第211話 豊穣の加護。

 ガンガの呼び声に反応し、ミツが彼の元へ進むとガンガは何故か怒った雰囲気を出し強い口調にミツに言葉をかける。

 

「ええい! 如何したもこうもない! お前さん、ギルドに竜を定期に納品しておる話は本当か!?」


「えっ? あ、はい。少し多く討伐しましたので、ネーザンさんに話して少しづつですけどギルドに収めてますよ」


「この莫迦者が! 少しなのか多くなのかよく分からんが、何故それをワシに言わんかった!? 竜の素材となればジャーマンスネークの遙か上の武器が作れると言うのに」


「えっ? でも最初に言われた素材とは違いましたし……」


「はぁ……。お前さんには驚かされるが、これは一番酷じゃぞ……」


「ははっ。すみません……」


「……。まぁええ。取り敢えずその竜をワシにも見せてみろ」


「は、はい」


 ガンガの希望と解体小屋へとまた戻り、その場でヒュドラがスキルで召喚した竜の亡骸を取り出す。

 それを目の前に出すとガンガは目の色を変え、隅々と見定めを始める。



「……」


「これと同じ物が後70近くですかね。半分は傷とか酷いですけど、大体の形は残ってます」


「……」


「ガンガさん?」


「……」


「あの……」


 ガンガは大きくため息を漏らした後、竜へと掌をのせる。


「はぁ……。坊主、お前の欲しい品はナックルだけでよいのか? この素材ならお前が今着ておる黒鉄の鎧よりも良い品が作れるぞ」


「えっ? 竜の素材って錬金術で作った黒鉄よりも強いんですか?」


「!? 莫迦者! 人が作り出した品と竜を同じ天秤に測ることすら痴がましいわ! 取り敢えず今回取ってきたジャーマンスネークの代わりにこっちの皮を使う。その方が殴った時の衝撃がお前さんに伝わるのを軽減もしてくれよう。それと、もし鎧を作る事を承諾するなら金は取らん。これはお前さんが教会に色々と手を貸してくれたワシからの礼じゃ」


 ガンガはぺしぺしと竜を叩きつつ、興奮しているのか、少し口調がいつもより早口だ。


「そう言ってくれるなら。はい、おねがいします。あっ……それなら自分からもお願いがありまして」


「なんじゃ? 言うてみい」


「はい」


 ミツはガンガにその事を話すと、彼は少し考える素振りをするも、快くミツの願いを受け入れてくれた。

 ガンガとの話を済ませた後、彼は先に解体していた竜の素材の優品のみを目利きして選び、それをミツへと持たせ店に戻ることにする。

 シューには報酬は後日渡す事を告げ、プルン達も彼女達が受け取るべき報酬があるのでこの場で別れることを告げる。

 少し時間をおき、プルンはナズキからデルデル魚の素材の報酬を受け取り上機嫌となっていた。


「ザックザックニャー!」


 パンパンに膨れた麻袋を手に、プルン達はニコニコ顔だ。


「デルデル魚の素材だけでこんなになるのね。これ、全部でいくらくらいかしら?」


「ディオンアコーでは討伐報酬で銀貨一枚でしたけど、ライアングルの街では素材が良かったのか銀貨二枚で引き取って貰えましたね」


「ニャ〜。これだけ高値買取してくれるなら、爺が半分近く持っていたのは止めるべきだったニャ」


「まぁまぁ、元々はミツ君の為に取った素材ですから、そこは友達のために譲ってあげましょうよ。それにディオンアコーで貰った討伐報酬も合わせたら、ここに居る皆で分けるには十分な金額ですよ」


「よっしゃ、ナズキさんに部屋借りて報酬を分けようぜ」


「そうですね。ミツ君はガンガさんとお店に戻ってますし、マネさん達はギルドマスター達と何か話があるのか部屋に行っちゃいましたからね」


 プルン達はナヅキにいつもの部屋を借り、その場で報酬を分け合うようだ。

 一方、ギルド長の部屋ではネーザン、エンリエッタ、ヘキドナが向かい合うように椅子に据わっている。

 他の三人は後ろで待機だ。

 

「ふっ〜……」


「フフッ。随分お疲れだねヘキドナ。アンタでも坊や相手の監視官は骨だったようだね」


 無意識にヘキドナの口から溢れたため息に苦笑を浮かべるネーザン。

 やっと心落ち着いたのか、ヘキドナは指摘された事を無視するように足を組み直す。


「……ッ」


「? さて、お前さん達も疲れが見えておるが、話を聞いておこうか。あんた達から見てあの子達の評価をね」


 目に見えてヘキドナの疲労が分かるのだろう。ネーザンは早々と彼女たちに課した報告を聞くことにする。

 まぁ、実際ヘキドナの疲れはミツとエクレア三人で行った営みの疲れからだが、それを口にすることはないだろう。


「ああ。取り敢えず結論から言うとまだアイアンにするには早いね。経験不足、危機感の低さ、練度の無さ。今回は戦闘を見ることは無かったけど、あの子達を殺したくないなら今はアイアンにする事は止めといたほうがいいね」


「フフッ。ヘキドナ、相変わらずはっきりと言うね。いや、その判断が正しいよ。あの子達は力はあっても経験が全く無い。私もまだアイアンには考えてないからこれからだね」


「はぁ……。分かってるならこんな事やらせんじゃないよ」


 ヘキドナはガシガシと髪が少し乱れる程度に頭を掻く。

 乱れた髪の毛は後ろに控えるエクレアが直ぐに櫛で梳かす。


「それでヘキドナ、彼の方は?」


「……」


「ヘキドナ」


 エンリエッタの問にヘキドナは口を閉じ、目を閉じる。

 質問を無視されたのかとエンリエッタは先程よりも少しだけ声量を上げ彼女の口を開けさせる。

 だが、その返答は聞くものからしたら報告と言うよりかは、只の悪態だった。


「規格外。呆れ、阿呆、常識外れ、スカポンタン、考え方がガキ、無鉄砲者、極度のお人好し」


「……」


 ミツの事を思うと、スラスラと出てくるその言葉。

 シュー達もヘキドナの言葉がしっくり来るのか後ろで苦笑いを浮かべるしかできなかったようだ。

 流石にギルドに報告する内容としては怒られるだろうと、エクレアは恐る恐ると言葉をかける。

 だが、エンリエッタの反応はさも当たり前とそれを受け入れていた。


「リーダー、その報告じゃ……」


「分かったわ……」


「ほらっ……うえっ!? エンリさん、今ので分かったんですか!?」


「ええ、彼の事を一つ一つ聞いてたらこっちが疲れるだけよ。取り敢えず一つだけ。彼が居なくても彼女達は大丈夫かあなた達の意見を頂戴」


「「「……」」」


 マネ達は腕組みをしつつ、互いに目配せを送る。

 まだまだ若輩的な場面を見受けられたが、彼らは彼らなりに冒険者をやっている事は、友好者相手として区別をつけても評価できる場面もあった。

 彼らがデルデル魚を捜索に進む際、森の中でのヒルに対する対策や、デルデル魚に対する危機感だけではなく、たまに出て来たモンスターへの反応。

 少し彼女達が話し合い、彼らの良いところ、悪いところを上げ、ヘキドナが話をまとめて報告をする。


「暫くは荷運びの護衛、数の少ない討伐依頼と素材依頼を中心に。その間前衛三人の強化、後衛の練度の底上げだね。それをこなせば坊やが居なくてもそれを鍛錬にして日銭程度は稼げるだろうさ。まっ、やるやらないはあいつら次第だね」


 その報告にネーザンはウンウンと頷きを返し、エンリエッタは木板にそれを書き示す。


「そう……。分かったわ。あなた達の報告をギルドは受け付けます。お疲れ様、報酬はカウンターで貰って頂戴」


「言われなくても、貰うものはしっかり貰っていくよ」


「あっ、それとヘキドナ」


 早速とカウンターに向かうヘキドナを後ろから呼び止めるエンリエッタ。


「……なんだい。流石にいい加減休ませて欲しんだけどね」


「貴女、今日からグラスランクよ」


「「「「!?」」」」


「えっ……。はぁっ!?」


 エンリエッタからの思わぬ言葉に、本人もだが周囲の者たちも目を見開き驚きを見せる。


「今回の仕事は貴女の視察能力も測っていたのよ。性格を除けば十分力は貴女は持っているし、それはこの間の緊急招集の統率力も理解したわ。この変更は確定だから貴女に拒否権はない事を告げておくわ」


「チッ。勝手なことを……」


 本来冒険者としてアイアンランクからグラスランクになる事は、とても誇らしく周囲からも尊敬を集める事でもある。

 しかし、ヘキドナ本人はグラスランクへの昇格は喜ぶ事ではなかった。

 何故ならアイアンとは違い、冒険者グラスランクと言うのは貴族にとっても無視できない存在に変わるからだ。

 もしヘキドナが男なら今回の昇格を喜んだかもしれないが、彼女はナイスバディをお持ちの女性。

 貴族がヘキドナを冒険者として雇い入れたとしても、女であるヘキドナを無視することは少ないだろう。

 最悪の場合、権力を振りかざし彼女を慰み者にするかもしれない。

 事実、グラスランクパーティーの中にいる女性が貴族の手にかかり、仲間の冒険者が女性に手を出した貴族へと斬りかかった事件もある。

 勿論冒険者は不敬罪として全員が打ち首となり、一つのグラスランクパーティーがこの世から消えてしまった。

 ヘキドナ自身、彼女は実力はあるも、アイアンにこだわるのはその事を耳にしていたからだ。

 キッと厳しい表情を作るヘキドナに、ネーザンは優しく言葉をかける。


「ヘキドナ、あんたがグラスを拒む理由は理解してるよ。安心しな、その辺の配慮はギルドが受け持ってあげるからね。その代わり、お前さんには新人冒険者への指導係としてこのギルドに付いてもらう形にするからね。そうすればお前さんの毛嫌いする貴族さん共も先ずはうちを通さないと行けない。どうだい、お前さんにとっては悪い話じゃないだろう?」


「……フンッ」


 ネーザンは貴族ではないが冒険者ギルドで長を務める者だ。

 例えば莫迦な貴族が彼女を無下にした行動をしたなら、その領地での冒険者は動きを止め、貴族にも不利益しか生み出さなくなる。

 庶民が絶対勝てない貴族であっても、冒険者ギルド、商業ギルドを無視して貴族を継続することは不可能なのだから。

 そのネーザンの言葉には安心感が見えているのか、ヘキドナは渋々と自身のアイアンのギルドカードを二人の前に置く。

 次に彼女がギルドを訪れた時は、グラスランクのギルドカードを受け取ることになるだろう。

 部屋を出てからはマネ達が自身の事のように喜びの声を上げる。


「おー! 姉さん、おめでとうございます! 早速祝の宴ですね!」


「シシシッ! 直ぐにママの店を予約してくるシ!」


「折角ですからパーッと行きましょう!」


「宴は大人数でやるもんっちゃ!」


「はぁ……。面倒くさいことになりそうだよ……。フンッ」


 ご機嫌な周囲の雰囲気に次第と気分を良くしたのか、彼女の足取りはいつもより軽いものになっていた。


 ガンガの店に竜の素材を置いた後、身体のサイズに合わせて鎧を作る事になったミツ。

 彼の寸法を図った後は、ガンガは直ぐに作業に取り掛かると店の奥へと入って行く。

 ミツも何か手伝いましょうかと話しかけるが、そこは職人であるガンガは譲らなかった。

 素材は既に綺麗に切り分けているので、後は最後までガンガは一人でやり切ることを伝えるとミツを店から追い出してしまう。

 仕方ない、ガンガなら物が出来上がったら教えてくれるだろうと彼はギルドに戻ることにした。


 皆は散々午後とそれぞれ帰宅したりと休息に入るのか、ギルドに戻れば解散モードになっていた。

 リックは帰り際、ミツの出立はいつかと質問する。


「ミツ、お前いつ街を出るんだ?」


「んー。これから領主様の所に一応挨拶して、後にもう一度ギルドに顔を出す予定だから二日後かな」


「そうか……。じゃ、今日は流石に疲れてるだろうから、明日皆で飲みにいこうぜ!」


「良いですね。ミツ君はまた戻って来ますけど、旅の安全を願っての送り酒ですね」


「私お酒より宿屋のパイが食べたいなー」


「ウチもニャ! あっ、なら久しぶりに皆で食べに行くニャ!?」


「あら、良いわね〜。ローゼ、貴女達も一緒に行かない?」


「ええ。良いわよ」


「甘い物より俺は肉が食いてえな」


「あそこって普通の飯も出すだろ? よし、俺も腹ごなしにでも行くかな」


「それじゃ、皆、気おつけてね」


「ええ、ゼクス様によろしく言っといて頂戴


「はいはい」


 オークキングとジャーマンスネーク。

 このニ体は買い取りに出す際、体内から紫の魔石を取り出している。

 この話を報告に行くためと、領主様の所に要件があると皆には伝える。

 流石に領主家にホイホイ付いていくわけにも行かない皆はミツを見送り、足並み揃え料亭をかねた宿へと足をすすめる。

 道中、リッケのボソリとした言葉をリックが拾い、話が広がっていく。


「……あと、二日ですか」


「ああ……。まぁ、突然姿を消されるよりかはマシだけどな……」


「彼、随分と直ぐに出立しちゃうのね……」


「「「……」」」


 ローゼの言葉に先程まで元気だった三人の雰囲気が見て分かる程に落ち込んでいる。


「お、おい、ミーシャ大丈夫か? それと二人も」


「トト、今はそっとしてあげなよ」


「そうなのか? あー、その、すまねえ……」


「フフッ。ありがとうね、ミミちゃん、それとトトもね。大丈夫、ちょっとだけ寂しくなるだけで、ずっとこの気持ちが続くわけじゃないって分かってるから」


「「……」」


 ミーシャはそう言いつつ、少し無理をして二人へと笑みを見せていた事はリッコとプルンは気づいていた。


 フロールス家の一室にて。

 ミツはフロールス家にゲートを使い移動した後、ダニエル夫妻、そしてセルフィとの対談の場をゼクスに用意してもらう。


「少年君、それで話って何かな? ま、まさか私に告白!」


「はい、違います」


「ちぇー。ノリが悪いぞ少年君」


 席に座った早々にセルフィのおちゃらけた会話から始まる。

 彼女のそんな場を和ませる雰囲気を理解してか、周りからもアハハと笑いがこぼれだす。


「セルフィ様にはロキア君がいる時点で、自分に入る席はありませんからね。ご本人が一番それを理解してるでしょうに。皆様にお話というのはこれです。……あっ、すみません、アイテムボックス使います」


 ミツの言葉に軽く手を上げ了承を出すダニエル。

 彼はアイテムボックスから色を失いかけている紫の魔石を取り出す。

 ユイシスからは既に色を失っていると言われたが、ミツの目の前にある白いテーブルにその魔石を置けば、薄っすらとまだ色を認識できる。

 その魔石を目にした瞬間、セルフィの顔から笑みはスッと消え、真面目な表情に変わる。

 

「!? 少年君、この魔石、何処で見つけたの……」


「これは昨日討伐したモンスターの中から見つけて先程抜き取ってきた魔石です。既に色は薄いですが、二つともセルフィ様がお探しになられている紫の魔石です」


「間違いないわね……。それで、これを何処で見つけたの?」


 セルフィはそれを手に取り、険しい視線を魔石へと向ける。


「はい、ディオンアコーの街周囲で見つけたジャーマンスネークが持っていました。それも進化してツインヘッド・ジャーマンスネーク亜種に進化した状態で」


「「「!?」」」


 ジャーマンスネークの話をすると、ダニエル夫妻は驚きに眉を上げる。


「やはり進化していたのね……。少年君がそれを倒したので間違いないのよね?」


「はい」


「そう……。君が居なかったら大変なことになっていたわね……。それで、もう一つも近くで見つけたの?」


「もう一つはジャーマンスネークを探している途中、モンスターの集落を見つけまして、その中のオークキングが持っていました」


「「「「!?」」」」


 ジャーマンスネークの進化種だけでも脅威的なモンスターだと言うのに、それに加え、軍を出さなければ倒せないと言われているオークキングの出現の話にダニエルは少し椅子から立ち上がりそうになる程に驚きを隠せてはいない。


「なっ、オークキングが居たのかね!? それで、ディオンアコーの街、いや、周囲に被害は!?」


「恐らくですが……その集落は幾人もの人が住んでいたと思います。襲われた形跡もありましたし、分身がかなり怒ってたようで、自分が合流した時にはオークキングと数百ものオークが亡骸になってました」


「……分身と言う事は、ミツ君本人、君が手を出したわけではないと言う事かね」


「はい。その時自分はジャーマンスネークを探してましたので分身とふた手に別れてました」


 本当の話をするならば、確かに分身は苛立ちを見せてはいたが、それは動物などの亡骸を見た事が一番の原因だろう。

 しかも後には大量のスキルを目の前に分身は悪魔のような笑みと笑いを出しつつオーク達をなぎ倒し、最後はオークキングを実験体に使う程に戦いを楽しんでいた。

 ミツはその事は知らないが、集落に人が住んでいたであろう形跡を見て彼も分身が怒るのは仕方ないと詳しい話は省いている。


「なるほど……。君がディオンアコーの街へと足を向けなければ、恐らく数日後には地図上ではその街は消えていたかもしれん……。ミツ君、君のおかげでまた多くの民が救われた。心より感謝するよ」


 自身の領地の事では無いというのに、ダニエルは自身の事のようにミツへと感謝を伝える。


「いえいえ、見つけたのは運が良かっただけですよ。それともう一つご報告がありまして」


「何かね?」


「はい、明後日にでもこの街を出ようかと思っています。一応巫女姫様のルリ様がその日に屋敷を出発されると言う事ですので、自分も一緒に出ようかと。その事を皆様にはお伝えしておこうかと思いまして」


「そうか……。話は聞いておるよ。君がこの街を離れるのは寂しく思うが、いつでも屋敷に遊びに来ると良い。君はロキアの弓の講師なのだからね」


「ダニエル様のお心遣い、ありがとうございます。自分も街ではまだ色々と用事もありますので、その時には顔を出させていただきます。それに他にもやる事もありますので」


「ん? ……。ミツ君、そのやる事とは何か聞いても良いかね?」


 彼のやる事に関しては目を光らせて置かなければいけないと思ったのか、ダニエルは少し汗をにじませその話を聞く。

 ミツは自身を見る四人の注目を集め、別に隠すこともないと、そのやる事に関して説明をいれる。


「えーっと。この場にいらっしゃる皆様はご存知だと思いますが、自分は魔石が自身で作れます」


 ミツが魔石を作れることは四人は知っでいる。だからこそその先の話をする事に彼に躊躇いはなかった。

 

「それに関して、神様からそう言った場所に自分が作った魔石を置いておけば、枯れた井戸、作物が育たない土を元に戻せると話を聞きまして、それをやって来いと言われました」


「「「!?」」」


「えっ!? 少年君、今の話もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら」


「はい。それでは……」


 四人はその話を聞きつつ、魔石を使用する常識が崩れていく事に驚きを隠せない。

 彼らにとって、魔石とは使い捨ての乾電池のような物だと伝えれば分かりやすいかもしれない。

 当たり前だが電池を使用すれば、テレビのリモコンや、懐中電灯のライトを光らせる効果を出す。

 その電池の中身を使い切れば、物は使えなくなり一般の人は電池を交換する為と使用済みの電池を不燃ごみとして捨てるしかない。

 ダニエルたちも魔石の中身の魔力を使い切れば、それは只のカセキとなり使い道の無い品となる。

 だがミツの話を聞けば、電池を地面に植えることに肥料となり、水に入れれば水が増える道具となる。

 常識から離れすぎた話だけに、聞く側としてはイメージが沸かないだろう。

 事実、例え話としてミツもこれを聞かされたら、地面に電池を埋めるなんて、その人は変な人だと訝しげな視線を送るかもしれない。

 ミツはそれに加えて、豊穣神であるリティヴァールの加護話を付け加える。

 豊穣神の加護の効果はまだ未確認だが、幾度も創造神のシャロットの力を使い、細かく鮮明な品を物質製造スキルで作り上げたのだから加護の効果は十分に信頼できると信じている。


「豊穣神様の加護……」


「はい。まだ自分も試していませんが、加護の効果で植物が良く育つ様になるそうです」


「ミツさん、それならば屋敷の裏庭の畑の一部をお使いになり、そのお力を試してみては如何でしょうか? ねえ、旦那様」


「ああ。君が良ければその力、私達に見せてもらうことはできるかな?」


「はい。それでは、ちょっと場所をお借りします」


 エマンダの提案で、屋敷の外にある畑へとゼクス含め、数名の護衛を付けて移動することになった。


「ここで良いかな? ここはもう数年も使わず置いていた畑。ここに種を巻く予定もないので、君の好きに使って構わんよ」


「ありがとうございます。それじゃ少し場所をお借りします」


 ミツが借りた畑は屋敷から一番離れた場所。

 場所的に雑草が多く、根菜などを植えると掘り返すことが大変な場所と言う事で畑としては避けられた場所だ。

 ダニエルの言うとおり暫く使っていなかった畑は畑というよりかは雑草まみれの地面と言ったほうが正しいのかもしれない。

 先に雑草を刈るかとダニエルは屋敷の私兵に指示を出し、草刈りから始めることにする。

 だが、ミツはそれを止める。

 彼は皆の前に出ては掌を雑草が生い茂った畑へ向け〈スティール〉を発動する。 

 その瞬間、一面緑に埋めていた地面が姿を見せ、ミツの足元にドサドサと刈り取られた草が山となり積み重なって行く。

 それを鎌など農具を持っていた私兵の皆は唖然と立ち尽くすが、彼のやる事はまだ終わらない。

 今度は地面に手を当て〈天地創造〉を発動する。

 ミツのイメージしたその部分の土が、まるでミキサーにかき混ぜられたように円を作り土が混ざっていく。

 更に小刻みに振動を与えると、地面に残った雑草の根っ子部分が土を混ぜられたことに切れ、ブラジルナッツ効果で上に溜まっていく。

 出てきた根っ子や石に向かって、スティールをもう一度発動して回収する。

 その光景を私兵の様に唖然としてみる者が居れば、エマンダのようにニコニコと笑みを作り見る者様々。

 足を踏み入れた瞬間、柔らかな土がズボッとミツの足首までをのみこむ。


「うん、十分混ざったかな」


 畑の色は焦げ茶色程の良く混ざった事が隣の地面と見比べても分かる程に色が変わっている。

 あともう一回と、ミツは物質製造スキルを使い、表面の土だけを畝の形へと変えていく。

 綺麗に整えられた畝は、ダニエル達も見たことない程に真っ直ぐに作られている。


「よし、できました」


 僅かな時間で畑を完成させてしまった少年。

 深く追求するなら畑を混ぜるときに肥料など入れる事に、植物の成長を促進させる効果も出すが、今回は実験を兼ねているので彼が急いでできる最善の方法を取っている。 

 まぁ、肥料など入れなくてもこの場は暫く使っていなかった事もあり、近くの木の葉っぱが腐り、腐葉土となって畑にそれが栄養となり浸透しているので元から手を加えることもないのだが。


「ミツさん、こちらをどうぞ」


「ゼクスさん、ありがとうございます」


 この状況を楽しんでいるのか、笑みを作るゼクスから野菜の種を受け取りそれっぽい感覚を開けて種を植えていく。

 次に種と一緒に魔石を埋める工程だ。

 私兵に見せてしまうが、それは良いのかをダニエルへとミツは目配せを送れば、彼はその視線に気づき、私兵全員の視線を後ろへと向けさせた。

 守るべき主から目を離すことに躊躇いが出たようだが、ゼクスが代わりにダニエルの護衛に付いていると告げれば、私兵はすんなりと畑とは反対の方に体を向ける。

 念の為とミツを囲むようにダニエルと婦人の二人、そしてセルフィが壁となる。


 アイテムボックスからカセキを取り出し、魔力を流し込むイメージに土の魔石へと変えていく。

 取り敢えず四方を囲むように四つの土の魔石の完成だ。大きさは500円玉程の大きさにしといた。

 地面が柔らかい効果もあって、魔石を地面に押し込めばズボズボとのみこみ、ミツの腕が届くまで下へと埋めておく。

 パンパンと腕についた土を払いつつ、種を植えた場所に向かって薄く水をまいていく。

 取り敢えずここ迄やった後、効果はどれほどで出るかなとミツは皆と談笑を交えて会話する。

  

「えっ?」


「そ、そんな……」


 一人の私兵が声を漏らすと、その視線の先に見る物に驚きが広がっていく。

 ミツも畑の方に視線を戻せば、先程まで茶色だった畝の上にポツポツと緑の芽が目に入る。

 一瞬雑草の草が残っているのかと思ったが、列を作り、種を植えた畝から次々と新芽が顔を出していた。


「うわっ。成長早っ。あっ、水をやらないと!」


「少年君、手伝うわよ」


「セルフィ様、ありがとうございます」


 セルフィは急ぎ反対側へと周り、先程ミツが出したように水を芽へと上から振りかけていく。

 ぐんぐん、ぐんぐんと伸びていく芽は、まるで植物の成長を早送りに見ている気分だ。

 直ぐに新芽から葉が大きく広がり、花となる蕾ができ始める。


 畑に水をかけても、まるでスポンジの様に直ぐにその水を吸収してしまう地面。

 水を出すことがきつくなってきたのか、セルフィはアマービレと交代して休憩を取る。

 フロールス家の屋敷の畑を管理している人が苗の様子を確認しつつ、水の降り注ぐ畑の中へと入っていく。  


「旦那様、このままでは実がなる前と花が枯れてしまいます。急ぎ受粉させなければいけません」


「うむ。皆、手分けして手伝ってくれ」


 ダニエルの言葉に動き出す私兵の皆さん。

 花の受粉をさせた物は根本から実となる部分を作り始めた。

 急げ急げと皆は水をかぶりながら作業を続ける。

 ちょっと種を撒く範囲を広げすぎたかな?


 与える水は十分と教えてもらったので水撒きを止める。 

 あんまりやり過ぎても実を割ったりする原因にもなるそうだ。

 今回植えたのは根菜の種ではなく、ナスの様な野菜だ。

 大きく育つ頃、合図と共に一斉に野菜を収穫を始める。

 

「デカッ!? 俺、こんな野菜市場でも見たことねえ」


 一人の私兵が収穫した野菜を手に驚きを見せる。


「おい、手を止めるなよ! そっちの野菜莫迦みたいにでかくなって食えなくなるぞ」


「やべぇ!」


 野菜の苗一つからは大体30程の野菜が取れれば合格点と言われている。

 しかし、それは日本での農家の話。

 この世界ではその半分が取れれば十分な事だ。

 しかし、彼らの目の前の苗は次から次と実を作り、正に倍の量の作物を作り出したのだ。

 成長の限界が来たのか、苗は次第と萎れ枯れていく。 

 私兵は目の前の枯れた苗を見つつ、自身の周りに急ぎ収穫した野菜の山に唖然とする。

 一か所に集められた野菜を目の前に、ダニエルの口から開いたままだ。


 ミツがそれを一つ手に取り、鑑定をする。

 鑑定では優品と出ており、正にナスの様な調理方法を説明文に進められた。

 いくつか大き過ぎて食べれるか不安なものもあったが、それに関しては特優品と見たことの無い文章が出ている。

 どうやら成長の限界を超え、旨味をたっぷりと実にしたのだろう。

 ミツは洗浄魔法の〈ウォッシュ〉を発動。

 目の前の野菜を綺麗にした後、一口食べる。

 その光景に注目が集まる。


「!? えっ! うまっ!? えっ、野菜ってこんなに美味しいものでしたっけ!?」


 そんなまさか。

 味付けもしていない野菜が美味しいわけ無いと、畑を管理する人が一つ手に取り、一口食べる。


「!?」


 その表情を見たダニエルも一つ取りガブリ。


「う、美味い……」

 

「じゃ、私も一つ〜」


 セルフィも一つで手に取りガブリと行くと思いきや、サッとそれをアマービレが取り上げ、ナイフを使い一口台に切り分けてしまう。

 毒味を兼ねて彼女が一つ食べた後、切り分けた野菜をセルフィの前へと差し出す。


「んー! 美味しい!」


「本当に……。ゼクス、種はこの畑に撒いているものと同じものですよね?」


「はい奥様。あちらにて今成長しております作物、同じ種をミツさんにはお渡しいたしました」


「と言う事は、この成長と美味しさがミツさんが与えられた力ですね……」


 ダニエルは大量に実った野菜を私兵にも振る舞い、味の感想を求める。

 全員が全員、一口食べた後に美味いとそれを口に漏らす。


「ああ、こんなに大きく立派な物ができるなんて、本当に素晴らしいですわね」


「本当に。野菜独特の匂いも無く、このまま調理をせずに食卓に出されたとしても気づかないのではないでしょうか」


「そ、そうですね……」


 婦人の二人は大きく実ったナスを手に取り、その太さや長さにうっとりと視線をむける。

 いや、二人は純粋に野菜の検証をしているのだろうが、その手つきやナスを鼻に近づけクンクンと匂いを嗅ぐし、ミツが目を背けたくなる動きだけに返答に困ってしまう。


 豊穣神の加護の凄さは目にして驚く結果だった。

 ならば、どこ迄が加護の効果を出すのかを次の検証だ。

 近くには同じ様な畑の場所がいくつもあるので、そこも使わせてもらう事にした。

 

 一つ、魔石のみをミツがやり、種まき、水撒きと、ミツはできるだけ畑に入らない。


 一つ、種まきまでミツがやり、水撒きはやらない。


 一つ、種まきは別の人がやり、水撒きだけをミツがする。


 取り敢えずこの三つのパターンで試すことになった。

 同じ野菜ばかり増えても困るので、種を別の物にして蒔く事にする。


 結果、全ての畑が豊作となってしまった。

 しかし、その結果も時間差が起きた事だ。

 一つ目の畑はその日で豊作になった訳ではない。

 豊作になったのは一週間後の事。

 二つ目は三日で豊作。

 そして、最後は先程の畑と同じで、凄い速度で成長を見せた。

 結果的にミツの魔力を直接受ける事に加護の効果が発動するのではないかと結論を出す。

 まぁ、サポーターのユイシスを通してリティヴァールに答えを聞いたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る