第183話 藪を突っついたら虎が出た。
アベルの護衛として付けられたバロン・アスリー。
彼の不適切な言動。
その為に行われる事になった彼の部下含め280人とミツの戦い。
流れを聞くだけなら280人近くはとんだとばっちりにミツと戦わなければならなくなった。
しかし、その集団戦を望んだのはミツ本人。
レイリーの言葉もあり、アベルは自身の護衛兵、全てをミツと戦わせる事になってしまった。
だが、自身を守る護衛兵が今戦っているのはミツではなく、彼が精霊召喚のスキルで出したフォルテ達である。
長女のフォルテの指示で前線を戦うメゾ、ダカーポ、フィーネの三人。
彼女達はミツのスキル、能力上昇系、仲間内て言われているおまじないで戦闘能力を上げた状態で戦っている。
そう、精霊達にもミツのスキルは効果を出していた。
更にパーティーメンバーが増えることにステータスを向上させる〈絆の力〉これもである。
たった三人の見た目10代半ばに見える少女達は、迫る280人を苦戦とせずに次々と槍先の餌食にしていた。
と言っても殺しはミツから止められているので、彼女達は相手を吹き飛ばしたり転がしたりと少しだけ痛い思いをさせているだけだ。
「攻めが甘いですね。それで自身の主を守れる鉾と言えるのですか? 出直しなさい!」
「「「うわっ!!!」」」
「こ、これくらいかな? おりゃー!」
「「「ほげぇーー!!」」」
「わっ! ううっ! あ、危ないですよ!」
「「「こっちのセリフだ!!」」」
「でも可愛いから許す!」
兵の攻撃をダメ出しするメゾ。
初手の一撃に思わず殺してしまったと思い、その後は手加減するダカーポ。
先程戦闘を走り、ダカーポの攻撃に吹き飛んだ兵士は身体に衝撃の痛みは走るものの、一応生きていた。
マスターであるミツも安堵のため息をもらす。
いかつい顔の男が迫ってくる事に少しだけ怯えたフィーネ。
しかし彼女のひと振りは、ダカーポ同様に鎧を身にまとった成人の男性を簡単に吹き飛ばす力を見せる。
何か変な言葉が聞こえたが、気のせいかな?
それよりも、たった三人で迫る兵士達を食い止めている。
これは彼女達の戦闘能力が高い事も理由の一つだが、バロン本人が提案した陣形が裏目になっていた。
真っ直ぐに進む兵士達だが、陣形上、どうしても少数づつしか戦闘に参加できていない。
これが部隊長が先に提案していた陣形ならば彼女達も流石に前線の壁を崩されたかもしれない。
「大丈夫そうだね。それじゃ今の内に次の手を」
「マスター、相手が陣形を変えてきました」
「んっ? 広がってるの……かな?」
「はい。恐らくメゾ達を左右から挟み込んで四方からの攻撃を仕掛けるつもりでしょう」
「なるほど……でもね……」
「はい。魔物や人間相手なら良い策ですが、我々は飛べますので、挟み撃ちは愚かな無策です」
「だよね」
騎兵が駆け足に三人の後ろに大きく旋回しながら回り込んでいく。
歩兵と違い、やはり騎兵の力はその速さであろうか。
歩兵が敵を引き付け、その内に後方に回り込んだ騎兵が後ろを付く。
正に基本に正しい動きに、貴族達は感嘆の声を漏らす。
しかし、それが成功するのは野盗や魔物。
今対するメゾ達には効果は薄いかもしれない。
「メゾ姉様、囲まれます。上に行きましょう」
「ええ。フィーネ、来なさい」
「うん、メゾお姉ちゃん」
あっさりと上空に回避する三人。
目の前の敵を失った事に、馬を止めて上を見上げる兵達。
それを歯噛みしながら見るバロンは腹立たしく思っていた。
「ぐぬぬっ……」
「バロン様、天使様に武器を向けるのはやはり……」
「何を言うか! 戦場に出てきたあれは天使などではない! あれは我々を困惑させる為のまやかしである!」
「しかし……。んっ? バロン様、何か聞こえませんか?」
「今度はなんだ!?」
部隊長の言葉にバロン自身にも聞こえてくる笛の音。
バロンは音の方へと視線を送れば、ミツが演奏スキルを発動している姿を目にする。
「なっ!? 戦闘時に遊物を持ち出すとは!」
「!? 全体! 急ぎ陣形を改めよ! 鶴翼!」
「「「「「おうっ!!!」」」」」
部隊長はミツの演奏に胸騒ぎを感じる。
それは今から何が起きるか分からない、それが逆に恐怖に襲われる感覚。
鶴翼の陣形は守りの陣形。
これは歩兵が騎兵を守る様に内側に取り込み、守り終わった後に攻撃に転じる時は、歩兵が開け他場所から騎兵が一気に飛び出す次の一手の構えでもある。
ミツが演奏しているのは、女性の戦闘能力を上げる〈ヴァルキリーメロディー〉と〈マジシャンメロディー〉。
いつもリッコ達にかけている演奏スキルだが、演奏を受けるフォルテ達にこれは一番の効果を見せたスキルかもしれない。
演奏スキルのレベルがMaxである事、そして能力上昇系スキルを受けた彼女達に変化が起きる。
「んっ……。おお! フォルテ、ティシモ、凄いねその翼」
ミツが二つの演奏スキルを奏で終わり、目を開くと自身を守る為と前に立つ二人の翼がキラキラと銀色の輝きを見せていた。
「いえ、これはマスターの力。マスターの優しさに私達は更に力を出す事ができます。ご覧ください、メゾ達にもマスターの強く優しい音色にあの子達も力を更に見せるでしょう」
「本当だ。ははっ、ダカーポのあの旋回飛行は凄いね。翼の大きさが1.5倍ぐらいに大きくなってる気がする」
「マスター、我々のこの翼は強さの証です。これが大きくなったと言う事は、我々の戦闘力も大きく上がった事を示す証でもあります。あの数……。いえ、あの五倍と、例えマスターに剣を向ける愚か者が揃おうと、今のフィーネなら一人で十分対処もできるでしょう」
「五倍の人数を一人でって……。えーっと、あの人達って、一応王子様を守る程の騎士のはずなんだけどね……」
空の上にいる三人を見上げると、ヒュンヒュンと素早い動きをしているダカーポが見える。
「うわー。凄い! 凄い凄い! メゾ姉様、フィーネ、見てご覧なさい。マスターのお力で、私の力が湧き上がってきますわ!」
「ダカーポお姉ちゃん、あんまりスピードを出すと危ないよ……。わっ!?」
「あら、フィーネ、ごめんなさい。んッ? メゾ姉様、どうかなされまして?」
「……いえ。先程の笛の音。あれはマスターが奏でた音色ですわよね……」
「んっ? そうですけど。それがどうか……うっ!?」
「あ……ああっ。マスターの音色が私の耳に、そして脳内に……。マスターの吐息が私の身体を……ああっ……」
「うわっ……。メゾ姉様……」
「メゾお姉ちゃん……」
メゾは恍惚とした笑みを見せ、身体をモジモジと身を震わせる。
そんな姉の姿にドン引きのダカーポと、普通に心配する優しいフィーネであった。
「フィーネ、メゾ姉様は放っといて私達だけで行くわよ」
「えっ? あ、う、うん……」
「はぁ〜〜。マスタ〜〜」
目がハート状態になったメゾはそのままにして、二人の妹は陣形を固めた兵達へと向かう。
メゾの甘い吐息が聞こえたのか、それともたまたまなのか。
ミツはゾクリと身震いさせ、周囲をキョロキョロと視線を泳がせる、
「うっ!?」
「いかがなさいましたか、マスター?」
「い、いや、なんか突然背筋に悪寒が走って……」
「敵……ではなさそうですが……?」
「気のせいだったかな……ははっ」
「はあっ……。あの娘ったら……。マスター、ダカーポとフィーネが仕掛けます」
「うん……。あれ? メゾは?」
「あの子は上で指揮でもするのではないでしょうか?」
「なるほど……。メゾ、なんかクネクネしてない?」
「気のせいです」
「えっ? う、うん……。うん?」
疑問に思うミツの言葉をフォルテは笑みを向け止める。
メゾの気持ちも分からなくはないが、露骨な態度は止めておいた方が良いとフォルテは思ってしまう。
「フィーネ、行くわよ!」
「うん!」
「来るぞ、来た所を返り討ち! 構え!」
「「せーの! せっ!!」」
二人は落下するスピードも力にし、二人の槍先が地面を突き刺す。
地面に突き刺した槍の衝撃が走り、その場を中心として衝撃波が起きる。
爆風音が響くと同時に周りの騎兵全てを吹き飛ばした。
「「「「「うわぁぁーー!!!」」」」」
「あっ!」
高く舞い上がった騎兵の兵士と乗っていた騎馬。ミツは衝撃に起きた音に驚きつつ、高く飛び上がった騎兵に目を見開く。
それは上空に高く飛ばされた馬などを見たミツの表情を直ぐにティシモは読み取り、上空に居るメゾへと声を飛ばす。
「! メゾ! マスターを悲しませてはなりません! 動きなさい!」
「はい!」
先程まで口からよだれを出し、女性としてだらしない表情を浮かべていたメゾ。
彼女はティシモの声に直ぐに反応し、口元のよだれを拭い、自身の槍先から光を出す。
シュンシュンと音を鳴らし、いくつもの光が吹き飛んだ兵士と馬へと当たる。
「し、死ぬ! んっ……? !? な、何が!?」
空中に放り出された兵士が恐怖に頭の中で走馬灯を走らせ、来るであろう衝撃に身を固めていたが、その衝撃が一向に来ない。
それどころか、落下する感覚が止まっている。
馬に乗っていた兵士が恐る恐ると目を開ければ、自身を光が包み、受け止めていた。
いや、自身だけではない。
長年付き合っていた愛馬も隣で光に包み込まれている。
よく見れば周囲が光に包まれた兵士と馬だらけ。
恐る恐ると下を覗き込めば、凄く高い所で受け止められている事が分かる。
自身の家の屋根ほどの高さであろうか。
もしこの光に包まれなければ愛馬は骨を折り、二度と騎馬として使えなくなる。
下手すれば肉送りだ。
いや、この高さ、頭から落ちていたら自身すら死んでいたかもしれない。
自身の様に動揺したものばかりなのか、周りの兵からも声が出ない。
そんな光景にアベル達のいる観覧席は先程から唖然とし続けていた。
「天使様が放たれた光が我が兵を……」
アベルは衝撃の出来事に、その言葉を出すのが精一杯。
カインの側に居るマトラストは険しい表情のままボソリと考えを述べる。
「もし……。もしあの光が今消えたら、光に包まれた兵士は地面に叩きつけられ、そして怪我では済まずに……確実に死にますな」
「「!?」」
マトラストのその言葉にアベルとカインだけではなく、周囲も眉尻を上げ光に包まれた兵たちを見る。
「マトラスト、お前はいらぬ事を考えよって!」
「いや、殿下。ですから私も(もし)の言葉を付けたではありませんか。それにその気があるのならば、あの様な光景になりますまい」
「全くお前は……。しかし、たった二人の天使様の一撃で、その……。兄上の騎兵が半壊とは……」
「あっ……ああ……そうだね」
カインの言葉も短い返答で返すアベル。
彼の反応は可笑しい事ではない。
何故なら他国の者達も、王族を守る騎兵部隊が一撃で崩壊した光景を目にして、彼らも平常を保つのは難しい事なのかもしれない。
特に王宮神殿の神殿長のルリは先程から天使の五人が現れてから感動に先程から祈りを捧げ続けている。
それは側にいるシスター達も同様に。
ルリを護衛する女性騎士のレイア・シルブァウスと、それとアニスを含め女性騎士達もフォルテ達の姿を見てから胸の高鳴りが先程から止まらず、心臓がドキドキである。
まるで好きな人が目の前に現れたような思春期の乙女の様に彼女達の頬が染められている。
しかし、彼女達もルリの護衛役として選ばれた精鋭騎士。
レイアは気の緩みを振り払う為に奥歯を噛み締め、部下へと言葉をかける。
「くっ。貴様ら、護衛すべきルリ様をよそ目に気を緩めるな!」
「「「はっ!」」」
「隊長……我々の今見ている物は……」
「アニス、今は口を噤みなさい」
「……はっ」
部下に厳しい言葉をかけた手前、レイアは自身の動揺を部下や周りに見せるわけにはいかない。
頬を染めつつ、精霊達を見る彼女の目が厳しく細められていく。
ローガディアのエメアップリアは先程見た森羅の鏡の映像でみたフォルテ達の姿に目をキラキラさせている。
獣人国にも神話のおとぎ話が母から子へと、眠る前のお話を聞かせる。
その際は話の内容に空想も踏まえた話であるが、子供たちは喜んで母親の話を聞くものである。
エメアップリアの母。ローガディアの王妃も彼女へと物語を話している。
しかし、戦いの力が一番と考えられている彼らの国のおとぎ話は少し殺伐とした話が多いのは、文化の違いであろうか。
例えば、白い大きな狼が数百の獣を従え、国へと襲いかかる魔物を殲滅した物語。
一人の戦士が訓練を重ね、さらわれた国のお姫様を助ける話。
物語の中には必ず戦いのストーリーが組み込まれている。
しかし、幼い頃の……。いや、今も彼女はまだ幼いが、エメアップリアは戦いの話よりも綺麗な花や湖が出てくる話を好む女の子。
その為、彼女の母が思いつきに話した物語の中に、天使が出てくる話があった。
それは病に苦しむ両親を持つ娘の話。
彼女の住む場所は街や村から遠く離れている。医者を呼んだり薬が欲しくても病の両親を置いては行けない。
娘がいつもの様に神様に祈りを捧げたとき、天命にて近くの湖に羽がある事を夢で見た娘。
彼女は親がまだ寝ている夜中に目を覚まし、急ぎ湖へと駆け出す。
夢で見た場所に行くがそこには何もない。
ああ、やっぱりただの夢なのかと悲しみに落ち込んでしまう女性。
その時湖に波紋が広がるのがうつむく彼女の目に入る。
魚でも跳ねたのかと見上げると、そこには天使が水面に立っていた。
天使は口を開き何かを話すが彼女にその言葉は理解できなかった。
だが、彼女は両親を助けて欲しいと天使へ懇願。
すると天使は自身の翼の羽を一枚取り、女性へと渡す。
女性がそれを受け取った瞬間、彼女の背中に天使と同じ羽が生えたのだ。
そして、先程まで聞き取れなかった天使の言葉が聞こえ、理解できるようになったのだ。
天使はこう告げた。
その翼は、太陽の光が無くなると消えてしまう。
しかし、光ある内は自由に貴方は飛べると。
女性は天使に感謝し、直ぐに街のある方へと飛び出す。
その後、様々な出来事があったが何とか薬を調達する事ができた。
天使の言うとおり、彼女に生えた翼は夕日が沈むと同時に消えてしまう。
丁度自身の自宅にたどり着いた瞬間だったことに彼女に怪我も無く両親へと薬を飲ませることができた。
即興な物語でもエメアップリアはその物語を母との思い出として記憶している。
そしてエメアップリアはその話を母からしてもらう度に、彼女は細かい所まで母に質問する。
女性は起きてすぐに家を飛び出したのに薬を買うお金はあったのか?
町や村で翼の生えた女性は怪訝視されなかったのか?
初めて飛ぶのに、女性は上手く飛べたのか?
等々、彼女の質問はいつも母親に苦笑いを浮かべさせる質問ばかりしていたのだ。
流石に母親も困り、私兵のチャオーラと筆頭側仕えのメンリルに相談。
二人のアイディアを受け取り、今ではエメアップリア自身が弟妹に聞かせる程の物語になっていた。
そんなエメアップリアを横目に、ベンガルンがバーバリへと話しかける。
「団長……。俺は自分の目で見てもこの光景が信じられねえよ……」
「小僧の力も計り知れぬが、あの翼人達の力も桁違い。しかも、あの光に取り込まれた者は手も足も出ない状態。フッ……。全く、例え今後死ぬ思いに剣の修行を重ねようと、あの者に届くイメージが沸かぬわ」
「だ、団長!? 団長、あまりそう言う事を貴方が口にするのは……」
「莫迦かお前は」
「えっ?」
「我が思う気持ちなどあの光景以前に、ヒュドラの討伐など見せられて思わぬほうが愚か者なのだ! よく見ておけ、ベンガルン。いや、他の者もだ。あの時小僧に食いかかったバロンと言う愚か者。あの様な後先も見えぬ行いをする者は、我がローガディア国には害でしかない。あの者、ミツに手を出す者は先に我に牙を立てる事と頭に入れておけ」
「「「「「……」」」」」
何とも手の平を返したようなバーバリの発言。武道大会で後先考えずにミツに喧嘩を売ったのは誰だとその場の面々の頭をよぎる。
流石に口にすると面倒くさいので、バーバリの部下たちは無言に頷きを返すことにした。
メゾの放った光に包まれた数十の兵と馬。
ざっと見ても騎兵の半分は吹き飛ばされたようだ。
それを全て地面に落下する前に受け止めた事にミツはメゾへ褒めの言葉を飛ばす。
「メゾ、ナイスキャッチ!」
「うへへっ。マスターが私を褒めてくれてる。ああっ……いけない。マスターの笑みに私の下半身が……」
ミツの言葉が耳に聞こえたのか、メゾはまただらしない笑みを受けべ、身体をもじらせる。
「メゾ姉様ー」
「メゾお姉ちゃんー」
「はっ!? な、何よ二人とも!?」
「メゾ姉様、ティシモ姉様がさっきから指示を送られてますよ」
「えっ? あっ!」
ダカーポとフィーネ、二人が指を指す方を見るメゾ。
その先には目を細め、少しご立腹感をだしたフォルテの表情が見えたようだ。
「全く、ようやく気づきましたね。メゾ、さっさとそれを掘りなり川なり置きなさい。マスターがお待ちですよ」
「は、はい! 申し訳ありません」
メゾは慌てて空中に放り出された兵や馬を捕縛した光の包、それを浅瀬の川と掘りへと移動させる。
「うわっ!」
「我の兵を如何するつもりだ!? まさか!」
「騎兵達が……。バロン様、あそこに兵を下ろされてはあの者達は死亡扱い。もうこの戦いに参戦はできません……」
「くっ!」
部隊長の言葉を聞く前と、バロンは苦虫を噛み潰すような苦い顔を作る。
自身を包み込む光がゆっくりと地面に下ろされる。
馬は臆病な生き物だと言うのに、まるで落ち着いているのか何事も無かったように前足で地面を鳴らしている。
寧ろ騎兵の人達が慌てて光の中で暴れていた者もいた程に、人間の方が臆病ではないか。
「た、助かったのか……。俺の馬! 落ち着け! いや、落ち着くのは俺だな……怪我は……。ふぅ……良かった、何処も怪我はなさそうだな」
騎兵の兵の殆どが自身の怪我のことよりも馬を優先とした動きを見せる。
騎兵にとっては馬は自身の命を預ける大切なパートナー。
騎兵としての教えもあるだろうが、気づかぬうちに騎兵部隊のその行いは、少年にとっては好印象を与えていた。
「貴方達は決まり事によりて、今後この戦いの参戦を認められません。その生き物と共に下がりなさい」
「「「!!!」」」
突然耳に聞こえる女性の声。
美しい声が突然聞こえたことに、兵が周囲を警戒する。
その声が聞こえた者の中には騎馬の指揮を取る現場部隊長も居た。
相手は我々を光で包まなければ、大きな被害も与えられたろう。
しかし明らかに自身たちは救われた。
部隊長は自身の槍を掲げ、川と堀に落ちた者は離れろと指示を出す。
勝手な判断に思われるだろうが、様々な貴族達が先程からやり取りを目にしている。
ここで部隊長が約束を違えればそれはそれで大きな問題となってしまうのだ。
「お疲れ様メゾ、ダカーポ、フィーネ。君達の力見させてもらったよ」
「「「ありがとうございます、マスター」」」
「うん。さっ、膝が汚れちゃうから立って」
ミツの前で膝をつき頭を垂れる三人。
そんな事はしなくても良いのだが、これは彼女達の忠誠心からの現れ。
ミツはポリポリと頬を掻きつつ、三人一人一人と手を差し伸ばし立たせていく。
「あの人達も流石に約束通り、川や堀に落ちた人は部隊から裂いてくれるみたいだね」
「マスター。次の一手はいかがなさいますか?」
「うん。次は新しく覚えたスキルの検証かな。と言っても殺傷能力がある物とかは使えないけど」
「それではマスター、我々にご指示を」
「えーっと、皆魔法は使えるみたいだけど、回復も使えるかな?」
「はい。マスター程ではございませんが、我々姉妹皆が使用できます」
「よかった。それじゃ次の策なんだけど……」
ミツの言葉に耳を傾ける五人。
彼女達の働きは、ミツのスキルの検証には必要な事である。
彼の言葉を聞き入れた五人は意見を述べることなく、その場に頭のキレるティシモを残し四人は空へと飛び立つ。
「全体! 陣形纏め! 甲!」
「「「「「おうっ!!!」」」」」
騎馬部隊の半数を失ったバロン部隊。
それでもまだ全ての兵が無傷に近い状態。
騎馬が減ろうと、それに合わせた陣形を兵へと直ぐに指示を飛ばす。
甲は主に騎兵や馬車の突撃に備えた守りの陣形。
だが、全く動かない亀みたいな陣形ではないので、じわじわと相手に近づき攻撃に転じる為の攻めの一手に変わる事もできる形である。
「バロン様、ご指示通り陣形は甲としました。ですが、先程の相手の攻撃にて少々兵の士気が落ちております」
「ならば士気高揚とするまで……」
バロンは馬を前に勧め、自身の獲物である大きな槍を突き出す。
「聞け、精鋭なる戦士よ! お前らは選ばれた勇敢たる騎士! 例え未知の力が目の前に迫ろうと、お前達の背には守るべき者が居る事を忘れてはならぬ! 前に立つものが倒れても屈するな! それがお前らの役割であり、それを成してこその王家の騎士である!」
バロンの叫びの激が兵の一人一人に届く。
先程まで狼狽え下がりつつあった士気が戻る。兵達の顔つきが変わり、兵達が握る剣に力が入る。
「「「「「おうっ! おうっ! おおおおおおっっっっ!!!!」」」」」
騎士の声が天に響く。
その大きな声と迫力に、対するミツに笑みを作らせる。
「凄い、まるで映画並の迫力だよ。あれって誰か士気を向上させるスキルでも使ったのかな?」
「はい。恐らくこの軍を統括する者が何かしらのスキルを発動したと思われます。……マスター、フォルテ達が合図を送っております。何時でもどうぞ」
「うん。それじゃ次は自分の番だね。やろうか」
ミツは〈影分身〉のスキルを発動。
突然影の中から現れたミツの姿に眉尻を上げる観客やバロン部隊の面々。
一人分身を出し、彼に1つお願いをする。
分身は分かったの言葉を残し、兵士の居る方へと歩き出す。
アベル視点
何故だ、どうしてこの様な事になってしまったのだ!?
私が困惑してる間と、あの愚か者のせいで現状は悪化している……。
それは実際に目の前で見せられ、目を背けたくなる現実に対してだ。
予定ではエンダー国の王妃は早々と国へ引き上げているはずだった。
しかし、フロールス家に来てみればローガディア、カルテット、そしてエンダー国の代表者がまだ屋敷に居座っている。
確かにロストスキルのトリップゲートを巡る事は分かっていたが、まさかエンダーの王妃まで興味を示すとは思いもしなかった。
それに、明らかにレイリー王妃はあの少年、ミツを甚く気に入っている。
いや、レイリー王妃だけではない。
カルテットの姫君、セルフィ殿。
彼女は既に王族から離れて入るが、彼女の発言力はまだ生きていると認識して置かなければならない。
だからこそ、周りも未だに彼女を一貴族として見ていないからだ。
その女性もまるで身内に話しかけるような、彼らは互いに友好な話し方をしている。
そして我々セレナーデの国と友好関係を示しては居るが、実はエンダーよりも注意しなければいけないローガディア王国の者達。
彼らは正直知性は人も程でもないにしろ、戦闘能力は人の倍。そして警戒心はその三倍と友好を結ぶには難しい相手である。
何故ならセレナーデ王国には奴隷制度がある。
それは生活に貧困した者が身売りの借金奴隷。
殺人などの悪質な行いをした犯罪奴隷。
両方奴隷になる理由は違えど、第三者から見たら奴隷は奴隷。
その奴隷に多いのが獣人である。
ローガディア王国にも人族の奴隷は居ると耳にはしているが、奴隷にしている数が違いすぎるのだ。
その為、友好国の人々をまるで植民地のように扱いを見せては外聞が悪いのは当たり前である。
我々セレナーデとローガディアは、まだいくつもの見えない壁がある中であるが、彼は違う……。
彼はローガディアとの関係も、献上したレジェンドクラスのヒュドラの血を受け取った以上の事をされた様に、彼らもまたミツと言う少年との厚い絆が結ばれている事が分かる。
そんな事よりも一番の問題なのだが、ミツは外見こそ人族であるが、あれを人と言って良いものか疑念と悩ましいところ……。
彼の情報は辺境伯のマトラスト、そしてカインの部下に潜ませた密偵から情報を得ている。
意外にもマトラストが送ってきた連絡と密偵の送ってきた連絡にそれ程違いが無かった事が驚きであった。
中立を保つ役割のマトラストであるためか、下手な偽報告はせぬが奴の正しい判断なのだろう……。
だが奴の反応を見る限りでは、彼の力を十分に把握していなかったようだね。
震えが止まらない。
それは今もまたありえない事を彼は目の前でやっているのだ。
そう、天使様の再来としたご降臨も目を見張る物ばかりだが、彼に先程見せてもらった映像の様に、彼の数が増えた事。
そして……、彼の足元が強く光出す。
彼の怒りは、何処まで我々を恐怖に落とすのか。
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