第197話 帰国する者達

 ミツの今迄の功績を称え、今多くの者が彼のアルミナランク昇格の為と羊皮紙に筆を走らせる。

 羊皮紙はフロールス家、領主婦人のエマンダが持っている中で一番高価な奴を譲り受けることになった。 

 普通の羊皮紙とは違い、どうやら錬金術で作られた特別性の羊皮紙を提供してくれたようだ。

 世界でただ一つ、それに書き示される名前の数々は、正に四国同名を結んだ時に交した契約書と変わらぬ重さがあったのかもしれない。

 エンダー国のレイリーから筆を走らせ、一人、また一人と名を書き示す。


「まさかこの場で印を示す事をするとは思いませんでしたな」


「それが王妃様の判断とお望みであり、我々の言葉などいらぬ」


「はい……。かの少年への繋がりは正に王妃様の果断にございます。更に人族でありながら、獣人、エルフ、魔族に差し出す手は無視できますまい……」


「あの者が既に他国の者となればこの場の話も無かったかもしれぬ。全く、珍妙な小僧だ……」


 回される羊皮紙を視線で追いながら、レイリーの息子ジョイスと左大臣のアンドルがボソリとそんな事を話す。

 その後セレナーデ王国の二人の王子と、ローガディア王国のエメアップリアとバーバリ、そしてセルフィが羊皮紙に名を書き側に控えるゼクスへと渡す。

 これで9人分の名が書き示された。

 ゼクスはミツへと視線を向けた後、羊皮紙を持ち彼へと渡す。


「ミツさん、僅かな時を刻むこの間、私の思った以上に貴方様は強くなられました。いえ、元から貴方様はこれ程のお力を秘めていたのかもしれません」


「自分はゼクスさんとお会いした時は、まだまだ冒険者としても新人でした。今も本音を言うならば、経験や考えはまだまだ新人冒険者と変わらないのかもしれません。そんな自分が皆さんに評価され、期待されたこのお気持ちを無駄にしないようこれからも日々精進し、頑張らせて頂きます」


「結構……。それでは貴方様は賢いお方です。こちらに名を書いて頂く人をお忘れでは無いとは思いますので、どうぞ……」


 ゼクスは羊皮紙をミツに渡した後、道を開けるように横にずれる。

 彼の差し出す手の先にはダニエルがこちらを見ていた。

 ミツは席を立ち上がり、ダニエルの方へと近づく。


「ダニエル様、この度は幾度も自分の為に場の提供やこの様な羊皮紙をご用意頂きましてありがとうございます」


「いや、この場で君に場を与える事は我々にとっても名誉な事。感謝はすべきは私にある。それにその羊皮紙は元は妻が持っていた物。その言葉は彼女にしてあげてくれ」


「はい。エマンダ様、ありがとうございます」


「感謝など勿体無い。そのお言葉で私めは十分にございます。貴方様のアルミナランク承認の為に使われました羊皮紙ならば、寧ろ私は感激と喜びにも感じております」


「ダニエル様。よろしければダニエル様のお名前をこちらに頂けませんでしょうか。庶民に、また種族差別なく手を差し伸ばしますダニエル様程の尊敬すべき貴族様は自分は知りません。貴方様の名を頂けますなら、この場にて四国の繋がりを強める働きを、自分はできる事の力をお貸しいたします」


 ミツの言葉に、その場にどよめきが走る。

 彼の信頼すべき相手の名はダニエル・フロールス。

 ただ広い領地を持て余しているだけの領主だという評価は消え、代わりに強者の信頼を深く得た者として見る者の目は変わった。 

 また、ミツが側にいる事に変わりない発言をした事に、もしフロールス家に何かしら悪意や嫌がらせなどしたら、フロールス家はそれに抵抗するだろうが、ミツもそれに手を貸すかもしれない。

 自身の領地に竜を送り込まれてしまうかもしれない。

 天使様を使い、街や村人に捌きを与え、天変地異を起こし、領地を破壊するかもしれない。

 そんなミツが思いもしないような予想を、周りの者は無駄に頭の中で走らせていた。


「……」


「ダニエル様……」


 ダニエルはその言葉に自身の目頭を抑え、言葉を止める。

 

「すまない、私への言葉は我がフロールス家へと向けられた言葉。君の言葉にこちらこそ感謝を返させていただこう。喜んで私も名を書かせて頂きたい」


「はい。よろしくお願いします」


 これで10人分の名が揃った。

 ダニエルが名を書き終わり、ミツに羊皮紙を返すと周囲から拍手が巻き起こる。

 その場におめでとう等の言葉は出ずとも、周りの者はこの場でフロールス家とミツの絆は更に深い繋がりが、まるで目に見える様に感じたかもしれない。

 

「では、要件も済ませた。妾達は国へ帰らせて頂く」


 レイリーのその言葉に場が慌ただしく動き出す。

 数日とフロールス家に滞在していたレイリー達の荷物は既に馬車に積まれており、外で待機した状態である。 

 レイリーに対してアベルとカインは王族的な挨拶を済ませた後、セルフィやエメアップリアもレイリーへと挨拶を済ませる。

 その間、レイリーが長く屋敷に滞在したこともあり、左大臣のアンドルからはフロールス家に多額の滞在費が払われていた。

 屋敷の門まで見送りに来たのはその場で挨拶をしなかった者達。

 どうやらその場で別れの挨拶を済ませた後、更に屋敷の外まで見送るのは無粋な行いになるそうだ。

 まあ、例えるなら相手に対してさっさと帰れと急かしている様な物だろうか。

 レイリーが馬車に乗り込む際、ミツを呼ぶ。


「童よ」


「はい、レイリー様?」


「童が今回この場にいたことは妾だけではなく、他国の者にとっても珍客であったろう。しかし、妾は童の存在にてこの度は楽しむことができた」


「ありがとうございます。自分もレイリー様にお会い出来た事に感謝の思いです」


 ここでレイリーに会えた事を強調した物言いが彼女の機嫌を上げたのか、ほくそ笑む程度にレイリーの頬が上がる。

 そして、彼女は左大臣のアンドルを呼び寄せる。


「うむ。無知な童の返答にしては良き返しである。……アンドル」


「はい。冒険者のミツ殿。この度はフロールス家の者の皆様も含めさせて頂き、貴殿には大変お世話になったことを礼をもうしたい」


 恭しく左大臣のアンドルが頭を下げる。

 左大臣って結構偉い人じゃなかったか?

 そんな偉い人が自分なんかに頭下げても良いのかと、ミツは内心そんな事を思っていた。


「いえいえ。折角長旅にここ迄来られたんですから、良い旅であればそれで良かったです」


「王妃様より、貴方様へこちらは礼物となります」


「これは? スクロールですか?」


 アンドルは銀色のトレーに、三つの羊皮紙をスクロール状態に丸めた物を彼の前に差し出す。


「はい。一つは我がエンダー国の入国許可書。一つはエンダー国の街への手形。そして最後は王妃様の謁見する際に使用する手紙でございます。この三枚がございましたら、人族の貴方様でも我がエンダー国へと足を踏み入れることが可能となります」


 アンドルが差し出してきた羊皮紙は魔族の国、エンダー国の入国許可書であった。

 国へ入る際の関所、それと街や村に入る際にこれを見せれば、人族のミツが面倒な事に巻き込まれることも無く、すんなりと入国することができるだろう。


「えっ? 良いんですか?」


「物欲の無い童にはこれで十分かと」


「はい。ありがとうございます!」


「よきに……。それではフロールス家の者よ、童よ、また会うときまで息災であれ」


「出発!」


 ジョイスの掛け声に馬車は動き出す。

 長々と続く馬車と騎兵を見送りつつ、最後尾に居たスリザナが大きく手を振っていたのでミツは彼女へと手を振り返す。


「ここからエンダー国まで、馬車だとどれぐらいかかるんですかね?」


「そうですね……。あのスピードならば一ヶ月と言ったところでしょうか」


「け、結構遠いですね……」


「ホッホッホッ。四国の間にありますこのフロールス家だからこそその日数にございます。さっ、ミツさん、中でお茶でも如何でしょう」


「はい、頂きます」


 エンダー国の馬車がフロールス家を離れ、街を出てから空が薄暗くなる頃だろうか。

 彼らは予定としてた経路から離れ、今は森の中へと動きを止めていた。

 

「ほんに、童には楽しませてもらった……」


 ヒュドラの龍玉を乗せた荷台を眺めつつ、王妃レイリーはご機嫌に笑みを作る。

 そこに走り駆け寄る一人の兵士が近くで膝をつき、連絡を告げる。


「報告いたします! 追尾者の影は無しとスリザナ様からのご連絡」

 

「うむ、連絡ご苦労。恐れながら……。ジョイス様、ファントムをお借りいたします」


 報告を受けたアンドルは踵を返し、ジョイスへと膝をつく。

 ジョイスは一度母であるレイリーに視線を向ける。

 レイリーは龍玉に今は夢中なのか、彼の視線には気づいてはいないを。


「あれ程の龍玉。使える時こそ活用せねば……。フッ、あの小僧の思いつきが我らにこうも良き働きを見せるとはな。ファントムよ……ゲートを出せ!」


「「「はっ」」」


 ファントムと呼ばれた三人が身を隠し、誰も居ない場所へと手をかざす。

 また三人の反対側の手はヒュドラの龍玉に触れている。

 ブォンっと音とともに、彼らの前には〈トリップゲート〉が現れる。 

 その先には、数日かけなければ行く事のできないエンダー国の道中に差し掛かる街の姿が映し出されていた。

 トリップゲートは人族の中では失われたロストスキルと言われているが、魔族の国のエンダーでは使用者は数百と存在している。

 しかし、やはり使用者の魔力(MP)の残量に関して行ける距離と通れる人数が限られているために使い勝手は良くはない。

 しかし、ファントム三人の魔力を合わせ、更には魔石の効果も出す龍玉を使用する事に、目の前の様にゲートを出すことが可能となるのだ。

 エンダー国のレイリーの性格を考えると、一ヶ月近くも馬車の移動など耐えれる訳もなく、彼らはこうして移動の2/3を〈トリップゲート〉で移動して来ていたのだ。

 龍玉の魔力は30万もの力を秘めていても、使用者である三人のファントムの魔力がミツの1/10も無い為に、それ程エンダー国の城近くまでは移動ができない。

 その為数回に分けての移動となるのだ。

 それでも今迄の移動と違い、龍玉の存在にて彼らは僅か2日で国に帰ることができている。

 レイリーが武道大会を見切り、早々と国へ帰ったとしたら、まだ彼らは馬車の旅を続けていたのかもしれない。

 レイリーが国へ帰れば、彼女は魔王である夫にこれ迄の話を珍しく上機嫌に話すこととなる。

 それは本当に珍しく、魔王の側近達も驚く程。

 そして国の土産として運び込まれた龍玉に魔王は口をあんぐり。

 レイリーの娘達も慎みを忘れ唖然の表情を作ったそうだ。

 レイリーは話す事が多すぎて、後を左大臣のアンドルに説明を投げる。

 彼も武道大会での出来事から、裏で調べていたミツのこれ迄の行いを自身でも疑問符を浮かべてしまいそうであったが、なんとか説明を続ける。

 そして、バロンとの模擬戦の話をすると、魔王はこう言葉を残した。


「えっ、何それ怖い」


 魔王ですら呆れる土産話。

 魔王はミツを警戒対象と判断し、こちらからは手を出すことを禁止する言葉をレイリーに告げる。

 その対応が正しかったのか、レイリーは頷きのみを返す。

 しかし、中にはミツを愚かにも危険人物と思ったのか、暗殺すべきだと口を滑らせた者が数名いた。

 その時レイリーは眉一つ動かさなかったが、後にその発言をした者達は理由なき死を迎え、水路にてその亡骸が発見されてしまう。

 

 暗殺された者達の理由は明らかにレイリーの怒りを買ったと直ぐに噂が流れ、魔王は改めて冒険者のミツに対して敵対的行動は取ることを禁止する王名を流した。

 遠く離れた外つ国にて、ミツも知らぬ間と彼の身の安全が王妃レイリーの気まぐれにて可決する事となる。

 レイリーが何故ここ迄ミツに対して恩義をはかるのか。

 それは別れ際のミツからのお土産が決め手となっていた。

 帰国の道中にでもと、彼が渡したヒュドラの肉が彼女の気まぐれを引き起こす引き金となったのかもしれない。

 ヒュドラの肉はやはり魔王も驚く一品。

 改めて食事するヒュドラの肉は二日前に食べた時よりも肉の旨味が増幅していた状態。

 それはミツのアイテムボックスが関係したことでもあった。

 ヒュドラを討伐した後、ミツのアイテムボックスに収納された肉は、時間が止まり、腐敗などしない新鮮な状態。

 だが、肉と言うのは実は数日と日を置いたほうが肉の旨味も増加し、より美味しくなるのだ。

 レイリーがミツから肉を受け取って二日の帰路の間と、ヒュドラの肉は熟成肉として酵素の働きで保水性が高まり、アミノ酸やペプチドが増して味や香りが良くなっていたのだ。

 その分魔王の家族、また親戚は美味いヒュドラの肉を口にする事ができたであろう。

 

 レイリー達が屋敷を出た次の日にはローガディアのエメアップリア達も国へと帰ることになった。

 それはミツがルドックから感謝の言葉を受けるその時。


「この度は一兵たる俺……。いえ、私にめに希少な薬を分け与えて頂いたことに感謝申す!」


「うむ。ミツよ、ルドックがこうして動けるようになったのも、我からも礼を言うっての。お前は我等ローガディアの恩人。この場にて世話になった者一同礼を貴殿におくるのね」


 エメアップリアの言葉の後、バーバリ、ベンガルン、チャオーラ、ルドックが改めてミツへと頭を下げる。

 バーバリは団長としての立場もあり、仕えるべき主人の元に帰るきっかけを与えてくれた事に対して。

 ベンガルンはそんな兄であるバーバリの戻りと、同期生であり友のチャオーラとルドック、二人の復活の喜びに。

 チャオーラは一度は失ってしまった腕をミツのスキルで元に戻し、エメアップリアの私兵に戻れた事に対して。

 そしてルドックだが、武道大会の試合中に毒を受けてしまい倒れた自身へと、ミツがバーバリに渡した竜の血で自身を治してくれたことに対して。

 彼らの気持ちが周囲の獣人の兵士達にも流れたのか、彼らも戦士の礼として敬礼をミツへと向けられた。


「皆さんお元気になられたようで良かったです。まあ……、約一名は怪我もしてなければ、ご自身の身勝手な理由で居なくなって、守るべき主を不安にさせてましたけどね」


「ぐっ……」


 謙遜的な言葉を返しつつ、ミツはバーバリへとチラリと視線を向けながら彼へと不敵な笑みを送る。

 自身でやった事に反論もできないバーバリは、ヒクヒクと頬を動かすことしかできなかったようだ。

 二人のやり取りに、思わずエメアップリアが笑いだし、チャオーラ達も笑いを抑えるように口元に手を添えていた。


「アッハハハハ! うむ、お主の言うことは間違いないっての。さて……」


 笑いをこぼした後、エメアップリアはスッと表情を変え、真面目な雰囲気をだし口を開く。

 幼い少女の彼女であっても、王族の風格を持ち合わせているのか。

 周囲の者達も身を改め、兵としての面構えを揃える。


「ミツよ……今回の大会では我は無力な者だと痛感させられた……。バーバリが我の前から姿を消し、大切な私兵であるチャオーラやルドックを失う所であった」


「「「……」」」


「我は明日にはここを立つ。国へと戻り、今回の事は父上であるローガディアの王に全てを話す事になる。父上はたいそう驚くであろうが、今回の旅は我にとっては良い勉強となった。我は王の娘である前に、王女としての役割をもう一度学び直しだと側仕えからも言われたのね。国では何か起きれば父上や母上、もしくは周りの者が次の日には何も無かったように問題を片付けてくれた。だが、それでは我は何も学べぬ。チャオーラが側から離れた時点で我の足元は崩れておったが、あの場で踏ん張る事ができておればまた違った判断もできたのかもしれぬ……」


「エメアップリア様……」


「お主がその様な顔をするではない……。そうだ、今回はお主と共に国へと帰ることはできなかったが、ミツが我の国へと足を向けた際は我は手を広げ、父上達と共に歓迎の宴をしようではないか。その時が来れば我は今よりも王女として大きく成長した姿を見せることができるであろう」


「はい。自分もその時は更に身を精進させた姿をエメアップリア様へとお見せすると思います。共に今後の成長(特に身長)を頑張りましょう」


「……うむ! 約束である。来季となれ、また顔を見せることがあれば、また我の私兵と共に戦ってお前の強さを見せてくれっての。その時は父上や母上と一緒にお主の戦いを楽しませてもらうのね」


「はい。お約束いたします」


「「「(おいおい……勘弁してくれ。誰かこの二人を止めて……)」」」


 エメアップリアとミツの話を聞きつつ、それを内心でそんな言葉を漏らす兵の者達。

 しかし、自国の王女の言葉は、自身に厳しくムチを打つ言葉でもあるので苦笑いを彼らは二人に送るしかできなかった。

 バーバリの大剣の事にも改めて話が出たが、ゼクスとの会話も彼らに伝えるとやはり苦い顔をされてしまった。

 貰えるものは国としても嬉しいが、今回バーバリに渡した大剣はミツからの個人的な贈り物であり、ゼクスの助言にもあったが、それは国が管理すべき物ではないと言いくるめる事にした。

 何から作られた大剣なのかを知らねば、他の者が気づくことなど無いのだから。

 だが、この場にいるものには知れ渡った事実だけに、国へと帰れば嫌でも直ぐに知れ渡るかもしれない。

 しかし、渡した相手がバーバリ程の猛者ならば納得する者が大半である。

 反論する者がいればそれはミツに対しての敵対的な行動としてその者は見られる恐れもある。

 そんな事になれば、自身の首と体が永遠にさようならする事態にもなる事、それを理解させるのが帰る者たちの役目でもある。

 エメアップリア達の帰路には主に船が使われる為、行きよりも帰りは彼らは早く国へと帰ることになる。

 エンダー国の者たちと比べるほどではないが、行きは彼らも一ヶ月近くかけて来ていたが、帰りは一週間の船旅で帰る事ができるそうだ。

 予定通りに彼らも次の日にはフロールス家の屋敷を出る事になった。

 バーバリとゼクスの二人の会話の邪魔はせず、ミツはチャオーラと話していた。

 その光景を遠目に見るベンガルンとルドックは、チャオーラがミツと和やかに会話する姿に彼らはムムッと眉間にシワを寄せ、危機感を感じていた。

 それは彼女はミツに対しての距離感が自身達と話す時よりも明らかに距離も近く、彼女の尻尾が先程からユラユラと動いているからかもしれない。

 この三人は共に主を守る兵の前に、幼き頃からの幼馴染でもある。

 勿論子供の頃にはなかった恋心と言う物がいつの間にか二人には芽生えていたが、それを向けられている本人であるチャオーラは主となったエメアップリアに付きっきりだけに恋愛感情など、無縁な日々を過ごしている。

 三人は共に剣の修行や訓練に血や汗を流していたらこそ、チャオーラにとっては二人を教者として見ることができなかったのもあるかも。

 目の前の少年ともう少し話もしていたいが、彼女は名残惜しい気持ちを抑え、チャオーラはエメアップリアの近くに控える。


「それでは、フロールス家の者たちよ。長く世話になったのね」


「エメアップリア様、本日の別れを我々は誠に残念と思います。また貴女様にお会いできる日を心よりお待ちしております。次に来られる際は、是非ともお父上様、もしくはお母上様とお越しくださいませ。フロールス家は皆様を心より歓迎いたします」


 貴族的な挨拶をダニエルが口にすると、エメアップリアはうむと頷きを返す。

 彼女にとっては今回の旅は大きな経験となったかもしれない。

 困難な事が多すぎたが、それはローガディアの王、彼女の父も思いもしなかった結果であった。

 しかし、結末は彼女の目の前に立つ少年の幸運が流れ、こうして今この街に足を踏み入れた時と変わらぬ顔を揃え国へと帰ることができる事は彼女自身も運が良かったとしか言葉が見つからない。


「ミツよ、貴殿とは今後も四国の同盟と変わらない友情を結びたく思うのね。そこで之はお主に世話になった礼として受け取って欲しい。バーバリ」


「はっ! 冒険者のミツよ。我が王女、エメアップリア様はまた貴殿とお会いすることを望まれておる。貴殿が我が国に足を踏み入れる際は、これを入国時に渡すが良い。それを渡せば直ぐにでも我々、獅子の牙に連絡が行く。さすれば王家に我々が共に同行し、早期の謁見もできるであろう。また入国するだけならそれを見せるだけでも関所も楽にと通れるだろうて」


 バーバリから渡されたのは銀色のメダルの様な品物。

 これも通行書の役割を果たすのか、バーバリやベンガルンも同じ物を腰のベルトにつけている。


「それは助かります。エメアップリア様のお心遣い、誠に感謝いたします」


「うむ。本当なら獅子の牙を通さずとも、エンダー国の王妃のように、我のとこまでの一本道を作りたかったが、スマヌな……我のできる事はここ迄なのね」


「いえいえ。エメアップリア様のお気持ちがなければ、自分がローガディア王国の方に行く事も難しかったかもしれません。本当に感謝しております」


「そ、そうか!」


 エメアップリアは後ろに控えるチャオーラやメンリルへと嬉しそうに笑みを送る。

 それに対して彼女達も良かったですねと保護者的な微笑みを返していた。

 どうやら彼女がこの提案を思いつき、周囲に相談したのだろう。

 王族の王女であってもできる事は限られる。

 しかし、限られる中で彼女の取った行動は、ミツと言う少年の足をローガディアへと近づかせる、大きな功績でもあった。


 さらばと大きな声を上げるエメアップリア。

 王女としては勇ましい別れの言葉を告げ、国へと帰るローガディアの御一行。

 長く続く兵の足並みを見送りつつ、ミツはゼクスへと話しかける。


「ゼクスさん、バーバリさんと何をお話しされてたんですか?」


「……。ホッホッホッ。いえいえ、ただの世間話でございますよ。またこの街にて祭りが行われる日を楽しみに待つとのことでした」


「えっ? バーバリさんって意外と賑やかな事が好きな人だったんですか」


「はい、あの方はそう言うお方でございます……」


 聞き耳スキルを持つミツであっても、先程チャオーラと話しをしていた為に二人の会話を聞いていなかったのか、ゼクスの内容は少し省かれていた事に彼は気づいていなかった。

 確かにバーバリは次の武道大会も楽しみと言葉を残したが、主にミツに対しての助言が会話の中に挟まれていた。

 やれあの小僧の戦いは雑だの、スタミナが足りないだのと、大会での戦いの内容だったが、それは遠回しにバーバリからの戦士としての助言である。

 ゼクスもそれに気づいては居たのだが、バーバリにそのことを伝えては、彼が口を閉ざしてしまうと分かっていた。

 ゼクスもそうですねと相手の言葉に同意を口にすれば、バーバリはそうだろうと次々と助言の言葉を無意識と彼は口にしていたのだ。

 会った当初は仲違いをしていた二人であり、堅物な性格のバーバリにあれ程に口を滑らせる事に、内心少しだけミツを羨ましく思うゼクスであった。


 ローガディアの一項が帰りの船に乗り、彼らが一週間もせずに国へと帰り着くには実は様々な事が起きていた。

 船は珍しくも海は荒れる事もなく、風も追い風と、船頭達も気持ちいいぐらいに船を動かすことに驚いていた。

 だが、日を重ねる帰国の道中には、やはりトラブルがあったのだ。

 彼らが国へ持ち帰る際、厳重な警備を置いて守っていたヒュドラの血を入れた大樽だが、これが問題を起こしてしまったのだ。

 船に乗り、三日目が立った頃、船を囲む程の魚型モンスターに彼らは襲われていた。

 異常すぎる数に異変を感じ、その原因を探すとそれはヒュドラの血を入れていた大樽の蓋が少し開いていた事が原因であることが判明した。

 血の一滴も川に流していなくとも、ヒュドラの血には独特の匂いがあるのか、それに引き寄せられる様にモンスターを集めてしまったようだ。

 本来獣人族のバーバリ達ならその様な匂いなら気づけたかもしれないが、数日とヒュドラの解体を手伝っていた為に、彼らもヒュドラの血の匂いに慣れが生じたのだろう。

 不覚にも船に大樽を積み込む際には、既に蓋が少し開いていたようだ。

 まぁ、例え船が魚型モンスターに囲まれたとしても、バーバリ達の対処は早かった。

 それは海に面した国を持つ彼らだからこそ、対応もできたのだろう。

 彼らが乗っている船は商人が乗る様な運搬船ではなく、王族も乗る事のある王国の船。

 魚型モンスターに対応した軍船である。

 モンスターの体当たりなど船には効果はなく、船からの一方的な槍や弓の攻撃がモンスターに降り注ぐ事になる。

 一通りモンスターを一掃した後、一番の大物が彼らの船に迫っていた。

 数多くのモンスターを倒したことに、流れた血で大型の魚型モンスターを引き寄せたのだ。

 流石に大型モンスターには槍や弓の攻撃は効果は薄い。

 だが、驚異的な大型モンスターに襲われたとしても、彼らは恐怖に恐れ震えることはしなかった。

 何故なら、船先に立ち、大型モンスターに負けぬ大きな大剣を向けた戦士が居たからだ。


 その戦士の名はバーバリ。

 ミツと言う少年から友情の証として受け取ったその大剣は、彼の闘気に赤く染まり、剣先が大型モンスターに真っ直ぐに振り落とされた。

 ブンッと振り落とされた剣は大型モンスターだけではなく、川に流れる水すらも真っ二つに切り分けてしまった。

 ここに一つ、伝説が生まれた。

 戦士バーバリは、剣の一振りにて全てを切り裂くと。

 思わぬモンスターに襲われたが、王国に帰る道中にある町や村にへと、倒したモンスターの肉などを振る舞うことができたので彼らにとっても良しと済ませたようだ。

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