第222話 父と母の日 前半

「ナシルー! 俺の帽子どこに置いた?」


「玄関に置いてますよ」


 とある家の中。

 その家の主であるベルガーは、外に声が聞こえる程の声を出し妻のナシルを呼ぶ。

 彼女もそれが日常と声を荒らげることもなく、ベルガーの求む答えを返す。

 彼が言われた通り玄関の方へと進めば、息子が探していた彼の帽子を手渡す。


「ほらよ、親父」


「おっ、すまんな」


「ったく。今日出かける事は前の日から分かってたんだからよ。自分の使う物くらい自身で用意しとけよな」


「ハッハハハ! いや〜、今日の休みの為に、昨日はギリギリまで門の方で引き継ぎしてたからな。結局帰ったときは母さんが一通り用意してくれてたんだよ」


 今日は家族で食事をしようと、ベルガーもリックもいつもの庶民服ではなく、継ぎ接ぎのない新品の服に身を決めている。

 勿論彼らだけではなく、他の家族も。

 

「それで昨日はあんなに夜遅くに帰ってきたんですね」


 次男であるリッケは自身が寝床に付いた時間に、父が帰ってきたことを話す。


「ああ。武道大会の時は色々あってな。結局休みもズレズレでやっとまとまった休みが取れたんだ」


「まとまった休みと言っても三日間だけだろ?」


「莫迦、俺がその三日間の休みを取るのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ!? いいかリック、門長となれば色々な問題に立ち会うことになる。責任者たる者は自身の休みよりも部下を優先に休みを入れなければならん。そうしないと部下という者は上を敬う事を忘れてしまうからな」


「はぁ……父さんの仕事熱心な事は分かりますけど……」


「自分の休暇潰して嫁にドヤされる姿を見る息子達からは、敬れるかは疑問になるよな」


「父さん、夫婦喧嘩も抑えて下さいよ。この間みたいに寝起き早々と回復使うのも疲れますから」


「うぐっ」


 家族の為と働く父であっても、家族サービスを蔑ろにしては嫁から怒られ、子供たちからの信頼を減らしてはやるせないだろう。


 男三人、家の奥の寝室にて二人の女性を待つ。

 彼女達は数日前にビンゴゲームの景品として貰った鏡を前に自身の姿を写し、身だしなみを確認。

 

「んー。変じゃないわよね?」


「あら、私は何処かのお姫様が立ってるのかと思ったわよ」


 娘のリッコの肩にそっと手を乗せ、優しい笑みを鏡に写す母のナシル。


「もー、お母さん茶化さないでよ!」


「あらあら。でも母さんは貴女の事をそう思ってるのよ」


「うっ、うー。恥ずかしいから外ではそんな事言わないでよね。それよりもお母さん、その服どう? 気に入ってくれた?」


 年頃の女の子でも褒められる事が恥ずかしかったのか、彼女は頬を薄く染める。

 自身のテレる姿など恥ずかしいだけと、彼女は母の服装に話題を変える。

 ナシルの着ている服は、以前ミツ達と共に行ったディオンアコーの街で買った染服だ。

 ミツのアドバイスにて母や父へと日頃の恩返しと服を兄妹でプレゼントしている。

 いい服を選んだだけに今着ている服を日曜的に使うのは勿体無いが、特別な日に使う物ならと、いつも着ている服の10倍はある服をプレゼント。

 最初はリッコは自身と母の分だけ服を買う予定であったが、折角だからと父や二人の兄の分も買っていたようだ。


「ええ、勿論。あなた達三人が選んでくれた服ですもの。とっても気に入ったわよ。ありがとうね、リッコ」


「う、うん。えへへ」


 そんなやり取りをしていると痺れを切らしたのか、玄関の方からリックの声が聞こえる。

 早く行こうぜと五月蝿い程の声だが、リッコもそれと同じぐらいの声量にて言葉を返している。

 親が親なら子も子である。


 家を出た後近所の奥さん達に声をかけられるナシル。

 庶民地に住む者たちは着飾った服を着ることは殆ど無い為、彼女達の姿が目立つのだろう。

 特に息子と娘の三人の服装は父と母と遜色無い染服。

 更には彼らも年頃の男の子と女の子である。

 正直親の遺伝を強く引き継いだ三人は周囲から噂になるほどの美形兄妹だ。

 そんな彼らがビシッと服を決めれば、母親と変わらぬ女性からでも少し頬を染められる事も仕方ないだろうか?

 近所付き合いの良い近くに住むおばさんがそんな彼らに声をかけてきた。


「おや! リック達も随分とめかしこんだ格好をしてるじゃないか。何処かの貴族様と会いにでもいくのかい?」


「ええ? おばちゃん、違う違う。今から飯を食いに行くだけだぜ」


「リック、せめて食事と言いましょうよ……」


「はっ? 結局は飯だろ?」


「いや、確かに意味は一緒ですが」


「ハッハハハ! そうかいそうかい。 なら腹いっぱい食ってきな! そんな服を着てるんだ、滅多に食べれる物でもないんだろう」


「おう!」


 と、こんな感じにいくらめかしこんでも口を開けばいつものリックである。

 

 彼らの目的は貴族街の中にあるお店の一つ。

 以前五人でフロールス家へと向かう際、貴族街を歩いて見つけたレストランである。

 庶民地にある様な定食屋レベルではなく、日本で言うミシュランが星をつける程の高級料理店だ。

 普通なら一見さんお断りであり、庶民の人は入る事も拒まれるその店。

 なんせ出される料理の金額も金額。

 庶民地に住む人が一生行く事もない店なのかもしれない。

 その前に、貴族街に入る際は領主の許可が居る。高級料理の他にも、高額な品々を扱うその場に悪意ある者が入る事を警戒してである。

 通行許可書に関しては前もってミツを通して受け取っていたリッコ。

 ベルガーは娘からそれを受け取り、門番へと渡す。


「あれ? ベルガーさん?」


「おう、お疲れ」


 東門の門長をしているベルガーを知っていたのか、貴族街の前にある門番は声をかける。


「ベルガーさんが貴族街に行くんですか?」


「おいおい、俺が中に入っちゃ駄目なのかよ」


「い、いえ。そう言う意味では。はい、確かに。ご苦労様です!」


 通行許可書に目を通した門番はそれをベルガーへと返す際、ビシッと敬礼をする。

 その返しにベルガーはひらひらと手を振り止めさせた。


「今の俺は休みだ。家族の前ではかたっ苦しいのは止めてくれよ」


「そうですか……。すみません」


 話を切り上げ、どうぞどうぞと門番は家族を中へと招き入れる。

 近くには貴族街内を走る馬車の停留所があるが、それを使うのは勿体無いと彼らは店まで歩く事にした。

 父と門番のやり取りを見ていた息子達。

 彼らは目をぱちくりとさせ父を見る。


「「……」」


「んっ? な、何だよ?」


「いや、親父って本当に門長として見られてるんだなと思ってな。なあ、リッケ」


「ええ……。家では話は聞きますが、本当だったとは」


「お、お前らな……」


「「フフフッ」」


 二人の言葉にがっくりと肩を落とすベルガー。

 そんな会話に母と娘の笑い声が聞こえる。


 目的の店の途中で見つけた魔導具店。

 貴族街であっても衣服だけではなく、こう言うお店もあるんだなとリッコは魔導具店のショーウィンドウを覗き込む。

 

「んー」


「リッコ、どうしました? ……ああ、魔石ですか?」


 一緒に覗き込むリッケ。

 彼女が見るのは並べられた魔石の数々、または杖や魔導具と店のオススメ品だ。

 

「うん、私とミーシャは依頼の報酬は魔石を買おうって決めてたんだけど、やっぱりこれくらいの大きさだとそこそこの金額はするなと思ってね」


 リッコが見ていたのはピンポン玉程の大きさの魔石。

 金額としては安めの金貨三枚。

 ミツから以前射的屋の景品としてもらった杖と魔石と変わらない金額だ。

 しかしそれは杖込みの金額。

 目の前の魔石は単体でまだこれから加工代が加算される。

 大体金貨五枚くらいだろうか。

 それでもその小さな魔石に金貨を払う事に、自身の命を預けるのだから高くもない買い物でもある。

 だが、そう思う者は後衛の魔術士だけだ。

 前衛であり、チーム内のガードのリックには頬を引く金額であったろう。


「んー。げっ、高っ! この大きさでかよ!? 魔術士ってホント金食い職だよな……」


 ミツの幸運の恩恵もあった今の彼らの懐は、同じランクの冒険者として比べたら大きく違う。

 それでも守銭を忘れない彼らは親の教育が良かったのか、それとも彼ら自身、金の大切さを染み染みと理解しているからだろうか。

 金銭感覚は未だ庶民的なリックだからこそ、金貨三枚でそのリアクションが取れるのだろう。


「これならやっぱり魔石はミツが戻ってきてからで良いかな」


「んっ? 何でそこでミツの名前が出るんだ?」


「うん、前にミツが言ってたのよね。もし、私が今使っている魔石より大きいのが欲しくなったら言ってって。私もどうしてってその時に聞いたら、魔石を売ってくれる商人を紹介できるかもしれないってね。あの時はまだミノタウロスの報酬も貰ってなかったから魔石は庶民街で買い直せばと思ってたんだけど……」


「あー、なるほどな」


「二人とも、話は結構ですけど、急がないと」


「おっと、そうだった。ほら、魔石の件はミツが帰ってからにするとして、もう行こうぜ」


「うん」


 少し寄り道をしつつ、五人は目的のお店に到着。

 ベルガーが店の扉を開ければチリンチリンと扉に付けられた鈴がなる。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると接客の為とメートル・ドルテ(給仕長)が近づく。

 彼はベルガーの身なりを確認後、後に入ってきたナシルと息子達を見る。

 服を見る限りでは入ってきた者は貴族ではない事を確認すると、彼は訝しげにベルガーへと言葉をかける。


「恐れ入りますお客様。本日は当店のご予約はございますでしょうか? 大変申し上げにくい事なのですが、当店は完全予約制のお店となりますので……」


「えっ? 予約……」


 ベルガーは給仕長の言葉に軽く眉尻を上げ、横に並ぶナシルを見る。

 彼女も知らなかった事なのか、同じようなリアクションをとっていた。

 給仕長の彼はたまにこう言う客が来る事を経験したことがあるので対応は慣れたもの。

 下手に追い返しては店の評判を落としかねない。ならば料理のレベルは下がるが目の前の彼らの様に身だしなみがしっかりとしていれば受け入れる店もある事を教えるのだ。

 彼が店を紹介しようと言葉を続けようとすると、リッコが二人の前に立つ。

 

「予約はしてます。と言うか紹介できました」


「紹介? 失礼ですがお名前をよろしいでしょうか」


「はい。領主婦人、エマンダ・フロールス様です。こちらをこのお店に渡すだけで良いと言われまして」


「!? は、拝見いたします……」


 給仕長は思わぬ紹介者の知人と知らされ少し焦る。

 彼女から受け取った手紙には間違いなくフロールス家領主婦人のサインと言葉が添えられていた。

 確かに今日、領主婦人からの予約が入っていたのだ。

 しかし、その予約には彼は本人や知人や家族が来ると思っていた。

 手紙には本日の来訪は自身は来れない事、だがこの手紙を渡した者に対しては、最上の接客をして欲しい旨が書かれている。

 給仕長は丁寧に手紙を預かり、ベルガー達へと深々と頭を下げる。


「大変失礼いたしました。こちらの不手際、先ずはお詫びいたします。改めて、いらっしゃいませお客様。お席の方へとご案内させて頂きます」


「ああ……。あの手紙って、領主婦人様からの手紙だったのか……」


「何を書かれていたのでしょうか……」


 そんな言葉を交わしつつ案内される席へ。

 給仕長の後ろを付いて歩くベルガー達を、既に店内に入っていた人々の視線が向く。

 五人が案内されたのはその店で一番の席だ。

 大きな個室であり、大きな円卓、既にテーブルクロスの上にはコップや食器が並べられている。


「「……」」


「どうぞ奥様」


「お、奥様!? は、はい……」


 テーブルの椅子をひかれたナシル。

 彼女は今まで受けたこともない接客にたじろぎながらも椅子へと座る。

 それは彼女だけではなく、他の家族も同様に。


「それでは本日のご料理をお運びいたします前に、旦那様と奥様は食前酒など如何でしょうか?」


「あ、ああ。貰おうかな。な、ナシルもどうだ?」


「頂きますわ……」


「かしこまりました」


 少し返答に緊張するベルガーとナシル。

 給仕長は少し場を離れると静かに閉められる扉。

 部屋の中が家族だけとなった瞬間、親の二人は子供たちへと言葉をかけた。


「おい、リッコ、これはどう言うことだ!?」


「そ、そうよ。こんなお店なんてお母さん聞いてなかったわよ!?」


「んー。ホント、驚きよね」


「なっ!? リッコ、驚くならもう少し驚いた反応を見せるもんじゃ無いのか……」


「えっ?」


「父さん、リッコは本当に驚いてると思いますよ。僕もこんな豪華な部屋で食事をするとは思ってもいませんでしたから。あっ、リック、あれって本物のよろいですかね?」


「ああ、流石に偽物ってことはないだろうな。親父もお袋も落ち着けよ。別に俺達がここに来て悪いことなんてねえんだからよ。それにリッコとリッケの二人が親父たちから落ち着いて見えるのはこれ以上の驚きを今まで見てきたせいでもあるんじゃねえか?」


「リック、俺から見たらお前も随分と落ち着いて見えるぞ……」


「いつの間に私達の子はこんなにも図太くなったのかしら……」


 息子達の反応に呆れる二人。

 確かに彼らの仲間の少年を思い出せば、息子達の驚きに対する免疫があるのも納得してしまうのもある。

 と言うか、先日自身たちも見た光景を毎度見せられていると思えば、確かにこれくらいなんて事も無いと思うかもしれない。


 時間もおかず、扉をノックする音が聞こえる。

 ベルガーが入室を許可すれば先程の給仕長と数名のウエイター、そして楽器をもった女性が入ってくる。

 夫婦の二人にお酒が振る舞われる中、部屋の中に先程部屋に入ってきた女性の演奏が流れ出す。

 高級料理店となれば、個室にて楽器の演奏が奏でられるのだろう。

 その演奏に驚きつつも、彼らの前に食事が運ばれ始めた。

 目の前に出されたのは先ずはスープ。

 香ばしい匂いに彼らの喉がなる。

 ズズッと少々耳障りな音が聞こえるが、演奏の音にそれは消され気にするほどでもない。

  

「おお、美味い! 流石高級店となればスープも格別に美味いな」


「ええ、本当に。あら? 三人ともどうしたの?」


「「「……」」」


 二人はスープを幾度も口に運ぶ程に味に絶賛している中、リック達は手を止めスープをじっと見つめるだけ。


「おいおい、いくら美味すぎる物を口にしたからって黙る事はねえだろう」


「あ、ああ。親父たちの言う通り確かに美味いな……」


「はい、美味しいですね」


「……うん」


 ベルガーの声に三人は顔を向かい合わせ、スープを口に運び出す。

 三人の口からも美味いと言う言葉に安堵する給仕長。

 彼はスープの説明を入れつつ、タイミングを見ては次の料理を用意させる。

 その後次々と料理は出され、デザートとお茶を最後と給仕長と演奏していた女性は部屋を出る。


「ふー。食った食った。流石どれも出される物は最高だったな」


「ええ、メインに使われたミノタウロスの肉は絶品だったわ」


「おお、ナシルもそれか。実は俺もあれが一番美味いと思ってな! 一口食った瞬間、マジで美味いって叫びたくなったぜ」


「あら、あなたも冒険者時代には食べていたのでは?」


「まー、食ってはいたが、俺が味付けは岩塩やカラ実しか味付けが無かったからなー。お前達はどうだった?」


 その問いにリックは口の中の味を胃に流し込むようにゴクリとコップの水を飲み干す。


「んっ? んー……。正直言うと俺はどれもかな。お袋の言うとおり確かにミノタウロスの肉は美味かったけど、また食いたいかと問われたら流石に悩むな」


 既に給仕長も部屋から退出している事に、彼は出された料理の本音を口にする。

 隣に座るリッケもデザートのパンケーキを半分近く残し、既に手を止めている。

 出された紅茶は飲み干しているが、落雁の様に砂糖をふんだんに使った菓子は彼の口には合わなかったようだ。

 と言うか彼らに出されたデザートはパンケーキではなく、砂糖でしかない。


「僕もですね。肉は柔いところもあれば固くて食べづらいところもありました。実を言うと最初に出されたスープも僕には味が薄く感じました。逆にこれは……。リック、食べます?」


「ああ、それは俺も思ったわ。最初の一口目は美味かったんだが、何だか段々と味が消えてく感じだったよな。それとそれは俺はもういらん」


「ちょっと二人とも、正直に言い過ぎよ」


「えっ……」


 息子二人の思わぬ料理に対する評価に眉尻を上げる程に驚くベルガーとナシル。

 先程食べた料理は彼らにとって味わったことの無い料理ばかり。

 だが二人の言葉通り、確かにそうねとナシルはスープの味を思い出せば、一口目の旨さは最後には無かったと思える程に薄い品物と首をかしげる。

 ミノタウロスの肉もまるで焚き火の火で焼いたように焼きムラもあった。

 ベルガーも冒険者時代は焼いた肉の内側が生であった事など日常茶飯事だったので気にもしなかったようだ。

 黙る親の二人を見ては自身の発言に場の雰囲気が悪くなったのかと言葉を足すリックとリッケ。


「いや、その、俺はこう言う店の飯よりかは、お袋の飯の方が好みだし、正直食った気がしねえな」


「そ、そうなんですよ! 僕もやっぱり母さんの料理が一番かなって。それにリックの言うとおり、確かに量も少なかったですからね」


「ああ……なるほどね。うん、私もお母さんの料理が一番だと思うわね」


 次々と自身の料理が一番と褒めてくる息子達の言葉に嬉しく思うナシル。

 どんなに高い料理を食べに来たとしても、やはり一番は母の味だと言う言葉にベルガーも嬉しく思ってしまう。


「まあ。あらやだね、この子達ったら。いつの間に親に気を使う事なんて覚えたのかしら」


「くー。あのヤンチャ坊主共がこんな事言い出すなんて。親として嬉しいじゃねえか。突然親孝行したいって新しい服だけじゃなく、こんな高級な店にまで連れて来てくれるなんてよ……。うっ……」


「ば、莫迦。泣く奴がいるかよ!?」


「「ははっ……」」


 彼らの言葉は嘘ではない。

 何だかんだと長年食べてきた母の料理が一番だろう。

 しかし、今日食べた料理に関しても嘘は言っていない。

 彼らが飲んだスープとミツが昼食で出したスープ、何方をまた食べたいかと問われたら三人は即答にミツの方を選ぶだろう。

 一口目、二口目とコップに残った最後の一滴のスープまで旨味があり、もし金を払うならば彼の方の料理に金を払うべきだと彼らは思うだろう。

 この世界のスープは正直言って薄い。

 それは塩が少ないとかそんな話ではなく、根本的にコクが無く薄いのだ。

 それは料理をすれば薪を使う庶民だけではなく、火の魔石と兼用に薪を使う料理店でも、長時間料理をすると言う考えがない。

 そう、煮込むと言う概念が無いのだ。

 野菜や肉を煮込めば旨味が出るスープができる。そうすれば彼らが先程食べた料理ももっと美味たる品になるかもしれない。

 ならばミツの料理はそんなに煮込んでいるのか?

 いや、勿論彼にそんな時間もなければ、腹をすかせた仲間たちが料理を待つ事などできない。

 そう、彼はアイテムボックスからコンソメスープの素を使っていた。

 他にもお湯で溶かすだけのインスタント等々、彼もスープに関しては手を抜いていたが味に関しては勝利をおさめていた。


 流石高級店と言うべきか、様々なサービスもあって両親は満足したようだ。

 ベルガーとナシルは早々とリッケとリッコに背中を押され店を出ていき、残ったリックが代表と金を払い店を後にした。

 ちなみにお会計は金貨30枚と彼ら五人の月の食費、数カ月分である。


 折角家族揃って貴族街に来たのだからと街を歩く事に。

 庶民街では見ないお店の数々。

 彼らの服装も街を歩けば違和感も出ない服装だが、田舎者の様にあっちこっちと視線を変えれば見る者が見れば庶民丸出しなのだろう。

 それでも愚別する視線を向けないのはこの街の領主の考えがしっかりといき通ってるからだろう。

 庶民無しで貴族は成り立たない。

 当たり前のこの言葉も理解できない貴族は居る。しかし、今その場に庶民がいる事を考えれば、何処かの貴族が許可書を発行したと考えられる。

 庶民がどの様にして貴族と繋がったのかは分からないだろうが、下手な事をすれば自身の安息が壊れてしまうかもしれない。

 それを避けるには、関わらない事が一番なのだから。

 

 ベルガー達は周囲の視線を受けつつも、家族水入らずと街を楽しんでいた。

 だが、安息も希にトラブルも入って来てしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る