第179話 これが作りたかった料理です!

 ミツがローガディアのエメアップリアへと献上式の為と、フロールス家へと来訪したその日。

 彼は客人でありながらも、エメアップリアの求めたロブロブの調理を自身で行う為と、今は厨房にて周囲の者達の驚きを尻目にバタバタと動き続けていた。


「ガレンさん、火から目を離さないで! ふんわりとした卵は火力が強すぎると作れませんよ」


「へいっ、すみません!」


「スティーシーさん、油が飛ぶのは水気があるからです、手に付いた水分などは布でふきとってください。それと入れる時は油の水面近く、そしてゆっくりと入れれば大丈夫です」


「はい!」


「パープルさん、タネを丸めるときは自身の手を水で冷してください。女性の体温は男性よりも高いので作るときは注意しないと味が落ちますよ」


「なるほど。ああ、分かったよ。誰か、井戸から水をついできておくれ」


「いえ、時間が勿体無いので水は今から自分が出します。それと氷水にしますのでそれで手を冷やしてください」


 ミツがパープルの足元に桶を置き、その中に〈ウォーターボール〉それと〈コールドブレス〉を発動する。

 桶になみなみと入った水の表面に氷が貼ったのでそれを割り、軽く混ぜれば氷水の完成である。

 

「ああ。た、助かるよ」


「皆さん、今回お客様に出す品はいつもの様なコース式とは違います。全ての品を同時進行、そして同じタイミングに出す事は大変ですが、どうか頑張って下さい!」


「「はい!」」


 厨房に響くのはパープルの声ではなく、客人として来ていたミツの声。それは今回作る料理のレシピなどは、全てミツの頭の中にしかないのが一番の理由でもある。

 最初はミツはパープル達が作れないロブロブの品だけを作るつもりであったが、彼が思いついた品を彼のスキル〈思念思考〉にて受け取ったパープルはある事を考える。

 それは下手にまだ作りなれていない品に関するものをガレン達が作るよりも、ミツの指示の元に動いた方が料理人としては動きやすいと判断したからだ。

 パープルがその話をダニエル、それとパメラとエマンダに許可を貰えば厨房が動き出す。

 結果を見るとミツは一人一人の調理スキルなどを鑑定し、その人に適した調理をやらせている。

 パープルにはフロールス家の顔になりつつあるハンバーグの製作。

 スティーシーには下ごしらえしたロブロブを油で揚げてエビフライにしてもらっている。

 ガレンはチキンライスを包む為の卵の製作。

 焼けた卵の良し悪しはミツが見るので包まれた品はふんわりとしたオムライスが完成である。

 そして屋敷に仕え厨房の新人の料理人には山程のプリン製作である。

 そう、オムライス、ハンバーグ、エビフライ、プリン。ミツが思いついた作品はこれら全てをまとめて出す品。お子様ランチである。


 お子様ランチとそれを知る者が見ればふざけた品かもしれない。

 しかし、人の欲というものは皿の上にこそ表現される物。

 この言葉はミツがまだ子供の頃に祖父とバイキング料理を食べに行ったときである。

 祖父は1枚の皿の上に数々の品をのせていた。

 テーブルに戻った際、祖父の皿の上にはローストビーフ、寿司、天ぷら、チャーシュー、数の子、カニ、エビ、フォアグラ、キャビア、いくら、ウニ等々、一見すると見る人が見れば欲張りな皿に見えたのかもしれない。

 だが、数々の料理が積み重なる皿は、子供のミツにとっては宝箱を開けた凄い品に見えたのだろう。

 ガハハと笑いつつ、孫であるミツにドヤ顔しながら食べる祖父の顔は何とも楽しそうであった。

 また、お子様ランチを選んだ理由も、この四国をイメージしたからである。

 

 ミツがアイテムボックスから取り出す品々に警戒と嫌悪の視線、また驚きの表現が三者三様と兵達から向けられていた。 

 その中ローガディア王国から来ていたベンガルンは、彼の顎が外れるのではと思う程に口を開け、瞬きを忘れミツの調理に視線を外すことはなかった。


(な、なんだ! なんだ、あのロブロブの数!? いや、数だけではない! あの大きさ、そしてあの身の膨らみ! 正に一級品ではないか。我が国でも素潜りな得意な者が日に一匹見つけるか見つけないかという品だぞ……。これは兄上は知っているのか!?)


 身内に漁師がいるバーバリとベンガルンの兄弟。ベンガルンの考えは既に勿論バーバリも知っている事だが、目の前に山のように積み重なったロブロブの山は彼は想像していなかっただろう。

 ミツはお子様ランチを作る際は、本来エビフライは二匹皿にのせる考えであったが、ロブロブ、もとい伊勢海老の大きさが予想よりも大きく、彼は仕方ないと一人一匹の考えでアイテムボックスから人数分のロブロブを取り出している。

 その数なんと300匹。

 その下ごしらえはミツ一人で行っているのだが、彼の速さが普通の料理人の速さではない。

 当たり前だがその数のロブロブの革を向いて、背わたを抜いて、スティーシーが調理しやすいようにと小麦粉、卵、パン粉と下準備を下物を彼女の側に置いているのだ。

 ミツは〈影分身〉のスキルを使う事を考えたが、自身を見張るためと付けられた兵が邪魔であり、これ以上人口密度を上げても効率は上がらないと判断。

 自身にバフのスキルと魔法を使う事に、まるで機械がエビの皮を向くようなスピードで下ごしらえを行っていた。

 あまりにも早すぎるナイフ裁きにミツを見張る者はゴクリと喉を鳴らし、呆気に取られた面々がそこに並んでいた。


「ミツさん、できました!」


「はい! パープルさんとガレンさんはとうですか!?」


「こっちも焼けたよ!」


「大丈夫です! 手こずりましたが綺麗にできました!」


「よし。それでは全部を盛り付けます」


 各自出来上がった料理をミツが一つの皿へと盛り付ける。

 チキンライスに乗せられた卵へとケチャップをかけ、熱々のエビフライを添えて、ハンバーグへとこの世界の人が好む様にとパープルが考えたソースをかける。

 最後にプリンをそえれば完成である。


「てきました」


「よし! これは美味そうな品じゃないか」


「「よっし!!」」


 仕事をやりきったパープルの言葉に、ガレンとスティーシーがパンッとハイタッチ。

 厨房のテーブルの上に置かれた料理に見張りとして付けられた人々も驚きの面々。

 

 いきなり作る事になった料理であったが、パープル達の協力にて完成することができた。

 そして最後にこれを出す前に、ここの料理長であるパープルが味見と毒味を兼ねて検食を行う。


「では、早速頂くよ」


「パープルさん、是非私が作ったそのアゲモノと言う物から食べてみてください!」


「あっ、スティーシー! 待てよ! ボス、是非とも俺が作った卵を包んだオムライスから食ってみて下さいよ!」


 二人とも初めて挑戦した調理工程に自信があるのか、是非にの言葉をパープルへと告げる。


「ああ、分かった、分かったから二人とも落ち着きな! 全く」


「パープルさん、折角なので熱いうちにエビフライから食べてみてください。付け合せはタルタルソースを作ってみましたのでお好みでどうぞ」


「これはミツさんが作ったのかい?」


「はい。やっぱりエビフライにはこれが一番合いますからね」


「そうかい……」


 パープルはミツが差し出したタルタルソースを下の先で味を確認。

 例えミツが信頼できる相手であろうと、パープルの料理長としてお客の口に運ぶものは責任がつきもの。

 相手が誰であろうとパープルは料理人としてその料理を見極める。

 まぁ、厨房を貸している時点でミツはパープルからの信頼も十分厚いのだが、そこは外見上と言う奴である。

 因みにタルタルソースの中身は以前と同じように玉ねぎではなくキュウリを代用として食感を出している。

 パープルはタルタルソースの中身を一つ一つ材料を当てていくが、マヨネーズの存在を知らない彼女は眉間に深くシワを寄せ材料を聞いてくる。

 マヨネーズの作り方は以前冒険者ギルドのネーザンにも教えたので同じ事を彼女へと教える。

 作り方はとても簡単なので、パープルやガレン達ホドノ料理人なら同じ物はすぐに作れるだろう。

 パープルがナイフとフォークを手に、ロブロブのエビフライへとナイフを入れる。

 サクサクと心地よい音のち、中から漂ってきた香ばしいくエビの美味しそうな匂いに思わず兵士がゴクリと喉を鳴らす。

 一口分に切り分けたロブロブのフライにタルタルソースを付け、パープルが口に運ぶ。

 少し熱かったのか、思わず口元を抑えるが、次第と口の中に広がる旨味に彼女の目が見開いていく。


「美味い! こ、これがアゲモノって料理なのかい!?」


「良かった、お気に召して貰えたようですね」


「ああ! これは凄い料理だよ、ミツさん!」


「それじゃ他の料理も一応味見をお願いしますね」


「ああ。ガレンのオムライスが失敗してちゃ問題だからね」


「へへっ! 安心してくださいボス! 何度も味見してますから自身しかありませんよ!」


「ハッハハハ! そうかい、ならお前さんの自信作を頂こうじゃないか」


 ロブロブのエビフライを検食の後、ガレンが作ったオムライス、パープル自身が作ったハンバーグ、そして最後にプリンの味を確認し終わったパープルのゴーサインが出された後、ガレン、スティーシー、そして他の料理人達は本格的にお子様ランチの製作に取り掛かるのだった。

 ミツはロブロブの下ごしらえが終わっても彼はまだやる事がある。

 パープルに一度外に出ることを告げた彼は厨房の外へ。

 彼に続くように何人もの兵が彼の後を追う。

 たとえたくない話だが、今の彼らは金魚の糞その物だ。

 ミツが鬱陶しく思っても彼らはミツから離れる訳にはいかない。


「ミツさん、お待たせいたしました。旦那様より許可を頂きましたので、どうぞお好きにご利用くださいませ」


「ゼクスさん、態々ご用意して頂きありがとうございます」


 ミツが厨房の外に出ると、そこには数名のフロールス家の私兵を連れたゼクスが待っていた。

 ミツの後に付いてきたアベルの兵達は何だなんだと少し言葉が漏れる。

 それはゼクスの連れてきた私兵が荷車に乗せて運んできた大量の木材。中には切り株やまだ根っこの付いた木々が積まれている。

 料理の火種にでもするのかと思うだろうが、乾かしていない生木など薪に使えるわけもない。

 ミツは私兵の人達にもお礼を行った後、持ってきてもらった材料となる木々にまずは洗浄魔法である〈ウォッシュ〉をかける。

 ざばっと上からバケツの水をひっくり返したような水が木々の汚れをあらいながしてくれた。

  

「よし、汚れもない。本当に便利だよね、このスキル」


 ミツは荷台に載せられている木材を一つ手に取り、先程まで汚れていた部分を確認。

 序に荷物を乗せていた荷台も綺麗になったよ。


「あの子、次は何をする気なの……」


「さあ……私にはさっぱりですね……」


「おい、小僧。その木々で何をするのだ?」


 ミツの行う事一つ一つを、後に自身の主に報告しなくてはならないリゾルート、スリザナ、ベンガルン。

 頭を悩ますも先程のミツの調理や、アイテムボックスから取り出した数々の品物に、驚きすぎてまだ頭が回らない彼ら。

 ベンガルンはもう聞くがはやしと直接ミツへと質問する。

 相手が他貴族ならベンガルンの発言は失礼な物言いだが、相手は爵位も持たないただの旅人。

 この場にベンガルンを責める者など誰もいないのだ。

 ミツはベンガルンの言葉になんて事も無いと今からやる事を説明し始める。


「今からですか? 今から皆さんが使う皿を作るんですよ。屋敷にある皿では今回の料理には小さいですからね。これをこうしてっと……」


 今回ミツが作り、提供する料理はお子様ランチ。通常の料理ならばフロールス家にあるお皿を使えば済む話なのだが、屋敷にある皿は平均的な縦横18cmの一般的な皿。

 しかし、様々な料理が一つの皿に乗るにはそのサイズの皿では小さくはみ出してしまう恐れもある。

 なのでミツが物質製造スキルで作った皿は縦横25cmの大皿と言われる品。

 突然目の前で木材が1枚の皿に変わったことに唖然と口を開く者達。


「なっ!?」


「えっ!?」


「んっ!?」


 周囲の反応も気にしないと、ミツは作った木皿を空に掲げ光が漏れていないかを確認。


「んー。こんなもんかな」


「ミツさん、1枚持っても宜しいでしょうか?」


「ゼクスさん、どうぞ。木でできてますけど、軽くて見た目も大丈夫だとは思いますけど。何か駄目そうなところとかありますか?」


「ふむっ……」


 ゼクスはミツから木皿を受け取り、指でコンコンと小突いたり逆さにしたりと様々な角度で皿を確認し始める。


「いえ、大変素晴らしい品にございます。まるで職人の手で長い年月をかけて作らせたような品。これなら旦那様の使用する許可も頂けるでしょう。直ぐにこれを旦那様にも確認していただこうと思いますが、宜しいでしょうか?」


「はい。勿論です。あっ、ちょっと待ってくださいね。ただ単に皿だとつまらないので……。こっちをお願いします」


 ミツはゼクスの足を止め、もう一枚新たな皿を作り出す。

 次に彼が作り出したのは皿のフチに装飾を施し、皿の表面には花の絵柄を描いた大皿であった。

 装飾はまるで絵から出て来た花の蕾と葉をイメージしている。

 一流の彫刻士でなければ作る事も難しい品なが、目の前の少年の手にかかれば簡単に作り出された。

 

「! ホッホッホッ。かしこまりました。それではこちらを今回使用する食器の品としてご報告させて頂きます」


「よろしくお願いします。自分は人数分を作り上げてますね」


「分かりました。そちらの二人はミツさんが手が必要と思われるなら、どうぞ自由にお使いください」


 フロールス家に仕える私兵の二人。

 彼らはミツのやる事に対して多少なりの免疫があるのか、少し驚きはしたも平常を保っている。

 二人によろしくお願いしますと頭を下げるミツに笑みを返す二人。

 力仕事はあるので是非協力してもらおう。


 さて、先程から口をポカンと開けたまま唖然と動きを止めている監視役の人達なのだが、やはり驚きよりも彼らはミツに対して警戒心を高めていた。

 ここでダニエルの様にとは言わないが、ミツのやる事を笑って済ませる器が彼らにはないのだろう。

 厳しい視線をミツの手元に向け、次々と作られる木皿を睨みつけている。

 物をあっという間に作り出す。

 常識はずれな力に常識はずれな物事。

 彼らにはミツがどう言うふうに見えるのか。

 自身の手駒と作を打つべきか、それとも協和な相手と認め手を差し出すか。

 彼らが見た事をたとえ自身の親や親戚に話したとしても、絵空事を呟いているのかと笑われるだけだろう。

 しかし、中には野心的な考えを持つ者もいる。それは自身の実家の領主となることを狙っている次男三男の者達。

 彼等は自身の実力にて今の騎士としての地位を手に入れている。

 だがそれでも領主と比べてしまうと騎士はただの雇われ者。

 中には親の力によって今の立場を持つ者もいるのだ。

 彼等はミツが平民である事を前提とし、貴族である自身の命令は絶対と考えを浮かべていた。

 彼を自身の手駒として取り込むことができたならば、高い地位は約束されたも同然だと愚かな考えを浮かべていたのだろう。

 そんな考えをよぎらせた者達は、今は彼の監視役としての責務をこなし、その後どう言うふうに声をかけるべきかと頭の中で考えている最中であろうか。


 ミツは時間もおかず、人数分の大皿をあっという間に作り終わった。

 念の為にもう一度それをスキルで洗浄し、後に私兵の二人に手伝ってもらい厨房の中へと戻る。

 中では先程よりもバタバタと動き回る料理人の人々が目に入る。

 パープルにミツはできたばかりの皿を見せると、彼女はまじまじとそれを見る。

 そしてその皿に作ったハンバーグやオムライス、そしてロブロブのフライをのせると、先程よりも美しくバランスの良い盛り付けが完成した。

 後はこれを基本として盛り付けるだけなのでミツの仕事は終わりである。

 パープル達にこの場をまかせ、ミツはダニエル達のいる多目的ホールへと移動することにした。

 因みにタルタルソースとマヨネーズの作り方は今回厨房を貸してくれたパープルへのお礼として、ミツが個人的に教えている。


 ミツの提案を受け入れ、各国の代表者達は多目的ホールに待ちながら話をしていた。

 それはミツが告げた言葉。

 ヒュドラの素材を誰がどの部分を得るか。

 表面は穏やかな会話の中にもやはり王族としての言葉のやり取りがそこにはあった。


「こうして我々が席を共にし、有意義な時間を過ごせるのもあの少年のおかげ。彼が提供する料理も、後に我々の舌を鳴らしてくれることを期待しようではないですか」


 アベルの言葉に頷く人々。

 本来王族に対して料理を振る舞うなど、選ばれた料理人にしかできない事である。

 それをアベルは気にする素振りを見せることなく、ミツの料理を楽しみと言葉を並べる。

 しかし、表向きはミツを歓迎しているように見えるアベルであるが、彼のミツに対する警戒心が溶けていないことを勿論気づかないものはいない。

 それはミツが料理を作る事を賛同した彼であっても、ミツに付けた監視役の兵。

 あの数が先ずアベルがミツに対する他国の者とは違う信頼の差が見えてしまっている。

 ローガディア、カルテット、エンダー。

 この三国はミツの力、そして彼の性格や振る舞いに心を許し、最低限とたった一人の監視役を彼に付けている。

 カルテット国のセルフィはリゾルートに監視役をさせたのは、逆にミツを守るために付けた護衛役としてである。

 彼の作る料理へとミツに嫌悪感を持つ者が異物を入れ、ミツにいらぬ汚名を着せてしまうかもしれない。

 それを防ぐためにミツにリゾルートを付けていた。

 ローガディア王国からのベンガルンはバーバリの指名にて付けられている。

 理由は簡単。ミツとベンガルンは元々それ程嫌悪な関係になっていない事もあり、弟のベンガルンへとミツの力の一つでも見せておくべきとバーバリの考えである。

 これもミツに対する監視役ではなく、彼もまた只の見分人として付けられたのだ。

 最後にエンダー国のスリザナだが、彼女はエンダー国の王子であるジョイスの一言でつけられていた。

 王妃は俺が守るから、お前はあいつを見ていろ。たったこれだけであるが、スリザナもかたっ苦しい話場に居るよりかは、厨房でのんびりとしていたい気持ちもあった。

 要するに彼女は息抜きも兼ねて厨房にいただけ。

 一応ミツの作る品には警戒はしていたが、それも驚きが上回ったのだが。

 そう、内心ではこの三国はミツに対しての信頼がある為、無駄な監視役を抑えていたのだ。

 それなのにセレナーデ王国からは何人、何十人も呆れる程の人を付けている。

 だが、これはアベルの意志ではなく、モズモとバロンの入知恵。

 アベル自身も渋々とその言葉を受け入れたが、まさか何十人もの監視をつけるとは彼自身思ってもいなかったのだろう。

 モズモとバロン、言葉は悪いが二人にとってアベルは自身の地位を上げる為には必要な存在。

 こんな所で得体のしれない存在が作った料理を食べるなどあり得ない事である。

 もしアベルに毒など盛られてはたまらないと、二人は過剰でやり過ぎた行いをやっていた。

 それが他国からの印象を悪くしているとも知らずに。

 さて、ローガディア王国は貴重なヒュドラの血をミツから献上された事でこの場で意見することは無いため、エメアップリアは政治的なやり取りに今回口を挟む事はなかったのは彼女なりの幸いだったのかもしれない。

 セルフィ、レイリー、アベルとカインの四人はあれこれとミツの話を持ち出し、どれだけ自国が彼と友好を結んでいるか、若しくは国としての利を表と出しては相手に見せつけ、それが欲しければ素材に対してこちらに優遇しろと話し合っている。

 専門的な内容が多いので、もしミツがこの場にいても、彼はチンプンカンプンと首を傾げる内容であろう。

 そこにゼクスが部屋に入室。

 王族の会話の邪魔にならないように、彼は足音を殺し、静かにダニエルへと近づく。


「失礼します旦那様。本日ミツさんが作られる料理に関して、一つ彼から預かり物がございます」


「んっ? 預かり物とは」


「はい、こちらの品でございます。こちらの皿を本日使用する許可を旦那様に頂きたいとの事」


 ダニエルはゼクスから木皿を受け取る。

 受け取った皿はいつも使う品よりも大きく、更に絵柄と縁の装飾に彼は漏れそうな声を耐えつつ、目を軽く見開く。

 

「どれ……。!? そ、そうか。彼がこれを……構わん。もう彼の好きにさせなさい」


「はっ。承知いたしました」


 ダニエルの手に握られた木皿に周囲の貴族達も目を奪われ、カインの話が耳に入っていない者もチラホラいたようだ。


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