第213話 天使の歌声、そして新たな旅立ち。
「それではもう一つ。自分からは演奏を皆様にお送りします。今回は詩人のシモーヌさんもいらっしゃいますのでご協力頂ければと思います」
「え? あっ、は、はい。私でよろしければ、喜んで共に神へ送る演奏を奏でましょう」
突然名を呼ばれた事に驚くシモーヌだが、ミツの隣に置かれた椅子を彼が手の平を向け指し示すと、シモーヌは直ぐに応えてくれた。
「ありがとうございます。それと演奏だけでは物足りないと思いますので、演奏にあわせて歌をご披露いたします」
「へー。ミツ、あんた歌もできるのね」
「あっ、歌うのは自分じゃないよ?」
「えっ? じゃあ誰が歌うの?」
「えーっとね、この娘達」
ミツはリッコにニコリと笑みを返し、目を瞑る。
シモーヌが隣の椅子に座ったタイミングと彼は〈精霊召喚〉を発動する。
ポワッとミツの体から出てきた光に、彼女たちは姿を見せる。
「「「「「!?」」」」」
「「「「「マスター、お呼び頂き、我らここに」」」」」
フォルテ達五人の精霊が姿を見せた事にシスター達は直ぐに地面に膝を付き、恭しく祈りを捧げ始める。
ミツはシスター達に彼女達は天使ではなく、召喚した精霊ですので椅子に座り直してくださいと言葉を伝える。
数回と精霊を見ているリック達も見惚れてしまうフォルテたちの容姿。
その中、シューはテコテコとフィーネへと近づき、ヘイッと両手でタッチ。
フィーネもはいと可愛らしい返事を返す。
いつの間に二人が仲が良くなっているのかと思ってしまう。
あー、そう言えばと、シューはフィーネに抱えられて空を飛んだので、二人はその時の事で仲良くなったのかもしれない。
「フォルテ、悪いけど少し協力してもらえるかな?」
「はい。マスターのご希望は承知しております。我らの声、マスターや皆様へとお送りさせていただきます」
「ありがとう。それじゃ応援を更に呼ぶね」
恭しく頭を下げるフォルテたち五人の姿にシモーヌなミツとフィーネ達五人を交互に見ては唖然と固まる。
しかし、まだまだここで終わりではない。
ミツは更にアイテムボックスから以前教会の建て替え時に着た白のローブを着ては皆から少し離れ〈影分身〉を発動。
更にその分身が増え合計10人の分身が姿を見せる。
「なっ……。あいつ何するつもりだよ……」
「ははっ……僕達は彼との出会いから、最後まで驚かされるんですね」
「リッケ、何言ってるのよ。これが最後じゃないわよ。これからもズッと私達はあいつに驚かされ続けるのよ」
「ニャ……。そうニャね……」
白いローブを着た分身達はミツを囲み、彼のやりたい事に対して色々と意見を述べる。
しかし、そこは彼の分身。
突然の事に対して反対の言葉はなく、各々とあれはどうだこれは如何だと意見を出し合い、彼らは直ぐに動き出す。
そして直ぐに分身は各自アイテムボックスから木材やモンスターの素材の革、更に〈糸出し〉スキルにて必要な糸を作り出す。
そして各自〈物質製造〉スキルを発動し、各々と出来上がったものを手に取り音を出していく。
「えっ!?」
シモーヌな彼らの手に持つ物が何なのか直ぐに理解する。
見た事のない者に取ってそれは異様な物にしか見えないだろうが、演奏家の彼にとって分身が持つ様々な楽器に目玉が飛び出ると思う程に驚きを隠せていない。
「準備オッケーだよ」
「こっちもだ」
「多分これでいいかな?」
分身の10人は各自配置に付き、ミツの言葉を待つ。
「それでは皆様、お待たせしました。これより冒険者のミツ、一夜限りの演奏会を開かせていただきます」
ミツの言葉に驚きに反応が遅れたが、演奏の言葉に彼らは拍手を送る。
ミツ本人は木笛を奏で、分身の四人はバイオリンを、二人はフルートを、一人はティンパニーを、三人はバグパイプを構える。
今回演奏するのはミツが一番心に残っていた曲。アメイジング・グレイス。
これはイギリスの牧師ジョン・ニュートン作詞による賛美歌・ゴスペルの名曲。
この曲は過去の自らの過ちを悔い改め、それを許してくれた神様へと感謝の祈りを捧げた賛美と言われている。
別にシャロットに悔い改める事などは身に覚えもないが、感謝を伝えるならとこの曲を思いついたのだ。
演奏スキルレベルMAXのミツと分身にかかれば初めて使用する楽器も達人芸と美しい音色を出し始める。
バグパイプの音を初めて聞く人ならば驚きだろう。
ビーッと高い音に見をビクリとさせ、教会の前にある兵の詰所からは兵たちが次々と顔を出す。
通りがかる人々は足を止め、音が聞こえる教会の方へと視線を向ける。
そして、長女のフォルテが最初の声を出す。
それを耳にした者は一瞬に心をつかまれ、ドキっと胸の高鳴りを感じる。
ゆっくりとした出だしに次女のティシモと三女のメゾが合わせてくる。
フォルテ一人だけでも胸を高鳴らせる気持ちが、三人となれば歌声を耳にした者は無意識に恍惚と頬が染まっていく。
ティンパニーの音が聞く者全員の高鳴る心臓と重なり、更にダカーポとフィーネの声が重なる。
いつの間にか教会の前には人だかり。
この場にいる皆にはフォルテ達の言葉の意味は理解できなくとも、楽器の音色と彼女達の歌声に意味など求める者はいない。
本来なら5分程度の音楽なのだが、アメイジング・グレイスは音楽のループ曲にも使われることもあり、変な切り方をせずにもう一度最初から演奏を繋げることができる。
なので初めて聞いた人には分からないだろうが二週目を演奏。
ここで分身達の粋な計らいがミツに笑みを作らせ、全員を驚かせる。
分身一人一人がポワッっと光を次々と出し〈精霊召喚〉を発動した。
「「「「「「!?」」」」」」
10人の分身、全員が精霊を呼び出したらどうなるか?
想像できるだろうか、美しい翼を広げた50人もの精霊が空を飛び、その場で美しい歌声を聞かせてくれるのだ。
その光景は正に女神の降臨。
精霊たちの歌声は遠く遠く広がり、多くの者がそれを耳にする。
彼女達の歌声と演奏に心震わせ、無意識と涙を流す者たち。
膝を付き、祈りを送る人々。
演奏を続けていると、ミツはフッと思い出していた。
この世界に来て、アイシャとの出会い、スタネット村での出来事やその場での出会い。
そして自分を優しく見つめてくれるプルンの瞳。
彼女との出会いから、教会に住む家族やギルド職員のネーザンやエンリエッタ、ナズキにエイミー。
そしてプルンの隣に座るリッコ、リッケ、リックとの協力戦。
涙がこらえきれないのか、涙を流すローゼとミーシャ、そしてトトとミミ。
彼らとの出会いもゼクスとの出会いの繋がりであった。
ロキアをモンスターから助け、フロールス家の暖かな家族に出会えた。
洞窟内での楽しくも辛い出来事。
人から性格は冷たいと思われるだろうが、家族思いのヘキドナ、マネ、エクレア、シューとであった。
リティーナとゲイツのピンチを救い、そしてヘキドナの家族を見つける。
洞窟から戻った後もセルフィやバーバリとの出会いもあった。
この僅かな間と、彼は多くの者の繋がりと絆を結び、彼にとってはかけがえの無い宝となり心に永久に残るだろう。
それもあれもこれも、全てを思えば、創造神に感謝を込めて彼は更に気持ちを込め増えの音色を響かせる。
彼の演奏姿に思わず心奪われる者もいる。
いや、その女性は既に彼の虜であり思いを伝える言葉を探していたのだろう。
だが言葉は見つかった。
音の音色に背中を押されたのか、それとも自身を見る彼の瞳に心奪われたのか。
ドキドキと胸の高鳴りに、彼女はこれが恋だと改めて気付かされた。
演奏は終盤と、ミツの笛にあわせてフォルテがソロと歌う。
ゆっくりと演奏が終わり、それにあわせて分身の精霊召喚が解除され、彼女たちは光となって消えていく。
すすり泣く人の声の中、ミツは椅子から立ち上がり礼をする。
それに合わせ、分身と精霊たちも頭を下げると、割れんばかりの大喝采が起きた。
人々はやはりここは王宮神殿に認められる程に凄い教会だと口々に興奮した言葉を送っている。
「皆さん、如何でしたでしょうか?」
「凄え! 凄えよミツ!」
「ホント! 何よさっきのは!」
「凄いですミツ君。僕、もう感動で涙が、うぐっ……」
「素敵な演奏だったニャよ……ミツ」
リック達は興奮とミツに気持ちをぶつけ、涙を浮かべるリッケへとミツはハンカチを彼にそっと渡す。
プルンの目にに涙が流れていたが、彼女はそれを拭う事はせず、真っ直ぐにミツを見つめている。
「ありがとう皆。皆さんも喜んでくれたようで良かったです」
彼の演奏は大成功。
シモーヌもマンドリンを奏でつつ、隣で涙を流しながらもその手を止めることはなかった。
感無量とはこの事なのか、高鳴る気持ちが抑えきれないと、シモーヌは是非もう一度演奏をと誘ってきた。
勿論それを断る理由はない。
彼はレイリーの前で奏でた〈ラブメロディー〉を今回は精霊達の歌声も合わせ披露する。
更に追加と、以前シモーヌに教えた〈プレザントメロディー〉。
これも今回は歌を合わせ演奏する。
三曲連続だったが、演奏を重ねるたびに観覧する人々は増え、最後は教会を囲む程の人だかりができていた。
聞いた事の無い音楽に人々は心奪われ、うっとりとした気分と最後まで聞いていたようだ。
その中で一番に興奮していたのはやはりシモーヌだろう。
彼は一曲終わるたびに興奮し涙を流し、言葉を並べる。
ミツの演奏が終われば、夜の街にまた大喝采が起こる。
兵の人達も人混みを整理しつつ、耳を傾けていたのか拍手をくれている。
ありがとう、ありがとうとミツは聞いてくれた人々へと感謝を送るのだった。
楽しい時間は終わりとなり、三々五々と帰宅する人々。
別に今日でさようならと言う事もないので、皆にはまたねの言葉を交わしその日は別れる。
子供たちは疲れたのか早々と寝静まり、エベラ達も寝室に戻り眠りにつく。
ミツの部屋は静寂が満ちている。
電気も無いこの世界、夜になれば人は眠り、朝になれば人は動き出す。
そのサイクルに人々は眠るのだから、勿論ミツも横になり、身の疲れをベットへと溶かしていた。
「ふー。疲れたー……」
コン……コン……コン
「ぬあっ? えっ? 誰」
うつらうつらと瞼を重くしていると、静かに扉をノックする音がなる。
誰かと思い、ミツは部屋の扉を開ける。
するとそこには一人、プルンが立っていた。
彼女は二の腕に飲み物が入った瓶を挟み、トレーを持って立っていた。
「ニャ、ミツ、もう寝てたかニャ?」
「プルン。いや、ぼーっとしてただけでまだ寝てないよ。如何したのそれ?」
「今日余った野菜で作ったニャ。その、少しだけ話がしたいニャと思って……。これ食べながらでもどうかニャ」
「こんな時間に食べると太っ……」
「何ニャ」
女性に対して禁句を口にしそうになった彼に、プルンの厳しい視線が突き刺さる。
ポリポリと頬を掻き、目を細めては彼女を招き入れることにした。
口は災いのもとである。
「いえ、何でもありません。いいよ、折角プルンが作ってくれたんだし、ありがたく頂きます」
「ニャは!」
小さな円卓のテーブルを取り出し、椅子を並べる。
このテーブルセットはいつもはクローゼットの横に折りたたんだ状態に置かれている。
これはミツが〈物質製造〉スキルで作った家具の一つだ。
全員の部屋においてあり、必要な時にだけ出せば部屋の圧迫感もないので教会に住む皆は気に入ってくれている。
ちなみに、このテーブルセットはパメラが教会に来訪したときに1セット渡してある。
エマンダと話し合い、これを商業ギルドに持ち込むかはご自由にどうぞとミツは言葉を伝えてある。
「うん、美味しいね。スパイダークラブの身も入ってるから旨味が出て美味しいよ」
「思った以上に上手くできたニャ。ミツ、食べてばかりじゃなく、これも飲むニャよ」
「えっ? お酒? 大丈夫なのこれ?」
プルンが差し出してきたお酒が入った瓶。
形は歪で、蓋は布栓をされている。
ユラユラと揺れる中身はかなりの量が入っているように見える。
「ヘキドナ姉さんからの貰い物ニャ。そんなに強くないお酒で、ジュースみたいだから自分の口には合わないからって貰ったニャ」
「あー、確かにあの人達が飲むにしてはジュースだね。匂いが甘い香りしかしない」
ミツはプルンからコップを受け取り、彼女はコップへと注ぐ。
注がれたコップの中身をクンクンと嗅ぎ、少しだけ口にする。
ベリー独特の甘みが何種類も混ぜられているのか、まるでシロップの原液を舐めている気分だ。
「こ、これはそのまま飲むのはきついね」
「う〜。でも折角貰ったのに飲まないのは勿体無いニャ」
「なら、炭酸で割ろうか」
「ニャ?」
ミツはアイテムボックスに手を入れ、炭酸水を取り出す。
もう一つのコップに先程よりも少なくお酒を入れ、炭酸を入れる。
追加と、ロックアイスを取り出し丸く形を変えて入れる。
耳をすませばシュワシュワと音が聞こえ、軽く混ぜれば出来上がりだ。
炭酸水は無糖を使用したので薄められたお酒は飲みやすくなった。
「!? 美味しいニャ!」
「うん、多分これは元から薄めて飲む奴だったんだよ。アルコール度数もそれほどキツくもないから飲みやすいね」
「ニャ」
二人は最近あった出来事を談笑を交え晩餐を楽しむ。
「ハハハッ。そうだっけ?」
「そうニャ、そうニャ!」
プルンの飲むペースが早い気もするが、気のせいかな?
会話が進むと次第とプルンの様子がおかしくなっていく。
彼女はモゴモゴと何か口を動かした後、恐る恐ると口を開き言葉を告げる。
「ねえ、ミツ……。ウチ、ミツに謝らないといけない事があるニャ……」
「んっ? プルンが謝ることなんてあった? あっ、スヤン魚を釣り上げる時にドヤ顔を向けたこと? それとも晩御飯のおかずを取ったこと? 後は……」
「ち、違うニャ! いや……それはそれでごめんニャ……」
少し影を落とす様に、言葉を重くするプルンにミツは疑問を向ける。
「ウチ達が出会ってこの街に帰ってきた時ニャ……」
「うん」
「あの時、ミツが街の入り口で水晶を真っ白に光らせた時、その……。ウチはミツの人の良さに漬け込んで、家族を助けてもらおうと思ってたニャ……」
ライアングルの街に入る際、初めて街に入る者は判別水晶に似た魔導具に触れさせられる事になっている。
それは色によっては悪人であるかを判断する魔導具であり、色が無色なだけ善人と判断されている。
その時、ミツが水晶に触れた時、水晶は白く光、それに触ったミツは注目を集めることがあった。
その時の事を思い出していると、プルンの声は更に重く、声が小さくなっていく。
「……」
「あの時ミツが居なければウチはオークに捕まって死んでたかもしれないのに、本当は命を助けられた人にこんなこと考えちゃ駄目って分かってたニャ……。でも、家族の事を思っちゃうと……ウチ、ウチは……。ごめんニャ……」
「……」
「それでもミツはウチがお願いする前に家族にご飯くれて、それが一回だけじゃなく、お腹いっぱいと何回も食べさせてくれたニャ。それにウチと一緒に依頼を受けてくれて、それで沢山お金を稼がせてくれたニャ……。ウチが疚しい気持ちにいっぱいだったのに、ミツは何をするにも助けてくれて、ウチだけじゃなく、リッコやリック、リッケ、それにローゼ達とも仲間にしてくれたニャ……」
「プルン……」
「ミツが居なかったらと思うとウチは怖いニャ……。もしかしたら盗みをやったかもしれないし、その前に家族を残して死んでたかもしれないニャ……」
俯いて話すプルンの目から、ポタリと一つの涙が落ちる。
「うぐっ……。でもミツはいつもウチたちの仲間だって言ってくれたし、その言葉にウチは救われたけど、逆にミツを裏切ってるんじゃないかと胸が痛いにゃ……。ミツ、ごめんニャ、ごめんニャ……」
しだいとプルンの言葉に嗚咽が混じり、彼女の気持ちが言葉としてミツに伝わってくる。
ミツは布をを取り出し、プルンへと差し出す。
「プルン、いいんだよ……。寧ろごめんね。プルンがそんな気持ちに苦しんでたなんて気づかなくて……。プルンの考えは悪い事だとは自分は思わないよ」
「ニャ……」
ミツの言葉にプルンは顔を上げる。
その顔はお酒で真っ赤になっているのか、それとも感情が高ぶり肌を赤くしているのか、目に涙を流すプルン。
ミツはもう一つ布を取り出し、話しながら彼女の涙を拭う。
「だって、家族を思う気持ちが無いと、今のプルンみたいに苦しい思いはしてないと思うよ。それに、プルンは自身のことよりも先ずは相手の事を考える優しい娘じゃない。自分の気持ちを押し殺してもエベラさんやヤン君たちの事を思って今までその気持ちを抱えていたなら、自分はプルンを軽蔑もしないよ」
「でも……ウチは最初からミツに頼ってばかりで……」
「フフッ。プルン、男が女の子に頼られて嫌なわけないじゃない。寧ろもっと自分を頼ってよ。君は自分にとって大切な仲間なんだから」
「うっ……うっ……」
プルンの心に暖かな気持ちが流れていく。
その暖かさはプルンの冷たく固まった心を溶かし、目の前の少年に抱いていた罪悪感が無くなっていく。
ガタッと椅子から立ち上がり、プルンはミツの胸へと飛び込む。
そして彼女は泣いた。
泣いて泣いて、そしてごめん、ありがとうと言葉を続ける。
彼の胸の中でこきざみに震える女性の頭を優しく撫でると、ペタンと猫耳が垂れる。
以前、試しの洞窟の外にある酒場の宿屋にて、リッコとプルンはある話をしていた。
「うん……。ありがとう、でね……。その、ミツのことなんだけど……」
「ニャ?」
「ここからは仲間としてじゃなく……その……。女として話を聞いて欲しいの……」
「ニャ……」
「アバさんの別れ際の言葉、プルンは覚えてる?」
「ニャ……」
「私ね、プルンが相手でも負けない……。うんん、負けたくないの……」
「……」
「プルン……。私は本気よ……。私はプルンの気持ちも解ってるけど……私は……ミツが好きになってる……」
「……」
「プルンは……どうしたい?」
「ウチは……。ウチは……ミツを好きになる事はできないニャ……」
「それは……なんで? 私から見ても、あなたはミツが好きなんでしょ?」
「ウチは……ミツにしちゃだめな事をしたニャ……。そんなウチがミツを好きになったら、ミツが困るニャよ」
「……。プルン。それでもね、気持ちは抑えきれなくなるのよ。今はあなたはそう思ってるかもしれないけど……。もし、そんなあなたをミツが受け入れたらどうするの?」
「どうする……」
リッコの言葉が彼女を揺れ動かす。
どうする……。
いや……考えることも無かった……。
目の前の少年に彼女は恋をしている。
それはいつから?
共にこの教会で寝泊まりするようになってから?
寝ぼけた少年に唇を奪われた時から?
共にモンスターと戦った時から?
ピンチの時に自身を助けに来てくれた時から?
分からない。
いや、分からなくても良い。
これはまた私の我儘だ。
身勝手な行為だと分かってるし、拒絶されても想いは伝えたい。
「まったく、プルンは泣き上戸だったんだね。炭酸で割ってるからアルコールもそれ程強くないと思うけどな?」
「……」
彼がテーブルの上に置いてあるコップの中身へと視線を向けていると、胸の中で泣いていた女の子の視線を感じる。
「プルン、どうしたの?」
「……」
そちらに視線を向ければ、男と女の二人は見つめ合う。
顔の距離も近く、彼女の赤く染まった頬、甘い吐息が彼の鼻をくすぐる。
「えーっと。プルンさん……」
「あ、あの……ミツ、もう一つだけ。ミツに……伝えたい事があるニャ……」
「は、はい」
「ウチ、ミツに甘えてばかりでこんな事言うのはミツは嫌かもしれないけど……。ウチはミツが好きニャ」
「……」
プルンの心にあふれ出した気持ちが言葉となり、ミツに伝えられる。
その言葉は短いかもしれないが、言葉の中には彼女の想いが込められていた。
「プルン、自分は……っん!?」
彼が言葉を返そうとした時、言葉が止まった。
いや、喋る口をプルンの口で塞がれてしまった。
ただ単に口を塞ぐ行為ではなく、一心不乱と自身の気持ちを伝えたいと言う行為の口づけである。
言葉を止めたことに一度離れる彼女の口から、ごめんと言葉が溢れる。
その言葉に、彼は行動で返す。
目の前の女の子は心の底に詰め込んでいた不安を全て吐き出し、そして想いをくれた。
なら、彼は何を返せる。
彼の中にも目の前の女性に対して好意が無いと言えばそれは嘘だ。
まるで昔ながらの幼馴染の様な関係。
素直に言いたいことはぶつけ合う二人。
それはお互いの関係を崩したくないと思っていた。
だが、想いが同じならば動くと事に躊躇いは無かった。
彼女の名前を呼び、俯いた顔を上げさせる。
すると彼女は静かに目を閉じる。
そして唇に伝わる柔らかな感触。
しだいと伝わる互いの口内のお酒の甘さ。
彼は気持ちを言葉にして伝えると、彼女の目からはポロポロと涙が流れ出す。
ピチャ、ピチャっと何度も交わすリップ音。
スッと部屋の灯りが消え、部屋の中には星の光だけが入り込む。
静寂がまた満ちた部屋の中で衣擦れの音と二人の吐息だけが耳に残る。
二人の営みは夜中まで続いた……。
「……」
一つのベットに産まれたままの姿の二人。
プルンは隣で寝てしまっている男性の寝顔を見つつ、幸せを噛み締めていた。
たとえ相手の男が既に女性との経験者と知っていても。
彼女はヘキドナにお酒を渡される際、事実を告げられている。
最初こそ勿論彼女もショックを受けていたが、それを補うヘキドナの言葉。
彼女はプルンが動かなければ他の女が確実に彼を奪っていく事を告げられる。
それは分かっていた。
目の前の男は、彼女が今まで見た事のない程に良い男と言える人だ。
強い力、見た事のない能力の数々。
優しい心を持ち、子供っぽい性格の中身。
でも頼れる男でもあり、心奪われた女なんて、彼女の知る限りでは知人全員ではないかと思う程だ。
事実、仲間でもあり友達になれた二人の女の子も彼に好意を抱いている。
彼女の中で、彼を独り占めできるなんてサラサラ思っていない。
寧ろこれから離れる二人の間に、彼女の知らない人が入ってきてしまうかもしれない。
それでも彼の想いを聞けた。
私の気持ちを受け入れてくれた。
それだけでも今は満足とした時間を、誰も邪魔されることもなく独り占めできる。
今日だけで何度目なのか分からないが、眠るミツの唇に自身の唇を重ね、一言告げた彼女も眠りについた。
汗に汚れた身体や、赤くシミがついたシーツは恥ずかしいが、今は襲い掛かってくる睡魔に抗う事はせず、彼の腕を枕として眠る事にした。
翌日の朝。
「ごちそうさまニャ!」
「はい、お粗末さま」
数時間前の出来事もなんてことも無いふうに、二人は朝起きては家族皆と共に食事を済ませる。
「ミツさん、食器は私が片付けますので大丈夫ですよ」
「すみません、エベラさん。それじゃお願いします」
「はい。今日も美味しい朝食をありがとうございました。皆、ミツさんにちゃんとお礼を言いなさいね」
「うん。兄ちゃん、ありがとう! 俺、今度は卵をいっぱい乗せたパンが食べたい!」
「ありがとうお兄ちゃん! 僕も食べたい!」
「にーに、あたちも、あたちも!」
「ハッハハ。三人とも、いま朝食を食べたばかりなのにもう次の朝食のリクエストとは凄いね」
「全く、お前たちは食い意地が張りすぎニャ」
「ちなみにプルンの希望は?」
「肉がたっぷり乗ったパンニャ!」
「あんたも対して変わんないじゃない」
「ニャ!?」
サリーの言葉に、素直に本音を漏らすプルンにその場に笑いが広がる。
見送りの為と、教会の全員でのお見送りだ。
「それじゃ皆さん、少しだけ行ってきます。エベラさん、長い事お世話になりました。と言ってもまたお世話になるかもしれませんが」
「フフッ。はい、どうかお気おつけて。ミツさんのご無事をお祈りさせていただきます。いつでも帰ってきて下さいね」
「兄ちゃん、また遊ぼうな! それで、またいっぱいいろんな事教えてくれよ!」
「お兄ちゃん、またね。早く帰ってきてね……」
「にーに……」
「うん。ヤン君もモント君もミミちゃんも元気でね。大丈夫、自分は帰ってこようと思えば直ぐに帰ってくるから。皆、ちゃんとエベラさんたちの言う事聞いていい子でね。って、元々皆はいい子だから心配ないかな」
「「うん!」」
「うっ……ん……」
やんとモントは元気よく返事をしてくれるが、ミミは寂しさに今にも泣きそうな表情を作る。
彼女と目線を合わせしゃがみこむ。
「それじゃプルン、またね」
「ニャ。リックたちにはウチから伝えておくにゃ」
「うん……。よろしくね」
「ニャハハハ。ほら、ミミ。ミツが元気になるようにミミもいってらっしゃいするニャ」
「にーに。いてらしゃい……」
「ありがとうミミちゃん。ありがとうねプルン」
「……ニャ」
ミミの後ろから声を出す彼女の言葉にもいつもの元気がない。
ミツは二人に手を添えて〈コーティングベール〉を発動する。
落ち込んだ気持ちを消すと、二人は満面の笑みを向けてくれた。
「それじゃ、いってきます!」
その言葉を残し、フロールス家の門の場所へとゲートを開く。
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