第178話 蝦で鯛を釣る作戦

「はっ! 私、冒険者のミツはこの場をお借りし、ローガディア王国との友好を望むことを願います」


 この言葉にローガディア王国の面々は頬を上げ喜ぶ者がちらほら。

 しかし、反対にセレナーデ王国の貴族からは困惑と疑念の視線がミツへと向けられることになる。

 だが、続いてミツが口にした言葉は、フロアにいる者達全てを驚かせることになる。


「また、私はセレナーデ王国、カルテット国、そしてエンダー国と、この四国の架け橋として皆様と友好を結びたく、それを心から願います。これは私の願い、叶いますならこの度ローガディア王国に献上しますヒュドラの血を除いて、ヒュドラの鱗、骨、肉と皆様が望む物を私は喜んで献上いたします」


「「「「「!!!」」」」」


 突然ミツがこの提案を出すとは思いも見なかったカイン達は、目を大きく見開き口をパクパク。

 一見、物をあげるから友達になりましょう的な発言であるので、ミツ本人も首を傾げる提案に聞こえるだろう。

 しかし、貴族、また王族に対してこの対応は大変好まれる好意であり、寧ろ形ある物として見える方が相手の気持ちが伝わるようだ。

 更にヒュドラはレジェンドクラスのモンスターであり、国全体を上げても倒せるか分からないモンスター。

 素材の鱗1枚、革の数センチであろうと虹金貨のやり取りが確定した品である。

 それを差し出すミツの心の広さ、また自国と縁を結びたいと言う気持ちに貴族達は思わず歓声を上げそうになってしまう。


 そこに真っ先にミツへと声をかけたのはエンダー国の王妃レイリー。

 彼女はスッと椅子から立ち上がり、ミツの近くへと歩む。


「童よ、顔を上げよ」


「はい、レイリー様……」


 レイリーの視線は以前話した時のような獲物を狙う鋭い視線ではなく、とても静かに、ミツを見据える視線。


「其方は我が国の他に、他国にも友好を望む。それは何処の国にも、そして我がエンダー国に仕えぬと言う童の答えであるか答えよ」


 王妃レイリーの言葉に誰かのゴクリと言う唾を飲み込む音が聞こえる。

 ミツはレイリーの視線を受け止め、真っ直ぐに彼女を見返す。

 彼の瞳の中に一つの光をレイリーは見つける。

 その瞳は嘘や偽り、自身の身を守るだけしか考えない卑怯者とは違い、本心からそれを願う強欲者が見せる強い眼差しであった。


「はい。お答えします。私はどの国にも仕える気はございません。ですが、私が友となりたいと相手に手を差し伸ばし、それを握り返して頂けるなら私はその者、友が住む村、街、国を決して裏切りません……」


「「「……」」」


 それは口先だけと言われたらそれ迄の軽い言葉。

 しかし、ミツの持つスキルが発動し、彼の言葉を無意識と信じたくなる気持ちとさせていた。

 王妃レイリーは視線を外すことなく、ジッとミツの瞳を見つめ、最後には視線を外しては軽く吐息を漏らす。


「相分かった。童の決意を受け入れよう」


「「「!!!」」」


 レイリーの言葉に、エンダー国の者達は驚きを隠すことができずも彼らは次の言葉を待つ。

 レイリーは視線を変え、対面に座るエメアップリアへと視線を向ける。

 レイリーの向けた視線に、ローガディア王国の面々全ての者が自身に向けられているのではないかと勘違いするその視線に無意識と身構えてしまう。


「ローガディア王国の姫君よ。貴女と友好を結ぶ相手は、我がエンダーとも友好を結ぶべき相手。貴国の国と、また一つ更に強い結び付きができた事を我は祝に思う」


「っ……! わ、私も王妃レイリー様の言葉に共感を思い、心から祝とします」


「うむ。妾はエンダー国の代表する者として、国の言葉をこの場にて改めて告げる。我らエンダー国はこの冒険者ミツを賓客として迎え入れ、そしてその者が望むならば、妾は力躊躇することなく力を貸すことを友好の証として約束しようではないか」


 エメアップリアの言葉に満足したのか、レイリーはその後ミツに対しての友好の約束を口にする。

 それはエンダー国はミツに対して友好の手を差し伸ばしたと見える物だが、レイリーはまた他国よりも先手の言葉を告げていた。

 それはこの場で私が一番にあなたの味方ですと言葉を告げることは、次に友好の手を差し伸ばした相手よりも優遇される位置を彼女は掴んでいる。

 彼女の狙いは正にそこにある。

 レイリーにとってミツはただの暇潰しと言えるただの玩具であった。

 しかし、今のミツはレイリーにとって正に鴨が葱を背負って来ると言う獲物にしか見えていない。

 突然目の前で告げられた会話に止めの言葉も出せぬまま、カインとアベルは唖然、マトラストはしてやられたとカインに助言しておかなかった自身の判断を悔やんでいた。

 しかし、この思惑に気づいていない者がミツ本人である。

 ミツが突然ヒュドラの素材を他国に献上する事を告げたのが、昨晩夜な夜な内職の様な事をしていたミツへと、創造神であるシャロットの言葉が届いたからである。


(ヒュドラの素材をですか?)


〘そっ。どうせあんた、本音ではヒュドラの処理に困ってるんでしょ? 直ぐに手放す気でもあったみたいだし〙


(ははっ……流石神様。実はそうなんですよ)


〘それなら明日そのヒュドラを餌として他国にばら撒きなさい。そうすればアンタの力が勝手に他国に噂として流れていくわ。それにもしかしたらアンタの望む物がまたそれによって手に入るかもしれないわよ。あれよ、あんたの知ってる言葉で……えーっと〙


《蝦で鯛を釣るです》


〘そうそう、それよ!〙


(餌って……。自分の望む物ですか……。分かりました。シャロット様がそう言うなら、その言葉に乗ってみますね)


〘そうそう。ヒュドラなんか手放しても簡単に元は取れるから出し惜しみなんかするんじゃないわよ〙


(ハハハッ。個人的にはヒュドラのスキルが取れた時点で満足してるんですよ)


〘安心しなさい。この世界にヒュドラはまだ居るから、欲しくなったらまたアンタが狩りに行けばいいのよ〙


(うん、全然安心できないお言葉ですね)


 シャロットの言葉に苦笑いでその日が終わり、今この場の雰囲気にミツは少しだけ苦笑を浮かべていた。

 創造神の言葉とはいえ、その恩恵が他国にも流れているのはやはりミツに関係する者は無意識と幸運に恵まれるのであろうか。

 一歩出遅れた感じはするが、セレナーデ王国、カルテット国の二国からも同じ様な言葉がエメアップリアを通して話が進む。

 そして献上式が終わり、ミツはバーバリへと歩を進める。

 ミツは王族のエメアップリアが近くにいると言う事で、自身のアイテムボックスを使う事を告げた後、中から一つの麻袋を取り出す。


「バーバリさん、これを」


「んっ。スマヌ。しかし、これは? 回復薬か?」


 ミツはバーバリへとベヒモスの素材のお金が入った麻袋を渡すついでと、一つ液体が入った瓶を渡す。

 中身は赤と紫が混ざりあった液体がユラユラと揺れ動いている。 

 バーバリがそれを上に向け、光を透かすと彼は目を軽く見開き、ミツへと向き直す。


「小僧、これはもしや!」


「はい。それはヒュドラとは別に、あの時大量に倒した竜の血です。お仲間の回復薬用として使ってください」


「「「!!!」」」


 竜の血はヒュドラの血と比べるとレジェンドクラスほどでは無い品物。

 それでも小瓶一つだけでもかなりの高値取引がされる品である。

 バーバリが今手に持つ小瓶の量なら、市場に出回ればそのお値は虹金貨10枚は軽く超えてしまう。

 これはそのまま飲むではなく、薬と混ぜる事に効果を数十倍、物によっては数百倍と効果を出すため、病人に一気に飲ませるのは逆に病人の体の負担となるので、血の1滴を薬に混ぜて飲ませるのが最適な使用方である。

 バーバリは血の入った小瓶を握りしめ、頭を下げミツへと感謝を伝えてくる。


「貴殿の心意気に、我は深く感謝する。早速これは使用させてもらう。オイッ!」


「はっ!」


「直ぐにこれをルドックに飲ませてやれ」


「承知しました」


 バーバリは側にいた兵の一人へと声をかけ、小瓶を渡す。

 貴重な品だけに、それを持つ者を守る為と数人が護衛としてつけ、直ぐに彼らは駆け出す。


「改めて貴重な血を分けて頂いた事に、感謝の言葉を貴殿に送る。先程受け取った品で申し訳ないが、これは貴殿に渡すとしよう」


 バーバリは先程ミツから受け取った麻袋をそのまま差し出してくるが、ミツはそれをやんわりと断る。


「いえ、お金は結構です。別にその為にお渡ししたわけではないので」


「しかし……。貴殿には我々は恩を受けてばかり。今回のヒュドラの血、更に仲間の治療のためと貴重な竜の血まで……それに」


 バーバリはメンリルが持っているヒュドラの血が入った小瓶と、兵が走り去った方を見た後、エメアップリアの側に控えているチャオーラへと視線を順に送る。

 弟のベンガルンと同じ年子であり、彼にとっては妹分の様な存在のチャオーラ。

 彼女は今片腕をマントで隠し、腕を失った兵として見せている。

 だが、その腕はミツの再生スキルで戻っては居るが、既に他国からチャオーラの腕が失われた事が周知されているので、彼女は国に帰るまでは元に戻ったことは隠す事になっている。

 視線を受けたチャオーラも何を返すべきか悩んでいるが、相手の望む物が分からない。

 彼女の代わりと主であるエメアップリアが一歩前に出る。

 バーバリはその場を開けるためと後ろに下り、恭しく頭を下げる。


「ミツ、この度は我が国との友好の証として貴重な品を我は受け取ったの。更に我が国の牙の一つ、いや……いくつもの取り戻してくれた事に感謝を伝える。この事は我が父……国の王に必ず伝え、貴殿が我が国に足を踏み入れる際は心より歓迎するの」


「はい。獣人国も見てみたいので、その時はよろしくお願いします」


「うむ。ありがとう。本当なら貴殿と共に国へ帰ることができる事ができたなら良かったのだが、貴殿の言葉を望みとして我は聞き入れるの」


 彼女の短い言葉には、抱えきれない程の感謝の言葉が込められている。

 最初こそエメアップリアは王の代役としてこの街にやってきた代役者。

 それはローガディアの王としてではなく、一人の父親として娘のエメアップリアへと、楽しんで来なさい程度の親心で今回の武道大会へと娘を見送っている。

 しかし、政治も何もまだ分からない幼い子供には、今回の出来事に対応することもできず、エメアップリアは目に涙を浮かべるしかできなかった。

 代役としてではなく、ローガディアの王、若しくは知性の高い文官が共に来ていれば、もっと良い結果となっていたかもしれない。

 だが、結果を見れば失ってしまうかもしれない私兵の数々は彼女の手元に無事に戻ってきている。

 バーバリは大会の敗北者であり、ローガディアの一本の牙としては敗残者が周知されてしまっている。

 それでも共に戦った相手、ミツからの献上品を国へ持ち帰れば、バーバリの敗北は見向きもされない程の事に流されるかもしれない。


「ミツよ、覚えておるか? 約束通り貴殿と食事を共にしたい。後に我が国の戦士ともう一度手合わせをして欲しいの」


「はい。エメアップリア様のお誘い、謹んでお受けいたします」


「うむ」


 ミツの即答と言える返答に満面の笑みを作るエメアップリアだった。

 その中、アベルとカイン、セレナーデ王国の王子二人が会話に入ってくる。


「お話中失礼。ローガディアの姫君、ならば我々もその食事場にお招きいただきたく、宜しいでしょうか?」


「ダニエル貴公からの話では、貴重な食肉が大きく街に出回っているそうだ。その話を是非ともそちらのミツの話を聞きながらいかがでしょう」


 カインの言った貴重な食肉とは、数日前にミツ達が冒険者ギルドに渡したミノタウロスの肉の事である。

 今街の中ではミノタウロスの肉がとても安く手に入る状態なので、子供の記念日としてや、懐の暖かい給料を使用して買い求める人が結構いるようだ。


「うむ。貴殿達の提案を喜んで受け入れるとするの」


 アベルはエメアップリアの言葉に笑みを返す。

 彼の底しれぬ笑みを感じ取ったのか、少しだけバーバリに警戒心が走る。

 

「そう言えば食肉も良いがミツよ」


「はい?」


「バーバリより聞いたが、お主、ロブロブを料理できるそうだな」


「ロブロブ……ああ(伊勢海老ね)。はい、洞窟内の昼食で皆で食べましたね」


「うぬ。そこで頼みがあるのだが、もしお主がまだロブロブを持っているなら、後の食事場に出してもらえぬだろうか? 勿論代金はローガディアが出すゆえ」


 突然の彼女のお願いに思わず首を傾げる仕草をしてしまうミツ。


「エメアップリア様は、ロブロブがお好きなのですか?」


「うん。あっ! いや……それもあるが、我が国のローガディアでは祝いや祭りの日に出す品ゆえ、今日という日を我は祝の日だと思ってるの。勿論一匹を飾りとして置くだけでも良いのね」


 エメアップリアはロブロブが好物なのか、彼女は思わず口にした本音を直ぐに訂正する。

 恥ずかしいところを見せたと彼女の白い肌の頬が少しだけ赤く染まっている。


「なるほど。お祝いですか。確かにあれはお祝いの日とかによく食べられてますよね。(まあ、食べるのはお正月に極々まれに付いているおせち料理の時ぐらいかな? 祝と言うと鯛のような意味合いかな)」


「ほー。皆様がそこまで言われるロブロブ。是非とも味わってみたい物ですね」


 ロブロブの話を当たり前の様にしているが、セレナーデ王国は海に面した国ではない為、ロブロブと言う物を知らないのだろう。

 アベルは興味があるとロブロブを求めてきた。


「分かりました。それでは僭越ながら昼食はカイン様のおすすめとした食肉とロブロブの料理ということで。折角なので自分が皆様にご馳走しましょうか?」


「「「!?」」」


 ミツの言葉に周囲の者は軽く驚き、苦笑を浮かべる者が多数。

 祝の席での一番必要な者が自身で食事を作り、皆に振る舞うなど誰も想像しなかったのだろう。

 しかし、例えロブロブをパープルに渡したとしても、彼女自身ロブロブを使った料理など作った事も食べた事も無いので料理のしようもない。

 ただ皿にロブロブをのせてテーブルに置くのもそれはどうだろうか?

 そこに話に入ってきたのが王妃レイリーとセルフィの二人。

 意外とレイリーはセルフィの性格を気に入っているようで、先程から二人が会話をしているのが見えていた。


「あっ、セルフィ様、丁度良かった」


「んっ? 少年君、何かな?」


 ミツはバーバリに渡したように彼女にも洞窟内で稼いだ素材代を渡す。

 セルフィとミツのこの軽いやり取りを見て、周囲の者達はセルフィはミツとの友好関係が高いことを改めて認識し、彼女のそんな性格を羨ましく思ってしまう。

 ミツは後の昼食の話、そしてロブロブの事を伝えると、彼女はならプリンも序に出して欲しいと言ってきた。

 それに便乗するかのように、レイリーも自身の食したい物を告げる。

 レイリーの望みを聞いた瞬間、ミツの中である料理が思いついてしまった。


 調理ができるものがミツしかいない事、更には彼自身が望んだ事なので周囲は無理やり自身を納得させ、ミツへと調理を依頼することに。

 アベルの配下である者達はミツの事を信じてはいないのか、最後まで警戒と忠告をアベルへと向けるが、エメアップリア、セルフィ、レイリーの他国の者が望んでいる事だとその言葉を伏せる。

 主が食す物だけに、見張りとして数名の者がミツの調理に付き添うことになった。

 いや、数十名か……。

 

「さて、作りますか」


「ちょっと、ミツさん、なんだいあの人達は……」


 ミツは以前パープルから貰ったコックコートと前掛けに着替えていると、後ろから小声気味にパープルが声をかけてきた。

 彼女の見る先には何十人者兵がミツの動き一つ一つを見逃すまいと視線を向けている。

 ローガディア王国からはベンガルン、カルテット国からはリゾルート、エンダー国からはスリザナが一応見張り役として厨房へとやってきている。

 そう、三国からは一人しか出していないと言うのに、セレナーデ王国からはその四倍もの監視役がミツへと付けられている。

 カインやマトラストの部下ではなく、アベルの護衛兵の者達なだけに、ミツはあまり彼らに良い印象は持っていない。

 ってか狭い厨房で鎧を着込んだ兵達はミツではなく、ガレンやスティーシーの料理人に迷惑なんだよ。

 それを彼らが口に出せる訳もないのだが。


「あの人達は気にしないでおきましょう。それよりパープルさん、突然のお願いで申し訳ないのですが、是非皆さんのご協力をお願いします。数も数。自分一人では流石に間に合いそうもないので」


「ああ。それもそうだね。よしっ! ガレン、スティーシー! いつも以上に作業がやりにくいだろうけど、ぶつくさ文句言わず働くんだよ!」


「「はい!」」


 その言葉を貴族である兵の近くで言うとは、パープルの度胸も凄いものだ。

 

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