第195話 お味はいかが?

「よし、バーバリ、斬るのね!」


「せやぁぁぁ!」


 エメアップリアの声の後、バーバリが一刀両断とヒュドラの爪で作られた大剣を振り下ろす。

 ザクッと肉と骨を切り裂く音の後、ヒュドラの最後の首がスパッと斬られた。

 その光景に貴族や王族が座る席からは、おおっと感嘆の声が上がり、パチパチと歓声を含め拍手が巻き起こる。


 バーバリが静かに剣を下ろし、身を翻しエメアップリアの方へと向き直し深く礼を取る。

 そのバーバリの動き一つ一つは正に剣の猛者。剣士として、そして見惚れる者すらいただろう。 


「はー。やっと終わったわね」


「結局鱗を全部剥ぎ取ってから、二日追加でかかりましたね」


「仕方ないわよ。鱗を剥がしたら次は皮と身、そして首を落として部位分けが終わりなんだもん」


 プルンの教会を建て直したその日から二日経った今日。

 やっとヒュドラの解体の全てが終了となった。

 約束通り鱗は全てカルテット国代表のセルフィへと献上し、鱗は今はミツのアイテムボックスに全て収納してある。

 理由としては、何万枚もある鱗をフロールス家の屋敷に置いておくのも場所を取り、ハッキリと言って邪魔なのだ。

 セルフィは早々と自国へと連絡を入れ、数日後にはカルテットから鱗を引き取りに、人材がフロールス家に来る事が知らされた。

 そしてもう一つ。

 エンダー国のレイリーの言葉がスリザナを通して内容が伝えられる。

 それはヒュドラの解体が終わった後、直ぐに国へ帰国すると言う言葉であった。

 レイリーがここ迄も、長くフロールス家に滞在するとは誰が思っていただろうか。

 彼女を引き止めていたのがミツである事は周りは周知した事。

 レイリーはミツを配下にする事も国へ連れ帰る事もできなかったが、それに代わり龍玉を手に入れる事ができた。

 龍玉を受け取った事が相当にご機嫌なのか、彼女の機嫌が良いと、息子のジョイスまでも上機嫌な日々に、配下の者達にとってはこの数日は気の休まりとなったかもしれない。

 

「整列!」


 バーバリの一喝の声がその場に響く。

 人族、獣族、魔族の兵が隊列を作り並ぶ。


「皆の者、この数日、奮闘とした働きにより、ヒュドラの解体を終わらせることができた! 解体自体不慣れな者もおったが、それでも手を休めることなく動いてくれていた事に感謝を伝える。今回の働きは貴殿達の主も誇りとし、誉れとなるだろう。各自各々の主より後日褒美が配布される。これは己の主だけではなく、この機会を与えたミツ殿へと感謝を送る事を忘れるな。また、ミツ殿よりこの場に居る全ての者へと言葉があるそうだ、聞きのがすことのないように」


 バーバリが場所を開け、ミツが前に出る。

 背丈の小さなミツでは後方に居る人達から見えないだろうと、リゾルートが木箱を持ってきてはミツをそこに立たせる。

 気遣いはありがたいが、絶対これはセルフィの差し金だ。だって彼女がニヤニヤと笑みを作りこちらを笑ってるのだから。

 代わりにリゾルートは申し訳なさそうに苦笑い。

 うん、貴方は無罪、主は有罪だとミツは笑みを浮かべ二人へと軽く視線を向ける。


「コホンッ……。皆様、この度はヒュドラ解体のご協力、心より感謝申し上げます。改めてこの場をお貸しいただきましたフロールス家に先ずは感謝を。そして各国の皆々様のご厚意により、これ程の人々のご協力に改めて感謝申し上げます」


 ミツは観覧席に座る多くの貴族達へと頭を下げると、側にいるバーバリ達も自身の主に向かい頭を下げる。

 アベル、カイン、エメアップリア、セルフィ、レイリーが軽く首を下げた後にミツは話を続ける。


「さて、この度ヒュドラの解体の目的は、各国代表者様の皆々様へとヒュドラの素材を渡す事が目的でした。兵の皆様のご協力にてそれは達せられましたので、自分から皆様へとお礼をさせて頂きたいと思います。バーバリさん」


「うむ。諸君! これより、冒険者ミツ殿のご厚意により、この場にてヒュドラの解体を手を貸した者、全ての者へとヒュドラの肉を振る舞うこととする!」


「「「えっ……」」」


「兵の皆様には、ヒュドラの他にもミノタウロスなどのお肉もフロールス家から用意されてます。どうぞ、存分にご堪能ください」


「「「「「おおおっ!!!」」」」」


 ミツとバーバリの言葉に兵達は喜びに声を上げる。

 レジェンドクラスの素材の肉となれば、それは一切れだけでも、どれ程の価値がある物か。

 たとえ貴族の息子や娘の兵としても、本人が兵となれば食すものは今まで食べてきた高級な品ではなく、一般的な食材や食べ物が当たり前。

 しかもそれが行軍時となれば冒険者が食すものと対して変わらないのだから。


「貴殿達の働き、ミツ殿の目には然りと残された結果である。知っておるだろうが、肉は腐る程ある。国へと帰る力を付ける為にも、しっかりと食べておけ!」


「「「「「はっ! ありがとうございます

!」」」」」


「それでは皆様、食事場の準備をフロールス家の者が行います。それ迄どうぞ身体をお休めください」


「体の汚れが酷い者は水場にて体を洗った後に食場に来るがよい。しっかりと汚れを落としておらぬ者は飯抜きとするからな。ガッハハハ!」


「「「アハハハッ!!」」」


 バーバリの高笑いに釣られるように兵達も笑いもこだまする。


 兵の食事場が訓練所に作られる光景を見つつ、セルフィはバーバリと会話するミツを見ては少し呆れ気味に口を開く。


「ホントに、人が良すぎるんだから……。確かに私は他国の人達にも良い顔しときなさいとは言ったけど……は〜。あの子は、やり過ぎって言葉を知らないのかしら」


 ヒュドラの肉を兵士に振る舞う話はセルフィにも話していた内容。

 最初こそセルフィはそんな勿体無い事は止めなさいと止の言葉を出していたが、ミツがセルフィの助言を受けたときの話を持ち出した事に、彼女自身強く言い返すこともできずに好きにしなさいと半端諦めた返答を返すしかできなかった。

 この数日行ったヒュドラの解体を手伝っていた彼女にはもう考える力はそれ程残されてないのか、目を細めつつ、ほげーっと暖かな陽の光を受け身体を休めていた。

 そこに鎧のカチャカチャと擦れる音を鳴らし、私兵のアマービレが1羽の鳥を手にセルフィの元へ。


「姫様、失礼します。先程鳥光文の返答が届きました」


「あら。流石に早かったわね。全く、いつもこれくらいの速さで返事を返してくれたら良いのに」


 鳥光文はエルフの国が独自に作り上げた通信の魔導具である。

 見た目が伝書鳩の様に鳥の姿を模しているのは、伝書鳩を使っていた時の名残であろう。

 魔導具なだけに伝書鳩で一月程かかる通信も僅か3日もかからずにやり取りができるのだから、この時代の通信機としては最前を行った発明なのかもしれない。

 セルフィがそう言う言葉を告げる理由は、文面にヒュドラの内容を書いた事を送った結果である。

 エルフの国も思わぬ利益を獲たのだから、彼女達も驚く程の返答の速さだったのだろう。


「今までで一番の速さで返答が来ましたね……」


 アマービレも苦笑いの返答である。

 彼女から受け取った鳥光文がパカッと口を開け、老婆と言うには若い声が聞こえてくる。

 その内容にセルフィは驚きを隠すことができなかった。


「さてさて、老婆共は誰を寄こしてくれるのかな〜……。なっ!? 嘘……」


「はぁ……随分と凄い方を送られましたね……。えーっと……姫様?」


 アマービレの呼びかけにセルフィは椅子から立ち上がり、空を見上げる。


「……アマちゃん、私ちょっと数日姿を隠すから、後はお願いしてもいいかしら?」


 そんな言葉を吐き出す彼女の笑みは、それを本気で実行する顔だった。

 呆れるアマービレはミツに軽く視線を送った後、彼女も深い笑みをセルフィへと向ける。


「……。構いませんが、その際は彼に姫様の捜索を手伝ってもらいます。発見しだい来訪されました皆様の前に姫様を出しますので、どうぞご自由に」


「なっ!? アマちゃん、貴女もやるわね……」


「お褒め頂ありがとうございます」


 アマービレもセルフィからラルス達の虜囚事件の内容を聞いていた事に、セルフィがたとえ何処に隠れ逃げたとしても、ミツの森羅の鏡と彼の力を使えば直ぐに見つけられると思いついたのだろう。

 雲隠れしていたバーバリがミツの捜索で直ぐに見つかった事も聞いていたので、彼女の考えは間違いではない。


 ミツの椀飯振舞な振る舞いに兵達は一目散と自身の汚れた身体を洗うためと、近くの水場へと列を作り順番を待つ。

 その間と兵達の為にと、ミツはヒュドラの部位となった胴体を取り出し、バーバリに捌いて貰うことに。


「ボス、やばいッスよ! 俺、あの龍を捌いているんですよ!」


「ガレン、興奮するのは分かるけどね……。今は口よりも手を動かしな。その捌く物はあんたの後ろにまた積まれてるよ」


 興奮しながら手元にあるヒュドラの肉を切り分けていくガレンにパープルは呆れた視線を送り、彼の後ろにまた運ばれて来た肉の塊を見たパープルは、もう最初見た時の感動も薄れ少しだけげんなりとしていた。

 

「よいしょっと。そうですよガレンさん、まだまだお肉は運ばれてきますよ。パープルさん、領主様達の分はこちらのお肉で良いですか? ミツさんからはここのお肉が一番良い物だって教えてもらったんですけど」


「どれ……」


 パープルはスティーシーが持つ肉の塊にナイフを入れ、肉の味を確認。

 ミツは鑑定を使いつつ、バーバリとスティーシーには、王族と領主には良い肉を進めるように二人へと促していた。

 二人もそれは理解していたのか、特別に丁寧な切り分けがされた品が彼女の目の前に。

 ミツがオススメとした肉には、サシの入った綺麗な肉を彼らに振る舞われる事になる。


「うん。流石だね。ミツさんは食材の見極めは私以上かもしれないよ。よし、スティーシー、切り分けを私と代わりな。私はこれを使って調理を始めるからね」 


 スティーシーは持っていた肉の塊をパープルに手渡した後、彼女はパープルが立っていた場所に立つと、キラキラと陽の光を美しく反射させる包丁が目に入る。


「はい。んっ? パープルさん、これいつも使ってる包丁じゃありませんね? 新調されたんですか?」


「ああ、それはミツさんからの譲り物だよ。ヒュドラの肉を切るには屋敷の包丁じゃ切れない部分が多いからね。ガレン、見せてやりな」


「へいっ!」


 ガレンも同じ物を使っているのか、彼の手には同じく紫に刃がキラキラと光る包丁を握りしめていた。

 ガレンは肉の塊を手元に置き、包丁を入れる。

 包丁は食パンを切る様に前後にギコギコはせず、スッと真っ直ぐに下ろされた。

 本当にスッと刺し身を切り分ける程の力しかガレンは入れていない。

 だが肉の筋などがスパスパと切れているのだ。


「すっ、凄い!? えっ? ガレンさん、お肉を切ってるんですよね? 何で? えっ、えっ!?」


「アッハハハハ。お前さんのその反応、さっきの私達と全く同じだね。そりゃ料理人ならその反応になるわね」


「いや、ボス……。料理をしない人もこれは驚くと思いますぜ」


「そうだね……。ほらスティーシー、あんたにもミツさんから同じ包丁を預かってるよ。後で礼を言っときな」


「えっ!? 私にもですか!? うわっ! ありがとうございます!」


 パープルはそれを無くさないようにと、彼女は腰に下げていたのだろう。

 スティーシーは受け取った包丁を見ながら、彼女は目をキラキラと輝かせパープルへと礼の言葉を告げる。


「いや、だから礼はミツさんにしろって……。しかし、ボス、これはなんの素材でできてるんですかね? 鉄や鋼、銅や鉛でもなさそうですが」


「私もこんな包丁見たこと無いから何とも言えないね……。まっ、これのおかげで調理スピードが上がるならそれで良いよ。さっ、お喋りはここ迄。あんた達、全部の肉を切る思いで頑張りな!」


「「はいっ!」」


 パープル達がミツから受け取った包丁。

 それはヒュドラの鱗と皮を材料とし作り上げた一品である。

 鱗を刃とし、皮を握り部分に。

 衝撃や熱や冷気にとても強い鱗ならば、包丁にすれば万能包丁と早変わりである。

 パープル達には突然の調理等の迷惑もかけたので、これはミツからの気持ちも込められた品である。

 因みにパープルには普通の包丁の他にも、大きさの異なる包丁をセットでプレゼントしてある。

 金額にすればヒュドラの包丁など破格の値段がつくかもしれない品である。

 使った材料はセルフィからも許可を得た鱗を使い、形の不揃いであり剥ぎ取りに失敗してしまって割れた奴だ。

 本来の価格よりかは下になるかもしれない。

 いや、ヒュドラの素材を使っている時点でそんな事は無いのだが、それは品質の大切さが身にしみた日本人のミツだからこその思い込みかもしれない。


 スパスパと大きく切り分けられた肉は更にフロールス家の料理人達により小さく食べやすい程度に切られていく。

 皿に山盛りとなった肉を運んでいくのはメイド達のお仕事。

 運ばれたテーブルの近くにはミツが作った即席のバーベキュー用のコンロがある。

 それを数カ所と場所を開けつつ作れば、身体の汚れを落とした兵達が戻ってきてみれば驚きの光景だろう。

 火種となる薪などはフロールス家の私兵達が運んで持ってきてくれている。

 流石に教会の建て替え程の木材や資材を出し切った彼のアイテムボックスの中には、兵士達全員が使用するバーベキュー用のコンロ分の火種は持ち合わせはない。

 着々と準備が終わる事に、ミツはトリップゲートを出し教会へと足を向ける。

 彼が何をしに行ったのかと思えば、直ぐに彼と共にルリと彼女の側仕えのタンターリ達と共に戻ってきた。


「お疲れ様です、ルリ様」


「「いえ、私の疲れなど些細なものです。それよりも、私の我儘にお付き合い頂きました事に感謝の言葉を」」


「そんな、自分こそ炊き出しのお手伝いができずに、ルリ様方を教会にお送りする事しかできずにすみません」


 数日前に教会が新しく建設された事は、直ぐにライアングルの街中にその話は広まっていた。

 今迄教会の存在を気にもしていなかった人もいたであろうが、今回の建て直しに関して領主だけではなく、王宮神殿の関わりもあった事で更に注目を集めた様だ。

 ルリは初日の建て直し時には長く滞在することもできなかったと言うことで、次の日には自身の馬車を使い態々教会へと足を向けたそうだ。

 言ってくれたら良かったのにと、教会で鉢合わせしたミツとの会話中、教会では後日炊き出しを行う事がエベラ達との話し合いで決まっていたことを彼女へと伝える。

 するとルリはならば私も手伝わせて下さいと本人からの言葉。

 流石に王宮神殿の神殿長様が炊き出しに参加するのはどうかと思ったミツであったが、他者に対して慈愛を向ける事は彼女だけではなく、周りの者もそれが当たり前だと言う考えなのだろう。

 彼女の安全は護衛が居るので、大丈夫ですと押し切られてしまった感じもある。

 実際はルリが教会に出入りしてくれる事に更に周りの人々にはこの教会は間違いなく神殿の管轄に入った物と思わせるには丁度いいのだが。

 教会の炊き出しであった今日、多くの人々が列を作り暖かな食事にありつけたようだ。

 振る舞われたのは多くの人に食べてもらいやすい様にとシチューとパンが振る舞われた。

 パンに関しては竈に火を入れるにも時間がかかるので先に作り置きして置くことに。

 前日にはシスター全員がバタバタと動き回り、配膳を行っていた。

 ルリは皿にシチューを渡すかかりだ。

 シスターの二人がルリの代弁と毎回皿を渡した相手に話しかけるのは不思議な光景だったかもしれない。

 シチューは残念ながら並んだ者全員には回らなかったので、その分パンを一つ多めに渡した事で問題も起きなかったようだ。

 いや、寧ろパンの方が喜んでいた人が多かったかもしれない。

 日持ちするパンは今日食べずとも後日の食事と変わるのだから。

 さて、炊き出しが終わったとしても実は教会にはまだまだ人が列を作り、多くの人にごった返していた。

 元々炊き出しがある事を知らなかった人も多いが、教会に足を向けた人の目的は建て替えられた教会その物を見に来た人々である。

 シスターが増えたからと言っても彼女達にも食事する時間は必要であり、やはり祈りに来た人々の対応には疲労も溜まってしまう。

 午前と午後と二つのグループに分かれて対応しているようだが、教会の責任者であるエベラは他のシスターよりも休む時間が少ないのだろう。

 少し寝不足なのか、炊き出し後の短い休憩の時に彼女は椅子に座り眠ってしまっている。

 それもほんの僅かな時間であり、今も彼女は他者に疲労を感じさせない笑顔を作り対応していると思う。

 出来た物を興味本位と見に来るものは数日と続くであろうと思うので、対策を考えなければとミツはルリと少し話し合うことに。


 それでは私の護衛を数名教会に回しますとルリは言ってくれたが、ルリが神殿に帰るその日までの繋にしかそれはならないと周りからの意見が出る。

 あれこれと話しているとミツはプルンの言葉を思い出していた。

 バタバタと炊き出しの準備を行っているとき、何か洞窟内でミツが怪我人などの冒険者へと炊き出しをやった時の事を思い出していたそうだ。

 今は教会も忙しいのでプルンは冒険者家業は少しお休み中である。

 冒険者かとハッと思いつくミツ。

 ならば教会のお手伝いを冒険者にお願いするのは如何かと提案を彼は出す。

 しかし、彼の提案は周りに困惑と渋い顔を作らせることに。

 どうやら彼女達が真っ先に思いついたのが荒くれで屈強な男性冒険者を思いついたのだろう。

 いやいや、何でシスターの話をしているのに男性を思いつくのかと。

 ミツは冒険者は女性もいる事から、街の清掃の雑務や荷運びなどの仕事もする事を彼女達へと説明する。

 貴族である彼女達にとっては冒険者のイメージが偏っていたのか、魔物を倒すだけの者としかイメージがなかったようだ。

 今日シスター服を着ていたプルンも、彼女はブロンズの冒険者だと伝えると意外そうな顔を作る。

 どんな人でも教えればどんな仕事もできますとミツの言葉が聞いたのか、その対策も案に入れることになった。

 

 彼らが話している間と食事場は準備が着々と終わり、先に水浴びを終わらせた兵達がゾロゾロと戻ってきた。

 パチパチと薪が弾ける音の中、ガヤガヤと人が集まってくる。

 そして、彼らがソワソワとしながら注目するのは大皿に盛られた肉の山である。

 白身と赤みの間であるピンク色の肉は見てるだけでもヨダレをそそる一品。

 それは前もって彼らが伝えられたヒュドラの肉である事が更に彼らの胸の高鳴りを上げているだろう。

 メイドの人達が一人一人と酒を配り、そして網の上に肉を置いていく。

 ジュワーっと肉の焼ける匂いに獣人の兵からはハァハァと息を漏らす者すらいたようだ。

 待て待て、鑑定ではヒュドラの肉は生食も可能だが、折角なら美味しく食べてもらう為にも彼らには我慢をしてもらうしかない。

 王族のアベル達はいつもの食事場での食事なのでこの場にはいない。

 ミツもそちらにお呼ばれはしているが、バーベキューコンロの準備などで今回は席を外させてもらっている。

 網の交換は勿論予備を沢山作っているので、それはメイドさんにお願いする。

 こっちはこっちでミツはある家族と一緒に伸び伸びと楽しませてもらう事に。

 

「お兄ちゃん!」


「おっ、ロキア君」


 兵の全員が集まり出した頃、トテトテと小走りに走ってくるロキア少年の姿。

 ミツは彼の可愛らしい体当たりを受け、後に来る人々へと視線を向ける。


「これ、ロキア。多くの他者の前、失礼な真似はおよしなさい」


 息子の行いに、軽く窘めの言葉をかける母のパメラ。


「まあまあ、義母上、良いではありませんか。他者の前と言っても、その周りの者は握る酒と今から食す物へと目が行ってロキアを見ておりませんよ。しかしなロキアよ……。お前の兄として言わせてもらうが、ミツを兄と言いながら駆け寄ることは止めておけ。知らぬ者が見たらお前は本当にミツの弟だと思われてしまうぞ。なっ、それはミツに迷惑にならぬと思わぬか?」


「うっ……」


「うむ。そう思うなら今後はミツを兄と呼ぶことは止め……」


「ラルス、お止めなさい。みっともない」


 ラルスの言葉にロキアがシュンと落ち込んでしまう。

 よしよしとそんなロキアの頭を撫でるラルスの尻にラルスの母であるエマンダの持つ扇がピシッと彼の尻を叩く。


「痛っ!? 母上、何をするのですか!? 俺は弟であるロキアに教えを」


「その弟に嫌がる真似は止めなさいと言ったのです。ロキア、良いのですよ。ミツさんはいずれ間違いなく貴方の義兄となるのですから」


「なっ!?」


「お母様!?」


「えっ!」


「あら? 私、何かおかしな事を言いましたか?」


「エマンダ……。本当に諦めてませんのね……」


「ははっ……(口は出さんない方が良いかな……)」


 エマンダの発言に驚きや呆れ、そして笑みとなる者三者三様。

 彼らの会話も進む中、暫くして屋敷の方から何か合図があったのだろう。

 バーバリは酒の入ったゴブレットを手に、一歩前に出る。


「姫様方の食事も始まられた。それではこれより宴を始める!」


「「「「おおおっ!!!」」」」


 屋敷から送られた合図はどうやらカイン達が食事を始めた合図だった様だ。

 自身の主が食事を始める前と、部下の者達はそれを待つのが礼儀であり当たり前。

 既に焼き始めた肉は少しコゲもついているが、美味そうな匂いにはそれは食欲をそそる調味料となる。

 兵士達は我先と網の上に乗った肉をガツガツと食べ始める。


「うっ……。美味い!!!」


「や、やべえ……こんな肉、実家でも食ったことねえ」


「莫迦、何泣いてやがる!? 美味いもの食ってるのに手を止めるなよ! 食えっ! 食い続けろ!」


「当たり前だ! 食ってやる、こんな美味えもんなら腹が裂けて倒れても食い続けてやる! でもよ、美味すぎて涙が止まんねえんだよ!」


「ならお前が食えなくなった時は俺が全部食べてやる、安心してそのまま倒れておるが良い!」


「「アハハハッ!」」


 肉を一口食べた瞬間、そんな話し声がチラホラと聞こえてくる。

 言葉通り、貴族としての彼らだとしても、ヒュドラの肉程の高級品は口にした事がないのだろう。

 あまりにも美味すぎるのか、肉がまだ焼けてない物にすら手を付け始める者すら居たよ。


「美味しい!」


「うむ! 焼いただけの肉がこれ程の美味い物とは!」


「本当に、とても美味しゅうございます」


「ミツさん、この様な素晴らしい食材のご提供、改めてお礼申し上げます」


「皆もミツさんにお礼を言いなさい」


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「ミツ、感謝するぞ!」


「ありがとうございます」


「喜んでもらえて良かったです。お肉はまだまだありますからね、沢山食べてください」


 兵士達とは違い、パメラ達はバーベキューコンロで焼かれたお肉を直接取り口に運ぶことはせず、一度メイドの人達が取り分けた品を自身達の前に置いてある皿に盛られていく。

 ダニエルを除く家族達はヒュドラの肉を堪能するように食事を続ける。

 一口、一口と口に運ぶたびに肉の感想を互いに言い合う為に、兵士達程に肉の消耗は多くはない。

 それでもメイド達が驚く程に少食な婦人の二人がいつもの倍以上は食べていることは間違いないのだろう。

 更に彼らの食欲を増す事をミツがやってしまう。


(流石にズッと塩だけって言うのも飽きてきたな……。やっぱり焼肉ならアレを使わないとね)


 ヒュドラの肉を食べる際、各自近くにある岩塩の塩を使い食事を楽しんでいた。

 しかし、塩で食べるのも悪くわないが、折角の肉も同じ味ばかりでは飽きてしまう。

 ってかミツは既に飽き始めていた。

 なので彼はアイテムボックスから液体の入った徳利のような形をした入れ物を出す。

 それをメイドさんから受け取った皿の上に中身を垂らしていく。


「んっー、美味い」


「「「「……」」」」


「んっ……? ……皆さんも試してみますか?」


 ミツが取り出した徳利にも視線を向ける面々だが、それよりもその中身の液体に肉を付けて食べるミツの姿に周囲の注目を集める。

 その視線に気づいたミツは徳利を少し持ち上げ、周囲へとそれを進めると皆はニコリと笑顔。

 特にエマンダはメイド達の毒味を割愛し、躊躇いなど見せずにそれをつけて焼いた肉を口にしている。


「!? んっー!」


 口元に手を当て、思わず味の感想を口にするところだったが、貴婦人の嗜みにギリギリ耐えたのだろう。

 何度か咀嚼した後、エマンダはゴクリと肉を飲み込む。


「何と素晴らしいソースでしょうか。ミツさん、これは?」


 食べ終わった瞬間、肉に付けたソースに対して絶賛するエマンダ。

 彼女の視線は自身の皿に残された黒いソースである。


「気に入ったみたいで良かったです。はい、そちらは焼肉のたれと言う品です」


「焼肉の……たれ。ソースではなく、たれと言うんですね……」


 エマンダが絶賛し、肉につけて食べていたソースは、日本のスーパー等に一般的に売られている焼肉のたれである。

 教会の子供達にも人気があったこの焼肉のたれは、やはりエマンダだけではなく、ラルス、ミヤ、ロキア、そしてパメラまでも更に肉の追加を食べはじめる程だ。

 たれから匂うフルーティーな香りに更に絶賛するエマンダの姿を見たのか、近くで共にヒュドラの肉を食べていたルリがこちらをチラチラと見ている。

 彼女も試してみたいのかと思い、側仕えのタンターリにたれを小分けして入れた徳利を渡す。

 流石にそちらは毒味役として女性騎士が呼ばれ、たれを味見をしていたが、味を確認した者は目を見開くほどに驚きだったのだろう。

 毒物ではないことを確認したルリは早速たれをつけて肉を食べる。

 

「!?」


 味の感想の言葉は出ていなかったが、ルリは気に入ってくれたのだろう。

 肉をパクパクと食べる彼女の姿に、思わずミツの表情が笑みになる。


 昼食としては食べ過ぎている気もするが、ヒュドラの肉はまだまだ残っている。数百もの兵士の胃袋の中に消えた肉だが、消耗できたのは実は足の一本分も消化していないのだ。

 ヒュドラの肉とは別に、フロールス家が用意していたミノタウロスの肉が胃の隙間を埋めたのかもしれない。

 ゆっくりとしているようだが、エンダー国の者達は帰国の準備もある為、早々と場を離れていく。

 バーバリとの会話の中、彼がヒュドラの解体に使用していた大剣を返却すると話が来た。

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