第210話 約束の素材

 翌日

 

「とうっ! ネミディア復活! ……んっ? ここはどこだ? はっ!? 魔物は! 捕まった少年は何処に! ……はて、少年が居たような居なかったような。んー」


 まる一日寝ていた彼女の頭はまだ寝起きなのかボーッとしている。

 その為、気絶する前の記憶が少しだけ……いや、かなり都合良く消されていた。

 彼女は身の回りの物を確認し、鎧と衣服、そして支給品として渡される剣が枕元に置かれていることに気づく。

 取り敢えず着替えをしてしまおうと、置かれている衣服へと手を伸ばす。


「いったい誰が私をここに連れてきたのだ……。取り敢えずここが何処なのか確認しなければ。外を見る限り何処かの街の宿……だな。よし、誰か! 誰かおらぬか!?」

 

 ミツ達が朝食へと向かおうと部屋で準備をしていると、ネミディアの声が聞こえたので彼女の部屋へと移動。


 部屋の扉を叩き、入室を促す。


「失礼します。目が覚められましたか?」


「うむ、悪いがここが何処なのか……。!?」


「?」


「あ、ああ、あわわわわわ! うわーーーー!!」


 入室してきたミツの顔を見たネミディアは気絶する前の記憶が蘇り、驚きの声を出す。

 その声が聞こえたのか、部屋に入ってくるシューとヘキドナ。


「ミツ、どうしたシ? あっ、その人目が覚めたんだね」


「は〜、朝っぱらから五月蝿いね。んっ? ああ、なるほど。それで、坊やは朝から何を女を怯えさせてるんだい」


「いや、自分もいきなりこの状況なのでサッパリです」


「あばばばばバババばばばばば」


 未だ混乱して会話にならないネミディア。

 

「あー、こりゃ駄目だシ。落ち着くまで置いておくしかないね」


「流石にそうも行きませんよ。すみません、少しお話をしたいので落ち着いてもらえますか?」


 先ずは彼女との会話を進めなければどうしようもない。ネミディアを落ち着かせる為と、ミツが近づこうとする。

 だが、ネミディアは咄嗟に自身の剣を取り、剣先をミツへと向ける。


「ひっ! おのれ! オークの次は私を食らうつもりか! こう見えても私は王国戦士!の見習い……。私に手をかけると言うのなら、それは国への反逆と心得よ!」


「いえ、別に危害を与えるつもりではなくて、心を落ち着かせようと少し魔法を……」


「なっ!? 魔術を使い私を焼き殺す気か! いや、私の身体が狙いというのなら、心を奪うつもりだな! そうはさせん! このアーネストナイトのネミディア! ネミディア・ニコール・シングルトンは決して悪の力には負けん!」


「そんな事しませんから」


「わぁああ! 来るな来るな来るなー!」


 ネミディアは手に持つ剣をブンブンと振り回し始める。


「わっ! 危ない!」


「はァ……。坊や、本当に何もしてないのかい?」


「記憶にありません」


「怯えすぎだシ……」


「はぁ……すみません!」


「なっ!?」


 剣を振り回されては近くにいる二人に怪我をさせてしまうかもしれない。

 彼はネミディアの前に駆け出し、彼女の持つ剣の柄頭を手出払い、部屋の天井に突き刺す。


「ヒュー」


「フンッ。まったく、最初っからそうしときな」


「失礼します」


 剣を天井に飛ばされ唖然としていたネミディアの両腕を取り〈コーティングベール〉を発動。

 錯乱した様に暴れていたネミディアはハッと気を持ち直したのか、心を落ち着かせ暴れる腕を止める。


「なっ! 止めろ! 私は王国剣士……。んっ? あれ、私はいったい?」


「落ち着きましたか? えーっと、ネミディアさんで宜しいでしょうか?」


「なっ! 無礼者! 私はシングルトン子爵の娘。貴族を前にしたならば、庶民の君は様を付けぬか、様と言う敬称を!」


 ミツの腕を振り払い、ネミディアは強く立場を強調した口調にミツを叱責する。

 その態度に、後ろにいるヘキドナとシューからはネミディアに対する嫌悪感を彼は背中に感じる。

 話はこのまま自分がすべきだと、ミツは貴族相手の礼を取る。


「ああ。これは失礼しました。貴族様を相手とは知らず、大変失礼な真似を。改めまして私はミツ。冒険者をしております旅人でございます。ネミディア様へのご挨拶が遅れた事、それを先ずは心よりお詫び申し上げさせて頂きます」


「うむ、良い。君の礼の対応に免じて許すとする。して、先ずはここは何処なのか、そして私は魔物に捕まったような記憶があるのだが……。詳しい話をしてくれるか」


「はい。ご質問にお答えいたします。先ずはこの場所はディオンアコーの街にある街宿でございます。そして申し訳ございません。私が森の中を捜索中、地面に倒れていた貴女様を発見しましたのは偶然にございます。その時に周囲には魔物の姿はございませんでした」


「そうか……。しかし、私は君がオークの集団と戦い、オークキングと戦う姿も目にした。それに関して答えを聞きたい」


「「!?」」


 ネミディアは目の前の少年の発言は詭弁事だと前提に考えつつも、自身の疑問を答える反応を確認する。

 オークキングを討伐した事は二人にも伝えて居なかったのでヘキドナとシューはお互いに顔を見合わせる。

 この場で私の分身が倒しましたと言っても良いのだが、ネミディアに分身の事などを説明するのも時間がかかるし、信じてもらえるか微妙だ。

 なので、彼はすっとぼけた返答をする事にした。


「オークキング。この私がでしょうか?」


 少し驚きの表情を作り、疑問的な返答をする。これだけでも相手は自身の問に疑問を受けてしまう。

 案の定、先程まで凛々しく質問していたネミディアの表情が崩れ、目の前の少年の発言よりも、自身の問に疑念を持ち始める。


「あ、ああ……。いや、ちょっと待て。んー。(少年と思える身の丈……。考えてみたら冒険者と言っても一人でオークキングを一人で倒せるものなのか? いや、それは先ずあり得ない……。あのオークの数……。それに私自身、地面に投げられたが何処も怪我をしていないし、痛みもない……。まさか夢……?)」


 何やら悩んでいるが、ネミディアは自身の剣を天井に突き飛ばされた時点で、彼女はミツに対して警戒心を抱くべきであったが、本当に抜けていると言うか何というか……。


「あの、ネミディア様」


「んっ!? な、なんだ!」


「失礼ながら、私めは冒険者としてはまだまだ若輩の身でございます。オークキングなど私ではとてもとても……」


「そ、そんな事言われぬとも、勿論分かっておる! 確認と申したであろう!」


(えっ? そんな事言った? いや、言ってないよね)


「はっ、失礼しました」


「「っ……」」


 ヘキドナとシュー、二人はミツの言葉に笑いをこらえていた。

 ネミディアは近くにあった椅子に乗り、天井に刺さった剣を抜く。


「ふぅー……。ところで、ここはディオンアコーの街で間違いないのだな?」


「はい」


「そうか……。んんっ、随分離れた街ではないか……。何故このような場所に……。急がねばならんな……」


 彼女の目的であるライアングルの街と、このディオンアコーの街では距離的には40キロの距離がある。

 王都から真っ直ぐに南下すればライアングルの街に到着するのだが、馬に逃げられ迷子になっていた彼女に何故という言葉は、聞いた者は目を細めたくなるだろう。


「ネミディア様は何かお急ぎの用向きでございますか?」


「ああ。庶民の君には話しても分からんだろうが、一応救われた身。少しだけ教えてやろう。身分は話せぬが、私はとあるお方に名誉な命を受けている。それを遂行するにはライアングルの街に急がねばならぬのだ」


「それはそれは。お急ぎならば自分が……」


 ミツはどうせこの後、ライアングルの街に帰るのだからネミディアも共に街に行くことを促そうとする。

 しかし、後ろで頭を下げていたシューが突然声を出す。


「急ぐなら馬車停に急ぐシ。確かもう直ぐ街に向かう馬車が出るはずだシ。あっ、でも貴族様はお金を持っていないから馬車には乗れないね。やっぱり歩いて行くしか無いシ」


「えっ? シューさん?」


 シューの言葉に顎に手を当て、考える素振りを取るネミディア。


「ふむ、そうか……。仕方ない……。本当は最後まで歩いて街に行くつもりであったが、この際……仕方あるまい」


 ネミディアは自身の鎧の内側に手を入れ、そこから隠していた金貨二枚を取り出す。


「そんなところに隠されていたのですね」


「ああ。金を入れた財布などは戦いの時に落とす事もある。まぁ……今回は違うが……。取り敢えずだ! この街からならこれで馬車で行ける! ミツ、それとお前ら、改めて礼を言うぞ。それでは……」


 馬車停に急ごうと部屋を出ようとしたネミディアを、今度はヘキドナが呼び止める。


「お待ちください」


「な、なんだ?」


「失礼ながら、貴女様にはお支払して頂きたい金がございます」


「なっ!? 何! あっ……うっ……。確かに……。助けてもらった身、礼もせずにここを去るのは失礼な話……。しかし、私の手持ちも少ない。できる範囲で何でもしようじゃないか」


「貴女様のお心遣いに感謝いたします。それでは先ずは……」


 ヘキドナはネミディアへと街の入場料、そして宿の宿泊費を。さらに森の中で助けたとして救出料を彼女に請求する。

 ネミディアが持っていた金貨二枚は、銀貨五枚と四分の一の残金となってしまった。


「くっ……。自身の失態とは言え、情けない。ネミディア、一生の不覚!」


 悔しそうに銀貨を握りしめる彼女を見て、ミツはヘキドナへと小声に言葉をかける。


「ヘキドナさん、やっぱり助けた分はお返ししたほうが……」


「フンッ。甘いこと言ってんじゃないよ。こっちはタダで動く程お人好しじゃ無いんだからね」


「そうだシ。ミツ、むしろこれくらいの金で済ませてるのは優しい方だよ」


「まぁ……そうでしょうけど」


 シューの言う通り、事実オークに囚われたネミディアは命どころか、純血も失わずこうして目の前に立っている。

 それを思えば彼女に金を要求することは至って当たり前の事のようだ。


「ええい! くよくよしても仕方ない! それでは私はここで失礼する!」


「おっと! ああ、ではライアングルの街までご一緒に……」


「いらん! 私に護衛は不要。それにその金は今の私は持ち合わせておらぬ。それでは、私は急ぐ、改めて世話になった。失礼する」


 ミツの言葉は、冒険者である自分達に自身を護衛をさせろと、彼女は勝手な早とちりをした解釈をしてしまう。

 ミツに手のひらを向けた後、ネミディアはカツカツと靴音を鳴らし急ぎ足に宿を出ていってしまった。


「急いでる割に足音はゆっくりだシ……」


「別に護衛を申した訳じゃないんですけどね……。街に行くなら一緒に帰ったのに」


「フンッ。お貴族様は庶民の話なんて聞きやしないもんさ。さっ、私達も街に戻るよ」


「シシシッ」


 窓の外を見ればネミディアの姿は馬車停の方へと向かっていた。

 言ってはなんだが、元の金貨二枚あれば確かにここからライアングルの街まではお釣りが出る程に移動は可能だ。

 しかし、銀貨五枚全部を渡したとしても、ライアングルの街まで行くことはできない。 

 それを理解してかしてないのか、彼女を乗せた馬車はゴトゴトと音を鳴らし街を出発してしまった。


 皆で朝食を食べようと、1階の方へと下りる面々。

 その中、階段を一段一段ゆっくりと下りる二人の姿。

 マネとエクレアは椅子に座るのも慎重に、更に座った後も身体に痛みが走るのか、腰をさすっている。


「……。二人とも何で腰をさすってるシ?」


「えっ? あ、アハハハ。ちょっと寝違えちゃったかな〜」


「あ、あたいは昨日の釣りではしゃぎ過ぎただけだっての! あはは、あはははっ……」


 思いたある件が生々しく、ミツとリッケ、そしてヘキドナの頬が少し赤く染まる。


 ライアングルの街に戻る前と少しだけ街を観光し、要件も済ませた皆は〈トリップゲート〉にてライアングルの街へと帰る。


「帰ってきたニャー! って、一日泊まったぐらいじゃなんにも変わらないニャ」


 街の路地裏に繋げたゲートから次々と通り抜ける仲間たち。


「そりゃそうだよ。取り敢えず先にガンガさんの所に素材を渡しに行こうか」


「は〜。長かったニャー。例えるなら200万文字のお話が書けそうな間があったような気がするニャー」


「アハハハ。プルンサンハ、ナニヲイッテルノカナ? さっ、行こうか」


 プルンの言葉はスッと流し、ミツはガンガの店の方へと足を進める。


「ジジー! 出てくるニャー! ジジー!」


 店の前に到着すると、プルンはまた周囲の目も気にせず、ガンガを呼び出すためと声を張り上げる。


「だからお前はいつもいつも声が五月蝿えってんだ莫迦やろうが、このじゃじゃ馬娘が! って、何じゃい? ゾロゾロと雁首揃えおって」


 店の奥から出てきたガンガは渋々とした感じを出しつつ、プルンに負けじと声を出す。

 ガンガの姿を見たプルンは腕組みをし、不敵に笑いだした。


「フッフッフッフッ」


「?」


「フッフッフッフッフッフッフッ」


「……」


「フッ! フッ! フッ! フッ! フッ!」


 彼女が笑うたびにだんだん体を剃りかえさせて行くと、ミツが彼女の後ろにまわり体重を支える。


「プルン、あんまり鼻の穴広げるのは女の子として駄目だよ」


「シシシッ、まるでオーク鼻だシ」


「ニャ!?」


 彼女は広がった自身の鼻をおさえつつ、羞恥にバッとミツから離れる。

 そんなやり取りにも周囲からアハハと笑いが出る。

 

「ガンガさん、頼まれました残りの素材集めてきました」


「!? なんじゃ坊主、デルデル魚だけじゃなく、ジャーマンスネークも持ってきよったのか。よし、見せてみい」


「はい。プルン」


「ニャ〜、こっちがデルデル魚ニャ」


 プルンはアイテムボックスからデルデル魚の胴体部分を取り出し、ガンガへと見せる。

 鮮度が落ちることを抑え、氷を一緒に入れていたことに素材の腐敗は抑えられている。


「おおっ。随分と持ってきおったな。どれ、見せてみろ」


 プルンの取り出した魚篭。

 中に入っているデルデル魚の頭は無いが、素材として必要な身はパンパンに膨れ、身を絞れば必要な油は十分に取れるだろう。


「うむ、傷も少なく良い素材じゃな。こっちは問題ない。それで、もう一つは小僧が持っておるのか?」


「はい、でもここで出すには大きすぎますので、冒険者ギルドでお見せしようかと」


「ふんっ。それなら最初っから言わんか!

よし、早速行くとするか」


 ガンガの店ではジャーマンスネークを見せることは場所が狭いので、冒険者ギルドで素材を見せることにした。

 共にギルドに進む道中、ガンガに狩りとったジャーマンスネークは進化種である事を伝えると、彼は目を見開き、バシバシとミツの背中を叩き喜んでいた。

 進化したジャーマンスネークの素材なら予定よりも良い素材が取れるとガハハと笑い彼の足取りが早くなった気もする。


 ギルドに入れば、カウンターに副ギルド長のエンリエッタの姿が目に入る。


「あら、ミツ君、皆も戻ったのね」


「エンリエッタさん。はい、怪我もせずに無事戻りました。それで早速ですみませんが、ギルドの裏庭をお借りしても宜しいですか?」


 ギルドに入って早々、ギルドの裏庭を貸してくれと少年の言葉にエンリは訝しげな視線を彼に向ける。 


「……。君は今度は何を持ってきたの……」


「爺に渡す為のジャーマンスネークニャ! これでミツの武器のナックルが作れるニャ」


 嬉しそうにプルンが告げると、持ってきた品に少し眉間を寄せるエンリエッタ。それと周りで驚くナズキ達の姿。

 彼女は何か言おうと思ったが、ギルドには珍しいお客の姿に軽く眉を上げる。


「あら、ガンガさん。ご一緒でしたか」


「よう、エンリ嬢ちゃん。少しだけ場を借りるぞ」


「それとエンリ、ウチらも納品したい素材があるニャ。買い取り頼むニャ」


「はぁ……。やっと落ち着いたと思ったら……。良いわ、ナズキ、手伝って頂戴。私はギルド長を連れてくるわ。プルン、貴女が持ってきた素材も一緒に裏で査定するから持ってきなさい」


「は、はい!」


「分かったニャ!」


 エンリの指示を受け、直ぐに動き出すギルドスタッフ。

 ジャーマンスネークを持ってきたと言う話に、ミツたちに集まる他の冒険者達の注目する視線もあるが、ヘキドナ達も共に居ることにヤジを飛ばすような無鉄砲者は居ないようだ。


 ギルドの裏庭にまわり、ミツはアイテムボックスからツインヘッドジャーマンスネーク亜種の亡骸を取り出す。

 それはヒュドラ程の大きさは無いにしろ、寝かせるだけでも裏庭の半分を埋め尽くす光景に、ギルド職員や解体スタッフ含め、全員が唖然とした表情を浮かべる。

 後からやってきたギルド長のネーザンも、裏庭のその光景に呆れ顔である。


「それで。次に坊やが持って来たのがこれかい……」


「はい。首の一つはディオンアコーの街で討伐依頼の証明として渡しましたが、素材はこっちに持ってきました。えーっと、ヘキドナさんたちからは問題ないと言われたんですが……」


「ふふっ。ああ、態々あんな遠くの街から持ってきてくれた素材だからね。うちとしても感謝するよ」


「ほっ……。それでプルン達はデルデル魚ですね。頑張って釣り上げた後に、みんな一つ一つ丁寧に捌いてましたから粗悪品はないと思います」


 大きめの盥に出されたデルデル魚。

 それをネーザンは半身を一つ手に取り状態を確認すると笑みを浮かべる。


「うむ。これも立派な素材じゃないか。お前たちも頑張ったね。これも喜んで引き取らせてもらうよ」


「ニュフフフ」


「手が魚臭くなっちまったがな」


「いい事じゃないか。それはお前たちの経験としてしっかり身になっておるよ。さて……。坊や、一応聞くけど持ってきたのはこれだけで終わりかい?」


「あっ……えーっと」


 ネーザンの感が鋭いのか、それともミツが魔物一匹持ってきて終わりと言うのは疑問に思うのか。

 ミツはポリポリと頬を掻きつつ口ごもる。


「フフッ、出す出さないはお前さんの自由だけどね……。解体費とか諸々の手続きは他のギルドでは面倒くさいことになるよ。まぁ、お前さんが喜んで何十枚もの報告書を書きたいのなら他のギルドを進めるけどね」


「うわぁ……。婆は悪趣味ニャ〜」


「確かに私達も最初の頃は素材の持ち込みの時に持ち込んだ素材に関して、討伐した場所、討伐方法とか書かされたわね。あれ? そう言えば試しの洞窟の素材を持ち込んだ時から書いてないような気が……」


「ああ。あの時はお前さん達に話も聞いてたからね。数も数だからこっちで書いておったんだよ」


「なるほど。だとしたら、自分は結構楽させてもらってたんですね……」


「お前さんの話も面白いからね。言うのを忘れていた訳じゃないよ」


「ははっ……。えーっと、それじゃまだありまして」


「フフフッ。物分りがいいね。取り敢えずあのジャーマンスネークだね。ガンガが必要な分を切り取った後は、全部買い取りで良いんだね?」


「はい。討伐は自分とシューさんで、報酬も二人で分けますのでよろしくお願いします」


「……。相わかった」


 シューは討伐報酬だけでも十分だと言葉をかけてきたが、そこにヘキドナが会話に入る。

 戦果の大小関係なしに、報酬を決めるのは坊やにするとしてそこは受け取っておけとヘキドナはシューへと言葉を説得する。

 シューはプルン以上の貧困生活を経験したことのある娘だけに、大金を受け取ったとしてもそれを散財する事はないだろう。

 もしかしたらヘキドナと今は亡き妹のティファ、二人の計画しているファミリー計画資金に自主的にそのお金を回すかもしれない。


「それじゃ、出しますね」


「「「!?」」」


 少し空いたスペースにミツが移動すると、その後を続くネーザン。 

 そこで彼はドサドサと音を立てながら大量のオーク、オークリーダー等々オークの進化種を取り出していく。


「えーっと、これとこれとこれとこれ、それと……これかな? 取り敢えず自分が入れた記憶が無いものは全部出しとこうかな」


 最後に少し干からびたようなオークキングと、切り取った数々の手足の部位を並べる。

 


「オークキング……。出たのかい……」


「これは、間違いないですね……」


「あの……。ミツ君が出してくれたオークキングの素材と思える腕とかの素材の数が、本体と比べて多く見えるのは私の気のせいでしょうか……」


「「!?」」


 ナヅキの言葉に素材に駆け寄る二人は、腕や足を確認し、慌ててミツを呼ぶ。


「ちょっと坊や、こっちにおいで! オークキングは一体だけじゃ無かったのかい!?」


「この数……。見たところ20体分はありそうですが……」 


「あー。いえ、オークキング自体は一体だけですね」


「……」


「んー。すみません、ネーザンさんとエンリエッタさん、申し訳ないですがお二人ともちょっとあちらに」


 ネーザンの言葉に集まる職員達。

 彼らの視線に〈再生〉の話をここで話すべきか悩んだ末、ミツは解体小屋として使われているところを指差し、二人を連れそこで話すことにした。

 

「それで、坊や。残りのオークキングはどうしたんだい? まさか坊やが取り逃したとか言わないだろうね」


「いえ、先程も言いましたがオークキングは一体のみです。足や腕、目玉など多くあったのは自分のスキルの再生の効果です」


「スキル……」


「ミツ君、それはどう言う事なの?」


 訝しげに考え込むネーザンと、怪訝そうな視線を向けてくるエンリエッタ。

 ミツは周囲を見渡し、解体途中であろう物を見つける。


「んー。あっ! エンリエッタさん、このトカゲみたいな奴、ちょっと借りてもいいですか?」


「ええ……」


 ミツは上半身だけとなったトカゲ(カプラッチ)を取り、テーブルの上に乗せる。


「この下半身が無いモンスターですが、自分がスキルを使えば」


「「!?」」


 ミツはカプラッチに向かって〈再生〉のスキルを発動する。

 流石に亡骸となった生き物をまた生き返らせることはできないが、半身の無いカプラッチは元の姿と形を戻した。

 その光景に、二人は大きく目を開ける。


「この通り、切られて無くなった下半身も綺麗に元に戻すことができます」


「「……」」


「と言う事で、オークキングの腕や足が多く素材が多くでまして、持ってても仕方ないので買い取りをお願いしたいと思いまして……」


「はぁ……」


「あー、あー、あー……」


 目の前で見せられた光景に二人は息を止めていたのか、ネーザンは大きくため息を漏らし、エンリエッタは空の見えない天井を向き、手を仰ぐ。


「お二人とも大丈夫ですか?」


「なんだろうね……。もう坊やがやる事は驚きを通り越して呆れてしまうよ……」


「ええ……ですね。大丈夫ですか? 君のやることなす事色々と問題だけど、取り敢えず大丈夫……」


「坊や、その無くなった部分を元に戻す事をできる事は誰が知っておる?」


 気持ちを落ち着かせたのか、ネーザンはキリッとした視線をミツへと向ける。

 彼はその質問に指折り数えながら知っている人を口にする。


「んー。知っているといえばセルフィ様と領主様のダニエル様、それと領主婦人のお二人。執事のゼクスさん。後は巫女姫様のルリ様、第三王子のカイン様と辺境伯様のマトラスト様ですかね(一応お風呂場で働いてるマチさんとカートさんも知ってるけど、二人は口を閉してくれてるから良いかな)」


 少年が口に出す人々は貴族や王族の名ばかり。

 それに何処か納得する気持ちを持ち合わせたのか、そうかいの言葉をボソリとネーザンは漏らす。


「……」


 ネーザンは近くにあった包丁のような物を手に持ち、カプラッチの前に立つ。

 そしてダンッと強く音がなる勢いに包丁を振り落とし、カプラッチを真っ二つにしてしまった。


「!?」


「坊や、もう一度見せておくれ」


「はい」


 ミツは言われた通りまたカプラッチを治す。 

 そして直ぐにネーザンはまた包丁を振り落とす。


「もう一度」


「はい」


 それを繰り返すこと数回。

 次第とカプラッチがミイラのようになってきた時点でねは包丁から手を放す。


「ふむっ……」


「なるほど。元に戻すことができても素材としては質を落としてるみたいだね……」


「あっ、はい。そうなんですよ。この方法で無くなった場所を治すと、本体が次第とミイラみたいに萎れていくんです」


「だとしたら頭を切り落としたジャーマンスネークは下手に治さない方がいいか……。あれだけの素材。一部の為に全体的に質を落としては勿体無いからね」


「おー。流石ですね。恐らくですけど、切った首を綺麗に戻すとなると、表面の鱗、もしくは肉が萎れますね」


「だろうね……」


 ネーザンは切り落としたカプラッチの下半身を左右に持ち見比べる。

 エンリエッタは目の前で見せられている現象に、恐る恐ると声を出す。


「ミツ君……」


「はい?」


「……。いえ、この事はあの子達には口を閉ざしておきなさい」


「プルン達ですか?」


「ええ……。別に彼女達は聞いても何もできないでしょうけど、知らないなら知らないままでいいこともあるのよ」


「……分かりました」 


「さて、坊や……。この方法でお前さんは大量にギルドに素材を持ち込むことができる事が分かった。でだ、うちのギルドにこの方法で持ち込まれた素材を引き取ることは別に構わない」


「えっ? 本当ですか!?」


「ギルマス!?」


「ああ。でもね、できれば粗悪品となる品は避けてくれると助かるね。貴重な素材は確かに助かるが、粗悪品となると使い道も限られてしまうよ」


「なるほど。確かにそうですね」


「よろしいのですか、ギルドマスター」


「エンリ、別にこっちは偽物を掴まされてるわけじゃない。坊やが持ち込んだ素材の中に回復薬の材料があったとして、薬の材料となる物が一つでも多く手に入るならそれで良いじゃないか」


「……はい」


「えーっと、エンリエッタさん、粗悪品は入れない事を約束しますね」


「はぁ……。数は常識の範囲でお願いするわ」


「はい。あっ、ネーザンさん、竜の素材はどうしますか?」


「……坊や、流石に昨日もらった物を全部を直ぐに処理は終わってないからね。また今度にしておくれ。それに今日持ち込んだ奴の処理もしなくちゃならない。悪いが次の竜は一週間程間を開けてもらえるかい」


「了解しました。それじゃ一週間後にまたこちらに顔を出しますね。あっ、お金も急いでませんのでその時にでも構いません」


「そりゃ助かるね。なら悪いけどお前さんからあの嬢ちゃんに伝えといてくれたら助かるよ」


「はい。シューさんも理由を説明すれば納得してくれると思います」


 話が終わった後に改めてネーザンはエンリエッタとオークキングの素材を視察し始める。

 ガンガが必要な素材を吟味している時、彼は解体職員から何か聞いたのか急ぎ足にミツの方へと駆け出して来た。


「坊主! 坊主! ちょっとこっち来い!」


「はいはい? ガンガさん、如何したんですか」


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