第191話 領主との対談

 ミツはセルフィの言葉を聞き入れ、セレナーデ王国の面々が座る観覧席近くまでを移動。

 移動と言っても歩いてではなく、先程の場からトリップゲートを使い、彼らの近くにまで一気に来ていた。

 その為ミツの存在に気づかず、王族を守る兵達もその場から動いてはいない。

 別に本人的にはちゃんと兵士を通し、彼らに話し場を作ってもらえば良いのだが、セルフィに急かされたこともあり、彼は全てをすっ飛ばしてしまっている。

 流石に王族達が座る場近くには護衛するための兵もいるが、彼らも突然顔を出してきたミツ、相手が彼なだけに、どう反応を取ればよいのか迷ってしまったようだ。

 そんな中、兵達のざわめきも聞こえていないのか、アベル達は沈黙とヒュドラの解体をじっと見ている。


「……」


「……」


「……」


「いや、何でここはお通夜みたいな空気なんですか?」


「「「!?」」」


 突然聞こえてきたミツの声に一斉に振り向き直る面々。

 貴族の中には兵の誰もが声もかけずに王族の近くに人を近づかせた事に嫌悪感を向けたが、ミツがその視線を向けられた兵士さんを庇うように一歩前に進み、アベル達へと言葉をかける。


「失礼します。アベル様、カイン様。少し話がございまして、よろしいでしょうか?」


「き、貴殿か……。すまぬ、少し考え事をしていたのだ。構わない、話を聞こう」


「ありがとうございます、アベル様。また、突然近くまで自分が来てしまった事、皆々様のご不快をかわれたと思われます。申し訳ございません」


「あ、いや……。そうか……貴殿がそう言うのなら……我々はその言葉に貴殿の行いを許すとする」


 アベルは貴族たちの中に嫌悪感を向けていた者が居たことに今気づいたのか、彼は直ぐにミツへと許しの言葉を送る。

 アベルの言葉にその視線は消えた後、カインが言葉を続ける。


「それで、貴殿は何をしにここへ?」


「はい。アベル様にお話がありまして」


「!? な、何かな……」


 ミツの言葉に、アベルは早鐘を打つ思いとドキドキに心臓の鼓動が早くなる。

 もしやバロンの無礼な言動を今ここで自身にはらそうと言うのか!?

 彼の表情は変わってはいないが、彼は内心は逃げ出したくなる恐怖を目の前の少年にいだいてしまっている。

 だが、ミツの口から出た言葉は、罵声ではなく謝罪であった。


「あの、先程自分も気づかずに、アベル様に対して失礼な物言いをしていた事をセルフィ様達に教えてもらいました。その、すみませんでした。自分はバロン様に言われた事や、戦いに関しては本当に怒ってもいなければ、アベル様に対して嫌悪感も思ってはいません。自分の無知な発言に皆様にも誤解をさせたようで、改めて皆様にも謝罪申し上げます。自分はセレナーデ王国の皆様とも、他国の皆様と同様に、友好とした繋がりをつなぎたいと心より思っています」


「「「……」」」


 それは彼らの思わぬ言葉であり、救われる思いになる言葉だった。

 目の前にいる少年は他国の王族でもなければ、貴族ですらない、ただの平民である。

 しかし、その平民に恐怖していたのは自分自身……。

 いや、国として彼を恐怖し始めていた。

 それでも彼らは王族として、自身の身分をわきまえるなら、目の前の少年に謙る態度は取ってはならない。

 アベルは少しだけ肩の荷がおりた気分と、近くに座る重鎮のモズモへと声をかける。

 モズモは承知しましたとアベルに言葉を返しミツへと話しかけてきた。


「失礼。冒険者のミツ殿よ。私はモズモ・グーレス。貴方様と言葉を交わすのは初めてゆえ、先ずはこの場でご挨拶させていただきます。私はアベル様の代弁としての役割をやらせていただいておりますので、この場は私が言葉をお返しさせて頂くことを先ずはお許しください」


「いえ。こちらも突然アベル様に話しかけた事に改めて謝罪申し上げます」


「はい。そのお言葉だけでお気持ちは伝わりましたので、どうぞ気を楽にしてください。では、貴方様の先程のお言葉に対してですが、謝罪の言葉は不要にございます。寧ろあの場でのバロン副隊長の言動を静止できなかったアレは我々の落ち度。勿論他国の皆様にも深く謝罪申し上げる場であり、非はこちらにございます。ですが……事実貴方様の寛大なるお心遣いにこちらも救われた思いなのは確かです。あの戦いでアベル様の騎兵部隊の兵の一人どころか、対されましたバロン殿にも貴方様は慈悲たる心故にあの者は負傷することはありませんでした。本来ならば、貴方様のお力ならあの場に立った兵士の全ての生命を止める戦いができたものは確かでございます……」


「そんな、自分は模擬戦で命のやり取りとかしたくないので……。(模擬戦を理由にスキルの検証をやっていましたなんて言えないよね……)あっ、すみません、まだ貴族様相手の話し方がまだ不慣れで。また失礼な話し方になってしまいました」


 ミツは以前パメラとエマンダに教えてもらった貴族相手に話す際の立ち居振る舞いを思い出したのか、自身の右腕を胸元に、そして少し腰を曲げ礼を取る。

 平民であるミツが貴族相手の作法を行った事に少々驚くモズモ。


「……いえいえ。マトラスト辺境伯よりも話を聞き入れておりますゆえ、貴方様の話し方に対して異議申し立てを口にするつもりはございません。どうぞ、我々にもフロールス家のダニエル殿同様に会話ください。その方が遠回しな話もせず、貴方様とは早期に友好が深める事もできるでしょう。」


「そうですか……ですがダニエル様と、その皆様では雰囲気と言いますか、やはりその上の方的な貫禄がありますので。あっ! ダニエル様に貫禄が無いとかそう言う意味ではなくてですね」


 ミツの慌てる素振りに、ダニエルは分かっているよとクスリと笑い手を軽く振り替えす。

 二人のやり取りにモズモは何を思ったのか、一度咳払いを入れ、先ほどとは違う話し方に変えてくる。

 何と言うか……貴族相手ではなく、親戚の子供に対するレベルまで会話の口調を軽くしてくれている。


「なるほど。コホン……では、私からこの硬い話し方を止めにしましょう。その方がミツ殿も会話しやすくなるでしょうし」


「それは、助かります。モズモ様のご配慮に感謝します」


「それで、ミツ殿は改めて質問しますが、こちらに何用で? アベル様との対談をお望みならば後日時間を作りましょう」


「あっ、いえいえ。そこまでお時間を取ることはないと思います。あの、ヒュドラの解体に関してですが……」


 ミツはヒュドラの解体に関してモズモだけではなく、周囲の貴族達にも聞かせる思いとここに来た理由を説明する。

 貴族の中には自身の兵に視線を向けるものがチラホラ。

 ヒュドラの解体を手伝えば、ミツと関わりが持てると言う考えもあるのだろう。

 モズモは一度考えるように目を瞑る。


「なるほど……。少々お待ち下さい」


 モズモはその言葉を残しアベルの元へ。

 彼はアベルに耳打ちをする様に小声に話をする。

 しかし、この距離では今の〈聞き耳〉スキルのレベルならばミツに普通に聞こえてしまうのだが、彼はあえて聞いてません的にヒュドラの方へと視線を向けている。


「アベル様、今回のヒュドラの解体に関してアベル様の騎兵部隊をミツ殿にお貸ししても宜しいかと。ヒュドラの血と龍玉は既に献上すべき者へと渡っております。この状態で突然エンダー国の王妃が帰る判断をするかもしれません。そうなればヒュドラの解体に時間を取られ、国に彼を連れ帰る予定の日数がかかるかもしれませぬ」


「うむ……お前の判断に任せる」


「承知しました」


 モズモの言葉に納得するアベル。

 確かに気まぐれで有名なエンダー国の王妃レイリーならば、直ぐにでも国へ帰ると言い出すかもしれない。

 そうなってしまっては今でも時間を取られる解体作業に数日と取られかねない。

 モズモは無理やり同然にアベルを国から出し、王の命令が本来下りるべき公爵へと行く前と動き出している。

 その為、ミツの同伴もまだ決めていない中で、公爵が来てしまってはモズモとアベル、二人がここに来た理由を彼らは厳しく問われることは間違いない。

 そうなればアベルに対して、他貴族達の支持率も下がり、アベルは継承権を剥奪されかねない。

 更にアベルを連れ出したモズモは特に罪を問われかねないのだ。

 本来モズモの考えではほぼ確実にアベルがミツに声をかけるだけ、それだけで次の日にはミツは街を離れる予定だった。

 だが、ミツと言う蓋を開ければありえない事ばかり。

 ミツが他者の言葉を聞き入れる心を持ち合わせた者だと言う事は理解した。

 しかし何故か彼は王族を相手にしているというのに、決して断る事の無い言葉を簡単に切り捨ててしまう者なのだ。

 モズモだけではなく、この場の誰も出会ったことがない……いや。常識と言う概念が無い者を相手に困惑するしかなかった。

 彼を相手に国の権力や力でねじ伏せる事はまず不可能である事も嫌な程に理解させられた。

 ならば如何するか?

 実はミツと友好的になるのは難しい事ではない。それは彼と友好的に話すダニエルやセルフィの様に、フレンドな接し方をすれば良いだけ。

 それだけでもミツが相手に対して嫌悪感も見えない壁も作ることはない。

 下町に住むプルンやリック、またはシューの様に気兼ねなく接してくれる相手をミツが好む相手でもある。

 だが、産まれも育ちも貴族的な考えのモズモ達には真っ先に思いつく考えでは無い。

 更に言えば王族のアベルとカインが考えつくことでもないのだ。

 それでもローガディア王国のエメアップリアはセルフィの助言もあってミツと友好的になれた。

 セルフィは元の性格がアレなのでミツにとってセルフィは良き友人にもなれた。

 エンダー国のレイリーは本人の性格もあるが、それでも友好的に接する事もできている。

 簡単に言えば、本人が少しでも庶民的な考えを持てば、ミツと縁を結ぶ事ができるのだ。

 だからこそ、フロールス家は貴族の中では一番にミツから信頼を得られている。

 フロールス家がもし厄災にあえば、ミツは一目散と彼らの前に現れるだろう。

 

 モズモがアベルと話し込む間と、ダニエルの方へと少し振り向きなおる。


「あっ、ダニエル様、すみませんが後でパメラ様とエマンダ様にもお話があるのですが、お二人のお時間を少し頂いてもよろしいでしょうか? 勿論その際はダニエル様も居てくれたら助かるんですが」


「二人に? それは構わんが、妻達が何か君に失礼でも……」


「いえいえ! そんな事はないですよ。実はプルンの教会に関してパメラ様とエマンダ様のアドバイスが欲しくて。お二人は街の湯処に関しても凄く考えられたとおっしゃられたのでその知恵を少し。あっ、湯処で思い出した。ダニエル様、やっぱりダニエル様も一緒にお願いしても良いですか?」


「うむ。街の事ならば私も同席しよう。妻には直ぐに連絡を回しておく」


「ありがとうございます」


 ダニエルは近くに控えていた私兵のトスランへと先程の内容を伝え、彼は直ぐに二人の元へと連絡を回してくれた。

  

「お待たせしましたミツ殿」


「はい。それで如何でしょうか?(まぁ、結果は知ってるけど)」


「はい。ミツ殿のご希望にお応えし、アベル様の騎兵部隊をヒュドラの解体へと回させていただきます。バロン副隊長は今回の事で今はフロールス家の屋敷の部屋に軟禁しておりますので、代わりに部隊長のクリフトに指示を送りましょう」


「……分かりました。クリフト様ですね。人手も多いのは助かります」


「それでは直ぐにでも回しますので暫しお待ちを。おい、直ぐに騎兵部隊に連絡を回すのだ」


「はっ!」


 モズモの言葉に数名の兵が動き出す。 

 ミツはその場を後にし、セルフィ達の元へと戻ると、時間も置かずに直ぐにぞろぞろと騎兵部隊の兵士達がこちらに向かってくる姿が見えた。

 その先頭を早足にこちらに進んでくる人物にミツは少しだけ目を細める。


「……クリフト様って貴方様の事でしたか」


「はっ! モズモ様の命により騎兵部隊ここに。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私、アベル様専属騎兵部隊、第二部隊長。クリフト・シルブァウスと申します。御使い様、どうぞ我々にご指示を」


 バロンが今は軟禁状態と動く事ができない為、代わりに先程少し話したイケメンの部隊長、クリフトがこちらに来たようだ。


「だから御使いじゃないって言ってるでしょうに……。こちらもご挨拶させて頂きます。自分は冒険者のミツです。冒険者ですから。色々とお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」


 ミツの念押しするような物言いに、クリフトは少し眉尻を上げ、ニコリと笑みを返す。


「これはこれは失礼しました。ご挨拶ありがとうございます。それでは冒険者のミツ様、改めて我々にも栄光たるヒュドラの解体のご協力をさせて頂きたい」


「は、はぁ……。それでは皆さんには鱗剥がしをお手伝いお願いします。見ての通りまだ半分も終わっていません。鱗剥がしが終われば次は皮と本格的な解体に進みます。今日中に終わることは難しいですが、皆さんのご協力無しでは終わりませんのでよろしくお願いします」


「喜んで承知しました。おまかせ下さい! それでは早速作業に取り掛からせて頂きます」


 ミツに返答を返した部隊長のクリフト。

 彼は喜び勇んで兵達へと指示を送る。

 その際、兵達はミツへと一度騎士の礼として頭を下げ、その後貴方様のご命令を必ずや遂行しますや、喜んでなどの、何故か貴族が平民へと向ける態度や言葉でない事に違和感を感じるのだった。


「随分と君にお熱な人達が来たわね……」


「……まぁ、反感的な感情が無い分、解体に影響がないならもう良いです。それでセルフィ様、すみませんが、少しダニエル様達と話があるのでこの場を離れても良いですか?」


「ええ。今はどうせあの鱗を剥がす事しかないから別に構わないわよ。私も行きたいけど、自国が受け取る物を見届けないと行けないから私はここに残るわ」


「用があるなら早々と済ませる事だな」 


「お二人とも、ありがとうございます」


 アベルの部下であるクリフトの部隊の他に、カインの騎兵部隊も解体作業に加わったことに作業ペースがぐっと上がった。

 意外なことにミツがその場を離れた後、彼の姿が見えなくなってもクリフトの部隊は手を休めることなく、他の国の人々よりも作業を頑張っていたと後にセルフィから話を聞くことになる。


 ゼクスと共にその場を離れ、これからダニエルとご婦人達の話し場を構えるのに汚れた鎧姿では失礼だと思い、自身に〈ウォッシュ〉を使用し、身を清め着替えを済ませたミツ。

 ゼクスに案内され、一つの部屋の前にたどり着く。


「どうぞ、こちらの部屋にて皆様がお待ちでございます」


「ゼクスさん、態々すみません」


「いえいえ。これが私の勤めにございます」


 コンコン、コンコン

 ゼクスが扉をノックすると、中からダニエルの声が聞こえてきた。


「入りなさい」


「失礼します、旦那様。ミツさんをご案内しました」


「失礼します……んっ?」


 ミツが部屋の中へと入ると、そこにはダニエル夫妻の他に、思わぬ人物が椅子に座りこちらを見ていた。


「ミツ君、君にはすまないが、教会に関して話をする事を耳にしたのか、彼女にも同席を願われてね。悪いが巫女姫様の同席を許してもらえるかな」


「はい、問題ありません。寧ろ王宮神殿で神殿長をやられているルリ様のご意見も頂けるなら助かります」


 彼のその言葉にルリはニコリと笑みを作り、軽く頭を下げる。

 側に控えるはシスターの服を着込んだ三人の女性、それと二人の女性騎士もミツにこちらへと頭を下げる。

 しかし、ルリの見た目は創造神のシャロットと瓜ふたつなだけに、彼女の慎ましやかな素振りにミツは苦笑を時折浮かべてしまう。

 

「それで、君からの話というのは?」


「はい。先ずはパメラ様、エマンダ様。今もお忙しい中、この場にご参加していただきありがとうございます」


 ミツは、パメラとエマンダへと頭を下げ、話し場を作ってくれた事に感謝を伝える。

 二人は少ない言葉を返答した後、貴婦人の振る舞いか、美しくミツへと頭を下げ返す。


「それで、お話と言うのはプルンの教会の事です。教会の話はダニエル様達はご存知でしょうか?」


「ああ、勿論だとも。他の教会の取り壊しに関して彼女の住む教会と、取り壊しになる二つの教会を合併させる話であろう。約束通り、あの教会に関しては特に報告は聞くようにしておるよ」


「ありがとうございます。そうおっしゃって頂けるならプルン達も喜ぶと思います」


「いやいや、なんのなんの。ハハハハッ」


 ダニエルは以前、教会の状況などをプルン本人から聞いたこともあり、街の教会に関しては必ず手を貸すことを約束してくれた。

 それは今ではミツが関係する教会だからこそダニエルも無視できない案件となっているからである。


「「失礼します。口を挟むことをお許しください」」


「んっ? どうされましたかな、巫女姫」

 

 ルリの代弁者である二人のシスターが同じタイミングで声を出す。

 ルリの声はとてもか細く〈聞き耳〉スキルを所持していない者には彼女の声を拾うことはできない。

 そう、ルリの側に控える二人のシスターも〈聞き耳〉スキルと〈代弁者〉それと〈意思疎通〉のスキルを持つからこそできる芸当である。

 〈代弁者〉

 このスキルはルリの様に声がか細い者や、話が苦手な人の意味を上手く拾うことができるスキルである。

 〈意思疎通〉

 このスキルはまさに阿吽の呼吸を合わせる事のできるスキル。

 戦闘でリックとリッケが見せた戦いの様に、このスキルは戦闘でも活躍するのだが、今の様に二人が同時に話す事ならたやすくできる様になるスキルである。


「「はい。恐れながら、何故に街の教会を取り壊す事になったのかをご説明願いませんでしょうか。また、何故ミツ様が教会に関してのお話をダニエル様へとお話をお持ちになられたのかを」」


「そうですね。ルリ様達には先ずはそこからご説明しましょう。実は……」


 ミツは街の三つの教会に関して最初から説明することにした。

 それは本当に最初からで、今自身が寝泊まりをさせてもらっているプルンの教会の貧困とした内情から。

 その後ミツが教会に関してどの様な関係があるのかを。

 最後に取り壊しとなった二つの教会に関しての火事などの災難があったことに関して。

 話の内容的にフロールス家は今まで街の教会をぞんざいに扱ってきた事も顕となってしまったが、事実ボロボロとなった教会を見てみぬふりしてきたダニエル夫妻のこれは落ち度であり、ルリやその他の面々から冷たい視線を向けられたとしてもそれは仕方ないのだ。

 うん、余計なこと話しすぎたね。

 ごめんねダニエル様。


「「それは、人的被害が無かったことに神に感謝をお送りしなければなりません。分かりました、我々王宮神殿の私達もお力を出させて頂きます。このまま同士である彼女達にばかり辛い思いはさせられません。私も今回のこちらの街に訪れる際、私の護衛として彼女達を共に同行させております。些細でありますも、街の教会のお力になれるなら」」


「それはそれは。神殿長のルリ様からのお言葉に感謝します」


(凄いな……。あんな長い話を二人が1文字も間違えずに話してる……)


 ミツからはルリの言葉は既にスキルの効果で聞こえている。

 普通なら同じ言葉を二度聞く状態は煩わしく思うだろうが、彼は少しその状況も楽しんでいた。

 ルリの言葉を代弁する二人のシスター、この二人が何処まで復唱できるのかを。

 ちなみに二人のシスターは双子の姉妹の様で、歳はルリの一つ下の15歳。

 今はシスター服にシスターベールを被っているため見分けがつかないが、彼女達の名はヴァイスとシュヴァルツと鑑定に表示されている。

 そして側にいる年配のシスターはタンターリと言う名前が表示されている。ルリの筆頭側仕えのようだ。


「それは願ってもないお言葉。巫女姫様、私からも感謝を」


「「二人も、よろしくお願いしますね」」


「「はっ!」」


 ルリの後ろに控えている女性騎士のレイアとアニスが凛々しく返事を返す。


「それでダニエル様、教会の方なんですが、これは教会の管理者であるエベラさんにも既に了承を貰って入るのですが、少し増築を考えてます」


「ふむ……。確かに三つの教会を合併させるならば、シスターも増える分、あそこでは生活には狭でになるか……。確か……あそこにはプルン君の他にも子供たちも共に住んでおるのだろう?」


「はい。えーっと、エベラさんやプルン、その家族で先ずは六人。後に他の教会からは四人来ると言われてます。確かにあの教会は部屋数だけはあるんですが、人が増えるなら生活しやすいように増築の他に家の改築も考えようかと。それで領主であるダニエル様にお願いがありまして」


「うむ、言ってみなさい」


「はい。教会を増築する際、周りの空き地と空き家を教会の増築に使いたいと思いまして、その場の土地を購入させて下さい。それと今回取り壊す予定の教会の廃材の使用。あっ、おまけに先程バロン様との模擬戦上に地面から出てきた大きな岩も貰ってもいいですか?」


「ふむ……。それは構わぬが、どれ程の規模の土地を要するのかね?」


「そうですね……。取り敢えず自分が見たところ周りが全て空き家だったのでそこは全て買っちゃおうかと。空き家のままだと家の倒壊やネズミなどの問題も出ますので、それならそこは教会の敷地内にしてしまった方が周りの民家にも後の被害も迷惑もかからなくなると思います。……そうだ、ダニエル様にもっと分かりやすくご説明する為に、ダニエル様の頭の中に教会の周囲の映像をスキルでお見せしてもよろしいですか?」


「んっ? 私の中にかね?」


 ダニエルは顎に手をあてがえつつ、必要な広さを聞いてくる。

 ミツはダニエルへと教会の周りの風景を〈思念思考〉にて教えようとすると、ダニエルは疑問符と首を傾げる。


「はい。このスキルは厨房にいらっしゃるパープルさん達にも、自分の知る料理を教える時に使用した事のあるスキルですので、身体に問題はありません。もし不安と思われるなら別の方法を……」


「構いません。ミツさん、どうぞ旦那様にそのスキルをご使用下さい。また僭越ながらそのスキル、私にも使用していただける事はできますでしょうか?」


「お、おい、エマンダ……」


「あら、旦那様? 既にパープルが経験した事だと言うのに、不安と思われるのはおかしな話ですわ」


 苦笑いを浮かべるダニエルをエマンダはホホホと笑い飛ばし、その笑みの内側には明らかにミツのスキルの好奇心からの発言が大きく出ていた。

 

「「私も。宜しければ、私にもその教会を見せて頂けることはできますでしょうか」」


「「「!?」」」


「姫様。その様な発言はお控えください」


 ルリの言葉を復唱した二人へとタンターリと女性騎士の二人の視線が彼女へと向けられる。

 タンターリは小声にルリを窘める言葉を出すと、彼女はしゅんと落ち込むように視線を落とす。


「えっ? ルリ様もですか? あの……自分は構いませんが、お見せするのは教会の周りの空き家と土地ですよ?」


「「左様ですか……」」


 その言葉を返し、ルリは先程の自身の発言を謝罪してきた。

 別に見せても問題はないのだが、本当に見せるのは空き家と空き地の周囲だけである。


「それではダニエル様、エマンダ様、失礼します(〈思念思考〉)」


「んっ!」


「まぁ……これは」


 ミツのイメージを〈思念思考〉のスキルを使用して二人へと送る。

 ダニエルは一度眉間にシワを寄せ、次第と空き家とその場の風景を見て何処まで教会を広げることができるかを考え始める。

 エマンダは最初から最後まで恍惚とした表情をつくり、まぁまぁと言葉を出すだけであった。

 そんなエマンダの反応に隣に座るパメラは少し困り顔だが、反対にエマンダ婦人はあい変わらずブレない人だなと笑みを浮かべるミツだった。

 〈思念思考〉のスキルを使いながら、広げることが可能な広さを話し合い、次に材料や人材の話へと移行していく。


「うむ。しかし、ミツ君。本当に立て直しに使う材料が廃材で良いのかね? 君が望むなら数日で材料などを用意するが」


「お気持ちありがとうございます。でも廃材でも使えるものがあると思いますので後は自分で何とかします。それと人材も集めるのにはお金もかかりますからね」


「ふむ……君がそう言うなら私は構わんが……」


「貴方、廃材であるなら良い物がありますわよ」


 二人が教会の立て直しに必要な材料を話し合っていると、エマンダが笑みを作りながら静かに両手を合わせる。

 

「んっ? エマンダ、それは?」


「エマンダ様、そんな都合の良い物があるんですか?」


 二人の疑問の視線を受け、エマンダはミツの方へと更に笑みを深め言葉を返す。


「フフッ。はい、武道大会の会場が一部破損いたしましたので、ミツさんには是非ともそれをご利用いただきたく思います。お言葉ながらミツさんのアイテムボックスならば、材料を運び出す人材も時間も削減できますわ」


「あっ……。そ、そうですね。そんな物も、ありましたね……ははっ……。すみません」


 エマンダが武道大会が行われた会場の話を持ち出すと、ミツは気まずい気持ちになりながらも苦笑いを返すしかできなかった。

 何故なら会場はミツの〈双竜〉のスキルにて破壊され、今はなんとか泥土をかき出した状態で置かれている。

 流石に重機などが無いこの世界では、壊れた壁やむき出しになった地面を直すには時間がかかるから仕方ない。

 ミツは自身でその時やってしまったことを思い出したのか言葉に詰まる。

 彼のその反応に思わず笑い出すダニエル。


「ハッハハハハ! なるほど、確かにあれは片付けるには少し人手を使ってしまう品物。君が良ければ全て引取ってくれても構わんよ」

 

「ですわね。フフッ」


 二人が茶化す様な言葉を続けると、パメラが少し言葉に圧を込め二人を止める。


「あなた、エマンダ、それは二人ともミツさんに失礼すぎますよ。ミツさん、主人とエマンダの失礼を謝罪いたします。申し訳ございません」


「いえいえ。自分でやってしまった事なのに、忘れてしまっていた自分も悪いので」


「「あの、ミツ様。先程から気になる点が私にはございまして……。ミツ様は商業関係や、そう言った専門的なお方にお心当たりがあるのでしょうか? 失礼ながら、フロールス家の皆様のお力を借りる事ができるなら、教会の立て直しなら数年とかからずに済むのでは」


「んっ? ああ、ここにいらっしゃるダニエル様やルリ様にも以前お見せしましたが、あの力。あれを使おうと思います。自分の魔力も以前より増えましたので建物一つなら恐らく大丈夫かと」


「えっ……」


 代弁する二人も聞きそびれる程のルリの驚く声が聞こえる。


「んっ……。ミツ君……まさか君が教会を創るつもりなのかい?」


「はい、そのつもりです」


「「「……」」」


 ダニエルは廃材を使うのは家具などに作り直したり、薪等の火種にするものだと考えていたようだ。

 まさか教会を創り出すことなど不可能だと思ってしまったが、目の前の少年がまたやらかして……。いや、見せてきた奇跡をまた見る事になるとは思ってなかった。

 あの力と言う言葉で理解したのはダニエル夫妻とルリとゼクスの五人だけ。

 ルリの護衛や側仕えの人達は何の事だろうと疑問符を浮かべていた。


「まぁ……。ホホホッ。ミツ様、それならばその時は是非とも私めを及びくださいませ。私は領主婦人として街の状況などをを把握すべき義務もございますから。ね、パメラ」


「エマンダ……あなたは。ミツさん、エマンダの言葉の半分は真実にございます。宜しければ私もその時は改めて教会の方へ足を運ばせていただきたいと思います」


「「ご迷惑でなければ、その時は是非とも私も足を運ばせてください」」


「はい。では、自分が後日皆様をお迎えに参ります。王宮神殿の神殿長であるルリ様も来て頂けたなら、教会のシスターの人達はとても喜ばれると思います」


 話を進めるさい、タンターリがお茶のおかわりを作り出し配膳する際、ミツは部屋を見渡すとあれこれと美術品がある事に気づいた。

 ダニエルに許可をもらい、話の休憩も兼ねて少しだけ部屋の中の美術品を見て回ることにしたミツ。

 

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