第224話 ここは神殿やな。

「おはようございます!」


「「「「おはようございます!」」」」


 何だこの光景……。


 ミツが朝食をゲイツ達と済ませた後、彼らの元へと一人の女性騎士が近づく。

 近付いてきた彼女の姿を見れば誰でもその者が何処の者なのか直ぐに分かっただろう。

 純白の鎧など、この国では王宮神殿の騎士団しか身に付けることが許されていないのだから。

 彼女、王宮神殿騎士団の一人、副隊長であるアニス。

 彼女の容姿はショートカットのモスグリーン色の髪の毛、空の様に青い瞳、恐らくまだ20代前半ではないだろうか、若い副隊長である。

 アニスに誘われるまま外へ。

 すると先程の光景である。


「お、おはようございます……」


 凛とした佇まいを見せる女性騎士達。

 並ぶ彼女達も純白の鎧に身を固め、乙女の騎士として風格を見せつけていた。


「ミツ様、改めまして名を名乗らせて頂きます。本日王宮神殿へとご案内させて頂きますアニスと申します。道中の護衛は我々におまかせ下さい」


「よ、よろしくお願いします……」


 客人として神殿に迎え入れられる事に、ミツはルリが乗っていた神殿用の馬車に半端無理やり乗せられる。

 ゲイツ達も一緒にとミツが口を開こうとするが、ゲイツは先手と気をつけて行ってこいと発言。

 自身たちは知らぬと見送り側に早々と手を振っていたよ。

 

 馬車に乗せられ運ばれること暫く。

 その間、対面に座るアニスは常に満面の笑顔。

 相手は愛想よくしてくれる中で自身がそっぽを向くのは失礼と思い、ミツは当たり障りのない会話を試みる。


「ははっ……いや〜、まさか馬車での迎えが来るなんて思ってもみませんでした。神殿までそんなに遠いんですかね?」


「いえ、馬を走らせれば五分とかかりません。勿論王都内で全速に馬を走らせることはできませんが、馬車でもその倍と言ったところです」


「そうなんですね……」


「はい、そうなんです」


(やっべー! 会話続かねえー! ってか、馬車で10分くらいなら自分で歩くよ! と言うか神殿の場所は分かってますから! なんでかって? だって神殿が大きすぎて建物の一部が見えてるんだもん)


「えーっと……。副隊長さん直々と、態々お越しいただきありがとうございます」


「! い、いえ!」


「えっ? 家?」


「いや、そうではなくて……。感謝など不要にございます。貴方様は巫女姫様のご友人様。または本日は神殿にいらっしゃいますお客様にございます。足を向けて頂けるだけでも我々は感謝の気持ちに満たされております」


「(自分っていつの間にルリ様の友人になったんだろう……。別に嫌って訳じゃないけど、周りからはそう見えてるのかな)は、はあ……そう言って頂けるなら」


「はい! ……あの」


「んっ?」


「いえ、その……。このような事を突然聞く事は失礼と存じますが、如何しても聞きたい事がございまして……。許されますならば宜しいでしょうか……」


「はい、自分に答えることなら」


「! ありがとうございます! では、失礼しまして。貴方様がフロールス家にて戦闘を行われた際、ご降臨されました天使様はやはり貴方様の名により天より使わされたのでしょうか?」


「天使って、フォルテ達の事ですか?」


「えっ!? て、天使様にお名前があるのですか!? そ、それで、もしかしてご降臨されました皆様にはお名前が!?」


「ああ、はい。凛とした顔立ちに黒髪の長い女性が長女のフォルテですね。それとピンク色の髪色にロールヘアーの娘が次女のティシモです。

青髪なショートカットの娘が三女のメゾ。真っ赤な髪の毛にツインテールの娘が四女のダカーポ。そして最後がショートボブに目元を隠した娘が五女のフィーネです。でも、彼女達は天使ではなく……」


「うっ、何と素晴らしき事」


「えっ!? ア、アニス様!?」


「失礼……。この世に生を受け、生涯神殿に見を尽くす身としましてこれ以上の喜びを感じた事はございません。天使様にも各名があるこの真実に私は……ううっ。フォルテ様、ティシモ様、メゾ様、ダカーポ様、フィーネ様。なんと叡智たる名でございましょうか」


「そ、そうですか。そう言って頂けるなら彼女達も喜んでいるかもしれませんね……」


 アニスは両手を合わせ、目に涙を浮かばせながら空の見えない馬車内の天井を見上げている。

 そんな彼女にフォルテ達の名付け親は自身である事を言う事を躊躇ってしまったミツであった。


 神殿が近かった事も運が良かったのか、アニスは直ぐに平常を持ち直した。

 神殿前に到着すると先程よりも多くのお出迎え。

 神殿騎士団全員が揃っているのではと思わせる騎士の列。

 左右に別れた騎士の真ん中に立つレイアは、馬車から降りてきたミツへと騎士の礼を取る。


「ようこそミツ様。王都神殿は貴方様を歓迎いたします」


「こんにちは、レイア様。本日はお招きありがとうございます」


 互いの挨拶が終わり、数名の護衛を付け彼らはルリの待つ神殿内へ入る。

 流石王宮神殿。

 この街に来る際、遠目にも分かっていたがこの神殿は莫迦みたいにデカイ。

 例える教会があるとしたら、バチカン市国南東端にあるサン・ピエトロ大聖堂ではないか。

 この大きさの建物を作るには、幾人もの魔術士や専門の人々が手を貸したのか。

 神殿内は大きな建物であっても明るく、陽の光にて中が照らされている。

 中にいたシスターであろうか、何十人と言う人々が外の騎士の様に列を作り左右に別れた状態でお出迎えである。

 彼ら、彼女らは口を開くことは無かったが、時々ミツが感じる不快感が彼の進む足を鈍らせる。

 そんな視線は気のせいだと思い、ルリの居る神殿長室の前へと到着。

 レイアが扉をノックすると、ルリの筆頭側仕えのタンターリが扉から姿を見せる。

 彼女はミツの姿を見れば優しく微笑み、中へと招き入れてくれた。

 相変わらず優しい顔のお婆ちゃんと言うイメージの女性である。


「ミツ様。王宮神殿へようこそお越しいただき、誠にありがとうございます」


「ルリ様、こちらこそ本日はお招きありがとうございます。いえ、既にこの様な素晴らしい神殿に足を踏み入れたことに自分は嬉しく思います」


「まあ、その様な言葉を頂けるとは。ミツ様が来ることが分かっていましたので、皆で頑張ってお掃除したかいがありました」


「ハハッ、掃除ですか。それは急がせたみたいですみません。改めて気持ちよくこちらの神殿を見る事ができたのは、シスターの皆様の努力と言う事に感謝いたします」


「はい。そのお言葉、必ず皆へとお伝えいたします」


 和やかに会話が始まった。

 場の雰囲気は良く、ミツは先程通路で受けた不快感を忘れる程であった。

 立ったまま話も無粋と、部屋を変えてルリとのお茶会である。

 お茶会と言っても相手は神殿長であり巫女姫。神殿からあまり出ない彼女に話題もなく、一方的にミツの戦いの話や料理の話をする事になった。

 

「そう言えばミツ様。先日、冒険者ギルドにて、アルミナランク昇格おめでとうございます」


「あれ、ご存知でしたか? はい、ありがとうございます。突然の昇格試験の戦いでしたが無事に昇格できました」


 ルリはその時、王宮にて鳥型魔導具を使用してミツの戦闘を見た事を話す。

 彼はなるほどと言葉を返し、ならば既に王様やアベル達には自身がアルミナランクになった事は知れ渡っていると認知する。


「拝見いたしました素晴らしき戦いは、私だけではなく、私の護衛騎士であるレイアも貴方様の戦いには高揚冷めぬ思いでしょう。レイア、貴女からもミツ様のご活躍に言葉をいかがですか」


「はっ!」


 レイアはその時思った感情をぶつけるかのごとく熱く語る。

 自身には不可能と思える戦い、そしてフォルテ達の再来こそが彼女をここまで興奮した発言をさせるのかもしれない。

 周囲が少し驚く程にレイアは熱弁したのか、はっと我にかえり、申し訳ございませんと縮こまってしまった。


 前にも説明したような気もするが、フォルテ達は天使ではなく精霊ですと話をするが、彼女達に取ってはフォルテ達は天使なのだろう。

 それで良いのか王宮神殿の人達よ。

 もし彼女に以前分身が見せた黒羽のフォルテ達を見せたら、彼女達は落ち込むのでは無いかと変な心配をしてしまった。

 申し訳ないと口を閉じてしまうレイアだが、ミツは彼女に聞きたい事があったので、折角と彼女へと質問する。


「あの、レイア様。レイア様に一つ質問がありまして」


「はい。何なりと」


「えーっと、レイア様ってお兄さん、若しくは弟さんはいらっしゃいませんか? その、クリフト様と言うお名前に聞き覚えはございますか?」


「はい。クリフトは私の兄にあたります。まさか! 兄が何か貴方様に失礼でも!?」


「あっ、やっぱりご兄妹でしたか。いえ、お二人の家名が同じだったので、もしかしてと思いまして。逆にクリフト様に失礼な発言をしたのは自分でして。ご本人は気にしてないようですが、あの時は戦闘後だったので少し気が上がってたと言うか」


 ミツはバロンとの戦闘後、クリフトが幾度も使徒様、使徒様と声をかけてきたことに少し彼を邪険にあしらった事を思い出し苦笑を浮かべてしまう。

 レイアは堅物な兄の性格を思い出したのか、スッと顔を青ざめさせ、彼女は深々と頭を下げてきた。

 兄は正義感の強すぎる事もあり、幼い頃から悪い事は相手が歳上だろうが謝罪を求めるほどに強情な人間だと言う事を知っている。


「いえ、兄の行き過ぎた行いがその時の貴方様を不快とさせたのでしょう。否は全て兄が持ちますので、どうかお気にせず」


「そ、そうですか。まぁ、自分の事を神の使徒様と幾度と呼んで来ましたが、それに関してはもう気にしてませんので」


「「「「「!?」」」」


 ミツのさり気ないその言葉に、ルリを含むその場の全員が驚きの表情を作る。


「ミツ様は、やはり神の使徒様にあらせられるのですか……?」


 ルリは恐る恐ると口を開き、目の前に居るミツは使徒ではないかと確認をする。

 その言葉を復唱する二人も少し声がうわずった気もするがそれを気にする者はいない。


「えっ……あっ。いや、今のは違くて。はい、そこ! 人を拝まないで」


 ざわつく部屋の中、ミツが何度も違いますと言う言葉を伝えれば、タンターリが姫様これ以上は失礼過ぎますと止の言葉。

 ナイスだよタンターリさん。

 最後の念押しではないが、ミツ本人の口から自分は旅人ですの言葉を最後と彼を使徒様とそんな疑念を持つ視線と向けられる言葉が止まった。

 気分を変えようと、ルリの案内で神殿内を見回る事になった。

 神殿はシスターだけではなく、孤児の子供たちで溢れている。

 ミツの様に15歳以上の孤児の男女は神官服を着込み、それ以下の子供は上下と別れた服を着ている。

 またここには貴族の子供達もいる事を教えられる。

 貴族の子供が神殿に入っている理由は様々だが、基本何処も親が問題を起こした可哀想な子供達だ。

 本当に可哀想な子とは、あと一年でお披露目の五歳、または成人となる15歳の子供達だろう。

 物心ついた五歳間近の頃に意味もわからず親と離れ離れ。

 家に帰ることもできず、大好きな両親と会えなくなり毎日泣く事しかできない子供も少なくはない。

 また成人前の子供はもっと不幸だろう。

 何故なら、成人すれば貴族の子供は自身で身の振り方を決める事ができる。

 自身が嫡男嫡子なら家を継ぐ働きができたかもしれない。

 身を飾り、地位のある殿方と婚約ができたかもしれない。

 次男三男、次女三女も同じく自由な選択も与えられたであろう。

 しかし、神殿に入ってしまうと貴族の子供はその権限を失い、外に出ることはできない。

 それは一度でも親が手放した子供を神殿が引き取った際、言い方は悪いがその子供の所有権は神殿が握ってしまう。

 勿論孤児の子供達も同じだ。

 世間に捨てられた子供を救った神殿以上に、その子供を救える事などできないと古い人間の考えが根付き、いつしかそれが当たり前となってしまっている。

 しかし、実は一つだけ彼らが自由になれる方法がある。

 それが特別養子縁組である。

 だが、問題を起こした親の子など引き取る変わり者など殆ど居らず、これが実現した子供は数年に一回だけ。

 まるで数年に一度しか咲かないリュウゼツランの様に奇跡に近い事である。

 ちなみに引き取りてがあった子供は、武芸に優れていた少年であった。

 その彼を、長年子供が産めない貴族の夫婦に引き取られる事になった。


 しかし、たった一年、その一年で子供達は外に出る事のできない場所に行くことになる。

 その為か、10歳から14歳とその辺の年頃の貴族の子供達の性格はとても悪い。

 同じ年頃の孤児への貴族の子供からの当たりは、見れば差別など見えてしまう物。 

 彼らが成人すれば、ローブを着るシスターは貴族の孤児が独占した現状である。

 お山の大将でしかない彼らだが、孤児だった子共達と比べると幼い頃に勉学をがじった方が頭は回るのだろう。

 私生活内で効率の良い案をその者が出せば、周りは納得してしまうもの。

 いつしか神殿内での指揮を取るのは貴族の息子娘達になっていた。

 

 神殿長のルリが先導すれば彼らは頭を垂れるが、彼女に向けられる視線の中には冷たい視線も中にはある。

 何故ならルリは貴族ではなく、庶民の孤児。

 しかし、彼女の運命なのか、はたまた創造神シャロットの力が働いたのかは分からないが、彼女は神殿長に選ばれる力を得ている。

 神殿長となった今のルリへの不敬な行いは、自身の首をしめると同様。

 どのみち神殿から出る事のできない孤児となった貴族の者たちは何もできない。

 

 彼女に案内されるまま、大きな聖堂に到着。

 神殿には一般人は入る事は可能だが、どうやら気持ち的なお布施が必要なようだ。

 今日はあえて人を入れていないのか、元々広い祈り場は人影すらない事に、更にだだっ広い場所に思えてしまう。

 

「どうぞ、是非ともミツ様もこの場での祈りをお捧げ下さい。されば後に祈りを送る者も心広げることでしょう」


「そうですね。折角ですので失礼します」


 ルリと共にミツは祈りを捧げる。

 彼の前には立派な祭壇が飾られている。

 様々な金属の飾り物、食器やコップに見える品々。しかし、それよりも目に入る品は祭壇の真ん中に置かれた大きな天秤であろうか。

 片方には服と書物、羽ペンやスクロールなどが置かれ、反対側には食べ物が乗せられている。

 乗せられている物は腐りにくいカチカチのパンや干し肉、水の入ったコップと果物だ。

 あれは何ですかとミツが思っていることが顔に出たのか、タンターリがそっと声をかけてくれる。


「あれは平等を示す天秤にございます」


「平等を示す天秤ですか……」


「はい……。神の前では人だけでは無く、生きる者全て平等であれ。身に付ける衣服ある者、無き者に与えよ。知恵ある者は安を知る。知恵を知らぬ者は苦を知る。生きる者は飢えを知る。知らぬ者は飢えを知れ。全てを分け与え、片方では生を失う。我ら生きる、与えられた生を平等であれ……。神殿の教えにございます」


 タンターリはスッと視線を天秤に戻し、口を開く。

 その言葉の意味はとても分かりやすく、ミツが創造神に与えられた言葉に近い物。

 この教えがあるならばと彼は神殿の教えを褒める。


「それは素晴らしい教えですね。人だけでは無く、生きる者全て……。質問なのですが、それは種族問わずと言う意味もでしょうか?」


「はい。誰でも命は一つ。それを無下にする事はございません」


「なるほど……。ありがとうございます。ここに来れて本当に好かったと思います。また、ルリ様との出会いもやっぱり……。いえ、この話はまたにします」


 ミツは安堵した笑みを浮かべると、ルリは眉尻を少し上げたが彼の話の続きを無理に聞く事はしなかった。


「左様で……。いえ、貴方様が神殿にお越し頂いた事に私は満足しております。今後もミツ様とは良き繋がりがあればと」


 ルリは胸の前で手を握り笑みを送る。

 声を見た目もシャロットそっくりな彼女が自愛の笑みを自身に向けていると思うと、彼は無意識と頬が上がり、笑いの笑みが出てしまう。

 ここは更に二人の交流を深めるべきとタンターリは昼食の誘いをする。


「姫様、折角です。是非ともお客人と昼食をご一緒にされては? 間もなく神官長もお帰りになれるかと思われます」


「そうですね……。ミツ様、お時間が宜しければいかがでしょうか? タンターリの申しましたとおり、間もなく神殿の神官長も戻ると思われます」


「神官長。そう言えば神殿にはルリ様の神殿長の補佐役の方がいらっしゃるんですよね。今日は何処かに行かれているんですか?」


「はい。神官長は城の方へと足を向けられております。間もなく雪の積もります冬季、暖かな春の芽吹き間では馬車での行き来も不便となりますゆえ、既に季節の見送りの準備もございます」


「そう言えば最近の朝は冷え込んで来ますね。雪はまだ見てませんが、ここはそんなに雪が積もるんですか?」


 電話など無い為に、連絡は主に手紙のやり取り、若しくは王族相手ならば本人が出向くのが当たり前なのだろう。

 しかし、雪に道が塞がっては馬車も通れず人の足では時間もかかる。

 できる事は先に、前倒しと神殿の神官長は動いているのだろう。

 雪の積り具合を聞けば、レイアが教えてくれる。

 数日雪が続けば、自身の胸まで届く程の雪が積もる事を彼女は教えてくれるのはありがたいですが、レイアさん……あの、自身の胸をトントンと叩くと貴方さまのお胸もボンボンと弾むので目のやり場に困ります。

 側にいるアニスが隊長と小声に声を出せばミツの反応に気づいたのだろう。

 レイアは少し頬を染め、申し訳ございませんと首を下げる。

 ギクシャクとした雰囲気ではないが、タンターリは話題を変えようと、自身の胸をじっと見ていたルリへと視線を向け軽く苦笑交じりに口を開く。


「ああ、そうですわ。冬季中は主にルリ様におかれましては年祭の祝舞いの練習もございます。ミツ様、宜しければお時間がございます時に構いませんので、ルリ様の舞いをご覧に起こしください。冬季中は外に出る事もままならず毎季とこの時期は神殿にこもる事になりますゆえ」


 外に雪が積もろうと、ミツの〈トリップゲート〉を使用すればいつでも神殿に来れる。

 その話をすればルリは珍しく周りに聞こえる程の声にタンターリを止める。

 声を聞く感じでは彼女はタンターリを叱責する訳ではなく、ただ単に練習を見られるのが恥ずかしいのだろう。

 ミツはルリの反応を見てニコリと笑みをタンターリへと返す。


「はい。それではその際はお伺いさせて頂きます」


「えっ? あっ、は、はい……。お待ちしております」


 ルリは二つ返事にミツが了承した事に戸惑いつつも、暇な冬季にミツが訪問してくれるだけでも嬉しいのだろう。


 因みに、アベルがまれに雪が落ち着いた冬季に足を向けに来るが、彼が護衛をぞろぞろと一緒に連れて来られては彼女だけではなく、シスターたちは正直困っている。

 何故なら、王族であるアベルが祈りに来た時はルリは仕事を止めてアベルの相手をしなければならない。

 護衛の貴族達をもてなす為と、客間でのお茶を配膳したりとシスターは動き回る。

 更に雪が振っていた道を彼らが歩いてくるのだから、彼らの靴裏に付いた泥や雪どけ水が神殿の床を汚してしまう。

 別にそれが嫌ではなく、それを掃除するのは孤児やシスターなのだ。

 彼女も経験があるが、寒い時期に冷たい水が入った桶に手を入れ、布を絞るのも苦痛な仕事だった。

 彼らが帰った後の掃除に半日が無駄に消えるのだ。

 だからと言って、彼らに断る発言もできるわけもない。

 明らかにアベルはルリに好意を向けているが、身分差を弁えろとアベルに誰か言ってくれ。

 アベルがルリに対して露骨な接触は無くとも、見る者が見れば継承権を持つ者が神殿長と縁結を狙っていると思われる。

 そうなれば派閥争いが大きく動き出してしまうのだ。

 ルリもタンターリから色々と忠告を受けているが、ルリの中でアベルが魅力的かと言われたら魅力はあるだろう。

 しかし、そこに恋愛感情は生まれるかと問うなら、ハッキリ言って無い。

 神殿長としての働きを優先と、彼女は色恋沙汰など死ぬまで縁がないと思っている程。

 

 ルリとは一度その場から離れる事になった。

 聞けばどうやら彼女は客を迎える為の服を着ていたのか、そのまま昼食に向かう事ができないと着替えに行ったようだ。


 昼食の時間まではまだ少し時間があると、神殿騎士の二人、レイアとアニス、それと数名の女性騎士に神殿を案内される。

 神殿は聖堂の他に見る物があるかと思うだろうが、教会を創り上げたミツを案内するには神殿の造り一つ一つが彼の興味を引くものであったろう。

 柱に刻まれた鳥の彫絵などは職人技と言える程に鮮明な作りだったし、数百メートルはあろうか通路の天井に描かれた美しい絵。

 神殿に対して不謹慎な考えだが、観光地としても中々楽しめる場所だと彼は思ってしまう。

 

 通路を歩くと中庭で少年少女達の掛け声が聞こえる。

 下は15歳から上は20歳あろうか、全員が格闘ゲームに出てきそうな格闘着を着込んでいる。各自手には棒を持ち、エイッ、エイッっと声を合わせ形を取っている。

 

「あれは神武家の稽古です」


「神武家? 稽古と言うことは戦うための訓練ですか?」


「はい。我ら王宮神殿騎士団の他に、神殿を守る兵の一角【神武家】に属する者達です。基本彼らは神殿内の自衛の訓練を中心としており、武器は棒術での戦闘にて害する者へ戦闘を行います」


「なるほど。神殿と言うのは暴力事はご法度かと思っていました。いや……それだとレイア様たちの立場がありませんね」


「フフッ。そうですね。ですが王都内、それも神殿内だからといって油断はできません。私達も神殿内へ馬を連れてこれませんので、いざとなれば彼らが神殿を守る兵と変わるのです。ですが私達達も、彼らのように馬を降りての戦闘訓練は行っておりますので共に訓練する事もまれにございます」


「訓練ですか……。あの神武家の皆さんのように……」


「宜しければ、近くに行かれてご覧になられますか?」


「はい。では、少しだけ」


 ミツはレイアの勧めで昼食までの間、少年少女達【神武家】の訓練の見学をすることになった。

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