第220話 力

 ディオの剣先を指先のみで受け止めたミツ。

 本当は真剣白刃取りでディオの水晶剣を受け止めても良かったのだが、今の彼の力はガランド以上。

 下手に挟んだり弾いたりすれば水晶剣どころか、ディオの腕を引き千切るような勢いが彼を襲ってしまう。

 彼の治療魔法を使えばそんな事になったディオの腕など治せるだろうが、態々そんなグロテスクなシーンを見せる必要も痛みも与える必要もない。

 咄嗟とは言えミツの行動は剣を振り落としたディオだけではなく、観戦する人々にも驚きを与える。

 いや、彼に対する驚きはそんな大道芸の様なパフォーマンスに対してでは無く、ミツの容姿と言葉にできない圧倒的な威圧感から来たものである。


「ちっ!」


 ディオは額に汗をかきつつ、止められた剣を引き抜く。

 地面に着地したディオは顔を上げ、空中に浮かび、翼を羽ばたかせるミツを見ては悪態を吐く。


「人族だと思ったら違ったのか!? おい! おっさん、あれはあんたと同じ魔族組だろう! 何で言わなかった!」


「……」


「ちっ! だんまりを決め込む場かよ」


 ディオの叫ぶ様に問い詰めに返答しないガランド。

 彼はミツの威圧感に持ちこたえつつ、眉間を寄せている。


「二人とも、流石に遊んでる場合じゃないわよ」


「ああっ!? 遊んでるのはリナ、お前えだけだ!」


「止めろ……」


「はぁ……。ディオ、話を聞いてちょうだい」


 三人はミツから視線を外すことなく、後の戦いを相談し始める。

 突然現れた四人の天使、それにミツの変化。

 数では押され、更には直接肌に感じると思える悪寒。

 自身達が単独に動いても各個撃破と確実にやられてしまう。


「ダカーポ、フィーネ、二人はリナさんを集中的に攻撃を仕掛けて。鰻は自分が止めとくから」


「「はい!」」


「フォルテとメゾはディオさんに集中。恐らくあの人、今、回復薬か何かを使ったと思う。まだ何か持ってるかもしれないから気をつけて」

 

「「はい!」」


「恐れながらマスター。あの鬼族の者はいかがなされますか? 僭越ながらディオと言う者相手ならばメゾ一人でも対処は可能。でしたら私がマスターと共に」


「なっ!? フォルテ姉様、それはズルいです!」


「メゾ、何を言うのですか。戦われる事を決めたマスターの盾となるのは私達の使命なのですよ」


「なら、私がマスターの盾となります!」


「それなら私も!」


「わ、私も……」


「はいはい、皆落ち着いて。大丈夫大丈夫。予定通り二人一組で戦ってね。自分はこの状態で分身を出せばどうなるかも検証したいから、ガランドさんは自分が相手をするよ」


「「「「はい……」」」」


(おお、露骨に落ち込んだわ)


(マスターのお気持ちは四人には伝わっております。どうかマスターはお気にせず、あなた様のお考えをお試しください) 


(ありがとう、ティシモ)


 四人の精霊は恭しく頭を下げた後、前線に出る。

 狙いは二対一の対決。

 この戦いはアベルの騎士団では検証できなかった精霊達の力を測る検証も兼ねている。

 

 ミツは〈影分身〉スキルを発動。


「「「!?」」」


 彼が分身の二人を出した瞬間、押しつぶされそうな威圧感に加え、更にのしかかる見えない重みが戦いを見る者全てを襲う。

 彼の背後、翼の影から分身の二人が姿を見せる。

 

「おっ! こりゃいきなりバトルモードですかい」


「ちゅ、注目されてます……」


「おおっ、関西タイプともじもじタイプの二人だね。後の動きは説明しなくても分かってるかな?」


「ああ、任せとき!」


「は、はい……」


「それじゃ宜しく」


 出てきた分身は説明は不要とコクリと頷きを返してくれる。

 


「ははっ……酒の飲み過ぎが祟ったか……」


「私は一滴も飲んでないわよ……」


「ぐぬぬっ……」



「それじゃワテから行かせてもらいますかね!〈幻獣召喚〉!」


「ぼ、僕も出します!〈幻獣召喚〉!」


 二人の分身が〈幻獣召喚〉を発動。

 検証の一つ、分身が同じ幻獣を召喚した時、出た召喚獣にどのような変化が起きるのか。

 闘技場の広さを考えるとヒュドラを二体出すのは難しいが、最近取得した幻獣、ツインヘッドジャーマンスネーク・亜種なら如何か?

 検証の結果は二人が幻獣召喚を発動し、同じ物を呼び出したとして同じ二体が現れる結果となった。


「なっ!? ジャーマンスネークだと!?」


「違う! 頭が二つ!? あれはジャーマンスネークの進化種、ツインヘッドジャーマンスネークじゃないのか!?」


「待て! あ、あの胴体の色彩なまだら模様……!? ま、まさか亜種か!?」


 地面に大きく現れた魔法陣から出てきたツインへッドジャーマンスネーク・亜種。

 名前が長いので今後はこれを双頭独蛇と略させて貰う。

 現れた双頭独蛇の二体に観客含め騒然とする面々。

 一体三の戦いが、いつの間にか数で負け、更には討伐ランクが高ランクの魔物まで現れた。

 万全の状態であればディオも対する事はできただろう。

 しかし今の彼は傷は治しても疲弊は隠せない程に疲れが見えている。

 更に自身に槍先を向ける二人の天使。

 内心、ディオはこう思っていた。

 これが夢なら今後酒は控えよう。

 女遊びも止めるし、ギルマスからの面倒くさい依頼も今度は喜んで受けようと。

 そんな現実逃避を考えてしまうこの光景。

 恐怖と言う物を通り越し、呆れと自身は何と戦っているのかと言う疑問に襲われていた。

 そんなどうしようもない状態だが、相手は待ってくれない。

 双頭独蛇が現れた事を確認するように、四人の天使が槍先を向け迫ってきた。

 ディオは咄嗟に剣を構え、リナは障壁を展開。

 ガランドをその場に残し、振りかぶった槍の衝撃に二人をその場から大きく後方へと後退させた。


「くっ!」


「ちっ!」


「ディオ! リナ嬢!」


「感謝しなさい。あなたの相手はマスターです」


「!?」


 フォルテの残したその言葉に、驚愕するガランドは正面に立つ三人のミツを見上げる。

 そして二体の双頭独蛇。

 三人のミツから発している圧感は半端なく、この場で気絶しないガランドの精神は凄い。

 リナを助ける為と、ダカーポとフィーネに迫るリヴァイアサンを見てはミツはスキルを発動。

 

「それじゃ自分は鰻の相手を〈双竜〉」


 ミツの〈双竜〉が発動。

 二体の水の竜が姿を表し、リヴァイアサンを取り囲む

 威嚇的な声を双竜相手に出すリヴァイアサン。

 ゲイツはミツの戦いが始まってから彼は驚いてばかりだ。

 そりゃ闘技場を見渡せば目を疑いたくなる光景が続くからだよ。

 右を見れば水の竜がリヴァイアサンが激しく絡み地面を叩く。

 左を見れば四人の天使がディオとリナと激しい攻防戦。

 魔法と剣技が炸裂。

 しかし四人の天使の攻撃が激しく、更にはいつものディオの疾風の足の速さが出せていない事に戦闘は押され気味。

 明らかに致命傷になるような攻撃は避けられてはいるが、槍のフラーで殴られる痛みは逃げ場のない激痛としてディオを苦しめる。

 幾度も殴られたことに思わず先程飲んだ回復薬を嘔吐してしまいそうになるがそこは我慢。

 リナの魔法も空中をここまで素早い動きをされては命中率は大きく落とし、これ以上大きな魔法を発動すれば側にいるディオを巻き込んでしまう。

 それが分かっているのかそれとも偶然なのか。フォルテ達はディオを気絶させる程のダメージを与えず、常に彼の側で戦いを続けていた。

 そして正面。

 二体の双頭独蛇がけしかけられたガランドが拳を振るう。

 迫る四つの口と牙を払い、カウンターを合わせるが双頭独蛇の動きが早く致命的な一撃が入らない。

 彼のスキルの効果もそう長くは持たない。

 時間制限もある為、ガランドは目の前の独蛇相手を長くしてる訳にもいかないのだ。


 冒険者ギルドのギルドマスターのエヴァは険しい視線を戦いへと向けている。

 それはシルバーの冒険者三人が一方的に押された戦いをしている事に対して?

 いや、数百年ぶりにアルミナへと昇格する冒険者の力を目のあたりにした事で?

 どちらに対しても驚きは間違いない。

 だが唯一言える事は、この場の冒険者……。

 いや、下のウッドから上のシルバーまで、国を広げて冒険者をかき集めたとしても、目の前の少年、ミツを止める事ができるであろうか。

 その時冒険者だけではなく、国の力を借りたとしても結果は変わらないだろう。

 ならば如何する?

 いや、待て!?

 私はギルドを統率する者であり、この様な弱気な考えを持つ者ではなかったはず。

 自身を押し潰してしまいそうな重圧を感じ始めた時から心まで弱気になっていた。

 エヴァはゆっくりと、少しづつ息を吸い込み吐いていく。

 気持ちを少し落ち着かせたところでもう一度考えよう。

 彼は各国に認められた者であり、それはあのヒュドラを倒した証明として鱗を見せられている為でもある。

 しかし、力は示したとしても素性も未だ未知な人物に対して、最初っから敵対する行動を取る奴は愚者でしかない。

 救いと言えば彼は正式にウッドランクからグラスランクまでを冒険者ギルドを通して信頼を獲得している。

 力押しをするならギルドなど見向きもしないだろう。

 そこだ!

 エヴァの考えとしては、目の前の強大な力を繋ぐ糸は今はそれしかない。

 その考えが走った瞬間、リナの召喚したリヴァイアサンが二体の水の竜に締め付けの攻撃に耐えきれなかったのか、ドシンッと地面に倒れる。

 パクパクと口を動かしてはいるが、ピクリとも動けない状態を見ては勝負は見えた。

 魔法や物理的ダメージが効きにくいリヴァイアサンだが、水圧が込められた締め付けには弱かったようだ。


 さらにリヴァイアサンの主であるリナとディオの戦いが決まる。

 フィーネがリナの物理障壁を砕き、ダカーポがリナへと一撃入れる。

 ガハッっと口からそんな声を漏らす彼女の意識はそこで途絶えていただろう。

 くたりと前倒れになる彼女をメゾの槍先から出した光にて彼女を包み込む。

 ディオも抵抗を繰り返すが残念ながらフォルテに傷一つ付けることはなくドスッと鈍い音を響かせ地面に倒れてしまう。

 彼もリナ同様に気を失ったのか、光に包まれ空中に浮かぶ。

 結果的には精霊の四人にダメージは入らなかった。

 リナの魔法は槍で弾くか障壁に防ぎ、魔法の大きな石の礫が飛んできたとしても彼女達は優れた動体視力にてそれを難なくと回避している。

 ディオの戦いも似たような物だった。

 恐らく幾度も彼は剣術スキルを発動したのだろう。

 だがどれもフォルテを苦戦させる程の力ではなかった。

 二人が倒れた事に周囲がざわめく。

 

 ガランドは肩で息をしながら呼吸を整える。

 明らかにおかしい。

 いや、どれがおかしいと問われたら、それは全てだ。

 まず戦うべき相手の力の差もだが、今の気がかりとなるのは目の前の二体の魔物の力。

 ガランド自身、双頭独蛇の討伐は行ったことはある。

 しかし、その時戦った独蛇との力がありすぎる。

 自身は力を底上げし、例え大岩であろうと今の状態で殴れば砕ける程の力がある。

 だと言うのに拳を入れても相手は怯む程度。

 また攻撃を防ぐと、ドシンっと体の芯に響く衝撃が意識を飛ばす。 

 朦朧とする意識を振り払うかの様に首を振るガランドは、フッとディオとリナの戦う戦闘音が止まったことに今気づいたのだろう。

 ミツの方へと視線をやれば、彼は笑みを作り、自身へと視線を戻す。

 ガランドは振り返らずともその笑みの意味を理解し、ゾクリと背筋に悪寒を感じさせる。

 

 ありえない、ありえない、ありえない!

 壁が厚すぎる。

 これがアルミナランクになるべき者の力だと言うのか!?


「くっ! うおおおぉぉぉぉ!!!」


 ガランドの咆哮に双頭独蛇が一瞬怯む。

 それがチャンスとガランドは独蛇を踏み台と空中に浮かぶミツへと大きくジャンプ。

 距離が近づく程に全身を震わせるこの感覚。

 一撃、全力の一撃、渾身の一撃、最後になるであろうこの一撃。

 ステータスを上げた力押しの跳躍力。

 高さも十分、距離も届く。


 精霊のフォルテ達は動かず、二体の双頭独蛇も動かない。

 しかし、それでもガランドの拳がミツに届くことはなかった。


 ミツの拳に肉眼でも見える赤い靄が発生。

 彼はひと呼吸を間に入れ、構えを取る。

 ミツの拳が赤く光る、迫る戦士を倒すと輝き叫ぶ。

 彼の拳にまとわりつくように付いていた赤い靄が形を作り、見る見ると獅子の姿を作り出していく。


「はっ! 獅子咆哮波!」


 ローガディア王国、獅子の牙団長、バーバリも使用していた〈獅子咆哮波〉

 獅子の形をした衝撃波が高くジャンプしたガランドを包み込む。


「見事……」


 ガランドの声は獅子咆哮波の衝撃音にかき消された。

 放出する衝撃から放り出されるガランド。

 彼の姿は元の赤鬼に戻り、上半身の鎧をボロボロに破損させている。

 地面に落ちてしまう前とメゾの槍先から光が放出。

 ディオとリナ同様にガランドも光の球体に包まれ、これにて戦いが終わった。


 分身が召喚した双頭独蛇を魔法陣へと戻し、彼らも一言二言ミツへと言葉を交わした後に影へと消える。

 そしてミツもブーストファイトを解除。

 地面にゆっくりと降りる際、真っ白になってしまった髪の毛へと〈再生〉スキルを使用し黒に戻す。

 地面に着地し、四人の精霊が気絶した三人の冒険者を連れてミツの前に頭を垂れる。


「皆、ご苦労様。怪我とかしてないかな?」


「はい、マスター。我ら姉妹、マスターから受けましたこの体、一点の傷たりとも付けておりません」


「私は保護と回りましたので。フォルテ姉様が一人でやってしまいましたわ」


「いや、メゾのその光がなければガランドさんは落下でのダメージもあったからね。動いてくれてありがとう」


「はうっ! そ、そんなマスター。その言葉だけでも私は……ぐへへ」


「ははっ……(うん、メゾの性格が段々分かってきた……)」


 もじもじと身体をくねらせるメゾへとミツは苦笑い。

 コホンと咳払いを入れ、ミツは改めて四人へと礼を告げる。

 勿論心の中では翼となったティシモにも彼女にも言葉は忘れない。

 メゾはゆっくりと三人を前に下ろし、光を解除。

 地面に下ろされるとディオはガハッっと咳き込み、ゆっくりと目を開け、リナも腹部を抑えつつ身体を起こす。


「痛ってて。あ、ああ……。終わったのか」

 

 首を動かし、ディオは思った以上に静かなこの状態に少し考えた後に戦いが終わっている事を少し遅れて理解する。


「みたいね……。まったく、化物ねあんた」


「「「「……」」」」


 未だダカーポの一撃の痛みが引いているのか、リナはその痛みに苛立ちをぶつける思いとミツへと悪態をつく。

 しかし、それは彼女達は見逃すことのできない言葉であった。

 フォルテ達四人の精霊がギロリとリナを睨みつける。

 例え容姿の美しい彼女達でもマスターであるミツに対しての暴言や悪態は見逃すことのできないことの様だ。

 リナは慌ててミツへと白旗を向ける。


「あー。いやー、参りました。君の強さに私達は完敗ね! あは、あははは……」


「ありがとうございます。皆さんの戦い、勉強になりました」


「へっ。その強さで俺らから何を学ぶんだよ。はー、疲れたぜ。ところでおっさんは大丈夫かよ?」


「……。俺はおっさんではない」


「へへっ、生きてやがったか。流石にしぶてえな」


 ディオの言葉に反論しつつ、ガランドもムクリと体を起こした。

 そのまま彼はあぐらをかき、目の前の少年へと言葉をかける。


「ふう……。ミツよ、貴殿の力に感服した。我ら三人、全力を貴殿ぶつけるもこの有り様」


「おいおい、おっさんは全力でも俺は違うぞ!?」


「何言ってるのよ! あんた、一人だけ回復薬まで使って戦ってたじゃない!」


「あ、あれは酒と間違えて飲んだだけだ!」


「何処の莫迦が酒瓶と薬瓶間違えるってのよ!?」


「ここにいるよ!」


「ははっ……」


「チっ。取り敢えず後輩、後で参加費と別に俺達の治療費もよこせよな! ピンはねなんかすんじゃねえぞ。男は黙ってニコニコ金貨払いだからな」


「ああ、そう言えば治療費も挑戦者側の支払いでしたね。でもすみませんがそこは無しでお願いします。こちらで治しますので。皆、お願いするね」


「「「「はい」」」」


 フォルテ達は槍先をディオ達へと向ける。

 一瞬何をされるかと警戒する彼らだが、治すという言葉に疑問符を浮かべる。

 フォルテ達の槍先から暖かな光が放出。

 ディオの青あざができていた腕や身体を綺麗に治し、リナの腹部の痛みを消す。

 特に傷が酷かったガランドだが、二人がかりと光を受けたことに彼の傷も元の通り治している。


「「はあっ!?」」


「!?」


 自身の傷があっという間に治されたことに驚く面々。


「それではマスター。我らはこれにて」


「うん、また呼ばせてもらうね」


 そのことばにあわせ、ミツの背中の翼が消え、翼となったティシモが姿を見せる。

 彼女も姉妹同様にミツの前に並び頭を垂れ、声を合わせる。


「「「「「我らはマスターの為に」」」」」


 精霊達は光となりミツの体の中へと消えていく。

 皆が注目する中、二人の人物が闘技場の四人へと近づく。

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