第182話 アカン人がおる。

「お待ちを!」


「バロン?」


 バロンが突然声を上げ、ミツの足を止める。

 前に出てきたバロンに何をと声をかけるアベル。周囲の注目も気にせずと、バロンはミツの前に立つ。

 身長差もあるだろうが、バロンの体格と身長に、ミツが更に小柄に見えてしまう。


「貴殿の勇敢たる姿、興行としては楽しめる物」


「ど、どうも……? 興行?」


 自身を褒めているだろうセリフだが、バロンの言葉に圧を感じるミツ。

 これは何ですかと、バロンの後ろに座るアベルへと視線を送るが彼は驚きの表情をしている。

 

「だが、これ以上偽りの映像を殿下達に見せるのは止めていただこう!」


「はっ? 偽り?」


「「「「!!??」」」」


「バロン、何を!?」


 見せられた映像が偽物だと言い切るバロンに、アベルが声を出す。


「陛下、この者が今見せた物は偽りの映像。これまで誰も見たことのない魔導具を使用し、いかにも自身がヒュドラを倒したとこの場にいる者全てを偽っております」


 アベルの言葉に振り向き、そしてミツの持つ森羅の鏡へと指を指すバロン。


「いえ、これは偽りではなく真実を見せる魔導具です。決して皆様を騙すつもりではありません」


 勘違いしないでほしいと、ミツは周囲に聞かせるように森羅の鏡の説明をする。

 ミツの必死な言葉に席を立つダニエル。

 彼はその少年の言葉は真実と自身が救われたことを説明し始める。


「左様! バロン殿、その者は幾度も私めの家族を不運をその道具を使用し救われた事は事実です。どうか今は落ち着き、事をお沈めください」


「フロールス家の領主よ。貴殿がこの者に救われたなど今は話には関係はない! この者が犯した罪を私は説いておるのだ」


 バロンはダニエルに一喝と言葉を浴びさせ、彼を黙らせる。

 貴様、身分を弁えろと、バロンは言葉には出してはいないが、ダニエルは渋々と食い下がるしかできなかった。


「罪? お言葉ながらバロン様。自分が何の罪を犯したと言うのでしょうか!? 自分はレイリー様とアベル様のご希望に備え、こちらの鏡を使用し、皆様にもご納得いただける事をしたつもりです」


「貴様、まだ戯言を言うか!」


「黙りなさい!」


「「「「!?」」」」


 ミツが議論を求めるよう、バロンに言葉を返すと彼の怒りに触れたのか、バロンの手が一瞬腰の剣に触れる。

 ミツもそれを黙って見てるわけにはいかないと、バロンへと〈威嚇〉スキルを発動使用したその時。

 カルテットの代表席から、セルフィが声を出す。


「セレナーデ王国、バロン殿。貴方の発言は、我々カルテット国も偽り者と発言する言葉である事を自覚しなさい! 先程彼が見せた映像のヒュドラの討伐は私、セルフィも目視した事実。更にローガディア国のバーバリ様も、貴方は偽り者と罵るのかしら?」


「いや、それは……」


「その通りなのね! おい、そこのデカブツ! 我は我が牙であるバーバリの発言を全て信じておる! 更にはそこにいるミツは我が国の友好者。その者を愚行する数々の発言は、カルテットだけではなく、ローガディアに対しても貴様は牙を立てさせる発言として受け止めるが、それは本心であろうな!?」


 エメアップリアもセルフィに合わせ声を出す。彼女の言葉に側にいるバーバリ、ベンガルン、チャオーラの護衛兵がバロンに対して敵意と険しい視線を彼に送る。

 バロンは自身のしたことに今更ながら焦り始める。

 確かに、彼の思う所は他の貴族にもあった。

 しかし、それを決して口にしない事がこの場での最良の選択であり、バロンの選択は誤りである。

 たとえミツの見せた物が偽りだとしても、直ぐに行動に出すべきではなかった。

 いや、この場での発言自体、彼が莫迦であり愚かな行いだったのだ。

 この場に何故こんなにも貴族が集まったのか。

 それは別にアベルとカインがこの場に居るからではない。

 今日この場はミツとローガディア王国の友好を深める場。

 そんな所で一番関係するミツへの侮辱は、友達を莫迦にされたローガディア王国が黙っているわけがない。

 バロンは今まで幾度も怪しいと思った人物へとその場の空気も読まずに追求してきた。しかし、その時は何かと運がよく身分差もありバロンが有利に動く話ばかり。

 だが、彼の運も、ミツの運の量には焼け石に水。

 早々に頭を下げ、先程の発言に謝罪して引き上げたら良いものの、バロンの無駄な上級貴族のプライドがそれを止めている。

 そこにコホンと軽い咳払い。 

 バロンは後ろにいるアベルへと振り向き直す。


「すまない、カルテットの姫君、そしてローガディアの姫君。決して君達の友を我々は疑ってはいない。その者の身勝手な発言には私も驚いてね」


「で、殿下……。も、申し訳ございません。私めの」


「ああ、この場での君の言い訳は他者には耳障りになってしまうからね。それと謝罪は先ずは君の発言を受けた少年にすべきではないかね? それと少年、折角ヒュドラの討伐した映像を見せてもらったというのに、本当にすまない。気分を悪くさせたね」


「はっ……。申し訳ない……」


「……いえ」


 明らかに機嫌を損ねたミツの対応。

 ローガディアの続いてセレナーデ王国も深い友好を繋げる予定が大失態。

 アベルは内心怒りに満ちていたが、外交の前ではそれも表に出せない。

 どうすればと彼の機嫌が治るかと考えていると、エンダー国の席からレイリーが話しかけてきた。


「童よ、お前のこの乱れた心は妾も分かる。妾の願いを叶えた童の気持ちを土足に踏み入れた者を妾は鬱陶しく思う。セレナーデの者よ、貴様の手足となる者が妾だけではなく、他国の周囲の者を落胆させる発言を物申した。この責任、貴殿達はどうする? 後の発言によっては我々は貴殿の国と敵対する事もある事を頭に入れておくが良い」


 敵対する。この発言にセレナーデ王国の貴族達から血の気が引いていく。

 何故なら、エンダー国はセレナーデ王国の半分も広さは無い小国と言われてもおかしくはない国。

 人口はセレナーデ王国が2000万であるが、エンダー国は1000万人もいかない。

 しかし、相手が小国だとしても戦力はセレナーデの倍近く。

 何故なら相手は魔物ではなく、高い知性を持つ魔族相手。

 魔族一人でも戦闘力は高く、魔力の量もエルフを超える程に魔法も優れている。

 セレナーデ王国は広いと言っても殆どが山の山脈や大きな川と、人が住めるような場所では無いところも多い。


 アベルはレイリーの発言に身震いさせ、たらりと一粒の汗を流す。

 自身の護衛の責任は自身の責任。

 アベルは思った。ああ、何で俺はこんな奴を連れてきたんだろうと深く後悔。

 言われるがままにこの街までやってきて、早々とミツを国へと連れて行くだけで済むと思っていた。


 心臓をバクバクさせ、アベルはいつもの表情を作りレイリーへと言葉を返す。

 だがアベルの表情に作られた笑みに余裕は無かった。


「王妃レイリー様のご立腹、ごもっともにございます。皆様、改めて私めの兵が皆様へと不快とさせた事、ここにお詫び申し上げます」


 王族であるアベルは恭しく頭を下げる。

 その光景に貴族達は口を閉ざし目を見開き驚く。何故なら王族は絶対的な存在。

 アベルの謝罪はミツではなく他国に向けられた者だが、内容的にはミツへと頭を下げた意味も込められている。

 バロンは自身の行いに、失敗した、判断を誤ったと、恥をかく思い。

 彼の顔は真っ赤であり俯いたまま。

 後に彼がアベルからどのような処罰を受けようと、それは自業自得である。

 だが、レイリーのターンはまだ続く。


「足りぬ……」


「えっ? 王妃レイリー様、何が足りぬのでしょうか……」


「貴殿の言葉は上辺だけの言葉。本当の言葉は内に秘めておる。お主が言えぬのなら妾が特別に告げてやろう。童よ、そしてそこの者、聞くが良い」


「はっ!」


「レイリー様、何でしょうか?」


 声をかけられたバロンは直ぐに顔を上げ、レイリーへと向き直す。

 ミツは心のもやもやを抑えたい気持ちが先走っているのか、レイリーに対する生返事。

 それを鼻で笑い済ますレイリー。


「フッ。その者は童の行いを偽りと疑いを罵り、お主が友と言う者の働きを無碍と発言した。妾もこのまま済ますには気が好まん……。そこの者、偽りだと申すなら、自身で剣を取り、そして正面から童に勝負を挑むが良い」


「!?」


「……」


 バロンはレイリーの言葉に思わず声を出そうとしてしまう。

 しかし相手は他国の王妃。

 ここで更に下手な発言をすれば今度は自身の首が飛ぶ。

 先程の自身の失態に断る言葉などバロンに出すこともできない。

 後悔、後悔、数分前の自身の考えを深く後悔。

 恐る恐ると視線を少しアベルの方へと向ければ、彼は冷たい視線をバロンへと向けていた。

 これは断ることはできないとバロンはレイリーの言葉を恭しく承諾する。


「王妃レイリー様のお言葉。私、バロン・アスリーは謹んでお受けいたします……」


「……童よ、返答は」


「あの、一つ良いでしょうか?」


 ミツはバロンの様にレイリーの言葉に即答はせず、逆に提案を持ち出す。

 その言葉に目を見開く周囲の視線。 

 失礼なことはミツも理解しているが、今この場を仕切っているのはレイリーである事は誰が見てもあきらか。

 一応質問と言うか、これはミツの苛立ちの原因を晴らす為の言葉である。


「「「「「!!!」」」」」


「申せ」


「はい。戦うのは良いのですが、相手はこちらのバロン様は勿論、部下の方も全員まとめて相手を宜しいでしょうか?」


「「「「「!!!」」」」」


 ミツの提案に流石のレイリーも少し驚いたのか、聞き直す様に彼女の口が開く。


「全員……。童よ、そう申したか?」


「はい。全員です」


 そう、先程のバロンの言葉もだが、ゼクス、バーバリの映像が流れた時も、バロンの部下は二人を罵る発言を聞こえないように口にしていた。

 更にはミツの戦いの映像が流れている時も、偽りだ、バカげている、そして何よりもヒュドラが大き過ぎて、戦うミツが小さく見えるなど、彼を小馬鹿にする発言もミツは聞き耳スキルで拾っている。

 ここまで行くと、聞き耳スキルの名は地獄耳に改名した方が良いのでは?


 再度確認したことに、レイリーの視線はバロンへと向けられる。


「……その者、下に幾人連れておるか申せ」


 バロンは今回護衛と連れてきた自身の部下の数を告げる。

 しかし、先程もバロンはレイリーに自身の名前を告げたのだが、レイリーはバロンの名前を覚える気はサラサラないのだろう。

 少しいい気味である。


「はっ。私めの部下は、今回アベル様の護衛と300人連れております。その内、戦う事ができる者は280人程です」


 本来王族を守る為に、騎士と歩兵を合わせて280人は少ない数である。

 しかし、今回アベルはモズモに背中を押され、1日も早くこの街につかなければならなかった。

 その為バロンの命令を素直に聞く者だけを集め、急ぎ馬を走らせている。

 これが本来の王からの命令ならば、アベルの護衛に付けられる騎士の数は1000を超えていたのかもしれない。

 

「……。セレナーデの王子よ、貴殿の兵の失態。それを補う為と兵をこの者と戦闘を認めるであろうな」


「……」


 アベルはバロンの今までの数々の失態を思い出していた。

 部下への無茶な進軍をさせ、兵や馬などを何頭も潰したこと。

 正当な理由にて逆賊を潰す時もバロン達の過剰な追撃。

 人として外れた事から副隊長としての判断不足。

 これらが積み重なり、先程もやってはいけない失態。

 アベルはモズモに恩はあるも、実はバロンにそこまで信頼は寄せてはいなかった。

 彼はレイリーの言葉を受諾。

 自身を守る後ろにいる護衛の動揺が感じられたが、知ったことではない。

 この場で原因を作ったのは、お前達の上司のバロンだと。

 そしてアベルは早々とこいつは切り捨てるべきだと考えをまとめる。


「そなたの主の許可は下りた。童よ、今一度問うが、本当に280の者を相手するのだな? 相手とするのは獣や知性を持たぬ魔物ではない。それを理解の上言葉を返すが良い」


「はい」


「よかろう……。ならば童の判断が愚行とならず、妾を、この場に居る者たちを満足させよ。それがお主に課せられた勤めである」


 少年の即答に少し眉を上げるレイリー。

 急遽決まってしまったアベルを護衛する騎兵部隊280人とミツの戦い。

 今回の一番の被害者はその場にいなかった兵260名近くであろうか。

 しかし部隊には、連帯責任と言う理不尽な責任がとわれる物。

 諦めてミツのスキルの実験に付き合って貰おう。


 突然の事に急ぎ準備に取り掛かる面々。

 と言っても本当に突然決まった事だけに、やれることは今のうちにトイレに行って用を足すぐらいしかできない。


(状態異常無効化のスキルがあっても、尿意はあるんだな……)


 そんな事を考えながらトイレから出てきたミツを待っていたのか、ゼクスが少し深刻な表情を浮かべて話しかけてきた。


「ミツさん、大丈夫ですか?」


「はははっ、ゼクスさん、自分は全然平気ですよ。言いがかりを言われたからって何のその。全く気にもしてませんよ、本当に……。本当ですよ?」

 

 ミツの乾いた笑いがゼクスを悩ませる。


「……はぁ。僭越ながら私めがミツさんの援護と、共に模擬戦の参戦を旦那様方に一言申し上げても宜しいのですが」


「んー。そうですね。本音を言うならゼクスさんが相手を引きつけてくれたら助かるんですが、今回は自分も試したい事があるので、お言葉だけありがたく受け取らせていただきます」


「左様で……。では、旦那様よりお言葉をお預かりしております……。ふっ……。今回の模擬戦、相手は全て上級貴族の長兄や次男様ばかり。戦いに躊躇が出るかもしれないが君の好きにしてくれたまえ。だそうです。そして私からも一つ。無理をなさらないように」


「はい! お二人のお言葉を忘れないように行ってきます」


「ご武運を……。と言うのはミツさんには愚問の言葉でしたな。ホッホッホッ。いえ、今回の戦いは屋敷の隣にある何もない平地。貴方様が少々荒っぽく動かれてもお気にせずに大丈夫ですぞ」


「……。荒っぽくですか……そうですね。少しあの伸びた鼻の何本か折れるかもしれませんが、それなら気にすることもないですね」


「ッ!?」


 ゼクスが見た事もないミツの影を落とした笑み。それを見たゼクスは、バロンはミツを怒らせてしまっていると認識する。

 正確にはバロンの言いがかりもだが、部下である兵達の言葉がネチネチとミツを苛立させていた。

 

 フロールス家の隣。

 広く広がる空き地に馬足を並べ、進む騎兵達を見下ろしつつ、ミツはダニエルとマトラストの二人と少し話をする。

 話の内容にダニエル、そして近くにいたマトラストは軽く目を見開いていたが、二人の許可が下りた事にミツは少し機嫌を戻していた。


「本当にやるのか?」


「子供相手だぞ……。しかも相手は一人」


「おい、相手ってあの時の子供じゃ……」


「それでも下手したら、あの子供がなぶり殺しになるぞ……」


「お前ら、口を慎め! この戦いは相手が望んだ事! 我々は平民の子供に舐められているのだぞ! 相手が子供であろうと、殿下を守るが我らの役目! 相手に情けをかけ、剣を下ろすな! 下ろすときは振り落とす時のみ!」


「「「おっ、おお!!!」」」


 武装した兵士達が馬にまたがり、フロールス家の横に大きく広がる平地に集められるアベルの護衛兵280人。

 彼等は今から模擬戦を行うという事だけを伝えられこの場に来ている。

 黒鉄の装備に身を固めたミツ。

 彼が対面する場所にトリップゲートを使用し現れた事に、周囲にどよめきの声が漏れる。

 混乱する声があちらこちらから聞こえてくるが、それを騎兵と歩兵をまとめる隊長格の一人が動揺する兵に怒声と気合の言葉をかける。

 彼等はその怒声に渋々と声を返すが、相手は以前モンスターの集団を一人で倒した少年。

 更には天使の翼を背に見せた異様な人物である。

 指揮が上がらない事に、部隊長がこの場の総大将であるバロンへと話しかける。


「バロン様、本当によろしいので……」


「構わぬ。ここで我らの力を他国に見せるのは丁度よい。殿下をお守りするこの騎士団こそ最強だと言う事を知らしめる時」


 自身の失態を取り戻すには武功を見せなければならない。 

 そんな脳筋的考えしか思いつかないのか、バロンはミツへ睨みを効かせていた。


「承知しました。では、陣形は雁行にて速攻に」


「いや、観客にも樂しんで貰わなければならぬ。雁行ではなく長蛇にせよ」


 部隊長が提案した陣形の雁行。

 これは部隊を横並びに並べ、左側の部隊から前進し、左、正面、右の部隊と敵を包囲する戦略である。

 相手からすると右から来た敵を相手をしていると、すかさず正面、そして左と追撃を与える陣形である。

 代わってバロンの提案した長蛇。

 これは文字通り部隊を蛇の様に真っ直ぐにし、守りの陣形を貫く時に使われる陣形である。

 少人数相手に使う陣形としては、とても珍しい策でもある。

 しかし、長蛇の陣形の提案に部隊長がバロンへと意見する。


「それでは少数であの者と戦わなければなりませぬ。あの者相手に少数は危険かと……!」


 部隊長も森羅の鏡に映し出されたミツの戦いを見ていた一人。 

 ここは少人数で攻めるのではなく、一気に攻め立てた方が良いと自身の意見を述べる。

 しかし、彼の頬にパチンッと音と共に突然痛みが走る。

 バロンは周囲に聞こえる程の強さに部隊長を平手打ち。

 赤く腫れ上がり、突然の事に部隊長の馬ごと少し数歩下がる。


「貴様、私が長蛇といったら長蛇なのだ! 直ぐに陣形を動かさぬか!」


「……はっ! 承知いたしました! 全体、長蛇!」


「「「「おうっ!!!」」」」


 部隊長の掛け声に合わせ、騎兵と歩兵が陣形を組み動き出す。

 歩兵を守るように騎兵は歩兵の横につく。

 見事な練度が取れた陣形移動に、観覧する貴族たちからは拍手が送られている。

 なんだか小学校の頃にやった組体操を見てる気分になる。


(あ〜あ〜。そんな真っ直ぐに整列して。ここでインパクトでも打ち込んだら一撃で終わるなこりゃ。でもやらないよ、集団相手にはそれなりの対処も今後覚えないといけないからね。さてと……)

 

「セレナーデ王国の騎士の皆さん。この戦い、ルールを一つ自分から提案しても宜しいでしょうか」


「なっ!? 提案だと……」


「バロン様、いかがなされますか?」

 

 バロンは眉間にシワを寄せ、多くの貴族の注目を集めた状態では反対する言葉も出せず、彼はぐっと堪え部隊長へと小さく頷きを返す。


「貴殿の提案、申してみよ!」


 部隊長が馬にまたがり前に出てくる。


「はい。自分は皆さんに危害を与えるつもりは……それ程ありません。そこでそこにある堀や川に落ちた者は、死亡扱いとしてこの戦闘から離脱してください」


 ミツの指差す先には、雨などで上流から流れてきた水を屋敷に入れない為の堀、それと屋敷内の池の水を流す為の川だ。

 川と堀を見た後、次は部隊長が声を出す。


「!? 貴殿がその川と堀から落ちた時はどうなる?」


「勿論その時は自分の負けです。素直に敗北を認めます」


「うむ……。承知した! 貴殿の望むように、我々の兵が片足一つ落としたならその者は戦いから離脱させる。これでよいな? では、始めるとする」


「はい。ご配慮、感謝します」


 部隊長が元の位置と馬を戻す。

 バロンへと一別視線を向けた後、頷いたことに彼は剣を掲げ号令を出す。


「……。全体、構え!」


「「「「うぉぉぉおお!!」」」」


 兵士達の掛け声にビリビリと空気が振動する感覚にが襲う。

 

「やる気満々だね。よし、こっちも始めるよ!」


 少年がどのような戦いを見せてくれるのか。 彼が映像として見せた物が真実なのかを各国の代表者である面々、そして周辺の貴族が息を呑む思いに彼へと注目を集める。 


(集団戦は基本後衛職から叩くものとゲーム内のPvP通りでいいと思うけど……今回は後衛が居ないしな……。ああっ、折角だしアレを試すか)


「精霊召喚!」


 ミツは精霊召喚のスキルを発動。

 幾度も見てきた光が現れ、次第とその形はフォルテ達を作り出す。


 五人の精霊達、フォルテ達がミツの前に膝をつき頭を垂れる。

 初めてフォルテ達を見たダニエルの両婦人と子供たち。または貴族の人々。


「「「「「マスター、どうぞ我々にご指示を」」」」」


「うん。少しスキルの検証がしたいから、五人にはお手伝いをお願いしても良いかな?」


「「「「「はい!」」」」」


 その返答に、五人へ優しい笑みを返すミツ。


「皆、こっちに来て、手を」


 ミツは自身に能力上昇系スキルを発動する為、一緒にフォルテ達も同じスキルを発動。

 精霊達に効果はあるのか分からないが、彼女達は嬉しそうに自身の手をさし出してくる。

 様々なバフのスキルを発動後、ミツは戦う集団を見据える。


「皆、相手はモンスターじゃないから殺したりしたら駄目だよ。自分はまだやる事があるから、少しの間戦いは五人にお願いするね」


「承知しました。メゾ、ダカーポ、フィーネは前線へ、ティシモと私でマスターを守ります」


「三人だけで大丈夫?」


「「「はい!」」」


 ミツが少しだけ不安とする声を出すと、メゾ達は任せてくださいと声を出し、ダカーポは自身の胸を叩き勇ましく声を張る。


「マスターのご支援をいただきました。どうか我々におまかせください!」


「ダカーポの言うとおりです。本来ならあの数、フィーネ一人でも十分な働きを見せます」


「メゾお姉ちゃん、そ、そんな……。マスター、私、行ってきます」


 お使いくらい任せてください、それぐらいのノリで返事を返す三人。

 ミツは三人の言葉に先程の不安を消す。


「うん。メゾ、ダカーポ、フィーネ。頼んだよ。直ぐに自分も行くからね」


「「「我らマスターの為に! マスターの鉾として!」」」


 三人の精霊達がその場を飛び立つ。

 迫る三人にバロン隊の部隊長が声を出す。

 

「全体! 駆け足、進め!!!」


「「「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」」」


 蛇の頭が動くように、部隊の戦闘が駆け出す。

 戦う相手が子供と思いきや、突然現れた見た目天使の三人。

 彼女達に武器の先を向けるのは、神を遂行する者からしたら恐れ多くも許されない事なのかもしれない。


「二人とも、殺してはいけませんよ」


「メゾ姉様、分かってますよ!」


「ダカーポお姉ちゃん、か、構えないと!?」


「分かってるってば!」


 低空飛行に騎士たちへと近づく三人。

 フィーネの言葉にダカーポが自身の獲物である槍を大きく振り払う。

 振り払われた槍が先頭を走る歩兵の兵士、数人をまとめて吹き飛ばす。


「「「「「!!!」」」」」


 その光景に唖然とする面々。

 勿論ミツも含めてである。


「人って……飛ぶんだな……」


 ダカーポの攻撃で吹き飛ばされた兵士が空を大きく吹き飛び、後方の部隊に直撃。

 数名を巻き込んで部隊の足を止めた。

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