第216話 話す内容は彼の事。

 カウンター嬢に案内され、入った部屋の中には二人の人物が待っていた。

 一人は中央の大きな机を前に座り、入ってきたミツを見定めるように厳しい視線を向けている。

 見た目は赤毛のロングヘアーで、ビシッと服を着込み、凛とした立たず前ができる上司と思わせる格好の人だ。

 

 もう一人は従者の様な服装を着込んだメイドさんであろうか、彼女はこちらを見た後にお茶の準備を始めている。


「ようこそセレナーデ王国、王都冒険者ギルドへ。私はボリン・アリンガー。よろしくね。ミツ君でいいかな?」


 ボリンは席から立ち上がり、ミツの方へと近づき椅子をすすめる。


「はい、自分はミツと申します。こちらこそよろしくお願いしますボリン様」


「別に様は付けなくていいですよ。早速ですがそちらにお座りください」


「はい、失礼します」


 まるで面接を受けている気分と、椅子へと座る。

 対面に座るようにボリンが腰掛ける。

 


「早速だが先程受け取った報告書に目を通させてもらいました。まず、あれに書かれた内容は真実でしょうか?」


「はい。何を書かれていたのかは内容までは把握していませんが、ライアングルの冒険者ギルド、ネーザンさんからの言付けにて、先に渡しました羊皮紙はこちらのギルド職員に渡せと」


「なるほど。では持っているということですね……。アルミナランク昇格を推薦する紙を」


「はい。こちらに……失礼します。今からアイテムボックスを使用することをお許しください」


「んっ? アイテムボックスをお持ちなのですか。それと礼儀的なマナーは知っているみたいですね」


「はい。知り合いの貴族様のご婦人に教わりまして」


「そうですか……」


 貴族の前であろうと、王族の前であろうと、初対面の目上の人の前ではアイテムボックスの使用許可を得るべきだと、以前ダニエルの婦人であるパメラとエマンダに教えを受けていたミツ。

 勿論相手を選んでの行動だ。

 彼は何気なくこの事を口にするが、何故かボリンは顔を引きつらせ、隣にいる従者のメイドさんへと視線を送っている。

 その視線に気づいたのか、彼女はお茶をボリンとミツの前に置く。


「どうぞ……」


「あっ、すみません」


「いえ……」


「……?」


 メイドの女性はお茶を置いた後、少しミツの顔を覗き込むように顔を見てきた。

 その事にミツは少しだけ違和感を感じた。


「それでは改めて、君のアイテムボックスの中に入れている物を見せていただけますか?」


「はい。こちらになります……」


 ミツはアイテムボックスから一枚の羊皮紙を取り出す。

 取り出した羊皮紙はエマンダが持つ特別な奴を譲ってもらった品。

 色あせも劣化もしない特別製だ。

 ぐるぐると巻かれた黒い紐とそれを止める金色の留具が高級感をぐっと上げている。

 それをボリンに手渡そうと思ったが、メイドの女性の方から今から手渡そうとする羊皮紙へと、強く凝視する視線に気づいたミツ。

 それは言葉に表現しにくい感覚がミツの身体を通りぬけ、差し出そうとした腕を下げさせる。

 そう言えば先程ネーザンから受け取った紹介状を受け取るとき、一つ言葉を受けていたことを思い出した。

 

「坊や、これをセレナーデ王国の冒険者ギルドの職員に渡しな。時間があれば直ぐにでも向こうのギルドマスターに合わせてくれるだろうて」


「ネーザンさん、ありがとうございます」


「いやいや、気にすることないよ。それよりもこっちの羊皮紙は特別な品。絶対ギルドマスター以外に手渡すんじゃないよ。ちゃんと相手を確認してから渡しな。既に各国代表する方々はお国に帰ってるんだ。同じ物は作れないと心得な」


「はい。必ず本人に渡します」


「ああ。あそこのギルドマスターは少しくせ者でね。渡すときは気をつけなよ」


「はい?」


 ネーザンのその意味深な言葉は、まるで喉に引っかかった魚の小骨の様にいまの違和感を感じさせていた。

 自身は何か見落としていないか、まさかねと思いつつ、彼は目の前のボリンを鑑定する。

 

(あっ……ああ……。なるほど……)


 従者の女性を鑑定した後、続けてボリンを鑑定。すると先程までの違和感の原因が分かった。


「んっ? どうかなさいましたか?」


「いえ。失礼しました。改めてこちらをどうぞ」


「「!?」」


 ボリンの言葉にミツは一言返し、スッと椅子から立ち上がっては手に持つ羊皮紙を従者の女性の方へ差し出す。

 その行動に二人は動きを止め、互いに目配せを送る。


 従者の女性は疑問とミツに質問をする。


「あ、あの。そちらはギルドマスターへと渡すべき物では……。何故、私に?」


「はい。ですので、ギルドマスターである貴女に渡すべきと判断しました」


「「!?」」


 そう、鑑定して分かった事だが、対面に座っているボリンはギルドマスターではなく、副ギルドマスター。

 では本物のギルドマスターは誰かと問われると、何故か従者の格好をし、お茶を配膳していたこの女性こそが本当のギルドマスターである事が分かった。


「ふふっ……ハハッ、アッハハハ!」


「はぁ……」


 ミツの言葉の後、沈黙の後に従者の女性はアハハと部屋の中で高笑いをする。

 ボリンはそんな彼女を見てはため息を漏らし席を立つ。

 満足に笑い終わったのか、従者の女性はボリンの代わりとミツの対面席に座り、改めてミツを対面に座らせた。


「いやー、失礼した。改めて名乗らせてもらうわね。私が本当のギルドマスター、エヴァ・ネーリン・シュレンマー。改めてよろしく。そして君を試すようなまねをしたことに謝罪をするわ」


「いえ。そこ迄気にしませんので、頭を上げてください」


「アッハハハ! うん、判断力もありそうだし、肝っ玉も広そうね。これで考えなしにそんな貴重な羊皮紙渡して、小さな事で怒る男だったら追い出してたわよ」


 エヴァはアハハと笑いを零し、ミツの人柄を試すようにボリンと入れ替わった事をしていたようだ。

 彼女の見た目は童顔であり、子供みたいな見た目も重なれば彼女のやったことはただのイタズラにしか見えないかもしれない。


「エヴァ様、お遊びはその辺で……。ミツ君、改めて挨拶させてもらうわね。私はボリン。このギルドの副ギルドをやらせてもらっています。そして、こちらの方が本当のギルドマスター、エヴァ様です。突然の事で困惑されたかもしれません。また、エヴァ様の悪ふざけにお付き合いして頂いたことに謝罪と感謝を」


「こらこら、悪ふざけとは言葉が悪いわね。茶目っ気とでも言っときなさいよ。それに貴女の演技が下手だから直ぐにバレちゃったのよ」


「エヴァ様が手紙を読んで、直ぐに私となり変われなんて無茶ぶり言うからですよ……」


「ははっ……(どっちかと言うと、エヴァ様の凝視で気づいたんだけどとか、今は言わない方がいいかな……)」


 エヴァはボリンとの軽いやり取りを交わした後、顔を引き締め真面目にミツの方へと視線を向け直す。


「では改めて……。拝見してもいいかしら?」


「はい。どうぞ」


 そして改めてギルドマスターであるエヴァへとアルミナランクアップの推薦する羊皮紙を彼女へと渡し、彼女はそれを広げ中身へと目を通す。

 ボリンも彼女の後ろからそれを覗き込み、そこに書かれた内容と著名人の数々の名と印に目を見開く。


「「……」」


「ふー……。セレナーデ王国の第二王子と第三王子のアベル様とカイン様。エルフ国、カルテット国のセルフィ様。獣人国、ローガディア王国のエメアップリア様と獅子の牙団長のバーバリ様。魔族の国。エンダー国の王妃レイリー様、第一王子ジョイス様、左大臣のアンドル様。フロールス伯爵家、ダニエル・フロールス様、元シルバーランク、現フロールス執事長ゼクス殿……」


「これは……。凄い方々の名と印ですね……」


「ええ……これが本当だとしたら、各国の人々が君を認める程の実力があるって事よね……」


 二人はゆっくりと対面に座る少年へと視線を戻す。

 相手が訝しげな視線や怪訝な雰囲気を出している時は、自身は向けられた目を外すことなく、相手を見る事が信頼してもらう1歩でもある。

 この時もし気持ち的にも余裕があるならば、笑みを浮かべるのも良いだろう。


「恐れ入ります。その署名を頂けたことは運が良かったです。ライアングルの街で行われました武道大会。その際、来賓されておりました皆様がその場にいたので、自身が獣人国、エルフの国、魔族の国へと足を踏み入れる必要もなかったです」


「そうですか……。我々としても国からアルミナランクの冒険者が出ることは大変喜ばしいこと。ですが……」


「?」


「一応こちらとしても君の力を確認しておきたいわね……。それに君はまだグラスランク。その事はここに書かれている通り、アルミナになる前にシルバーの実力を見させてもらいます」


「んー。それはそれで君の力を見させてもらう事になるから丁度いいはね。いいかしら?」


「はい。問題ありません」


「そう。それは良かったわ。それじゃ冒険者カードの方なんだけど、残念だけど今は在庫が無いのよね。勿論作る材料はあるんだけど、かれこれ何年もアルミナ冒険者なんて出てこなかったからカードの現物が無いの。そうね、悪いけど明日改めて来てもらえるかしら? 一緒に王への連絡をいれる為の文も書かないといけないし」


「分かりました」


「うん、その時にでも君の力を少しだけ見させてもらう事になると思うから、その準備もしといてね」


「模擬戦と言う事ですか?」


「そうそう。それじゃ、よろしくね」


「では本日はこの辺で失礼します。あっ、それとこれをお渡ししときます」


「?」


「これは、何でしょうか?」


 ミツはアイテムボックスからある物を取り出す。

 それに目を引かれ眉尻を上げるエヴァとボリン。


「はい。自分が試しの洞窟内で討伐しましたヒュドラの鱗です。ネーザンさんからのこれが本物である鑑定書と証明する手紙もお渡しいたします」


「「ヒュドラ!?」」


 突然目の前に出された大きな鱗。

 紫色の色鮮やかさに目を奪われるも、それがヒュドラの鱗と聞いた二人は口を大きく開け目を見開く。

 ヒュドラとの戦闘を説明するも二人はそれを唖然と聞くしかできなかったのか、エヴァの返答は、ああ、そう、などの生返事にも聞こえるものであった。

 鱗と証明、そしてネーザンの手紙をテーブルの上に残し、ミツはその部屋を退出する。

 

 残された二人は沈黙の中、テーブルに置かれたヒュドラの鱗の証明とネーザンの手紙に目を通す。

 どうやらヒュドラが討伐された情報は二人の所にはまだ届いてなかったようだ。


 二人との会話を一先ず終わらせ、フロアへと戻る。

 ミツが戻って来た事に話しかけるゲイツ。


「話は終わったか?」


「はい。明日もう一度顔を出してくれと。その時にでも自分の実力を確認するからと模擬戦の話でした」


「そうか。まぁお前なら大丈夫だろうが、あんまり相手に怪我などはさせるなよ」


「そんな事しませんよ。模擬戦ですから強さを測る程度だと思いますし」


「……そうだな」


 ギルドを後にし、折角だからと街を少し案内してくれるとゲイツ達とぶらっと歩くことになった。

 流石王都、花の都であろうか。

 改めて見れば人の数は多く、それに比例してお店の数も多い。

 ゲイツ達はおすすめの武器屋、治安の良い方だと美味い飯屋、防具などの掘り出し物がある隠れた名店等々を指を指し教えてくれる。

 女性との買い物は待ち時間などで疲れることも多いが、相手は男だけに、目的の店以外に見向きもせずに真っ直ぐ向かってくれることが助かる。

 ライアングルの街やディオンアコーの街にいた、似たような店主と出会うことが無かったのでホッと一安心。 

 いや、油断してはいけない。

 偶然その店に足を踏み入れてなかっただけで、もしかしたらを考えると踏み入れた店にあの店主がいるかもしれない。

 ミツは店に入るたびに少しだけ警戒心を上げてしまっていた。


 ミツと王都で別れたアベル、カインの両名の王子は、王の玉座を前に膝をついていた。

 その後ろには共にフロールス家から付いてきたマトラスト、ダニエル、ディマスの貴族達が同じ様に王に向かって膝をつき貴族の礼を取る。


「アベル、カイン、只今戻りました……。先ずは今回私の身勝手な行動にて、城内に多大な迷惑をかけたことを謝罪致します……」


「……」


 アベルの言葉は静かに、静寂の満ちるその場に響く。

 そこにアベルに向かって声を上げる者が一人。彼らの兄、長兄であるレオニスだ。


「アベル! 貴様の行い、王族として愚行な行いと知ってのその発言か!? 良くもおめおめとその顔をこの場に向けることができたものだ!」


「……」


「レオニス兄様、アベル兄上は……」


「カイン、今はアベルへと言葉をかけている。お前は少し口を閉じておけ」


「……はい。申し訳ありません」


 カインがアベルの弁解の言葉を告げようとするが、レオニスはそれを少し声量を上げ黙らせる。


「フンッ。どうなんだアベルよ。言いたいことがあるならこの場で王の前にてハッキリと告げるが良い。でなければ貴様……王への反逆とみなし、貴様をそそのかした者、関係した兵全員を罰する事となるぞ……」


 その言葉に、近くに並び立つ従者のモズモの小さな体がビクリと反応を示す。

 それを見てレオニスに従える大臣達は内心で笑っているのか、隠しきれない不敵な笑みを浮かべている。


「……」


「アベル、沈黙では答えにならんぞ……。ならば、問おう! 何故お前は自身の騎士団の団長を残し、数百のみの騎兵を連れてフロールス家領地に馬を走らせた!? 」


 来るであろうその言葉に対して、アベルは間を開けずに返答を返す。


「恐れながら、私は王に背く事はしておりません。ただ単に危機の迫った弟に会いに行ったまで。目的にそれ以上の事はございません。兄が弟を心配して何がおかしいでしょうか? 騎士団団長を残したのは残る騎兵部隊の統率を維持するためです」


「ぐっ……。貴様、よくもそのような迷い事を……。そうか……お前の目的はカインの安否を心配しての行動と言うのか……」


「はい……」


 二人のやり取りは正に一触即発。

 そこにセレナーデ王国の王が言葉をかける。

 それはレオニスの言葉の様に厳しくもなければ、相手を嫌悪と感じさせる圧は全く感じられない言葉であった。

 それはそうだ。

 玉座に座る者は国の王であり、レオニス、アベル、カインの母親なのだから。

 この国の先代の王は勿論彼らの父親であった。

 しかし、カインがまだ幼少期の頃に亡くなってしまった。

 戦争や暗殺ではなく、心臓発作の突然死。

 いつもの様に家族と食事を済ませ、明日の会議の打ち合わせを執事とした後、寝室に戻りベットに眠ったのだ。

 朝になり、王を起こす為とメイドや側仕えの者達が部屋に入室。

 すると王の体は冷たく、苦しむことも無かったのか無表情のまま永遠の眠りに付いていた所を発見された。


 王の突然の死に慌てる城内の者たち。

 だが、そこで周りを落ち着かせたのが、妻であり現女王、ローソフィア・アルト・セレナーデ

 毅然とした態度を保つのはまだ幼き子供を残し、遥たかみに行ってしまった夫の代わりと自身の心に鞭を打ちつける思いと立ち上がったのだ。

 この時レオニスの歳はまだ成人もしていない年子。

 下手に若すぎる弱王として王位を渡してしまっては国が滅びると多大な意見。

 ローソフィアも政治には知恵が回るため、跡継ぎがしっかりするまではと女王として即位している。

 しかし、最愛とした夫を失った心を保つのも限界が来たのか、時期王を譲る動きを見せたその時だった。

 継承権を争い、レオニスとアベルの嫌悪とした関係に彼女は日々心を痛めることになっている。

 正に目の前でのやり取りは女王としてではなく、母親として見たくない光景そのままだ。

 ローソフィアはレオニスに言葉をかける。

 それは兄弟喧嘩を止める母親の様に。


「レオニスよ、よい。下がりなさい」


「……はっ」


 レオニスも女王であり、母の言葉に逆らう事はしない。

 それは公式の場であろうとも、非公式の談話の場であっても。

 ローソフィアの視線はアベルへと代わる。

 

「アベル、貴方の行いは兄として正しくも、王族としては過ち。暫し部屋にこもり、もう一度自身の立場を見直しなさい」


 要するに、おいたした子供に謹慎を言いつけたのだ。


「はっ! 改めて謝罪をこの場に残し、女王の言葉の通りに……」


 一先ずアベルの身勝手な行動に関してはここまでと、それよりも触れなければいけない案件がいくつもあるのでそちらへとローソフィアは意識を向ける。


「さて……。アベル、カイン、無事の帰城に祝杯と行きたいところですが、色々と報告もあるようですね。先ずはカイン。貴方が見つけたロストスキル使用者に関して。そして、フロールス家以外の多数の領主が共にこの王都まで足を向けた理由を聞かせて貰えますか?」


 勿論大体の連絡はローソフィアの耳にも入っている。

 しかし、それは大体であり、全てではない。


「「はっ!」」


 声を合わせた二人の息子。

 報告はダニエルとミツが出会ってから。

 カイン、マトラスト、ルリの対談の場の話。

 そしてその後のミツの戦闘。

 続けてフロールス家ダニエルの息子がベンザの悪事にて行われた虜囚事件、その早期解決。

 ベンザは巫女姫の力にて悪事を自白させ、マトラストがベンザの屋敷にガサ入れを入れ、大量の横領を発見した事。

 それに踏まえ、周辺領地の領主が悪事に手を貸していた内容。

 武道大会内でのステイルの魔物化後の暴走。

 その時見せたミツのトリップゲートにて観客席から脱出する人々。 

 その功績も含め、ミツが試しの洞窟にてローガディア王国を危機に落とし入れたヒュドラの討伐を成し遂げた内容。

 彼はどこの国にも使える気はなくとも、友好を結びたいとヒュドラの素材を各国に無償にて分け与えた事。

 アベルの部下、騎兵部隊との模擬戦内容。

 その後カルテット国、セルフィの提案にてミツのアルミナランク昇格の推薦。

 それに関して各国代表者が進んで名と印を書き記した事。

 更にライアングルの街にて奇跡的な力にて教会を建て直す力を見せ、今回王宮神殿に足を向けることを前提とし、共に王都に来ている事。

 最後にミツのトリップゲートを使用し、ダニエルの屋敷からセレナーデの王都までを彼は回復薬を使うことなく1000人以上の移動を可能とした事実を二人は告げた。


 一つ一つの報告が信じられない気持ちなのか、初めて聞く者にとっては目が飛び出る程に驚きだろう。

 そう、僅かなこの時期に、彼は様々な事をやらかしていた。

 しかし、報告に上がっていない内容もある。

 それはミツが魔石を作れる事。

 ミツが神々の祝福を受け、作物などを簡単に育てる事ができること。

 この事を告げるかどうかは、ダニエルは判断を悩んでいた。

 今この場でそれを発言すればミツを取り合う内戦が確実に起きるのでは。

 いや、既に先程の報告を耳にした時点で、幾人かの目の色が変わっている。

 それはセルフィが以前告げたように、後先も考えずに内側に取り入れようと思う愚骨者達だ。

 二人の報告が終わり、またその場には静寂が満ち……。


「な、なんだそりゃ!!!」


 満ちなかった。


 いや、レオニスが叫びたくなる気持ちも分かる。

 それは先程の内容を報告している二人も同じ気持ちなのだから。

 この報告を虚言だと問われたとしても、二人だけではなく、後ろに控える貴族たちも同じ言葉を出すだろう。 

 勿論ルリのスキルを使用し、虚言ではない事も偽り無き内容なのだから 

 内容が内容だけにどれから手を出したものか。

 取り敢えずミツが王宮神殿を見た後、直ぐにどこかに行かれては困ると直ぐに神殿へと連絡を回すことに。

 次にミツのアルミナランクアップはもう揺るがすことができない真実なだけに、冒険者ギルドへとこれも連絡を回す。

 ベンザの事も無視できない内容であり、共に来た領主達にも空席となった領地の話もしなければならない。

 そこは経済的専門の大臣達が動くので、それは彼らに任せることにした。

 しかし、やはりそこまでの力を見た訳ではないレオニスを含む貴族達は疑問を持つ為、直接ミツを見なければ判断がつかない。

 ならばとミツがアルミナランクアップをする際、必ず戦闘は見せるだろうと魔導具を使用し、彼を遠目にて確認してはと、レオニスの大臣が提案を出す。

 それだけでは判断も難しい時は、別の提案も出された。

 報告内容にもミツの森羅の鏡の存在は告げられている。

 ならば、ここに来た時にでも、もう一度ヒュドラとの戦闘を見せてもらい、その時にでもかれの力量を判断もできるだろう。

 因みに、レオニスと大臣の頭の中では既にネミディアの存在は完全に忘れられていた。


 その頃そのネミディアは、宿屋の食堂場にて分厚目のソーセージを食べつつ後の行動を思案していた。

 問題なくロストスキル使用者の情報は得ることができた。

 ならば直ぐにでもこの情報をレオニスと大臣へと報告する為に街を出るべきだが、ここで馬を買うべきか、それとも馬車での移動をするべきか。

 ディマスから温情として貰った金貨10枚。

 少し減って、金貨9枚が彼女の懐にはある。

 これで馬を買ったとして、王都まで馬と自身の餌、ではなく、食事代が持つのか?

 最悪の場合、馬は途中乗り捨てる事も考えたが、安安と馬を捨てるのはディマスからの恩義に反するのではと心が揺らいでいた。

 しかし、ゆっくりと馬車の移動も時間がかかる。

 んーんーと考えつつ、彼女は大口を開けて分厚目のソーセージにかぶりついていた。


 その近くでは、プルンとリッコ、そしてミーシャの三人娘が焼き菓子を食べながら、王都へと行ってしまった少年の話をしていた。

 だが、話すリッコは少しご立腹なのか、口に運ぶ焼き菓子のペースが二人よりも早い。


「まったく、折角教会に朝早く見送りに行ってあげたのに、とっくに街を出ていったなんて。フンッ!」


「ニャはは……。リッコ、どうせミツは直ぐに戻って来るニャ。そんな怒らなくても」


「分かってるわよ。でも気持ち的に納得できないの」


 そう言いつつ、彼女はプルンが狙っていた大きめの焼き菓子を手に取る。


「ふふっ、リッコちゃんの気持ちも分かるわ〜。でも、私もリッコちゃんも出発の前の日には、彼に行ってらっしゃいの言葉が言えたんだもの。それで私は十分よ〜。リッコちゃんはそれじゃ駄目なの?」


「駄目とは言わないけど……」


「なら、行ってらっしゃいのキスでもしたかったの?」


「なっ!? ミーシャ、あんたは……」


「フフッ。んっ? プルンちゃん、どうしたの?」


 自身の言葉に直ぐに顔を真っ赤にさせるリッコに笑みを送っていると、隣に座るもう一人の子は逆に沈黙と顔をうつむかせてしまった。

 如何したのかと声をかけると、彼女の上げた顔はリッコと同じ様に真っ赤。

 昨晩の事を思い出してしまったのか、知る者がいればこのセリフを彼女へと送るかもしれない。

 ゆうべはお楽しみでしたね。


「……ニャ!? な、な、何でもないニャよ!」


「そう? んっ……? プルンちゃん、まさか貴女……」


「ニャ!? 何ニャ!?」


 ミーシャはプルンへとぐっと顔を近づけると、彼女の顔を両手でそっと包むように添える。


「よく見たら、目の下にクマができてるじゃない。よしよし、ミツ君が居なくなった事に悲しくなって、本当はベットの中で泣いていたのね」


「そ、そんな事ないニャよ!? あんまり寝てないのは確かニャけど、それは……」


「んっ……?」


「昨日は夜中までミツと話してたからニャよ」


「「……」」


 話していた。その言葉に、確かに旅立つ前に互いに今までの思い出話と話し合うことは別に変な事でもない。

 彼女の態度と視線が、彼女を見る二人に違和感を感じさせただけである。


 翌日。


 少し値の張る宿に泊まったミツは寝ぼけながらも宿屋の食事場にて朝食を食べていた。

 

「ね、眠い……」


「どうしたミツ? 緊張して眠れなかったか?」


「ゲイツさん、おはようございます。いえ、緊張はしてないんですが、部屋のベットが自分に合わなかったのか、ちょっと眠りが浅くて……」


 モソモソと食事をしているミツの隣の椅子に座るゲイツ。

 ミツの言うとおり、彼は数日と使っていた教会の寝具とは違う寝心地に、それほど深い眠りに付けずに寝不足になっていた。

 〈状態異常無効化〉このスキルを持つ彼でも、尿意、睡眠、性欲は普通に起きるようだ。

 まぁ、確かにご飯を普通に食べて、出すもの出さなかったら彼の体は大変なことになるだろう。


「ハッハハハ! 地面や硬いベットで寝るのが当たり前の日々だったか。俺の場合は最初は爆睡し過ぎて寝過ごした程だったがな。まぁ、折角この宿に泊まってるんだ。希望すれば別のベットと変えてもらえるかもしれんぞ。それよりも、そんな状態で今日は大丈夫なのか?」


「はい。少しすれば目も覚めると思います。ところで、ゲイツさんは今日は依頼か何か受けられるんですか?」


「いや、昨日依頼の掲示板を見たが、その殆どが日数のかかるものばかり。それなら、お前の昇格試験とやらを見せてもらおうかと思ってな」


「そうですね。なら、終わった後にでも昨日教えてくれたお店でお昼はどうですか?」


「フンッ。お前が問題なく昇格したならば、祝として俺が奢ってやる」


「本当ですか! なら少しでもお高めのお店の方を選ばないと」


「おいおい……。フッ……ハッハハハ! 無駄な悪知恵を働かせるぐらいの余裕があるならば、お前は大丈夫そうだな」


「どうでしょう。ライアングルの冒険者ギルドのギルドマスターのネーザンさんは、ここのギルドマスターはくせ者だって言ってましたからね。何をやらされるか」


「フムッ……。小僧、油断するなよ」


「はい」

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