第196話 アルミナランクの為に。

「貴殿、今なんと申した!?」


 突然声を上げるバーバリの言葉に、周囲にいるメイドや兵達の視線が集まる。


「ですから、それはバーバリさんにお譲りしますと言ったんですよ」


「なっ!? ま、待て小僧! このような品物、おいそれと受け取るわけにはいかん! お前はもう少し物事を考えて行動するべきだぞ」


 バーバリはミツの前にヒュドラの大剣を差し出した状態のまま驚きの表情。

 ミツはスッとその大剣をバーバリに突き返すように押し返す。


「そう言われましても……それを作った時点でその剣はバーバリさんに差し上げたつもりでもあったので。寧ろ返却されるとは思ってもみませんでした」


「はー……。お前と言う奴は……。それならば言わせていただくが、我にはこの剣を受け取る義理は無い。解体に必要な物だからこそ、貴殿から我は一時的に預かったまで。ならばこれの所有権は貴殿のものであることは間違いはない。謹んでお返しする」


「じゃー、所有権をバーバリさんに差し上げます。はい、これで良いですね?」


 正当な返答を述べたバーバリの言葉は、ミツの一言で簡単に片付けられてしまい、彼の口から牙を見せる表情を作らせてしまう。


「ぐっ! 貴様と言うやつは! それは屁理屈と言うものだぞ! 返す!」


「バーバリさんこそ、何でそこまでムキになってるんですか。差し上げます!」


「強情な奴め!」


「堅物な人ですね!」


「「ガルルルッ!」」


 これは見事などうぞどうぞの押し問答。

 旗から見ると二人はまるで大剣を相手に押し付け合いの相雰囲気に変わってきているのだが、二人の間に割って入る事ができる者などこの場では一人しか居なかったのだろう。

 彼はいつもの飄々とした笑いを零しつつ、二人の言い合う言葉を止める。


「ホッホッホッ。仲良き事は素晴らしきかな。お二人とも、ここは互いに一歩引く事が前に進む案ではございませんかな?」


「ゼクス、このわからず屋をどうにかしろ!」


「ゼクスさん、この頑固者をどうにかしてください!」


「何を!」


「何ですか!」


「ふむ……。まあまあ、お二人とも落ち着きなさい。さて、そうですね……。バーバリさんはその剣をミツさんにお返しするのは先程の説明で間違いないですか?」


「うむ。だと言うのにこの者は」


 ゼクスの言葉の後、バーバリはミツへとギロリと視線を向ける。


「なるほど……。ミツさんはバーバリさんに最初からお渡しする事を考えてその剣をお渡ししたと?」


「はい。それなのにこの人は」


 ミツも負けじと同じくバーバリへとジトっとした視線を送る。


「ホッホッホッ。でしたら簡単な話ですね。バーバリさん、ミツさんからその剣をお受け取り下さい」


「なっ!? ゼクス、お前もか!」


「はい。他者の気持ちを受け取ることは己の糧となりましょう。バーバリさん、覚えてますでしょうか? 私が貴方と幾度も剣を交え、後に私がローガディアの国を出る際に貴方様から頂いたあの真心」


「……それは確かただのナイフではなかったか? お前は魔物の素材を剥ぎとる際、持っていたナイフを折ってしまったではないか。だから我はその代わりをお前に与えたまで」


「はい。バーバリさんが私にお送り頂きましたナイフは、貴方様から見ても装飾も無い至って普通のナイフです。ですが、私はそのナイフにて後の生活に困る事なく、他の街に売る為の魔物を処理できました。相手の思いつきで差し出した品であっても、貴方様の手に持つ物は、決してあって困ると言う事もありませんでしょう。それは彼からの想いですので、どうかお収めください」


「お前の言葉は理解できなくもないが……これが何からできた剣なのかを、お前も知らぬわけではなかろう……」


 バーバリの手に持つ大剣をゼクスは見た後、彼は一度目を伏せる。

 そしてミツに視線を向けた後、彼はおもむろに首を傾げる。


「はて……確かこれは魔物の素材でできた剣ですね」


「いや……確かにそうだが」


 困惑するバーバリを相手にゼクスの対応に疑問を持つミツ。

 その瞬間、ミツはゼクスの考えがスッと理解できてしまった。


「……!?」


「我れが言っている事はそれではなく、使われた素材がな……」


「はい、ゼクスさんの言うとおり、それは魔物の素材で作った剣です」


「こ、小僧。お前も何を」


「ですので、それは金や宝石を使っている観賞用の剣ではなく、一般的に作られる大剣の様に、魔物の素材を使っています。ですので問題なくバーバリさんに差し上げる事のできる品ですね」


「ホッホッホッ。そうですね。見たところその辺の武具屋に置かれていても違和感などございません。おや、もしかしてミツさんはそちらでアレをご購入されたのでは?」


「ああ、そう言えばそうだったような気がしてきました。買った後にアイテムボックスに入れてたのを渡したのかもしれませんね」


「お、お前ら……」


 何とも無理やりにこじつけた二人の会話にバーバリは口をあんぐりと開け、とうとう諦めたのだろう。いや、それとも呆れたのか。  

 多くの者が注目する中で、ミツ本人が目の前でヒュドラの爪から作り出した大剣である。

 その辺の 武具屋で売買されるわけがない。

 バーバリはフンッと大きな鼻息を鳴らした後、無理やり自身を納得させたようだ。

 

 そこにバーバリの弟であるベンガルンがやって来た。 


「団長、話中に悪いがいいですか」


「んっ、どうした」


「はい。先程ルドックの奴が目を覚ましまして、姫様に挨拶とミツ殿に礼を申したいと」


「おおっ。そうか、やっと目を覚ましおったか。無論、姫様には多くの心配をかけさせておる。後にこのわからず屋の小僧にも顔を出させる故、姫様の待つ場に待っておれと伝えておけ」


「承知しました。んっ? ミツ殿、我らの仲間である、ルドックに龍の血を分け与えてくれた事に改めて感謝の気持ちを伝えたい」


「いえいえ。目を覚まされて良かったですね。後でこの頑固者の団長さんと一緒に行きますので、どうぞよろしくお伝えください」


 親指を使い、互いに指を差し合う二人にベンガルンは少し困り顔。


「は、はあ……。あの、ゼクス殿」


「はい、ベンガルンさん? 如何されましたかな」


「いえ、その……。二人はまだ仲違いを……?」


「……。ホッホッホッ。いえいえ、これは互いの照れ隠し似ございますゆえ、お気になさらず」


「「なっ! 誰がこんな人(奴)と!」」


「ホッホッホッ」


「は、はあ……」


 場の後片付けは兵やメイド達に任せ、ミツはゼクスとバーバリと共に王族の待つ多目的ホールへと移動。

 その場ではヒュドラの肉を使用した食事に満足したのか、ご機嫌状態の彼らが待っていた。


「さて、幾度も足を向けていただきすまない、ミツ殿。貴殿のご行為により我々は良き食事を口にする事ができた。感謝申す」


 マトラストのその言葉より話し場が始まる。


「いえいえ。皆様の料理はこちらのお屋敷に仕えます料理人が作られた品。皆様が美味しく食事ができたと申されますなら、その言葉は私にではなく、料理人に是非ともおかけください。私は食材を渡したまでです。例え食材が一流の品としても、それを扱う者の技量なしでは皆様をご満足させることはできないと思いますので」


「うむ。貴殿の言葉は間違いではない。では改めて後にフロールス家の料理人へと言葉をかけよう。ダニエル、スマヌが後でその者を呼んでくれ」


「はっ。殿下のお言葉を頂けるだけでも料理人だけではなく、私めも最高の喜びでございます」


 カインの言葉にダニエルは喜びの顔。

 彼にとっては王族は忠義を尽くす相手。

 彼らの会話に場が和む。

 その中、エンダー国のレイリーがミツへと話しかけてくる。


「童よ、妾の言葉を聞くが良い」


「はい。レイリー様」


「よきに……。童よ、これ迄の妾達への行い、それを称えとし、貴殿に褒美を与える事とした」


「褒美でございますか?」


「フッ……。無知なる童は無欲でもあるか? ここ迄の行いを受けた妾に何もせずに国へ帰れと童は申すか……。それはいささか妾達へと不快とする行いでもある事を知恵として学が良い」


「はい。レイリー様の深いお心遣い、それに気づけずに失礼しました」


 恭しくレイリーへと謝罪を告げるミツに彼女は一言入れる。


「うむ。無知なる童を妾は許す。しかし、童に褒美を与えたい所だが、妾達は元はただの遊物を観に来たまで。童の満足する財を持ち合わせてはおらぬ。よって、貴様の言葉を前向きと受け入れる為、欲を申すがよい」


 それはレイリーだけではなく、元々四国の友好会を兼ねた武道大会に顔を向けた人々の集まり。

 ミツの様なイレギュラーに出くわすなど思うはずがない。

 彼らが持つ物といえば国の往復分の資金の旅費程度。

 レイリーにその言葉を受けたミツ。

 すると少年を見るセルフィの視線はニヤリとほくそ笑む表情を浮かべていた。

 何やらいやらしい視線と感覚にそちらに視線を向けるミツは、彼女の考えが一瞬分からなかった。しかし彼女が自身の胸元にトントンと指先をあて、何かを示す仕草を見せる。

 その瞬間、あっと彼は彼女が伝えたい事が何なのか理解した。


「……そのお言葉だけでも十分と言いたいですが、レイリー様のご好意。折角なので申させていただきます」


「フフッ。良い、妾は童を気に入った。歳の近い娘を要求したとしてもそれを妾は快く受け入れるとする」


「「「!?」」」 


 さらりと自国とミツに繋がりを作ろうとするレイリー。流石に突然の言葉に周囲の視線が彼女に集まる。

 レイリーにはジョイスを含めると4人の子供が居る。

 その一人でもミツと婚姻を結ぶことができれば、エンダー国の軍事力は今の倍以上……いや、それ以上になる事は間違いはない。

 他国の者達にたらりと汗を流させる発言は、ミツの笑い声にあっさりとかき消されてしまった。


「はははっ。そこまでおっしゃっていただけるなら自分も嬉しく思います。まぁ、娘さんのお話は今回は無い方で……」


「……今のはただの戯れ言。では、童は何を求む? 財、言葉の力(権力)、若しくは領地を求むか?」


 ミツの返答が分かっていた様に、彼女は嫌悪な雰囲気を出すことなく話を進める。


「そうですね……。それではこれは自分の事だけに、レイリー様だけではなく、皆様にもお願いがございます」


「「「……」」」


 ミツは周囲に視線を向けつつ、もう一度レイリーへと視線を合わせる。


「よい、遠慮なく申すがよい」


「はい、ありがとうございます。あの、自分は数日前にグラスランクの冒険者となりました。この事に関して、皆様にお話がございます」


 彼の言葉に眉尻を上げる者、また下げる者。

 それは彼の見た目の年頃では決してあり得ない冒険者ランクである事に対してと、この場でその話を持ち出す意味を困惑させる発言でもあった。


「なんじゃ、そのランクとは?」


 レイリーはランクの意味を求め、ミツの言葉を止める。

 

「ミツよ、母……。王妃様はグラスランクの説明を求めておる。分かりやすく説明するが良い」


「レイリー様、ジョイス様。大変失礼しました。それでは……」


 冒険者ランクの意味を知らない者はエンダー国の者に多いのか、ランクとは何だと言う小声がチラホラと聞こえてきた。

 冒険者は元々人族が主に活動した組織であり、群れをなすことを好まない魔族にとっては物珍しい物でもあるようだ。

 ジョイスに説明しようとするミツの言葉を止めるように、今度はカルテットの国側からセルフィが発言する。


「失礼。エンダー国のレイリー王妃。彼が言う冒険者には、強さに応じてランク付けがされておることを私がご説明させて頂きます。少年君、いいかしら?」


「セルフィ様……。はい、よろしくお願いします」


「うん。冒険者と言うのは王族の皆様にはご縁のない話ですが、貴族の中にはまれにおります。それは家を継ぐ事のない次男三男と言った者達です。またその冒険者の8~9割は少年の様に庶民の者が多く、冒険者となった者は己の力や技、または財を求める者が多く、その中に格差としてランク分けがされてます。彼が先程申しましたグラスランクとは、冒険者として主に熟練者がなる立場です。ですが、彼はまだ若き人族。しかし、歳にしては力は皆様が知るように底が知れません。グラスランクの上には、フロールス家の執事であるゼクスも元冒険者として経験しましたシルバーのランクがございます。ですが、ヒュドラを討伐した者にシルバーの冒険者では釣り合いが取れません」


「ならば……童をいかがすると」


 口元を扇で隠し、ミツへと見据える視線を向けるレイリー。

 その視線に笑みを返すミツをみて、マトラストは目を見開き言葉を漏らす。


「……まさか」


「辺境伯様はお気づきになられましたようですね。……私、セルフィ・リィリィー・カルテットは、冒険者のミツ、少年君を冒険者ランクの最高である、アルミナランクを推薦します」


「「「「!?」」」」


 アルミナランクと言う言葉に、周囲からはどよめきが走る。

 ゼクスの様にシルバーの冒険者は居るのだが、実は、アルミナランク冒険者は今は何処を探してもそんな者は実在していない。

 アルミナランクの冒険者が最後に存在していたのはセルフィもまだ幼い数百年もの前になるのだ。

 その様なランクを目の前の少年に与えるべきなのかとミツを見る者は次第と眉間を寄せるが、数日前に自身の目で見た彼の戦いは人の力を超えている。

 逆にアルミナランク等と言う、幻のような称号を目の前の少年が抱えていた方が、何故か納得する所もあるのだろう。


「ア、アルミナとは……。いや、彼の力を考えればそれが正しい判断なのかもしれん……」


 マトラストの洩らした言葉に周囲の者が難しい表情を作る。

 彼等の言葉を待つことなく、セルフィは話を続ける。


「そこで彼がアルミナランク冒険者になる為にも、皆様からも推薦を頂きたいと思います。推薦するべき枠は10人分以上。王族の皆様から、武勲優れた兵の皆々様。どうかご協力をよろしくお願いします」


 アルミナランクになる為には10人分以上の承認を必要とする。

 それは外つ国を渡り、その国での王族貴族の信頼を得なければその者の承認を得ることができない。

 例えばセルフィの実家があるカルテット国から、歩いてローガディア王国まではどれ程かかるのか。

 ミツがトリップゲートを持っていなかったとして、行ったことのないこの二国を行き来するだけでもどれ程の日数がかかるのか。

 それは数カ月と時を刻むのは確実である。

 今この場所、この部屋に四国の代表者が揃っていたこと、また彼等の信頼を得る事のできた彼は運が良かったとした言葉が見つからないかもしれない。


「よきに……。妾はセルフィ嬢の願いも含め、童の希望に応えるとする。童よ、その10人分を我がエンダー国の者で埋めても良いのか?」


「えっ!?」


 レイリーの思わぬ言葉に、思わず疑問的な返しをしてしまうミツ。


「……何か、妾が誤りを?」


「いえ、レイリー王妃のお気持ちは、誠にありがたく思います……。ですが、全ての枠をエンダー国の方々で埋めてしまっては、彼はエンダー国の者と見る目が大半となります。何処の国にも仕えないと言った少年君の意思を今回は受け取り、四国から平等に推薦を与えようとの思いです」


「……なるほど」


「ヒュドラの討伐を直接目にしました私セルフィとフロールス家のゼクス、そしてローガディア王国のバーバリ様より彼のアルミナランクの承認として推薦させて頂きます。参加できます条件としまして、王族ならば無条件ですが、貴族でしたら伯爵以上の権力者。冒険者ならばシルバーとして豊富な経験者以上の者。そして国の王に仕える騎士団長クラスの方。その条件を通らなければ彼のアルミナランクを推薦する事などできません」


「よきに……」


 口元を扇で隠し、一度目を伏せるレイリー。 話の区切りのチャンスと、エメアップリアが席を立ち、身を乗り出す思いと声を出す。


「セルフィ殿、それは私も友好者であるミツの力になれると言うことであろうか!?」


「はい、エメアップリア様。勿論です」


「よし! バーバリが承認したと言うのに、私がその提案を受けぬ話はないっての。我、ローガディア王国のエメアップリアはミツのアルミナランクになる為の承認をするっての!」


 エメアップリアの言葉の後、獣人国側の兵達から拍手が巻き起こる。

 

「分かりました。それではローガディア王国からはエメアップリア姫君と、獅子の牙団団長のバーバリ様のお二方」


 口元を隠していた扇をパシッと音をたてながら閉じた後、レイリーがスッと立ち上がり扇の先をミツへと向ける。


「では妾からは、余と子息のジョイス、そして左大臣の名を童に与えよう」


「ありがとうございます。一応確認を。ご子息様のジョイス様は宜しいのですか?」


「無論。王妃様のご希望とあれば、その程度は些細なこと」


「勿論にございます」


 セルフィの言葉の後、ジョイスとアンドルの二人もレイリーの言葉は絶対と言う気持ちに二人は抵抗もなく首を縦に振る。

 そして、獣人国同様に、エンダー国の兵達からも拍手が巻き起こる。


「では、エンダー国より、王妃レイリー様、王子ジョイス様、左大臣様のお三方」


 二国からミツをアルミナランクにする為と、名を出したものが居る。

 ならば次はあの国だろうと、視線が向けられる。

 アベルはスッと席を立ちあがる。


「ミツ殿よ、我々は貴殿に幾度も失礼な事をしてしまい、気分を害した事もあったろう。だが、貴殿は我が国にも厚い思いと手を差し伸ばし、そして我々は救われた……。詫びの言葉のみで済ます話では無い。だが、これはその詫びの一手と受けて頂いても構わない。私、アベル・アルト・セレナーデと」


「カイン・アルト・セレナーデは」


「「貴殿の望みを受け入れよう」」


 アベルの言葉に合わせるように、カインもミツのアルミナランクになる事に関して名を出す事を宣言した。

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