第212話 出発の前夜

 フロールス家の屋敷にある畑を使い、豊穣神の加護の効果を検証を行った後。

 大量に実った野菜を使い、今日の屋敷の晩餐は野菜尽くしの料理が並んだ。

 パット見肉も魚も無いのは味気なく思える食卓だが、野菜一つ一つが旨味もあるので不満を持つ者は居なかった様だ。

 ミツもその席を共にする事になり、今後の話をする。

 先ず、マトラスト辺境伯がこの数日をかけ、ベンザ元伯爵の屋敷の内部調査が終わった事を告げられる。

 隠されていた不正な金品、それの押収と不正改善された文書の数々。

 また闇取引にて売買されてしまった村人の居所。

 そしてベンザに手を貸していた騎士家、準男爵家、男爵家、子爵家のガサ入れ。

 これはマトラストだけでは手は足りないと、アベルとカイン、二人の王国騎士団も動いている。

 この働きにより、12家分の貴族の罪が罰せられることになった。

 上級貴族の伯爵であるベンザの言葉に逆らえなかったとは言え、中には自主的に悪事に賛同した者も少なくはない。

 この不祥事は後に表沙汰となるだろう。

 お家取り潰しも有れば降爵処分と直ぐに国は動き出す。

 しかし、一度にそれだけの領主を失っては国の一部が傾くかもしれない。

 その対策として、取り潰しとなった貴族の隣接した領地の主に話が行く。

 先ず、フロールス家のダニエルにはベンザの領地もフロールス家領地に含まれる。

 他にも今回ベンザの誘いを断り、多大なる嫌がらせなどを受けていた領主にもダニエル同様に隣接した領地をそのまま受け取る形となる。

 棚からぼたもちと言う訳ではないが、狭い領地が倍近くとなる領主も増える事に、その者達も一緒にアベル達と王都へ向かう事になった。

 本来、自身の領地から北にある王都までは移動の日数もかかり、移動にも金を使ってしまう。

 それは自身を守る為に護衛を付け、更には移動中に使う馬など、領主が移動するだけでも金が羽を付けて飛んでいくレベルだ。

 しかし、今回はそれ程金のかかる移動ではない。何故なら行きは全員が王子であるアベル、カイン一行と共に王都へ向かうことになったからだ。

 勿論巫女姫であるルリも共に行くのでミツも同行することになる。

 この事を実行するためと貴族たちは直ぐに動き出している。

 なんせ自身の領地が増えるチャンスなのだから。皆は直ぐに出立の準備と急ぎ自身の領地へと馬車を走らせ、とんぼ返りと直ぐにフロールス家に集まるだろう。

 食事を終わらせたミツは、フロールス家の皆に挨拶を済ませ教会に戻る事にする。

 新しく作り直した教会は灯りが消え、既に閉められた状態になっている。

 それでも泥棒など不審者が現れないように、教会の目の前に作られた兵達の詰所が目を光らせている。

 ミツは兵の人に軽く会釈を交わし、教会の敷地内へ。

 この教会の以前の状況を知っている身としては今では考えられないが、定期的にお昼には炊き出しを行っているそうだ。

 お昼程度の量だが、それでもそれを求め街の人達は教会へと足を向けている。

 炊き出しの資金は王国神殿からの金が来るので、贅沢せず、お昼だけを配膳するのは難しくはない。

 教会も広くなったことに、ヤン達と年子の変わらない子供たちも遊びに来ては、彼らの良き遊び相手になっているようだ。

 生活の不満とするところは見受けられず、寧ろこの教会で住みたいと言い出す者もいて、エベラに相談する人も居るようだ。

 部屋数は有り余るほどに作ったこともあるので、本当に困った人ならエベラも相談を受け入れるかもしれない。

 その辺はミツが口を出すことではないので任せている。

 既に寝静まっているのか各部屋の灯りは消えており、プルンの部屋を見ても灯りは消えている。

 エベラからは街に戻ってきた時は部屋をいつでも使ってくれと言われているので、恐らく彼女はそこを客間ではなく、ミツの部屋として残すだろう。

 彼も魔力を回復させるためにとベットに横になりたいが、その前にやる事があると〈影分身〉を発動。

 分身に要件を頼み、ミツは部屋へと戻ることにした。

 次の日、今日はダニエル達も明日の準備のためにバタバタしてるだろうとミツは訪問する事は避け、出発の日に行く事を伝えてある。

 なので今日は冒険者ギルドに足を向けた後は、一日教会のお手伝いだ。

 手伝いと言っても、炊き出しや夜に知人を招いての宴の準備をやる事になっている。

 ギルドではエンリエッタからまたネチネチと自重することを念入りに言われたが……うん、まぁ善処しますとだけ伝えたら、彼女は笑みを作り、無言にミツの頬をつねってきた。


 お昼の炊き出し。

 教会には長い列を作り、皿を手にした人達が並んでいた。

 エベラは受け取った皿に具をたっぷりと入れたシチューをその人へと渡す。


「はい、どうぞ」


「ありがとうね。はぁ、なん手いい香り。とっても美味しそうね」


「おかわりもありますから、沢山食べてくださいね」


 エベラの言うとおり、大鍋の中にはまだ並々とシチューが入っており、隣では他のシスターがパンを二つ渡していた。

 中に入っている野菜はフロールス家の庭で作った実験用の野菜だ。 

 旨味もたっぷり、これだけでもお腹いっぱいと、我慢すれば夜は食べずに済むかもしれない。

 周囲には先にシチューを食べている人達や、食べ終わっては教会内で遊ぶ子どもたちの姿が視線に入る。


「……シスターエベラ、随分と顔色が良くなったみたいで、本当に良かったわ」


「あの時は食料を分けていただき、本当にありがとうございます。これからはお世話になりました以上にこちらが皆様へとお返しをさせて頂きますね」


「いいのよ、気を使わなくても。渡した物もこちらとしては申し訳なく思う物ばかりだったもの」


「いえ、それでも私達が生きてこの日を迎えられたのは皆様の支えあってです。さっ、冷めてしまう前にどうぞあちらのお席で食べてください」


「ええ、ありがとうね」


 その女性はこの教会がまだ貧困とした時に、心ばかりと食料を少し分け与えていた。

 くず野菜などは市場に行けば貰えることもあるが、主食となる米やパンなどはその時のプルン達は滅多に口にするものではなかった。

 それを知ってか、彼女は自身の食事を日々抑え、溜まった分の食事をエベラ達へと寄付していたのだ。

 そんな気持ちを送る人は彼女だけではなく、エベラの言うとおり多くの人の支えにて彼女達は命を保っていた。

 

「エベラさん、追加のパン持ってきましたよ」


「ありがとうございます。んー。とってもいい香りですね」


「それと他にも作れるパンがありましたのでこっちも配ってください。こっちは焼いたパンではなく、蒸したパンです。甘くてとっても美味しいですよ」


「あらあら。本当にありがとうございます」


 ミツの持つトレーの上には薄っすらと湯気を立たせる蒸しパンが甘い香りをだしている。

 エベラの前にそれを出せば、足元にいたミミがその匂いに顔を上げ可愛らしい手を広げる。


「に〜に、一つちょーだい!」


「はい、ミミちゃん。熱いからフーフーして食べてね」


「うん! フー! フー! はむっ……。 ! にーに、おいちぃ!」


 妹のミミが美味しそうに蒸しパンを食べる姿を見たのか、二人の兄のヤンとモントが駆け寄ってきた。


「兄ちゃん、俺達にもおくれよ!」


「うん、はいどうぞ。まだプルン達が作ってくれてるから、おかわりが欲しかったらプルンにお願いしてみてね」


「うん! ありがとう!」


「美味しい! ヤン、ミミ、プルン姉ちゃんのところに行こうよ!」


「いくー!」


 三人は手を握り合い、教会の厨房の方へと走っていく。

 ミツは蒸しパンをシスターに渡し、料理の手伝いへと回る。

 厨房はプルンの他にリッコ、リッコの母のナシル、他にもシスターが調理を行っている。

 今もパンを作りフル回転に動き続ける厨房に、手伝おうとベルガーが声をかけるが妻のナシルに追い出されてしまっている。

 どうやら料理下手な彼が厨房にいてもあまり役に立たないと門前払いを食らったようだ。

 仕方ないと調理に使う薪割りをリックと二人でせっせこと行っている。


「リッケ、手伝うよ」


「ミツ君、ありがとうございます。しかし凄い量の食材ですね」


 厨房が人でいっぱいな為、配膳するシチューの仕込みは屋外で行っている。

 数人の女性の中に紛れ込むリッケの横にミツは移動し、置かれたナイフを手に野菜の仕込みを手伝い出す。

 リッケはまだ切られていない野菜の山を目に少し呆然とした表情をつくる。

 この野菜は勿論加護の効果の実験で作った野菜だ。

 フロールス家は今も多くの兵が滞在しているので、屋敷としても食料が多すぎて困ることはないと喜ばれている品。


「これ全部で何百人分だろうね?」


「ほらほら二人とも、ムダ口叩いてないで手を動かすっての」


「シシシッ。別に切るだけなら喋りながらでもできるシ」


 マネとシューも炊き出しの手伝いに来てくれたのか、二人もナイフを手に野菜を切り分けている。

 その隣で玉ねぎのような物を切っていたゼリがポロポロと涙を流す。


「あー! 目がー! オニリン切ると涙出るから苦手なのよ」


「ゼリ……切る時、もう少し離れれば目にしみない……」


「ルミタさんは料理とか良くされるんですか?」


「う、うん……。野外の食事は……私が良く……作るから」


「へー。ルミタさんは良いお嫁さんになれますね」


「!? そ、そう……かな……」


 ミツのさりげない言葉にルミタは俯き頬を赤くする。


「おお、あの子、なんか野菜を切る速度が上がったシ……」


「初々しいね〜。っと、これあたい達の分は残るのかね?」


「んー。さっき並んでる列を見てきたけど無理そうだシ」


「その時は自分が皆さんに何か作りますよ」


「おっ! そいつは良いね。ミツはあたい達が食べたこと無いもの食わせてくれるから楽しみだっての」


「と言っても直ぐに宴でも食べますからそっちがメインですね。軽食ですみませんがその時はサンドイッチにしますよ」


「それなら僕も手伝います」


「なら私も手伝うわよ。はい、追加の料理持ってきたわよ」


「ありがとうリッコ。エベラさんの所に置いてくれたら後はお願いしてもいいから」


「そっ。エベラさん、追加のパンです」


 エプロン姿のリッコは篭いっぱいに入れたパンをエベラへと渡す。


「リッコは挟む物なら得意ですからね」


「ハハッ、サンドイッチって挟む料理の代表みたいなもんだからね。あー、でもハンバーガーとかもあるかなー」


「んっ? ミツ君、そのハンバーガーって何?」


「聞いたこと……無い」


「なんか名前だけでも美味そうに聞こえるっての!」


「美味しいですよ。じゃ、あとで作りますから、人数分のパンを残す様にお願いしときますか」


「やったシー!」


 と言う事で炊き出しが終わった後、宴の準備をしつつミツはバーベキューコンロを作り、そこでハンバーガー用のパテや野菜を焼き、ハンバーガーを作る。

 勿論付け合せは油であげたサクサクのプライドポテトを添えてある。

 皆はハンバーガーを気に入ったのかもりもりと食べてくれてた。

 外が薄暗くなった頃、宴の参加とギルドからはネーザンとエンリエッタ、仕事終わりとナヅキとエイミーの四人がやってきた。

 後にヘキドナとエクレア、ゼリの仲間たち。

 ガンガも来てくれたのか休憩を兼ねて顔を出してくれたようだ。

 

 人数も多くなったが教会の庭は広くまだまだ人の入る余裕もある。

 大人にはお酒を配り、子供たちにはジュースの入ったコップが渡される。


「それでは皆さん、今日もお疲れ様です。乾杯」


「「「乾杯っ!!」」」


 乾杯の言葉から始まった宴。

 ただ単にご飯食べて話すだけと言うのも味気ないと、皆はできる範囲での出し物をやる事になった。

 先ずはベルガーとリックが先人と剣舞を披露。

 それに盛り上がり、次はプルンのナイフ投げ〈ダンシングニード〉が披露された。

 的となったのはそのままベルガーとリックだ。

 勿論本人に当てるわけではなく、二人が手に持つ的へとプルンのナイフが飛んでいく。

 二人はプルンのスキル〈ストッパー〉を発動し動けなくされ焦りだす。

 そんな二人の姿に見てる側はアハハと笑いが出るのでウケは良かったようだ。

 教会の笑い声が外にまで聞こえていたのか、一人の人物が教会に訪問し、ポロンとマンドリンの音色を奏でる。


「これはこれは皆様。お楽しみのところ失礼いたします。良ければ皆様の心をみたつさ曲を奏でさせて頂いてもよろしいでしょうか」


「シモーヌさん。ちょうど良かった。是非お願いします」


「喜びの音色を、神と皆様へお送りさせていただきます」


 マンドリンを奏で教会に入ってきたのは歌い手のシモーヌだ。

 彼はミツの言葉に喜びと早速マンドリンを奏ではじめる。

 シモーヌのBGMも加わり、舞台に上がる三人の魔術士はその音楽にあわせて魔法を繰り出す。

 リッコ、ミーシャ、ルミタの魔術士三人娘だ。

 それぞれ得意な魔術を取り出し、様々な動きを見せ観客を喜ばせていく。

 街の中ではあまり魔法を見た事のない子供達やシスター達は喜んで拍手を彼女達へと送る。

 背中を押され、次はローゼが出る。

 ミーシャとローゼ、二人の踊り子としての踊りの披露。

 二人の踊りに合わせる様にシモーヌのマンドリンが音を出す。

 次は以外にもヘキドナが参戦してくれた。

 彼女の得意とする鞭さばき。

 マネとエクレアが的を高く上げれば、彼女はそれを鞭で掴み手元へと手繰り寄せたりと技を見せる。

 また二人が一つの薪を投げ合い、ヘキドナが飛んでいく薪に鞭を打つ。

 何度かマネとエクレアと投げ合う途中、ヘキドナは最後の一撃とスパンっと薪に打ち込めば、薪は真っ二つに割られてしまった。

 おーっと歓声の声に彼女達も満足の笑みをつくっている。

 次に行うのはエベラとシスターの皆さんだ。

 プルンを除いて六人での合唱。

 シモーヌは賛美歌の音楽も奏でることができるのか、美しい歌声と音色に皆はうっとりとしてしまう。

 皆がそれぞれ出し物をして楽しんでいる間と、ミツは皆が楽しめるある物を作っていた。

  

 パチパチと拍手がエベラ達へと送られる。

 演奏してくれたシモーヌにエベラ達がお礼をいつつ、ミツは準備に取り掛かる。

 

「では次は自分が」


「待ってました!」


「やーやー、どうもどうも。はい、自分が出し物をやる前に、これから皆さんとゲームを行いたいと思います。アシスタントをやってくれるシューさん、皆さんにこれを一人一枚と配ってください。皆さんは好きなカードをご自身で選んでくださいね」


「分かったシ」


 ミツはシューに小さな紙を束ねた物を渡し、それを一人一人と渡していく。


「何これ? 数字がいっぱい書いてる紙?」


「んー。皆一人一人違う数字が書いてるわね」


「なー、ミツ、これ何に使うんだ?」


「まーまー、皆に配り終わるまで待っててね」


「お、おう」


 この場にいる全員に配り終わり、シューが戻ってくる。


「ミツ、終わったシ」


「はい。ではシューさんもこの中から一枚選んでください」


「うん。えーっと、これ!」


「それでは皆さん、先ずはその紙の真ん中に指を押し込んでください。紙は破れやすいので注意して他の場所を開けないようにしてくださいね」


 皆はミツの指示通りと真ん中に穴を開ける。

 軽く指で押しただけで簡単に穴が空いたことに、紙に穴を開けることが目的かと声が聞こえる。

 確かにこのゲームは紙に穴を開けて楽しむゲーム、ビンゴゲームなのだから。

 

「はい、それではこちらを使ってゲームを行います」


 ミツは井戸小屋の裏からビンゴゲームに使うガラポンを持ってくる。

 即席に作ったものだけに木組みで作ってるので回すのには少し力を使うかもしれない。

 皆の前にそれを置き、反回転させては中のボールを混ぜ混ぜ。


「わっ!? ミツ、何だシ、この入れ物。なんか中に丸い物がいっぱい入ってるように見えるシ」


「それではシューさん、試しにこのハンドルを回してください。回すのは自分が回した方とは反対ですね」


「う、うん。あっ、何か出てきたシ」


 シューは言われるがままガラポンを回す。

 数回転させた後、コロッとボールが一つ出てくる。


「では次にそれに書いてある数字を読み上げてください」


「えーっと……13?」


「はい、13番です。お手持ちの紙に13の数字があった人は、それを真ん中と同じように穴を開けてください。勿論無い人もいます」


「おっ、あったぜ!」


「僕は無いですね」


「私もないわ。ミツ、これでどうするの?」


「では説明します。今の通りこの中から出てきた玉には1から99の数字が書かれています。その出てきたランダムの数字がお手元にある紙に書いてある数、縦横斜めと二列揃った方の勝ちです」


「ああ、なる程ね」


「むむっ! 開けれなかったニャ」


「わたちのあった!」


「僕もあった!」


「俺もだ!」


「ニャニャ!? ミツ、次ニャ! 次のを出すニャ!」


「はいはい、ちょっと待ってね。よいしょっと」


 近くにおいておいた木の板を立てかけ、そこに出た数字を書いていく。


「ミツ君、私が読み上げた数字を書くわよ」


「あっ、ナヅキさん、お願いします。それと先に上がった五人の方には特別に商品がありますので頑張ってください」


「「「なっ!」」」


「おまっ、先に言えよ! あー、俺この紙、適当に選んじまったよ」


「リック、出てくる数字はランダムって言ってたじゃない。完全に運しだいよこのゲームは」


「それじゃ、回すシ!」


「はい、どうぞ」


「53番!」


「あった!」

「あったニャ!」


 商品が貰えるということに俄然やる気が出たのか、皆は手に握るビンゴカードに釘付けだ。


「フフッ。坊やも面白い事を思いつくね」


「不思議ですね……。こう見てると問題児ではなく、ただ単に仲間と遊びを楽しむ少年の姿にしか見えないわ」


「年相応の対応だね。でもね、この中では……いや、世界中で一人だけの一番の実力者。私はあの子がこのままでいてくれる事を望むだけだよ」


「はあ……」


「ほれ、エンリ、次は9番だよ」


「……ありません」


「なんだい、お前さん最初の真ん中しか開いてないじゃないか」


「くっ……」


 その後何個かボールの数字が読まれた頃、道具を回すことに疲れたのかシューが肩を鳴らす。


「ふー。疲れたシ」


「シューさん、代わります。シューさんは出てきたボールの数字を読み上げてください」


「分かったシ。えーっと、28番だシ!」


「おっしゃ、もう少しだ!」


「あっ、二列が揃いそうな人はリーチと言って前に来てくださいね。それで二列揃った人はビンゴって言ってください。数字を確認しますのでナヅキさんに渡してください」


「リーチリーチリーチ!」


「はいはい、リッコ落ち着いて」


「ここまで来たら当てるニャ!」


「ワシはくじ運が無いのー。1列も揃わん」


「フフッ、ガンガ、最後まで諦めたら駄目よ」


「フンッ」


「次を読み上げるシ。次は3番だシ!」


「あー、もうっ! 一つ違いじゃない。シューも少年ももっといい数字出してよね!」


「フフッ、そうでもないさ」


「え? なっ!? リーダー、何でそんなに開いてるんですか!?」


 隣で不敵に笑みを作るヘキドナの手元を覗き込むエクレア。

 するとヘキドナの持つビンゴカードは既にリーチをかけた状態にまで穴を開けていた。

 スッと立ち上がりエクレアに悪戯っぽく余裕の笑みを残す彼女は、ひらひらとカードを扇ぎ前に進む。


「さてね。偶然じゃないかね。それじゃエクレア、お先に」


「もー! リーダー、ズルいズルい!」


 そしてシューが読み上げた数字に声を上げる者が出た。


「揃った〜!」


「はいはいはい! ビンゴ、ビンゴ! 揃ったわよ!」


「ミミ、ナヅキに渡してくるニャ!」


「うん!」


「リッコ、はしゃぎ過ぎだろう……」


「五月蝿いわね。まぁ、勝者の余裕を見せてあげるわ。じゃ〜ね〜」


「はい、お姉ちゃん」


「はい! ナズキさん!」


 二人は揃ったビンゴカードをナヅキへと渡す。

 二人のカードを受け取ったナヅキは、板に書いた数字と照らし合わせていく。


「お預かりします。えーっと……はい。お二人ともちゃんと揃ってますね」


「おめでとうミミちゃん、リッコ。残りの三人が出るまで待っててね」


「は〜い!」


「ミミちゃん、やったね!」


「やった〜!」


 二人が嬉しそうにハイタッチを見せる。


「それじゃ三人目は私だね」


「あっ、ヘキドナさんも揃ったんですね。ナズキさん、確認をお願いします」


「はい。……大丈夫です。寧ろヘキドナさん、これ三列も揃ってますよ!」


「おー! 偶然にも縦横斜めで当たったんですね。ヘキドナさん、おめでとうございます!」


「フンッ、偶然だよ」


「やったねアネさん! 残りの景品はウチが貰うシ! と言う事で次は17番だシ! って、ハズレたシッ!」


 意外とビンゴゲームは盛り上がりを見せたのか、最後の一人が決まるまで盛り上がってくれた。

 プルンの妹のミミ、リッコ、ヘキドナに続き、ローゼ、ネーザンの五人がビンゴを決めた。

 最後までビンゴできなかった人達も楽しめたのか、拍手を五人へと送る。


「それでは当たった五人の皆さん、おめでとうございます。ビンゴされた人はこちらを送ろうと思います」


 ミツはアイテムボックスからある物を取り出す。

 それを見た者は眉を上げ、贈り物としては訝しげな視線を向けてしまう品かもしれない。


「なっ……。あれって、鉄の塊か?」


「ミツ君……女性の贈り物に鉄の塊って……」


「……坊やはセンスと言うものが無いのかね」


「ほほっ、インゴットかい。これはこれで中々良い品かもしれんの」


「おいおい、何かギルド長だけ普通に鉄貰って喜んでるぞ」


「ギルド長は長の前にドワーフ族ですからね……」

「ミツ、それで……それが特別な景品なの?」


「ハハッ、まさか。先ずはミミちゃんからね」


「うん!」


「それじゃ見ててね」


 ミツは鉄のインゴットを手に乗せ、周囲から見えるように掲げる。

 彼はそれに対して〈物質製造〉のスキルを発動する。

 ぐにゃりぐにゃりと形を変えた鉄のインゴットは美しい鏡へと形を変えた。


「「「「「!?」」」」」


「わー! すごいすごい! にーに、かちてかちて!」


 キラキラと美しく造られた鏡は周囲にある灯りを反射させ、鏡は表面に周囲の景色を浮かべる。ミミにそれを渡すと彼女も女の子。

 美しい飾り付けが施され、不純物の色も無い鏡に目をキラキラとさせ、彼女は喜んでくれたようだ。

 ミツがミミへと鏡を贈った理由としては、ミミは教会に置かれているシャロットの像が持つ鏡を見る事がよくあり、少し物欲しそうに見ていたのを見たからだ。

 厚みはない分、まだ幼いミミでも軽々と持てる品となっている。

 スキルで作った品なだけに、それは地面に落としても割れない丈夫な作り。

 周囲の人達もミミの持つ鏡に注目を集める。


「さて、次はリッコだね」


「ねぇ、ミツ、私もあれが良い!」


「えっ? 鏡で良いの?」


「うんっ!」


 ミミが嬉しそうに自身の姿を覗き込む姿を見ては、リッコも鏡を希望してきた。


「わ、私も同じ物でお願いしてもいいかな!?」


「ローゼさんもですか? 鏡でそこまで喜ばれるとは……」


 他の人には別の品を考えていたのだが、思わぬ手応えにミツは眉尻を上げる。


「フンッ、坊やは女心がわかってないね。青銅板で見る自身の顔なんて朝っぱらから見れば、気が滅入るもんだよ」


「しかもあれは少し見づらいからね」


「そうなんですね……。ならヘキドナさんとネーザンさんも鏡にしますか?」


「坊や、頼めるかい?」


「あー、鉄の塊貰うよりかはまだましかね」


「だから鉄の塊が贈り物ってわけじゃないですから。それじゃ作りますね」


 結局ミミに渡した物と同じ形の鏡を四人にもプレゼントする事にした。

 一枚一枚手渡しで受け取る彼女たちは本当に嬉しそうだ。

 

「ミミ、良かったニャね」


「うん!」


 嬉しそうに受け取った鏡を抱きかかえるミミ。


「やったね! お母さんも一緒に使おうよ」


「まぁ、本当に綺麗な鏡……」


「ああ、綺麗なナシルが見事に映し出されているな」


「まぁ……フフッ」


「ちょっとお父さん、人前で止めてよねそんなこと言うのは!」


 人前だと言うのに、惚気を目の前で見せられ嫌な顔をする娘のリッコ。


「リーダー、これ部屋に飾るなら私も使わせてくださいよー」


「ウチもウチも!」


「あたいは鏡より武器が欲しかったっての」


「五月蝿いね、部屋の前に置いておくから勝手に使いな。それとマネ、あんたはちょっとこっちに来な」


「はい? 何です姉さん」


「まったく……。あんたも自慢の男を捕まえたなら女を磨きな。いつまでも野蛮人な女を見せてると、あっちから愛想つかされるよ」


「うっ……はい、勉強します……」


「フンッ」


 マネの言動に呆れるヘキドナ。

 

「しかし、鉄のインゴットをこんなふうにしてしまうとは……」


「はぁ……。自重しなさいと昼間に言ったばかりなのに……」


「フフッ。エンリ、そろそろあんたも諦めた方が気も楽になるってもんだよ」


「……はぁ」


 ミツのスキルを見た事のある者はそれ程驚きを見せてはいないが、この場で一人、シモーヌだけが唖然とその光景を見て動きを止めていた。

 彼は様々な出来事を見てきた詩人なだけに、ある程度の事ならば耐性はあっても、目の前で見せられた出来事に関しては完全にフリーズしてしまっている。

 更に重ねて、彼の驚きを増加させる出来事をミツは出し物として見せる。

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