第207話 桃桃桃。

 ミツが造った釣り小屋と橋が倒壊し、ザバーンっと大きな水柱を上げる。

 折角造った釣り小屋を壊すのは勿体無いと思う仲間たちも居たみたいだが、一時的なら兎も角、そのままにしておけばモンスターなどが住処にしてしまう恐れもある。

 その事もあり、先程分身が造った即席の小屋も勿論形残さず、使用した材料は全てアイテムボックスの中に入れてある。

 土だけで出来ていただけの小屋と橋は川に溶け、水を濁った泥水にしてしまった。


「ニャ〜。土で川が何にも見えないニャ」


「大丈夫ですよ。今は濁ってますけど、上流の水は綺麗ですから直ぐに色も落ちつきますから」


 仲間達が川の方へと視線を向け、リッケの言うとおり次第と川の色が元に戻っていくことを少し楽しそうに見つめている。

 シューももう直ぐ戻ってくるだろうと待っている間、そう思えばとミツは分身の取得したスキルを今のうちにと、少しづつでも試してみようと検証をすることにした。


(試すとしても殆どが戦闘時にするスキルや魔法だけど、試せる時があれば少しでもやっておかないと)


 流れる川を見ると、チラっとデルデル魚ではない、別の魚の姿が見えた。

 早速その魚に試せるスキルはないかと思っていたが、川が泥水の為直ぐに姿を隠してしまった。

 ならばと〈透視の眼〉のスキルを発動。

 物を透視できるなら、水の中の泥を消してくれるのではないかと検証である。

 試してみるとスキルの調整が難しく、最初は真っ黒な地面が見えてしまい、川の水、魚、土など、全てを透かしてしまった。

 やり直して、ゆっくりと見える物だけをイメージする。

 分かりやすいように右眼はスキルを使い、左眼はそのままに川を見る事に。


「おー」


 彼の口から思わず声に出てしまう程に左右の眼で見る川の状態が違いを見せる。

 スキルを発動する方は無色透明であり、恐らく泥水に隠れているであろう魚をハッキリと姿を見せる。

 良く見れば物陰に隠れた別の生き物も見えるので自然のアクアリウムを見せられている気分だ。

 これならと、泳いでる魚に掌を向けて〈止眼〉を発動。 

 尾鰭をユラユラと動かしていた魚がピタリと動きを止め、そのまま川の流れに乗って下流の方へと流されていく。

 何処まで止まったままなのかと思っていると、ユイシスからの言葉が聞こえてくる。


《ミツ、今貴方が使用しているスキル〈止眼〉の効果は、使用した者から視線を逸らすことに効果は解除されます。ですが〈ターゲット〉こちらのスキルを共に使用する事に直ぐにでも対象の動きを直ぐに止める事も可能です》


(なるほど。〈透視の眼〉〈止眼〉の二つのスキルの組み合わせどころか〈ターゲット〉の三つかけもできるのか。スキルも増えたから色々とできるかもね。思いついたらそれもやってみようかな)


 ユイシスの言葉に更に上機嫌となり、動きを止めていた魚へのスキルを解除。 

 魚は、水の中で動きだし、水面へとピチャンと魚が跳ねる。


「ニャ、魚がいるニャ」


「プルン、もう十分釣ったから魚は良いわ……」


「ニャハハハッ。そうニャね。それにあれは食べるにはまだ小さ過ぎるニャ」


 相変わらず食いしん坊なプルンとそれを宥めるリッコのやり取り。

 ミツは二人の会話を聞きつつ笑みをつくり、彼女達の方へと振り向く。

 がっ、彼の笑みは瞬時に硬直し、ダラダラとひたいから汗を出させる事になった。

 それは彼が〈透視の眼〉のスキルをまだ解除していなかった事が問題であった。


「あがっ……」


「「んっ?」」


「ミツ、どうしたのよ?」


「もしかしてお腹空いたニャ?」


「ちょっ、ちょっと、二人とも待って!」


「何よ、心配してあげてるんじゃない」


「ミツ、顔が真っ赤ニャ?」


 ミツが見る二人の姿は、衣服など何も持たない裸状態の姿が目の前にあった。

 二人は前かがみに川の方を見ていたので最初こそ見えてはいなかったが、彼が変な声を出した事に二人が立ち上がり側に近づいてくる。

 勿論二人は服を着ているので、彼の見ているスッポンポン状態ではない。


「ちょっと、こっちに来なさいよ」


「ニャ! ミツ、凄く熱いニャ!」


 サンサンとした太陽の下、自身の事を心配してくれている彼女達のあられもない姿はもう見るのは何度めなのか。

 プルンの突き合わせた彼女のおでこはひんやり冷たく、しかし視線の下は漢を熱くする絶景が広がっている。

 また鼻の奥をツーンとさせる訳にも行かないと、無理やり視線を変えればそこには武陵桃源、桃花源、桃源郷と桃のバーゲンセール。

 

「如何したんだい? って、坊や大丈夫かい!?」


「あらあら〜。本当、顔が真っ赤じゃない」


「へ、ヘキドナさん……ミーシャさん……。だ、大丈夫ですから……」


 突然の事に、まるで茹でダコの様に真っ赤になった顔を見てヘキドナとミーシャがミツの方へと近づく。

 勿論彼女達二人の姿も裸だけに、目の前に現れた四つ子山に彼は目を回し始めてしまう。

 山あり谷あり、そしてまた山々を視線は昇り降り。

  

「少年、少し張り切り過ぎたんじゃないの? マネ、ライム、どっちか少年を抱えて街に戻れる?」


「なら、あたいが運ぶってばよ」


「いや、ウチが担いだほうが早いっちゃ」


 エクレアはフリフリっとキュッと引き締まったお尻を少年に向けながらマネとライムを呼ぶ。

 急ぎ足にこちらに近づく二人も、胸のウォーターメロンを上下に揺れさせながら近づいた事にミツは後ずさりしてしまった。


「あっ!」

 

 誰かのその声が耳に聞こえる時には、ミツは足元を崩し、まるで吸い込まれるように川の方へと落ちてしまった。

 咄嗟に手を差し伸ばしたヘキドナ達の手を掴むこともできず、こんな時も彼の見るのはユサユサとした乙女達の膨らみであった。


「ミツ!」


「ガボボボボッ……」


(ああっ……ドジッたな……)


 残念、君の冒険はここで終わってしまった。


 そんなバットエンドなセリフが一瞬思いつくも、目の前に差し出されたいくつもの手が少年を掴む。


(天使……。ガボッ!?)


 それは精霊のフォルテ達の姿であった。

 しかし、更に彼が驚いたのは、精霊にも〈透視の眼〉の効果がバッチリと反映されていた事であった。

 彼女達の銀色の鎧は視界から消され、彼が理想とする女性たちの裸体をミツは水の中でもガン見する事になった。

 ミツが川底に沈みきる前にフォルテ達は川に飛び込み、黒鉄の鎧を着たミツを彼女達は一気に川の外へと押し上げる。


「プハッ! ゲホッ! ゲホッ! はぁ……はぁ……はぁ……。あ、ありがとうフォルテ、皆……」


「いえ、マスターにお怪我が無いようで幸いにございます」


「マスター、息を整えるためにも、失礼ながら鎧は外させていただきますね。メゾ、手を貸して」


「喜んで」


 心から心配しているフォルテはマスターであるミツの顔を覗き込むが彼は顔を真っ赤にしたままに笑みを返してくる。

 フォルテと共にミツを抱えるティシモはメゾに指示を送ると、彼女はこんな時もワキワキとした指の動きが本心を隠せていない。

 ミツが精霊達を解除していなかったのは運が良かったのかもしれない。

 重量が80キロもある黒鉄の鎧を着込んでいたミツを水の中から引き上げるのはマネやライムが居たとしても大変だったろう。

 川に落ちたことがミツの熱を引いたことに繋がったのか、彼は冷静に彼女たちの見えない空に視線を向ける。

 だが、ハプニングという物は意外と続けて起きる物なのだ。


「あっ……」


「ヤッホーだシー!」


「あっ? 姉さん、シューが戻ってきたみたいですね」


「アネさん、今戻ったシ。あれ? ミツ、どうしてズブ濡れなの?」


 下におりてくる途中、マスターであるミツが姉たちに抱きかかえられた状態に気づいたのか、フィーネはミツの方へと近づく。

 でも、フィーネさんや、先にシューをおろしておくべきだったかもしれないよ。

 男たちの視線が彼女から背け、逆に女性陣からは苦笑が出ている。


「ちょっとシュー、もう少し下に下りてきなさいよ。あんた、パンツが丸見えよ」


「ホ、ホギャ。お、お、下ろしてくれだシ!」


 慌ててシューを下ろすフィーネは、すみませんと謝罪。

 わざとでは無いと、シューは照れながらも気にしないシとはにかみながら笑みを返す。


「丁度いい。あんたら、さっさと街の方に帰る準備をしな。餓鬼共は獲物を忘れるヘマなんてするんじゃないよ! シュー、話は帰る途中に話してやるよ。坊や、さっき造った荷台を出しな」


「「「「はい!」」」」


「……は、はい」


 シューが戻ってきたのでテキパキと周囲に指示を送るヘキドナ。

 ミツの様子がおかしいと周囲も急いで荷物を片付け始める。


「ミツ、本当にどうしたシ?」


「うっ……ごめんなさい」


「?」


 〈透視の眼〉スキルは既に解除したとしても、実は空から帰ってくるフィーネとシューの素肌も目にしていた彼は、申し訳ない気持ちと心配そうに自身を見てくるシューに向ける顔がなかった。

 彼は荷台を出し、それに気絶したままのネミディアと自身を運ばれる。

 わざとでは無いとは言え、周囲の自身を心配する目が心に痛む。

 フォルテ達は人目には目立つと、森の中でスキルを解除。

 名残惜しく見られる瞳は、仕事に行くことを見送る愛犬のようにも見えるかもしれない。

 彼は彼女達の頭を撫でた後、また呼ぶ事を約束とした。


(はぁ……あの透視の眼のスキルを使う場面を気をつけないといけない……)

 

 森の中は下り道が多く、早々と抜ける事ができた。

 いつまでも乗っているのも悪いと、街が見えた所で荷台から降りる。


「おい、本当に大丈夫か?」


「ミツ君、やっぱりジャーマンスネークとの戦闘で疲れていたのではないですか?」


「ありがとう。うん、少し休んだら気持ちも落ち着いたから大丈夫だよ。ヘキドナさん、ジャーマンスネークの頭を出しますよ」


 ミツはなんとか彼女と視線を合わせつつ、アイテムボックスから切り落としたツインへッド・ジャーマンスネーク亜種の頭を乗せる。

 ネミディアは頭に潰されないように隅に寝かせている。

「……ああ。まったく、無理すんじゃないよ。さっ! 軽い坊やと違って今度は大荷物になる。男どもは女にだけ引かせず力を入れな!」


「「「はいっ!」」」


 切り落とした頭は馬も飲み込む程の大きさもあり、少しはみ出した部分を補うためと荷台の長さを少し長めに作り直している。

 街に近づくと、すれ違う人々に驚きの表情を向けられ、街の方角からは数名の兵士達がガチャガチャと音を鳴らし急ぎ足に近づいてきた。


「止まられよ! 我々は街の守りとする者である。その魔物はいかがした!?」


 40代そこそこの男性が慌てつつも、冷静に切り落とされた魔物の詳細を求めてきた。


「私はヘキドナ。ライアングルの街の冒険者だよ。これはこの先の森の中で討伐したジャーマンスネーク。冒険者ギルドに討伐依頼が出ていたから、討伐したその証明として首だけを運んできたんだよ」


 ヘキドナは自身のギルドカードを兵士に見せ、詳細を話す。

 しかし、首だけと言う言葉にミツが言葉を付け足そうとすると、彼の口をまたシューが塞ぎ、耳元に話しかけてきた。


「えっ? ヘキドナさ、ふぐっ!?」


「シー。ミツ、黙ってるシ」


「ふぐ……」


 コクリと頷き返すと、口を抑えていた彼女の指が少しだけ力が弱まった。


「さ、左様か……。報告には聞いていたがこれ程の大きさとは……。よし、他者の迷惑にならぬよう、冒険者ギルドへ真っ直ぐ向かうように」


「へいへい。言われなくても、こっちは気絶した奴も出てるんだ。宿にも運びたいし、こんな重い物をあっちこっちに運びたくはないからね。よし、お前ら行くよ!」


「「「はいっ!」」」


 ヘキドナの言葉に荷台の隅に寝かされたネミディアに今気づいたのか、兵士が直ぐに道を開けてくれた。

 街に入る際、皆がギルドカードを見せるが、ネミディアは身分を証明するものがないので街への入場料としてお金を取られた。

 料金は後で返してもらうとヘキドナは言うが、無一文の彼女に返せる目処はあるのかは疑問である。

 街の中を進むと、更に人の視線が増える。

 ミツは冒険者ギルドに付く前に、先程のやり取りを聞く。


「シューさん、何でヘキドナさんは首だけを持ってきたと言ったんですか? 胴体とかは自分のボックスに入れてますけど?」


「シシシッ。ここのギルドにはジャーマンスネークの討伐報告だけをするんだよ。残りの素材はライアングルの街で買い取ってもらうの。こうすれば討伐報告、二ヶ所での実績になるシ」


「えっ? それって良いんですか? なんかギルドを騙してるんじゃ……」


「違う違う、少年、普通に考えてみなさいよ。頭だけでもあの大きさ、普通ならあれだけでも討伐依頼を出したギルドは評価をくれるわ。でもね、鱗数枚を他のギルドに持ち込んでも、それは討伐成績ではなく、素材の持ち込みってだけに評価が終わっちゃうのよ。君はアイテムボックスを持ってるからこの裏技が使えるの」


 シューの話を聞いた後、それは虚言報告ではないかと訝しげに思うミツだが、それを直ぐに修正するエクレア。

 確かに彼女の言うとおり、このディオンアコーの冒険者ギルドは討伐依頼を出したのみで、素材依頼を出したわけではない。

 討伐の証明として首さえ見せれば、ギルドは冒険者を評価する。

 

「裏技ですか?」


「ああ、モンスターの素材8割以上が残っていれば、持ち込んだ時に討伐成績としてギルドは受け付けてくれるんだよ。更に普通に出没報告もないところにその素材を持ち込めば、素材の買い取り料も少し上がるからね。あんたも試しの洞窟の素材は外の買い取り所じゃなく、ギルドに持ち込んだんだろう? 恐らくその時も割増に買い取ってもらったはずだよ」


「あー。確かに……。でもやっぱり偽装報告になるのでは?」


 試しの洞窟内の素材を持ち込んだ時も、確かにギルト長のネーザンはそんな事を言っていたなと思い出す。

 それでもやはり騙すことになるのではと疑い深くなってしまうのは、ミツが人が良すぎるのも原因かもしれない。


「だから裏技なんだよ。あんたはライアングルの街では強さがバレてるからね。でもここではあんたは無名の冒険者。ならあんたはここでアイテムボックスを使うことをさせずに、街の外で切り落とした頭を運ばせたんだよ。それにこれはギルドは暗黙の了承をした方法だからね。私もあんたも罰せられることは無いから安心しな」


「へー、そうなんですね。なら安心です」


「それにね、残りの素材は如何したかなんて聞かれたらハッキリと答えれば良いのよ。頭でこの大きさ、胴体なんて持ってこられる訳もないでしょ! ってね。今頃他のモンスターが食いあさってるとでも言えば直ぐに終わるわ」


「実際それが普通だシ」


 三人の話を聞きつつ、ギルド前に到着。

 ギルド職員などが確認後、カウンターへと案内される。

 ネミディアをいつまでも荷台の上に寝かせる訳にもいかないと、リック達にお願いして近くの宿へと連れて行ってもらった。

 その間ギルド職員の査定を待ち、終わった所を呼ばれる。


「ジャーマンスネークの討伐、ありがとうございます。それで、調べたところあれは進化種のツインベッド・ジャーマンスネーク亜種と言うことが判明しました。皆様のご活躍をギルドは評価いたしまして、討伐報酬の増加となります。討伐者は皆様でよろしいでしょうか?」


「いや、倒したのはこっちに居る坊だよ」


「えっ? こちらの方がですか?」


 職員の男性の言葉にヘキドナは親指をミツの方へと向ける。

 職員の人もまさか隣に居る少年が倒したとは思っても居なかったのだろう。

 ミツはヘキドナの言葉に付け添える様に、討伐は一人ではない事を告げる。


「ヘキドナさん、討伐にはシューさんも手伝ってくれましたので、シューさんもですよ」


「ほえっ? ウチもだシ?」


「そうですよ。シューさんが敵を引きつける働きがなければ、きっと手間でしたからね」


「えー、でも……」


 シューは拾った石を投げて敵を引きつけただけで、討伐と言える程の働きは自身でもしていないと思っていた。

 しかし、敵を引きつける役割と言うのは戦闘ではとても重要な事をゲーマーであるミツは十分理解していた。

 シューの働きはミツにとって首を刈り取る為には必要な策戦でもあったのだ。


「はぁ……。おい、職員。討伐はこの二人だよ。私達はあれを運んだだけ。それで報告は終わりだよ。さっさと報酬を持ってきな」


「は、はい。失礼しました。それではお二人のギルドカードをお願いします」


 ヘキドナの急かすような言葉に焦りだすギルド職員。

 彼女は普通に話しているつもりでも、やはり相手が男性であると無意識とあたりがキツくなるのだろうか。


「はい」


「アネさん、良いのかシ?」


「坊やがそう言ってるんだ。さっさとしな」


「シシシッ。アネさん、ミツ、ありがとうだシ。じゃ、これウチのカードね」


「はい、お預かり致します……。少々お待ちください」


「何か今あの職員、カードとウチたちを二度見したシ……」


「ははっ……。自分はもう慣れました」


 職員は提示された二人のギルドカードを見て一瞬言葉を失ってしまったようだ。

 これが本人のものであるかはギルドではすぐに確認もできるので、職員は下手な言葉はその場では告げていない。

 しかし、見た目本当に子供にしか見えない二人が、アイアンとグラスのカードを出すとは思っても見なかったのだろう。

 と言うか、あの進化したジャーマンスネークを二人で討伐? それも職員の疑問を深めることになった。

 ギルドカードを特別な魔導具にセットし、今回の討伐実績が記録される。

 

 ジャーマンスネークを討伐した報告を耳にしていた目ざとい冒険者が居たのか、まるで獲物を見つけたようなギラついた視線をミツ達へと向けている。

 ヘキドナはその視線も鬱陶しく思ったのか、少し声量を上げ、エクレアと話し出す。


「しかし勿体無かったね、エクレア」


「はい?」


 突然話しかけてきた姉の言葉だったが、彼女は直ぐにその意図を読み取り、会話を合わせる。


「はいじゃないよ。切り落とした頭は持ってくることは出来たけど、胴体をそのまま置いてきたのは間違ったかね?」


「……! あー、そうですね。あの胴体だけなら素材代は金貨何百枚分になるのか。でも仕方ないですよ、持ってくる方法も無いですし、それに一人気絶して宿屋に連れて行かないと駄目でしたし」


「全く、森の中に財布を落とした気分だよ」


 その場に二人の言葉が聞こえなかった冒険者は居なかったろう。

 ガタガタと席を立ち上がり、その場にいる冒険者の殆どが急ぎ足に外に出ていく。

 素材だけならウッドやブロンズなどの若い冒険者でも臨時収入のチャンスと、競うように彼らは森の方へと走り出していた。

 すっかり閑散としてしまったギルド内を見て、シューとエクレアは笑いだし、ヘキドナも珍しく頬を上げて笑みを見せる。

 その後、ギルドを急ぎ出ていった冒険者は森の中を探すも、切り残された胴体を見つけることはできなかった。

 変わりに炎に燃えたであろう集落を発見する。

 だが、そこでも何も見つからず、その報告だけをギルドは受け取る事になった。


 プルン達がネミディアを宿屋に寝かせた後、ギルドに戻って来る。

 シューが彼女に耳打ちをし、プルンを周りから見えないように仲間達が囲み、彼女は素早くアイテムボックスから切り落としたデルデル魚の頭だけが入った麻袋を取り出す。

 カウンターに居る職員へとそれを渡すと、討伐した数も多く、周りの職員から注目を集めるほどに大変驚かれていた。

 ミツとシューに先程渡したギルドカードと、依頼の討伐報奨金が入った麻袋が渡される。

 中身は金130枚と、モンスター1匹の討伐としてはかなりの金額が入っていたが、よくよく考えるなら大人数で討伐するモンスターの報酬としては妥当な金額なのかもしれない。

 この場でシューと半分にするとまだギルド内にいる冒険者に目をつけられるので、ミツは〈時間停止〉のスキルを数秒使い、アイテムボックスの中へと収納して後で分けることにした。

 次にプルン達が渡したデルデル魚の討伐報酬だ。彼女達もデルデル魚の頭から下、身の部分はライアングルの街で高値買取を予定するので、今回貰うのは討伐としてのお金だけだ。

 それでも先程ヘキドナ達が話したように、二つのギルドに素材を分けて渡す事に、プルン達の実績も二倍取得する事になる。

 この方法もミツが居なくなったとしても、プルンが彼らの仲間に居れば同じ方法で実績と報酬の増加が今後も狙えるだろう。

 そしてデルデル魚の討伐報酬は、一匹につき銀貨1枚。

 今回討伐した総数は248匹、金貨24枚と銀貨8枚が彼らの報酬となる。

 報酬に関してミツはそれは辞退している。

 何故なら彼はそれ以上のお金を貰っているし、何よりデルデル魚を釣って捌いたのは彼らだから。

 まー、釣りやすい場所を提供して、尚且つ道具も用意したのはミツだが、彼一人分配を抜けるだけでも仲間に回るお金が増えるならそれで良いと、本当に人の良すぎる考えでもあった。

 ヘキドナ達も後輩の金をむしり取るような真似はするつもりも無いのか、彼女達もライアングルに戻れば監視役としての正当なお金をギルドから受け取るだろう。


 ギルドを出た後、取り敢えずご飯と昼食ができそうなお店を探し街を歩く。


「しかし、よく見なくても服屋の多い街だな……」


「アクセサリー店もありますけど、女性が好むお店ばかりですね」


「男性服を扱うお店もあるけど、覗いて行く?」


 偶然にも商業街を歩く面々。

 彼らが見る店々は、華やかな衣装などが売っているお店ばかり。

 男性服もあるのか、男性に服を当てている女性の姿も見受けられた。


「いや、取り敢えず腹減ったから先に飯屋だな」


「……」


 目に入る服屋はスルーして、目的のお店を品定めするリック。

 しかし、三人の後ろを歩く少年は先程から黙ったまま。


「んっ? トトさん、どうしました?」


「あ、いえ……」


「……。もしかして、さっきのミミさんとのやり取りですか?」


「……」


 森の中でトトが告げた言葉は悪い事ではないと思っていたが、告げられた本人、ミミはそうは思わなかったのだろう。

 その時は周囲からの言葉もあって大きな喧嘩とまではならなかったが、デルデル魚を捌く間も、この街に戻ってくる道中もトトとミミの間には見えない壁ができてしまっていた。

 会話もなんだか素っ気なく、トトが話しかけてもミミは目を合わせてくれなかったりしている。


「気にしすぎじゃねえか? ミミもそれ程気にしてないと思うけど」


「そ、そうですかね……」


「「……」」


 小さい頃からの幼馴染である二人だからこそ、周囲には分からない空気感と言う物を感じるのだろう。

 リックの励ます言葉は小さなため息と消え、彼が顔を上げることは無かった

 リックは軽く頭を掻き、ならばとトトに別の言葉を送る。


「はぁ……。それならよ、その辺の小物でも買ってミミに送れば機嫌なおすんじゃねえか? その時改めて悪かったでも言えばそれでいいだろう。お前な、うじうじしてると街に帰ってもズッとこのままだぞ」


「「!?」」


 リックの言葉に、トトだけではなく、ミツとリッケですら驚きの表情を浮かべてしまう。


「……はい。はい! 俺、ちょっと行ってきます」


「おいっ!? 飯はどうすんだよ! ああ、行っちまった。しゃあねえ、店の外で食える飯屋を探すか……。ってか、お前らはさっきから何でそんな顔してんだよ?」


「い、いや……」


「リックが普通に的確なアドバイスをしたので……」


「うん……。驚いた……」


「お前らな……。俺は親父がお袋を怒らせた時に、親父がいつもやる事を言っただけだ」


「「あー、なるほど」」


 リックのアドバイスは、二人の親の姿を見た結果なのだろう。

 意外とそのアドバイスは的確だったと、二人は納得した。


 一人何処かに買い物に行ってしまったトトが分かりやすい様に、外で食べれる手頃な店を見つけたのでそこで昼食をすることになった。

 食事中、リッコは思いついたように兄の二人へと声をかける。


「ねえ、リック、リッケ。あのね、前に話してたお母さんへのプレゼントの服なんだけど、ここで買おうと思うの」


「ああ、いいんじゃね?」


「そうですね。折角ライアングルとは違う街に来ましたし、染色した服はライアングルでは中々見ませんからね」


 リッコが前に話した内容と言うのは、試しの洞窟で稼いだお金の使い道の話である。

 この世界には父の日や母の日など、親に対しての記念日という日は存在しない。

 なので子から親へと贈り物という概念や考えがない彼らは、ミツのアドバイスで三人の親に何かしらの親孝行をプレゼントと言う形で送る事を決めていた。

 父であるベルガーには上等な酒を。

 母であるナシルには婦人服を。

 三人で話しあってはいたが、これと言った品が見つからなかったので、今まで保留状態となってしまっていたようだ。


「でしょでしょ! じゃ、二人ともこの後お母さんの服を選ぶから一緒に付いてきてよ」


「「えっ」」


 妹の言葉に、思わず食事する手を止めてしまう二人の兄。


「えって何よ! まさかあんた達、妹に丸投げして渡す時だけ顔合わせる気じゃないでしょうね!」


「いや、そんなつもりは無いんですが……」


「お前の買い物、いつもクソ長えんだよ……」


「なっ!? そんなこと無いわよ! フンッ! そう言うなら渡す時、二人は買い物には付き合わずに居なかった事はちゃんと伝えるからね! あーあ、お母さんの笑って無い笑顔が二人に向いても知らないから」


「くっ! 脅しじゃねえか……」


「リック、諦めましょう……」


 母のナシルは、周囲の人たちからは美人で優しい母親と認識されているが、息子の二人からしたらそんなの関係なしに怒らせると父よりも怖い存在でもある。

 例えばリックがまだ幼い頃、近所の女の子の服装を莫迦にした時は、彼も同じ格好をさせては家の前にズッと立たされていた。

 他にも、リックが悪ふざけが過ぎて、近所のおばさんが干していた洗濯物を地面に落とした時は、1週間その家の洗濯をやらせたり。

 他にもリックが、って、リックの事ばかりだ。

 怒られているのは兄のリックばかりだが、だからこそ弟のリッケも母親が怒った時、どうなるのかを理解してるのだろう。


「ねえ、プルン達も一緒に服を選びましょうよ」


「ニャ〜。ウチは別に服は……」


 身飾る事をあまりしない事に乗り気ではないプルンだが、彼女にもちゃんと女の子をして欲しいミーシャは彼女の言葉にかぶせるように口を開く。


「フフフッ。そうね、折角だから皆で行きましょうか。この街にあるお店なら私の探してる物もあるかもしれないし」


「ミーシャ、あんた何か探してたの?」


「ヒ・ミ・ツ!」


「うざっ!」


 ミーシャは色めかしい視線をローゼに向けるが、同性であり昔ながらの付き合いのある彼女には、それは顔を引きつらせる効果しか出さない。


「もー、ローゼ、少しは話に乗ってよ〜」


「あのね……そんな事をやる時は相手を考えなさいよね」


「ノリが悪いわね〜。そうだ、折角だからパーティー全員に何か合わせた染色物を買わない? 服とか服とか服とか。ねっ!」


 ミーシャ自身がただ単に服が欲しいのだろうと、本音ダダ漏れの提案に周囲は苦笑を浮かべてしまう。


「合わせるって……何を?」


 最近ミツからもらった腰結びである白いベルトを除けば、ある意味皆の防具の下に着ている服は統一されたような地味な色ばかり。

 そこにリックは思いついたのか、少し腰を動かし、自身の下半身を叩く。


「パンツか?」


「制裁!」


「危ねぇ!」


「ちっ、避けたか……」


「おいリッコ! いきなり杖を突き出すな!」


 対面に座るリッコは躊躇いなど見せず、自身の杖先をリックの頭上へと落す。

 がっ、リックもレベルが上がっている事にそれは回避。


「あんたがいきなり変なこと言うからでしょ。何で好き好んであんたと同じ物穿かないといけないのよ。あんた莫迦でしょ」


「莫迦はお前だ! 俺の言ったパンツはズボンって意味だ!」


「なら最初っからズボンって言いなさいよ! 何がパンツよ! 下着と勘違いするに決まってるじゃない!」


「下着は下着だろ! パンツって言って真っ先に下着のパンツ思いつく方から阿呆だろ!」


「阿呆はあんたよ!」


「なにお!」


「なによ!」


「はいはい、二人とも落ち着いてくださいね。ミツ君、二人を落ち着かせてください」


「ははっ……。(自分も下着かなと思ったなんて言えないかな……)」


 ミツは苦笑を浮かべつつ二人へと〈コーティングベール〉を発動。

 改めて二人が落ち着いたところで、リックの提案はズボンを穿かない人も居るので無しとなった。

 別に染色は服だけではなく、周囲の建物にもあるように物にもできるようなのでそれを調べた後で決めようとその場は一度話をくぎる。

 食事も終わったのだが、未だにトトが戻ってこない。

 もしかして知らない街で道に迷っているのではと思い〈マップ〉で彼を捜索。

 すると彼は大通りの店の前でウロウロと動いているのを確認。

 意外と近い場所にいた事に安堵し、後で合流することにした。

 宿屋に寝かせたネミディアも同じ様にマップで確認する。

 彼女のアイコンを選択し、状態を確認すると睡眠状態とまだ寝ているようだ。

 食事も終わったと、エクレアが席を立ち上がる。隣に座る姉の腕を引き、彼女は目的である店へと行くことを促す。


「それじゃ、私達はここで。リーダー、行きましょうか!」


「……」


「ほらっ、行きますよ!」


「ああ、分かったから……。えっ、力強っ!?」


 姉の持つコップを奪い取り、変わりにその手を強く引くエクレア。

 思わぬ行動にヘキドナは唖然としつつ、エクレアの引っ張る力に驚かされたまま二人は席を離れていく。


「シューさん達は如何しますか?」


「んー。あの状態のエクレアに付いていくと面倒くさいからミツ達と一緒に行くよ」


「アタイもそうするかね。ライムも行くだろ?」


「ウチはどっちでもいいっちゃよ」


「それじゃ、さっそく行こうか。さっきここに来る途中に大きな服屋さん見つけたのよ。そこなら見つかると思うからそこに行きましょう」


「へいへい。お好きなようにどうぞ〜」


 ガタガタと椅子を鳴らし、買い物へと動き出す。

 ミーシャの案内されるまま、彼らが付いたのは一つのお店であった。


「ここか? まぁ、確かに他と比べたら中は広そうだな」


「そうですね。他のお店と比べたら大きさは全然違いますね。ライアングルにある防具屋さん程の広さはあるでしょうか。内装も外から見たら同じに見えますし」


「あー、言われたらそうかも。そう言われたら店員さんも何だか似てる感じするね」


「ハハハッ、お前ら何言ってんだよ、ここは別の店だぞ」


「いらっしゃいませー!」


「「「!?」」」


「はっ?」

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