第176話 飲めや叫べ、それが酒場の礼儀。
「あれ? 皆どうしたニャ?」
「いや、ちょっと……な」
汗を流し終わったプルン達が脱衣場に移動すると、脱衣場はガヤガヤと騒がしいが、なんとも重い雰囲気を感じ取ったプルン。
彼女が側にいたマネへと話しかけるが、彼女は頬を赤くしたままポリポリとその頬を掻く。
リッコ達が着替えをしようと、自身達の荷物を入れた籠の中身を見始めると、やはり彼女達にも被害があったのだろう。
「あれ?」
「どうしたのリッコちゃん?」
「いや、私の下着が無いのよ」
「えっ! あっ、私のも無いわ!?」
「ニャ? 何言ってるニャ、服に挟まってニャいか、しっかり見るニャ……。はニャ? ええ! ウチのも無いニャ!? ローゼはあるニャ?」
「いいえ、私のも無いわ……」
あれあれと話している彼女達にシューが近づく。
「ねえねえ。もしかして君達の捜し物ってこの中にあるかシ?」
シューは鞄の中身が見えるように、四人へと中を見せる。
「あっ! 私の下着」
「これはウチのニャ」
「よかった〜。はい、ローゼ。貴女これ買ったばかりだから、盗まれてなくて良かったわね」
「うん。にしても……。あの、何故私達の下着がここに? 見たところ他にもあるみたいですけど?」
ローゼはシューの持つ鞄の中にまだ数着分の下着がある事に疑問を持つ。
「見つかって良かったシ。でも、それ、本当は盗まれるところだったんだよ」
シューの言葉に驚く面々。
そして更に驚きの追い打ちが光となって現れる。
「ヘキドナさん、窃盗しようとした人を連れてきました!」
「えっ……」
「んっ……」
「「「……」」」
トリップゲートを使用し、ゲートを潜って脱衣場に来たミツとリッコ達の視線が合う。
彼女達の前は布で隠されていたとは言え、片手には身に付けていた下着が握られている。
ミツの顔が見る見る赤く、そして青く変わっていく。無言に振り上げられたリッコの拳が振り下ろされる。
「……。フンッ」
「はっ! いや、リッコ、ちょっと待って!」
「制裁!」
「ごふぇ!!」
リッコの拳は怒りのまま振り落とされた為に、ミツが咄嗟に自身の顔を守ろうと腕をクロスした時、腕に掴んでいた男の顔がミツの盾として前に出される。
男は突然自身を盾代わりに使われた事も認識する前と、リッコの拳に彼は意識を飛ばしてしまった。
「「「!!!」」」
「あっ……」
バタンと倒れる男。
その顔を確認したヘキドナが眉間にシワを寄せる。
「坊や、お前さんが言ってた犯人ってこいつの事かい……」
ヘキドナは既に着替えを終えたのか、いつも通りの格好でミツの前に立っている。
「は、はい。えーっと。この人が持ってるこれですかね。これで人から認識できないように魔導具を使って盗みを働いていたようで。本当は本人から犯行を話してもらえば良かったのですが」
ミツが男から回収していた魔導具をヘキドナの前に見せると、それを横から素早く奪い、まじまじと見つめるエクレアとシュー。
「ああ……。なるほど、これで……。しかも犯人がこいつでしたか……」
「どうやらミツは本当に犯人を連れてきたみたいだシ」
「えっ……えっ?」
ヘキドナに続き、エクレアとシューも険しい表情。
しかし、マネだけがその男が誰なのかが分からないのだろう。
三人が分かっているだけに、マネは一人だけ困惑気味。
実はこの男、窃盗などで冒険者ギルドに懸賞金がかけられているお尋ね者であった。
元冒険者であるこの男は、パーティー内での報酬の着服、報告の偽装、更にはランクを偽っての様々な悪事をしていた男である。
ヘキドナ達は捜索依頼を出す際、金になりそうな依頼を一通り目を通している。
その際、この男の事も知っては居たが、人を見つける事が大変なことを十分な程に知ってる彼女達は男の捜索はせず、もし見つけたらついでに捕まえておこう程度に覚えていたようだ。
「おい、誰かその辺にいる衛兵をつれてきな! 勿論坊やみたいに脱衣場にじゃなく、外の入り口にだよ。坊やもそいつを連れて一度外に出な。お前さんがここにいつまでもいたんじゃ、他の娘共が着替えることもできないだろう」
ヘキドナは直ぐに街の衛兵を呼ぶように声を出し、ミツへと退室を促す。
彼女の言葉にあっと視線を変えれば、自身を刺すような冷ややかな視線が向けられていた。
「えっ? あっ!」
「「「……」」」
「し、失礼します!」
お風呂場の責任者であるリンダへと窃盗犯を捕まえた事を伝え、やって来た衛兵に事情を説明する。
途中、気がついた男は暴れるも、今男を縛っている紐は、ミツか使用した〈糸出し〉スキルで出した糸を更に〈物質製造〉を使用して創り出した縄である。
逃げる事を諦めた男は観念したのか、窃盗を働いたことを自白する。
途中ヘキドナ達も話しに入り、男が持っていた魔導具を窃盗に悪用した事、更に自身にそれを依頼してきた人物まで男は口を割る。
男は連れて行かれ、後に魔導具を使用してまで女性の下着を欲した依頼人も、いずれ犯行依頼を出した参考人として捕まるだろう。
その時は犯人も早々と捕まり、この場は一件落着と、誤解も解決して問題が無くなったとミツは思っていた……。
皆は汗をお風呂で流し、各自とヘキドナ達の行きつけのお店、ブラックタイガーに集まる。
「さー、飲めや騒げ! 今日は無礼講だってばよ!」
「おー! お前ら、ここはグラスランクのミツの奢りだシ! 酒を飲む際は一言言っとくシ!」
「「「「わー!!! ご馳走になりまーす」」」」
「ははっ……。どうぞ……」
店の裏から酒樽を担ぎ持ってきたマネとライム。
二人はその樽の蓋を開け、皆が手に持つコップへと、並々と酒を入れていく。
1杯目からそんなハイペースに行くのか、皆はゴクゴクとそれを飲み干し、ワラワラと酒樽へとまた空になったコップを満タンにしている。
タダ酒と言う事でいつも以上に酒は進み、アハハと笑い会う冒険者達の姿。
そんな中にも場の雰囲気にまだ溶け込めない者も居る。
いや、乾杯から直ぐにそんなハイテンションになれるのは限られた数かもしれない。
ミツはお店のママに酒樽の代金と追加の料金、またこのペースだと直ぐに樽は空になるだろうとそれも追加の注文をしておく。
この時点で既に金貨10枚が飛んだよ。
酒樽一個の値段が金貨2枚だそうだ。
樽一個の酒で二万円は高いのか安いのか良くわからないが、マネとライムが飲み合いをするには丁度いい金額なのかもしれない。
「へっ! やるじゃねえかライム!」
「もぐもぐ……もぐもぐ。マネ、お前も意外としぶといっちゃね……。もぐもぐ」
「野郎、食いながらアタイとの飲み比べするなんて、余裕じゃないか!」
「何言ってるっちゃ。お前がしぶといからウチはこうして食い物を一緒に腹に入れてるっちゃよ。食うのを止めたら正直ウチは負けてるっちゃ。それとウチは野郎じゃないっちゃよ!」
「なぬ!? それは本当かい!? ならこの勝負、アタイの勝ちじゃないかい?」
「いや、飲んでいる量は一緒だっちゃ。だからまだウチは負けてもないし勝ってもないっちゃよ」
「畜生! 食い物食いながら飲むなんてありかよ!?」
「先に言ったっちゃよ? これ食べながらでもいいかって」
ハグハグと酒のつまみにライムは肉をほうばり、それを流し込むように酒をごくごくと飲み干す。
「マネ、ライムは確かに言ってたシ。だったらお前も食べながら飲めば良いシ」
そう言いつつ、シューはマネの前にギトギトに油で煮込まれた芋を差し出す。
酒でパンパンに膨れたマネのお腹は、まるで臨月出産を控えた妊婦の様にまんまる。
そんな彼女の前に差し出された芋は食べずとも彼女に嗚咽感を呼び起こしてしまう。
「勘弁してください。もう腹がパンパンだっての……」
「あら? なら勝負はウチの勝ちで良いだっちゃか?」
「ぐぐっ……」
二人で開けた酒樽は三つ。
何処にそんな量が入ったのか。
最後の1杯を飲み干したライムのコップが空になった事で、ようやく二人の勝負が終わったようだ。
悔しがるマネに対して、リッケがそっと小皿に盛った少なめのごはんを差し出す。
「まあまあ、マネさん。折角のお酒じゃないですか。美味しいご飯も一緒に食べましょうよ」
「ううっ〜。リッケ……。畜生! 今度はアタイが勝つってばね! ハグハグハグ!」
マネはリッケの差し出した小皿ではなく、取り分けた大皿の方へと手を伸ばしそれをドカ食い。
お腹に優しいお米でも、今のマネがそんなに胃に入れては大変なことになる。
酔に赤かった顔は見る見ると青ざめ、口に運んでいたスプーンが止まり彼女の体がプルプルと震えだす。
「うわっ! 莫迦マネ! そんな腹で一気にメシを食べるなシ!」
「うっ……ぎもぢ悪い……」
「うっ、ウチも……」
「被害が増えてるシ!」
マネの食べる姿と、今にもリバースを起こしそうな雰囲気にライムも顔色を悪くしていく。
飲み過ぎ、食べすぎ、胃のもたれ。
昔よくTVのCMで流れた言葉が思い出される光景である。
「お二人とも、大丈夫ですかね?」
「まったく、マネが二人居ると思うような騒がしさだね」
「ホント、騒がしいのは嫌いじゃないけど、あれの後始末は誰がするのよ。君、後で二人が倒れたら運んでよね」
「ははっ……それは構いませんが、マネさんは兎も角、ライムさんの泊まってる宿は自分は知りませんけど?」
「ああ。それは気にしなくて良いわよ。あの子、暫く家で預かることになってるから」
「預かる……?」
「そっ。あの子、前のパーティーから抜けたって言うから、さっきマネが勧誘したのよ。私達も戦力が増えるなら構わなかったし、何よりリーダーが認めたならそれだけよ。それにね、あの子以外にも、あっちの子達も実は勧誘してるの。まだ返事は貰ってないけどね」
「あっちって……。ゼリさん達もですか?」
他にもヘキドナ達は今回共に戦った冒険者達へと声をかけていた。
本当はヘキドナ達程の強者の冒険者ならば、四人と言うのは少ないパーティーである。
元は七人でのパーティーを組んでいたが、それも昔の話。
辛い過去を振り払う意味も込め、ヘキドナはライム、ゼリ、ルミタ、そして彼女達の仲間三人を自身のギルドへと勧誘している。
「一気に大所帯になりましたね」
「本当は君も誘いたかったんだけどね〜。こうも毎度毎度お風呂場を覗かれちゃ、私達の純血も危ないってリーダーから却下されちゃった」
「えっ……。そんないつも覗いている訳では……」
「「「じとー……」」」
エクレアの話し声が聞こえていたのか、少し離れた席からリッコ達の冷ややかな視線がミツへと突き刺さる。
顔を赤くしているのはお酒のせいなのか、それとも羞恥に頬を染めているのか。
「いや! 皆待って、本当にそんなつもりで居たわけじゃ」
プルンやリッコ、ミーシャにも、今回ミツが女湯の番台をやっていた事を知らされたのか、彼女達は布を受け取る際のやり取り、そしてまたミツに自身の裸を見られたことに顔は真っ赤、沸々と湧き上がる羞恥の怒りを抑える為と、彼女達は飲みなれないお酒をグビグビと飲んでいる。
ミツに対してもうアイツはスケベな奴だと諦めるべきか、それとも反省させる為に何か懲らしめるべきかと内心で各々の考えが巡る中で、ヘキドナはミツに腕を回し、周囲に聞かせるように声を出す。
ヘキドナの甘い吐息がミツの耳を擽るが、内容に彼は冷や汗をかく思いだろう。
「ほほー。坊や、あの状態で好意で居た訳じゃないと? 私やエクレアの身体どころか、この場に居る女共の裸を見といてその言い訳かい?」
その言葉にミツに集まる視線。
マネは地面に突っ伏しているが、彼女も頬を染め、そんなマネを介抱するシューも顔は真っ赤。
中には気にしていない人も居るだろうが、どうやらこの世界では、知人に自身の裸を見られることは恥とするが、知らない者から裸を見られても気にしない様な感覚があるようだ。
「ちょっと! ヘキドナさん、そんな本当に自分は」
「フンッ! 男が情けなく言い訳を口にするんじゃないよ!」
「フグッ!」
ミツは突然ヘキドナの持つコップを口に当てられ、酒の入った中身をグビグビと飲まされる。
彼女が飲んでいた酒はこの店でも高値であり、アルコール度数もかなり高い酒である。
ヘキドナも幾度も自身の裸を見られた事に羞恥していたのか、これは仕返しと酒の弱いミツに対してのお仕置きだろうか。
※この行為は大変危険な行いですので、皆様はお酒を無理やり相手に飲ませるようなまねは決してしないように、またそう言った場面を見つけた時は必ず止めてください。
本来ならお酒の弱いミツは、コップ1杯飲んだだけでも彼は倒れるだろう。
しかし、それは今までの彼なら。
今のミツはヒュドラから奪ったスキルの〈状態異常無効化〉がある。
その為、飲んだ時に感じるアルコールも暫くすれば胃の中では霧散しているので、彼は酔っ払うと言う状態異常にはならない体となっている。
お酒に酔えないのは残念と思うだろうが、下戸な人にとってはお酒は辛いものであり、本人が克服できるなら問題ないのだ。
「プハッ! へ、ヘキドナさん! 何ですかこれ!? 熱っ!? 喉が焼ける様に熱い!」
「ハッハハハ! どうだい、これは私からの奢りだよ」
お酒を飲んでも酔わないとは言え、口に含んだ時に感じるアルコールは消すことはできない。ミツは強烈なアルコールの熱に驚きつつ、近くにいるエクレアから水を受け取る。
「み、水をください!」
「はいは〜い。はい、水」
「あ、ありがとうございます。ブハッ! これもお酒じゃないですか! ゴホッ、ゴホッゴホッ!」
彼が受け取ったコップの中身は、エクレアが好む味を優先とした香りが殆ど無いお酒。
「あら〜、私ってばうっかり間違えちゃった〜」
悪気もなく、まるで小悪魔のような笑みを浮かべ笑うエクレア。
「シシシッ。ほら、ミツ、ジュースだシ」
「シューさん、す、すみません、助かります! ……ブッ!」
「ウキャ! ミツ、汚いシ!」
「ごめんなさい。いや、違っ、シューさん、これもお酒じゃないですか!?」
「あれあれ〜。 ウチとしたことがコップを間違えたかな? アハハ」
「絶対わざとだ……」
彼女が本当に間違えたのか、それとも彼女なりの仕返しなのか。
ミツが思わず吹き出した中身はピコリットと言う果物を発酵させたお酒である。
確かにヘキドナやエクレアの飲むお酒と比べたらアルコール度数も少ないのでジュースと言われたら間違いではない。
ミツが先程から面白いリアクションをする為、周囲からはアハハと笑う声が聞こえてくる。
「ほら、ミツ、そんな面するなっての。この水で口をすすぎな」
「……」
「ささっ、ぐぐっと」
「いや、マネさん。思いっきりこれはお酒ですよ」
「あれれ〜おっかしいな〜」
マネはもう隠す気もないのだろう。
ミツの見ている目の前で樽から酒をすくい、そのまま彼女はミツの前にコップを突き出している。
そんなやり取りに思わずミツも笑いを吹き出し、その場は笑いに包まれた。
そこに店内に響くマンドリンの音色。
ミツが視線をそちらへと向けると、そこにはお客に声をかけながら手に持つマンドリンを奏で歩くシモーヌの姿が見えた。
どうやら飲み屋の店店を回る流しをやっているのだろう。
しかし、シモーヌが声をかける客は彼をあしらい、飲んでいるから邪魔だとシモーヌへと手を振りあしらう。
ミツはシモーヌに手を振り、彼を呼び寄せることにした。
「こんばんは、シモーヌさん」
「これはミツさん。今宵も良き音色に、神の祝福に貴方と出会う事ができましたね」
「そ、そうですね。(言ってる意味は分からないけど)ところでシモーヌさん、もしかして演奏の流し中ですか? 良ければ1曲自分からお願いしても宜しいでしょうか?」
「これはこれは。お声をかけて頂きありがとうございます。それでは華やかに盛り上がる皆様に僭越ながら奏でをお送りさせていただきます。こちらはある戦士様の栄光と、共に戦う仲間を思いやる曲にございます」
シモーヌの演奏はポロンっと優しい音色から始まり、彼が口ずさむ物語に次第と周囲の者は引き込まれていく。
一つの目的の為と、世界から集まった16の戦士達。
彼らは種族も違い、生まれた場所、育った環境、そして成長した日々も違うが、皆は夢の中で神の信託を受け、目的である場所へと進む。
彼らは仲間となり、囚われた仲間を助け、愛を育み、そして時に悲しい裏切りと、歌の中には戦士の物語が詰め込まれていた。
演奏と歌を口にするシモーヌの表現もとても上手く、愛を語り合う表現、仲間の裏切りに死んでしまった友に涙する表現など、まるで演劇を見せられている気分と皆はシモーヌの歌の虜となっている。
最後に彼らは目的を果たす事はできたが、実は裏切ったと思った人物がまさかの仲間の為にと、自身から裏切り者となった事に驚きの結末が待っていた。
その話にマネとシューは目からボロボロと涙を流し、おいおいと泣く二人を宥めるエクレアとリッケ。
シモーヌの演奏が終わる時には、周囲からは拍手喝采。
先程シモーヌの演奏を邪険に断っていた客からも、シモーヌは飲み物を渡され演奏を褒められていた。
「凄いニャね! ミツの演奏も上手ニャけど、あの人のは別の意味で凄いニャ!」
「ホント、声に吸い込まれる気分ね……。んっ? ローゼ、どうしたの?」
「いや、やっぱりあの人……。シモーヌって言ってたわよね……。何処かで聞いたことあるの……。あっ! 思い出した!」
ローゼはポンと一つ手を叩き、今ミツと和やかに話すシモーヌを見ては目を見開く。
「あら? あの人ってただの旅芸人じゃないの?」
「違う違う! あの人、他国で奏神と呼ばれた芸術の天才よ。 楽器の演奏、歌声、それに確か絵や芸術にも優れた人って聞いたことあるわ」
「えっ? あの人って有名な人なの? でもローゼ、よく知ってたわね?」
ミーシャの言葉にローゼは苦い顔を作りつつ、昔の話をする。
「う、うん……。昔宿屋で宣伝用の告知を見たことがあって……。その時に彼のファンのお客に教えてもらったのよ。でも、暫くあの人の話も聞かなくなってたから、今までスッカリ忘れてたわ」
ローゼの言葉にミーシャは彼女が宿屋にいびりたりになっていた頃を思い出し、ミーシャも少し苦笑い。
「芸術を止めた……訳じゃなさそうよね? あれだけ凄い演奏もできるんだもの」
「何か理由があるんじゃない?」
「まあ、今が元気そうならそれは良い事ニャ」
シモーヌの話をミツは聞き耳スキルで拾いつつも、今話している相手が確かに奏神と言われてもおかしくないと思ってしまう。
何故なら彼との会話中、シモーヌを鑑定すると彼はまだ25歳の若さで、彼はいくつものジョブをマスターし、今はミツの見たことのない【スカルド】と言うジョブに彼はなっている。
スカルドとは何だろうとユイシスに聞いてみると、これは演奏家の【ジョングルール】と、歌い手の【アオイドス】こちら二つに加え、【ペインター】と言う画家となるジョブの三つを極めた条件上位ジョブだそうだ。
戦闘技術などは無いが、それでも芸術家として彼は1流以上の才能を持っているのかもしれない。
「シモーヌさん、演奏ありがとうございます」
「いえいえ。神々に捧げんとする曲には、人種問わずその心を救いたる力がございます。歌声には心の安らぎを、皆々様にお届けすることが私の役割ですので」
「なるほど、そうなんですね(サッパリ分からん!)あっ、そうだ。シモーヌさん、もう一つお願いがありまして」
「はい? お願いとは」
「実は、シモーヌさんにまた絵を描いていただきたく。お願いしてもいいでしょうか?」
「私に!? それはそれは、こちらこそありがとうございます。ええ、ご希望ならば何枚でもお描きいたします。ああ、今日はなんて素晴らしい日でしょうか! 神の導きに友人と巡り会い、更に芸を求め涙と感動をいただくどころか、筆の走りまで求めていただけるとは。この感動を更に曲に詰め、神への感謝をお送りしたく胸が熱く震えております」
そう熱弁するシモーヌはまたジャランとマンドリンを奏で始める。
演奏を止めるタイミングも分からないのでミツは苦笑いを浮かべ彼の演奏が終わるのを待つことに。
そこにプルンがフラフラと近づいてくる。
彼女はお酒を飲みすぎたのか顔は真っ赤、彼女から漂う甘いお酒の香りがミツの鼻をくすぐる。
「ニャニャ〜? ミツ、あの人と何話してるニャ〜?」
「うん、プルン。ちょっとシモーヌさんに絵をお願いしてたところだよ。ってか、少し飲み過ぎじゃない?」
「絵? あの人は演奏家じゃないのかニャ? なのに絵も描けるニャか? それと誰のせいでウチらがこんなに飲んでるかニャね」
「ああ、そう言えば前に描いてもらった絵をプルン達には見せたことなかったね。えーっと、ちょっと待ってね……。ああ、これだよ。それと反省してるからもう勘弁してください」
「もうっ……。ニャ? !? えっ、何ニャこれ!」
「うん、凄いよね。自分も描かれてることに気づいてなかったから、自分だけじゃなく、皆のありのままの姿を描いてたみたいなんだよ」
「う、ウチ……」
「ん? 如何したのプルン?」
「ウチ、こんな食べ方してないニャよ!」
「……ああ。そこね」
「いや、お前は確かにこんな食いかたしてたな」
「まあ、私の分のお肉あげるって言ったら目をキラキラさせて喜んでたのは確かね」
「ニャ!? リック、リッコ、二人とも酷いニャ!」
「「「アハハハッ」」」
歓喜の演奏を終えたシモーヌが絵を描くためと、彼は店の端に座り、上機嫌に紙に筆を走らせていく。
ミツはシモーヌに今回もありのままに描いてほしいと希望も出したので、ミツはシモーヌの代わりと演奏を始め、それに驚きつつ、ミツの演奏に聞き入る仲間たち。
プルンは恥ずかしいポーズを描かれまいと、何か変なポーズを取っていた。
だが、シモーヌが今何処を描いているのか分からないので、プルンは早々とモデルポーズを止め、彼女は食事を始めてしまう。
その際、シモーヌがニコリと笑みを深めた為、またプルンは食事シーンが模写されたなとミツはくすりと笑いつつ気づいていた。
マネは体調を取り戻したのか、また迎え酒と酒を飲みつつ、それに付き合うリッケ、ライム、ゼリの三人。
ゼリもリッケの事で気持ちを振り切ったのか、彼女も楽しく共にお酒を飲んでは笑いあっている。
リッケも気まずい雰囲気はこの場には合わないと思っているのか、それともゼリの対応が良かったのか、二人の間にギクシャクとした雰囲気を感じることはなかった。
また、賑やかに話し合うのは後衛職のジョブの女性達。
戦闘での立ち位置で話が合うのか、リッコ、ミーシャ、ルミタの魔法が関係する人が集まり、他にも多数の人達がワイワイと話し合う声が聞こえてくる。
戦いの動き、魔力の温存の仕方、そして魔力を回復する為に使っている消耗品や使用している杖など、女性としては勇ましい話に盛り上がっている。
次第と前衛に対する愚痴が誰かの口から溢れると、それに賛同するように自身達、後衛職を無視したぞんざいな戦いに各々が不満を漏らし始めてしまう。
暫く愚痴を話せばスッキリしたのか、次は後衛から見た前衛の動きを笑い話に変え、リッコは兄であるリックの戦いのお粗末な立ち位置を例に上げる。
するとそれを直ぐに否定する様に、今度は顔が真っ赤なローゼがリックの戦いを褒めだしたのだ。
酔っ払っているせいなのか、彼女の言葉は力説に変わり、トトと比べたらリックは最高の前衛と手放しに褒めだす。
それを最初は唖然として聞いていたリッコやミーシャだったが、次第と彼女達のニヤニヤとした笑みにはっと気づいたのか、ローゼは言葉を止めて顔を伏せて黙ってしまった。
ローゼの言葉は勿論リックにも聞こえている。
何故なら彼女の座る後ろにリックが居たのだから。
彼も前衛のプルン、シュー、エクレアなど、数人で前衛としての戦い方に盛り上がる中で、後ろから突然聞こえてくる自身を褒める言葉に頬を赤らめ、恥ずかしそうに口を閉ざしてしまう。
ミツは何だこのラブコメ展開はと、内心思いつつ、隣に座ってきたヘキドナへと自身がこれから街を離れる事を静かに伝える。
「そうかい……。まあ、坊やも冒険者としては十分に力を持ってる。いつまでもこの小さな街に足踏みしてるだけって訳にも行かないだろう……。ちなみに行く宛はあるのかい?」
「はい、取り敢えず頼まれた頼みごともありますので、各地の国を回ろうかと」
「フッ。国を回るね……。随分とでかい話じゃないか。私には思いつかない言葉だね。んっ。ならあの子達も連れて行くのかい?」
ヘキドナの視線の先にはローゼを茶化すように声をかけるリッコ達や、テレながらもすまし顔のリックに声をかけるプルンの方へと向けられていた。
ミツもそちらへと視線を送った後、軽く首を降る。
「いえ、プルン達には街に残ってもらう事をお願いしてます。ネーザンさんからも、プルン達の実力では今は自分の足手まといになるからと注意されてしまって……」
「そうかい……」
「それで、すみませんがヘキドナさんに一つお願いがありまして」
ヘキドナはその言葉に無意識と少し頬を上げ、眉を寄せる。
「んっ……。何を頼む気だい? 言っとくけど、坊やの願いでも不埒な頼みは聞く気もないよ」
「いや、そんな事言いませんよ?」
「なんだい、違うのかい」
「えっ?」
何だつまらないと、ヘキドナはツーンと目を細め、コップに入った酒をごくりと飲み干す。
「それで、その頼みってのは?」
「あっ、はい。あの……」
ミツはヘキドナへと少しでいいのでプルン達を気にかけて欲しいと彼女へと頼み込む。
最初こそヘキドナは的外れな頼みごとに呆れつつも、ミツの真面目な態度に気持ちを切り替え、いつものキリッとした態度に変わる。
何でもミツに受けた今までの恩が多すぎてどう返そうか悩んでいたそうだ。
それならヘキドナにとって些細なことでも、ミツが望むならと話を受け入れてくれた。
「そうかい、坊や達も正式なパーティーにかい……」
「リックの提案ですけど、皆も賛成してくれたので。でも、早々と自分は離れることが本当は彼らに申し訳なくて……」
「……。それをあいつらは反対してるのかい?」
「いえ、自分と共に依頼を受けれる為にと、自信達もアイアンランクになる事を告げられました」
「フンッ。それなら話は終わりじゃないか」
「えっ? うわっ!?」
ヘキドナはミツに腕を回し、自身の胸元へと寄せ、彼女はミツの耳元に語りかける。
「坊や、あんたは仲間を置いていくんじゃないんだよ。あいつらが進む道をあんたが先に進むのはただの偵察。偵察が終わればパーティーの仲間が、あんたの進んだ道を歩くことになるんだからね。坊やの旅はあいつらの成長の糧にもなると思えば、あんたは頑張らないとね」
「……。はい、頑張ります。ありがとう、ヘキドナさん」
ヘキドナの言葉に救われた思いとミツは笑みを彼女へと返す。
そうだと、彼女の言うとおりミツが街を離れたとしても、また彼がこの街に帰ってくる時があれば、その際皆がアイアンランクになっていたならリック達とまた楽しい日々が過ごせるかもしれない。
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