまま部屋を退室する。


〘全く、バルバラの乱雑さが改めて身にしみたわ〙


[本当に……。バルちゃん、このままじゃ1000年経っても創造神見習いとしての立場は変わらないわよ]


〚うぐっ……。フンッ!〛


 二柱から図星を付かれたような発言に憤怒しフンッと大きな鼻息を出すバルバラ。

 襖を勢い良く開け、外へと出ていってしまった。


〘コラッ! バルバラ、まだ終わっておらんぞ!〙


 シャロットの呼び声にも返答せず、代わりとユイシスが戻ってくる。


「行っちゃいましたね……。えーっと、追わなくて良いんですかね?」


〘放っておけ。あんな奴〙


 戻ってきたユイシスは茶菓子と飲み物を持ってきたのか、それをちゃぶ台の上へと乗せていく。

 その中、ただ一つ既に空となったカップと皿がある事に周囲の視線が集まる。

 どうやら部屋を出ていく際、すれ違ったバルバラがすかさずと自身の分の茶菓子とお茶を飲んで行ったようだ。

 呆れるシャロット、はーっと大きなため息を漏らした後、ぶつくさと愚痴を溢しリティヴァールへと暫し話をする。

 相変わらず神様の話は何のことやらと気にすることもなく、ミツは目の前に出されたロールケーキをもしゃもしゃと食べつつ紅茶をぐびぐび。

 二柱の会話も落ち着いたのか、やっとミツの方へと話題が代わった。


〘それで、次は何が欲しいの? と言っても前も言ったけどジョブ数を増やす事は駄目よ〙


「分かってますよ。自分も忠告された状態にはなりたくは無いですからね。やっぱりスキルですかね」


[実りの子は本当にスキルが好きね。既に人の限界を超えた以上にスキルを覚えてるのにまだ欲しがりさんなんて]


「リティヴァールさま、人は貪欲なんですよ。欲しいものを手に入れた後は、次の欲しい物に欲を出すことが人と言う者は頑張りに繋がるんです!」


〘神相手に素直な事で。はいはい、ユイシス〙


《はい、こちらに》


[シャロットちゃん、まだそれを使うの?]


〘んー。まだこれ、後数回は使わないとまた神気漏れ起こしちゃうのよね。また数千年としまうのはその後ね〙


「なんか、自分のご褒美がその箱のサビ落としみたいに使われてませんか?」


〘フフッ、その落ちたサビもあんたは喜んで受け取るでしょ〙


「た、確かに」


[……ねえ、シャロットちゃん、それ私が引いても良いかしら?]


〘なんじゃ、お主も気になっておったのか。ミツが構わぬなら良いわよ〙


[実りの子、いいかしら?]


「はい。リティヴァール様、よろしくお願いします」


[はーい]


〘まぁ、誰が引こうが結局あんたの運命に関係する物しかでないんだけどね〙


「そうなんですか?」


〘勿論私が引いた時とリティヴァールが引いた時では内容も変わるかもしれないけど。まあー、それも運ね〙


[これで! ユイちゃん]


《はい。承知しました。それでは……。あら? リティヴァール様、恐れ入りますが……こちらですがくっついていたようで、二枚ございました。何方になされますか?》


[えっ? あらら、ごめんなさいね。それじゃ上にあった方でお願いしようかしら]


〘んー。それじゃもう一枚は私からと言う事ね〙


「えっ!? 良いんですか!」


〘ええ、あんたには来てもらって早々に神として恥ずかしい所見られたものね〙


「そんな、でもシャロット様がそうおっしゃって頂けるなら。ありがとうございます!」


《それでは、先ずは豊穣神のリティヴァール様より〈恩寵〉を頂きました》


恩寵

・種別:アクティブ。

自身に好感する者に幸福と体を好調とさせる。

自身に敵対する者に不幸と体長不調を与える。


《続きまして、ご主人様より【ラッキースター】を頂きました。こちらはジョブとなります》


〘なんとも豊穣神らしいスキルね。大地を愛す者には豊かなる実りを与え。反対に害する者には災害を降り注ぐ。それに、運が高いあんたには丁度いいジョブじゃない〙


「ハハッ、恩寵とラッキースターですか。ジョブを貰うなんて初めてですが、この〈恩寵〉の方はどれ程の効果があるんでしょうかね?」


[本当、面白い箱よね。取り敢えず実りの子相手に敵意を向ければ、お腹を下す程度から始まる程度じゃないかしら? それでも悪意を向けるなら自身の財を失ったり、もしかしたら怪我をするかもね]


「そ、それは災難なことで……」


 恩寵の効果を詳しく聞けば、とんでもない効果にミツは苦笑い。


〘さて。あんたには一つお使いを頼もうかしら〙


「お使いですか?」


 腰を下ろし、ちゃぶ台に置いていたお茶を飲み干すシャロット。

 先程のバルバラとのやり取りを一先ず忘れようとため息を漏らす。


〘ええ。あんたが王都の神殿に向かった時にある人物と出会うわ。その者の名はカルマ〙


「カルマさんですか……。その方に会えば良いんですか?」


〘ええ。そのカルマって人間なんだけど、実は定めを受けた者なのよ。その為に、強い神気を受けすぎた人間としては身体は弱く、病児として産まれてしまってるわ〙


「定めですか。でも、何故その人を」


〘巫女姫を守る為よ〙


「ルリ様を守る?」


 ルリはミツの様に戦闘などはからっきしである為、戦う事はできない。

 そんな無抵抗なルリだからこその話。


 シャロットの話は端的な物だった。

 ルリと言う存在は他者から見ると疎まれる能力を持つ為に命を狙われる恐れもあると。

 確かに相手の嘘を見破るスキルを持つ者は、悪意ある者からしたら厄介な物だろう。

 それを自身に向けられたなら……。

 いや、ベンザのように汚職に染まった奴は別としても、日夜真面目な人であろうと魔が差す時もあるかもしれない。

 その行為が黙認されようとも、公の場で公表されては自身の立場も足元から崩れるかもしれないのだ。

 ミツがルリの側にいれば下手な手出しも跳ね除けることもできるかもしれないが、その者が悪の言葉に心動かされ、安心しきった二人に近づいた時はどうだろうか?

 シャロットは例え話として一つ話を持ち出す。

 ミツが信頼している人物がルリの命に関わる程の事をしたらどうだろう。

 それは例え話としてはミツの気分を落とすには十分である嫌悪な話かもしれない。

 ミツも人である故に、いざという時の判断も遅れてしまうのは仕方ない。

 そのフォローをする為にユイシスがサポーターとして彼には付けられている。

 しかし、ユイシスのサポートはミツだけにしか使用されない。

 それは彼がこの世界に来たのは行為ではなく事故に近い物。

 だからこそ、世界にたった一人。

 人生にサポートを付けられるという、これはシャロットからの詫びの気持ちも込められた配慮なのだから。


 それ故にルリを守る為にも、カルマと言う第三者の存在は必須となり、彼には定めと言う運命を背負ってもらうことになる。

 ならばミツの分身を付けておけばと思うだろうが、教会にいる者だからこそできる守護と言うものもある。

 そもそも、ミツは神殿入りするつもりも無いのだから。


「それで、自分はそのカルマさんに何をすれば?」


〘ええ、さっきも言ったけど、その子は病児として産まれちゃったの。その者の治療をお願いしようと思ってね。後は何もすることも無いわ。自然とその者は巫女姫の側に立つ者となるはずだし〙


「なるほど、それでその人に治療を。怪我か病気を患ってるんですか? 自分の治せる魔法やスキルがあるなら実行しますよ」


〘うん、何処かのガサツズボラ木偶の坊の創造神見習いとは違って、あんたは話が早いわね〙


「ははっ……」


 誰の事を指し示しているのか直ぐに分かるシャロットの言葉に、あははと苦笑いのミツ。


[バルちゃんならきっと、何だ壊れた物なら作り直せば良かろうとか、別の物を用意しろとか言いそうね]


〘その発想自体創造神として不合格なのだ。取り敢えず、あんたはそいつの病を治しなさい。いい、忘れるんじゃ無いわよ〙


「わかりました。神殿に赴く際は必ずその人の治療を行います」


 と言う事で、これがミツがカルマの前に現れた理由である。


「あの、僕に誰が?」


「あー、ごめんね。えーっと、ルリ様から話をね」


 ミツは創造神からの使いとは言えず、突発的に神殿長のルリの名を出す。

 するとカルマの顔は見る見ると青ざめ、ミツの腕を掴み懇願するように話し始める。


「ルリ様、神殿長様が僕を!? えっ! あ、あの、僕ここ以外行くところが無いんです! お願いします、ここから追い出さないでください! 水汲みで足りないなら他の事もやります! だから……」


 どうやらカルマは神殿から追い出される告知を受けると勘違いしたのだろう。

 神殿の者では言いづらいだろうと。だからこそ、神殿には関係ない者が自身の前に来たと。

 カルマは日々、周りから肉体的にも精神的にも虐めを受けていた。

 それは相手からしたら子供の悪戯程度だろうが、それを受け続ける本人にとっては苦痛でしかない。

 その中で、カルマへと冗談混じりに言われた言葉。


「ハハッ、カルマ、お前は弱いし臆病者だ。孤児のお前はここから追い出されたら外の兵士に捕まって、討伐する魔物の囮役だろうな」


「違げーねーや。女よりもヒョロなお前なら真っ先に魔物の餌だぜ」


「うっ……」


 事実、そんな事は無いのだが、確かに赤子の頃からこの神殿にいるカルマには行くところなど他には無い。

 冗談を言う者達もそれを分かってのその発言。

 今のカルマには、目の前のミツは自身を神殿の外に連れて行く外の兵士だと思ったのだろう。

 カルマは目尻に涙を浮かべ、ミツを掴んでいた腕を解きそのまま地面に頭をつける程に怯えを見せる。


「お願いします! お願いします!」


「ちょっとちょっと! 何でそうなるの? 別に君を神殿から追い出す事なんてしないからね」


「えっ、ち、違うんですか……?」


「違う違う。それより、怪我した手を地面に付けたら駄目だよ。地面のバイ菌だって付いちゃうよ」


「ば、バイ菌?」


「あっ、えーっとね。怪我が治りにくくなるって言った方が良いかな」


「そ、そうなんですね」

 

 カルマはミツの注意を素直に聞き入れ立ち上がり、手についた土を払う。

 それでも手の汚れが気になるので彼の手を水で洗い流す。  


「あの、それで神殿長様は僕に何を……」


「うん。自分は今日、偉い方に頼まれ君の病気を治しに来ました」


「えっ? 病気?」


 息を切らしつつ、井戸の方へと走るユリカ。

 まだ幼い弟妹達のお昼ご飯を済ませた後、今も一人で水汲みをしているであろうカルマのもとへ彼女は走る。


「はぁ……はぁ……。カルマ、手伝いに来たわよ。 あれ? カルマー? 居ない、何処に行ったのかしら? 水汲みもまだ終わってないでしょうに……あれ?」


 井戸の周りを探してもカルマの姿が見当たらない。

 疲れてどこかで休んでいるのかと思い、彼女は水を貯めるための水瓶を覗き込むと、水瓶の中身は既に水が満タン状態に驚く。


「終わってる? これも、これも……。全部……」


 次々と覗き込む水瓶はどれも水汲みが終わっているが、本人の姿が見当たらない。

 何処だ何処だとかのは周囲を捜索。


「カルマー? カルマー? ホント、どこ行ったのかな? あっ!」


 彼女はカルマの名前を呼びながら中庭へと足を進める。

 建物の角を曲がると、その先に白い鎧に身を固めた見慣れた人々の後ろ姿が目に入る。

 彼女達は何を見ているのか。

 まるでその先にある物の邪魔をしないようにと、物影からそっと覗き込むように先を見ている。


「あれって……レイア様方よね……。あそこで何してるんだろう?」


 ユリカが見る先には神殿騎士団のレイアとアニス、他数名の部下。

 ユリカに見られている事に気づいていないのか、彼女達はじっと先を見続けている。

 

「何を見てるんだろう。んー……よく見えないわね。あっ、あそこなら見えるかも」


 ユリカが見る先は、積み上げられた木箱であった。壁沿いに置かれたそれを登れば、レイア達が見る物が上から見えると考えたのだろう。

 やんちゃな行動だが、他の子供たちも似たような事をやっていた場面を見た事があったのか。

 ユリカが気になる先。

 その先には彼女が探していたカルマがミツから治療を受ける為と移動していた。

 先程の井戸の前で治療も考えたが、人が来る場所で治療を行うと色々と面倒なので場所を移動したようだ。

 その際、カルマがやっていた水汲みは全てミツの魔法を使い、水瓶を全て満タン状態にしている。

 ミツもレイア達がこちらを覗いている事は気づいて入るが、彼女達はルリとの繋がりもある為何も隠す気はなかった。


「それでは今から君の治療を始めます」


「……」


「ああ、怯えなくても大丈夫。少しだけ熱を持つかもしれないけど、直ぐに楽になるからね」


「は、はぁ……。あの、僕は何の病気何でしょうか。それに、いきなり治療と言われても……」


「んー。ちょっと待ってね……(鑑定してみたところ悪い所は三カ所か……。視力の低下に視覚異常と呼吸不全、それと胃の食べた物の消化不良。これは、日常生活も大変だったろうに……。この世界には定期検診とか無いから、幼い頃に病気を患っでも気づかれなかったのか……)実は、カルマ君はいくつかの病気を抱えてます。自分はその人を見ただけでなんの病気なのかを診察できる力を持っているんです。勿論さっき見せたような魔法も使えるけどね」


「そうなんですね……」


「ははっ、突然の事で信じられないと思うけど、話を続けるよ。カルマ君の一つ目は目の病気です。二つ目は胸の中の病気。三つ目はお腹の病気です」


 ミツは指折り数えてカルマへと病気の数を教え、内容を説明。するとカルマは血の気を引いたように、彼は顔を青く染めていく。


「そ、そんな。三つも……。僕、死んじゃうんですか……」


「大丈夫、安心してね。そうさせない為にも自分が来ましたから。それじゃ、先ずはお腹の病気から治そうか。もしかしてだけど、さっきから緊張でお腹がチクチクとしてないかな?」


「うっ、実は緊張とかすると何だかお腹がいつも痛くなって。ガストン師に大きな声で名前を呼ばれたりする時とか……」


 二人がお腹へと視線を送れば、カルマは無意識と自身の腹部をさすっていた。


「なるほど。日頃胃痛を感じていたと。あっ、ごめん。病気の前にその手を治さないとね」


 カルマが腹部をさすっているのを見ていると、じわりと手の血が服に付いたのか、服が赤く染まっていく。


「手、あっ。すみません。僕、さっきあなたの服も触っちゃったから、僕の血が付いて」


「んっ? ああ、汚れは洗えば落ちるので気にしないでね。それじゃ手を」


 申し訳なさそうに言葉を向ける先には自身の血で汚れてしまったミツの服の袖。

 汚れたなら後でスキルで綺麗にできるので、彼は気にしないと軽く手を振る。

 カルマは恐る恐ると手を差し出し、それをミツが握る。


「はい……」


(ヒール)


 ミツの治療は切り傷程度は直ぐに治し、カルマの手からはズキズキと後を引いていた痛みがスッと消える。

 

「痛く……ない? えっ、ミツさんは本当に治癒士様だったのですか?」


「治したのはまだ手だけだよ。それじゃ悪いけど君のお腹に手を当てても良いかな?」


「は、はい……」


「痛いのはここで? 呼吸が苦しくなるのはここかな?」


「コホッ、コホッ。は、はい」


 カルマの腹部に手を添える。ミツの指先がトントンとお腹と肺へと軽い衝撃を与えると、ゴホッゴホッとカルマは咳き込んでしまう。


「ああ、ごめんね。苦しかったかな」


「いえ、大丈夫です。いつもの事なので気にしないでください」


「そう。それじゃお腹と胸部分は一緒に治すからね」


 ミツはその場に膝をつき視線を合わせる。

 今度は衝撃を与えないように手は添えるだけに、彼の肺と腹部へと触れ〈キュアクリア〉を発動。

 魔法を発動した瞬間、カルマは眉間を寄せる程に怯えていたがジワジワと痛みが消えていく感覚が分かるのだろう。

 肺に何か詰まっていたようなヒューヒューとした苦しい呼吸は消えている事がミツにも聞いて分かる。


「どうかな? お腹とか痛みがなかったら深呼吸をしてみて。呼吸はゆっくりでいいから」


「……!? えっ、えっ? えっ!」


 カルマは驚きと服をめくり直接自身の腹部を触る。いつも痛かった部分があるのか、そこを幾度も触るも痛みはない。

 次は胸と呼吸を繰り返す。

 ミツの言われたとおり深呼吸をしても苦しくない。彼は何度も深呼吸をすると、またゴホッゴホッと咳き込んでしまう。


「だ、大丈夫!?」


「は、はい、すみません。少しむせただけです。はぁー。凄い! 呼吸が凄く楽です。お腹も痛くなくなってます!」


「うん。大丈夫みたいだね。それじゃ続けて目の治療をするよ。次だけど、この治療は少し目が熱くなると思うんだ。でも直ぐにその熱さも消えるから落ち着いてね」


「は、はい。大丈夫です。お願いします、僕の目を治してください!」


「うん。それじゃ、行くよ」


 治療に関しての注意を促すが、今のカルマに治療に対しての恐怖心は少ない。

 ならば今の内と、ミツはカルマの目に手を添えて〈再生〉のスキルを発動。

 自身の顔に当てられていたミツの暖かな手がジワジワと熱を持ち、思わず彼は後ずさりするがそれはできなかった。

 何故ならいつの間にかカルマの後頭部にはミツの手が添えられていた為に、後退する事も逃げることもできない。

 そう、ミツからは逃げられないのだ。

 こんな事を書くと彼が大魔王の様な立場になりそうだが、こんな優しい大魔王様などその辺にいないだろう。


「うっ、ああ、熱っ!? ぐっ」

 

 カルマのうめき声は庭に響き、レイア達の耳にも聞こえたのだろう。

 思わず飛び出しそうになるアニス達だが、レイアがそれを冷静に止める。

 ミツが少年に何かしたならば、自身達がそれを最後まで見届け、後に自身が証人として発言すべきと。

 カルマを見捨てる様な判断だが、レイアの立場では仕方無い判断である。

 そんなレイア達の考えも意味はなかったと、カルマの治療は無事に終える。


「はい。治療は終わりだよ。一度これで目を冷やしてね。どう、見えるかな?」


 カルマは未だ目を閉じたまま。

 ミツに手渡された冷たい濡れタオルを受け取り、自身の目を冷やす。

 そして彼はゆっくりと目を開けると驚きの光景が目に入る。


「……あっ。ああ、あああ……。見える、見えるよ……」


「うん。カルマ君、これとこれは何色に見える?」


 ミツは懐から青ポーションと緑ポーションを取り出し、彼の前でユラユラと液体を揺らす。


「い、色……。これが色。あ、えーっと。こっちが上と同じで、これが、あの草と同じです」


 カルマは液体を見た後辺りをキョロキョロ。

 同じ様な色を見つけたのか、カルマはそれに指を指す。


「うん。青と緑だね。それじゃね。これは?」


 ミツは自身の服の袖についたカルマの血を指差す。

 だが、それに関してはカルマは答えを出せなかった。


「うっ、あの、その。分かりません」


「分からない? もしかしてまだ黒っぽく見えてる?」


「あっ、いえ……。黒では無いのは分かります、その。色と言う名前が分からなくて……」


「なるほど。そっか。初めて色を見たんだから名前なんて分からないよね。これはね、赤って言うんだよ。人の血は赤くて、カルマ君の血は赤いんだよ」


 ミツがカルマに見せたのは光の三原色。

 人はこの三色が見えていれば生活は問題なく過ごす事ができると学校で習った記憶があったのでこれを試してみたのだ。

 初めて自身で色を認識したカルマは驚きから感動、そして歓喜と感情が動いていく。


「あか……。僕の血は赤の色……。ありがとうございます! 僕の病気を治してくれて! あの、病気を治してくれて貰った僕は、ミツさんに何かお返しをしなければいけませんよね? 何をすれば!」


 カルマの瞳も色を戻したように、今はキラキラとした瞳でミツを見てくる。

 気持ちは嬉しいが、別に見返り目的で行った行為ではないのでミツはやんわりと返答を返した。


「いや、お返しは良いかな……。そうだ、うん。これから君は体調も良くなったから元気に動けるから訓練頑張ってください。大きくなったらルリ様を守れるぐらい強くなってね。それがお礼で良いよ」


「……はい! 僕、もっと強くなります!」


「うん、それで良いよ」


 これでよしと、ミツはカルマの治療を終えた。

 後は本人の努力しだいだが、将来彼は本当に強くなり、ルリを守るガーディアンとなるだろう。いや、神殿の者がガーディアンは例えは悪いかな? そんな事を思っていると突然響く少女の悲鳴の声。


「キャー!」


「「!?」」


「えっ!? ユ、ユリカ!?」


 声の聞こえる先、そちらへと視線を向ければ屋根の上から今にも落ちそうな少女の姿に驚かされる。

 どうやら建物の壁際に置かれた木箱を登り、屋根に登った先にで足を滑らせたのだろう。

 騎士団の彼女達も声のする方を見ては驚きの表情。

 レイアは直ぐに指示を出し、アニスを走らせる。

 

「アニス!」


「はっ!」


 声と同時にその場から駆け出すアニス。しかし、ユリカの元までに中庭の草木が彼女の邪魔をする。


「くそっ、間に合わない!」


「うっ!」


 少女の力では自身の体重を支えるのは無理があるのか。

 屋根に捕まっていたユリカの手は直ぐに限界が来てしまい手を離してしまう。

 全員の脳内に走る最悪な未来。


 そこにバサリと羽が羽ばたく音。


「フィーネ!」


「はい、マスター!」


「!?」


 高速に低空飛行を行うフィーネの姿。

 フィーネは落下するユリカよりも早く彼女の元へと到着。

 地面に墜落する前とユリカを優しく抱きしめる。


「もう大丈夫ですよ」


「えっ!? て、天使様……」


「フィーネ、ナイスキャッチ」


 上空からゆっくりと下りてくるフィーネからユリカを受け取り、カルマの元へと渡す。受け止めるカルマはユリカが怪我をしたのではと過剰な心配。


「ユリカ! ユリカ、大丈夫!? 怪我は、怪我はしてない!?」


「カルマ、ええ……。ごめんなさい、心配かけたね」


「良かった、良かったよ」


 腕や肩、背中や足まで見渡し、カルマはホッと安堵。

 そして、良かった良かったと幾度も声をかけポロポロと涙を流し始める。


「な、泣かないでよカルマ」


 自身を心配するカルマの気持ちも嬉しいが、今は側にいるフィーネのことが気がかりと、ユリカの視線は彼女へと向けられている。

 ユリカの視線に今気づいたのか、カルマもフィーネの羽へと視線が奪われた。


 レイア達が駆け寄り、彼女達は直ぐにフィーネへと膝をおる。

 神殿の者を助けて頂けた事に感謝の気持ちもあるだろうが、どうも彼女達はフィーネ達への恭しさはミツ以上ではないかと思える程に頭が低い。


 その後にエリカはアニスに叱られ、木箱は他の子供も真似すると直ぐに撤去が命じられる。

 ミツと別れた後、カルマがどうなったか。

 彼は食欲も増し、いつもの訓練も平然とこなす程に体調を回復。

 周囲の驚きもあるが一番驚いていたのはカルマ本人であろう。


 このお話はまた機会があれば。

 カルマとエリカ、二人の未来はルリには必要な人物となっていく。

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