第200話 大神

〘あ〜。面倒くさい……。行きたくない、部屋でお茶しばきたい……〙


[もう、シャロットちゃん、さっきからそればっかり。ほらっ、シャキッとしないと大神様からまた小言言われちゃうわよ]


 空も透き通る空間の中、ガラスでできたと思わせる道を、ズルズルと重い足取りで進む創造神シャロット。

 彼女の肩に優しく手を添えるのは豊穣神のリティヴァール。

 彼女の言葉に下げていた頭を上げ、リティヴァールへと少し睨みを向けるシャロット。


〘リティヴァール、お前はあの爺の話を聞くだけで、その後は直ぐに帰れるからそんなに気楽なんだ。私は……こいつの事で確実にあの無駄に長い話プラスで爺と話し合うのだぞ〙


〚……〛


 シャロットは後ろを歩くバルバラへと親指を指し示す。

 バルバラは目を閉じ、腕組みをしながら器用にも二人の歩幅に合わせ後方を歩く。

 

〘おい、バルバラ、お前の事だぞ!? 何を大変そうだなみたいに他人事に黙っておるのだ〙


〚いや、勿論それは理解しておる。しかし、大神様が我ら三神を態々呼び出すのも珍しいと思ってな〛


[バルちゃんの言う通り……。シャロットちゃん、大神様に何かやった?]


〘おいおい!? リティヴァール、なんで私が何かやった前提での話をするのだ!?〙


[いや、そう言うつもりで言ったんじゃ無いわよ。ほらっ、だって私も呼ばれてるっじゃない? 私に覚えがないと言う事は、シャロットちゃんかバルちゃんのどっちかの話を確認する為に私が呼ばれたのかなって]


〘知らん知らん! 定期的に造った星の報告も、私は(ユイシスにお願いして)連絡しておる。私はこいつの様に失敗などしておらん!〙


〚お前は俺に失礼過ぎるぞ! 我とて星を崩した時はしっかりと大神様へと報告したぞ(部下を通してな)〛


[私はシャロットちゃんが星を造ってくれないと元々何もできないし……]


〘まぁ、いつもの気まぐれで呼ばれたのかも知れんがな。私はさっさと部屋のこたつに帰りたいわ。帰った時にはユイシスがデパ地下で買って来てくれてると思う、マドレーヌと言う菓子をコーヒーと言う奴出流し込むのが楽しみなのよ〙


[あら、ユイちゃんはお使いに出てたのね? 一緒に来てないから何処に行ったのかなと思ってたわ]


〘何でも、あいつ(ミツ)が居た世界は冬になると菓子の種類が増えると聞いたからの。この後の爺の話を聞いた後の疲れも甘い物を食えば吹き飛ぶって事よ〙


 以前ミツがバルバラと共にバームクーヘンの調理を行った時の話である。

 あの時菓子は作るなら買った方が早いと言う言葉に対して、ミツは季節ごとに様々な菓子があることをその場で話していた。

 その時は栗や葡萄などの秋に関するもので、寒くなれば芋やイチゴと、それまた日本では四季を舌で楽しむ話をしていた。

 

〚小僧の元居た世界は、食い物に関しては褒めてやろう。しかし、人同士の争いなどは、幾度も星を造っても起きる事なのか? 我の造り出した星の大半は同族同士の争いの後に数を減らし、星自体を駄目にしておる。あんな物は要らぬと一度全てを一掃したがそれだと星も育たぬ。要するに美味い飯ができぬ!〛


〘フッ。バルバラ、やはりお主はそこで創造を躓いておったか。星を一定育てるとそう言った問題が出てくるのは創造神見習いの時に必ず通る道よ〙


 シャロットは笑みを作り創造神としての難しさをバルバラへと教える。

 彼女も経験した事のある事なのか、珍しくもバルバラを茶化す様な発言はしなかった。


〚おお、ならばお前はこの問題を解決できる術を持ち合わせておると言う事だな。教えてくれ! どうやったら小僧の居た元の世界の様な奴が造れるのだ!?〛


〘んー。スマヌがバルバラ、これは口で説明するには無理だ。本当に私も幾度も星を造り失敗を繰り返してできたのがあの星。要するに、感覚で覚えるしか無い〙


〚何だよそれ……〛


 シャロットの言葉の意味は、職人技と言う言葉が一番分かりやすいのかもしれない。

 習うより慣れろ。どの様な神であろうと、数をこなしてこその技術力を身に着けているのだ。


 彼ら三神の進む先。

 歩く足を止めた先にはなにも無い空間が大きく広がる。

 そこでシャロットは声を張り上げ、リティヴァール、バルバラが続けて名を名乗る。


〘創造の神、シャロット〙


[豊穣の神、リティヴァール]


〚破壊……。失礼……創造の神、バルバラ〛


〘[〚父と母の声、我らここに……〛]〙


 その声が広く広がり、スッと薄い霧がシャロット達の目の前を通り抜ける。

 霧が晴れると目の前には先程まで無かった大きな扉が現れた。

 扉はガコッと鍵を開けたような音を鳴らし、ゆっくりと開閉する。

 扉の内側から光が漏れ、声が聞こえてくる。


『来たか……。入れ……』


 シャロット達はその声にひきこまれる様に足を進める。

 中に入ると直ぐに目に入るのは大きな円卓であった。

 円卓を間に入れ、シャロット達の反対側には既に椅子に座る神の姿。


 その神こそが、シャロットやリティヴァール、バルバラ等の神々を束ねる大神。

 彼女達のように名は無い為、皆は大神様と彼(彼女)を呼んでいる。

 神々の頂点を指し示す神ならば、やはり太陽神ラー、若しくは天空神ゼウスを思い浮かべるかもしれない。


 しかし、この場では大神こそが一番と思ってほしい。


〘爺……違った、今は婆か……。それで、大神様、私達に話とは何用で?〙


『態々すまないね。まぁ、お茶でも飲んで寛ぎな』


 シャロットの言葉通り、大神は今は老人の姿ではなく、40代後半の女性の姿を見せている。

 婆と言うのは失礼だが、元々神々に性別や年令など無い為、そこは気分で自身の姿を変えているのだろう。

 シャロットも今はミツと変わらぬ背丈の姿をしているが、本来の姿はユイシスと変わらぬ女性の姿にも変えることができるのだ。

 彼女が今の姿にしている理由としては、神力を使い、姿を維持することに小さい方が効率も良いと思ってのその姿。

 シャロットは軽く掌を大神に向け、やんわりと返答する。


〘大神様のお茶など我々には過ぎた物。気遣いなど結構です(こっちはさっさと帰りたいんだ! 長々とここでお茶なんて飲んでられるか)〙


 まぁ、本心ではさっさと帰りたいだけなのだが。


『そうかい。折角良い茶葉を見つけたからお前達にも飲んでもらいたかったけどね。まぁ、いいさ。さて、シャロット、バルバラの教育は順調かい?』


〘はぁ……順調かと問われたら正直応えに困ります。あやつは元は破壊神。根本的な破壊衝動が抜けなければ星なんてろくに造ることも難しいでしょう〙


 シャロットは円卓の中心に掌を向ける。

 バルバラが最近造り、そして破壊した星の姿を3D映像のように映し出す。


『……バルバラ、創造神を始めてもう1000年近く経っておるが、まともな星は造れそうもないか?』


 造っては破壊、造っては破壊と、星の色や形が異なるが、映像に映し出される全ての星は爆発し、姿を消している。


〚星を造る事は問題ないと思います……。しかし、俺は元は破壊神だけにこいつの様な細かい物、特に生物を作る所で手間どっております。もう1000年程、猶予を頂けるなら思い通りの星をお見せすることができるかと〛


『そうか。1000年程で星が造れるなら同じ1000年でお前なら成果を見せてくれるだろう。期待しておるよ』


〚はっ!〛


 大神の言葉に恭しく頭を下げるバルバラ。

 

 その後、改めてシャロットの創造神としての活動、そしてリティヴァールの豊穣神としての活動報告を世間話の様に話を聞く大神。

 暫く話していると、大神は円卓の上をコンコンと軽く小突く。


『さて、やはり話すと口が寂しくなる。次の話を出す前に飲むが良い』


 円卓からスッと光と共に現れた湯呑み。

 その中身はゆらゆらと湯気を立たせ、香ばしい香りをシャロット達の鼻に届ける。

 シャロットは渋々とその湯呑みを手に取り、口元を近づける。

 

〘……頂きます。……!〙


 その時、彼女はハッと当たり前のように口に含みそうになったお茶へと、改めて視線を向ける。


[……? シャロットちゃん、これ……]


『どうした、お前達も飲みなれた茶葉を選ばせたつもりだが……間違っておったか?』


〚……〛


〘いえ。大神様が私の造り上げた星が作る茶に興味を持っていただいた事に驚いておりました。良い緑茶です……。所で何故大神様がこの茶を?〙


 シャロットは自身の手に持つ湯呑みの中身が緑茶である事に違和感に襲われる。

 冷静を保ちつつ、大神へと質問をする。


『うむ。バルバラをお前の元に送った後、一応お前らの動きを見させてもらっておった』


〘……(覗きじゃねえかよ)〙


〚……(監視とか)〛


[……(悪趣味)]


 目を伏せる三柱の気持ちは一体となり、内心で更に大神へと嫌悪感を感じていた。


『まぁ、見たらそれは賑やかなことで。三神揃って何を見てるかと思えば人の子にあれ程盛り上がって……。バルバラの教育よりも、随分とその人の子に熱心だね、シャロット』


〘お恥ずかしい姿を見られたようで……〙


『……聞くところによると、お前達三神揃ってたった一人、ただの人の子に力を注いでるみたいじゃないか。創造神シャロット、お前にとってあの子は星を繋ぐ糸と言う事はこちらで調べた。なのでお前がその子に対して手厚い力を与えた事は納得もしよう。あっ、今出した飲み物もその時調べた際に、共に知った物だ』


〘その通りです。大神様のご理解に感謝〙


『素直でよろしい。ならば問おう、創造神見習いバルバラ、豊穣神リティヴァール。お前達二神は何故にその子に力を与えたか答えよ』


〘……〙


 大神はリティヴァールとバルバラを見定める様な厳しい視線を向ける。

 大神相手に嘘や詭弁等は無意味。

 逆にそれが足元をすくわれるので今は本心を打ち明ける事が正しい選択である。


[お答えします、大神様。実りの子が創造神シャロットに取って、大切な人の子だからでございます。しかし私めは豊穣の神。おいそれと力は与える事はできません。ですが……。シャロットが実りの子を星を繋ぐための糸と申しますなら、私めも力を与え、創造神の力となればと思いの気持ち。力を与える際、盟約を実りの子と結んでおります。彼が誤った判断をするなら、私は直ぐに力を回収するでしょう]


 リティヴァールは額に小さな汗を流し、大神へと本心を伝える。

 大神は一度目を伏せた後、バルバラへと視線を変える。


『……。バルバラ、お前の答えを聞こう』


〚はっ! 大神様、私めが小僧に与えた力は、正直気まぐれに与えた力にございます! それ以上でも以下でもございません〛


『そうかい……相変わらず……』


 バルバラの答えに、ガクッと気が抜けそうになる三神。

 バルバラの答えはその場のピリッとした空気を消すには十分な効果を与えたようだ。

 大神も拍子抜けではないが、もう長々と話を聞いても無意味と早々に話を切り上げることにした。


『創造神シャロット』


〘はい〙


『お前の判断が今は良不なのか判断もできん。今しばらくバルバラの創造神としての教育を勧めつつ、定期報告にその人の子の詳細を含む事を言い渡す』


〘承知いたしました……〙


『それとバルバラ』


〚は、はい〛


『お前はもう破壊神では無く、創造神としての働きを見せておる。その子に対してお前も手を貸すだろうが、破壊神としての手出しは今後禁止する。創造神ならば創造神としての力を与える力を出すが良い。リティヴァール、お前はあまりシャロットを甘やかさぬ事を心得よ』


〚御意に〛


[はい]


『話は以上。己の役目に戻るが良い』


〘〚[大神様のお言葉に解します]〛〙


 三神が席から立ち上がり、軽く頭を下げる。

 すると円卓は消え、大神の姿も消えてしまった。

 いつの間にか扉の外に出された三神は、ふーっとひと呼吸入れた後、シャロットの創る空間の茶の間へと帰る。


 ディオンアコーの冒険者ギルドにて、デルデル魚の討伐の依頼を受けた後、街から少し離れた森の中を進むミツ達。

 14人と言う依頼に対しては過剰すぎる人数での捜索だが、共に同行するヘキドナ達の目的はリック達の力量を測るための監査員としての参加である。

 この事はリック達には伏せられた内容なため、彼女達が同行する理由は気分転換と言う何ともこじつけた理由で今は同行を共にしている。

 先を歩くのはリック、リッケ、ととの前衛三人。

 後方の人達が進みやすいように出てきた枝や藪を剣で切り、槍先などで払い除けては先に進む。

 目的はデルデル魚であるが、もう一つの目的であるジャーマンスネイクも探さなければならない。

 ミツは先程からユイシスに心の中で声をかけてみるが、返答は同じ言葉の繰り返し。


《只今、席を外しております。しばらくお待ちください》


 サポーターとしての役割の彼女だが、肝心な時にこれで大丈夫なのかと苦笑いを浮かべるミツだった。

 

(まぁ、直ぐに戻ってくると思うし、また後で良いかな)


 そんな事を思いながら森の中を進むミツの足元には、ウネウネと動く物体が先程から目に入っている。

 それは日本の山にも居る山ヒルである。

 見た目伸びた時はミミズにも見えるそれだが、小さな牙を持つこれは一度噛まれると血がダラダラと流れてしまう危険な生き物である。

 たちが悪い奴は牙で傷をつけた場所に卵を産み付け、産み付けた場所の肉を食い貪り卵を孵す厄介な時もあるのだ。

 今回山に入る事が前提であった事に対策は万全に準備されている。

 山ヒルの嫌がる薬の液体を足に振りかければ、例えヒルが足についたとしても薬の匂いにヒルはまるで痙攣を起こすようにピクピクと震えだし地面に勝手に落ちてしまうのだ。

 厄介なヒルでも対策をすればただのミミズの様にウネウネと動くだけの虫である。

 しかし、そのウネウネとした虫は後に使える物である為、後方で進む面々は見つけた山ヒルを次々と薬を入れていた入れ物にそれを入れている。

 

「これだけ拾えば十分かしら?」


「ニャ、これで魚のエサも完璧ニャ!」


「うん、後は川を見つけるだけだね」


 山道を歩くには厄介な山ヒルも、後のデルデル魚を釣り上げるための餌として彼らは集めていたようだ。

 山道を進む道中は彼らリック達はヘキドナ達の助言を貰う事も無く、順調に進むことができていた。

 森を歩き進め、目的ではないモンスターと出くわす事が数回。

 一匹や二匹が出てきたとしても、今のミツ達の集団に襲いかかるような無知なモンスターは居ないのか、彼らの姿をみた瞬間に逃げ出すモンスターが大半である。

 例え襲い掛かってきたモンスターが居たとしても、リッケの抜刀促進効果を出した剣がザクッと一刀に戦いを終わらせてしまっている。

 本人も驚きの顔を作り、リッケが活躍すると後ろを歩くマネが自身のようにリッケを褒める声が聞こえてくる。

 それに応える様に、リッケは美青年の笑顔を彼女へと返す。

 うん、既に惚気気味な二人に側にいるエクレアとシューの鬱陶しい物を見るような視線も分かる。

 倒したモンスターは、一応プルンのボックスに回収している。


「おかしいな……。聞いた話だとそんな遠くない場所に川があるはずなんだが。ミツ、お前なら分かんねえか?」


「んー。水の音は聞こえてはいるよ。そろそろなんじゃない?」


「マジか? でもよ……やっぱり川どころか、湧き水や溜池すら見当たんねえぞ?」


「ねえ、ミツ。その音ってどの辺から聞こえてるの?」


「えーっとね……。あっ、あっちだね」


 リッコの質問にミツは木々が密集した方角へと指を差す。

 リッケは指の刺された方角を見つつ、目の前の木を大きく迂回しながらその先を捜索。

 ガサガサと草を踏み分ける音の後、ビチャっと水溜りに踏み入れたような音が聞こえた。


「あっ! ありましたよ! リック、もう少しだけ先に行けば開けた場所が見えると思います」


「そうか、分かった! さてと。お前ら、突然戦闘が始まるかもしれねえ。念の為にここで支援を回しておくぞ。ミツ、ミミ、二人で予定通り支援を」


「はい」


「ミミさん、できる所までで良いのでお願いします。防壁魔法は自分がします」


「よ、よろしくお願いします!」


「一応俺も防御スキル使っておくぞ」


「うん、リックもよろしく」


「よっしゃ、それじゃ〈城壁〉」


 ミツはミミと支援を回し、準備を整えていく。

 その際、ヘキドナ達にも支援をと彼が彼女達に近づいた時である。

 ヘキドナはミツに軽く耳打ちを入れる。


「坊や、今回私達の役目を知ってるのはあんただけだ。悪いけど今回あんたは少し大人しくしててもらうよ。もう坊やの力はギルドは承知の上だからね」


「はい、分かりました」


「フッ、素直な時ほど坊やはやらかすからね。本当に目立つ真似はするんじゃないよ」


「そ、そんなこと無いですよ。ハハハハッ……」


「ミツ、取り敢えず前衛の子達には、むやみに川に近づく事は止めとくシ」


「えっ? シューさん、それってどう言う事ですか?」


「直ぐに分かるシ」


 シューの意味深な言葉に疑問符を浮かべるミツ。

 彼女が冗談やふざけてそんな事を言う事はないと思い、一応先頭を歩くリック達に注意を促すことに。

 リック、リッケ、トトはミツの言葉に警戒を高める。


「おお! あったぞ! 川が見えた」


「うひゃー、でっけぇ川だぜ」


「本当に、これだけ大きい川だと、大きなモンスターも出てきそうですね。二人とも、注意しといてくださいね」


「おうっ、分かってるって」


「ハハハッ! リッケさんは少し大げさだぜ」


 目的の川が見えたことに少し気が緩んだのか、リックとトトの油断した空気にリッケが川の方を見た時だった。

 

「えっ……。何ですかアレ……」


「「えっ?」」


 川の方を見るリッケの顔が険しくなっていく。流れる川の水に変化は無いが、次第と水面がポツポツと黒い影が見え始め、その数は次第と大きな一つの影になった。

 その時、ポツっとその影から1匹の魚が顔を出す。


「おっ! あれってもしかしてデルデル魚か!? ヤリー! 早速見つけたぜ!」


「リックさん、さっさと釣り上げちゃいましょうよ」


 水面に顔を出したデルデル魚に興奮したのか、リックとトトが早速と釣の準備を始める。

 しかし、リッケは水面に顔を出したデルデル魚に警戒レベルをぐっと上げ、押し倒すように二人を地面に倒す。


「二人とも伏せて!」


「「えっ?」」


 リッケの突然の行動に対処できなかった二人は共に地面に倒れてしまう。

 それと同時に、シュパッと彼らの頭上を水玉が勢い良く森の方へと飛んで行くのを目にする。

 何処から飛んできたと思い、リックが少し顔を上げ、川の方へと視線を向けると水面から顔を出す数十ものデルデル魚の姿が視線に入る。


「なっ!? や、やべぇ! 立て! 立て二人とも! 一旦森の中に戻るぞ!」


「急いで! トト君、走って!」


「は、はい!」


 三人が川の方に背を向けた瞬間、先程以上の水玉が彼らめがけて放たれる。

 彼らの背後ではバチバチと水玉が強く弾ける音が、彼らが森の中に入るまで聞こえていた。

 ミツの〈ミラーバリア〉そしてリックの〈城壁〉がなければ三人は負傷していたかもしれない。


「ハァハァハァ……」


「し、死ぬかと思った……」


「二人とも、怪我はありませんか……はぁ、はぁ……うぐっ……」


 少し嗚咽を漏らしながらも二人を心配するリッケに、リックは返答を返しつつトトの方へと視線を向ける。


「ああ、俺は大丈夫だ。トトも大丈夫だよな?」


「はぁ……はぁ……はい……。平気っす」


 必死に逃げてきた事が分かる三人の姿を見るは森の中で待っていた仲間たち。

 いや、待っていたと言うか、シューがさり気なく彼ら三人の後に続くリッコ達の足を止めていたのが正しいだろう。

 

「もう、だらしないわね。リック、しっかりしなさいよ」


「お、お前、無茶言うなよ! あの数だぞ!? ってか、なんでお前たちは付いてきてねえんだよ!?」


「何でって……止められたから?」


「はっ、はああぁ!? だったら声くらいかけろよ」


 リッコの返答に思わず声を上げるリック。

 すると二人の間にスッと音も無く割って入るシュー。


「シシシッ、前衛の仕事は安全確認も入ってるシ。お前らは何も考えずに川に近づいたのか?」


「うっ……。いや、それは分かってますけど」


「だったら後衛に文句を言うのは変な話になるよ。取り敢えずデルデル魚の発見はしたシ。さっ、次にどう動くのが正しいのかを考えるのがお前らの役割だシ」 


「……はい」


「すみません……」


 シューの言葉に反省を見せるリック達。

 彼女もアイアンランクとして、そして彼らの先輩としての教えを彼らに優しくも少し厳しい言葉で彼らに伝える。


「はー……。流石シューさんもベテランの冒険者ですね。厳しく注意もして、ちゃんとリック達が次に取る行動を教えてますね」


「フッ……。厳しく言っとかないと餓鬼は簡単におっちんじまうよ。甘すぎる坊やには無理な役割かね」


「うっ……。き、肝に銘じておきます」


 大量に発生したデルデル魚の数に、下手に川に近づけない状態となってしまった。

 その対策を取るためとミツ達は自身のできる対策を考え始める。


「ここから魔法ぶっ放して倒すのは駄目か?」


「んー。アレだけの数だから撃てば当たると思うけど、切りがないと思うよ?」


「それに、それだと魔力が尽きたらその戦い方もできなくなるわよ」


「あと、倒した魚がそのまま川に流れて拾えなくなるニャ。一応討伐報告の為に倒した素材はギルドに見せないと成果に認められないニャよ」


 リックの提案をミツ、リッコ、そしてプルンがダメ出しを入れる。

 策としては悪くはないが、依頼を受けた以上はプルンの言う通り、亡骸をギルドに提出しなければならない。


「では、ここから釣り上げるのは駄目ですかね? ミツ君の糸を出す魔法があれば、ここから川辺までの距離でも届く糸を出してもらえば釣り上げる事も可能なのでは?」


「ここからなら遠投釣りか……。糸の長さも細くして重りを付ければ……。うん、一度やってみようか?」


「そうだな、やってみてそれが上手く行くなら安全にそうするか。下手に川辺に近づいたら、また魔法が飛んでくるかもしれねえし」


 リッケの提案はすんなりと周りから賛成を取る。結果魚を取るなら釣り上げ他方が良いと、ミツは早速〈糸出し〉スキルにて細い糸を出す。

 ギルドで借りて来た釣具では遠投釣りには向かないので、その辺にある枝などを使い釣り竿に見立て糸を結んでいく。

 エサは先程拾った山ヒルを括り付け、準備万端である。


「シシシッ」


「あいつらを見てると初々しいね〜。あたいらも最初は試してみたもんだ」


「私達の時って如何やって捕まえたんだっけ? えーっと、確かマネが魚の水玉の攻撃に怒って大きな石を川に投げ込んで、その後何故か浮いてきた魚を急いで倒したんだっけ?」


「ああ……その時放り投げた石に私達にも思いっきり水をぶっかけられたけど、結果として依頼分以上の魚が取れたことは覚えているよ」


「そ、そうでしたね……。ははっ……はははっ……すんません」


 ヘキドナ達がまだブロンズランクの時、デルデル魚の依頼を受けた時の昔話を笑いこぼし、話をする。

 その時のデルデル魚の数は居なくとも、1匹1匹とやはり魔法を使うデルデル魚には彼女達も苦労したようだ。

 その時デルデル魚の数体の水玉をくらい、頭に来たマネは怒り任せと近くにあった大きな石を川に投げ捨てたのだ。

 偶然にも川から出ていた岩に当たった所には、その場に隠れていたデルデル魚の数体へと衝撃を与え、デルデル魚を気絶させたようだ。

 日本では各地で禁止されている石打漁。

 偶然にもマネはそれをやったようだ。

 ヘキドナの怖い笑みにマネは苦笑いを浮かべ、小さく反省を見せる。


(そうか……マネさんのその時放り投げた石が石打漁の効果を出したのか……。でも、この川じゃ無理かな……。川底は深そう出し、何より都合よくそんな石は周囲にはなさそうだし……)


 流れる川を遠目に見るミツ。 

 川底は深く、水の流れも早い。

 石打漁は本来、冬場など川に住む生き物の動きが鈍い時こそ効果を出す方法であり、魚が動きを止めていなければ効果は出さない方法でもある。

 リックはプルンからナイフを借り、彼は器用にも木の枝を程よい大きさの釣り竿に削り出す。

 ミツがスキルを使えば釣り竿等は簡単に作り出せるだろうが、これも彼らの経験になる為とミツは糸のみを作り、リックに渡すことにした。


「取り敢えずこれでやってみようか。釣り上げるのはリッケとプルンで良いかな」


「はい、釣り上げた時に魔法が飛んできたら危ないですからね。直ぐに対処できるように皆さんには戦闘態勢のままにお願いします」


「おう。任せておけ!」


「ニャ、いっぱい釣り上げるニャ!」


 釣りを担当するのはリッケとプルン。

 二人ならそこそこ力もあり、例えデルデル魚を釣り上げた時に魔法を打ち込まれたとしても素早く回避できる為である。


「えいっ!」


「ニャ!」


「さて、後は釣れるのを待つだけだな」


「そうだね」


「来ました!」


「こっちもニャ!」 


「「早っ!」」

 

 川に糸をたらしてほんの数秒足らず、二人の糸は引っ張られ釣り竿がぐぐっと撓っていく。

 余りにも早すぎる食い付きに、ミツとリックは下ろしかけた腰を素早く上げることになった。


「と、取り敢えず巻け! 逃げられる前に陸に上げちまえば後は倒すだけだ!」


「はい! んっ……あ、あれ?」


「ニャ!?」


 撓る竿を持っていかれないようと力を入れていた二人の竿が、突然静かに動きを止めてしまった。 


「んっ? どうした二人とも」


「いえ、突然引っ張る力が抜けた様な……」


「こっちもニャ……。あっ!」


 魚がばらけてしまったのかと思い、二人は静かに糸を引っ張り上げる。


「げっ!? 何だありゃ」


 糸を川から引き上げると、餌をつけた針先には何か食いついていたが、それは皆が思っていた物とは違う物であった。


「ねぇ……。あれってデルデル魚の頭部分じゃないの?」


「なんだか胴体部分は食い千切られた感じだっちゃ」


「あー。やっぱりそうなるか」


「マネさん、どう言う事なんですか?」


「んっ……。えーっと」


 川から引き上げたのはデルデル魚の頭部分。

 胴体は無いのか、既に亡骸となり悪質として鑑定に表示されている。

 マネはリッケの質問に答えようとするが、先程姉のヘキドナに注意されたばかりの彼女はどこまで話してよいのか分からないのか、少しだけ目を泳がせてしまう。

 そんな妹の姿にヘキドナはフンッと鼻を一つ鳴らす。


「フンッ、簡単な話だよ。あの魚は釣り上げられる仲間を食い殺すんだよ」


「えっ!?」


「えーっとな……。あたいらもお前達に似た依頼を受けた時、同じ様に釣り上げる方法を取ってみたんだよ。その時もあんた達が釣り上げたあのデルデル魚のように、頭部分しか釣り上げることができなくてよ」


「共食いって奴ですか……。でも如何してそんな事に?」


「んー。あのモンスターの性質なのは分かんねえんだけどよ、あたい達みたいに討伐が目的ならあんた達はこのまま頭だけでも釣り上げてギルドに報告でもいいんじゃないかい?」


「あー。確かに……。じゃ、討伐報告はこれで……」


「駄目ニャ駄目ニャ!」


 マネの言うとおり、リック達が受けた依頼は討伐依頼であるので彼女の言う事に問題はないとリックが声を出したとき。

 プルンはリックの言葉を止めるように声を張り上げる。


「デルデル魚の素材はミツのナックルを作る為に必要な素材ニャ! 爺がどの部分を使うか知らニャいけど、頭だけじゃ絶対駄目ニャ」


「ミツ、そうなの?」


「うん。一応ガンガさんからは素材を持ってこいと言われてるね」


「そうですか……。ではミツ君の為にもデルデル魚は素材も持ち帰る方法を考えましょう」


「えっ? 良いの?」


 問題なく依頼のみを遂行するならば、下手に無理に別の方法を取らずとも、後にミツは独断でまたこの川に来ては〈スティール〉若しくは〈吸引〉のスキルを使いデルデル魚を川から出す事も可能である。

 しかし、それを今やってしまっては彼らにとっても後の成長を止める方法でもあり、それはミツが側にいなければできない策にもなる。

 魚を相手にミツがいなければ戦えないなどと、そんな不名誉な言葉は彼らに与えたくないのだ。


「賛成。良いの良いの、それにあれをギルドに持ち帰っても、報酬は依頼分だけだけど、素材も渡せば報酬も増えるもんね」


 目先の目標があったのか、兄の言葉にリッコは二つ返事に承諾する。

 後に続く様に、ローゼやミーシャ達からも賛成と言葉が飛んでくる。


「ありがとう皆、取り敢えず自分はちょっとガンガさんにデルデル魚の必要な部分を詳しく聞いてくるね」


「おう、お前が戻ってくるまでには一匹くらい無傷の奴を捕まえといてやるぜ」


 ミツは皆へと感謝を伝えた後、トリップゲートを出しガンガの居る場所へと移動。

 リックは槍ではなく釣り竿を片手に持ち、反対側の腕をトンッと自身の胸を叩く

 彼の意気込みは嬉しいが、シュー達の視線から見てそれはやはり難しいのだろう。

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