第223話 父と母の日 後半

「モンスターだ!」


「えっ!?」


 誰かが叫んだその言葉。

 街を歩く人々、ベルガー達もその声の方へと視線を向ければ、声を出した者は自身の指を空へと向けていた。

 空に視線を向ければそこには鳥にしては大きな生き物が空中を飛んでいる。

 

「あっ! あれはヤバイ! グリフォンだ!」


「えっ! グリフォン!?」


 ベルガーの言葉にナシルが焦る。

 元冒険者の彼女もグリフォンの危険性を高く知っていた。

 間もなく寒い冬の時期。

 グリフォンなどの魔物は餌が乏しくなる前と、街の近くで目撃されることがたまにある。

 グリフォンは群れで見つかる事があるが、今回は単独の発見。

 恐らく群れの一匹が餌を探しにこの街の方角へと偵察に来たのだろう。

 なので今回発見された魔物がグリフォン一匹。

 それでもグリフォンの危険度は高い。

 グラスランク冒険者のチームが力を合わせ、何とか討伐できるレベルの相手。

 グリフォンは空中を旋回飛行しはじめる。

 その行動にベルガーが叫ぶ。


「店の中、兎に角建物の中へと入れ! グリフォンがあの動きをする時は、獲物を探している! 狙われたら最後、確実に食い殺されるぞ!」


 その言葉に焦り、近くの建物へと逃げ込む人々。

 ベルガー達も近くの店に駆け込み、グリフォンの目から逃げる。

 すると直ぐに街中に鐘が鳴り響き、衛兵や冒険者達が動き出す。

 

 彼らが駆け込んだ店は偶然にも兵士達が使う武具屋。

 店のオヤジさんは何事だと思っただろうが、鳴り響く鐘の音に状況を把握してくれた。

 

「すまねえなオヤジさん。悪いが避難場所として使わせてもらうぜ」


「ああ、構わんよ。それよりも如何した?」


「グリフォンが出やがったんだ。恐らく餌を求めて山から降りてきたんだろう」


「なっ!? グリフォンじゃと! こりゃいかん、皆の者、もっと店の奥に入りなさい。その場ではグリフォンの爪先が届いてしまうぞ」


 店のおやじさんの言うとおり、店の入り口近くではグリフォンの脚に捕まってしまう。

 その言葉に全員が店の奥へと移動。  

 店の奥と言ってもカウンターがある場所が一番奥になる。


「ああ、そうだな。女と子供は奥に行け! オヤジさん、すまねえが少しだけ獲物を借りるぞ」


「むむっ、仕方あるまい。武具屋でありながら犠牲者を出したなど笑い話にもならんからな。しかし、お前さん武器は使えるのか?」


 その問に近くにあった剣を取りにニヤリと笑みを返すベルガー。

 彼は直ぐに自身の息子達へと指示を出す。


「へっ、少しな。さて、リックは盾を持って後ろを守れ! リッケも使えそうな武器を選んで俺の後ろに付いとけ」


「おう!」


「はい!」


 二人も自身がいつも使う獲物に似た奴を選び臨戦態勢を取る。


 店内に逃げ込んだのは貴婦人と側仕えのメイドの二人、そして老夫婦と子供の三人だ。

 この場で武器を取り、戦える者と言えば共に店に入ったベルガー達だけだろう。

 その時、外を走る数騎の馬とガチャガチャと鎧を着込んだ衛兵の音が聞こえる。

 剣や槍を構え、上空を旋回飛行するグリフォンへと身構える。

 衛兵達の声に取り敢えず一安心かと安堵する息が漏れる。


「まだ住民の避難が終わっておらん! 矢での攻撃は控えよ!」


「「おうっ!」」


 空中の敵にはボウガンや弓矢での迎撃が基本だが、街中でそれをやっては流れ弾がまだ外にいる人々に当たって大変な事になる。

 その間、避難が終わるまで衛兵達は陣を固め、グリフォンの攻撃に耐えるしかない。 

 そんな事を言ってる間とグリフォンが動き出した。


「隊長、来ます!」


「ぬっ! 槍形、構え!」


「「「おうっ!」」」


「ぬっ、デカイ!」


 次第と近づくグリフォンの大きさに危機感を感じ、無意識と言葉を漏らす隊長。

 固まった兵士に突撃してきたグリフォンの大きさは成長しきった大人なのか、羽を広げれば道を埋める大きさはあるだろうか。

 鋭い爪先を一人の兵士を掴み上空へと連れ去ろうとするが、そうはさせない。

 近くに居た仲間の兵達が連れ去られそうになった仲間の足を掴んだり、グリフォンの足へと槍を突き刺す。

 思わぬ抵抗にグリフォンはバサバサと羽を大きく羽ばたかせ、近くの兵士を吹き飛ばす。

 偶然にも足の関節に槍先が当たったのか、グリフォンは驚きに掴んだ兵士もろとも足を振り回す。

 グリフォンの爪は兵士の鎧を掴んでいた事もあり、肉では無かったことも運が良かったのだろう。

 捕まった兵士はスルッとグリフォンの爪からスッポ抜ける。

 しかし、振り回す勢いそのままに放り出された兵士はベルガー達が避難した店の扉に直撃。

 ガシャンとショーウィンドウのガラスも割ってしまう衝撃に兵士は店内へ。


「うわっ!」


「キャー!」


 店内の奥に入っていた事に、避難した彼らは怪我をすることはなかった。

 しかし、突然店中に人が突っ込んできたその光景は彼らには衝撃的だったろう。


「ちっ! リッケ、負傷した兵に回復をしてくれ! !? クソッ、グリフォンの奴、こっちを見やがった。扉が壊れたせいで店の中だからって安心できねえぞこりゃ!」

     

 暴れるグリフォンの瞳とベルガーの視線が合う。

 グリフォンは獲物が隠れていたことに気づいたのか、店の方へと近づき始めた。

 ベルガーはゴクリと唾を飲み込む。


「……ナシル、俺がグリフォンを引きつける。お前はリック達と共に店に隠れてろ」


「あなた!?」


 妻のナシルの肩に優しく手をのせそんな言葉を漏らすベルガー。

 凄腕であった元グラスランク冒険者のベルガーであっても、完全武装もしていない状態の単身でグリフォンの前に出るのは危険すぎる。

 ナシルは顔を青ざめさせ、ベルガーの服をギュッと掴み首を振る。


「へっ、安心しろ。あいつの気を引きつけるだけだ。近くには衛兵達も居るし、別に俺一人で戦う訳じゃねえよ」


「親父! 何莫迦なことしようとしてんだ!?」


「そうですよ! 外にはその衛兵の皆さんもいます、別に父さんがここを出て戦わずとも耐えれば!」


 二人の言葉に無言に首を振るベルガー。

 グリフォンの危険度を熟知している彼だからこそ、このままこの場にいては確実に誰かがグリフォンの爪の犠牲になるかもしれない。

 不運にも共に店の中に居るのは貴族や地位のある人ばかり。

 下手にその者が怪我をしたとして庶民である自身たちが無傷では、後に犠牲となった貴族から何かしらの事をされかねない。

 ベルガーはそれを見越し、自身を身代わりになる事を決める。


「リック、リッケ……。いいかよく聞け。俺が飛び出したら机でも何でもいいから、壊れた扉に押し付けてグリフォンの視線から店の中の人間の姿を隠せ」


「なっ!? 親父!」


「父さん!」


「ヘッ、二人とも……最後くらい親の言う事を聞くんだ」


「お父さん……」


 ベルガーは最後に娘のリッコの頭をくしゃりと髪が乱れる程になで、バッと外にかけ出す。


「待って、お父さん!」


 リックは糞親父と悪態を吐きつつ、商品などが置かれていたテーブルを入り口に押し当てグリフォンの視界から店内を隠す。

 剣を手に持ち、外に出てきたベルガーにグリフォンの視線は動いた。

 瞬間、ピロロロッとグリフォンの鳴き声が響き、人々の耳を塞がせる。


 その音に店の中に居るものは耳を塞ぎ、呻くような声を漏らす。


 グリフォンの鳴き声には相手を怯ませ、立ちくらみを出す効果がある。

 また人には強い頭痛と耳に痛みをお越し、今の彼らの様に無意識に耳を両手で塞ぎたくなる程だ。

 それでもベルガーは耳を塞ぐことなく、握る剣へと力を入れる。

 剣一つで戦う父の姿に震えが止まらない。

 それは父を失ってしまう恐怖なのか、それとも勇敢な姿に尊敬と心が高ぶったのか。

 だからと言ってグリフォンと戦う父を放ってはおけない。

 先程のグリフォンの鳴き声に騎兵の馬は混乱し、言うことを聞かない。

 それでも衛兵達は立ち上がり、槍先を向けグリフォンへと向かうがグリフォンの羽の羽ばたきに吹き飛ばされる。

 だがベルガーは身を縮め、風が落ち着いた瞬間を狙い駆け出しグリフォンに斬りかかる。

 子供達が見た初めて見る父の戦い。

 ベルガーの戦いは彼らの知る仲間のミツの戦いと似ていた。

 危なっかしい場面もあるが、彼が斬り込む姿は英雄であろう。

 しかし、やはり優勢なのはグリフォンの方であった。

 グリフォンのクチバシがベルガーの腹部へと突き刺さる。

 ギリギリそれは剣で塞ぐも、攻撃の勢いは殺すことはできず、彼は大きく吹き飛ばされる。

 

 その光景を壊れた窓の隙間から見ていたリッコは店主へと叫ぶ様に言葉をかけた。

 

「!? おじさん! ここに杖は無い!」


「え、つ、杖? ああ、ある。ほら、棚の上に置いておる。お嬢さんは魔術士だったのかい?」


 店のオヤジさんの指を指す方にある杖を見たリッコ。

 握り部分は赤く、杖先は鳥のようなクチバシと羽が付けられている。

 クチバシの中には大きな魔石が取り付けられていた。

 彼女はそれを取り、入り口の方へと向かうがリッケが彼女の肩を掴み止める。


「リッコ! 何をするんですか!?」


「止めないでリッケ! このままじゃお父さんが死んじゃう! 私も行く!」


「待ちなさいリッコ!」


 今度は母のナシルが彼女を呼び止める。

 その手は震えているのか、彼女の声もうわずった声になっている。


「お母さん! でもお父さんが!」


「駄目よ! 貴女が出ていってもお父さんの足手まといになるわ。グリフォンは魔力に敏感で、貴女が魔法を放つ前とグリフォンはあなたを狙ってくるわ。そうすればお父さんは確実に貴女を守るためと自身を盾にするかもしれないの。我慢して、リッコ……。同じ魔術士の母さんもお父さんの隣で戦いたい気持ちを抑えてるのよ」


「お母さん……」


「母さん……」


 ナシルは崩れるようにリッコに抱きつく。

 悔しい気持ちに押しつぶされそうになっている彼女だが、ベルガーの気持ちを無下にしてはならない。

 そんな気持ちとナシルは耐えていた。

 

 家族のやり取りに店主のオヤジさんが恐る恐ると声をかける。


「すまんがお嬢さん……。悪いがその杖は不用品でな……。その、それは使用者を選ぶんじゃよ。使用者の魔力が高くなければ魔法も発動せんのじゃ」


「そ、そんな……」


 手に握る杖が使えない。

 杖が無くとも魔法は発動するが、発動する時間は倍、威力は半分にまで落ちてしまう。

 リッコがエマンダの様に魔石のネックレスを身に着けていたら話は違ったかもしれない。

 彼女は自身では何もできない事を考えると、次第と彼女の中で悲しみよりも沸々と怒りがこみ上げてきた。


「つ、使えない杖なんか、店に置いとくんじゃないわよ!!!」


「「「!!!」」」


 リッコが怒り任せに体内の魔力を放出した瞬間、杖が輝き、杖に付けられた茜色の魔石が光りだす。


「おお! つ、杖が!?」


 店内を真っ赤に照らす茜色の魔石。

 彼女が杖を握り直せば光は魔石に吸い込まれるように消えていった。

 リッコはこれならと兄へと声をかける。


「……あっ。おじさん、これ使うわよ! いいわよね!? リック、リッケ、お願い、二人の力を貸して!」


 かけられた言葉に、店主は頷き、二人の兄は言葉を返す。


「当たり前だ!」 


「勿論です!」


「三人とも……」


 母のナシルは三人を呼び止めようと言葉を出すが、それは途中で言葉が止まる。

 自身の子供達はもう手を引いていた頃の子供ではない。

 彼らの瞳は父と同じ冒険者としての瞳をしていた事に母は気づいてしまった。

 勇ましく、そして勇敢であり、覚悟があった。

 そんな彼らに元冒険者として止める事など彼女にはできない。

 リッケが自身を含め、二人へと支援を送っていると、外からベルガーの声が聞こえてきた。

 それは優勢とする声ではなく、苦痛と思わせる声。


「やべぇ! 親父が! 二人とも行くぞ!」


「はい!」


「ええ!」


「三人とも、お父さんをお願い」


 母の言葉に三人は振り返り、笑みを送る。

 そして入り口を塞いでいたテーブルをどかし、三人は駆け出す。


 吹き飛ばされた衝撃に頭から血を出したのかベルガーは目に入った血を鬱陶しく思う。

 それよりも先程受けた腹部の衝撃に動くたびに嗚咽感を感じる状態。


「くっ! 食った飯が吐き出しそうだ。クソッ! 折角息子達がご馳走してくれた飯だぞ、死んでも吐いてたまるかよ! 来いや鳥野郎がっ! お前を掻っ捌いて庶民地の住民全員で骨も食い尽くしてやらぁ!!!」


 叫ぶベルガーにグリフォンが迫る。

 衛兵の援護もあったが、やはりグリフォン相手に歯が立たないのか尽く返り討ち状態。

 衛兵の隊長は幾度もベルガーに逃げる事を促すが彼は聞く耳を持たぬとそれを無視している。

 今、ベルガーがその場を離れたとして、グリフォンの狙いは抵抗を見せる衛兵ではなく、店の中に隠れた家族を狙うかもしれない。

 それだけは避けなければ。

 攻めて一矢報いると、ベルガーは手に持つ剣を全力に振るう。

 しかし、グリフォンは普通のモンスターと違い、高い知性を持つモンスター。

 ベルガーの攻撃を見切ったのか、グリフォンはベルガーに迫る道中、一度羽を羽ばたかせる。

 そう、モンスターが人間相手にまさかのカウンターを仕掛けてきたのだ。

 タイミングを狙って振り落とそうとしたベルガーの剣は空を斬り、グリフォンの攻撃の空きを作ってしまった。

 ああ、この俺がまさかこんな終わり方をするなんて。

 振り落とした剣を戻す前とグリフォンの爪は確実にベルガーの体に突き立てられる。

 短い走馬灯を走らせたベルガーは覚悟を決める。


「オーラルブレード!」


 グリフォンの爪がベルガーに当たる寸前、リッケの〈オーラルブレード〉がグリフォンの脚の指一本を斬る。

 スパッと斬られたグリフォンの脚の指はベルガーの横を飛んで行き、グリフォンは激痛に襲われる。

 

「親父! 無事か!?」


「間に合った! 父さん、いま回復します!」


「良かった! リッケ、お願い!」


「お、お前達……。はっ! 莫迦、何故来た! お前達までこんな危険な」


「へっ! 親父、俺らは親父とお袋のガキだぜ! はい、そうですかって、親を見殺しにするように育てられた覚えもねえよ! 来いや鳥野郎が! オメェを倒して焼き鳥にして食ってやる!」


「いえ、鶏鍋にしてあげるわ!」


「あー、こんな時にも二人は! どっちも美味しそうですね!」


 リックは盾を前に突き出し〈城壁〉を発動。

 グリフォンが怒りに再度突き出してきたクチバシの攻撃をスキルを使い受け止める。

 ガンッガンッガンッと幾度も突き出されるクチバシの攻撃は恐怖に押し殺されそうになるだろうが、リックにその恐怖は無かった。

 今の彼は殺されそうな父を助けれた、弟妹を自身が守っている。

 そんな高揚感に満ちている状態。

 例え自身の数倍の大きさのモンスターが相手だとしても、今の彼の心は鋼よりも強い。

 リッケはベルガーの傷を直した後、彼も動き出す。 

 

「リックはそのまま守りを固めてください! リッコ、周囲に人がいるのでチャンスは一度だけです!」


「ああ!」


「分かってる!」


 リッケのスキルの一つ、〈勇気の剣〉の発動。

 リックの〈城壁〉は更に堅固となり、グリフォンの攻撃を弾き返す。

 リッコは杖先に魔力を集中させ、バチバチと耳に聞こえる程の電撃を見せる。

 城壁に体を怯ませていたグリフォン。

 その電撃を見た瞬間、グリフォンは危機感を過ぎらせたのか、攻撃を止めては逃げ出すように上空へと飛び立つ。

 グリフォンは上空に飛び上がる際、強風を吹き上げ、逃げる時間を稼いだつもりだろうが、今のリックの城壁は強風程度では怯みもしない。

 砂煙を振り払い、三人が姿を見せる。


「「リッコ!」」


「お父さんをこんなふうにしたお前を許さない! 食らいなさい!」


 二人の兄の声に押され、リッコは自身の魔力をぶつける思いと魔法を発動。

 彼女が持つ魔法の一つ〈雷鳴豪華〉

 それを発動した瞬間、彼女が持つ杖先から青白い閃光の雷が上空のグリフォンへと真っ直ぐに向い、上空に雷光が走る。

 その光は空の雲を突き抜け、ドカンと爆発と間違える雷鳴を街中に響かせた。

 雷鳴豪華を直接受けたグリフォンは流れる血を沸騰させ、脳を焼きその命を止める。

 雷に体を硬直させ、真っ直ぐに地面に落ちてしまった。

 グリフォンはプスプスと焦げ臭い匂いをただよわせ、衛兵が駆け寄り亡骸になっている事を確認すると歓喜の叫びがリック達のいる所まで聞こえてくる。


「やったっぽいな……」


「やりましたか……」


「ふぅ……」


「「リッコ!?」」


 雷の音に耳鳴りがする二人だが、衛兵の声は聞こえたのだろう。

 二人がほっと安堵した瞬間、リッコが倒れそうになるのをベルガーが支える。


「リッコ、大丈夫か」


「お父さん……。うん、ちょっと疲れちゃった」


「そうか、偉いぞ」


「えへへ……」


 優しく撫でる父の手。

 娘のはにかむ笑顔は、周りの兄にも笑みを作らせる。


「へっ」


「リッコ、耳は大丈夫ですか? 以前の様に耳を痛めたなら僕が回復しますけど」


「んっ……。大丈夫よ。ほら」


「んっ? 何だこれ?」


 リッコは自身の耳に詰めていた物を掌にのせ周囲に見せる。


「これは耳栓って言うの。前みたいに私が耳を怪我をしないようにって、ミツが作ってくれたの」


「へー、あいつがね……。んっ? あれ、俺達の分は? おい、リッコ!? まさか自分の分だけで、俺達の分が無いなんてないよな!?」


「……。フンッ、あんたはその辺の草でも突っ込んでなさいよ」


「お前なー!」


「まぁまぁリック、これはミツ君が帰ってきた時にでも僕達の分も作ってもらいましょっ」


 二人のやり取りを止めるリッケ。

 そんな三人の息子と娘のやり取りと成長に、心から嬉しく思うベルガーだった。

 安全が確認された事に、近くの店などに避難していた人々が出てくる。

 ナシルも武具屋から出てきてはベルガーへと抱きつく。

 良かった良かったと何度もかけられるその言葉。

 ベルガーの傷はリッケが治してくれたが衣服はボロボロ。

 折角新調したばかりの服だが、それを気にするものはその場には居なかった。

 相手はグリフォン。それだけ戦闘が激しいものであった事が証明される

 衛兵の事情聴取など、また武具屋の中に吹き飛ばされた衛兵が運ばれていくのを見ていると、彼らの方へと一台の馬車が近づいてきた。

 その馬車を見た衛兵の隊長は、衛兵を整列させては道を開ける。

 馬車から出てきたのは領主婦人のパメラとエマンダ、そしてゼクスの三人。

 領主のダニエルは今は王都に居るので不在。

 皆は膝をつき、パメラ達へと頭を垂れる。


 婦人の二人とゼクスはグリフォンの襲来から、リッコが倒した所までの説明を受けた後、彼女へと言葉をかける。


「娘さん、表を上げなさい」


 ゼクスの言葉に顔を上げるリッコ。

 ここで何故ゼクスがリッコの名を呼ばずに、娘さんと呼んだのか。

 それはまるでリッコ達とは面識が無いかのような会話に思えるだろうが、今のこの状況ではこれが正しいのだ。

 ベルガーは知る者が居れば庶民地の人間だと直ぐに噂は立つだろう。

 そこでそのベルガーの息子と娘が領主の知り合いとなれば、彼らに媚を売るように近づく者が出てくるかもしれない。

 下手に人の目が多い場所では、彼らが知り合いであっても距離を置く事が彼らの為にもなるのだ。

 

「はい」


「貴女の働きに、領主の代わりに我々が感謝いたします」


「本来、貴族街での魔法の発動は罰せられる事でありますが、貴女は人々を救う為とその力を使いました。よって貴女に厳罰は無いことをこの場でお伝えします。また、衛兵の話によりますと、そちらの殿方達も勇敢にも悪しき魔物に剣を向けたと聞いております。それは間違いないですか?」


「「「はい!」」」


「結構。では今回の働きにより、我々からこの場で貴方達の望みを叶えましょう。望みを申しなさい」


 ベルガーは代表として一歩前に出ては改めて膝をつく。


「恐れ入ります。庶民である我々が貴族様をお守りするなど当たり前でございます。望みなど恐れ多い事。ですが……、お二方の恩情を断る事こそ無礼となります。つきましては我々四人、避難場として使用しました武具屋から武器を借り受けましたが、力量不足にてそれを破損させた物もございます。望みが叶いますならば、どうかこの武器とその避難場として使用した武具屋の修繕費のみを。それが我々の望みにございます」


 ベルガーはグリフォンとの戦闘にて使用した剣を見えるように三人の前に差し出す。

 グリフォンの堅いクチバシや爪を幾度も受けたせいか、刀身は欠け、爪痕が残されていた。

 それを見たパメラからは改めてご苦労様とベルガーを労う言葉がかけられる。


「なるほど。分かりました。ゼクス」


「はっ!」


 エマンダは一言ゼクスに言葉を伝え、踵を翻し馬車へと乗り込む。


「それでは皆さん、また会うことがありましたらその日を楽しみにしております」


「ゼクス、後は頼みましたよ」


「奥様、かしこまりました」


 エマンダの言葉を解釈すれば、人目のあるこの場で詳しい話はできずとも、改めて屋敷に来た時にグリフォンを討伐したときの話を詳しく聞かせて欲しいと言う事だろう。

 その意図を直ぐに理解したパメラは目を細め少し呆れ顔。

 はいはい、お話はまた今度ねと早々とエマンダを連れて行くように馬車は走り出してしまった。


「ホッホッホッ。それでは皆さん、先にその武具屋に参りましょう」


「「「はい!」」」


「……えっ?」


 それは婦人を乗せた馬車が離れた後だった。

 ゼクスの雰囲気がいつもの飄々とした笑い声と共に、ガラリと変わったことに困惑するベルガーを置いて息子達の返事はゼクスを笑みにする程に良いものだった。


 全員で武具屋に戻った後、リッコは杖を握り困惑していた。

 店主に借りていた武器をそれぞれ返却する際、店主のおやじさんはリッコが差し出してきた杖を受け取った後、彼女へと改めて差し出す。


「おじさん、本当にいいの?」


「ああ、お前さん達のお陰で店は守られたんじゃ。それくらいの礼として受け取ってくれ」


「おお、良かったじゃねえかリッコ! ならこの盾も」


「それは返せ」


「ちぇ、ケチくせえな」


「おじさん、ありがとう」


「いやいや。さっきも言ったがそれは使用者を選ぶ杖。お嬢さんが選ばれたならお嬢さんが持つことが良かろうて」


「つまり使えないし、売れない物を押し付けたと?」


「カッカッカッカッ! そのとおりじゃ」


「おっさん、隠す気ねえな!」


「ホッホッホッ。それでは店主殿、店の修繕費と破損させた武器の代金は改めて屋敷にお教えください。後日、こちらから金子の方をお送りいたします」


「ははぁ。ありがとうございます」


 ベルガーとナシルは改めて店主へと礼をつたえる。

 ゼクスともその場で別れ、家族は誰も欠けることもなく来た時と同じ様に家路へと向かうのだった。


「はあー。大変な一日だったな」


「本当ですね……。でも良い一日でもありました」


「そうね。大変だったけど、最高の日よね!」


「……お前だけ土産持って帰るんだから、そりゃそうだな」


「まーねー。あっ、そうだ! 私もプルンみたいに杖のコレクションでも始めようかしら。フフッ」


 その言葉に止めとけ止めとけと、同じ部屋にいるリックからは不評の声。

 リッケも杖はかさばるので止めといた方がと、やんわり言葉を彼女に伝えているが気持ちは兄と同じなのだろう。


「なあ、ナシル」


「あなた、如何したの」


「……子供はよ、いつまでも子供じゃねえんだな」


「そうですね……。でも、あの子達はいつまでも私達の子供ですよ」


「ああ……」


 そんな会話をする二人の前を歩く三人。

 リックがリッコの杖を奪い、それを取り返そうとリックの尻に蹴りを入れる彼女を止めるリッケ。

 ギャーギャーと騒ぎつつ家路につく五人であった。

 後日、改めてゼクスはリック達の家へと訪問。

 グリフォンの討伐、そして素材代金として多額の報酬が彼らの家へと運ばれることになった。

 倒したのはリッコである事は衛兵の調査で分かっていたが、本来、貴族街で倒された魔物の権利は全ては領主の物となる。

 しかし、決死の覚悟と父親を危険にあわせ、更には倒した本人に何の見返りも無しと言うのは、領主ダニエルのやり方ではない。

 二人の婦人は旦那の気持ちを分かっている。

 リッコ達が知人だからと言った事で判断を下さず、例え知らぬ者がグリフォンを倒したならば同じ恩賞を与える事になっただろう。

 また更に共に武具屋に逃げ込んだ貴族婦人、それと老夫婦からも礼物が彼らに送られた。

 貴族婦人は後にエマンダとパメラとお茶会を開き、その時の話を詳しく聞いている。

 婦人は自身とメイド、老夫婦と幼い子供を一番安全な店の奥に、そしてベルガーと子供達の会話に痛く感動したそうだ。

 グリフォンの素材の一部をその婦人が買い取り、金銭として礼を返す事になった。

 また老夫婦も同じだ。

 共にいた幼子は彼らの孫。

 目に入れても痛くない程に愛した孫を救ってくれたこと、更に恐怖に怖がる幼子に対して、店に残ったナシルは優しく言葉をかけてくれていた。

 自身の旦那と子供たちが戦いに出た後駄というのに、赤の他人の子供へ送るその慈母のような心に感謝を伝えたいと話していたようだ。

 ゼクスと共にやってきたフロールス家の私兵は宝箱のような箱を彼らの家の中へと運ぶ。

 ゼクスはその箱を開け、先ずはグリフォンの討伐した報酬をリッコへと渡す。

 次に彼が箱から取り出したのは意外な品物だった。

 それはその時、グリフォンの戦闘で使用した彼らが手にした武具の剣と盾。

 値段もそこそこにする品物だけに品質もよく、礼物としても見劣りするものでは無いとこれは老夫婦からの礼である。

 ベルガー、リック、リッケは一人一人とそれを受け取る。

 最後に貴族婦人からの礼金である。

 何気にグリフォンの素材の一部とは言え、かなりの金額が入った麻袋をナシルが受け取ることになった。

 流石に貰いすぎてはと口を滑らせるナシルに、ホッホッホッとゼクスは笑い返す。

 それは皆様のご活躍の成果であり、皆様からの礼物。ここで下手に断っては逆に失礼。

 その言葉に返す言葉もなく、ベルガーは深々と頭を下げ感謝の言葉を返す。

 ゼクスは帰り際、ミツさんが戻られましたら共に屋敷へお越し下さいと言葉を残し屋敷へ戻っていく。


 領主家の馬車が庶民地のベルガー宅の前に止まった事に気づかない者は居なかったろう。

 近所のおばちゃん達は早速とナシルへと説明を求めてきた。

 彼らがグリフォンを討伐した事は既に知られた事実。

 ベルガーはならばと領主様から恩賞を貰ったぞと、周囲の視線を集めるほどの大声を出す。

 ナシルや息子達はえっとベルガーを見れば、彼は言葉を続ける。

 

「この金で宴をするぞ! 参加する奴は来やがれ! 今日は誰でも飲み食いできるからな!」


「「「おおおっ!!!」」」


 ベルガーは自身の財布として使っている麻袋を使い、金はここだと周囲に見せつけるようにかかげる。

 その言葉に窓を開け喜ぶ若者、庭先で石遊びをしていた子供たち、何をすることも無くほげーっとしていた爺さん達ですら両手を上げてガッツポーズ。

 善は急げと迅速に用意される宴の準備。

 金銭その物をばら撒く事はせず、家族内で金を隠すでもなく、庶民地で住む皆と楽しく金を使う選択をしたベルガーの周囲の評価は鯉の滝登りの様に上がったそうな。

 その時は父の発言に呆れた家族だったが、宴が始まればこれで良かったかなとそう思える一夜を過ごしたそうだ。


 後日談……。


「「「「……」」」」


「ういっく……。もう飲めましぇ〜ん」


 酒を浴びる様に飲んでいたベルガーは次の日の昼が過ぎても寝ていたそうな。

 また彼を除いて四人が座るテーブルの前に置かれた報奨金が入っていた麻袋の中身は、金貨二枚と銅貨一枚だけが顔を出していた。

 そりゃ三百人近く集まった宴。

 彼らが貰った金は、酒と飯代だけで金は湯水のごとく消えてしまったようだ。

 おまけにベルガーの三連休の最終日は、ナシルがこれ以上金を使いたくないと断言し、外出もせずに家の中で過ごしたそうだ……。

 まぁ、貰った金は無くなってしまったが、武具は手元に残ったのだから良かったのではと母親を宥める息子たちであった。

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