第175話 恋話

 男湯には人も少なく、今浴室にいるのは僅か数名のお客だけ。

 まだ夕時ではない為に今も働いている者もいるし、冒険者等は今頃ギルドに足を向けている頃だろうか。

 ワシャワシャと頭や身体の汚れを石鹸で落とし、浸かる湯船に身を任せる二人の青年。

 隣の女湯から聞こえる乙女の声に、いやらしくも耳を傾けつつも、先程後でくると言っていたミツが未だにこない事をボソリと呟くリック。


「なあ、リッケ」


「はい。どうしました?」


「なんかミツの奴遅くねえか?」


「そう言われたらそうですね。話が長引いてるんでしょうね」


「まあ、店の場所は教えてもらったから別に良いけどよ……。それで」


「?」


 リックは顔に湯を当て、顔についた大粒の汗を洗い流す。

 意味深な笑みを弟に向け、彼は二人の関係を聞く。


「お前、あの姉ちゃんにいつの間に告ったんだよ」


「! あ、あの……その……」


「いや、この場で話さなくても、どうせこの後リッコ達に問い詰められると思うぞ」


 話を誤魔化そうとしていることがバレバレな弟の態度に、今話しとけば後の追求はまだ些細なものになると兄の助言。

 確かに後の酒場で大勢に注目されて話すよりかは、一人でも事情を知るものがいればフォローも入るだろうと思い、彼は顔を真っ赤にしつつ、ゆっくりと口を開き出す。


「えーっと……。護衛依頼の報告にギルドに向かったその……その時に」


「そうか……。へっ! 弟が先に女つくるとか負けた気分だぜ」


 護衛依頼の報告と話を聞けば、確かにあの時リッケとマネは二人で席を外していたと思い出すリック。

 その後家に帰ってきた時のリッケは機嫌もよく、父の鍛錬も進んで受けていた。

 あの時は珍しく、周りが暗くなってもリッケの特訓は続き、ボロボロになっても立ち向かうリッケに父が気押されしていた事が印象的だったろうか。

 最終的にはリッケのスタミナ切れと彼は倒れてしまい、やり過ぎだと父は母からこっ酷く叱られていたなとリックは苦笑いを浮かべる。

 その時のリッケの顔は、何故かニヤニヤと満面の笑み。

 父親の持つ木刀に頭でもぶつけたのかと不安に思っていたが、そういう事かと合点がいくリックだった。

 

「いや、別に勝ち負けは関係ないかと。それにリックも気になる人がいるのではないですか?」


「……」


 弟の言葉に、一瞬ドキッとリックの胸が鳴る。


「僕は気づいているつもりですが、一応リックの口から聞きたいなと」


「知らん」


「えっ?」


「いや、正確には分かんねえんだ」


「分からないって、あの人に対するリックの気持ちがですか?」


 思い当たる女性の顔が浮かんだのか、リックは顔を湯船に沈め、リッケへとジトっとした視線を向ける。


「……ふぅ〜。お前リッコみたいにズバッと言い過ぎだぞ」


「ああ、すみません。でも、洞窟に入ってから、リックの視線があの人に向けられてるのが僕にでも分かるんですよ」


「えっ? 俺そんなにあいつの事見てたか!?」


「……ああ、無意識なんですね。戦闘時や会話の時の距離が僕やリッコとは違いましたから。こう言っちゃなんですが、恐らく本人が気づいてないこともないかと」


「マジか……」


 顔を真っ赤にしつつ、視線は女風呂の方へと向けているリック。

 お湯でのぼせたのか、それとも自身の気持ちに気づいてしまったのか。

 洞窟内の戦闘を思い出せば、確かにリックの行動は一人の女性を守る騎士のような働きをしていただろう。

 それに気づいているのか、それとも気づかない振りを続けていたのか。

 偶然にも女風呂でもミーシャがローゼへと、話を持ちかけていた。


「ねえ、ローゼ〜」


「何よミーシャ?」


「あなた、リック君のことはどう思ってるの? 好き?」


「はっ! な、な、い、いきなり何言い出してるのよ! あ、あいつとはただの冒険者仲間よ。そんな事どうでも良いでしょ」


 ミーシャのたった一言に、リック同様に顔を真っ赤にするローゼ。

 彼女は頭を洗う手を止め、ワタワタと手を振り違うと言葉を出すが、態度と言葉が釣り合っていない事に苦笑いを返すミーシャ。


「ローゼ……。あなた隠すの下手よね〜。昔、子供の頃だったかしら。パン屋の息子さんに惚れた時も無理して毎日パンを買いにいったり、宿屋の次男坊に惚れた時も態々そこで昼食を食べに行ったり。はあ〜。結局二人とも結婚して今じゃ子持ちのお父さん。あなたが早く気持ちを伝えないと、また二人みたいにあなたから離れていくわよ?」


「そんな話をいきなり持ち出さないでよ! そ、そんな事より今回の報酬について話しましょうよ。その方が楽しいわよ」


「私はあなたの話の方が楽しいからこのままで良いわ」


「ぐぬぬっ。……」


 少し意地悪な笑みを彼女に向けるミーシャだが、バサッとお湯を頭からかぶり、ポタポタとお湯を滴らせるローゼは黙ったまま。


「はあ〜。彼も可哀想に。折角向こうからアプローチまがいに接触してきてるのに」


「えっ? あいつそんな事してたの?」


「……。あらあら、側にミツ君が居るのに、態々彼があなたの前に盾を構えてるのは何故かしら? 会話する時もあなたに対してはちゃんと視線を向けていたし、彼、私が胸を寄せたりした時あえて視線は貴女に向けてたり、もう小さな事を上げたらきりがないわよ」


「へ、へー……。気づかなかった」


 ミーシャはよく腕組みをするが、それは自身の胸を支える為にやっている事で、相手を魅了する気や、茶化すつもりはまったくない。

 しかし、戦闘後など無意識にいつもやっている行為が偶然リックの前で行ったが、彼は何も見ていないとスッと視線はローゼへと向けられ、二人でそのまま会話などしていたときもあった。

 それを思い出すと女としては悔しい気持ちもあるが、リックの気持ちを考えると、ミーシャは彼を男としての評価を上げていた。


「そ、そう……。ミーシャ、もう一度聞くけど、好きになってないの?」


「分からない……。子供の頃は確かにあの人達は憧れで好きになってたかもしれないんだけど、あいつが好きかと言われたら……」


「じゃ、嫌い?」


「嫌いでは……ない」


「そう。でも私から見たらあなた達、仲悪そうに見えて凄く相性が良い二人に見えるのよね。お互い遠慮無く話し合えてるって言うか」


「あはは……無い無い。あいつ自身、子供みたいな性格が気になって、それでつい口を出したくなるだけなのよ。うん、きっとそうよ。それより、私より貴女はどうなの?。彼、他にも数人目をつけられてるみたいだけど……」


 ローゼは身体を洗いつつ、周りの女性達へと視線を向ける。

 先ず視線に入ったのは湯船に浸かり、思わぬ収入にご機嫌なエクレア達である。

 ヘキドナはそんな彼女達を鬱陶しく邪険に手を振り返すが、彼女が心底嫌がってるようにも見えない光景である。

 次に見るのはゼリの身体をルミタや他の女性冒険者が洗いつつ、彼女に何か声をかけ続けている光景。

 本人はもう大丈夫だと返答している分、それが逆に相手を不安にさせているのかもしれない。

 そして最後に壁際にある掛け湯で汗を流す二人。

 プルンは大きく腕を広げ、全身に湯をかぶっているが、その湯が隣にいるリッコにジャバジャバと流れている物だから、少しキャッキャと騒がしい二人である。

 視線をミーシャに戻せば、彼女は苦笑いを浮かべ、軽くため息。


「ん〜。残念だけど進展は無いわね〜。確かにミツ君を想ってる人は前より増えてるのは気づいているけど、彼自身が朴念仁なのよ。それなのにあちらこちらで力見せたり、彼自身いい顔するでしょ。でもね、いいの。私、独占欲はそれほど無いから、プルンちゃんやリッコちゃんと幸せを分け合うのも良いかなって思ってるの」


「分け合うか……。ミーシャ、あなた凄いわね……。私がもしミツ君に好意を持ってたら、独占欲出してあの二人ともこんなふうに仲良くできる自身が無いもの……」


「ふふふっ。ローゼ、それが普通なのよ。好きな人を誰にも渡したくない。それも恋の一つよ。私は相手が相手ですもの」


 頬を染めつつ笑みを溢すミーシャ。

 彼女の気持ちは本気なんだと話を聞いているローゼの中で、ミツの曖昧な態度に少し嫌悪感を感じずにはいられなかった。

 そんな中、身体を洗い終わったプルンとリッコが近づき、同じ湯船に浸かる。


「二人とも、にゃにを話してるニャ?」


「どうせしょうもない事でしょ」


 やってきた二人も関係ない内容だけに、二人にも話の内容を話そうとするローゼだが、それを隠す様に別の話題を振るミーシャ。


「ふふふっ。そうね……。今回の探索でローゼの胸が更に大きくなっちゃったから、服がキツイなってお話しをね〜」


「えっ!?」


「ケッ!」


 思わぬ発言にローゼは驚き、リッコからは隠す気もない盛大な舌打ちが弾かれる。


「ニャハハハ。確かに、今回の洞窟の探索で一番変わったのはローゼニャ。ミーシャ程でもないけど、ローゼの胸もバインバインニャね」


「や、止めてよ二人とも! ってかミーシャ、何を言い出すのよ。本心を言うと、突然こんなに大きくなって困ってるんだから」


「ほほー。困ってるなら私が燃やしてあげましょうか、ああっ!?」


「ひっ! り、リッコさん、漏れてる、少し魔法で火が漏れてるわよ。ってかお湯が熱くなってるんだけど!」


 リッコは掌に小さめの火玉を出し、笑ってない笑顔にローゼは後ずさり。

 彼女の無意識だろうか、リッコの周りのお湯が彼女の魔力に当てられ、更に濃い湯気をゆらゆらと、そして気泡をポコポコとお湯の温度を上げていた。


「えいっ、消化ニャ!」


「わぷっ! ケホッ、ケホッ……。もう、プルン何するのよ」


「リッコ、落ち着くニャ。他の人の迷惑になるニャよ」


 プルンが少しぬるま湯を桶に汲み取り、リッコの頭上に振りかける。

 ザバっとかけられた湯に驚きつつも、プルンの言葉に彼女もやりすぎたと周囲に頭を下げていた。


「元気だね〜。あれも若さってやつかね」


「マネ、その言い方はなんだかオバサンっぽいシ」


「なぬっ!? いや、確かに今のは年より臭かったっての」


「あの……。マネさん」


「んんっ? 如何したっての?」


「……」


 マネの近くにいそいそと近づくゼリ。

 彼女もようやく落ち着きを取り戻したのか、マネへと先程自身を助けてくれた事の礼を述べるためと、彼女の前に立つ。


「なんだい、言いたいことがあるなら遠慮無く言うっての」


「ありがとう! さっきは助けてくれて……」


「私達からもお礼を言わせてもらうわ」


「ゼリ……もう少し遅かったら危なかった……」


 ゼリに続き、ルミタとその仲間達も続けてマネへと頭を下げ、お礼の言葉を伝える。

 マネは姉のヘキドナにそっくりに鼻を鳴らし、ひらひらと手を振り、そんな事は気にするなと言葉を返す。


「フンッ。礼の言葉はあたいじゃなくて、ミツに言っときな。あいつがアタイ達を引っ張ってこなかったらアンタを助ける事もできなかったんだからね」


「そう……。勿論、彼にも後で感謝は伝えるわ」


「おう、そうしときな」


「……」


「……」


 互いに一人の男性を想う二人の女。

 片方は今後その男と幸せを育み、片方はそれを見るしかできない。

 妬ましい気持ちが相手に強く根付くところだが、ゼリはマネなら先程自身を守った様に、リッケを守っていける女性だと確信する気持に、今は二人の幸せを思っていた。


「マネさん」


「なんだい」


「リッケ君の事、お願いします……」


「……ああ」


 短い言葉の中に、相手を認める気持ちが込められていたのだろう。

 女湯で二人の女性が交した握手に、周囲がそれを茶化すような言葉を飛ばすことはなかった。

 その後、話し合えば二人は意気投合。

 これ迄の戦い、冒険者になったきっかけと、シューが止めるまで二人は笑い合い、話し続けていた。


 そんな女の友情が築かれている中、脱衣場にてミツは一人の女性へと声をかけていた。


「すみません、少し良いですか」


「!? えっ。な、な、何ん……。何よ!」


 脱衣場をいそいそと出て行こうとした女性を呼び止めるミツは、その人の前に道を塞ぐように立ち、彼女の抱える鞄に視線を送る。


「いえ、申し訳ないのですが、そちらの鞄に入れた物を一度見せて頂けませんでしょうか」


「な、し、知らないねそんな物! なんだ、お前は私が盗みを働いたとでも言いたいのか!」


「んー。間違っていたら勿論謝罪します。ですが貴女がこちらの脱衣場に入ってきた時と比べて、鞄の膨らみが少し大きくなっている事が気になりまして」


 女性の持つ鞄はここの脱衣場に入るときはミツの言うとおり膨らみも無く、ぺしゃんこなお煎餅状態だったにも関わらず、今は何を詰め込んだのか、パンパンに膨らんでいる。

 女性は咄嗟にその鞄を投げ捨て、脱衣場の出口へと駆け出す。


「チッ!」


「あっ!」


 投げた鞄が勢い良く他のお客さんに当たりそうだと思い、ミツは咄嗟に女性ではなく、鞄の方に手を伸ばしていた。

 他のお客さんに当たりそうな寸前のところで鞄を掴み引き寄せ、直ぐに女性の方を見るがもう居ない。

 取り敢えず他のお客さんに怪我が無かったこと、盗まれそうな物が取り返せたことに良しとするミツであった。

 盗人の女性には見た瞬間から既にマーキングスキルを発動しているため、ミツはそれほど慌ててはいない。

 後々、街の衛兵に知らせ、盗人を捕まえるのみである。


「一体何を盗んだんだろう? これは……布? にしても数が多いな? 身体を洗うようの布とは違う……。この黒の布って破けてるのかな? なんかツルツルしてる……」


「おい……坊や。お前さんが今持ってる物はなんだい……」


「えっ? なんだと言われたら布……あっ」


 鞄の中から数枚の布。

 それをマジマジと見つつ、握りしめているミツの背後から、聞いたことのある声。

 しかし、その声はいつもの聞いている声とは違い、低く、そして威圧感が込められていた。

 そして、床にはポタポタと滴る水滴。

 それはヘキドナの身体から下流れるお湯と混ざるミツの冷や汗である。


「あらー。少年が今持ってるそれ、それってリーダーの下着ですよね〜。って! そっちのは私のパンツじゃない!」


 エクレアの言葉に、自身が握りしめていた物が二人の下着だと聞き慌てるミツ。


「えっ!? 下着! いや! ヘキドナさん、エクレアさん、ちょっと待って下さい! これには深い事情が!」


 彼の腕が鞄に当たると、パンパンに詰め込まれた鞄の中身がボンッと溢れ、無数の下着が周囲に散らばる。

 それを何だ何があったと集まる人々。

 その中には先程共にモンスターと戦った女性冒険者もチラホラ。

 中にはあっ、私の、私のと声を出す女性達。

 どうやら鞄の中身は全て下着だったのか、周囲に溢れた下着の量からみても、今入浴中の人の分はあったかもしれない。


「ふっ、ふっ、ふっ。坊やもとうとう男としてクズな真似をしたもんだ」


「ちーっと、これは許されませんね〜。……ってか、下着なんかより、君が求めれば私もリーダーも……もごもご」

 

 エクレアの言葉を遮り、ヘキドナの手が彼女の口をふさぐ。

 脱衣場に人が集まればやはり気になるのか、入浴をしていたマネやシュー達も脱衣場へとやって来た。


「ふ〜。いい湯だったっての。姉さん、どうしたんですかって! うわっ!」


「あちち〜。マネ、早くママの所に行くシ。って、ホギャー!」


 まさか脱衣場にミツが居るとは知らず、前も隠さず脱衣場へとやって来た二人は、突然の事に羞恥に変な声を出してしまう。


「なななななっ! なんでミツがここに居るんだっての!?」


「うー。うー。ウチの初めてが……うー。……本当、何でここに居るシ? んっ? あれ……ウチのパンツ……」


「どぅわー! アタイのまで!? ミツ、あんた……」


 更にミツを見る冷たい視線が増える。

 これは早く弁解しなければ、自身にスケベを通り越して変態のレッテルが貼られてしまう。

 ミツはそう思い、女性たちへと理由を話す事に。


「なんだか騒がしいニャね?」


「誰か湯にのぼせたんじゃ無いの?」


 脱衣場の方にてマネとシューの叫び声の後、ガヤガヤと人の声が増えた事に彼女達も視線を送る。


「あらあら、なら大変。私が魔法で冷やしてくるわね」


「ウチもあがるニャ。また後でゆっくりと入るし」


「そう。なら私も一緒に入ろうかしら。ミーシャの言った通り、ここのお風呂場も使えるのもあと僅かだし」


 そう言って三人はお湯から出る事に。


「お風呂が家にあるプルンさんが羨ましいわ。このお風呂場が使えなくなったら、また井戸の水汲みからしなきゃいけないだなんて。はあ〜」


 なら私もとローゼも湯船から出る際、彼女はお風呂があると言っていたプルンの教会の話を出す。


「「ほんとに……。はあ……」」


 お風呂場など一家にあるのが当たり前な前世でも、この世界で庶民が家にお風呂場など贅沢な品物。

 家に風呂が無い三人は大変な水汲み、そしてお湯を沸かす為の労働を考えるとため息を漏らしてしまう。


「ニャら、皆ウチの教会に入りに来れば良いにゃ!」


「「「!!」」」


 プルンの住む教会のお風呂場はミツが物質製造スキルで造りあげた品物。

 五右衛門風呂のように井戸から水を組み上げ、風呂に貯めた水に火を通す訳ではない。

 実はミツが造ったこのお風呂の横に、大きな箱が置かれている。

 子供達やプルンはお風呂に入るための只の足場だと思っているが、実はこの箱の中身はミツの分身が数人で作った火と水の魔石がぎっしりと詰め込まれていた。

 プルンの母であるエベラには中身が魔石であることを伝え、前もって彼女には魔力がある事を鑑定にて知っていたので、彼女が箱に魔力を流す事により火と水の魔石が共に発動。

 箱を通してお湯が出てくる給湯器の仕組みを作っていた。

 エベラは流石に驚いていたが、ミツ自身が風呂に入りたいと言う欲も彼女に伝えたので魔石の箱を置いておくことを承諾している。

 今のプルンなら箱の中身を知れば湯をいつでもはれるので、これを知るときには彼女もお風呂に入るのも楽しみとなるだろう。

 

 さてさて、脱衣場で前を布で隠しているとはいえ、裸の女性達に頑張って盗難されそうなお客の下着を取り返したことを弁解しているミツであるが、女性たちを前にテンパり過ぎた彼の説明にまだ納得できていない彼女達であった。

  

「本当なんです。背丈はこれぐらい、髪は短くて、少し身体はふくよかな女性がいたんですよ。自分が声をかけた時にこのパンパンに膨れた鞄を持ってたので声をかけたら逃げてしまって」


「なら、何で坊や以外にその女の姿を見てないんだい? 不思議じゃないか。お前さんが投げたその鞄がぶつかりそうな人も見てないって言ってるよ」


「そ、そんな……」


 弁解の言葉を口にしても、何故かその女性を見た者はいないと周りの証言が出ない。

 不思議と困惑していたところで、救いの声が届く。


《ミツ、先程あなたが目にした人物は、他者から認識を阻害する魔導具を使用しております。ミツの持つ〈龍の瞳〉のスキル効果にてあなたは相手を認識しておりました》


(えっ! ユイシス、それは本当なの!?)


《はい、間違いないかと。また、ミツの言葉を訂正しますなら、あの者は女ではなく男です。今は服装を変え、身を潜めて隠れています》


(なっ!?)


 ユイシスの言葉に、下を向いて驚くミツ。

 彼は直ぐにマップのスキルを発動する。

 マップには赤く点灯するポイントが一つあった。

 マークが赤く点灯していると言うことは、犯人は逆恨みとミツを妬んでいるのだろうか。

 今は逆にそれが目印となって簡単に見つけやすかったのだが。

 逃げたと思われる犯人のポイントにタッチ。

 そしてポイントから表示された犯人の名前、そしてステータス画面が表示される。

 ユイシスの言うとおり下着を盗んでいこうとした者は女性ではなく男性。

 更に窃盗の常習犯だと言うことが表示されている。


「ああ、厄介だね。坊やを泥棒と報告するには忍びないけど……」


 ヘキドナは頭に手をやり、呆れながらミツを衛兵に突き出す話を口にする。

 それに慌て、彼女の言葉を止める様にミツがならば本人を連れてくることを告げる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 分かりました! では、自分が今からその女性。いえ、犯人を連れてきます!」


「ミツ、お前はその逃げた奴を直ぐに見つけられるのかシ?」


「はい!」


 視線を合わせるようにシューがかがみ、彼女の視線とミツの視線が合う。

 真面目な表情のまま自身を見つめられた事に何故か恥ずかしくなり、頬を染めるシュー。

 

「……。ねえ、アネさん。ミツがこう言うなら、その犯人を連れてきてもらうシ」


「……本当に直ぐに連れてくるのかい?」


「勿論です!」


 その言葉を取り敢えず信じると、ヘキドナはミツへと犯人を連れてくることを要求。

 連れてこなかった場合、この場の全員が被害者とギルドに報告すると告げられた。

 流石にグラスランクに昇進したその日に問題を起こして報告されては、自身を信じてランクを上げてくれたネーザンに悪い。

 そう思い、ミツは急ぎ足に犯人を捕まえに出ていく。

 残された鞄の中から取り敢えず自身の下着を回収と、女性達が鞄へと手を伸ばす。

 お風呂場を出る際、後で来ると行っていたポリーと鉢合わせ。

 その場の仕事は彼女にまかせて、ミツが出ていく。


 犯人を追いかける為と、ミツはマップを開いた状態で赤いポイントを探す。

 彼が今いるのは街を少し見渡せる、街の中にある丘の広場。

 

「あの店か……。マップとマーキングのスキルがあって本当に良かった」


 ミツは人混みを避けつつ、目的の人物のいる場所へと走り出す。

 店の前に到着すると、店をやっているのか分からない程のボロボロの店に見える。

 しかし赤のポイントは間違いなくここ。

 ミツは壊れた扉を避けつつ、中に入ることにした。


「はぁ、はぁ、はぁ、……んっぐ。……はぁ〜。クソが、折角獲物がいつも以上に取れるチャンスだったのに。あの番台め。しかも魔導具が壊れるとか、依頼を出すなら不良品を回すんじゃねえよ。ああ、ホント、くそったれが!」


 男は着ていた衣服を脱ぎ捨てると、胸の膨らみを偽装していた茶碗を投げ捨て、どかっと椅子に座りテーブルに置いた酒を飲み始める。

 話の内容からどうやら窃盗の依頼をした人物がいるのだろう。

 男は腕に付けていた認識阻害の魔導具を睨みつける。

 魔導具には起動するために小さな魔石が埋め込まれているが、その色はまだ失われてはいない。

 そう、まだ魔導具の効果は持続している状態でもある。

 だが、念の為に女装をしていたとは言え、見つかってしまってはもう盗みを働くには人の目も厳しくなり、その対策を取られるかもしれない。

 盗んだ獲物ですら咄嗟のことに投げ捨ててしまった事を後悔する男だった。

 酒を飲んで息も落ち着いてきたのか、依頼を出してきた人物に失敗した理由を考えようとしたその時。

 コツコツ、ギシッ、ギシッと店の中を歩く足音が耳に聞こえてくる。

 男は誰だと叫ぶ声を殺し、警戒を高め獲物である武器を入り口の方に向けた。


 そして、入り口に当てられ、見えた手からゆっくりと顔だけを見せたミツ。


「み〜つ〜け〜た〜」


「うっ、うわああああっ!!!」


 男はミツを見た瞬間、恐怖に足を竦める。

 一見、ミツを見ただけで何故そうなるのかと思うだろうが、彼は男を見た瞬間〈威嚇〉のスキルを発動していた。

 レベルも高い威嚇スキルを受けた効果はご覧の通り。

 男は武器を落とし、腰を抜かしてしまう。


「あの短い時間でよくここまで来れましたね」


 今は誰も寄り付かないこの店。

 店主もおらず、男が勝手に住み着いた場所には、今まで誰も足を踏み入れた事はなかった。

 だが、突然異様な雰囲気を出し、思わず腰を抜かすと言う恥ずかしい事をしてしまった男は、目の前の人物に、恐怖を振り払う勢いと怒声を張る。


「だ、誰だおまえは!?」


「えっ? ああ、自分はさっきお風呂場の番台をしていた者ですよ」


「……!? な、なんだと!? 何でお前がここに?」


「何でって、窃盗犯の貴方を捕まえに来たんですよ」


 理由を求めてきた男に、ミツは今から貴方を捕縛しますと伝えると、男は一度顔を険しくする。

 そして、なんの事だと知らぬ存ぜん。


「!? ……せ、窃盗? なんの事だ。お、俺は昼からズッとここで一人で飲んでいたんだ。お前なんか知らないし、盗んだ女の下着なんて知らねえぞ!」


「(口に出してるじゃん……)えーっと。申し訳ないですが、今は貴方の言葉は聞いていられません。気絶させないのは貴方の口から犯行を喋ってもらうためですので。それじゃ行きましょうか」


 ミツは男へと手を伸ばす。

 今だミツが威嚇スキルを発動しているために、男は逃げる事ができない。

 掴まれた襟首をぐっと持ち上げられると、男の首が服にて締まる。


「な、何をする、ぐえっ!」


「喋ると舌を噛みますよ(良かった、これで怒られずに済むな)」


 そう思いつつ、ミツは女湯の脱衣場へと、考えもなしにゲートを開く。

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