第187話 後光が差すお人。

 荒れた地面に足を取られぬようにと、周囲の光景に唖然とするのはフロールス家執事のゼクス。

 馬がヒュドラに怯えるも、ミツの力にてゼクスを落馬から回避させる。

 近くにいるヒュドラの存在感の威圧に心で耐えつつ、あれはミツが従える物だと彼は心に言い聞かせている。

 周囲を見渡せば近くに居るのは少年と魔物だけ。

 もう一人いるべき人物が見当たらないことに、ゼクスはバロンは何処かとミツへと訪ねる。


「恐れながらミツさん。先程まで対戦していましたバロン様は何処に……。ま、まさか……」


 ゼクスはミツが向ける視線の先。

 それはミツが召喚したヒュドラに向けられる。

 ゼクスはまさかと思い、恐る恐るとミツへと説明を求める。


「バロン様ですか……。あの人ならヒュドラに食べられましたよ」


「なっ!?」


 ミツの言葉に目玉が飛び出るかと思える程にゼクスは目を見開く。

 侯爵家の貴族を模擬戦とは言え、殺めてしまった。

 その言葉に、ゼクスは後の不安に胸が締め付ける思いに襲われた。

 しかし、それもほんの数秒。

 対面する少年が内容が誤ったと言葉を添えてくる。


「ああ、すみません。言葉を間違えました。えーっと、こっちに」


 ミツがヒュドラへと手招きをすると、一つの頭がスッと静かに近付いてくる。

 流石のゼクスもヒュドラの頭が近づくのは恐怖心を出すのか、緊張のあまりに言葉を失うほどである。

 

「はい、ペッして、ペッ!」


 ミツがヒュドラに対して、まるで子供に言い聞かせるような物言いに、自身の先程の緊張が少し莫迦らしく思えてくるゼクス。

 ヒュドラがミツの言われた通りと、大きな口を開く。

 すると口の中からドベっと音を出し、何かが出てきた。

 それは全身をヒュドラのベトベトの唾液まみれにしたバロンである。

 先程起こった爆発は地面にクレーターを起こすほどの破壊力を出した。

 そこに気絶状態のバロンを放っておく事もできないと、ミツは咄嗟にバロンを〈スティール〉で引き寄せようと掌を向ける。 

 だが、ハッと思い出したのか〈スティール〉で引き寄せる事ができるのは自身の体重以下の物に限った事であり、まだレベルの低い〈吸引〉では間に合わない。

 なら〈時間停止〉を発動することを思ったが、ヒュドラの頭が一つ動き、バロンをバクリと一口で飲み込んでしまった。

 ヒュドラの口の中ならば、外からの衝撃も安心だろう。

 

「!?」


「うわっ……」


 彼はミツの〈ブーストファイト〉とヒュドラの〈龍の息吹〉この二つを目の前で見せつけられた事に、彼の精神が耐えきれずに今は白目を向いて完全に気を失っている。

 まあ、鎧などを駄目にした代償はでかいかもしれないが、幸いと言えばバロンが今の様に気絶しているので、あのヒュドラに食べられたと言う恐怖は彼には残されていない事か。


「生きてるよね……うん、よかった。君も下がっていいよ」


 ヒュドラに役目は終わったと、召喚を解除する。 

 ヒュドラはグルルと唸り声を上げた後、地面に吸い込まれる様にその大きな身体が消えていく。

 ヒュドラの姿が消えた事に、バロン部隊の部隊長が数名の騎兵と共に足早に近付いてくる。


「失礼! バロン様はご無事か! なっ!? バロン様! 死んだのか!?」


「いや、生きてますよ。今は気絶してるだけです」


「ムッ……」


 バロンが倒れた姿を見た後、そんな事を口にする部隊長。

 少しだけ残念そうな雰囲気を感じたのはミツだけなのか。

 彼はミツの姿を見た瞬間、緊張で一度声を止めたがミツは気にせずと話をすすめる。


「この人の怪我も殆どこちらで治してますので、後の治療は不要ですよ。どうぞ、この人を休める場所に運んでください」


「……」


(警戒されてる? そりゃそうだよね……。いや、ただ単にヒュドラの唾液でベタべタなおじさんを運びたくないんだろうかな?)


 ミツはバロンに掌を向け、洗浄スキルの〈ウォッシュ〉を発動。

 旗から見たら気絶してるバロンに水をぶっかけて無理やり起こそうとしてるように見えたかもしれない。

 その行為に驚きと警戒に眉尻を上げる面々。


「「「!!!」」」


 だが、兵士達の驚きの表情は別の物に変った。

 ウォッシュで発動した水をかけられたバロンに付いていたヒュドラの唾液と土汚れが綺麗に落とされ、バロンの羽織るマントがひらひらと風になびく。


「はい。汚れは全て落としましたので運びやすくなったと思いますよ。この人の重さは変わりませんけどね」


「……フッ。左様か。貴殿の厚意に感謝を伝える。おいっ、バロン様をお運びする為に数名を。フロールス家の者よ、すまぬが荷台をお借りしたい」


「はっ」


「かしこまりました」


 部隊長が一人の騎兵に指示を出せば、その人とゼクスは駆け足に馬を走らせ、バロンを運ぶ為と用意をする。

 ミツが分身の方へと歩きだそうとした時、部隊長が馬から下乗し、ミツへと声をかけてきた。


「その方、待たれよ」


「はい?」


 部隊長に続き、他の騎兵の兵士も馬から下乗。

 そして、部隊長がミツの前に立ち、彼が何をするのかと思いきや彼は兜を脱ぎ、ミツに向かって膝をつく。

 続けて他の人達も感謝と言葉を述べてきた。

 関係ないけどこの部隊長、顔がめっちゃイケ面やん。

 

「先ずは貴方様……いえ、神の御使い様には心よりの謝罪を!」


 突然の事にミツはえっと声が漏れる。


「バロン様の発言より、貴方様を不快とした事、本来ならば死を持って罪をあがなう場。それだと言うのに、貴方様は敗北の兵士の一人一人に癒しどころか、失言をしたバロン様に対しても癒やしを頂けた。その事に先ずは深き感謝を。そして……御使い様のお側に控えました天使様の神々しい光にてアベル様、カイン様をお守りして頂いた事に更に感謝を申し上げたい」


 部隊長は自身の膝が土に汚れる事を気にせずと、ミツに感謝と謝罪を口にする。

 他には騎兵部隊の馬の事に対しても感謝が述べられる。

 フォルテ達の光にて、自身達の所にも衝撃が来なかった事を理解してか、自身の主を守ってくれた事に礼を述べてきた。

 その言葉を止めるタイミングをミツが待っていると、薄っすらと薄暗かった空が明るくなっていく。

 それが偶然だったのか、たまたま部隊長とミツの位置が逆光に当たったのかは分からないが、話の区切りが付いたところにミツが膝をついた部隊長へと自身の手を差し伸べると彼は顔を上げた。


「!?」


「大丈夫、大丈夫ですから。自分は気にしてません。それに怪我をした人を治すのは当たり前じゃないですか」


 ミツの笑みと、後光が眩しくも輝く。

 これは本当に偶然起こった事なので、ミツ自身も気づいていない。

 しかし、主であるアベルと共に神殿に幾度も足を運んでいる部隊長はその光景に彼は胸を強く打たれる衝撃に襲われていた。

 この方は本当に御使い様に違いないと。

  

「あっ……ああ……。ありがとうございます!」


「それと自分は神の御使いじゃありませんよ。至って普通の冒険者のミツです」


「……。承知しました、御使い様」


 ミツの言葉に何を思ったのか。

 部隊長は一度否定の言葉にキョトンっとした表情を作った後、笑みを作り言葉を返す。

 恐らく本当の身を隠していると勝手な勘違いをしたのだろう。

 だってミツに対しての恭しさと呼び名が変わってないんだもん。


「だーかーら、きーいーてーくーだーさーいー」


 ミツが幾度も違うと言っても彼らは承知しております、分かりました御使い様と、態度が全く変わらない。

 時間もおかず、兵の数名が荷台を押しつつ、ゼクスが戻ってきた。

 気絶したバロンを荷台に乗せるのにも少し大変そうだ。

 ゼクスは一度ミツと部隊長へ頭を下げ、バロンを屋敷の方へと運んでいく。

 取り敢えずミツはわからず屋な部隊長達を放っといて、クレーターとなってしまった地面を戻す事にした。


「ふー。もういいです。取り敢えず今からやる事があるので、失礼ですが貴方達も少し離れてください」


 貴族相手に相変わらず礼儀を忘れた話し方で、部隊長達を離れさせる為とミツが声をかける。

 部隊長はそれが当たり前と、直ぐに共に来た騎兵と共に動いてくれる。

 その後ろ姿を見送りつつ、フッと分身の方へと視線をやれば、分身が何やら召喚した竜へと餌をあげているのか、彼はアイテムボックスから業務用の大きな肉の塊をいくつも出していた。

 あれは日本に住んでいた子供の頃、町内の子供クラブパーティーで誰かのお父さんが気まぐれと持ってきた品であろうか。

 それを一体一体の前に置いている。

 どうやら屋敷を石などで守った竜へと、ご褒美的な物なのだろう。

 ヒュドラも消してしまう前に、ご褒美的にあげればよかったと思うミツだった。

 少しすると、五体の竜も消えてしまい、分身からの合図が来た。

 分身を影に戻し、ミツはカイン達と話す前にやる事をやってしまう事にした。


「あの者は何をしておるのだ……。兄上の騎兵を払った様にも見えたが」


「ねえ、カイン」


「何でしょうか?」


「私がここに来る前、君はあの者に失礼な発言や物言いはしてないよね? 私の部下があの者へ、後戻りもできない礼儀知らずな言動をしてしまった。恐らく私の言葉は彼にはもう届かないかもしれない」


「えっ……あっ……」


 アベルの言葉にカインは少し焦った態度を取る。

 それはミツがトリップゲートの使用者である事の確認の際、カインは自身の配下にならないかと声をかけている。

 カインが王族としての発言力は兄達と比べたら下であるが、それでも王族の誘いである。

 本来ならば心躍る程の感動を受け、涙を流し一族揃って身を粉にする程に尽くす相手である。

 だが、その時のミツの返答は拒否であった。

 失礼な物言いをしたのは誰かと言われたら、間違いなくミツだと指を刺されるかもしれない。


「その反応を見る限り、既にやっちゃってたみたいかな」


 カインの反応を見たアベルは、自身の顔を隠すように掌を当てては考え込む。


「申し訳ありません。武道大会にて、あの者が初戦の戦いを我々だけではなく、周囲に隠すことなく力を見せましたので先に声を……」


「そうか……。モズモ、バロンの処罰はお前に任せる」


「はっ。承知いたしました」 


 アベルは元に戻った青空を見上げつつ、ミツを無理やり国へ連れて帰ることを諦める事にした。

 自身の部下であるバロンの失態もそうだが、ミツの力をここまで見せられて何も思わないほど王族として彼は愚かではない。

 彼の視線の先には騎兵を見送る少年の姿。

 こちらに来る素振りも見せず、彼は地面に手を当てて何をしてるのか。


「えーっと。イメージは平らな平地っと……。天地造像」


 創造神であるシャロットから貰い受けた〈天地創造〉のスキル。

 ミツ本人的には、これは穴を埋める程度のスキルだとおもっている。

 しかし〈マップ〉〈トリップゲート〉と、シャロットから貰うスキルはジョブやモンスターから奪うスキルとはまた違う。

 〈マップ〉に関しては、洞窟だろうと城の隠し通路だろうと、全てを見透かす地図をミツへと見せる。

 〈トリップゲート〉は、本来ゲートを一つ出すにも使用者にはMPの負担がかかる。

 更に移動距離と人数が限られてしまう。

 しかし、ミツが使用すればゲートは三つまで出せてしまうし、通れる人数も距離もミツ本人のMPを使うこともない。

 そう、神から受け取ったスキルはゴットスキルであり、普通ではないのだ。


 ゴゴゴと地響きが足元から聞こえてくると、足元を崩したのかダニエル達がまた怯えだす。

 フォルテ達の守りの無い今の彼らの動揺を、だれも押さえ込む手段が今はないのだ。

 キャーキャーと貴婦人の声が響く中、ミツの周りに起きる現象にカイン達は口を開き言葉を失う。


「なっ!?」


「これは夢だ……」


「カイン様、これを夢と申すなら我々はいつから眠りについたのでしょうか」


「くっ……。ありえん……。しかし、もうあの者が何をしようと、我々は止めることもできぬぞ……。先程の爆発に消えてしまった平地。あれが元に戻るなど……」


 先程できてしまった大きなクレーター。

 それが地響きと共に地面が上がってくる。

 地面がそのまま上に上がっただけなので、むき出しに出てきた岩などはそのまま平地に置かれた状態である。

 大きな岩は流石に邪魔なのでミツのアイテムボックスへと収納する事に。


「凄いね、流石創造神のシャロット様のスキル。あの大きな穴が元に戻ったよ」


〘フフン。これくらい出来て当たり前でしょ〙


(あっ、シャロット様。でも、見てくださいよ。結構広い範囲を真っ平らに戻したんですよ)


〘あのね、あんたに上げた天地創造は、世界を造り直す事もできるスキルなのよ。私が指先一つで星や世界を創るのとは違うけど、地形くらいならあんたでもそのスキルで造り直す事もできるのよ〙


(はぁ……。造り直すですか?)


〘ああ、分かってないわね。なら、時間がある時にそのスキルの検証をしなさい。何処まで自身でできるのか認知しとくことも後々便利になるわ〙


(分かりました)


 シャロットのこのさり気ない言葉は、ミツの周りにいる者達を更に驚きに引き込む発言でもあった。

 大きな岩を回収後、ミツはフロールス家の私兵達に後の岩をお願いすることに。

 と言っても莫迦みたいな大きな岩はミツが回収してしまったので後に残された岩は私兵でも運び出せる大きさである。

 何故ミツが先程から岩を除いてるのかと言うと、一応平地ではあるが、ここにも道があったのだ。

 馬車を走らせることはないだろうが、荷台を通すには岩が邪魔をしてしまうためである。


 王族が集まる場所へとミツが歩みを進める際、彼はライアングルの街の方へと視線を向けていた。

 数分とは言え、突然空が真っ暗になってしまったのだ。

 あれに気づかない人は居ないだろうと頬を掻きつつ、彼は苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 案の定、ヒュドラの咆哮からその後に空が真っ暗になった事は街の人々に大きな混乱をもたらしていた。

 ヒュドラの咆哮は目に見えずとも人々に恐怖を与えてしまい、更に追い打ちと明るい空が突然暗くなる。

 理由を知っていても恐怖しないものは居ない。

 しかし、何故か数名はヒュドラの咆哮は驚きはした物の、空が暗くなったことに対してはミツの顔が真っ先に思いついていた。


「あいつだろ? 俺はそう思う方に賭けるぜ」


「莫迦ねリック、こんなの賭けにならないわよ。だって私もそう思うもの」


「ははっ……僕も同意見です」


「あんな事できるのミツだけニャ。ってか、それ以外が思いつかないだけニャ」


「うー……。彼には悪いけど、否定ができない……」


「フフッ。お昼時に星空を見上げるのも素敵ね」


「いや、ミーシャ、流石にその反応はねえよ。見てみろよ、周りをよ。あれが普通の反応だぜ?」


「で、でも。本当にミツさんがさっきの事をやったのかな……」


「「「「間違いない」」」ニャ」


 声を合わせ、同じ思いを口にする彼らの表情は偶然にもミツが浮かべた苦笑いと同じ時であった。

 周囲が慌ただしく動揺しているが、リック達は周囲の人々の様に慌てる素振りを見せていない。

 それは無意識と感じてしまうミツの存在感が彼らに安心感を与えているのかもしれない。

 

 ちなみに、今日リック達が集まっているのは、ギルドへと正式なパーティーメンバーの登録をする為である。

 パーティーなんて別にギルドに登録する必要など無いだろうと思うたろうが、パーティー登録をする事により、優先的に依頼を回してもらえたりとメリットもある。

 更にはギルドの信頼も上がるのでリック達が望むアイアンランクを目指すならギルドのパーティー登録は必須であった。

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