第184話 ダイナソー

「〈サモン〉」


 分身がスキルの〈サモン〉を発動。

 このスキルは最近ヒュドラから奪ったスキルの1つ。

 ティシモ達を召喚するように、サモンは竜を召喚できるスキルである。

 だが欠点としては、竜一体の召喚に大きなMPを消化してしまうことではないだろうか。

 その為ミツ本人ではなく、分身にお願いすることにした。

 これはミツ本人がサモンを発動する前と、ティシモがユイシスにサモンの使用するMPはどれ程かと質問してはと言う言葉で判明している。


 分身がサモンを発動と同時に足元が光出す。

 それは広がり、離れたミツの足元にも届くほど。

 

「あっ、出てきた。あれ? なんか以前召喚されたとは違うような……。うん、全く違う。だって大きいもん」


「マスター、失礼します」


 ティシモがミツにそう言葉をかけ、彼女は背中からミツを抱きしめ空に舞う。


「で、でかい……」


 思わず分身も口を漏らすその竜の大きさ。

 ヒュドラがサモンを使用し出現させたのは軽トラック程の大きさの竜。

 しかし、分身が出した竜は4tトラック程の大きさはあろうか。

 分身を頭に乗せた状態で姿を見せた竜。


「グルルルッ……」


「あれ? なんか分身が出してくれた竜大きくない?」


「まるで恐竜だなこりゃ」


 ミツが疑問符を浮かべ、分身も自身が乗っている竜の姿を確認。

 色は茶色と緑を混ぜたような色。

 瞳と口は大きく前足から出ている爪が鋭く見える。

 二本足で上手くバランスを取っているのか、竜はキョロキョロと身体を動かしている。

 すると竜の唸り超えが足元から伝わり、分身の心臓を揺らす。

 大きく上下する尻尾に地面がえぐられる。

 

「ああ、何か見た事あると思ったら、子供の頃に爺さんに買ってもらった恐竜図鑑に乗ってた奴に似てるんだ。何だっけ……えーっと。あっ、思い出した、ティラノサウルスだ」


 ミツが頭に指先をコツコツ当てて思い出した恐竜の名前。

 肉食恐竜で有名な奴である。

 竜を召喚したのに、何故か恐竜が出てきた。

 疑問と思う前にミツは少し不安に襲われる。


「あれって肉食恐竜だよね……。分身が召喚した竜だけど言うこと聞いてくれるのかな……」


〈問題ありません。スキルで召喚した生物は召喚主の命令は忠実に従い、また指示が出ない限りは害を及ぼす事はありません。それは召喚する物は、召喚主以上の強さを持つ者が召喚できない事が鎖となっています。それと出てきた竜は召喚主のイメージより形は異なります〉


「ああ、なるほど。確かに爺さんから買ってもらった恐竜図鑑は、色が擦れるくらい子供の頃見てたから無意識に竜のイメージがついてたんだろうね。ティシモ、ゆっくりとあの竜の近くに飛んでもらえるかな」


「はい」


 ミツの言葉にティシモがゆっくりと召喚した竜へと近づく。

 分身が少し戸惑っているように見えたので先程ユイシスから聞いた話を説明する。


「そ、そうなのか……」


 そう言葉を告げた分身が竜の頭から前足に降りる。

 竜は前足に降りてきた分身を見て唸り超えをまたあげる。


「……」


「グルッ」


「ほら、怖くない」


 分身は有名なアニメ映画のワンシーンの様なセリフを口にしながら竜へと手を差し伸ばしている。

 いや、その流れだと分身の指先どころか、その大きな竜の口に腕ごと噛まれるよ。


 そんな事を考えていると、竜は分身へと大きな口を開く。


「!?」


「ベロっ!」


「……」


「うわっ……」


 分身に大きな口を開き、今にも分身を一口に丸呑みにすると思いきや、竜は大きな舌を出し、ベロっと分身を舐める。

 分身にべっとりと付いた竜の唾液に唖然とするミツ。

 

「グルルッ。グルルルルッ」


「よ、良かった、警戒心はなさそうだね……」


「ああ……。ウォッシュ……」


 苦笑いを浮かべるミツ。分身はジト目を竜へと送る。

 分身は自身に〈ウォッシュ〉を発動。

 バケツの水をかぶった様な勢いの水を頭から流し、分身は顔や体に付いた汚れを洗い流す。


 さて、ミツと分身のやり取りを尻目に、観客席は大慌て。

 貴族達が勝負を見守るためと観覧していた場所では、少々混乱した状態となっている。


「警戒! 警戒せよ! 王妃様達を直ぐに避難させよ!」


「弓部隊を呼べ! 危険度、高のランクの竜が出現した!」


「皆様、慌てずこの場から避難を!」


 分身がサモンのスキルを発動後、姿を見せた竜を見ては王族を守る兵士達は大混乱。

 直ぐにその場から避難すべきと動き出す人達。 

 貴族も流石に竜が近くに居てゆっくり観覧する事もできないのか、ガタリと椅子を立ち上がり、兵士の指示に従いその場を動き出そうとする。

 しかし、その場を一喝する幼い声が響く。


「皆の者、静まるっての!」


「「「「「!?」」」」」


 その声はローガディア王国の姫君、エメアップリア。

 彼女は椅子から立ち上がり、その場から後ろへと振り向く。

 隣に立つバーバリとベンガルンも勇ましく彼女を守る様に立つ。


「エ、エメアップリア姫君……何を……」


「聞け、皆の者! 貴殿達の狼狽する姿、何から逃げるか!? まさか、あそこに突然竜が出たからと言ってこの場から逃げる様な真似をするとは言わぬだろうな! よく見るが良い! あそこに害ある竜が出てきたとして、それがどうした!? あそこには我の友、国の友好者であるミツがおるのだぞ! 我は逃げぬ! 例えあの竜がこちらに迫ろうと、貴殿達のように友を見捨ててこの場を離れる考えなど、我ら獣人国の者、民の一人たりとも持たぬ!」


「「「「「おうっ!」」」」」


 エメアップリアの勇ましい言葉が、その場にいる皆の足を止めた。

 バーバリ達の合わせるような声がいち早く逃げようとする貴族の顔に泥を塗る。


 そこにパチパチと一人の女性が拍手をエメアップリアに送る。


「お見事ですローガディアの姫様」


「カルテットの姫……。う、うむ……。我は父より言われた。友を信じぬで何が友かと。あそこに居るのは我の友だっての」


「はい、エメアップリア様のお父上様のお言葉はごもっともでございます。皆様、兵士達の慌てる姿に、思わず皆様も流れで足を向けられた方もいらっしゃるでしょう。確かに竜は脅威的な魔物です。しかし、周りをよくご覧ください。私やエメアップリア様だけではございません。彼を信頼する者は椅子から立ち上がろうともしていない事を」


 その言葉を耳にして、椅子から立ち上がり避難しようとした者達が椅子に座る王族を見る。

 彼らの周りに兵は控えるとも、微動だにせず椅子から尻を浮かせてもいない。

 またフロールス家の者達も動かず戦いを見ていた。

 驚く事にその中にはまだ幼いロキアも椅子に座りジッとしている。

 仕方ないと言えば仕方ないが、避難しようとした者達はそれ程にミツと交流があるわけでもないので、彼の力を信じる事ができなかったのかもしれない。

 いや、よく見ればミツと話したこともない貴族ばかりなのだ。

 

 その中、カインの隣に座るマトラストは周りから見えないように、立ち上がりそうになってしまったカインの腕を咄嗟に掴み抑えていた。

 カインはその行動に驚くがマトラストは平然を保ち、カインに一つうなずきを送っている。

 その後のエメアップリアの言葉がその場に広がる。

 カインは小声で隣に座るマトラストへと礼を述べる。


「すまぬ……マトラスト。」


「いえ、カイン様。貴方を止められたことは良好でした。あの姫君の言葉は我々の心を周囲の者が見定める言葉。アベル様をご覧ください。あのおかたも心に震えが見えるとも、席を立たず彼を見据えております」


「うむ、流石兄上。表情は少し戦いに警戒心が見えるが……それでも強い信をお持ちのようだ」


 二人して戦いに視線を背けないアベルを小声にて褒めているが、実はアベルの内心は違った。


 アベルの心の中


(ええええっっっーーー!!! 何何何何! えええええっっっーー!!! 竜! 竜? 竜!? 竜が出たよ!!! 待ってよ! もうホントそろそろもう無理。無理無理無理無理無理! カイン、マトラスト、聞こえてるから、悪いけど、これ僕腰抜かして動かないだけだから。獣人国の姫君、何でそんな堂々としてるの!? 周りに逃げようとする者達の反応が普通だよ!? 嫌々々々! セレナーデの姫君も何を拍手してるの!? 止めてよ! もう素直に驚かさせてよ! もう表情保つのに顔が痛いよ! おいバロン、お前の発言からこうなったんだからな! 40過ぎた男が何故こんな事にと、そんな何を他人事みたいにって、こっち見んな! 助けを求められても知るか! 僕の騎兵部隊を好き勝手に使った責任はちゃんと取れ!)


 一見平然を保っているように見えるアベルの心の中では、今の状況に絶叫を叫び続けていた。

 だがそれは長年王族として、表情を表に出さない多くの社交を交して得たポーカーフェイスの効果であろう。

 目ざといマトラストの目を欺くならば、アベルのポーカーフェイスも中々のレべルだと思う。


「グルル、グルルルル」


 目をつむり、唸り声をあげる竜の鼻先をなでるミツ。


「よしよし。思ったより人懐っこくて、可愛いね。それでMPの減り具合で、この子は後何体出せそう?」


「ああ。支援の魔法を少し残すとして……後、出せても24体だな。やっぱり、ユイシスの言う通りに魔石一つ作ると同じぐらいMPが減ってるのが分かる」


「確か魔石一つでMPが100減ってたよね。よし、ならあと四体お願いしてもいいかな?」


「構わない。寧ろこの大きさだ。それ以上出しても逆に場所を取って邪魔になるだろうな」


 ミツの言葉に了承した分身は追加と四体のティラノ、いや竜を召喚する為と地面に下りる。


「バロン様、ご指示を! このままでは兵の動揺が騎兵の馬に伝わり、馬が怯えてしまいます!」


「ぐっ、待て! 一先ず馬を落ち着かせるのだ! その後陣形には槍部隊を前に、竜の攻撃に備えよ!」


「はっ! 承知しました」


「なあに、慌てることはない。一体の竜など、我らの少し減った部隊であろうと対処は可能。それを何を恐れ……!!!」


「なっ! 嘘だろ」


「ありえない! 俺は夢を見てるのか……」


 バロンは毅然とした態度を表向きに、気を貼るように少し離れた場所に現れた竜を見る。

 すると喋ってる途中だが、彼の言葉を止める出来事がまた起きてしまう。

 新たに地面が大きく光出し、四体の竜が姿を見せる。


「報告! 新たな竜を目視にて確認! その数四体! 大きさは最初に出た竜と同じ程の四丈(12メートル)かと見受けられます!」


「なっ……なっ……なんだ……と……。莫迦な……あ、あの者は一体何者か……」


 動揺を隠せていないバロンの焦りの気持ちを無視して、分身はバロン部隊へと掌を向けて声を出す。

 その声に応えるように、五体の竜が大きく吠え、大きな足を一歩踏み出した。


「さあ、お前達。遊んで来なさい!」


「「「「「ガオオオオオッッッ!!!」」」」」


 ドシンドシンと竜の踏み鳴らす音に怯えだす兵士達。

 部隊長は怯える馬の手綱を引きながら、前衛の兵士達へと指示を送る。

 だが、その指示は上手く回らなかった。

 

「来たぞ! 構え!」


「無茶だ! 死ぬ!」


「退避すべきではないのか!?」


「莫迦な、この状態でなぜバロン様は退却を出さない!? 俺達を見殺しにする気か!?」


「よそ見ををするな、来るぞ!」


「ひっ!?」


「飛べ!」


 ドタドタと大きな地響きを鳴らし迫る五体の竜。

 竜達は兵達と離れた距離を素早く縮め、分身の声に合わせるように五体の竜は兵士達の目の前で大きくジャンプ。

 槍先を向けていた兵の頭上を大きく飛び越し、騎兵部隊の前に次々と着地。

 そして、竜は着地と同時に目の前の騎兵と馬へと、バクリと食らいつく。


「うぎゃー! 助けてくれ、食われる!」


 頭上を飛び越え、後ろに回られた事に歩兵達は一瞬唖然とする。

 しかし、騎兵の数名が竜に咥えられた事に悲鳴にも似た声を出したことに彼らに恐怖が襲った。

 それでも部隊の仲間を助けるためと自身の握る武器に力が入る。


「槍部隊、構え、直し! 近い竜から集中攻撃! 動け!」


「「「「おうっ!!」」」」


 恐怖心を振り絞り、騎兵の部隊長が声を張る。

 その怒号にもにた声に反応した槍部隊が直ぐに前に出てくる。

 槍部隊は足並み揃え、一体の竜の足へと槍先を集中して突き刺すために走り出す。


「「「「「うおおおっっっ!!!!」」」」」


「突き!」


「「「「「はっ!」」」」」


 部隊長の声に合わせ、槍部隊が槍を突き出す。

 一点に攻撃を合わせれば、竜の片足を負傷させ転倒させることができる。

 さすれば追撃と確実倒れた竜の目などを狙う予定であった。

 しかし、予定は未定であり、確定ではない。


 バキバキ、ボキッ!


「「「「「!!!!!」」」」」


「や、槍が壊れた!?」


「嘘だろ! ただの鉄じゃないんだぞ!? 鋼鉄の槍だぞ!?」


 槍を持つ兵士達が竜へと一斉にそれを突き刺す。しかし、槍は同じ……いや、それ以上の竜の皮膚や鱗の硬さに兵の武器を尽く根本から折ってしまう。


「グルッ?」


 竜が足元に感じた感覚にその首を槍部隊の兵へと振り向き直す。

 その口には咥えられたままの騎兵と馬の姿。


「た、たすけて……」


 口の中に恐怖に腕だけを出し、助けを求める兵の姿を見た兵士達は恐怖に心が押しつぶされてしまった。

 そのまま竜が口を最後まで閉じると口の中にいる騎兵は死ぬ。


「うっ……うわーーー!!!」


 そう頭を過ぎった瞬間、武器が折れて無くなった槍兵の一人が逃げ出すように走り出す。

 

「に、逃げろ!」


「退け! 邪魔だ!」


「「「うわーー!!」」」


 その一人がきっかけと、決壊したダムの様に次々と兵士達が逃げ出す。


「莫迦な! 兵が勝手に逃げるとは! 戻れ! 戦え! 相手はただの知恵無き獣! お前達の貴族の誇りとした剣はそのような物臆することはない! 逃げるなー!」


 逃げ出す兵もいればバロンの言うとおり戦う兵も居た。

 しかし、その兵は竜が振り向いた際、振られた尻尾の直撃を受けて大きく吹き飛ばされてしまう。

 たったひと振り。しかもそれが攻撃とかではなく、ただ単に竜が方向転換しただけの動きである。

 その兵は肋骨を損傷、口から血を吐き、今にも死んでしまいそうな状況である。

 衛生兵が居ないのか、彼を助けようとする兵士が居ない。

 まぁ、ただの模擬戦に衛生兵は入れないよね。

 吹き飛ばされた兵士の鎧はベッコリと凹みがあり、その兵を見た者達は絶句し、戦闘意識を削り取る。

 

 このままでは気分が悪いのでミツはティシモに目配せ。

 ティシモも承知とメゾとダカーポに指示を送った。

 するとメゾの先ほど出した光が吹き飛ばされた兵に当たり、そのまま堀の方へと運ばれる。

 次にダカーポが槍先を負傷兵に向け、また別の光を浴びせる。

 すると負傷兵の傷が次第と治り、彼は誰の力も借りることもなく体を起こすことができたのだ。

 ミツは二人にグッと親指を立てて二人を褒める。

 メゾとダカーポはミツに褒められた事が嬉しいのか、彼女達は頬を染めていた。

  

 逃げ出す兵士達、それを上手く避け、竜は堀、もしくは川の方へと歩き出す。 


「なっ!? こっちに来る!」


「退避! 足並みは揃えずとも構わぬ!引け!」


 先に戦闘を離脱していた騎兵部隊の方へと竜が近づく形となったのか、近くに居た騎兵舞台が蜘蛛の子を散らす様にその場から退避し始める。

 竜がその場にたどり着くと、地面ギリギリに口を近づかせ、口を開ける。

 竜の口から出てきたのは先程咥えられた騎兵と馬。

 勿論人も馬にも竜に噛まれたりしていないので怪我はない。

 しかし口の中で暴れたり、急いで口から逃げ出そうとした時に、地面に変なおろし方をした者は小さな怪我をしてしまっている。

 馬も流石に竜に咥えられたら恐怖に上手く立てず、全身の震えが止まらない。

 その時フィーネが動き出す。

 彼女はスッと息を吸い込み、優しい歌声を口にする。

 錯乱する馬、気絶してしまった馬、そして今にも狂乱と騎兵の言う事を聞かない馬達へと彼女の歌声が届く。

 馬は落ち着きを直ぐに取り戻し、騎兵の言う事を聞き出す。

 堀や川辺の者達はフィーネの歌声に心から感動を受け、ある者は騎士の礼と彼女へと膝をつく。

 また暴れた馬を落ち着かせる為と怪我をしてしまった者などはダカーポの光を受けその怪我を癒やしている。

 次第と落ちつきを取り戻しつつある場。

  しかし、戦うフィールドではそんな感動は無い。

 今も竜に立ち向かうもの、逆に突き刺した剣が弾き、効果をなさない者は逃げ出すとまさに混乱した戦場。

 部隊長が叫ぶ様に兵士達へと指示を出すが、歩兵にはそれが全く効果を出さない。

 残された騎兵部隊も迫る竜に馬が逃げ出し、それに乗る兵の数名が落馬してしまっている。

 何故にここ迄馬が逃げてしまったのか?

 実は竜の狙いは騎兵部隊のみ。

 分身は竜へと防御力だけを上昇させるスキルと魔法を使っていた。

 下手に攻撃力など上げたなら本当に死人が出てしまうかもしれない。

 分身が伝えた竜への指示は一つだけ。

 馬に乗った者を咥えて堀、若しくは川に優しく下ろせ。これだけである。

 五体の竜は逃げ惑う騎兵をガブリと咥えては堀や川辺の方へと移動させる事を繰り返す。

 一応足元で動き回る歩兵を踏みつぶさないように注意はしているが、竜達の知性もそれ程高くない。

 子供のように一つの事に集中してしまうと周りが見えなくなってしまうのが少し問題。

 あわや竜が兵士を踏み潰してしまう場面もあったが、そこはメゾの力が役に立つ。

 踏みつぶされそうな兵士に向けて、メゾの槍先が向く。槍先から素早く光が放出され、兵士を浮かせ、その場から避難させた。

 光に包まれた兵士はメゾが救わなければ死亡していただろうから、その者はそのまま川辺の方へと運ばれてしまう。

 そして、堀や川辺には竜牙近づかない事に気づいた者が居たのか、声を張り上げ、周りにそちらに走る事を告げている。

 

「川、もしくは堀の方へ逃げろ! なぜかは知らんが、竜はそちらに居る者は狙っていない!」


 根拠はない言葉でも、逃げ惑う兵士達にとってはその言葉は藁をも掴む思い。

 言葉を信じる様に、兵士達は川に飛び込んだり堀の方へと走り出す。

 でもその川、それ程深い川じゃないから飛び込んだら危ないよ。

 そして、ミツの考えとは違ったが先に歩兵が戦うフィールドから居なくなってしまう。

 逃げ惑う馬も次第と数を減らし、残り数人の騎兵がバロンの周りを守る様に固める。

 その騎兵を狙っているのか、五体の竜がバロン達を囲む。


「グルルッ……」


「ありえん……何故だ……」


「バロン様、我々しかもう兵は残されておりません……。ここはもう降伏を」


「莫迦な! 高貴なる我ら貴族が子供相手に降伏など!」


 突如として現れた竜の脅威。

 通常、野良の竜を倒すなら中隊一つあれば十分対処できたはず。

 しかし、目の前にいる五体の竜となれば、大隊がいくつも必要とする。

 そんな戦力の差があっては、歩兵と槍兵、そして騎兵も揃ったバロン部隊280名近くは壊滅してしまっても仕方ないこと。


「バロン様! バロンさ……!」


「!?」

 

 先程まで鬱陶しく思えた部下の声。

 近くで叫んでいた部隊長の声が突如として消えた。

 バロンはハッと周囲を見ると、部下の手と思われる物が竜の口から出ている。

 周りを見ればバロンを守っていた騎兵全てが竜の口の中。

 竜はドシンドシンと音を立て、堀の方へと走り出す。


「な、何だと……。我の兵が全て……」


 堀の方では竜に咥えられた部隊長達が体中を竜の唾液まみれにして地面に下ろされる。


「戻っておいで」


「グルッ!」


 分身の声に反応したのか、五体の竜は嬉しそうに分身の方へと走り出す。


「あ、ありえん……。あの者は竜を従えておるのか……」


 正に言葉にならないとはこの事か。

 ミツにまるで子猫の様に甘える竜の姿を見て、カイン達は言葉を失っている。


「ははっ……ははっ……はっははははは!」


「ん? えっ……笑ってる……」


「壊れたか?」


 正気を保つことができなくなったのか、バロンが突然笑い出す。

 そのバロンの行動に少し引き気味のミツと分身。


「はははははっ……はははっ……はっ………」


 バロンは笑いを止め、自身の得物である槍をブンブンと振り回した後に槍先をミツへと向ける。

 そして、バロンは観客席にも届く程の声を張り上げる!


「分かった! 貴殿の従える珍獣は素晴らしい! ならば、互いと従える力は見せた! 冒険者のミツよ! もうこれ以上誰の手も借りる事もあるまい!」


 何を言ってるんだと首を傾げるミツ。

 それに首を降るティシモ。

 彼女ほどの高い知性を持ってもバロンの考えが分からないのだろう。

 何やらベラベラと先程から喋っているが、ミツはバロンの最後の言葉だけは理解できた。

 

「よって、我と一騎打ちを望む!」


「えっ? 一騎打ち?」


「「「「「!?」」」」」


「愚か者め……」


 バロンの言葉に唖然とする面々。

 バーバリの呟きは口にしなかった者の代弁する気持ちでもあった。

 無茶苦茶な言いがかりから始まり、レイリーの提案で突然決まったこの戦い。

 ここまでの戦いを見て、誰が見てもバロンの敗北は目に見て明らか。

 先手は精霊であるフォルテ達の攻撃。

 更に攻撃したのはダカーポとフィーネの二人の一撃だけで、騎兵の半分が崩壊している。

 次に突然光の中から現れた五体の竜。

 それによりバロン部隊、バロンを除いて280名全てが堀と川に落とされ死亡扱い。

 精霊の五人と、五体の竜。

 それらはまだ無傷の状態でバロンを取り囲んでいる。

 分身が一言言うだけでもバロンは簡単に竜の餌食にもできるのだ。

 それに一騎打ちを望むならば、この戦闘が始まる前に告げる物である。

 ここまで戦場が決した状態で一騎打ちは殆ど意味がない事。

 これは明らかにバロンの身勝手な判断と行動のツケが回ってきた結果である。

 だが、ミツはその言葉を待っていたかのように、バロンの言葉を承諾してしまう。


「良いですよ! では、自分一人でバロン様のお相手をいたします!」


「……貴殿の心意気、感謝しよう! では、その貴殿のその小さき身体で、我の槍が受け止める事ができるか試させてもらおう!」


 やってしまった。

 バロンの余計な一言に、ミツは大人気ない感情を起こしてしまう。


「あっ……今、小さい身体って言った……」


「はい。あの愚劣者はマスターを侮辱し、失礼極まりない発言をあの愚かな口にて発言いたしました」


「ホント、失礼な人だね……」


「我はアベル様を守る者! 貴殿の攻撃、全てを我の槍が振り払おう! 本気で来い、小さき小僧!」


 莫迦だ。

 誰もがバロンの発言に呆れていた。

 その視線は次第と主であるアベルへと向けられる。

 アベルも勝負は決まったことは既に理解して居た。その中自身の名を向上に使われ、そしてあまつさえ武をわきまえぬその対応に彼はほとほとバロンを冷たい視線で見ている。


「本気ですか……。分かりました……。フォルテ、ティシモ」


 ミツの少し下がったトーンの話し方に恭しく頭を垂れるフォルテとティシモ。


「「はい、マスター」」


 ミツの指示を受けた二人は再度頭を下げ飛び立つ。

 ティシモはメゾたちの方に飛び、先程のミツの言葉を彼女達へと伝える。

 フォルテが飛んだ方角は観戦席。

 カイン達の居る方角へと近付く。

 警戒と武器を構えようとする彼らの護衛兵だが、それを止めるマトラスト。


「莫迦者、あの者は我々の敵ではない、武器を降ろせ!」


 フォルテがカイン達の観戦席の前、少し上に浮かぶ。

 近くで見るフォルテは美しく、その姿に女性でも惚れてしまうその身姿。

 そのフォルテがカイン達へと声をかける。


「これより我々のマスターが本来のお力をお見せする。恐怖に怯えず、その場にてマスターの力を見よ」


 フォルテの声はまるで妖精が奏でをしているような耳に残る美しい声。

 その声に思わず膝をつくもの、祈りを捧げる者が現れる。


「て、天使様が我々にお声を……。ああ、なんたる幸福か」


 その中、口を閉ざすアベルに代わり、カインが口を開く。


「天使様、それはどう言う事でしょうか!? あの者……いえ。貴女様のマスターの力とは一体!?」


 フォルテはカインの言葉に返答はせず、その場で振り返り、大きく手を広げる?


「マスターの力は強大。その為、その力にてここ迄被害が及ぶかもしれません。マスターの言葉に、私達はあなた方を守る為にここに来ました」


「そ、そんな!? あそこからここ迄の距離を!? それよりも、天使様が直々に我々をお守りしていただけるとは……」


 フォルテだけではなく、ティシモ、メゾ、ダカーポ、フィーネはミツを中心とし、彼女達は大きく手を広げる。

 

「ありがとう、皆。皆のお陰で自分の本気が出せる」

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