第202話 レッツフィッシング

「あれ……ミツは何処に行ったシ?」


 シューがミツが居ない事に気がついたのか、キョロキョロと首を振り彼を探す。


「んっ? 小便にでも行ったんじゃないかい?」


「ちょっとマネ。もう少し女らしく言いなさいよね」


「ああっ!? エクレア、女らしくってのは何だっての。なら、ミツはお小便にでも行かれたのではないのですかとでも言えってのかい?」


「おを付けただけじゃ女らしいとは思えないシ……。マネ、普通に用を足しに行ったでいいよ」


「ニャハハハ」


 三人の会話を笑い聞く周囲。

 その時、川の方からザバンっと大きな水柱が上り、皆の注意と警戒を引き上げる。

 モンスターの攻撃か。もしくは新手のモンスターが来たのか。

 そう思い皆は恐る恐ると森の中から川の方へと顔を出し様子をうかがう。


「「「なっ!?」」」


「「「「「あー……」」」」」


 リック達が川の方へと視線を向ければ、そこには先程までなかったいくつもの土の柱が川の中央にそびえ立っている。

 それだけでも異様な光景だが、更に追い打ちとその土の柱が形を変えていく。

 ぐにゃりぐにゃりと土粘土の様に形を変えたそれは川の中央にドーム状の建物を造り出してしまった。

 突然の事に驚くエクレア達を除き、プルン達はもう見慣れた光景と、ありゃミツだなと直ぐに理解する。

 案の定、更に追い打ちとドーム状の建物の一部をくり抜いた場所にはミツの姿。

 彼はそこから土壁を発動し、もう一度出てきた土壁に対して〈物質製造〉のスキルを発動する。

 土壁は形を変え、ドームに繋がる橋とトンネルを造り出す。

 彼はその建物の中で数分した後、完成した建物と橋を通りながら出てくる。

 

 ミツへと駆け寄る面々。


「皆、これならあの魚の攻撃を受けることなく釣り上げる事ができるよ」


「お、おうっ……。ありがとうよ」


「「「「……」」」」


 彼の言葉は仲間達に苦笑いを浮かべさせる言葉であり、驚きの顔のまま固まったマネとエクレア、シューとライムを残し、ヘキドナに笑いを堪えさせる言葉でもあった。


 ミツはハイディングスキルを発動し、川の方へと近づく。

 デルデル魚から目視されない状態であり、魔法ではなくスキルのハイディングはデルデル魚には有効なスキルであった。

 おかげで魔法攻撃を受けることなく、ゆっくりと川の状態を確認できる。

 よく見ると川の中央には人が数人立てるような場所が川から頭を出すように出ていた。

 ミツは川の中央のその場までを一気に駆け出してジャンプ。

 ステータスも上がっていた事に余裕の飛距離を飛ぶことができた。

 もしミツがこの状態でオリンピックにでも出れば、全ての競技に対して二度と塗り替えすことのできない記録が歴史として残されるだろう。

 彼はその場で様々なスキルを発動し、ユイシスの指定通りの大きさ、そして広さの釣り小屋を造り出す。

 川の抵抗を受けづらい足場、そして安定と安全性を上げた釣り小屋が完成したところでリック達を招き入れる。


 ドーム状の小屋には風通し程度の窓があるのみ。

 中に入った仲間たちはぐるりと中を見渡しても、釣りをするような場所が無い為に疑問符を浮かべる。


「ミツ、釣りをするにも、この密閉した場所でどうやって釣りをするのよ?」


「あの開いた場所から釣り糸を飛ばすのか?」


「んー。できニャくもニャいけど、引き上げるのが少し難しそうニャ」


「高さもありますから流石にそれは違うのでは?」


「皆。釣りはこの床に穴を開けてするよ。リック、はい、これで穴を開けてね」


「何だこりゃ? 武器……じゃ無えよな?」


「それはね、アイスドリルって言う地面に穴を開ける道具だよ」


 リックに手渡したのは氷に穴を開ける為のアイスドリル。

 ミツのスキルを使い穴を開けても良いのだが、折角釣り小屋を作ったのだからワカサギ釣りの方法で釣りをやってみようかとこの方法を試す事に。

 彼がこの建物から直ぐに出てこなかった理由として、この道具などを作っていたのもある。

  

「ドリル? 何だか分かんねえけどこれで穴を開けるのか? ってか開けても大丈夫だよな?」


「大丈夫大丈夫。地面の強度は壁ほど分厚くないから。支えにしてる場所以外は簡単に穴は開くようにしてるよ」


「お、おう。こ、こうか?」


 リックは自身の足元にアイスドリルを突き刺す。

 初めて使う道具に少し戸惑った様だが、ドリルは真っ直ぐに穴を開け始める。


「そうそう、結構力仕事になるから他の場所は自分が開けるよ」


 もう一つのアイスドリルを手に持ち、ミツが振り返った時だった。

 一人の女性の手が彼の肩をガシっと掴み足を止めさせる。

 

「なぁなぁ、ミツ。それアタイにもやらせてくれっての」


「んっ、良いですよ。はい、マネさん。足元に注意して掘って下さい。掘る場所が決まったら教えてください。間違って柱部分を掘っても貫通しませんからね」


 マネは興味を持ったのか私もとミツからアイスドリルを受け取る。

 ライムもやりたいと言ったがアイスドリルは二つしか作っていないのでどちらか終わったらそれを使ってと言葉を伝える。

 マネも自身の足元にアイスドリルを突き刺す。


「じゃ、ここで」


「はい、そこは柱部分ですから、少し右にそれてください」


 マネの突き刺したアイスドリルの先からはガキンっと金属を当てる音が聞こえた。

 彼女は見事にこの釣り小屋を支える柱部分を当てたようだ。

 ミツの指定する場所に移動したマネは改めてアイスドリルを使い穴を開け始める。

 力の差なのか、偶然少し地面が柔いところを削り出したのかは分からないが、マネの持つアイスドリルはシャカシャカと地面の土を掘りだしていく。


「そうかい……。おっ! 結構力がいるね!」


「二人とも、頑張るシ」


「たまには働かないとね。ほら、私を睨んでないで手を動かす」


「これ意外とキツイな。はー。リッケ、手伝え。俺が回すから抑えておけ」


「はい、リック、いいですよ」


「よし。 へっ、両手が使えたらこっちのもんだ! うりゃあああ!」


「ニャ! 一気に行ったニャね」


 気合を入れ直し、リックはドリルを回す。

 するとズボッと底が抜けたのか、アイスドリルが地面に沈んだ。

 大体1メートル近くを掘り返した。


「しゃ! 貫通!」


「ご苦労様。それじゃ、この釣り竿で釣りをしてみてね」


「また変なもん作って……。でっ? この手元にあるこの丸い奴は何だよ?」


 ミツに手渡された釣り竿。


 リックはもう慣れたもんだとそれを受け取り、先程まで使っていた釣り竿と違う事にミツへと質問する。


「それは糸を簡単に引き寄せる事ができるリールって道具だよ。糸もそれにあわせて細くしてるから指を切らないようにね」


 彼の手渡してきた釣り竿は先端に糸を結びつける竿ではなく、ルアーフィッシングなどに使われるリール付きの釣り竿であった。

 でもプルンとリックが先程使っていた釣り竿とは違い、竿の長さは半分ほども無い。


「リック、試しに重りだけ付けた奴を開けた穴に入れるから、手繰り寄せてみて」


「おう」


「底に付いたらペール部分を切り替えて、片手でそのハンドルを回したら引き上げることができるよ」


「こうして、こうか。おおー! 凄えな。なるほどな。確かに糸を手繰り寄せるにはこりゃ便利だぜ」


「これなら手繰り寄せた糸を絡まずに済みますね」


「それじゃこれで1匹試しに釣ってみようか」


 引き寄せた糸先に針と餌になるヒルを取り付ける。


「よし、お前ら武器を構えろよ! 釣り上げた瞬間を狙えよ」


「分かってるニャ。リック、早くするニャ」


 リックは先程と同じ手順で開けた穴の中に糸を垂らす。

 川の底に付いたと同時に、リックは糸を手繰り寄せる。

 穴の中を覗き込んでも、建物の影にまるで夜のように真っ暗で何も見えない。

 そこに松明の光をゆらゆらと揺らし糸先を照らすと、時間もかからずグッと餌のヒルをバクッと飲み込むデルデル魚が見える。

 釣り用語のあわせも必要もないのか、デルデル魚はグイグイと糸を引っ張りリールから糸を減らしていく。

 このまま照らし続けるとまた釣り上げる魚が頭だけになるので松明の光を下げておく。


「おっしゃ! 来た!」


「リック、ハンドルを回して!」


「うりゃ!!」


 掛け声と同時にリックは魚を釣り上げる。

 ドーム内が薄暗い効果もあってか、デルデル魚は口をパクパクとはしているが、魔法を発動することはなかった。

 釣り上げたデルデル魚が倒される前とミツはスキルを抜き取る。

 その後プルンが手に持つナイフにデルデル魚を一突き。

 二度三度ビクンビクンと動いた後、デルデル魚は亡骸表示と変わった。


〈スキル〈魔力感知Lv2〉〈危機感知Lv2〉となりました〉


「やったニャ!」


「うん、問題なく倒せたね。この倒し方で依頼をこなして行こうか」


「「「おお!」」」


 ガンガが希望するデルデル魚の身を問題なく取得し、依頼である討伐ができた。

 一匹目を釣り上げた後は後は簡単な作業。

 リックが釣り上げ後は誰かが釣り上げた魚を倒す。勿論釣り上げたデルデル魚は直ぐにミツの〈スティール〉でスキルを抜き取られる。

 しかし、ゲームと言うのは見る側としてはもどかしいのだろう。

 先程から楽しそうにデルデル魚を釣り上げるリックの姿に、妹のリッコやエクレアがやらせてとせがむ。 

 釣り竿はあるが釣り上げた後の討伐をしなければ危険な魚である。

 ならばと、数組に別れて釣りを楽しむことになった。

 マネが釣り上げ、リッケが剣を一振り。

 スパッと切り落とされ別れる胴体と頭部分。

 エクレアが釣り上げ、ライムが魚を両手を使いパンッと挟むようにて魚を圧死。


 他の仲間たちも各自アイスドリルで地面に穴を開け、ミツから受け取った釣り竿を使い釣りを始める。

 リッコが釣り上げ、プルンが仕留める。

 ローゼが釣り上げ、リックが仕留める。

 ミーシャが釣り上げ、トトとミミが仕留める。

 以外だが、シューならウチもやりたいシとか言う物だと思ったのだが、彼女はヘキドナに何か指示を受けたのだろう。

 リッコ達から目を離すことなく、ジッとしている。

 どうやら彼らの監査役として、色々と審査しているのだろう。


 デルデル魚から取れるスキルを全てスティールで奪い〈ウォーターボール〉〈魔法ダメージ軽減〉〈魔力感知〉〈危機感知〉を全てのレベルをMAXにしたのを確認する。

 順調に釣り上げ続けるのを確認した後、ミツは別の目的であるジャーマンスネークを探すと場を離れる事を告げる。


「ニャ! ならウチ達も」


「止めときな。坊やが今から行こうとする所はブロンズとウッド程度の冒険者が足を踏み入れる戦いじゃない事は分かっているだろう」


「ニャ……」


 これから彼が行く先では、間違いなくジャーマンスネークとの戦いになる。

 それを忠告として、ヘキドナはプルンの同行を強く止める。

 彼女はフンッと一つ気持ちを切り替えた後、彼らが釣り上げたデルデル魚を顎で指す。


「それよりもあんた達はその釣り上げた魚を頭と胴体、二つに処理しな。いいかい、全部だよ」


「「「「「えっ!」」」」」


「ぜ、全部って。これを全部……」


 ヘキドナの指を指す場所には亡骸となった山程のデルデル魚。

 もう糸を垂らしても釣れることの無い事に、どうやら川にいるデルデル魚を全て釣り上げてしまったようだ。

 その数、何と200近く。

 釣った魚はプルン、若しくはミツのアイテムボックスに入れるつもりだったので一か所に集めていた。


「ヘキドナさん、それをそのままギルドに持ち込んでは駄目なんですか?」


 ヘキドナにミツが質問すると、彼を背後から羽交い締めとエクレアが言葉を添えてミツを止める。


「はいはい、少年は口出ししない。リーダーにはちゃんと考えがあるんだから」


「なら自分も手伝いま、フグッ!?」


 ならば〈解体〉のスキルを上げる為にもと、ミツが解体を手伝うと告げた瞬間、今度はシューの小さな手が彼の口を塞ぐ。


「いいシ。ミツが手伝ったらあの子達の為にならないシ」


「フンッ。その程度のモンスターの解体もできないようじゃ、あんた達は一生ブロンズ止まりだよ。それとも何かい、あんた達は坊やの力が無いとその程度の解体もできないのかい?」


「なっ!? それぐらい俺でもできます! ミツ、お前が戻ってくるまでには切り分けを終わらせておくからな。お前はさっさとそのジャマン何とかを倒してきやがれ」


 リックは踵を翻し、デルデル魚の1匹を掴みとる。

 腰に携えていたナイフを取り出し、彼はデルデル魚の解体を始める。


「あんた一人で全部できるわけないじゃない。仕方ないわね……。プルン、悪いけどナイフ貸してもらえる?」


「いいニャよ。はい、皆でやれば直ぐに終わるニャ!」


 三人が直ぐに解体を始めた事に、ローゼたちもデルデル魚の解体を手伝い始める。

 マネとライム、そしてエクレアは手を貸すことなく、リック達八人がかりでの解体を見守るようだ。

 

「坊や、行くならさっさと行ってきな。街から近いと言ってもここは森の中。あんまり遅くなるならあんたを置いて私達は先に街に戻るからね」


「はい。では行ってきます。皆、あとは頼んだよ」

 

 ミツの言葉に手を振り返す面々。

 彼は踵を返し、森の中へと姿を消す。


 その頃、倒れた木の枝に進む道を任せ、不運にも森の中を彷徨う一人の女戦士。


「はぁ……はぁ……。くっ……いつの間に道を外れたのだ? 間違いなくこっちがライアングルの街のはず。……。ああああぁぁぁ! クソッ、私の莫迦! 何で道を決めるのに枝なんか使ったのだ! っと言うか枝が倒れた先に進むなどありえんだろう! くっ、このネミディア、一生の不覚!」


 森を彷徨い、狩人や冒険者にも鉢合わせることなく彼女は森の中をあっちこっちと迷子になっていた。

 進む度に葉っぱや枝で体に切り傷を作りながらも、彼女は泣き言を言わず、足を止めることなく先の見えない森の先へと進んでいた。

 訓練で鍛えられた精神力と、莫迦の様な体力だけが彼女の自慢で あり、またレオニス王子直々の命と言う事もあり騎士道精神と言う言葉に彼女は支えられている。

 だが、流石に空腹は精神力では耐える事ができない。 


「は、腹が減った……」


 ぐーっと大きな音が自身の腹部から聞こえてくる。周りに同期の兵達が居れば笑われるかもしれない。

 だが今は自身一人だけ。周りに腹の虫の音に笑い飛ばす仲間も居ないと思うと、彼女は不安な気持ちに襲われ始めてきた。

 空腹というのは無意識と人を不安にさせるのか。それとも奇っ怪な鳴き声を出す鳥たちのせいなのか。


「んっ……スンスン。何やら美味しそうな匂い……。こっちか!」


 ネミディアの鼻に漂ってきた香ばしい香り。

 その匂いに彼女はまるで引き寄せられるように足を勧め、彼女は更に森の奥へと進むのだった。

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