第226話 神殿長と神官長
ミツがルリと合流し、昼食を取りながらの会話である。
「神武家の見学にでございますか?」
「はい。レイア様のお心がけには感謝致しております。神殿内を案内していただく際も、とても丁寧にご説明もして頂きました」
「左様ですか。レイア様は私も敬意するお人です。私も彼女達の訓練を拝見いたすことがありますが、特にレイア様とアニス様は同じ女性だけではなく、訓練生にも寄り添って丁寧に教えをこうております」
ポーカーフェイスを気取ってる二人だが、自身達へと褒めの言葉を向けた事に少し気恥ずかしいのか、二人の頬が少し上がって嬉しいのだろう。
因みにいつもの事だが、ルリの言葉はシュバルツの代弁である。
ヴァイスは別の部屋での昼食を済ませているのか、交代で食事を取りに行っている。
その中、神官長が戻ってきたことをタンターリが告げる。
「姫様、神官長がお戻りになられました」
「そうですか……。ミツ様、神官長が王宮より戻られたそうです。宜しければ後に話し場を開いても……」
「いえ、姫様。神官長は既にそちらの扉の外に。姫様とミツ様のお許しあれば共に食事を希望されております。また、その……辺境伯様もご一緒に……」
彼女は扉の先を一瞥した後少し困った様に話を続ける。
「えっ? マトラスト様が一緒に来てるんですか?」
「まぁ……。お客様のお食事中と言うのに神官長は……。辺境伯様が共にでは私にお断りはできませんね。ですが、ミツ様のお許しがなければ二人にはお待ちして頂きますよ」
少しルリの口調が荒っぽく聞こえたのは気のせいだろうか。
その中、周囲から扉に向けられる視線の中には、レイアの呆れた視線も含まれていた。
「あっ、自分は構いませんよ。折角ですし、硬い話場よりかは食事を取りながらの方が話も進むかもしれません」
「ミツ様のご寛大な対応に感謝いたします。タンターリ、二人をご案内してください。また、二人分のお食事の用意もお願いします」
「はい」
側仕えの女性達がバタバタと動き出す。
別の扉から部屋を退出後、直ぐに二人分の追加の料理を準備しに厨房へ向かったのだろう。
タンターリが神官長とマトラストを招き入れる。
扉が開き、二人が入室してくる。
ミツは失礼の無いよう一度食事の手を止め、起立して二人を待つ。
「神殿長、只今戻りました。お食事中の入室と共に卓を前とする事に感謝いたします」
「ご苦労様です、神官長。突然の申事ですが貴方の願いは届きました。感謝の言葉はあの方にも」
神官長を見るルリの視線は少し冷ややかなのか、それとも呆れているのか、彼女の目が細められたことは対面に立つ神官長しか気づかなかったかもしれない。
その視線も軽い笑みを作り、さらりと流す神官長。
「勿論です」
入室してきた人物はミツをチラリと一瞥した後、神殿長へと言葉を添える。
彼はミツの方へと近づくと優しい笑みを作り、言葉をかけてくる。
「お初にお目にかかる。私はこの神殿にて神官長をしております。ジーク・ジェルマーニ・オレガノと申します。どうぞ、ジークと覚えてくだされ」
「ご丁寧にありがとうございます。自分はミツ。旅をしながら冒険者をしております。本日は神殿を拝見したいと言う自分の我儘にて、ルリ様や皆様にお時間を頂きありがとうございます」
互いの挨拶が終わり、ミツが礼をジークに向ければ彼はそれを軽く手を差し出し止めてくる。
「いえいえ。こちらこそ神殿へのご足労痛み入ります」
「神官長、良いかな」
会話の区切りを見つけたタイミングと、部屋の外に立つマトラストが声をかけてきた。
「マトラスト殿、どうぞ貴方様もお席へお座りくださいませ」
「うむ。やあ、突然で悪いが同席させて頂くよ」
「こんにちは、マトラスト様。今日はマトラスト様はお祈ですか?」
「んっ? まあ、そんな所だよ。取り敢えず飯としよう。朝は色々とあって朝食を食べ損ねてしまった。それを含め、実はここで腹いっぱい食べさせてもらおうと思ってね」
マトラストはニカッと笑みを作りながらそんな事を考えていたのか。
ルリは少しため息を漏らし、マトラストの考えを止めるためと言葉をかける。
「マトラスト様、残念ながらこの時期は冬に備え食事量を減らしております。貴方さまの満腹感を満たせる程の食事は……」
少し困った雰囲気を出していたルリに気づいたのか、マトラストはそう言えばと、ある事を思い出しつつ落ち込むルリの雰囲気を笑い飛ばす。
「アッハハハハ。巫女姫、安心しなさい。そこの少年のおかげで、今、城には急いで人の腹に入れなければならぬ食材が十分備えておる。後で城の方から神殿の方に回して差し上げよう」
マトラストの視線とその言葉の意味で場の者は直ぐに理解できたかもしれない。
1000人規模の一週間以上をかけての王都迄の大移動を予定していたアベルやカイン達。
移動の際に彼らが用意していた食料や水だが、ミツの思いつきの移動にてかなりの量が城へと持ち込まれている状態。
香辛料や日持ちする物は別としても、野菜や肉などの足が早いものは如何しても腐ってしまう。
量も量。王城の方でもできるだけ使うようにはしているが、元々城に備えていた食料に追加してのまた食料。
城の料理人が頑張って作ったとしても、人の胃袋には限界はある。
少し豪勢な料理を出したとしてもそれはただの浪費でしかない。
ならばと、城で消化できない分は他の場所に回してしまおうと神殿の方にも話が来たようだ。
マトラストの話を聞けば、持ち込まれた食料の半分は城に来た貴族達の日々の食事として使えるが、もう半分は如何しても廃棄してしまうと料理人の話をする。
なので神殿の方には200人分の食料、一週間分が送られる話となった。
と言っても貴族たちが食べる一週間と、神殿の者達が食べる一週間分では違いがある。
貴族たちの食事は言うなら一食3000円の定食レベル。(何処の衆議院議員だよ)
変わって神殿の者達は一食300円のうどんレベル。
そう、事実上、神殿は今年の冬を越す程の食料をてにすることになった。
と言っても受け取る食料は腐る物も入っているのでそれだけでは毎日が同じメニューになってしまう。
それはそれで神殿の方でも食料のやりくりをやってもらおう。
寒い冬前にそんな話。
ルリとジークはシスターや子供達に今年の冬はひもじい思いはさせないで済むと彼らは笑みを作る。
別に貧困とした神殿ではないが、贅沢をする場所でもない。
客人を招いた食事だからこそおかずが一品増える程度で、ルリ達も日々はパンとスープが主食である。
「なるほど。でしたら、ミツ様。この場にて改めて感謝の言葉を」
「そんな、自分は早く着ければと思っただけですので」
「ふむ……〈トリップゲート〉でしたか。お話は伺っております。いえ、私からもお礼申させていただきたい。神殿長たるルリ姫を安全に神殿へとお返しいただけた事。その事は貴殿にあった時に礼をと思っていたのです。感謝いたします」
ジークもルリにミツの〈トリップゲート〉を使用して帰ってきた話を聞いていたのか、彼は長い髭をなでながら幾度も首を縦に振る。
マトラストは本当に腹を空かせていたのか、皿いっぱいに盛られたマッシュポテトをぺろりとたいらげ満腹感を味わっていた。
食後のお茶と会話を楽しみつつ、マトラストはミツへと話題を振る。
「そう言えば貴殿、成し遂げたようではないか」
「はい?」
「はいではない……。城の方にも連絡は来ておるよ。君がアルミナランクの冒険者になった件。大したものではないか」
マトラストの話の内容に周囲の視線が少年に集まる。
「ああ。ありがとうございます。はい、運が良かったのもありますが、長期戦となれば自分も危なかった場面もありましたので短期決戦を試みました」
「うむ。それに関して、貴殿には申し訳ないが実は君の戦いは城の方で見させて頂いた。その際は王も君の戦いを拝見し、たいそう驚かれておったよ」
マトラストは鳥型魔導具が冒険者ギルドに送られたこと、またその魔導具にてミツの戦いを見ていた事実を話す。
ミツは先にルリに話を聞いていたが、マトラストには少し驚きを見せる。
先に自身の力を見てもらえてるなら話は早いと、彼はそれを気にする素振りは見せなかった。
「そ、それはお恥ずかしい場を見せてしまったかもしれませんね」
「いえ、そのような事はございません」
「ルリ様?」
「私もその場にて貴方さまの試合を拝見させて頂きましたが、素晴らしき物でした。またこの目であの方々のご降臨を見た事に私は心より感謝の言葉を貴方様にお送りしたく」
「ル、ルリ嬢……貴女の気持ちは十分伝わっていますよ。タンターリの小言が来る前と少し落ち着きなさい」
神官長のジークに興奮を抑えなさいと少し窘められるルリの後ろでは、ニコニコと笑みを作る筆頭側仕えのタンターリ。
ルリは幾度も彼女に窘められた覚えがあるのか、タンターリの笑みには、後にルリはまたお説教を食らうかもしれない。
「私としたことが、失礼しました」
「いえいえ。ルリ様は本当にフォルテ達が気に入ってくれたんですね。ルリ様のそのお気持ち、あの娘達も喜んでくれていると思いますよ」
「はい!」
ミツの言葉は甘すぎるのか、ルリは直ぐに気を戻し上機嫌である。
「ふむ。話は少し戻すが、貴殿に頼みがあってね」
「頼み、ですか?」
マトラストは一度お茶を口に含み、口の中を濡らし、緊張していた気持ちを胃に流し込む。
「うむ……。貴殿には申し訳ないが、城の方もアルミナランク冒険者が出た事を発表しなければならん。シルバーの冒険者ならば各自の告知程度で構わぬのだが、数百年ぶりと現れたアルミナランク冒険者だ。国としても何もせぬでは周囲から何を言われるか。貴殿には君のやる事があるだろうが、一つ顔を出しては貰えぬだろうか……」
本来、マトラストが神殿に来た理由がこれである。
神殿への食料の話は文で済む話。
マトラストは少し遠回りに本題を持ち出したのはミツの警戒心を出さぬためである。
彼が嫌だと言えば無理に引っ張って連れて行くわけにも行かない。
ダニエルを共に連れてくればミツの警戒を出すことなく城へと誘うことができるだろうが、ダニエルは今、ベンザの領地を引き受ける為の話し合いを他の貴族も交えて話し合いの真っ最中。
ミツが神殿に来ている今日を逃せば、彼はいつの間にか居なくなるかもしれないとマトラストは王族との話し合いにて急ぎここへと出向いたようだ。
考えてみれば分かるだろうが、辺境伯であるマトラスト直々に神殿へ出向く理由など限られる。
マトラストの顔に薄っすらと汗がにじみ出るが、それは話す内容に緊張してではなく、ただ胃に食べ物を入れた為に本人の体温が上がった為である。
ミツはセルフィとの約束もあったが、それはまだ数日後の話。
フッと彼は何かを思い出したのか、マトラストの言葉を了承。
「そうですね……。あっ、はい。良いですよ。その際ですが、カイン様のお約束を一つ叶えに行かせていただきます」
「おお。来てくれるか! いやはや。ここで君に断られては私がお叱りを受けるところであったので、本音を言うと助かったのは私なのだよ。ところで頼みとは……。はて、何かあったか?」
「はい。カイン様の愛犬、トールの人形制作です。あの時はマトラスト様のおっしゃいましたとおり、自分はカイン様の愛犬を知りませんでしたので」
ミツが思い出したのはカインとの約束である。
武道大会のさ中、ダニエルの腕を治したその際、その時一緒に〈物質製造〉にて製作したダニエルの子供たちの人形を見たカインは興奮気味に愛犬の人形を作ってくれと頼んできたのだ。
しかし、ミツが作れるのは見た事ある物であり、本人がイメージできなければ作ることもできない。
トールと同じ犬種を見たとしても、それはトールではない。
動物を飼ったことが無い人は分からないだろうが、家族となった犬や猫には家族にしかわからない特徴と言うものがあるのだ。
とある実験だが、100匹の同じ犬種を集め、暫くしてから飼い主に100匹の中から自身の犬を探してもらうという実験があった。
胴体を隠し、頭だけを出したとしても、100匹の犬の飼い主は全員が自身の家族を当てたそうだ。
なのでミツはその時はカインの頼みは断ったが、機会があれば作る事を約束していたのでそれを話すとマトラストは笑みを作る。
「ふふっ。そうか。その小さき約束を聞き入れてくれるとは。いや、カイン様もお喜びになるであろう。では申し訳ないが、数日後……できれば二日後にでも来ていただけるかな」
「分かりました。えっ、二日後……」
「ど、どうしたのかね!?」
流石に日を急ぎすぎたかと、マトラストは焦りだす。
「あー……。マトラスト様、あの、自分が二日後に王様に謁見するんですよね?」
「うむ。ああ、もしかして作法の事を言っておるのかね? 構わん、君は貴族ではないのだから無作法も王は笑い済ませてくれるだろう」
「あ、いえ。礼儀作法の方はダニエル様の奥様方に教わったのですが。その、自分は旅服しか持ち合わせがなく、礼服を持っていません。王様の謁見に旅服では失礼に当たるのではないでしょうか?」
「そ、そうか。すまぬ、私とした事が当然なことを失念しておった。しかし、君はベンザを断罪する際、礼服を着ておったではないか?」
「あれは借り物です。ダニエル様のご子息、ラルス様のサイズアウトした服を借りたまでです」
「……ならばそれをもう一度借りるしかあるまいな。神殿長、申し訳ないが紙とペンをお貸し頂こう」
「はい」
タンターリが持ってきた紙へと、マトラストはダニエルの婦人宛へと先程の内容を書き示す。
本来こんな事は不躾に当たるが、事が事。
それに一度借りた品だけに問題はないだろうとの事である。
「我々の都合に君の力を借りるのは申し訳ないが、これは早めに出向いたほうが良かろう。ダニエル殿には私から話しておく。貴殿はこれを奥方に渡せば礼服をお借りできるだろう」
「いえ。自分の準備不足が招いたことですので。マトラスト様のお手数をおかけしました」
「うむ。では、私はこれにて。巫女姫、神官長、ご馳走となった。改めて足を向けさせていただく」
話は決まったと、善は急げとばかりにマトラストは場を後にする。
静かに来たと思ったら嵐のようにバタバタと出ていく彼の姿に少し苦笑を浮かべる面々であった。
マトラストが城へと戻った後である。
フロールス家に向かう前と、ミツは少しルリ達と離れ、ある場所へと向かっていた。
そこでは少年が一人、井戸の水汲みを行っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
訓練を行った後の水汲みは自身の足をふらつかせる。しかし、近くの水瓶がいっぱいになる迄は止められない。
赤髪のカルマは休むことなくガストンに言われた水瓶へと作業を繰り返す。
だが本来水瓶への水汲みは五人でやる作業。
この五人と言うのは寝室の部屋のメンバーで構成されている。
五人でやれば水を組む係、運ぶ係と分ける事もできるが、カルマは全て一人でそれをやらなければならない。
その時、やっと井戸から組み上げた桶だが、彼は手を滑らせてまた井戸の中へと落としてしまった。
「うっ……。っ!」
桶を結んでいたロープに手を切ってしまったのか、皮が剥けたカルマの指に赤く血が滲む。
痛みに我慢しつつ、カルマはもう一度桶のロープを握り引き始める。
その時、自身が引っ張っていたロープがグッと引かれ、井戸の中から水の入った桶が一気に顔を出す。
「えっ!? あっ」
「こんにちは」
カルマが驚きつつ後ろを振り向けば、そこには先程驚きの試合を見せたミツの姿があった。
「あ、あの……」
「ごめんね。突然の事で驚いたよね。あっ、取り敢えずその桶の水を取ろうか」
「えっ、あ、はい……」
カルマは何故ミツがここにいるのか分からなかった。
と言うかあの重い水の入った桶が一気に上がってきた? その事に関しても彼は疑問符を浮かべる。
井戸の桶から水を運ぶようの桶へと水を移し替える間も、ミツの視線はカルマに向いている。
「あ、あの。水を使われるならどうぞ……」
「んっ? ああ、ごめん、水は使う予定はないんだ」
「そ、そうですか……。では、失礼します……」
ミツがそう言うとカルマは水瓶にまた水を運ぼうと、彼はミツに軽く会釈し離れようとする。
「君、カルマ君だよね?」
「はい……。えっ? あ、あの、何で僕のこと……」
「うん。ある人……お方から君の話を聞いてね」
「あるお方……ですか?」
カルマはその言葉に疑問符しか出せなかった。何故なら彼は赤子の頃からの孤児であり、知り合いなどこの教会にいる者しか居ない。
ミツのある方とは言葉に出しては嘘だと思われる人物。
そう、彼のよく知る創造神シャロットである。
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