第204話 烏

 不運にもモンスターに捕まってしまったネミディア。

 彼女はオークやゴブリンなどの苗床となる生地獄を回避する為と自害を決意。

 檻から突き出ていた棘に自身の首元を突き刺そうとしたその時、突然数々のモンスターの声が周囲に響き渡る。


 何事かと彼女含め、周囲のモンスターもそちらへと視線を剥ければ少年が一人そこに姿を見せていた。

 ミツの分身は襲撃や奇襲などせずに、正面からモンスターの集落へと足を踏み入れている。

 あまりにも堂々とした踏み入れに彼を見つけたゴブリンは疑問に、最初声を出す事を躊躇ってしまうほどに。

 だが、フッと意識を取り戻す様に、ギャーと警戒する声を張り上げたモンスターの声に、ゴブリン達はギャーギャーと威嚇的な声を次々と出し始める。


「ギャーギャーと猿山の猿じゃあるまいし、五月蝿えな……。何言ってるのかさっぱり分かんねえよ……。そう言えばモンスターの言葉が分かるスキルがあったな」


 分身はボソリと悪態を吐きつつ、モンスターなどの言葉が理解できる〈魔言〉を使用する。

 きみの悪い鳴き声は次第と変わっていく。


「ギギッ! ギャギャ! ……何だあの人間は! 見張りの奴は何をしてやがった!?」


「知らねえ! ってか丸腰の子供じゃねえか!? やったぜ! 飯が飛び込んで来やがった!」


「匂いからして、あれは雄じゃねえか? 糞、俺もあいつが連れてきた雌が良かったぜ」


「何だ? だとしたら雌の連れがのこのことやってきたのか!? ギャハハ、莫迦で頭の悪りい餓鬼だぜ」


 スキルを発動後に聞こえてくるは分身を小馬鹿にした話し声ばかり。

 餌が来た、餌が来たとダラダラとヨダレを垂らす子鬼の姿。

 そんな視線を向けられている彼だが、彼は集落を見渡すと沸々と怒りがこみ上げていた。

 それはゴブリンやオークの餌となってしまった人の亡骸や、動物の骨の数。

 そして、今も無数の子鬼と小さなオークにグチャグチャと今も食べられている女性の姿。

 檻の中に閉じ込められているネミディアの姿を見ては、憎悪が彼を襲う。

 その時、檻の中にいるネミディアが声を出し、分身に逃げる事を促す。


「逃げろ少年! ここに迷い込んだなら不運だろうが、君のような子供は捕まったら食い殺されてしまうぞ! 早く、早くこの場から立ち去るんだ!」


 ネミディアは分身を迷い人と思い立ったのか、彼に救いを求める言葉ではなく、逃げる事を優先として声を荒らげる。

 自身の命も危ない中で、見知らぬ分身に対してその言葉を出す彼女の言葉は分身の興味を強く引き寄せる。


「ケッ、肉も旨味も無さそうな餌に興味はねえな。ゴブリン共、その餌は特別にお前達にくれてやる。手足を引きちぎって餓鬼の鳴き声を聞かせろや」


「ケケケッ。元より見つけたのは俺達が先だぜ! 俺は頭をもらう!」


「俺は肉が詰まった足だ!」


 オークの声に、周囲のゴブリン数十体が我先と獲物を握り、分身へと襲いかかる。


「先に足を止めるか……。剣山」


「「「!!!」」」


 迫るゴブリンの群れは分身に違和感を感じた瞬間、地面から突き出してきた無数の剣山に突き刺さり、痛みに悲鳴を出し動きを止める。

 ザクリザクリと足裏を貫通し、太ももや腹部からはドバドバと血を流す。

 運の悪いものは下を向いた瞬間、目に剣山が突き刺さり絶命したゴブリンもいた。


「おいおい、まだ死ぬんじゃねえぞ。スティール」

 

 分身は動けなくなったゴブリンに対して、彼は次々とスティールを発動。

 ゴブリンに対しては、ミツ本人が一度スティールをしているので、同じ種であるモンスターは状態異常、若しくは瀕死状態にしなくてもスキルを盗める状態となっている。

 

 ゴブリンの数も数。数十ものスキルの取得に分身は喜びたい気持ちもあるが、周囲の人の亡骸がそれを拒ませてしまう。

 そこに次は数体のオークが分身を囲むように集まる。


「なんだなんだ? ゴブリン共が死んじまってるじゃねえか?」


「妙な技を使いやがる餓鬼だぜ。莫迦なゴブリン共だ、餓鬼一人を食う前に殺されるとわな」


 スキルの剣山を解除し、突き刺されたゴブリンの体から突き刺された大針が抜かれていく。

 地面にバチャっと倒れ、大量の血が地面を埋めていく。


 少し離れた場所にいるゴブリンはその光景に怯え出すが、オークはゴブリンが倒されたことに臆することも無くゲハゲハと笑いだしている。

 

「こんな小さき餌なんぞ、潰してしまえば終わりだ」


 一体のオークが分身をその大きな手を使いわしずかみにする。

 分身がなすがままと捕まったことに驚きの表情を浮かべるネミディア。

 

「ああ! 離せ! その子はまだ子供ではないか!」


「何かピーピー騒いでいるな? あの女の知り合いか?」


 人の言葉を理解できないオークにとって、ネミディアの声は動物が鳴き声を出すような声に聞こえているのだろう。

 内容は理解できないが、目の前の餌を掴んだことにそれを身内可何かと思うオーク。

 それを代弁するように、分身は言葉を出す。

 

「おい、豚野郎。その汚え手で俺を触るな」


「はっ? えっ、今こいつ言葉を話したのか!?」


「離せ」


 餌でしかない人間の子供が、同じモンスターの言葉を話した事に驚くオーク。

 掴んだ腕が、黒い影を落とした分身に掴まれ、ボキッとネミディアの所まで音が聞こえ響く。


「くっ! 何と言う事を!」


 ネミディアはオークに掴まれた少年は、無残にも握りつぶされた物だと目を背ける。

 しかし、直ぐに彼女の耳に聞こえて来たのはブギャーと言うオークの悲鳴にも聞こえる声であった。


「う、うぎゃー!!! 腕が、俺の腕が!」


「えっ……!?」


 ネミディアが恐る恐ると顔を上げると、そこには彼女も唖然とする光景を目にする。

 それは先程オークに掴まれた少年の手には、彼を掴んでいたオークの腕がボタボタと血を流し、引きちぎられた状態で握られていた。


「うあぁぁ!! い、いでえぇぇえ! この糞が! な、何で!? こ、このがぎ、なんなんだ!!」


 分身は引きちぎったオークの腕を捨て、鳴き叫ぶオークには目もくれずに、もう一度周囲を見渡す。

 この場はモンスターの集落と言っても明らかに人の手に作られたような物がチラホラと目に入り、もしやゴブリンやオークがここに住んでいた人々を襲ったのではと考えがよぎっている。

 決定づける物はないが、視線を変えるだけに目に入る人々の亡骸が分身には耐える事ができない物であり、その怒りが自身を囲むオークに向くことは流れでしかなかった。


「こ、この人間の餓鬼が! 殺してやる!」


「うおおおっ!!」


 仲間の腕を引きちぎられた事に、怒りを向けてきたオークの数体。

 獲物である武器は持っていない様だが、今の分身に対して武器を持っていようが無かろうが関係ない話であった。


 襲い掛かってきたオークが怒声の鳴き声を出しながら分身に向うが、モンスターの腹部にドシンッと言う衝撃が襲う。

 オークは突然の事に一瞬ビクリと反応を示すが、オークの数体はそのまま地面に倒れる。

 ネミディアもまた数体のオークが分身へと襲いかかる場面を目にしていたが、何故モンスターが倒れたのかを直ぐに理解する事はできなかった。

 しかし、倒れたオークの周りが次第と赤く、血の溜まりを作っていく事に驚いてしまう。


「……なっ!?」


「あー……盗む前に殺しちまったか。まぁ、いいか……。胸糞悪いが、まだまだオークは居るんだからな」


 分身に襲いかかった数体のオーク。

 分身はまるで近づく蚊を払う程度の苛立ちをオークへと向け、そのまま腹部へと拳を突き出していた。

 ネミディアの居る場所からは他のオークが邪魔となり分身の攻撃を見ることができなかったようだ。

 しかし、彼の攻撃は余りにも素早く、既に人の肉眼で捉えることが難しい速さになっている。

 事実、襲いかかることのなかったオークたちも、分身の動きをその目で見る事はできなかったろう。

 突然目の前で倒れた仲間に動揺が走るも、既に分身は動き出していた。


「ぐはっ! ごはっ!」


「「「!!!」」」


 一体のオークが突然大量の血を吐血し、そして倒れては痙攣を始めてしまう。

 異様な光景に分身を囲んでいた周囲のオークも後ずさりする程に。

 その倒れたオークに近づき、掌を向ける分身。

 何をするわけでもなく、その動作をした後に分身は倒れたオークの頭をぐしゃりと踏み潰してしまう。


「「「!!!」」」


「これでよし……」


 分身は更に掌をある方角へと向ける。

 それは今はゴブリンやオークの子供に食べられる事を止められた女性の亡骸の方角へと、彼は火玉を発動。

 ボンッと心臓に響く射出音の後、女性の亡骸を含め、側にいた数体のモンスターを跡形もなく吹き飛ばした。


 次々と魔法など使用し、オークを倒す異様な人間の子供。

 流石に周囲を囲んでいたオーク達は、大きな鳴き声を出し、ブキャーっと警鐘を鳴らす。

 すると先程まで何処に潜んでいたのか、ワラワラ、ワラワラと数々のオーク、そしてゴブリンが姿を見せ始める。

 

「な、……なんで……こんな数も鬼豚と子鬼が。まさか! キングが出たのか!?」


「キング……。ああ……あれか」


 ネミディアの言葉を拾った分身。

 彼は一度何の事かと疑問に思うが、群れ隣ったオーク達の奥に、ひと目は大きなオークを数体目にする。 

 警戒する鳴き声に、奥の家っぽい建物の中から出てきていたのだろう。

 オークキングが居るところには、中隊規模のオークの繁殖が当たり前とし、それを放置したままだと大隊以上の討伐部隊を用意しなければ討伐する事は不可能と言われている。

 

 先程分身は一匹のオークに対して、状態である毒と麻痺を与えた後、スティールにてスキルを奪い取ってある。

 この時点で、頭を潰されたオーク(ファイター)と同じ同種からは分身はスキルを奪える状態となった。

 既にミツ本人が(ソルジャー)(ピュージリスト)からはスキルを奪い取った事があるので、その種は状態異常にしなくともスキルは取れる。

 分身に警戒しているオークの中には、他にもまだ戦ったことの無いオークキャスターや、シールダー、グラップラー、スレイヤー、ガーディアン等々が鑑定にて把握済み。

 その光景に思わず分身は声を出し笑い出してしまう。

 

「ふふっ……ははっ……あっははははは!」

 

 分身が突然笑いだした事に、囲まれた恐怖に頭が可笑しくなったのかと勘違いする周りのオーク。

 しかし、分身を囲み、武器を手に構えを取っているオークは違った。

 どす黒い感覚が分身から靄がかかったように感じ、今にも逃げ出したいが、後ろに仲間のオークがいて逃げられない。

 オークリーダーであろうか、少し大きめのオークがその人間を殺せと声を出す。


 リーダーの言葉に押される様に、先ほどまで逃げ腰であったオークは目の色を変えた。

 四方八方からのオークの攻撃。

 魔法を使用した事にオークリーダーは人間の子供を魔術士だろうと判断し、魔法を発動させる前となぶり殺しを決めたようだ。

 直ぐにでも人間の子供の断末魔、若しくは肉をぐしゃりと潰す音が聞こえるものだとオークリーダーはほくそ笑みを浮かべていた。

 だが、聞こえた断末魔は予想とは違う結果を周囲のオークやゴブリンに叩きつける。


 バシッと周囲に鮮血が周りのオークに降りかかり、更にはオーク、ゴブリンの肉片がびちゃびちゃと飛び散る。


「「「!?」」」


「「「「「我らがマスターに醜き姿を見せた罪、キサマ達の死を持って償え!」」」」」


 その声にオーク達が視線を向けると、先程まで居なかった五人の女が目に入る。

 

 分身は一人でこの数を片付けるには面倒くさいと思ったのか、彼も精霊召喚を発動し、フォルテ、ティシモ、メゾ、ダカーポ、フィーネを召喚。


「ほう……」


 しかし、分身が眉を少し動かす程に、いつも召喚しているフォルテ達の姿が違う。

 彼女達がいつも姿を見せる時は、まるで天使が舞い降りたのかと勘違いさせる程に白く美しい羽をその背に付けている。

 また着ている服も鎧であり手には大きな槍。

 だが、今の彼女達は違う。

 漆黒の髪の毛に烏のような黒い翼。

 鎧はビキニアーマーであり、衣服は肌を隠す面積は減っている。

 手に持つ武器が槍ではなく真っ黒な大鎌になっている。

 そう、一見すると彼女達五人の姿は死神にしか見えないのだ。

 彼女達の容姿や性格の変化は、精霊召喚を発動するときのミツ、若しくは分身の感情が強く影響を受けてしまう。

 いつも精霊召喚をしているミツだが、彼は戦闘時前には自身の心を落ち着けるコーティングベールを発動し、冷静に戦闘を始めている。

 しかし、今回出した分身だが、彼は実はミツが始めて分身を出した時にでた性格の悪い分身であった。

 側にシューがいた事もあり、ミツよりも感の鋭いシューに気づかれない為と物静かな態度を取っていたに過ぎない。

 更にはこの集落に来てから見たくない物を見る事に、分身の怒りも上昇。

 その為に精霊達であるフォルテ達の性格も殺伐とした性格や容姿として具現化してしまったのだ。

 ちなみに分身と共にこの集落に来たミツのフィーネだが、遠目にてその光景を見ていた。

 理由としては分身が邪険にもお前はここにいろと命令したためである。


「あわわわ……」


 遠目にも分身が黒い精霊を召喚したことが見えたフィーネ。

 彼女は驚きと恐怖に、器用にも空中で後ずさりである。


「キャハハハハ! お姉様、豚野郎の細切れですよ!」


「臭い……醜い……。私が……マスターの敵………ちぎり殺す」


「は〜、マスター。是非とも私にこの獣の皆殺しの命令をくださいまし」


 突然笑い出すダカーポは舌を出し、亡骸となったオークに指を指す。

 そしてボソボソと声は小さくも殺伐とした発言をするフィーネ。

 鎌から滴るオークの血に身震いさせるメゾ。

 三人がバサリと一度羽を動かせば分身の周りに黒羽が舞う。


「この様な豚の獣、貴方様が手を出す必要はございません」


「ハッ! 貴様らのマスターに対する行い、許されるものではない! その腹掻っ捌いて臓物を無様に地面にぶちまけ、そのまま朽ちて死ね!」

 

 冷静にもオークに冷たい視線を向けるティシモ。

 長女のフォルテは鼻を鳴らし、手に持つ鎌にて地面を切りつける。


「こーら、まだ殺すなよ」


「ひゃん! ま、マスター!?」

 

 地面に大きな斬痕を残し、彼女は一番手に飛び出すが、分身が片手を使い吸引のスキルでフォルテを引き寄せ、胸を後ろから掴み彼女を止める。

 

「こらこら、よく見ろよ。あの怯えたオークの顔を。お前らがアレを殺すのは、俺が取るもん取ってからにしてくれ。なぁ」


「は、はい。勿論に……あっ!」


 分身は顔近くまで引き寄せたフォルテの耳元で言葉を語りかけつつ、彼女の胸を激しく揉みしだく。

 胸にうもれていく分身の手にフォルテの頬が赤く、そして苦しみに青く染まっていく。


「そうだな、お前らが分かりやすいように済んだ奴は傷を付けておくから、そいつらは好きにしろ」


「「「「「はっ!」」」」」


「あー。一つ言い忘れるところだった……。あそこの女は殺すなよ」


 分身の指を指す方角には、檻に閉じ込められたネミディアの姿。

 分身にとって関係もないネミディアであっても、一応自身に向けられた言葉に応える様に、精霊達へお手出し禁止の言葉を伝える。

 しかし、女であり、今は裸状態のネミディアはティシモ達にとってはマスターを魅了した相手として見られたのかもしれない。

 目で射殺す視線を五人はネミディアへと向ける。


「「「「「……」」」」」


「ひっ!」


「さてと……。パーティーの時間だ!」


 だっと駆け出す分身。

 オークリーダーも再度声を出しオーク達をけしかける。

 分身は迫ってきたオークの肩に乗り、オークの首を一気にゴキッと180度回し、その後スキルを抜き取る。

 後を飛んで迫る精霊達にスキルを抜かれたオークはざくっと鎌で斬られていた。

 

 分身は倒したオークの武器を拾い、物質製造スキルを発動する。数本のナイフに変えたそれは投擲にて数体のオークの体に突き刺さる。

 ブギャーと悲鳴を出すオークは、それが目印とメゾとダカーポの斬撃にて首をポトリと落とす。

 分身の動きが更にスピードを加速させ、既にスキルを抜き取ったオークが増える。 

 ゴブリンはそれ程種類が居なかったのか、今集落にいるだけなら、全てのゴブリンのスキルを抜き取り終わってしまう。


「見える範囲のゴブリンは全て終わった。いいぞ」


「はっ! ダカーポ、フィーネ、二人は子鬼を殺りなさい」


「アハハハハッ! おまかせ下さい、マスター! お姉様、終わったら鬼豚も殺らせて下さいまし!」


「殺す……。あっ、目玉が簡単に抜き取れそう。……ふふっ。汚い……でも、鳴き声は良いかも……」


 ダカーポとフィーネは羽を一度バサリと動かし、ゴブリンの固まる方へと飛んでいく。

 ゴブリンがギギッと恐怖に腰を抜かしているがお構いなし。

 ダカーポは大鎌を横にひと振り、数体のゴブリンを真っ二つにしてしまう。

 フィーネは体を半分にしたゴブリンに近づき、目玉を穿り出す。 

 激痛と恐怖に叫ぶゴブリンを無視しては、彼女は両目をくり抜きそれを握りつぶし、ニコリと笑みを作る。

 

 次々と倒されていくオークとゴブリンの姿に、ネミディアは唖然とした表情を浮かべる。

 ああ、これはきっと夢だと、自身の手から裸となった姿を再度確認。 

 しかし、手や体に走る痛みを再度痛感させられては、夢と思うにはこれはリアル過ぎる夢だろう。

 100……200……300と、仕掛けるオークが倒されていく。

 的あてに使われていたであろう人の亡骸を吊した木は分身の火玉で燃やされ、更には木の中に隠れていたゴブリンを纏めて焼き殺してしまった。


 オークリーダーは更に怒声を上げ、自身の近くにいる同種のオークリーダーを動かす。 


 だが、それは分身の動きと自身の死を早める行いでしかない。

 オークリーダー三体が、普通のオークよりも素早い動きと攻撃を仕掛ける。


「この餌ごときが!」


「死にさらせブー!」


「その鳥女共はお前を火種として、焼き鳥で食ってやる!」


「不快……。ああ、あれを使ってみるか……」


 タッタッタッと分身の駆け出す足跡。

 オークリーダーは声を張り上げ過ぎた事に頭に血が上ったのか、一瞬だけ立ちくらみを起こす。それも直ぐに意識を取り戻し、三匹同時と獲物を仕留める勢いに様々なスキルを使い武器を振り落としてきた。

 オークリーダーは恐怖心を沸き立たせる様な恐顔を作り、ドカンッと武器を振り落とす。その一撃に、地面には大きな亀裂をおこした。

 続けて他のオークリーダーもその図体にも似つかわしくない機敏な動きに分身に攻撃を仕掛ける。


「うわあぁ!!」


 すると分身はオークリーダーの恐怖にその場で尻もちをつき、三匹の獲物に手足をザクッと斬られ、恐怖と悲鳴を出す。

 流石オークリーダーの攻撃だと、周囲のオークも勢い付け、分身の後方に飛んでいたフォルテにのしかかり動きを止める。


「マスター! 離せ豚どもが!」


 分身は止めてくれ、死にたくない等の言葉をだしつつ、泣きじゃくる顔を見せる。

 オークリーダーはその光景に高笑いを浮かべ、五人の精霊を次々と捕まえてしまう。

 先に捕まったティシモを助けるためと、ティシモとメゾがオークの槍に、羽を突き刺され落とされる。

 ダカーポとフィーネが怒り任せに鎌を振り、オークを斬ろうするがオークリーダーがそれを止めた。

 ガキンッとダカーポの鎌とオークリーダーの武器を金属音を出した後、ダカーポはオークリーダーに顔をわしずかみ。 

 うめき声を出す彼女はバタバタと手足を動かすが、オークリーダーが腕に力を入れ、ゴキッとダカーポの骨を折る。

 全身の力が抜けたように、ダカーポの股からチョロチョロと流れ出す小水を下にいるゴブリンが口を開け嬉しそうに飲みだす。

 次々と姉が倒されていくフィーネは恐怖に動くことができないのか、ゴブリンの数体に押し倒され、辱めを受けだす。

 オークリーダーはオークキングのいる方を見つつ、勝ちました、我々の勝利ですと勝鬨を上げだす。

 ギャーギャー、ブモッブモッっとモンスターの雄叫びに、貼り付けとなった分身の亡骸、羞恥を受け羽をちぎられた精霊たちが地面に倒れた光景に、オークリーダーは歓喜に喜ぶ。

 

 ……。……。


「気持ち悪……。頭だけになっても動いてやがる」


「マスター、お手が汚れてしまいます。その様な愚物は直ぐにお捨てください」


 オークリーダーの頭をくるくると回す分身。 

 分身の行為に膝をつき言葉をかけるフォルテ。それにあわせる様に、同じく頭と膝を折る四人の妹達。

 彼女達の背後には、オークとゴブリンの亡骸が山積みにされていた。

  

 分身はオークリーダー三体が迫ったと同時に、幻覚効果のある〈ミラージュステップ〉を発動。

 スキルレベルはまだ1であったが、運も良く狙い通りに幻覚効果が発動。

 オークリーダーはそのまま倒れ、体をバタバタと動かし幻覚を見せられていた。

 幻覚効果は分身の周囲にいたモンスターに効果を出していたのか、その反応は様々。

 気絶し地面に倒れる奴がいれば、ゲハゲハと笑い出すオークやゴブリン。

 同士討ちに殺し合い、亡骸となった者に下卑た表情のまま腰を降るゴブリンすらいた。

 〈超音波〉にも似たスキルだが、速効的に動きを止めるなら超音波の方が使い勝手は良いかもしれない。

 〈ミラージュステップ〉の方は、まだレベルも低いせいもあるかもしれないが。

 首を分身にスキルを抜き取られた後、ティシモに刈り取られたゴブリンリーダーの首が並ぶ。 

 その一つを分身が拾い、先程の言葉をかけられたのだ。

 ネミディアは異様と思える光景に、彼女はカチカチと歯を鳴らすばかり。

 モンスター相手ならば、相手の命を奪い取る行為はネミディアも経験はある。

 しかし、一方的な殺戮に対して彼女はまだ経験もなく、若すぎたのかもしれない。

 倒れたオークはドバドバと内臓や悪臭を放ち、亡骸の山は彼女に嗚咽感を沸き立たせてしまう。

 ビチャビチャと自身の足元に吐いてしまい、涙目になってしまう。


「さてさて……。後はあれだけ……」


 分身はオークリーダーの頭を物陰に隠れていた子供オークへと投げつける。

 まだ年子も行っていなかったのか、そのオークが断末魔の声を出し死んだことにオークキングは怒りの表情を分身へと向け、怒声を出す。


「貴様! 幼き子供相手に何てことを! 許さんぞ!」


 オークキングの言葉に押されたのか、周りの取り巻きのオーク達も分身へと怒声と罵声をかけだす。

 分身はそれに対して一度睨みを返した後、先程オークリーダーの頭を投げた方へと火玉を撃つ。

 ドカンッと周囲の物や、頭をぶつけられたオークを火炎が吹き飛ばす。


「ああ……。お前らも動物や人の子供の肉を食っただろ。自分達だけ被害者ぶるんじゃねえぞ……」


「ぐぐっ……。人の姿をしながらも我々も話しができるとは。貴様、何者だ!」


「勝ったら教えてやる」


「ほざけ!」


 挑発と取れる分身の言葉に、オークキングは配下のオーク達を一斉にけしかける。

 

「キングは俺がやるから、お前らは取り巻きを片付けろ」


「「「「「はい!」」」」」


 分身の言葉にバサバサと黒い羽が中を舞う。

 分身とオークキングの戦いは拳と拳のぶつかり合いから始まった。

 一発、一発と重い拳がぶつかりあえばビリビリとした振動が空気を震わせる。それだけでも互いの力が十分に理解させられる程に。


 五人の精霊もオーク達を一掃するほどの力を見せてくれる。

 普通に考えるならオークキングを前に、数百近くのオークやその進化種が群れとなるこの光景に少数の部隊出は絶望しか見えないだろう。

 しかし、少年と思える分身を先頭に、後に続き五人の精霊の戦う姿は、ネミディアの中では絶望の言葉が浮かばなかった。

 それは先程から見せられていた一方的な戦いが、絶望に落ちていた彼女の心に希望をチラつかせていた為でもある。


 そして、次第と分身の一方的な戦いにオークキングは地面に倒れる。

 地面に膝を付けた瞬間、重力魔法である〈グラビティ〉がオークキングを地面に倒し、フォルテ、ティシモ、二人の鎌がオークキングの首元に当てられている。

 

「ぐっ……殺せ……」


 分身からの攻撃のダメージが大きいのか、ひたいから血を出し、声を出すのも辛そうな表情を浮かべるオークキング。


「まだ殺さない……動くなよ。フィーネ、こいつの目玉を出せ」」


「はい」


 フィーネは分身にご指名を頂いた事にニコニコと近づき、オークキングの顔の前で座り込む。

 ゆっくりと差し出してくる彼女の手は躊躇いなど無く、ぐちゃりと両目を引きちぎるように取り出す。


「な、何を……ぐっ、ぐああっ!! や、止めろ」


「マスター。こちらに」


 フィーネは分身へと笑顔を向けながら、指先からポタポタと血を滴らせ、眼球を手に乗せそれを差し出す。

 オークキングの眼球はまるで宝石の様なキラキラとした緑色の瞳だ。


「ぐるるるっ。我から光を奪いそれがお前の望みか! その為だけに我が同族、そして多くの子供を殺したのか!」


「いや、これは検証だ。フォルテ、ティシモ、腕を斬れ」


「!?」


「「はっ!」」


 二人は分身の言葉に反応し、大鎌をオークキングの腕へと振り落とす。

 ザクッっと腕を切り落とされた肩口からは、ドバドバと大量の血が吹き出してきた。


「ぐあっ!!!!」


「ダカーポ、治せ」


「……恐れながらマスター。私めは傷を塞ぐ事はできますが、元には戻せません」


「分かってる。取り敢えずこの血を止めるだけでいい」


「かしこまりました」


 ダカーポは鎌先をオークキングへと向ける。

 光がオークキングを包み込み、肩口の傷の他にも、分身やフィーネに痛められた傷の痛みを消していく。 

 痛みが無くなった事に驚きつつも、それを口にする前と分身がオークキングの顔をわしずかみ。

 握力の化物となっている彼に掴まれただけでも、頭蓋がメキメキと嫌な音を響かせた。


「くっ……がはっ!」


「ほら、光を返してやるよ」


「うっ……うっ!? ぐあぁぁぁ!!! ああああああ!!!」


 分身はオークキングへとスキルを発動。

 スキルで現れた光は次第と形となり、大鎌に切られた腕は元に戻す。


「はぁ……はぁ……はぁ……はっ!? み、見える……だと……。しかも、腕が……」


 強く掴まれていた分身の手から開放され、オークキングはぐたりと地面に頭を下げる。

 その時、先程女に抜き取られた視界が戻っている事、更には指先から腕が元に戻った事に驚く。


「腕も元通りだな……。よし、フィーネ、もう一度目玉を出せ」


 分身の検証とは〈再生〉スキルの事であった。

 創造神の加護を貰ったことに、再生スキルは効果を増していることは知っていたが、何処までを再生できるのかはまだ未知な部分もある。

 生き物をなぶる趣味が無いミツ本人には、いざという時にしかユイシスに聞かないだろうと、分身の考えでもあった。

 運も良く、オークキングと言うタフネス野郎を見つけたので、彼は目の前の敵を実験用のモルモットに考えたようだ。


「なっ!? まっ、待て! わかった、分かった! 我はこの場を去る! 貴様、いや、貴方様の目に二度と入らぬ場所に身を潜めるゆえ! ……ぐはっ!」


「黙って……。マスターの命令が遂行できない……」


 また先程の激痛と苦しみを味わうかもしれない事に一気に恐怖に襲われたオークキング。

 また目玉を取られては堪らんと、頭をブンブンと横に振る。

 しかし、その動く頭を掴むフィーネ。

 彼女は苛立ちを隠すことの無い表情を作り、オークキングの頭を地面に押し付けまた目玉を穿り出す。


「や、止めろと言うておるのに! 我の言葉を理解しておらぬのか! あっ! ぎゃぁぁぁぁ!!」


 フィーネだけではなく、周囲の精霊にオークキングの言葉が理解できるわけもない。

 魔言のスキルを持つ分身にしか言葉は分からないのだから。


「腕、その次足」


「ぎゃああああ!!! 殺してくれ! もう殺してくれ!」


 その後もオークキングは眼球や腕だけではなく、足、内臓、睾丸、耳など、心臓や脳を除いて全てを大鎌で切り落とされている。

 死ぬ事のできない地獄の様な時間を永遠と繰り返し、オークキングの横には積み重なった部位が山となっていた。


 分身は素材の山を前に、動きを止めている。

 ティシモが声をかけると、分身は素材を見せてきた。


「マスター、どうされましたか?」


「ああ、ティシモ、見てみろ。こっちが最初に切った腕、そんでこっちが数回切った後に再生させた腕だ」


「見比べると差は歴然でございますね。本体も随分と痩せた様にも見えます」


 二人が見ているオークキングの腕は、片方は筋肉が張り、ムキムキとした二の腕であるが、先程切り落とした腕は張りも無く、細腕に皮がブヨブヨと垂れ下がっている。

 骨もハッキリと見える程だ。


「恐らく再生には、そいつの生命エネルギーみたいな物を消耗してるんだろうな」


「マスター、まだ続けられますか?」


 視線を向ける先には、既に虫の息となり、変わり果てたオークキングが倒れている。

 幾度も再生のスキルを発動したことに筋肉は痩せほせ、血色も殆ど無く、しなびた野菜のような感じになっている。


「いや……。(オークキングなら幻獣召喚に登録しても良かったが、もしかしたら幻獣の情報は上書きかもしれねえな……。誤ってヒュドラを消したら本体が五月蝿いから今回は止めとくか……)」


 オークキングへと歩き近づく分身は、掌を向けてはボソリと言葉を告げる。

 その後、分身は頬を上げ笑みを作り、踵を返す。

 分身は振り返ることはしなかったが、オークキングへと五つの鎌が振り落とされる音は聞こえただろう。

 分身は彼女達が倒したオーク達を前に背伸びをするように腕を伸ばす。


「あー。楽しかった」


 満面の笑みに心満たされた気持ちなのだろう。

 今の分身ならば、身体的特徴を口にされない限りは全てを許してしまう程に気分が良かった。 

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