第185話 幻獣召喚をしてみた。

「さあ、我は恐れぬ! 兵が全て倒れようと、我一人になろうと、アベル様を守るこの剣は決して折れぬ! 何故ならそれが貴族としての使命! 故に……」


 バロンが先程から長々と向上を述べているのにも飽きてきたのか、ミツは空を見上げ〈天候予知〉のスキルを使い空を見上げていた。


「雨が降ってきそう」


 そんな言葉をミツが呟いていると、数分も立たずにパラパラと雨が降ってきた。

 観戦席では雨を避けるための魔導具が使われたのか、観戦する貴族達は椅子から立ち上がることなくこちらを見ている。


「あれって、何の魔導具を使ってるのかな?」


「よいか! それでは我と貴殿の剣を交える!」


「えっ? あっ、はい」


「ぐっ! うおおおおっ!!!!」


 自身の話を聞いていなかった事が分かるようなミツの生返事にバロンは奥歯を噛み締め、馬を走らせる。

 バロンに注目が集まる中、対するミツは迫るバロンを待つようにその場から動かない。


「本気でやれと言ったのは貴方ですからね。折角なので、スキルの検証させてもらいますから。まあ、流石に危険なものやこの場で使えない物もあるので限りますけど……。さてと、ごめん、少し暴れるから君は竜達と一緒にもう少し下がってて」


「分かった……。あっちに」


「グルッ」


 ミツは分身にこれからやる事に少し場所を取ることを伝える。

 分身は竜の頭の上で胡座をかいて座っていたようだ。

 彼はそのまま、五体の竜へと指を指し移動を促す。


「あの者は何故動かぬ!」


「少年君、君はこれ以上何をする気なの……」


「……」


「こらー! ボサッとしてないで動かぬかー!」


「ひ、姫君。他の方々にご迷惑となりますのであまり声を出しては」


「バーバリのアホ! アホ! 友を応援するのに表に出さすどうするっての! ほらっ、お前達も見てるだけではなく、国の友好者へと応援に吠えるっての!」


 周囲の視線も気にせず、バーバリに窘められつつもエメアップリアはミツへと声援を送り出す。

 カインとセルフィはそんな彼女の声も聞こえていないのか、二人は怪訝にミツの動きを見逃すまいと視線を外さない。

 レイリーもミツの近くから竜が下がったことに、また何か童は楽しませてくれるのかとほくそ笑む。


 バロンが乗る馬の走る音がミツへと近付く。


「武器を構えぬとは、自身の力を過信し過ぎて後悔するが良い! 地面に頭を擦りつけようと、貴殿を打つ!」


「ふー……」


「テヤァ!」


 バロンの槍がミツへと突き出されるその時。

 彼の拳が魔力で光を出す。


「バーンナックル!」


「!? ぼへっ!」


「「「「!?」」」」


 馬に跨がっていたバロンが異様な声を出しては、突然馬から落とされ後方に倒れる。


「ゴハッ! な゛、な゛に゛が!?」


 馬から落とされたバロンは背中に衝撃が走る。直ぐに彼は身体をお越しつつも顔に走る違和感と痛みに顔を顰める。

 自身の顔に手を添えると鼻から血を出しているのか、指先に血がつく。

 よく触るとバロンの鼻先が曲がって折れてしまっている。


「お゛、おどれ! ぐっ! フンッ! 不意打ちの魔術とは卑劣な!」


 バロンは自身の鼻をコキッと小さな音を鳴らし鼻を戻す。

 フンッと鼻息一つに鼻血を飛ばし、彼は普通に喋りだした。  

 そんなバロンは格闘漫画みたいな人だなと呆れて見るミツ。


「卑怯も何も、自分が魔法が使えることはバロン様はご存知のはずですよ」

 

 彼が放った魔法〈バーンナックル〉。

 これは自身の手に魔力を纏わせ、そのまま相手を殴りつけると言う、一応魔法に分類する物である。

 ミツは素早い動きでバロンに自身の手が届く位置に移動。

 その後、魔力を込めバロンの顔面を殴り飛ばしたのだ。


「くっ! ならばそれも踏まえ、必ずや貴殿を打つ!」


「ファントムクラッシュ!」


「なっ!? ぐあっ!」


「おお、なるほど、これは動物の口みたいに出るのか」


 バロンが喋ってる途中だが、ミツは気にせずと検証を続けるとスキルを発動。

 〈ファントムクラッシュ〉。彼が拳を突き出すと青い炎が動物の口と牙を作り相手に食らいついていた。

 突然自身の槍を持つ右腕に、鎧越しとはいえ青い炎の熱と噛み付いた痛みが走り慌てだすバロン。

 彼は驚き続きだろうがミツの検証は始まったばかり。 

 ミツはアイテムボックスからボロボロの剣を一つとりだす。

 これはスケルトンと戦った時に拾った奴だ。

 冒険者ギルドでも、引き取る事が拒まわれた品。それは刃は欠け、土汚れが付いて握る柄の部分が割れている。

 ミツはそれを一瞥すると握る剣に〈物質製造〉を発動。

 グニャリグニャリとその形を変えていく姿を目の前にバロンの動きが止まる。


「うん、これで良いかな」


 彼の手には剣の握り、グリップ部分が握られている。

 付いていた土の汚れは砂にしてサラサラと落とす。

 フッと剣に息を吹きかけると見事な装飾を施した絵が浮き出る。

 その絵はよく土産やなどに売っている中ニ臭い龍などのキーホルダーを見立てている。

 非常に使いにくい武器を完成させたミツであるが、そのデザインが作った本人の趣味であるので、本人は満足する程にそれを格好いいと思っている。

 実はアレには正式名称があり、その名も魔界のドラゴン夜光剣キーホルダーと言うそうだ。

 中二臭い名前である。

 

 ミツはその土産屋のキーホルダーに似たてた剣のグリップを握り、スキルを発動。

 ブオンと音と光を出し、光の剣〈ライトセーバー〉が発動する。

 元々このスキルを発動する為に製造した物だけに、刃の部分はライトセーバーを発動すれば刃の意味はなさない。


「なっ!? くっ! そのような物で! ハアッ!」


 バロンはミツが出したライトセーバーに驚きつつも、落とした槍を拾いそのままミツへと槍先を突き出す。


「おっと」


「セイッ! ハッ! ダアッ!」


 バロンが槍を一突き、一突きと手加減なしの攻撃をミツへと向ける。

 だが、バロンの攻撃はとても遅い。

 ゼクス程の攻撃の速さもなければ、バーバリ程の武器のキレもない。

 ミツは槍を避けた後に、ライトセーバーを槍へと当てる。

 まるでハエ叩きの様なパチンッとした音を鳴らし槍をはたき落とす。


 パチパチパチパチパチパチパチ。


 避ける度に叩き続けると次第と槍先が変形してきたのか、若しくはバロンの自身の腕に疲労が溜まってきたのか。

 最初の攻撃と比べるとバロンの攻撃スピードが下がって来ている。


「おのれ! おのれ! おのれぇぇ!!!」


 自身の攻撃が流され相手に一撃も与えられない。多くの人達が自分の戦いに注目している。

 そんな中で無様な戦いは見せまいとバロンは次第と焦りを見せ始めた。

 ここでバロンはフェイントを入れ、槍を突くのを途中で止める。

 ミツが必ず攻撃を避けることが分かってきたバロンは、ミツが次に移動すると分かる場所へと蹴りを入れる。


 ドカッ! その様な鈍い音が響く。


「フッ……。ぐっ、ぐあああ!」


 バロンの不意打ちと思える蹴りがミツに当たったと思いきや、その蹴りはミツを蹴り上げてはいなかった。

 寧ろバロン本人の足に少しだけ間を置き、激痛が走りだす。

 その痛みに思わずバロンは呻き声を上げてしまう。

 自身の痛みが走る足を見れば、足の脛を守る甲鎧が割れている。

 更に運も悪く鎧の破片が足を切ったのか血が流れ始めている。

 どうやらミツが咄嗟にカウンターのスキルを発動してしまったのだろう。

 更にバロンの運も悪く、ミツの攻撃にはダメージ増加のスキルも重ねて発動していた。

 〈出血〉にてバロンの足からの出血が増加し、〈パワーチャージ〉にてカウンターの威力が増加。

 咄嗟に振り払う程度に裏拳をバロンの足に当てた程度なのだが、彼の一撃はバロンの動きを止めるには十分すぎる一撃であったようだ。

 

「あっ、すみません……」


「くっ! なあああ!!」


 怪我をさせる気はなかったミツはバロンに怪我を追わせた事に、模擬戦中にも関わらず相手へと謝罪の言葉を口にする。

 それがバロンの怒りを更に焚き付けた。

 バロンは怒りのまま槍を振り始める。

 しかし、怪我した足では痛みに力を入れて踏ん張る事もままらないのか、更に攻撃の一撃が遅くなる。

 

 ミツも手負いの者を相手にしては検証に身も入らないのか、少し残念にバロンから距離を置く。


(はぁ……まだ数個のスキルしか試せてないのに……。やっぱり人が相手じゃ本気出す前に終わっちゃうよ。態々フォルテ達にダニエル様達を守ってもらうようにお願いしたのに)


 自身へと睨みを効かせるバロンへと、内心ため息と愚痴をこぼすミツ。

 彼の予定では新しく覚えたスキルや魔法、そしてフォルテ達がどこまで自身のスキルの衝撃を耐えることができるのかを知りたかったのだが、結果は不完全燃焼である。


「あの、バロン様。失礼ですがその足ではまともに戦えない状態と思われます」


「ハァ……ハァ……ハァ……、何を言うか……」


 息も絶え絶え、いつも騎乗した戦いばかりしてきたのか、バロンの体力はそれ程でもなかったようだ。

 そりゃ、あんな全身鎧姿の格好に加えて、大きな槍をブンブン振り回したら本人のスタミナが多くあったとしても消耗は早いだろう。


「ふざけた発言をし、我の戦意を削ぐつもりか!? 我は折れぬ! 足の骨が折れようと、武器が壊れようと!」


 ミツの言葉に反発するが、バロンとの戦いの結果はもう見えている。

 部下である兵士達は全て堀と川の方に出したので、彼らはこの試合ではもう死亡扱い。

 先程まで乗っていた馬は怯えて逃げ出している。

 バロン自身も手負いとなり、自慢の得物である槍先はボコボコに曲がっている。

 対するミツは未だ無傷であり、消耗した事といえば、フォルテ達を出した時に使った数百のMPだけ。

 戦力は精霊達に加え、ティラノサウルスの様な竜が五体。

 更に言えばミツの分身まで居るのだ。

 これを逆転する手段などバロンどころか、観戦している貴族、王族、誰も打つ手などある訳が無い。

 戦場の判断も出来ないのか、バロンの発言にてミツは彼の心を完全に折る事に決めた。


「……。はぁ……。これを出す時は、本当はモンスターが大勢襲って来たとか、街や村が危険なときにここぞって時に出すつもりだったんですけどね」


「ぐっ……。な、何をほざいておるか……」


「バロン様。バロン様は先程魔導具にて、自分がお見せしたヒュドラの討伐は、まだ興行や偽りと思いでしょうか?」


「くっ……」


「いえ、確かに皆様が見た事もない魔導具を見たら、それは誰もが疑いを向けるのは当然だと思います。ですが、彼女達やまた彼の力。あれを見ても信じていただけないと仰るならば、お見せいたします」


「何を見せると言うのだ」


 バロンの疑問とした質問に、ミツは答えない。

 ミツは地面に掌を置き、スキルを発動する。


「〈幻獣召喚〉」


 その言葉、そしてイメージを浮かべミツは幻獣召喚を発動する。

 

「おっ、使うのか……。お前達、もう少し下がるよ」


「グルッ。 !?」


 分身は聞き耳スキルを使いミツの言葉を拾ったのだろう。

 今から起こる事に警戒し、竜を更に後方へと下げさせる。

 五体の竜が素直に分身の言葉を聞き入れ、踵を返したその時。

 動物の勘なのか、竜達は足を止めミツの方へと振り返る。

 振り向き直せば驚き。

 先程まで二人が戦う姿しか見えなかった場所はモクモクと黒い煙が地面から溢れ出して来ていた。


「なっ! 何だこれは!? くっ! 面妖なまねを!」


 煙から退避する為と少しだけバロンが下がる。

 目の前にはモクモクと大きな煙が更に膨れ、ミツの後方に見えていた数体の竜の姿すらバロンの視界から見えなくしてしまった。


 黒い煙だけならば、その場に火でも起きたのかと勘違いするかもしれない。 

 しかし、煙の中でまるで雷が走っているのか、ピカッ、ピカッっと黒い煙を光らせる。

 

「少年君……。あなたは本当に何者なのよ……」


 ボソリとセルフィがその言葉を口にする。

 スッと彼女は椅子から立ち上がり、雨を弾く魔導具の周囲から出ては前に進む。

 彼女の頬や体にポツポツと降っている雨粒が彼女にかかる。

 彼女はそんな事も気にせずと、黒い煙の中で走る雷に照らされ、浮き出たシルエットに全身を恐怖に震わせていた。

 それを目にした者はセルフィだけでは無い。

 王族であるアベルやカイン、レイリーやエメアップリア。

 貴族であるマトラスト、ダニエル、その家族。

 その場にいる者全てが思わずその場から立ち上がり、ひたいに大きな汗を流す。

 信じられない事が起きているのか。や

 恐怖に心臓が直接掴まれている思いにカチカチと歯が震え、無意識と全身が震える。

 黒い煙の中で光るいくつもの瞳が人々の限界を超え、経験したことのない恐怖を彼らにあたえてしまう。

 そして黒い煙を振り払う様に、ミツが召喚した生き物がその大きな首を振り上げ、耳をふさぎたくなるような咆哮を上げた。


「グオオオオオオォォォォォォォ!!!」


「「「「「「「!!!???」」」」」」」


 ミツの幻獣召喚でフロールス家の隣の広場に召喚されたヒュドラ。

 ミツの戦ったヒュドラとは大きさとは1.5倍はあろうか。

 黒い煙から姿を見せたヒュドラの咆哮に、人々は恐怖に足をすくめ驚きすぎて声が出なかったようだ。

 その大きな咆哮は貴族街、商業街、そしてライアングルの街にまで届いていた。


「あ、ああ、あああ……ば、莫迦……な」


 足の痛みも忘れてしまう程の驚きにバロンは震えながらゆっくりと顔を上げる。

 そこには先程自身が虚言だと思いこんでいたヒュドラがいる。

 更にいくつもある頭の一つに先程まで会話していたミツの姿。

 彼の姿を見た瞬間、ミツは掌をバロンへと向ける。

 

「〈ウォータージェイル〉」


 ミツの掌から飛び出した水の流れ。

 それがバロンの周囲を囲むと水は形を作り、まるで檻の様にバロンを捕縛する。


「逃げないでくださいよ」


「に、逃げる!? 我れが……」


 バロンはヒュドラを見上げつつ、無意識と後退しながら距離を取ろうとしていた。

 ミツは離れられても困るので、覚えたばかりの〈ウォータージェイル〉を発動しバロンの足を止める。

 ミツの発言した逃げると言う言葉にハッと自身の足元を見るバロン。

 その地面には自身が後退したと思わせる血の跡が残されている。


 その跡を見た後、またバロンは視線を上げる。

 見上げれば雲の隙間からまだ見え隠れしている太陽の光に、キラキラとその身体を反射させる紫の鱗が視界に入る。

 しかし、それを美しいと言う感情は彼には芽生えない。

 何故なら先程聞いたばかりの竜の唸り声とは違い、ヒュドラの唸り声は自身の心臓に直接響いているのだから。

 無意識に自身の心臓のある位置を鎧越しに押さえつけるバロンだった。


 少しヒュドラが首を動かすだけでも巻き上がる風。

 バロンにミツの出した水の檻の水がビチャビチャとかかる。

 その水を拭うと、檻の外ではヒュドラの咆哮に怯え逃げる騎兵の馬が見える。

 歩兵は腰を抜かしたり馬同様に逃げ出す兵も見える。


「バロン様相手では、どうも言葉では信じてもらえそうもないのでこの子を出させていただきました。バロン様は一騎打ちををお望みでしょうが、先にこの子の相手をお願いします」


「!?」


 バロンはミツの言葉に目玉が飛び出る程に目を見開く。

 

(……ダカーポ、頼めるかな。それとフィーネ、馬達を落ち着かせてあげて)


「「はい。マスターの望むままに」」


 離れた所に飛んでいるダカーポとフィーネに念話のスキルで会話を送ると、二人は直ぐに動いてくれる。

 ダカーポはバロンの近くまで飛んでくると、槍先を彼へと向ける。

 槍先から出てきた光にバロンの足の怪我は治療されていく。

 フィーネはその場でまた声を出しては馬達を落ち着かせてくれた。


「痛みが……。ん゛ん゛……なっ!?」


「吸引……。よし、直った……。バロン様、どうぞ」


 彼はバロンが落としてしまっていた武器を〈吸引〉で拾い上げ〈物質製造〉にて槍先を直す。

 そして水の檻の前に落とす。

 槍先から落ちた槍は地面にドスッと音を鳴らし突き刺さり、ミツはウォータージェイルを解除する


「!?」


「どうぞ、ご自身で戦ってみてください」


「……」


 バロンの頭の中では既に正常な考えができていない。

 ここでもう恥を忍んでも、バロンがミツに告げた疑惑と失礼な言葉に対しての謝罪の言葉が出たならば、彼はまだ末等な大人として後の対処もできただろう。

 しかし、長年置いた地位と立場が彼に無駄な高いプライドを持たせたのかもしれない。

 言っては何だが、周囲も混乱している今こそ、素直にバロンが降参宣言をしても誰も咎める者など出無かったのだ。

 だが、先程も告げたがバロンは混乱している。

 仕方ないと言えば仕方ないのだが、彼のその後の対応は彼の評価を周りは著しく下げる物となってしまう。


 恐怖に震えながらもバロンは目の前に落とされた槍を震える手にて掴み、無謀にも構えを取る。

 五つのヒュドラの視線を受けるだけでも彼をまるで石のように動きを止めてしまう。

 別にヒュドラに相手を石化させるような力もないのだが。

 本当に石になったとしたらヒュドラは神話に出てくるゴルゴーンの様に見た者を石にするなら、ミツもヒュドラに勝つことは難しかったかもしれない。

 バロンの心臓は小動物の様に早鐘を打ち、口は小刻みにカタカタと震えている。

 そしてバロンが自身の心に鞭を打つ気持ちと声を張り上げヒュドラの胴体へと槍先を突き刺し攻撃を始める。


「てやぁぁぁぁぁ!!!」


 恐らくバロンは何かしらのスキルを使いながら槍を突き出したのだろう。

 ビュンっと風切り音を出しながらヒュドラへと攻撃をしている。

 だが、バロンの攻撃はヒュドラの皮一枚も傷つける事はできなかった。

 ガチン、バチン、ガキッ、等々の衝撃音だけが聞こえる。

 幻獣召喚で出したヒュドラの身体にも本体と同じ様に、同じ強度を持つ鱗がびっちりとヒュドラの体を守っている。

 ちなみに幻獣召喚で出したモンスター。これの体に付いた物(素材)は取る事は出来ない。


「セイッ! オリャ! テヤァァァァ!」


「……」


「何とも無様な……。あれに今まで私の騎兵を預けていたとは……はぁ……」


 今のバロンの戦いを、人々はどう見えるのか?

 強大な敵に立ち向かう勇敢な姿に見えるのか? 

 それとも今アベルが感じている様に、自身の力を過信しすぎて、呆れる者を見るような視線が送られているか?


「マトラスト。俺はあまりバロンと言う者を詳しくわ知らぬが、元々あの様な愚骨な行いをする者なのか……」


「いえ。カイン様。あのお方は名家のお出の嫡男様のはず。文武両道と噂に立つほどのお方です。また、愚骨なお人が兄上様であるアベル様の護衛に付くとは思えません……」


 バロンの戦いを見て、呆れたのかほんの少しだけ落ち着きを取り戻すアベル達。

 それは戦いを見てるアベル達観戦側が恥ずかしくなるようなピエロの様な姿。

 彼の戦いはそれを見ている人達を冷静にさせ、落ち着かせる中和剤代わりになっていた。

 ボソリと呟いた主であるアベルの言葉も素直に納得してしまう周囲の者達。

 

 さて、未だにヒュドラに自慢の槍を叩きつけているピエロさん……ではなくバロンの持つその槍は、ヒュドラの硬い鱗に耐える事もできず先程よりも形はボコボコになっていた。

 そろそろ勝負も決めてしまおうと、ミツはヒュドラへと指示を送る。

 ヒュドラの頭一つがバロンへと頭突き攻撃。


「なっ!? ぐはっ!!!」


 ヒュドラにとってはただの頭突きだろうが、受ける側のバロンにとってはそれはダンプカー程の大きさの車に、物凄いスピードで突っ込んできたと思える衝撃が走る。

 普通ならこれを食らうだけでも死んでしまうかもしれない。しかし、バロンの作り上げられた身体と身を守る為の鎧が彼の命を繋ぎ止める。

 衝撃に大きく吹き飛ばされたバロンがドサリと地面に倒れた。


「まだ折れてないか……。なら仕方ないね。ダカーポ、悪いけどあの人をもう一度治してあげて」


「はぁ……はぁ……はぁ……。ゴハッ……ゴホッゴホッ! はぁ……はぁ……。はっ!?」


 息も絶え絶え、大きく咳き込むバロン。

 ミツの言葉にコクリと頷き、ダカーポがもう一度バロンの傷を癒やす。

 また身体の痛みがスッと消え、傷が癒やされたバロンはハッとして直ぐに身体を起こした。

 また無謀にもヒュドラに挑むのかと思いきや、バロンは自身の得物である槍を拾おうとはしない。

 外見こそ傷はダカーポの力にて癒やされたが、バロンの心には深く刻み込まれた恐怖は十分すぎる程の効果を出したようだ。

 彼の貴族としての執念は見事な物だが、これは身から出た錆。

 バロンが戦うのを止める者がいなければ、誰もミツを止める者も居ないのも確かである。

 いや、止めることができる者が居ないと言った方が正しいだろう。

 

 バロンは両手を前に出し、声を張り上げミツへと言葉を告げる。


「あ、相分かった! 貴殿の力、そして、何故この場に出たのか分からぬがそのヒュドラの偉大さ! 我、いや、私は数々の名君を見てきましたが、君、いや、貴方様程の優れたお方に出会えた事はござ、ございません!」


 突然手の平を返したようなバロンの対応に、ミツは思わず目を点にしてしまった。


「そ、そうですか……。それではそちらの降参と言うことで良いですか?」


「はい! 勿論にございます! 貴方様が望むならば、無礼にも貴方様に剣を向けたあの者達の首を差し出しても構いません」


「いや、いりませんよ」


 バロンの言葉に眉尻を下げ即答するミツ。

 発言からしてこの人は簡単に部下の人を切り捨てるパワハラ上司の立ち位置何だろうなと無意識に思ってしまった。

 残念にもスキルの検証も中途半端、やりたい事はできなかったとがっかりした気分にバロンから視線を外す。

 だが、ミツが視線を外した瞬間だった。

 ダッと駆け出す音が聞こえた瞬間、バロンは近くに落ちていた槍を拾いミツへと槍先を突き刺そうと動き出していた。

 降参宣言をしてその行為。

 しかし、バロンの降参宣言や先程の部下を差し出すような発言は遠く離れた場所で観戦していたアベル達には聞こえていない。

 そう、一見すると勝負中にも関わらず、よそ見をするミツが非難される場面に見えてしまう。それで相手から攻撃を受けても、それは油断し過ぎだと思われても仕方ないのだ。


「おりゃー!」


「!」


 ドスッと鈍い音を鳴らし、槍先がミツの腹部に当たる。


「「「「「!?」」」」」


 観戦している者達は唖然と驚く。

 試合の勝負は確かに偶然の一手で決着がつく事がよくある事。

 しかし、天使や竜、更には本人ですら異常と思える力を秘めた存在。

 その者がまさか愚骨者の槍先を受けるとは。

 セルフィ達は苦虫を噛み潰す様な顔をした後、勝負が決まってしまったと、彼女達は嫌悪感に襲われていた。

 だがセルフィの嫌悪感など、彼女達のバロンに対する怒りに比べたら本当に些細な事なのかもしれない。

 パンッ! っと空中で何か弾けたような音がしたと思った瞬間、先程まで空にいたフォルテの姿が居ない。

 しかし、彼女の行く先に関しては、観戦する者達は直ぐに理解した。

 何故なら彼女が美しい翼を羽ばたかせながら飛べば、銀色の羽がキラキラとまるで飛行機雲のように跡を残すのだから。

 

「油断したな小僧! 勝負はまだ終わってはおらぬ! ……!?」


 バロンはそのまま槍を持ち上げ、ミツの敗北を周囲に知らしめようとするが、残念だがそれはできなかった。

 まず、ミツの今着ている鎧は黒鉄の鎧であるため、バロンが力を入れても流石にミツ本人の体重合わせて120kgを片手で持ち上げることは不可能である。

 更に言えばバロンの槍先はミツの腹部に当たった後、ミツ本人にがっしりと掴まれ、バロンが力を入れ、引こうが押そうが槍を動かす事ができない。


 その時、凄まじいスピードにバロンを囲むように五つの光が空から降り注ぐ。

 それと同時にミツが声を張り上げた。


「ストップ!」


「なっ!?」


「マスター! 何故お止めになるのですか!? この者はマスターに降伏する発言をしたにも関わらず、マスターに対して卑怯な行いをしたのです!」


 今、バロンの槍先はミツの腹部で本人に掴まれている。

 そして、怒りを表にしたフォルテ、ティシモ、メゾ、ダカーポ、フィーネ、五人の精霊の槍先は、バロンの首元に当たるギリギリの所をミツの言葉に止められていた。

 自身の首元にいつの間にか突き出された鋭い槍先に、汗を流しゴクリと唾を飲み込むバロン。

 五人の精霊にとってミツは絶対的な主であり、彼に害をなす者であれば容赦などしない。

 しかし、そのミツが止まれと指示を出せば、否応にも彼女達は振り上げた拳を止めるしかない。

 フォルテの言葉に同じ気持ちなのか、知恵者たるティシモですら怒りの表情である。

 メゾやダカーポは眉間に深くシワを寄せる程。

 こらこら二人とも、そんな顔してたら可愛い顔が台無しだよと思いつつ。

 一番下であるフィーネは前髪で瞳は見えないが、きっと彼女も怒りでミツが見たことの無い表情をしているのだろう。


「大丈夫、大丈夫だから。ほら、ちょっと擦ったていどだから」


 そう言うとミツはヒラヒラと槍先を受け止めた右手を五人へと見せる様に振る。

 傷は既に治癒スキルにて塞がっているので問題ないと彼女達を宥めるようにミツは語りかける。


「左様で……。マスターがそう言われるなら」 

 フォルテ達は納得してくれたのか、渋々とバロンの首元に突き出した槍を下ろしてくれる。

 しかし、周囲の厳しい視線を受け、バロンは主であるミツへと少しだけ反抗的な視線を向ける。

 それをダカーポは見過ごすことはできなかったようだ。


「貴様!」


 ダカーポはバロンの胸ぐらをつかみ、彼女は軽々とバロンを持ち上げる。

 締まる首の苦しさに、彼はうめき声を上げる。


「うぐっ……」


「この下種人間! 貴様の行いを寛大なるマスターが許しの言葉を与えたと言うのに、何だその態度は! 本来、マスターに対して卑劣な行いは許されることではないんだぞ! それも分からないのか!」


 ダカーポは怒りの発言を浴びせつつ、バロンを地面へと叩きつける様に放り投げる。


「ゴハッ! ぶ、無礼者め! 貴様、我を誰だと思っておる! 我は高貴たる侯爵家の者ぞ! 何故我が子供のような容姿の者に気を配らなければならぬか」


「き……き、……貴様! 一度ならず二度もマスターに対して無礼な発言をしやがって! お前は殺す! そしてお前の主、お前の家族、お前の知る者全て同じ様に私が殺してやる!」


「はい、ダカーポ、止まって止まって」 

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