第219話 ガランド、リナ、ディオの底力。

 闘技場で行われているミツのアルミナランク昇格試験。

 その中、シルバーランク冒険者三人との勝負が決定した。

 その試合を観戦する者たちの大半は最初こう思っただろう。

 新参者のシルバーの力量を見せる機会であり、現役であるシルバーランク冒険者三人の力を見せる見世物だと。

 しかし、箱を開ければそれは違った。

 それは子供が見ても分かる程の戦いの凄さ。

 三対一の戦いだと言うのに、押されているのは現役シルバーであるガランド、ディオ、リナの三人。

 駆け出したディオの攻撃を受け流すミツ。

 その戦いは、ミツに苦悶の一文字も見られない。

 大人が子供相手とまるで手加減している事も感じてしまう一方的な戦い。

 疾風の二つ名を持つディオが爆風の中から出てきた時は、血を流す程にボロボロの姿。

 そして、ガランドはリナに協力して戦う事を強く促す。

 その言葉を聞く者全てが驚愕しただろう。

 先程グラスランクからシルバーになりたての新人相手に、ベテランの二人が協力しての相手。

 シルバー同士で組む事は珍しくもないが、それは相手を選んでのこと。

 しかし、やり過ぎだろうと言う言葉は誰も出さない。

 何故なら二人の後方には、今はなんとか立ち上がってはいるが、ボロボロのディオの姿が嫌でも目に入ってしまうからだ。

 だからこそ、ガランドは相手を侮ることは打ち捨て、全力を出さなければ勝てない相手だと認識してしまっているから。

 そうだ、考えれば彼はシルバー同士の模擬戦を挑んだわけではない。

 自身の上、シルバーではなく、伝説のアルミナランクに昇格する為に我々の前に立つ者であると。

 ならばガランドは握る。

 己の武器を、気持ちを、信念を。

 リナもガランドの強さを十分ほど理解している。

 そのガランドが力を貸せと叫んだ。

 その言葉を受け、リナは嫌悪感などくだらない感情ではなく、ガランド同様にミツに対してモンスターを倒す以上の警戒心を底上げする。

 

「ええ、ガランドさん、喜んでサポートするわよ。でもね、後で貰う報酬はちゃんと山分けにしてよ」


「フンッ! 良かろう!」


 苦笑を浮かべつつも後の事をしっかりと言葉として残すリナの守銭奴ぶりに、思わずガランドの頬が上がる。

 

 二人が共闘を決めるその間と、ミツはユイシスと次の作戦を決めていた。


(ユイシス、予定通り魔剣の力は使わせる事ができたよ。取り敢えずこれで大丈夫かな?)


《はい。対象者、ディオメデスが所持する魔剣・水晶剣。この中に貯められていた力は戦いにはとても足を引っ張られる物となります。戦いの最後に使用されますと、ミツがダメージを受ける可能性がありましたので早期使用を遂行させる事が善と判断しました》


(うん、ディオさんが予定通り動いてくれたから思わず表情を崩しちゃったよ。それで、次はどう動こうか?)


《対象者、ガランドの力はミツが以前戦いましたバーバリと同等の力を保持しております。戦闘は以前ミツが〈ブーストファイト〉を使用しましたが、今回は使用しない状態でも戦うことは可能です。ですが、ガランドが所持するスキルが発動した場合は別となります》


(スキル? ガランドさんの持つそのスキルって何?)


《はい、ガランドが持つスキル〈フォームチェンジ〉このスキルは自身の見た目を変え、力を大きく増幅させる効果を持ちます。使用後は数日と戦闘に支障を及ぼすスキルですが、自身のステータスを最大三倍まで上昇させます》


(えっ!? 三倍!?)


 ステータスの三倍。

 三倍となれば流石のミツもゼクスと模擬戦をした時のようにガランド相手に苦戦してしまうだろう。

 ガランドのステータスは主にパワータイプと言える程にその数値を表示していた。

 唯一ガランドは鬼族なので、ライム同様に魔力は殆ど無い。

 だが、ガランドの戦闘スタイルに魔力が無くて困ることはない。

 寧ろ気をつけるべきはガランドのステータス、鑑定して分かっては居たが攻撃力700と防御600のこの二つが三倍となった事だ。

 両方共にミツのステータス、攻撃力1418+(315)と、防御力1425+(250)を頭一つ超えてしまっている。

 ミツはそんなスキルもあるのかと、内心そのスキルが欲しいと言う欲が出てしまう程にフォームチェンジのスキルは魅力的な効果である。


(因みに、その戦闘に支障ってどれくらいのレベルなの?)


《スキル使用時が三倍になった後、その効果が切れるとステータスは通常の三分の一まで減少します。その持続は十日間続きます》


(三分の一が十日間も……。それは確かにデメリットが大きいね……。流石にガランドさんもこんな試合にそのスキルを使う事もないと思うけど……)


「冒険者のミツよ、よく聞け! 先程の言葉通り、今こそ俺の力を見せてやろう!〈フォームチェンジ〉!」


(……)

《……》


 ガランドは高らかと声を上げる。

 するとガランドの肌色に変化が起きる。

 日焼けしたのかそれともお酒を飲んだと例えたほうが分かりやすい赤かった肌が、じわじわと色を変えている。

 顔から胴体、そして足と色が赤から青へと変貌した。


(うわっ、出しよったよあの鬼の人! しかも赤鬼から青鬼に見た目の色も変わってるし!?)


《落ち着いてくださいミツ。まだ対象者、ガランドには秘めた力があります。その力を開放しなければ、何も問題もありません》


(そ、そうなんだ。それで、その秘めた力とは?)


《はい。ガランドの所持しますスキルの中に〈多段金剛力〉と言うものが……》


「姿が変わってそれで終わったと思うなかれ! これが本当の力! 〈多段金剛力〉!」


(……)

《……》


 スキルを重ねがけするガランド。

 彼の筋肉全てがドクンドクンと大きく動く。

 すると元からムキムキだった二の腕は更に大きく膨らみ、浮き出た血管に彼の血がドクッドクッと脈打ち大きく動く。


(えーっと……。ユイシス、気のせいかな……。今、ガランドさんを鑑定したら攻撃力が3000超えてるんだけど……)


《はい。対象者、ガランドの使用しました〈多段金剛力〉こちらの効果は自身の攻撃力を大幅にあげる効果があります。ですがこちらのスキル、デメリットがあります。スキルを発動しますと、自身のステータス項目の一つを十分の一まで下げてしまいます。今回ガランドが力を得た代わりと、運の数値を落としました》


(あっ、本当だ。攻撃力の数値に目を奪われてたけど、運の数値が10にまで落ちてる……。って、運かよ!)


《はい。これが防御力ならば相手の攻撃にミツがカウンターを合わせるだけで済む話ですが、残念ながらガランドの運は一般レベルと落ちた程度になりました》


(えーっと、ユイシスさんや、その下がるステータス項目ってHPやMPは含まれるの?)


《いえ、下がるステータスは攻撃力、守備力、魔力、素早さ、運の五つからランダムとなります。また、魔力値が下がったとしてもMP量は持続し減少することはありません》


(あー……なるほどね。周りの歓声を聞く限りじゃ、ガランドさんの強さは期待されてるみたいだね)


 耳をすまさなくても聞こえる周囲の歓声。

 ガランドの見せたその力は、国を救う為と厄災を幾度も振り払ってきた事だろうか。

 噂に尾ひれも付いているだろうが、ミツが今のガランド相手に手を抜くと言う考えは無い。

 確かに洞窟で倒したヒュドラと比べたら、自身のステータスを底上げしたガランドも脅威と言えるだろうが、大きさと持続する力は直ぐに差が見えてくるだろう。

 それでもゲームの中で対人戦とモンスターとの戦いが同じかと言われたら全然別物だ。

 ミツは息を整え身構える。


「ほう。この姿を前に怖気づくどころか拳を向けるか……。良かろう! その意気込みはよし!」


「はっ!」


 互いに駆け出すミツとガランド。

 駆け出す勢いをそのままと、ガランドの顔面にミツの拳が叩き込まれる。

 バチンッと肌に打つかる音はするが、その攻撃を右手にて受け止めるガランド。

 受け止められた右腕の衝撃がミツの腕にも伝わり、彼の表情から笑みが消えている。

 肉弾線の攻防は激しく、互いの一撃一撃が重い。

 ガランドの手に持つ棍棒がミツの胴体へと素早く振られる。

 これを避けるではなく、ミツはディオの時同様に拳を当て起動を変えている。

 バキッ、ガンッ、スパンッ!

 近接戦としては凄まじい戦い。

 リナはガランドのサポートと回ったのか、ガランドへと障壁などの自身が使えるバフスキルを使っていく。

 更にミツにはデバフを発動。

 デバフと言ってもリナは攻撃専門の魔法職。

 大魔導士とは言えデバフのレベルも低く、例えば先程戦いの中、リナはミツへと〈バインド〉を発動。

 少しでも動きを止めることができたなら、ガランドの一撃が彼に入っただろう。

 だがミツは飛んできたバインドに対して指先を向け〈ライトニング〉を発動。

 雷が落ちたような音と光がバインドを燃やしてしまう。

 幾度もリナはミツに対してデバフを発動するがどれも不発の連発。

 寧ろガランドの攻撃を捌きつつ、更にはリナの対応もしているミツにはまだ余裕が見えてしまう程だ。

 ガランドの一撃が地面を叩きつける。

 その場だけ地震が起きた様に観客が少し足を崩す。


「リナ嬢! 攻撃にまわれ!」


「……フッ。私の攻撃でガランドさんが怪我しても治療費は出さないわよ!」


「笑止!」


《ミツ、来ます》


(了解!)


 ガランドの呼び声にリナが本気を出す。

 スイカネットに入った巨大な魔石が輝きを増す。


「来たれ来たれ、我が呼び声にかの者を葬りし力を!」


(えっ? 何か今、葬るとか物騒な単語が聞こえたような……)


「いでよ、リヴァイアサン!」


 リナの魔石から大量の水が溢れる。

 そしてその水はミツの足首まで浸す程にザバザバと水が増える。 

 リナの後方に光る魔法陣が発動。

 グキャーと耳を塞ぎたくなる生き物の声が聞こえると、その魔法陣の中から彼女の召喚獣、リヴァイアサンが姿を見せる。

 

(おー! 来た来た来たー! ゲームやファンタジーお馴染みの水の龍、リヴァイアサンだよ! まぁ……。 見た目はねっ……自分が思ってる奴とはちょっと違ったけど)


 リヴァイアサンと言われ皆はどの様な姿を想像するだろうか。

 長い髭を付け、蛇のように長い胴体、そして美しい色合いの色を想像するだろうか。

 ミツの場合がそれだ。

 しかし、魔法陣から顔を出した時点で彼は別の生き物を思い浮かんでいた。

 大きな姿、長い胴体。うん、ここまでは同じだ。

 だが胴体の配色が違った。

 周りは黒を薄くした色合いに、内側が白。

 くりっとした目にうねうねと動くその姿は、胴体に必要なのかヒレを付けている。

 そう、あれは夏の丑の日に良く食べられている生き物。


「鰻だ……」


「「「うおっおおおお!!!」」」


「大魔導士、リナ様のリヴァイアサンだ!」


「凄え! 俺初めてみたぜ!」


「見た目以上に、何て凶悪な奴を手懐けてやがるんだ!」


「えっ? あれが、リヴァイアサン? えっ? き、凶悪? えっ……? ええ……」

 

 ミツは観客の声に合わせ二度三度と鰻……ではなく、リヴァイアサンを見る。

 そんなミツの反応を見て勘違いしたのか、リナはくすりとほくそ笑み口を開く。


「フフッ。驚きすぎて動けないみたいね。まぁ、それも仕方ないわ。その反応だと召喚獣なんて見た事無いみたいだから教えてあげる。この子はね、普通の攻撃は全く効かないわ。この子に纏わり付くネバネバとした体液が全ての攻撃を無効化するの。勿論魔法も効きにくいから、さっき君が出した魔法程度じゃ、焦げの一つも付かないわよ」


「ベタベタの体液……。さらに鰻じゃん……」


 リヴァイアサンはリナから戦うべき相手がミツだと命令を受けたのか、彼の方を見る。 

 戦う相手が余りにも小さく、また自身をみて動きを止めたことにリヴァイアサンは鰻の様な顔をしていても頬をつり上げケハケハと声を出している。

 そう、明らかにミツを見てはリヴァイアサンは彼を小馬鹿にしたのだ。

 その態度に、ミツは少しだけイラっとした気分になる。


(あっ? 何だこの鰻、蒲焼きにしてやろうか)


 リヴァイアサンの召喚に、観客全ての視線はリナへと向けられる。

 鳥型魔導具の視線も半数はリナとリヴァイアサン、そして対するミツを映していた。

 映像を見ているものの中にはリナ推しの貴族も居るのだろう。

 リヴァイアサンの召喚に勝ったと内心握りこぶしを作っていた。

 レオニスもリナのリヴァイアサンは知っていたか、頬を上げ彼女の本気を確信していた。

 ミツのリアクションも別の意味で驚きの表情を作っていたこともあり、見掛け倒しの魔法、若しくはやはり愚弟であるアベルの報告は偽報だろうと疑いを深める。

 そんな事を考え、チラリとアベルの方を見れば彼はなんてことも無いすまし顔。

 いや、アベルのポーカーフェイスを数年見ていたレオニスはその表情の内側でアベルの感情を読み取ったのだ。


(笑っている……)


 そう、アベルは一見無表情のすまし顔に見えるが、彼が瞬きをする時、ほんの僅か頬が上がった事をレオニスは見過ごさなかった。

 そんなまさか、そう思いつつレオニスは鳥型魔導具が映す画面へと視線を戻す。


 リナばかりに視線を奪われてはいけない。

 それはもう一人、特にミツが対する相手として注意すべき相手のガランドが動き出した。


「うぉおおおお!! 怒鬼・怨双々忌!」


 自身の身体能力を過剰に上昇させたガランドは高らかな雄叫びを上げた後、新たなスキルを発動。

 フォームチェンジを使用した為に、今では赤鬼から青鬼へと姿を変えたガランドに新たな変化を起こす。

 ぐぐっと体に力を入れたと思いきや、ガランドの腕が脇と背中からズボッと生えて来たのだ。

 その腕は元々あったかのように筋肉は張りのある状態。

 ポキポキと指を鳴らす音を鳴らし、脇から出た腕は腕組みをする。

 背中の腕もマッスルなポーズを決め、固く拳を作る。

 二人は準備ができたと戦いの構えを取る。

 対するミツもこのままでは確実に負けが見えてしまうので、周囲に影響が出ない程度に力を見せる事にする。


「行きなさい!」


 リナが掌を前に差し出せばリヴァイアサンが動き出す。

 見た目は鰻だが、口を開けばウツボの様にギザギザの歯がミツを襲う。

 リヴァイアサンが口を閉じれば、ガキンっとまるで金属同士をぶつけたような音が響く。

 それを避けるも、追撃とガランドの攻撃。

 六本となった腕、一つ一つの攻撃は重く、攻撃を流すもその衝撃を全て受け殺すことはできなかった。

 ミツの腹部にガランドの一撃が入る。

 勢いそのままと上空に吹き飛ばされるミツに観客が沸く。

 

 上空に吹き飛ばされたミツに更に追撃が向かう。

 リナの魔法〈クリスタルダイヤモンド〉〈アイスジャベリン〉の二つが迫る。

 空中に投げ出された者に避ける手段などない。

 誰もがそう思っただろう。

 だが彼は違った。

 迫る雪と氷の白い冷たさではなく、暖かな光がミツを包み込む。

 瞬間、彼を守る様に五つの光が現れ、バサバサと鳥の羽の羽ばたく音、一人は彼を抱え、そして四人の女性は槍先を襲いかかってきた氷雪に向け、光壁にてその攻撃を防ぐ。

 

「「「!?」」」


「何だあれは!?」


 誰かが発したその言葉は、皆が思っただろう。

 天使と見間違えるその美しき五人の精霊。

 ミツを抱えた次女のティシモは、ピンクの髪をふわりと優しくなびかせた後、彼の背中に吸い込まれる様に消えていく。

 代わりとミツの背中にバサリと生える翼に全員が驚きの表情。

 鳥型魔導具からの映像にも、その光景は映し出されている。

 またルリがフォルテ達を見ては席を立ち、深々と祈りを送り始める。

 彼女と共に祈りを送るシスターや、王宮神殿騎士の者達。

 レオニスは精霊のフォルテ達が現れてからは口を開きっぱ。

 あ、あ、あっと、言葉にならない声が口から漏れている。

 アベルは自身の騎士団の一部がミツが召喚した精霊達、正確にはダカーポとフィーネの二人だけに壊滅状態に追い込まれたことを思い出したのか、苦い記憶と軽く奥歯を噛みしめる。


 既に戦闘状態であり気持ち少し気が立っていたミツに呼び出された彼女たちは、尻尾を振るワン子ではなく、牙を見せた狼のようにその瞳は鋭く、マスターであるミツに向けられた攻撃に嫌悪感を表に向けていた。


「な、何あれ!? 天使!?」


「ぐぬっ! リナ嬢、攻撃を休めるな! 行くぞ!」


「なっ!? もう、分かってるわよ! リヴァイアサン!」


 駆け出すガランド、そしてリヴァイアサンに指示を出しつつ、リナは魔法を放出する。


 ミツの指示を受けた四女のダカーポと五女のフィーネはリナとリヴァイアサンへと向かい、フォルテとメゾはガランドへと飛び立つ。

 

 リヴァイアサンの大きく開けた口、それを避け、ダカーポの蹴りがリヴァイアサンの頭を上げる。


「うりゃああ!」


「!?」


「いやー。何こいつ、凄くヌルヌルしますわ」


 ダカーポはリヴァイアサンを顎から蹴り上げると、リヴァイアサンはそのまま身体をエビ反り状態のまま地面に倒す。

 その際、蹴り上げた足に付着したリヴァイアサンの体液に女の子の様な反応を見せるダカーポ。

 声を出し、意思を持つ相手にリナは声を出す。


「なっ!? あなた達は何者なの!? 天使、それともあの少年の仲間!? だとしたらこの戦いから引きなさい! これはあの子の試験よ。部外者が入っていい戦いでは……!? わっ!?」


 叫ぶリナにめがけ、フィーネの槍が一突きと襲いかかる。

 それを障壁で防ぎつつ、何とか避けるリナ。

 シュッと槍を引き抜き、いつも前髪で隠れた彼女の瞳がハイライトを消したように、冷たくリナを見つめる。

 

「部外者じゃ無い……。私達はマスターの精霊。あれは貴女の召喚した魔物でしょ? なら、私達が参戦しても何も問題ない。私が貴女を貫いても何も問題ない。問題ない」


「せ、精霊!? ひっ!」


「ちょっとフィーネ、殺しちゃ駄目よ」


 もう一度リナへと槍先を向けるフィーネ。

 彼女の隣に移動したダカーポはそっとフィーネの肩へと手を置く。


「お姉ちゃん、でもあの人、私達が部外者って言った」


「はいはい、落ち着きなさいよね」


「ううっ……」


「そんな事気にしなくても、マスターは優しく私達を向かい入れてくれるわよ。ほら、そんな顔してたらマスターが心配するわよ」


「うん……」


 ダカーポの言葉に目に光を戻したフィーネがミツを見上げる。

 彼は少し苦笑いを浮かべていたが、ひらひらと手を振ればフィーネは見られていた事に恥ずかしくなったのか頬を染めまた前髪で目元を隠す。


(精霊と言っても女の子何だな……。自分も彼女達を怒らせるような発言は控えておこう……)


 〈聞き耳〉スキルにて聞こえてしまったフィーネの会話に、発言には気をつけることを改めるマスターのミツであった。


「「はあぁぁ!!」」


「ふんっ!」


 ガランドに攻撃を仕掛ける二人の精霊。

 長女のフォルテと三女のメゾは槍の重さも感じさせない程の速さと槍を次々と突き出す。

 ガランドは自身のステータスを底上げし、パワータイプの力技と言える反撃に二人の槍が幾度も跳ね返される。

 

「こざかしい小娘の攻撃など効かぬわ!」


 ガランドはいくつもの腕の拳を固め、フォルテとメゾに向ける。


「くっ!」


「きゃっ!」


 ガランドが突き出した拳を槍で受け止める二人。

 衝撃は重く、そして二人を吹き飛ばす破壊力。

 空中にて衝撃を殺し、持ちこたえるが衝撃のダメージは二人の表情を曇らせる。

 

「二人とも大丈夫?」


「は、はい! 申し訳ございません。マスターにいらぬご心配をおかけしてしまい、私は」


「いえ! 私が不甲斐ないばかりに、フォルテ姉様の足を引っ張る戦いをしたからです! マスター、今しばらくお待ちを。必ずやあの者の首をマスターの前にお送りいたしますので!」


 姉の言葉に被せるようにメゾは物騒な言葉をミツへと向ける。


「メゾ、そんなのいらないからね! いや、二人とも落ち着いて。ガランドさんは攻撃力と守備力を通常以上に上げてることは伝えたよね」


「「はい」」


「うん。でもね、上がったのはその二つだけ。寧ろ素早さと魔力はそのままで、ガランドさんのスキル効果で運は更に下がってる。ユイシスに聞いたけど二人の速さはあの人よりも上。無理に攻撃を受け流す必要は無いからね。ヒットアンドアウェイの戦いを前提として戦ってみて」


「「はいっ!」」


 二人はゆっくりとミツから離れ息を整える。

 マスターであるミツに耳元でアドバイスを受けた事もあり二人の胸はドキドキと音が聞こえる程だ。

 緩んだ表情をキリッと戻し、お互いの顔を見合わせる。


「メゾ、行きますよ!」


「はい、フォルテ姉様!」


 ミツのアドバイスを前提とした戦いを二人は行う。

 ハヤブサのような飛び方にガランドへと攻撃を仕掛ける。


 突然攻撃スタイルを変えたことに戸惑うガランド。

 バシッ、バシッっと二人の攻撃を受けると彼の腕に血が流れる。

 反撃と拳を繰り出すが自身に一撃入れた後、フォルテとメゾはその場に留まる事はせず、直ぐに上空に移動している。


「くっ、厄介な……」


 近接攻撃を得意とするガランドは、今のように距離を置かれては実は彼に反撃する手段が無いのだ。

 更にそれが上空となればなおさらに。

 だがそこに足を少し引きずりながらも、ガランドの横に立つ人。それは先程爆風の中から出てきたディオ。


「おいっ、おっさん、俺をあいつの所に放り投げろ!」


「ディオ、貴様……。相分かった」

 

 ディオの言葉に何か策を見据えたガランドは、片方の三本の腕にディオを抱え、投げの体制を取る。


「……フォルテ、メゾ、自分から離れて」


 ミツの言葉にスッと離れる二人の精霊。

 ミツは一度息を吸い込み、集中を上げた。


「おっさん、外すなよ!」


「行けっ! 小僧!」


 魔剣・水晶剣を構えたディオを思いっきり放り投げるガランド。

 ディオの駆け出す勢い、ガランドの力が重なり凄まじい勢いにディオがミツへと飛んでいく。


「うおおぉぉぉ!!」


 叫び声と共にディオは剣をミツへと振りぬく。

 

「ブーストファイト……」


 ガキンッ!


「!?」


 ミツはステータスを底上げする〈ブーストファイト〉を発動。

 その瞬間、迫るディオの剣を指先のみで受け止める。

 更にスキルを発動した事にミツの姿、主に髪色と今まで感じなかった圧倒的な威圧感を目の前でを感じる事になるディオ。


「な、な、何なんだよ……」


 今まで感じた事のない威圧感。

 まるで竜を相手にし、さらに自慢の剣も意味がないと絶望感に似た気持ちに襲われるディオだった。

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