第218話 魔剣には負けんよ


「エヴァ様、ご説明願いたい!」


「さっきのは冗談にしては笑えねえぞ!?」


「はいはい、落ち着きなさい。ボリン、推薦状をこいつらに見せてあげなさい」


「はい。ガランドさん、ディオさん、こちらを」


 エヴァはこうなる事が分かっていたと、ボリンを呼び、昨日ミツが持ってきた羊皮紙をガランドへと手渡させる。

 ガランドは眉間にシワを寄せ、その羊皮紙を広げると彼は絶句、隣に居たディオが中身を見たのか声を出す。


「なっ……」


「はぁ? 推薦状だぁ!? 誰がそんな物を……。はっ!?」


 二人の反対側からガランドの持つ羊皮紙の中身を見るリナも眉尻を上げる程に驚きの表情を作る。  


「うわっ!? 何これ、ギルドマスター、ボリン、これは本当なの?」


 エヴァと羊皮紙を交互に見ては、本当にこれはまがい物では無いかと問うリナ。


「ええ、それは間違いないことが分かってるわ。なんせ、それとは別に昨日王城からも手紙が来たもの」


「王城……。つまりは王妃様から……」


「それ、私達が見ても良いんですか?」

「良いわよ。と言っても内容は彼の戦う戦闘をあの魔導具で撮せとしか書いてないんだけど」


 エヴァの指を指す方をリナが視線を向ければ、そこには武道大会でも使われていた、映像を映す鳥型魔導具が数羽と彼の姿を捉えている。

 

「ば、莫迦な……。エンダー国の王妃レイリー様の名もあるとは……」


「おいおい、ゼクスの爺さんの名前もあるじゃねえか!?」


 ガランドは鬼族なだけにエンダー国に縁もあり、王妃レイリーの事を知っていたのだろう。

 気難しく、興味のないことに関しては無頓着な相手だと知っているからこそのこの反応。

 ディオも現役の時のゼクスを知っていたのだろう。

 ゼクスが引退したと入れ替わりに、彼がシルバーになったのだから。

 ずらりと書き示された著名人の数々。

 アルミナになる為の条件の一つである10名以上の名と印が必要だが、これをこなす事がまず不可能と考えていた者も多いだろう。

 しかしミツは偶然にもその条件をクリアーする事ができた。

 後は力を見せるのみ。

 三人が闘技場の端っこで、ミツが黒鉄の鎧を着ている光景を見ては彼らはまた驚き。


「なっ!? 黒鉄だと……ふざけているのか」


「いや、あの少年の力は本物だ。先程から見ていたが、アイテムボックスの所持者なのだろう。片手だけであの鎧一式を取り出しておったぞ」


「随分と力持ちみたいね……。って言うか本当にあれは黒鉄なの? そう見えた別の物じゃ……なさそうね」


「エヴァ様」


「何?」


 ガランドはいつもに増して真面目な表情をエヴァへと向ける。


「急な事で未だに戸惑いも隠せておりませんが、本当によろしいのですか」


「ええ。シルバー三人がかりで彼との勝負をしてもらうわ」


「獲物は? まさか模擬武器で戦えとはいわねえよな?」


 続けてディオの視線の先には闘技場に落とされた模擬武器へと向けられている。

 戦うとしても愛用した武器出ない事が嫌悪感を出すのだろう。

 エヴァは軽く口元を抑え、闘技場を映している鳥型魔導具を見る。

 後に何か考えがまとまったのか、ひと呼吸考え、ディオの質問を答える。


「そうね……。構わないわ。あなた達のご自慢の武器の使用を許可する」


「ギルドマスター。戦闘時に闘技場が壊れた場合の賠償とか無いわよね?」


 リナは魔術士の自身が戦いを行う際、如何しても周囲に被害を出す事を理解してか、恐る恐ると賠償の話を持ち出す。

 彼女の思う事は分かっていると、エヴァは軽く手を振り、彼女に笑みで応える。


「ふふっ。ああ、頑丈な結界を張らせてもらってるから大丈夫よ。それにもし破損したとしても戦闘を見せろといった王妃様に修理費とか送るから安心しなさい」


「ハハハッ。それは王妃様が安心できないわね」


「はぁ、エヴァ様……」


 二人の会話も、副ギルドマスターのボリンはため息しか出せないようだ。


「向こうの準備も良いみたいだし、観客も増えた。さっ、あんた達の力をあの新参者に見せてきなさい」


「言われずとも」


「あんまりガキを甚振る趣味はねえんだけどな。まっ、ギルマスが許可を出したんだし、半殺しで済ませるかな」


「ねえ、ボリン。私達の参加費っていくらくらい貰えるのかしら?」


 踵を返し、闘技場へと向かう足を止めリナはそんな言葉をこぼす。

 ディオもそう言えばと、自身の懐に入る金の話に足を止め、二人の会話に耳を向ける。


「そうですね……。シルバーの皆様はグラスランクの皆様とは違いますので、最低でもお一人金貨50枚ではないでしょうか?」


「……そうね。(安っ!? たった50枚で働けっての!? あー、でもこの二人で戦いが終われば、私は何もしなくても収入が入るなら良いかな)」


 リナの考えは間違いではないが、実はディオも同じ事を考えていたりする。

 彼は取り敢えず先手の数回の攻撃を見せた後、後はガランドかリナの魔法で終わるだろうと計画を立てていた。

 しかし、他人任せな考えも、エヴァの提案に簡単に二人のその目論見は消えてしまう


「なら、彼を倒した者には私から虹金貨5枚をあげるわ」


「「「!?」」」


「マジかよ!? ギルマスも太っ腹な所あんじゃねえかよ」


「へー、それはちょっとは張り切ってやらないとね」


「エ、エヴァ様、よろしいのですか!?」


「いいのいいの。ボリン、ちゃんと私のお財布からだすから心配しないでね。あっ、それじゃ最初に倒された人は参加費無しね。これくらいの差はあっても良いでしょ?」


「フッ。そんな条件は無いも同じだろうが」


(ヒュドラを倒した実力者なら、面白いもの見せてもらえそうね。これでやる気の無かった者は自身から飛び出すでしょう。くーっ、さっきの戦闘、あの子、絶対に本気じゃ無かったわよね!)


「……」


 エヴァの提案に食いつく二人のシルバー冒険者。

 ただ一人。ガランドだけは目先の金に飛びつく事なく、ミツに対して警戒心を高めていた。


 話が終わり、闘技場に向かう三人。

 その間ミツはサポーターのユイシスと戦闘に関して話し合いをしていた。

 戦闘の立ち回り、誰から先に倒し、そしてどの様に勝つか。


 戦闘が始まってからのバフ仕様は手間なので今の内にスキルを発動。

 エフェクトが出てしまう〈ブレッシング〉などは控え、おまじないである能力上昇系スキルを発動しておく。

 これで十分なのだが、相手はゼクスとバーバリ程の実力者。

 本来なら一対一の戦いだが、三人相手の戦い。

 ゲームなどの勇者のパーティーがボス相手に三対一で戦う状態のあれである。

 今なら言える。数名がかりで一体の敵を倒すのは卑怯なのではと。

 いや違う。その分対戦するボスは一人では倒せない程の力と理不尽さを持つのだ。

 そう考えたらミツの立場は正に彼らにとっては今からラスボス戦を知らずに行うことであり、前衛二人、後衛一人と言う、回復が使える支援無しの縛りプレイをするのだ。

 恐らく彼らのパーティーには支援は居るのだろうが、これはシルバー冒険者同士の戦い。

 偶然にも彼らの仲間の一人でもシルバーの支援職の者が居たならば、この戦闘に参戦し、少しでも彼らが有利に動いたのかもしれない。

 まぁ、それも無いのもミツの強運に負けたのだろう。


 闘技場に降り立つ三人のシルバーランク冒険者の面々。

 対面するミツは先程と違い、黒鉄の鎧に身を固め、黒髪、黒鎧と黒の少年を対面することになる。


「やれやれ、今日は見届けるだけと思いきや、まさかこうなるとは。えーっと、名前なんって言ったっけ?」


 ディオは首を傾げつつ、剣先をミツへと向ける。

 彼の剣は特注品なのか、鞘は装飾も無い鉄の鞘だ。その鞘に収まる剣を抜けばミツですら眉尻を少し上げるほどに刃が美しく、まるでクリスタルでできた様な剣を握っている。

 鑑定してみるとそれは、魔剣・水晶剣と表示されている。

 この世界にきての初めての魔剣を目に、ミツのゲーマーとしての興奮が頬を上げさせる。

 

「初めまして皆様。改めまして自己紹介させて頂きます。自分はミツ。旅をしている中、ライアングルの街にて冒険者をやらせて頂いております。次の試験、皆様の胸を借りさせていただきます」


 ミツはゼクスに教えてもらった戦士が相手に戦いを挑むときの作法として、右手の拳を左手で包み込み、そのまま胸に当てた状態で礼を取る。

 これは武器を持つ右手は、礼儀を包み込む左手にて押さえ込むこと。

 これにより相手に不意打ちなどの卑怯な真似はしないと証明でもある。

 最初これをゼクスに教えられたときは、何だかカンフー映画の礼儀作法に見えるなと思ったものだ。


「ほー。シルバーになったばかりだけに少し舞い上がってるかと思いきや、随分と冷静な挨拶をするじゃねえか。俺はディオメデス。もし俺に一撃でも入れようものなら、俺の事はディオって呼ばせてやるよ。負けた時はちゃんとディオさんって呼べよな、後輩」


 ディオは腕組みをした後、少しふんぞり返る様に鼻をフンッと鳴らす。

 それを見ていたリナが正に呆れるものを見る視線。

 彼女は魔術士でありながら杖を持たない。

 代わりに彼女が持つ物は異様な物体。

 それを簡単に例えるなら、八百屋などでスイカを購入すると、一緒にもらえるスイカネット。あれにバレーボール程の大きさの魔石が入っており、さらにいくつものスーパーボール程の魔石が属性関係なしと無数にこびり付いているのだ。

 正直見た目は買い物袋片手に家に帰るOLだよ。

 しかし、手に持つ武器は兎も角、服装はこの世界では正に上級魔術士の衣装。

 黒のマント、彼女に胸は無いのかヘソ出しルックスに短パン。

 ガーターベルトと何だかゴテゴテした服装に見えるが動きやすさはありそうだ。

 既に彼女の魔石は魔力を通し始めているのか、ユラユラと何か青い靄が見え始めている。

 恐らく試合開始の言葉と同時に仕掛けるつもりなのだろう。

 さて、最後のシルバーの冒険者、ガランドだが、手に持つ武器は棍棒である。

 そう、桃太郎などの昔話に出てくるような鬼が武器として手に持つあれだ。

 黒いフォルムにトゲトゲのアクセント。

 あれを棍棒と呼ばず何というのか?

 それを持つ姿は似合いすぎてるのもあるが、ガランドは二人以上に警戒高くミツを伺っている。

 ドシンッと混紡の先を地面に突き刺し、ミツを見据える視線は油断の一文字も彼には無い。


 今か今かと増えていく観客の数。

 既に座る席は満席、後方には立ち見をする程の人が闘技場を囲む。

 中に入ってきた者は噂は冗談かと野次を飛ばす者も居たが、そんな者の言葉など戦闘が始まれば収まるとミツの戦いを先に見ていた者はスルーしている。


(次は壊さないように気をつけないとね……)


 ミツが視線を向ける先は鳥型魔導具。

 以前武道大会で使用していた鳥型魔導具はミツの双竜スキルの火の竜にて壊してしまっている。

 今度はそれをしない為にも彼は魔導具の場所を確認していた。


 ミツの見つめる鳥型魔導具。

 この映像は、今正に王城に居る者達が見ている。

 王妃ローソフィア、王子である三人の息子たち。

 そしてマトラストとダニエル。他にも高貴貴族の大臣閣下等々勢揃い。

 急遽呼び出しと巫女姫のルリも同じ部屋にて鳥型魔導具が送ってくる映像を見ている。

 ミツの実力はアベルとカインが報告しては居るが、それは虚言など1ミリも入っていない全て真実と言う、報告する側も、それを受ける側も疑問符をうかべてしまうような内容ばかり。

 ならばと、レオニスの側近となっている大臣の提案にて、その日に集めれる者全て集めている。

 二人の王子の報告が真実なのかを確かめる事も含めこの場が作られている。

 突然の事だがミツの存在は、既に国としても無視できない案件に取り上げられている程である。

 王妃は本日予定していた公務を全てキャンセルし、ミツの先程の戦いを見ては少し慎みを忘れ口をポカーン。

 息子のレオニスも同じくポカーンと言葉を失っていた。

 その中、アベルとカインの二人は少しは耐性があるのか、もう少し鳥型魔導具を渡しておくべきだったなどの話をしていた。

 昨日、冒険者ギルドに送った鳥型魔導具は五羽以上。

 大臣達はこれで十分と考えていただろうが、ミツの移動速度が早すぎて、彼の戦う姿を捉えたのは一羽しかいないのだ。

 その一羽も偶然トラブルにて映像が止まってしまったのだが、ミツが初手にてグラスランク冒険者を吹き飛ばしたそのシーンで映像は止まっている。

 なので鳥型魔導具が映し見せるのは一瞬ミツの姿が映り、残像のように消えていく姿のみ。

 それでも近くに居たグラス冒険者はバタバタと倒れる姿は異様な光景だろう。

 

「レオニス兄様、これで我々の言う事は間違いないと信じて頂けたでしょうか。彼の力は異様と言えます。ですが別に彼は我が国に害を呼び込む存在ではありません」


「くっ……」


「王妃様。恐らく彼はこれから行われる戦いには、先程以上に力を披露してくれるでしょう。その時は彼の力を見極め、他国同様に彼に友好の手を差し伸ばすご検討を……」


「アベル! 王妃様に何を吹き込むか!?」


 アベルの言葉を止めるレオニス。

 帰城した理由は違えども、アベルとカイン、二人がミツを街に連れてきたことは間違いない事実。

 報告が全て事実ならば、レオニスが焦るのも仕方ない。

 母である王妃がミツと友好を結べば、功績はカインではなく、継承権を持つアベルへと全て向いてしまう。

 ローソフィアはレオニスの嫌悪感を隠さないその声に、周囲には聞こえない程の小さなため息を漏らす。


「……それはこれからの戦いを見てからになります」


 いいから座りなさいと、二人の息子へ視線のみで黙らせる母である。

 今からでも遅くないかとアベルは部下に連絡を回し、大急ぎに鳥型魔導具、つまりはカメラを渡しギルドに走らせていた。

 

 さて、この場に居る幾人がミツの力を目のあたりにした後、彼に対して恐れることなく、その者は友好の手を差し出せるか。

 彼の戦い、そして考えを異様者と考え、友好の手ではなく、その者は彼に敵意ある剣を向けるか。

 その選択によって、その人……。いや、国の行く末すらも大きく変わる事を理解するものが何人居るのか。

 それを理解している者は額に緊張の汗をにじませ、彼の戦いを見る事しかできなかった。

 

 鳥型魔導具の魔石に映る少年の姿。

 彼は今からシルバーの冒険者、三人を相手すると言うのにその顔は恐怖など浮かべることはしない。

 彼にとって女神のサポートがある限り、この世界で恐怖する戦いは……。まぁ、あのボッチャまLove執事の戦闘を除けば、今の所ないはずだ。


 ミツの表情が先程から変わらない事が、少し気がかりなのか。

 ディオは鞘から抜いた剣を普通なら肉眼で見えない程の速さで振り、ビュンビュンと風切り音をミツへと聞かせる。

 その速さに観客達からはざわざわとした声が巻きおこる。

 しかし、それでも表情を崩さない少年を見ては、肝が座った奴と見たのか、ディオは軽口を叩きつつも、ミツが未だに手に持つ武器が模擬刀である事に疑念を持つ。

 

「おい、新人。お前、まさかその武器で戦うつもりか?」


「えっ? ああ、そうですね。皆さんご自慢の武器を使用される見たいですので、自分もそうしようと思います」


 目の前の少年はそう言うと、鎧の内側に手を入れナックルを取り出す。

 自身で初めて買った店売りのドルクスアナックル。

 思い出もある分、彼にとってはこれで試験に挑むことは元から決めていた事だ。

 だが、彼の身につけた武器は一般的に販売されている武器だと気づいたのか、ディオはあからさまにため息を漏らす。


「はぁ、なんだよ。そんなナックルしか持ってねえのか? 動きや身につけてる鎧には多少評価はくれてやるけどな、戦う武器がそれじゃ……。オメェ……舐めてんだろう」


「……」


 ディオの言葉にミツはナックルを取り付けた後、拳に軽く力を入れる。


「ディオ、そう言う事を言うのは止めなさいよ……」


「ケッ……」


「そうですか……。別に舐めたつもりはありませんよ。でも自分がこれを使うことが不快と思うならば、先輩もその剣を使う事を止めてもらいますよ? 先輩が不快と思う事は、後輩である自分も不快だと言う事をご理解ください。それこそ一方的な意見は、他者を不快にさせてしまいますからね。それでは、自分からも先輩に一つ発言を失礼します。そんな武器で自分と戦うつもりですか? 先輩、舐めてますか?」


 その言葉と笑っていない笑みをディオへと向けるミツ。 


「ほぅ……言うじゃねえか」


 ミツの挑発的な言葉に、額に青筋を浮かべるディオ。

 彼の持つ武器はミツの使う様な店売り武器ではなく魔剣である。

 彼はそれを手にしたのは偶然だが、これ以上の武器はないと心から確信している。

 その気持ちをミツに土足で踏みにじられた思いなのだろう。

 わなわなと怒りに震えてくる腕が、剣先をフルフルと震わせている。

 二人のやり取りに、思わず先程ディオを止めたリナも吹き出し笑ってしまう。


「クスス。だっさ! ディオ、あんた新人に正論つかれてるじゃない」


「五月蝿え! オイッ、ギルマス、さっさと試合を開始しやがれ!」


「ふー……はいはい。全く仕方ない子ね。それではこれより、冒険者ミツのアルミナランク昇格試験を始めるわよ! ルールはグラスからシルバーになる時と同様。挑戦者が対戦相手を戦闘不能、若しくは降参宣言を出させたら勝利。それでは……」


 エヴァの言葉に身構える面々。

 ミツとディオは腰を落とし、リナは魔力を練り始める。

 ガランドは仁王立ちと彼は後に参戦してくるつもりなのだろう。

 エヴァの上げた腕が真っ直ぐに振り落とされる。


「始め!」


「オリャ!」


 先に攻撃を仕掛けたのはディオ。

 魔剣・水晶剣から出てくる光の残像を残し、剣先は真っ直ぐにミツの首元へと向かう。

 勿論先程の言動にてディオは怒りを感じているが、別に殺すつもりと剣を向けたわけではない。首元で剣を寸止めする事を考えてのその動き。

 対するミツもそれを理解していたかの様な動き。身を下げ、その剣を避けた後、下からのアッパーにてディオの剣を殴り、剣先の起動を変える。

 一瞬自身の剣が弾かれた事、ガキンッとナックルがぶつかり方向がずれた剣に少し驚くが直ぐに体制を立て直すディオ。

 

「へっ! でりゃ!」


 上を向いた剣をそのまま振り落とし、ディオの連撃が発動する。

 その連撃は、リックやプルンが使用する連撃とは手数が格段と違った。

 例えばリックがランスを敵に突き刺す際、連撃の回数は多くて三回。

 素早い攻撃にて拳を突き出すプルンでも四回。

 しかし、ディオの連撃はその五倍はあろうかと思える速さがある。

 だが、ミツはそれを全て避けたり弾いたりとディオの攻撃を流す。

 そこに新たな攻撃が加わる。

 リナの魔法〈ウォータースネーク〉と〈ウォーターピュラー〉。

 ミツの背後に現れた大蛇と見間違えるその姿。

 ウォータースネークはミツの四肢に絡みつき、ウォーターピュラーは動きを止めた的へと針千本の如く降り注ぐ。

 ディオも巻き込まれたらかなわんと、一歩下がる。

 対象が一人になった瞬間、雨の如く降り注ぐウォーターピュラー。

 これで足などにでもダメージを与えれば、素早い動きは鈍るだろうと考えた人もいただろう。

 しかし、突然ミツを守る様に目の前に障壁が展開する。


「「「!?」」」


「リナさんの魔法が防がれた!? あれは魔法障壁かよ! あの新人、魔導具か何かを持ってやがるのか!?」


 ミツのスキル〈オートマジックバリア〉の発動である。

 観客はリナの魔法はミツが隠し持つ魔導具にて防いだものと勘違いしたようだ。

 ウォーターピュラーの攻撃は全て傘に弾かれた雨の様に流れる。

 また、彼の四肢に巻き付いていたウォータースネークに向かって、ミツが指で輪っかを作り、フーッと息を吹き掛ければ真っ白な息が降りかかる。

 ウォータースネークは瞬間冷凍したように氷漬けになり、カチカチの氷漬けになってしまう。

 彼が軽く腕を動かせば、パキパキと氷を砕く音と共に地面に落ちる氷。

 ミツの〈コールドブレス〉には、リナのウォータースネークでは歯が立たなかったようだ。


「どう言う事よ……」


「くそっが! おいリナ、邪魔すんじゃねえ!」


「はぁ!? 何が邪魔よ! あんたこそ私の邪魔なのよ!」


「何を!?」


「何よ!」


「おい! 戦うべき相手に時間を与えて如何するか!」


「「はぁ! !?」」


「どうやらあの少年、リナ嬢の先程の攻撃は魔導具などではなく、自身の力にて防いだようだ……」


「おい新人、オメェ魔法が使えるのか!?」


 二人の言い争いを割って入るガランド。

 彼の言うとおり、ミツは二人の手が止まったタイミングと自身にバフスキルを発動していく。エフェクトの見えてしまう〈ブレッシング〉〈速度増加〉〈ミラーバリア〉等々の支援効果。

 流石に笛スキルを使用するまでも余裕も無いが、ユイシスが言うにはこの状態でも十分と戦えるそうだ。

 更に先程発動した〈オートマジックバリア〉これが常に発動しているパッシブスキルなだけに、魔術士であるリナからの魔法攻撃の大体は防いでしまう。

 リナからの攻撃に対しては、爆発系を除けばゴリ押しをしても良いと言われた程だ。


「はい。こんなふうにバフと魔法を少々。それでは次はこちらからですね」


 自身に支援スキルを発動後、身構える三人へと今度はミツが飛び出す。

 

「「「!?」」」


「一つ目!」


 駆け出す一歩に〈電光石火〉を使用。

 ディオの懐に潜り込み一撃を入れる。

 咄嗟にディオは自身の剣を盾代わりと前に出すが、見た目によらずミツの重い攻撃に衝撃を抑えきれずに後方へと大きく吹き飛ばされる。


「なっ!? ぐはっ!」


「次、二つ!」


 リナも自身を守る為と物理防御壁を直ぐさま発動。

 遊戯施設などで見たことのあるバブルボールを守りとし、ミツの裏拳の攻撃を防ぐ。

 しかし、やはり衝撃は防ぎれないか、大きく後方へと吹き飛ばされるリナ


「きゃ!」


 回した腕を力にし、最後の一人、ガランドへと足蹴りを入れる。

 ガキンッと金属を叩いた音が響く。


「三っつ! ……流石に無理でしたね」


 舞い上がった砂煙が晴れると、周囲からもミツの足蹴りを混紡にて受け止めるガランドの姿が見える。

 攻撃の衝撃にて少し後退はしたものの、彼にダメージは入らなかったようだ。


「なかなかやる様だな」


「褒めのお言葉、ありがとうございます」


「フンッ。まだ戦いに余裕がありそうだな。ディオやレナ嬢相手ならばその力は脅威になるだろう。しかし、遊び心と本気にやり合わぬ相手に振り落とす拳もなかろうて」


 ガランドは受け止めたミツの足蹴りを払う様に棍棒を振り上げる。

 くるっと空中バク転を決め、スタッと綺麗な着地を見せガランドへ笑みを向けるミツ。


「いや〜。それはお互い様ですね。戦いの最初っから大技繰り出す人はいないと思いますよ。ガランドさんも全然まだ本気じゃないですよね」


「……。そうだな。ならば俺様を本気にさせる戦いを見せてみろ! 俺が鬼神と呼ばれる意味をその身で確かめてみるが良い!」


「痛ってて……。やってくれるぜ。おい、おっさんだけ良いとこ持っていくんじゃねえぞ」


「まったく……。女を吹き飛ばすなんて何考えてんのよ。ガランドさん、一人で抜け駆けは駄目よ」


 吹き飛ばされた二人もダメージは無いとばかりに直ぐに立ち上がり口を開く。

 三人の声に戦いはこれからだと言わんばかり。

 観客全ての人々が興奮し、闘技場を沸き立たす。


「「「おおおっっっ!!」」」


 初手は終わりと、次はリナの魔法が炸裂。

 地面を爆破させる魔法〈ブラストボム〉がミツの足元で発動。

 ドカンッと破裂音と共に吹き出す地面の土煙。


「まだまだ!」


 リナは砂煙で見えなくなったミツが居るであろう場所へと氷魔法〈クリスタルダイヤモンド〉と風魔法の〈トルネード〉を発動。

 結晶のように現れた氷の粒が氷の竜巻と変わり、ゴーゴーと吹雪のような音を響かせる。 


「これで決まったかしら」


「くそッ、これじゃ俺達が手が出せねえじゃねえか」


「リ、リナ嬢……。流石に少々やり過ぎでは」


「何言ってるのよガランドさん。あの子、女である私に拳を入れてきたのよ! これくらいの制裁は必要よ」


「お、おう……そうだな。……んっ?」


 ババッと目の前で音を立てる氷の竜巻。

 これじゃ中に閉じ込められた新人は全身をズタズタにやられただろうと少し同情を向けるディオ。

 しかし、氷の竜巻から飛んできた水滴に視線をそちらに戻せば、氷の竜巻はいつの間にか氷は消え、橙とろ熱を感じる竜巻に変わっていた。

 次第とそれは肌に熱さを感じるほどの熱気を飛ばし、次第とブオッ、ブオッと竜巻から火を吹き出す。


「おいおい、リナ流石にやり過ぎだろう。新人を火で炙り殺す気かよ」


「……」


 ディオの言葉が聞こえていないのか、リナが見るのは自身が作り出した氷の竜巻ではなく、炎の竜巻。

 それは近ずく者全てを焼き尽くす勢いとゴーゴーと燃え、竜巻の勢いは〈トルネード〉で出せる勢いを明らかに超えた物。

 ミツはブラストボムを発動された瞬間、身を縮め、ダメージをできるだけ軽減する為と、以前シューに教えてもらった守りの方法として、手の甲と腕、そして膝に付けた黒鉄の鎧を盾代わりと身を守っていた。

 直ぐに発動されたクリスタルダイヤモンドとトルネードは忍術スキルの〈炎嵐〉を上書きに発動。

 ミツの魔力のゴリ押しと、リナの〈クリスタルダイヤモンド〉と〈トルネード〉で作り出した氷の竜巻は打ち消されてしまう。


 リナの驚きの表情を見てはぐっと更に警戒心を高めたのか、ガランドがディオへと吠える様に身構える事を促す。


「ディオ、構えろ!」


「はっ!? まさか!」


 その言葉に反応し、ディオが炎の竜巻へと視線を向けた瞬間だった。

 高速回転する炎嵐から出てくる火の球体。

 ミツの〈ファイヤーボール〉がドカンドカンと大砲の様に発射する。

 ディオは向かって来る火玉を魔剣にて両断。

 ガランドも棍棒を振り落とし地面に叩きつけるように火玉を粉砕。

 大したことねえなとそんな軽い言葉を出そうとしたその時。

 次は先程とは違い、出てきたのは拳の形をした炎〈メテオスウォーム〉それと槍の形を見せた炎〈フレイムランス〉が姿を見せる。

更におまけとばかりに火玉が数発姿を見せる。

 

「おいおい、嘘だろ!」


「くっ! こしゃくな真似を……」


「ちょっと待って待って!」


 頬を引きつらせたらりと汗を流すディオ。

 彼の汗が地面に落ちた瞬間、数十もの炎の拳と槍が三人へと飛んでいく。


「クソがっ!」


 ディオは自身の身体能力を底上げするスキル〈ギア・アップ〉を発動し、襲い掛かってくる拳と槍を斬り伏せていく。

 このスキル、発動すれば自身の攻撃速度など、俊敏性を爆上げしてくれるスキルなのだが、デメリットの方が大きすぎるスキルである。

 先ずこのスキル、効果時間はとても短い。

 更に効果が切れた後、使用者であるディオの身体全身をまるで筋肉痛に襲われる痛みに動くことも困難になってしまうのだ。

 それでも使用した理由は襲いかかる魔法の数々が原因だろう。

 リナは咄嗟にガランドの後方へと移動し、彼の前に障壁を展開。

 ガランドも障壁を張ったリナを守る為と魔法障壁では伏せきれなかったフレイムランスを棍棒にて弾いていく。

 一方的な炎の攻撃がシルバーランク冒険者三人を苦しめる。

 魔法攻撃と言うのは魔術士の魔力によっては直ぐに打ち止めとなり、止まったその瞬間を狙い、カウンターを合わせるのがセオリーである。

 しかし、ガリッとディオが奥歯を噛みしめる程に攻撃が止まらない。

 続く続く、攻撃に自身の握る剣が重く感じ始める程にも攻撃が長い。

 新人相手と余裕の戦いはディオは既にできない状態。

 何故なら、もう直ぐにでも先程発動したスキルの効果が切れることが分かっていたからだ。


「だぁ! いい加減にしやがれ!」


 ディオの叫びに彼の持つ魔剣が光る。

 そして魔剣・水晶剣が力を見せた。


「莫迦、殺す気なの!」


「うーるーせーえー!!!」


 後方で自身に罵声を浴びせてくるリナの言葉を押しのける。


 魔剣・水晶剣。

 見た目ただの水晶でできた剣だがその力は本物。

 陽の光をその剣が受けると、その暖かさ、その温もりが蓄積されていれば何時でも光の剣として姿を変える。

 水晶の刃は膨れ、細い鞘に納まっていた剣は今では大剣程に刃を広げる。

 そしてその光は更に膨れ、ディオは大きくジャンプ。

 炎嵐に向かって魔剣・水晶剣を振り落とす。

 まるでケーキカットの様にスパッと炎嵐を両断。

 炎嵐から発射された炎の拳と槍と火玉が後方に居るガランドとリナの横を通り抜ける。


 ディオの振り落とされた水晶剣は炎嵐は切る事はできたが、中に居たミツは切る事は出来なかった。

 何故なら、彼の手には中二病臭い剣が握られ、その先から出ている光にてその攻撃を止められていたからだ。

 しかもディオの攻撃を受け止めたミツの表情はこわばった顔一つせず、自身に笑みを見せる程。

 それがディオの心に小さな恐怖心を与える。


「剣、マジかよ……」


「はい、マジですよ」


 ディオが水晶剣を引けば、バチバチとミツの手に持つ〈ライトセーバー〉と合わさり、線香花火の様な火花が巻き起こる。

 ディオの足が地面に付いた瞬間、彼は技を連発。

 彼の手に持つ水晶剣が元の姿と形を戻す。

 

「光炎爆波!」


 ディオの攻撃スキル〈光炎爆波〉。

 振り払う剣のひと振りから吹き出す爆炎にて相手を粉砕する技。

 ミツはユイシスからの反撃の注意点を忘れず、ライトセーバーを解除し、ナックルを付けた拳をスキルを込め打ち込む


「ビックバンバスター!」


 ドカンドカンとディオの剣とミツの拳のぶつかり合い。

 激しさは更に増し、リナとガランドは下手に手が出せない状態。

 爆風が二人の所にまで届き、リナの髪の毛が激しく風に泳ぐ。

 次第とぶつかり合う音が弱まる。

 ハッっと掛け声が爆炎の中から聞こえたその時。

 煙の中から全身を黒焦げにしたディオがガランドの方へと吹き飛ぶ。


「ぐはっ!」


 二人の攻防は一撃撃ち込むごとに近くで小爆発を起こしていた。

 ミツ自身はバフスキルや障壁の魔法にて爆風でのダメージは入ってはいない。

 しかし、ディオは違う。

 もろに爆発を受け続け、頬の皮は破裂し血を流し、爆炎に起きた煙を幾度も吸い込んだせいに呼吸もままならない状態まで追い込まれていた。


 ガランドは吹き飛んできたディオを片手で受け止め、ゆっくりと地面に座らせる。

 

「がはっ! はぁ……はぁ……はぁ……」


「随分とボロボロじゃないか、先輩さん」


「くっ……」


 ガランドの皮肉も今のディオは返す力も出せない。

 はぁはぁと息を切らすも、俺はまだ倒れたわけじゃ無いと立ち上がるディオ。

 ディオを軽く押しのけ、ガランドが前に立つ。

 先程までディオと戦っていたミツは息を整え終わったのか、鎧についたホコリを払う素振りをした後に改めてガランドと向き直る。


「少年。いや、ミツと呼ばせてもらおう。一つ聞かせてもらっても良いか」


「はい」


「ミツ、この勝負に勝った後、貴殿は何をなす。竜をも倒す力を持ち、国に認められた証を持つ。これ以上、何を望む」


 相手はただの子供ではない。

 油断してはならぬが、鬼族として萎縮してもならんとガランドは棍棒を握る力を入れる。

 ミツはガランドの質問に少し間を起き自身の目的の一つを告げる。


「……人を救います」


「……。フッ、そうか……。救うか……。それは大きな目的だ……良かろう! 命の重み、貴殿は何処まで救えるか、それを成し遂げるならば俺達を乗り越えるが良い。リナ嬢手伝え!」

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