第214話 出発! はい、到着!

 ミツが教会からフロールス家へと向う一刻程前。

 とある貴族の馬車の中でネミディアはその馬車に同行していた。


「ディマス様、この度は共にライアングルの街までの同行をお許しいただき、誠にありがとうございます」


「いやいや、ネミディア嬢よ、頭を下げることはないよ。君を見つけたのは偶然だからね。それに我々もフロールス家に足を向ける道中、気にすることもない」


「はっ! その恩義にこのネミディア改めて、心よりお礼申し上げさせていただきたい!」


「う、うむ……。相変わらず剣士道が凄いね貴女は……」


 ネミディアの迫力に少したじろぐディマス。

 その隣に座る娘が言葉をかける。


「ですがお父様、折角ネミディア様との再開の時間を楽しめないのは残念ですね」


「ああ。仕方あるまい。我々は王都に行かねばならぬし、ネミディア嬢にも予定というものもある。ネミディア嬢、深く理由は聞かぬが、貴女の受けた任務、無事に遂行することを陰ながら祈っておるよ」


「はい! ディマス様、リティーナ様、フィンナッツ家のお二人のお心遣いに私、ネミディアは心より感動しております」


 ネミディアの前に座る二人のうち一人は、試しの洞窟でミツと知り合っていたリティーナ嬢。


 ネミディアが何故リティーナと馬車を同じにしているのか。

 それはネミディアはディオンアコーの街から銀貨五枚分の道を馬車で移動した後、馬車から降りた後は真っ直ぐにライアングルの街を求め走っていた。

 彼女は走って走って歩いて走ってと、体力の続く限り走り続けていた。

 とんだ体力莫迦である。

 そんな彼女も流石に飲まず食わずと走っていればエネルギーが切れたのか、道中後ろから自身を追い抜く馬車の風に煽られ、バタリと倒れてしまった。

 馬車に乗った者は人を引いてしまったと慌てて下車し倒れたネミディアを確認。

 護衛として付き添っていたゲイツがネミディアの状態を確認後、うわ言の様に彼女の口から腹減ったと聞こえたので馬車に打つかった訳ではないと一先ずは安堵する。

 これから王族の居るフロールス家に足を向けると言うのに、人身事故を起こしたなどアベルとカインの不評を呼ぶかもしれないと冷や汗物だったようだ。

 本来ならそのまま放って置く事も考えられる事なのだが、彼女の着ている鎧が王都の新兵鎧なだけにそうもできない。

 更にディマスとリティーナがネミディアの顔を見れば、実は知人の娘である事に気づいた。

 初めてシングルトン子爵に娘を紹介された時、彼女のむらさきのツインテールが印象に残っていたのだろう。

 同じ子爵家と言う事で幾度か交流もあったこの二家は友好関係でもある。

 ライアングルの街に入った後、ネミディアは貴族街に入る前の下町の宿屋の前で降ろしてもらうことに。

 

「ネミディア様、ここでお別れするのは寂しく思います。今度時間がございましたら、また剣の稽古にお付き合いくださいませ」


「はい。リティーナ嬢もそれまでお互いに精進いたしましょう。ディマス様、ここまで送っていただけただけでも感謝と言うのに、旅の資金まで頂けるとは……。ありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします!」


「よい、友人の娘を無一文と放り出すわけには行かぬよ。王都に行ったら君の父上と酒を酌み交わすゆえ、それで良しとしようではないか」


「はっ! このネミディア自身の不甲斐なさに一生の不覚! どうかディマス様は父上には真実を告げて頂き、後にフィンナッツ家の皆様にご迷惑をおかけしました罰を受ける事を父上にお伝えくださいませ」


「ハッハハハ! 硬い性格は親譲りかな」


「ネミディア様、それではそのお金は次回私の剣の稽古に付き合うための、先払いの授業料としてお受け取りください。それでしたら問題ありませんわ。ねっ、お父様」


「うむ。ネミディア嬢、それで良いかな?」


「しかし、それでは……。はっ! このネミディア、リティーナ嬢の提案、謹んでお受けいたします!」


「そうかそうか。それでは貴女の武運を祈っておるよ」


 ネミディアは馬車に向かって頭を下げ続け、見えなくなったところで自身の目的を遂行するためと早速動き出す。


「よし、早速失われたロフトスキルの使用者の情報収集……」


 握りこぶしを作り、一歩踏み出した瞬間、彼女の腹部からぐ〜っと腹の虫が鳴る。


「うっ……。その前に腹ごなしとするか……」


 ガサゴソとディマスから受け取った麻袋の中身を見ると、中身は金貨10枚が入っていた。

 ここから王都に帰る馬車代を差し引いても、数日情報収集の活動ができることに改めてネミディアは感謝の念を二人へと送る。

 そして食事が終わった後、彼女はロストスキルの情報を集めることに。

 情報収集は時間がかかるので根気勝負のはじまりだ。

 しかし、それは杞憂でしかなかった。


「なっ!? その者は冒険者なのですか!? しかもグラスランクの冒険者!」


「えっ!? 教会で寝泊まりしてる!?」


「うぇっ!? 黒髪の少年が!?」


「がはっ!? ミツと言う名前って……あの子がっ!!」


「あああ!? もう街を旅立った!?」


 っとまあ、いざロストスキル使用者の話を聞こうと街の冒険者や街の人に声をかけると、あっさりとミツの情報が集まり、最後は教会のシスターから既にミツは旅立ったことを告げられる。

 自身は途中から馬車を降りたので、先に馬車で街に帰ってきてもおかしくはないと彼女は思っていたのだろうか。

 本当はゲートを使い先に街に帰ってきていたのだが。


 貴族街を通り抜け、間もなくフロールス家に到着するリティーナが乗る馬車の中。

 

「お父様、この度は改めてお礼申し上げますわ」


「んっ? どうしたリティーナ。突然改まった礼の言葉などして」


「本当は王都にはお父様お一人で行かれる予定でしたのに、私のワガママで私だけじゃなく、ゲイツたちを一緒に連れて行ってくれた事です」


「ああ。気にすることはない。元々道中の護衛は必要なことだし、新たな護衛を雇う時間も今回はなかったのだ。寧ろ娘の護衛を連れて行く形となるので、お前も一緒に王都に連れて行く事になってしまったことを、私は責められると思ったぞ」


「ホホホッ。責めるだなんて、私がお父様を責めることなど考えたこともございませんわ」


「ああ、お前は私には勿体無いぐらいの良き娘だからな」


「失礼。旦那様、お嬢、フロールス家に到着しました」


「うむ、そうか。リティーナはこのまま馬車に乗っていなさい。勿論王族の皆様が姿を見せられた時は令嬢としての礼を取るのだぞ。ゲイツ、護衛を頼んだ」


「はい、お父様」


「はっ」


「凄い数の人ですね……。あの銀色の鎧の人達が全員王国騎士の皆様ですか」


「お嬢、それと恐らく向こうで隊列を組んでいる白の鎧の者たちは神殿騎士でしょうな。噂通り女性のみで作られた部隊です」


「これからこの場にいる全員で王都まで移動ですね。どれ程の日数がかかるんでしょうか?」


「そうですね……部隊が大きくなれば行軍速度も落ちますので……二週間と言ったところでしょうか」


「私達だけならば急げば5日、普通に進んでも7~9日ですが、そんなに落ちるんですね。はぁ、到着するまで退屈しなければ宜しいですけど」


 父のディマスが行軍に関して話し合いに行っている間と、リティーナとゲイツは他愛もない話に時間を潰す。

 今回リティーナの邸宅、ディマス子爵が治めるフィンナッツ領地も隣接する領地の譲渡権利を得た。

 その為この場にはディマス子爵の他に、領地を管理する多くの貴族が集まっている。

 管理する領地と言っても、フロールス家の10分の1程しか無いが、彼らにとってその10分の1でも大切な財産なのだ。

 リティーナの様に冒険者のゲイツを護衛に付けた者は周りに多く、階級の低い者程、護衛の質が変わるので見ていて分かりやすいかもしれない。

 例えばリティーナの馬車の後ろに並んでいる男爵と准男爵家。

 恐らく町に住む屈強な男たちを集めて身内で固めた護衛だろう。

 更に下の騎士家となれば人は揃っていても装備が少し乏しくなる。

 少ない者を見れば馬車一台と荷台が一つ、そして護衛が少数。

 今回は集団での移動となるので賊やモンスターから襲われることはないと思う。

 それも考えてのその数だけしか準備しなかったのか、それともただ単に人材不足、もしくは資金をケチったのかは分からない。


 ゲイツが周りを見渡していると、白の鎧をまとった王宮騎士団の中に、一人だけ黒の鎧を着た者に視線が止まる。

 伝令の兵としては随分と背丈の小さな奴だなと思っていると、その少年が振り向けばゲイツの口から言葉がこぼれ落ちる。


「あっ……」


「ゲイツ、どうしましたか?」


「いや……お嬢。今回の行軍は退屈にはならないかもしれません」


「それはどう言う意味で?」


「あちらをご覧ください……」


 リティーナに分かりやすいようにと、そちらへと視線を向ける。

 

「何か見えますか? あれ? あれって……えっ……ミツさん!?」


 上級貴族が集まる場にて、一人だけ浮いた存在と周囲からも視線を集めるミツ。

 彼を知る者は尊敬の眼差しや、共に王都に向かってくれるのかと期待する者様々。

 彼は領主家が集まる場へと当たり前に移動する。


「えっ、今、辺境伯様が道を譲りましたわ……」


 行軍の相談をしている所へとミツが進み、彼が頭を下げると他の貴族も恭しく頭を下げていることが見えた。

 勿論その中に父であるディマスも含まれる。

 貴族だけではなく、上級貴族の伯爵、辺境伯すら彼に対して遠目からも腰が低いように見えてしまうのは錯覚だろうか。


 リティーナとゲイツがその光景に言葉を失っていると、ザッザッと足並みが聞こえる。

 王族を守る騎士団が動き出したのだ。

 フロールス家の屋敷の中から王族のアベルとカインが出て来た事に全員がその場で膝を付く。

 勿論リティーナは父に言われたとおりに、急ぎ馬車から出ては貴族令嬢の挨拶とスカートを摘み礼を取った。

 壇上に上がり、アベルが声を拡散させる魔導具に声を吹き込む。


「皆の者、先ずは急な言葉にこの場に集まった事を礼を言わせてもらうよ。皆は既に理解しておるだろうが、今回集まって貰ったのは国の存亡を回避する為。貴殿たちにはそれを補ってもらうが、その分の見返りを私達は用意してある。それでは、一刻も早く王都へと向うとしようか。先導する王族の馬車に続くが良い」


「「「「「はっ!」」」」」


 アベルの言葉が終わり、貴族達の声が重なる。

 だがそこに、場の空気も読まないゆっくりとした声が皆の動きを止める。


「あっ、すみませんアベル様。出発の前によろしいでしょうか?」


「「「「「!?」」」」」


「!? な、何かなミツ殿」


 挙手をしてアベルに声をかけたミツに向けられた貴族達の視線は、嫌悪な視線ではなく、ただ単に驚きの視線だけである。

 もしかしたら突然私は一緒に行きませんなど発言するのではないかと最悪のパターンも皆の心を過ぎったのだ。

 彼も勿論同じ気持ちだったのだろう。

 アベルは急ぎ壇上から下り、ミツの側に駆け寄る。

 あまり大勢の前で王族であるアベルがそんな動きをされてもミツも困るのだが、呼び止めた本人は苦笑い。


「あ、いえ、移動にはゲートを使い皆で進もうと提案しようと思ったのですが、如何でしょうか?」


「えっ……あ、ああ。そうだね……。カイン、マトラスト、二人もそれで良いよね」


 少し気抜けした様に安堵するアベルは、二人へと同意を求める。


「はい。行軍の短縮となれば食料や兵達の疲労も軽減されます。ミツ殿、我々からも是非ご協力をお願いしたい」


「しかし、この数の兵。貴殿、無理はするではないぞ?」


 マトラストの言うとおり、この場には護衛含めると軽く1000人は超えた数の人が居る。

 しかし、ミツはマトラストの心配も大丈夫と笑い返してしまう。


「ハハッ。大丈夫ですよ。それじゃ皆さん、行きましょう」


「うむ。乗車!」


 カインの言葉に貴族達は自身の馬車の方へと急ぎ足に戻っていく。


 駆け込むように馬車に入ってきたディマスにリティーナは質問する。


「ふぅー」


「お父様、お父様はミツさんをご存知でしたの?」


「えっ? あ、ああ……。話は道中話す。ゲイツ! 行軍を始めるぞ。我らは伯爵家様の馬車の後方を走る」


「はっ。かしこまりました」


 各自準備が整ったのか、あちらこちらから慌ただしく声が聞こえてくる。


「んー。あっちの広い方で良いかな」


 ミツは誰も居ない広場の方へと歩き出す。

 その途中、後ろからセルフィが手招きして彼を呼ぶ声を出す。


「少年君、少年君、ちょっとちょっと」


「んっ? セルフィ様、どうかされました?」


 ミツは踵を返し、セルフィの方へと駆け出す。


「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど。一週間後ぐらいに一度こっちに帰ってこれる?」


「? はい、それは問題ありませんが。どうかされましたか?」


「えーっとね。君がカルテット国に譲渡としてくれたヒュドラの鱗。あれをカルテットの人達が取りに来るのが大体一週間後ぐらいなのよ」


「ああ、なるほど。分かりました、それではそのタイミングに戻ってきますね」


「うん、よろしくね」


 二人の何気ないやり取りを見て、他貴族は改めてカルテット国とミツの繋がりが強い事を確信していた。

 

 馬車に乗り込むダニエルの見送りと、彼の婦人の二人と子供達が言葉をかける。

 暫しの別れと、ラルス、ミア、ロキアと一人一人と彼は胸に抱きしめる。

 二人の婦人にも挨拶と軽い口づけを交わす。


「あなた、道中のご無事をお祈りしております」


「大丈夫、心配することはない。彼も共に行くのだ、例え野良の竜が出たとしても恐れることはないさ」


「旦那様、自身の命を狙うものは獣だけとは限りません……。お気を付けくださいませ……」


「……。うむ、分かった」


 エマンダの真剣な瞳と言葉の重みが彼にも伝わったのだろう。

 ダニエルは強く頷きを返し、馬車へと乗り込む。


「それではゲートを開きます」


「こう言っては何だが、彼が居て助かりましたな」


「マトラスト、お前はまたその様な発言を……」


「いや、殿下も理解されていると思いますが、この数の移動には大量の金と食料が飛びます。また、行軍が長く伸びる事で予想外なトラブルも起きかねません。彼の力で、もし移動日数を少しでも短縮できるならば、兵達の野営準備も早々と行えましょう」


「マトラストの言うとおりだね。それに私は雨風が凌げるなら野営でも構わないよ」


「ハッハハハ。アベル様、それはそれは。しかし、雨風が降る中で外で護衛をする兵たちが不憫ですな」

 

 いざ出発前と、ご機嫌な彼らは談笑を交え会話をする。

 予定とは違ったが、王都に目的である少年をつれて帰還できる。

 自身の小さな領地が王都に行けば領地が増える。

 王都に到着する前にと、このチャンスと王族とミツと友好を深める事ができる。

 様々な目的と達成感を心に秘めつつ、彼らは少年を視線から外すことはなかった。

 だがこの時、アベル、カイン、マトラストの三人だけではなく、その場の多くの貴族達は油断していた。

 彼が彼であり、誰も予想しない規格外(常識はずれ)な人物である事を。

 ミツが彼らの前でゲートを出すのは何度目なのか。

 それでも中には初めてトリップゲートを見る者はいるので驚きの声が湧くことは確かだ。

 

 だが……。


「「「「「!?」」」」」


 大きく広げられたトリップゲート。

 いつも出している扉サイズのゲートではなく、今回出したのは10階建てマンション程の高さと長さを出してある。

 理由としては1000人以上の人が通り抜けるにしても、馬車など荷物があるので扉を広げなければゲートを通り抜けるだけでも時間を消費してしまう事だ。

 しかし、彼の出したゲートの大きさもだが、先に見た光景にその場の全員が絶句と言葉を失い、口を大きく開けては唖然とした表情を作ってしまう。

 

「なっ……」


「ま、まさか……」


「まぁ……少年君らしいと言えばらしいわね……」


 大きく開いたゲートの先に広がる光景。

 先まで見えない程に広がる街並み、この場にも何万人もの人々が住んでいるであろうか。

 更に街の中央にそびえ立ち、大軍勢が押し押せたとしても堅牢な壁が守るべき王城を守る。

 そう、彼らの見るゲートの先には、アベル達が目的としたセレナーデ王国の風景が見えるのだ。


「ふぅ……。殿下、お喜びください。今晩はご自身の寝室の寝具にて寝る事ができそうです……」


 驚きを通り越したマトラストは目を細め、カインへと淡々と言葉をかける。

 だが、その言葉もカインには届いていないのか、わなわなと指をさす自身の住む王城を指しつつミツへと言葉をかける。


「莫迦な……。あれは王都、セレナーデではないか……。ミツ……貴殿はセレナーデ王国までもトリップゲートを繋げる事が可能なのか!?」


「はい、一昨日の夜にこちらでお食事を共にしました後、分身に頼んでセレナーデ王国まで行ってもらいました。大体一刻もかからずに帰ってきてくれましたね」


「「「なっ!?」」」


 教会に戻ったミツは分身にお願いを一つしていた。

 本当なら一週間以上の経路をアベル達と共に馬車移動をしようと考えたが、別に一気に目的地についても良いのではと。

 そう思ったミツは分身にセレナーデ王国まで行ってもらい、彼にはセレナーデの街手前でゲートを使いミツを呼んでもらったのだ。

 勿論分身が全速力で走っても一週間近くかかる距離を片道1時間で行けるわけもない。

 彼は直ぐに精霊召喚を発動し、フォルテに翼になってもらった後、全速のスピードで飛んでいったようだ。

 障壁の魔法やスキルを使う事に二人は無事に到着。

 大体距離で表すなら750キロぐらい。

 福岡から名古屋までの距離を飛行機で飛んだと言えば分かりやすいかもしれない。

 その距離を一刻もかからずに。

 カイン達はその言葉に更に唖然とし、大きく目を開ける。

 トリップゲートの先に見えている王国に、ざわざわと声が止まることなく、先程馬車に乗った貴族たちも驚きに下車している。

 彼らはどうしたものかとアベル達の方へと視線を向けている。

 そして、マトラストが唖然と動きを止めたアベルの名を呼ぶ。


「アベル様、アベル様!?」


「……あっ。ああ。申し訳ない、突然の事に失礼な姿を見せてしまった……。マトラスト、直ちに私の騎馬を使い、トリップゲートの先の場の確認を走らせよ! 場所によっては大人数に場所が狭ぜかもしれん」


「はっ! 直ちに」


 マトラストは直ぐにアベルの騎馬部隊へと伝令を連絡を回す。

 部隊長のクリフトが先人と数名の部下を連れ、急ぎミツの元へと走る。


「ミツ様!」


「ああ、クリフト様。如何されましたか? 出発の前に何かトラブルでも?」


 クリフトは焦る気持ちを抑えつつ、ミツへと無礼のない事を心得ながらも、トリップゲートの先に見える光景に質問する。


「いえ……。失礼ながら貴方様の出された神のお力、この先の安全の確認と参った次第。それと、確認なのですが、あの……。この先はセレナーデ王国で間違いないのでしょうか……」


「はい、間違いなくセレナーデ王国に繋げていますよ。一応広い場所に出したつもりですが、確かに先の安全確認は大切ですね。ちょっと行ってきます」


「ああ、お待ちを! 確認ならば我々が」


 スタスタとゲートを潜り抜け、先に見える野原へと足を進めるミツを追いかける様に続くクリフト達。


「えーっと、広さ的にここで大丈夫だと思います。あれ? クリフト様?」


 セレナーデ王国が一望できる崖沿いに立ち、後ろを振り向くとクリフトを含め、ついてきた騎兵の全員が愕然とした表情を作っている。

 と言っても表情が分かるのは甲を取っていたクリフトだけだが。


「た、隊長……間違いなくここはセレナーデ王国の街外です……。野外練習で我々が使用する場でもありますので身に覚えがあります……」


「ああ……。信じられんが、これが真実だ……」


 クリフトは部下の言葉に改めて自身が立つこの場はセレナーデ王国である事を実感させられる。

 あまりにもの驚きに、馬の足元まで来ていたミツに気づくのは彼が幾度か声をかけたときであった。


「クリフト様? もしもーし」


「はっ!? し、失礼しました! ミツ様はこちらでお待ちを。おい、周囲の確認、それと他の騎兵を連れ、この場の警備に回すのだ!」


「「「「はっ!」」」」


 馬の手綱を引き、急ぎ馬に駆け出す部下の人達。

 その光景にミツは思わぬ勘違いを口走る。


「あー、街の外じゃなくお城の前で出した方が良かったですかね?」


「「「!?」」」


「い、いえ! ここで十分にございます!」


「でも、お城から近いと言ってもやっぱりここからでは移動が面倒なのでは?」


「いえ! いえいえいえいえ! 十分にございます! 十分にございますので、ここで! ここでお待ちを!」


「は、はぁ?」


 クリフトが何故にここまで焦り口調なのか。

 彼にとってはミツは様々な恩人であるが、まだ王から認められたわけではない珍客である。

 王都前にゲートを出した時点で驚きだが、下手に城の前でゲートを出されてはミツを警戒対象者と勘違いする者もでかけない。

 と言うか、恐らく既に王城の方ではこのゲートに気づいた者が伝令を走らせているだろう。

 こちらから城が見えるのなら、あちらからも、この大きなトリップゲートの光が見えているのだから。

 クリフトは全力を持って目の前の少年と敵対してはならないと心に強く刻み込んでいた。

 何故なら例え堅牢な城だと言え、フロールス家から王城までゲートを繋げる事ができるならば、いつ何時何処からでも敵を送り込む事も可能だと言う事なのだから。

 クリフトの部下が急ぎ馬とゲートを潜り周囲を警戒、そして状況を確認する。


「隊長、周囲に問題なし」


「街への連絡馬を走らせております」


「うむ、殿下への連絡を回せ!」


「はっ!」


 クリフトの指示する騎馬部隊が安全を確認後、アベル、カイン、マトラストと次々にゲートを潜り抜けていく人々。

 アベルは街を一望しつつ、驚きを通り越し、目を細めながら自国を見つめている。

「わー、間違いなくセレナーデの街だね……」


「驚きもここまで来ると、次に来る感情は呆れなのですね。いや、この歳になって学ぶ事があるとは」


「止めろマトラスト。俺はそんな気分になれん……」


「はっ……。しかし彼の力は様に神の力……。他に言葉が見つかりませんな」


「神でなければこの光景はありえんだろう……。あやつ、先程から涼しい顔をしておるが、これだけの兵と馬車が通り抜けたと言うのに、あやつは魔力の枯渇はせぬのか……」


「気づかれずに魔力回復薬を飲んだようにも見えないね……」


「アベル様、驚きはご理解できますが、彼に城への招待をしなければ彼が城に足を踏み入れることはございません」


「ああ、そうだね」


 元々ミツがセレナーデ王国へと足を踏み入れる理由としては、ルリの居る王宮神殿の見学という目的あってである。

 別に王城に行く事を伝えていないミツからしたら、王城が彼を招かなければミツは何処かに行ってしまうかもしれないのだ。

 行きの分の旅費が浮いた貴族の彼らならば、帰りは野営などせず金を払っても安全な宿屋を使い帰ることも可能なのだ。


「はい、どうぞ。先にいる兵の皆さんが誘導しますのでそのままお進みください」


 おっかなびっくりとゲートを潜り抜ける人々をクリフトの部下の人と一緒に誘導するミツ。

 そんな彼の頭にぽんっと誰かの掌が優しく乗る。


「相変わらずお前は俺達を驚かせるな」


「えっ? あっ!」


「お久しゅうございます、ミツさん」


「リティーナ様、ゲイツさん、それに皆さんも。お久しぶりです。お元気そうで何よりです。リティーナ様も今回ご参加されてたんですね」


 ミツの頭の上に手を乗せたのはゲイツの掌だった。

 ミツは久し振りにあった彼らに笑顔を向け挨拶を交わす。


「ええ、我々フィンナッツ家も声がかかりましたので共に参る事に。長旅を覚悟して居たのですが、まさかこの様な光景を見るとは……」


「全くだ……」


「アハハハッ。いや〜、長旅って最初は楽しいですけど連日続くと結構キツイじゃないですか。そのお手伝いができたと思えば」


「フッ……。お前のその行動力は変わらんな」


「あっ、ミツさん、誘導の指示が出ましたのでまた後程。失礼しますわ」


「はい、ではまた後で」


 リティーナは軽く頭を下げた後馬車の中へと頭を下げる。

 その中、ミツと思わぬ友好関係にいた娘とゲイツの対応に驚いていた父のディマス子爵の顔がちらりと見えた。

 後でまた二人と話もするだろうと、その時にでも改めてディマスへと友好関係を取れるならと考えるミツだった。

 

「ホッホッホッ。ミツさん、随分と大胆な移動を選択されましたね」


「ゼクスさん。はい、安全第一に考えるならこれが良いかと思いまして。と言っても本音は早くついた事に悪い事はないかなと、ただの自分の思いつきです」


「それは結構な判断にございます。……ミツさん、私は今回、旦那様に同行は許されておりません。私めはフロールス家の家族を守るように指示されております。そこで、ミツさんに頼みごとを一つお願いしてもよろしいでしょうか……」


「頼みですか?」


 ゼクスは本題に入ると、先程までの飄々とした笑みを消し真面目な表情を作る。


「はい……。まだ未定でございますが、今回、旦那様はカバー家領地をそのまま受け取る為、他の貴族様よりも多くの領地が渡されるでしょう。それは勿論カバー家が起こした不祥事をフロールス家が受けた為もあります。理由を知るものはそれに納得するかもしれませんが、それ以外の者からしたら、旦那様は利を得すぎた者と判断されます。最悪の場合、旦那様は他貴族さまに悪意ある手によって狙われるかも知れません」


「えっ!? そんな事! なら、ダニエル様に伝えなければ」


「ミツさん、お待ちください。これはもしかしたらの話にございます。確実な根拠もありません。この老体の空想である内は、どうかお待ちを」


「そ、そうですよね……。はい」


「申し訳ございません。そこで私からの頼みごとですが、どうかミツさんのお力にて旦那様をお守りください。ただの執事の言葉でございますが、是非とも……」


 ゼクスは彼に気持ちを託し、ミツの手を取る。

 強く握られたゼクスの手から彼の想いが伝わる。


「ゼクスさん……。はい、勿論です! ここに帰ってくる時は、ダニエル様は元気なお姿を皆様に見せ、そして両手いっぱいにお土産を持って帰ってくることを約束します!」


「……。ミツさん、私は貴方と出会えた事に心から神へと感謝いたします。そのお言葉、奥様方が聞けばこれ以上とない安心を得ましょう。どうか、よろしくお願いします」


「はい!」


 ゼクスとの会話を終えた頃、最後にゲートを潜り抜けた騎兵の姿。

 それを確認後、もうゲートを通り抜ける人はいないと周囲を見渡す。

 フロールス家の人々が深々と頭を下げる姿、そしてセルフィ達の姿を確認後にゲートを彼は閉じる。


 大きなトリップゲートが閉じ、ミツはダニエルの方へと視線を向ける。

 先程のゼクスの言葉が杞憂である事を願いつつ、ユイシスへと助言を求める。

 

《では、一つ。分身をダニエルに付けておくことを推奨します》


(分身を? それって分身をダニエル様の護衛に付けろってこと?)


《はい。分身も貴方と同じスキルが使用できます。そのスキルの一つ〈シャドーウォーク〉を使用し、ダニエルの影の中に潜ませて置けば、いざという時に対処もできるでしょう》


(なるほど。なら後でそうしとくね。ありがとうユイシス)


 ミツは早速とダニエルの馬車へと向う途中、巫女姫のルリに呼び止められる。

 

「ミツ様」


「はい、ルリ様」


 ルリの声は二人の代弁者がいつも話すのだが、ミツにそれは不要と、今はルリが直接ミツへと話しかけている。


「この度は貴方様のお力にて酷となる馬車での長旅を回避することができました事。また早期と神殿に帰還できる喜びをお伝えしたく参りました」


「いえいえ、長旅となれば体を清める事もままなりませんからね。お連れの兵の皆様の負担が軽減されたなら良かったです」


 彼女を守る様に周りを固める王宮騎士団の人達もミツの言葉が聞こえたのだろう。

 彼女達もルリに続くように頭を下げてきた。


「そのお気持ち、皆の代わりとお礼申し上げさせていただきます。それで、ミツ様を神殿にお招きしたいのですが、突然のことで恥ずかしながら神殿の方ではミツ様をお迎えするご用意ができておりません」


「そんな、自分も今日明日と伺えるとは思っていませんでしたので。王都を観光しながらお待ちしますので、ルリ様はどうかお気にせず」


「心よりお詫びいたします。その際はこちらからお迎えを向けますので、その日を楽しみとお待ちください」


「分かりました、では街の宿を決めましたら、ルリ様の護衛の方に宿をお教えしときます」


 こうして、ミツがまだ知るわけもないセレナーデ王国で巻き起こるトラブルの数々の足音が、彼の後ろまで近づいていた。

 

 

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