第186話 天を裂く

 降参宣言をしたにも関わらず、ミツの空きを狙いバロンが不意打ちの攻撃をした事に、彼が召喚した精霊五人の怒りをバロンは受けることになってしまう。

 ダカーポはバロンの胸ぐらをつかみ、そのまま地面へと叩きつける様に投げつける。

 地面の泥が顔などを汚し、無様な姿にバロンの高貴な貴族としての高いプライドが傷つけられたのだろう。

 反感的な感情そのままに、バロンはミツに対しての暴言を口にした事がダカーポの逆鱗に触れた。

 美しくも可愛らしいダカーポの容姿とは裏腹に、彼女の口から出てくる言葉は殺してやる、一族纏めて殺してやると殺伐とした感情が込められていた。

 ダカーポは持つ槍に力を入れ、槍先をバロンへと投げつけようとするのをミツが止めた。


「マスター……」


「ダカーポ、それを投げたら駄目だよ。ダカーポが自分の為に怒ってくれたのは良くわかったから。だから、ねっ、皆もそんな顔しないで」


「うっ……はい。申し訳ございません」


「うん。ダカーポは良い子だね」


「あっ……えへへっ」


 素直に言う事を聞いてくれたダカーポの頭をミツが優しく撫でると、先程までの空気はどこへやら。

 彼女は頬を染め、とろける様な瞳をし、まるで猫のように自身から撫でられている頭を少しだけミツの手に押し付けてくる。

 ポンポンとミツが最後に軽くダカーポの頭を優しく叩けば、彼女はもっとして欲しそうな名残惜しい視線を送ってくる。

 それに笑みを送りバロンの元へミツが歩き出す。

 

「はぁ〜。マスター」


「ダカーポ……」


 ミツの後ろ姿を見送りつつ、ダカーポは恋する乙女のように頬を染め、撫でられた自身の頭に手を添えている。

 そこに後ろから聞こえるメゾの声。


「えっ? な、なんですの、メゾ姉様?」


「ここかしら……マスターの寵愛を受けた頭は!?」


 姉であるメゾは突然ダカーポの頭に手をのせ、ゴシゴシと彼女の髪の毛が乱れる程に撫で始める。


「い、痛い! 痛いですわ、メゾ姉様! 止めてください! ああ、マスターの温もりが分からなくなるじゃないですか! お姉様方、メゾ姉様を止めてください!」


「「ツーン……」」


「ええっ!?」


 長女と次女に助けを求めるが、二人はそれを見ないふり。

 更にメゾは自身の顔をダカーポの頭に押し付け、クンカクンカと匂いをかぎ始める。


「はぁ……はぁ……。マスターの匂い!マスターの温もりがここに……」


「イヤー! メゾ姉様、止めて! 止めて! 本当に止めてくださいませ!」


 そんな姉妹のやり取りに、彼は振り向いて見てはいないが、ミツは苦笑いを浮かべるしかできなかった。


「さて……。バロン様」


「むっ……」


 先程まで精霊達に向けていた笑みは無く、ミツはバロンの前に立つ。

 見下ろす形となるが、バロンはまだダカーポに地面に投げつけられた衝撃の痛みに立ち上がることも苦痛なようだ。

 身体を起こそうと地面の土を握りしめ、今はなんとか膝をつきミツの方に顔を向けるのが精一杯。


「これが最後の通告です。まだ戦いますか?」


「……」


 ミツの質問に、無言の反応を見せる。

 バロンの瞳には、まだ諦めの文字は見えないようだ。

 彼はその瞳をみて、内心でため息を漏らす。


「分かりました……」


 ミツは踵を返し、ヒュドラの方へと歩みはじめる。

 また不意打ちが来ることも警戒していたミツだが、精霊五人の威圧と警戒が込められた視線にバロンは指一つ動かすこともできなかったようだ。

 恐る恐るとバロンの口が開く。


「こ、これ以上貴様は、何をする気だ……」


「バロン様には自分とヒュドラの強さを見ていただきます。さあ皆、悪いけど働いてもらうよ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 ミツの指示に直ぐに動き出す五人。

 彼女達五人には念話のスキルを使い各自言葉を伝えてある。

 また美しく空に飛び立ち、精霊はミツを中心としてバラバラに少し距離をとり始める。

 またヒュドラの首の一つ。これがミツの前にヌっと顔を差し出せば、ミツがヒュドラへと何か話しかける。


 フォルテがまた貴族達を守るためと先程の位置に戻ると、そこに一人の貴族が恭しく膝をつき、フォルテへと声をかける。


「恐れ入ります天使様! 私の名はマトラスト・アビーレ・リッヒント。辺境の地にて辺境伯の身分を預かる身。恐れ多くも天使様にご質問がございます」


 マトラストの声にフォルテは視線を向け、軽く頷きを見せる。

 マトラストは王族であるカインとアベルの代わりとフォルテへ質問を飛ばす。


「お許し頂き心より感謝申し上げる。ありがとうございます。それで、彼は……ミツ殿は今から何をするのでしょうか!? また、あのヒュドラは一体!? どうかお答を……」


 マトラストの質問はこの場の周囲にいる者全ての言葉だった。

 彼の言葉が止まると、ざわざわとざわめく声が聞こえてくる。

 

 フォルテは一度ミツの方へと振り向きなおり、軽く頭を下げる。

 そして、フォルテがマトラスト達の方へと振り向き直し、彼女の声が周囲の人々の声を止める。


「落ち着きなさい人の子らよ。今、マスターからの許しを得ました。全てをお話しましょう。よく聞きなさい……。今マスターと対するあの者は愚かにも、我々のマスターに愚劣な行いをしました……。しかし、それに対してマスターは寛大なる御心にあの者へ許しを与えました。ですが、残念な事にあの者は感謝する心を持たず、未だマスターに対して牙を向けようとしたようです。これより、今からマスターが召喚したヒュドラの力をお見せすることにします。この場にいるならば私達が皆様をお守りしますので、どうか皆様、この場から動かないようにそれがマスターの望みであり、皆様の救いでもあります」


 フォルテの言葉に、周囲が本気に驚いた目を向ける。

 あそこまで一方的にやられておきながらまだ抵抗するのか。

 改めて言うが、それはバロンを勇敢な者と見るのか、それともただの莫迦者と見るのか。

 まあ……殆どの者が後者と見ているのだが。

 更にフォルテに他の貴族も質問しようと声を出そうとしたその時、皆が視線を背けたくなる存在のヒュドラが動き出す。

 ヒュドラに掌をあてがえ、支援スキルを発動していたミツが声を出す。


「これで良し……。皆、守りを!」


「「「「「はっ!」」」」」


 フォルテは貴族達に向けていた耳を塞ぎ、自身の持つ槍先を両手に握りしめる。

 暖かな光に包まれるフォルテ。

 それは他の四人の精霊も同じ様に光に包まれている。

 一筋の光がフォルテから横に飛ぶティシモへと飛んでいく。それと同時にティシモからメゾ、メゾからダカーポ、ダカーポからフィーネ、そして光が一周するようにフィーネからフォルテへと光が戻る。

 一つの光が一周するとまた新たな光がフォルテからティシモへ。

 それが数本の光を通したのちヒュドラが咆哮を上げる。

 しかし、先ほどの咆哮とは違い、ビリビリと伝わる恐怖感もヒュドラの咆哮の声は周囲の者達は小さく感じていた。


「こ、これは……」


「まさか、我々は天使様の加護を受けているのか!?」


「うむ。マトラスト、恐らく……。でなければ、先程の様に耳をふさぎたく様なヒュドラの咆哮を耐える事もできまい……。アレを見よ……。幼き子供ですら普通にヒュドラを見ておるぞ」

 

 カインが顎で指す方にはロキアがジッとヒュドラの方を見ている。

 その姿には怯えや恐怖に泣き叫ぶこともせず、兄と姉に無邪気に話す姿が見受けられた。

 人々はヒュドラの咆哮に怯えはするも、天使が自身を守っているという体験を逃すまいと貴族の中にはフォルテを崇め始める者がちらほら。

 だが、人々がそんな事をしたとしても、フォルテは反応を返すことはなかった。

 

「そうそう、そのままそのまま」


 ミツはヒュドラの五つの頭を誘導しつつ、同じ方向に向ける。

 人間の、また子供と見間違える様な少年の言葉を忠実に言う事を聞くヒュドラの姿に、改めてそれを見る者はひたいに大粒の汗を流していた。

 

「ストップ。その位置から動かないようにね」

 

 空からは先程よりも雨が強く降り始めていた。

 ミツは大きく一度深呼吸。

 そしてヒュドラへと指示を送る。


「よし! 龍の息吹! 撃って!」


「グロロロロ!!!」


 五つのヒュドラの頭が大きく口を開く。

 その口からは紫色の炎が溢れ出す様に放出される。

 五つのヒュドラ全てが龍の息吹を吹き出せば、周囲は紫の光に包まれ、また観戦する者全てを恐怖に包み込む。


 ゴーゴーと吹き出す龍の息吹。

 それが空高く上がり、雨雲を飲み込んでもその勢いは落ちない。

 雲を通り越し、空を紫に染め上げる。

 

「あ、あ……ああ……ああ……!?」


 目の前で放出される龍の息吹。

 その凄まじい勢いと音に、バロンは腰を抜かす。

 しかし、彼の驚きはまだ続く。

 それは全身の毛穴が開き、冷や汗、脂汗、等々バロン自身が経験したことのない汗がダラダラと体から流れ出す。

 そんな経験したことのない恐怖感がヒュドラとはまた違うところから彼は感じ取っていた。

 彼が視線を落とせば、先程までヒュドラの側にミツの姿がない。  

 感じる感覚、そのままに、離れた場所に視線を向けるとそこにはミツが居た。

 しかし、彼の姿が先ほどとは違い、白髪の少年へと変貌している。

 ミツはヒュドラに龍の息吹を指示を出した後、彼は自身の能力を限界まで上げる為に〈ブーストファイト〉を発動。

 能力上昇系のおまじないの他に、支援のバフスキルと魔法。

 そして大会の時とは違い、今回は演奏スキル、更に分身とフォルテ達が居ることに〈絆の力〉スキルの効果が増しましにミツにかかっている。

 人の限界を超えた過剰な支援だが、破壊神であるバルバラの加護の効果にて、ミツはそれに耐える事ができている。

 

「な、何だ!? あの少年の姿は!?」


 変貌したミツの姿に思わず声を出してしまうアベル。


「あいつ、またあの姿に!」


「カイン、彼の姿を知っているのかい?」


「はい。兄上。あの者は武道大会にてローガディアの選手。あちらにいらっしゃいますバーバリ殿との戦いの際、あのような姿に……。しかし……」


「んっ? しかし、何だ?」


「あの時とは違い……あの異様な姿を観戦していた時は恐怖に身を震わせる思いに襲われたのですが、今回はそれ程それを感じることもないので……」


「カイン様、恐らくですが、彼が闘気を抑えているのでは?」


「ふむ……。であろうか……」


 マトラストの答えに、首を傾げつつ納得するカイン。

 本当のところは、今自身達を守っているフォルテ達の光。これがミツの持つ〈コーティングベール〉と似たような効果も出している為、カイン達はミツの異様な威圧感を感じることはなかった。

 しかし、ミツの近くにいるバロンは違う。

 フォルテ達の守りを受けていない彼は、直接ミツの威圧感を全身で浴びている為に彼の意識は細い糸で保たれている程にギリギリであった。

 空にある雨雲の色が紫に染まり、周囲はまるでブラックライトに照らされているように見えている。

 そして、ヒュドラの龍の息吹が止まったその時、空の色が明るく光りだす。

 その光を合図とミツがスキルを発動する。


「インパクト!」


 ドンッ!


 ミツの拳から放出する光が天を貫く。

 真っ直ぐに雨雲の中に入ったインパクトが一度大きな破裂音を出し、雨雲を吹き飛ばす。

 すると姿を見せたのは龍の息吹で作られた紫の大きな球体。

 まるで太陽の様に表面には炎が走り、ゴワゴワと聞いたことない音に人々の恐怖心を沸き立たせた。

 そして、インパクトを受けた龍の息吹が二回目の爆発を空中にて起こす。


 ドッカーーーン!


 爆発的な破裂が起き、一瞬周囲は真っ白な光に包まれる。

 音に合わせ、衝撃波が周囲を襲う。

 木々は倒れ、石や物が飛び回る。  

 フォルテ達の守りがなければ、飛んでくる石などが兵や貴族達に被害を与えたかもしれない。

 耳をつんざく程の音に人々は驚き、身を縮ませる。

 主を守る為と、バーバリはエメアップリアを自身を盾に彼女へとおいかぶる。

 その行為に似たことを周囲の者もしていた。

 母であるレイリーを守る為とジョイスが前に立ち、彼は光からも母を守る。

 カイン達も護衛兵に守られつつも、光の先が気になるのか目を細め、視線はミツから外すことはない。

 まるで雨粒の様にザーっと飛んでくる砂粒。

 それをフォルテ達の守りの光が受け止め、更に雹粒のようにババババと音が変わる。

 更にそれよりも大きな物が当たっているのか、ドンッドンッドンッと大きな物が当たる音が続く。

 ぶつかる音に恐怖する者や、天使様の守りは本当に大丈夫なのかと不安に思う者。

 そして次第と音は消え、周囲が静かになる。

 終わったのかと人々はゆっくりと下げていた頭を上げはじめる。

 やまびこの様に遠くでまだ響く音が聞こえるが、人々はそれを気にすることもできない程の光景を目にする。

 そう、彼らが生まれてきて、人生で一番と思える程、ヒュドラを見た以上の驚愕する光景を目にした。

 それは目の前に飛んできたであろう土や岩の壁が少しできていた事か?

 いや、先程まであった平地が、全て大きなクレーターとして莫迦みたいな大きな穴を開けたことか?

 いや、違う‥‥‥。

 自身の目が先程の光でやられてしまったのかと勘違いするものもいたであろう。

 何故なら、先程降り始めていた雨にて太陽の光が届きにくい状態でも、人々は当たり前のように周囲の景色、ミツの戦いが明るく見えていた。

 だが今は暗い。

 そう、まるで夜の様に暗いのだ。

 何故周囲が暗くなったのか。

 しかし、遠く離れた場所を見れば普通に明るい。

 この異様な光景を見た者……いや、経験した者はこう語る。

 一つの光にて空は消え、そこには夜空である星空が空に見えていたと。


「な、何が起きたと言うのだ……。空が消えただと……」


 その言葉を口にするカインは、昼を過ぎたばかりの空に星空が見える事に異様な感覚に襲われていた。

 

「か、彼の力は天をも裂いてしまうのか……」


 唖然と空を見上げる者。

 驚きすぎてこれは夢だと、自身の見ている光景を疑い始める者すらいた。

 暗い空にはキラキラと満天の星。

 スッと流れた流れ星を無意識に視線で追えば、空を飛んでいる精霊の五人の姿が人々の視線を集める。

 

 そして、彼女達が兵や貴族を守る為に発動していた守りの魔法を解除し、主であるミツの元へと飛んでいく。


「彼は何処に!?」


「まさか、あの衝撃に自身の身を吹き飛ばしたなど笑えぬ事になったのではあるまいな……」


 カインは穴の中を覗き込むように周囲を見渡す。

 しかし、日の光も薄く、暗闇ではミツの姿を見つけることができなかったようだ。


「アベル様、カイン様。あの者は恐らくあの天使様方々が飛んでいくあそこに居るのでは」


「んっ!? しかしマトラスト、あそこには大きな岩しか……。いや、待て!? ヒュドラは何処に行った!?」


 マトラストがフォルテ達が飛んでいく先へと指を指す。

 だがそこには真っ黒にすす焦げた岩だけしか見えない。

 カインはハッと思い出したかのように首を振りヒュドラを探す。


「カイン、恐らくあれがヒュドラだよ……」


 五つの光が岩山へと近づく。

 

「マスター、ご無事でしょうか」


「うん、大丈夫だよ」


 フォルテが声をかけると、岩山の中からミツの声が聞こえる。

 ゴゴゴと音を鳴らし、砂煙を少し巻き上げながら岩が動き出す。

 いや、アベルの予想通り、岩と見えていたのはヒュドラであった。

 ヒュドラは身体をとぐろを巻く様に丸め、その中にミツを入れては上からの衝撃、また飛び交う石などから彼を守ったようだ。

 ヒュドラには先程の衝撃も耐える程の鱗がある。

 巻いていたとぐろを解けば、身体についていた砂や石が落ちていく。

 ミツの姿を確認した五人の精霊はその場で膝をつき、恭しくミツへと頭を垂れる。


「マスター、貴方様のご命令通り、我ら五人の力にて人の者達を守ることができました」


「うん。ありがとう五人とも。君達が居なかったらこの場がもっと被害が広がってたと思うよ」


「いえ。マスターのお力の偉大さ。予定通りあの者たちに見せることができました」


「やりすぎた感もあるけどね。さてと、これは流石に自分が元に戻さないと駄目だね。後片付けはこっちでやっとくから皆は戻って良いよ」


 周囲を見渡せば、そこはもう平地とは呼べない程に土が盛り下がっている。

 以前ゼクスとの模擬戦をした時も後の場は地面に穴が空いたりしたが、今回はその比ではない。

 ミツの言葉に五人の精霊が改めて頭を垂れる。


「「「「「はっ!」」」」」


「マスター、我々は何時でもお呼びくださいませ。それがマスターの望みであれば、我々の喜びにございます」


 フォルテは言葉を残すように彼女は光となり、ミツの身体の中へと吸い込まれるように消える。

 続けて残りの四人も続くように消えていく。


 ミツが空を見上げれば、次第と夜空に光が戻っていく。

 先程の衝撃に怪我人などがいない事を周囲を確認。

 モスキートングから奪ったスキル〈視覚感覚強化〉の効果で、遠くに離れた人々の姿もハッキリと見えるのは助かる。


「よし、問題なさそうだね。屋敷のあっちは分身が守ってくれたから被害は無さそうかな」


 ミツが屋敷の方へと視線を向ければ、そこには五体の竜の身体を盾と重り代わりと屋敷を守らせていた分身の姿。

 竜一体の守備力が高い事もあり、分身は竜を屋敷近くへと移動させていた。

 一応フォルテ達の守りがあるとは言え、衝撃に窓などが破壊させ無い為にと、分身は土壁を発動。

 ただの土壁では倒されるかもしれないので、後ろに竜を配置して土壁を抑えさせていたようだ。

 分身は土壁を解除したのか、分身と竜の姿を目視する。


 ミツが周囲を見渡していると、ゼクスが馬を走らせこちらへとやって来る姿が見えた。


「はっ! どうどう……。ミツさん」


「ゼクスさん。すみません、お屋敷でこんなに暴れてしまって」


 ゼクスが話しかけてくるが、ミツは何か言われる前と彼に謝罪を告げる。

 ゼクスはまさか謝罪の言葉を告げられるとは思っていなかったのか、少し言葉を止めてしまう。少しだけ目を伏せたゼクスだが、彼はいつもの飄々とした笑みをミツへと向ける。


「いえ。おっと……どうどう……。貴方様の戦い、我々全ての者が感服いたしました。うっ……それで……そのヒュドラですが……」


 ゼクスは会話中、幾度も馬を落ち着かせるように宥め続けている。

 さて、乗る馬が先程から落ち着かない理由だが、ミツの背後にいるヒュドラが原因でしかない。

 ミツは天に〈インパクト〉を打ち込んだ後は〈ブーストファイト〉のスキルは解除してあり、彼からの威圧感は全く無い。

 しかし、何もしなくても居るだけで見る者を恐怖に落とすヒュドラはまだそこに居るのだ。

 

「この子は害を与えるモンスターのヒュドラとは違いますよ」


「それは?」


「取り敢えず馬を落ち着かせましょうか。ゼクスさん、少し失礼します」


「!?」 


 ミツは〈時間停止〉を発動し、止まっている時間の中で馬に対して〈コーティングベール〉を発動する。

 ミツが突然目の前で姿を消したこと、そしてピタリと馬が落ち着きを取り戻し、視線を落とせばミツが優しく馬をなでる姿を目にする。

 時間を止めたのは暴れる馬に近づくのが危険だった為である。

 

(ホッホッホッ。いやはや、本当に彼の力は計り知れませんね。……あっ)


 ミツとバロンの思わぬ戦いがこれで終わった。

 ゼクスが周囲を見渡し、空を仰ぐとキラキラとまだ星空が肉眼でも見える美しさ。

 そして思い出したかのようにあっとゼクスが対戦相手のバロンは何処なのかとミツへと質問する。

 それに対してミツは苦笑いを浮かべつつ、ヒュドラへと視線を向けるのだった。 

 その反応に顔を引きつらせるゼクスだった。

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