第173話 失恋

 緊急招集に集まった冒険者が、ギルドから各自倒したモンスターに応じて報酬を受け取る。

 エンリエッタの指示に従う赤の布を巻いた冒険者達。

 そして、ミツの指示の元に青の布を巻いた冒険者。

 彼らはエイミーから受け取る報酬に不服を漏らしていた。

 いや、その気持ちと不満をエイミーにぶつけているのは、赤の布を巻いていた冒険者達である。


「エイミーちゃん、勘弁してくれよ。折角招集に来たってのに、たったこれだけって……」


「そうだぜ。ナヅキちゃんも見てただろう!? 俺達が急いでここに来た姿をよ」


「は、はあ……」


「確かに私は皆さんが急いで集まってくれたことは知ってますが、皆さんの働きは見てないので……」


 ナヅキとエイミーに泣きつくように報酬の不平不満を漏らす冒険者達。

 彼らの手には、各自銀貨3枚が握られていた。つまり日本円で3千円である。

 だが、反対にワイワイと嬉しそうに報酬を受け取り話し合う冒険者達もいる。

 それが青の布を巻いていた女性冒険者達。 


 彼女達の手には金貨3枚が握らされている。

 露骨な金額の差に文句の一つも出るだろうが、実は彼女達の報酬も実はギルドからは対して変わらない金額が渡されている。

 なら、あのお金は何処から来たのか?

 実は今回、一番の報酬を貰ったのはミツである。

 戦いの戦果を見れば誰が見てもミツが一番モンスターを倒し、農村の人々を救っている。

 勿論他の女性冒険者達もキラーマンティス等の危険モンスターの討伐を行い、功績を見せていた。

 エンリエッタはダニエルと話し合う時間の時に、ダニエルから一つ彼に渡してくれと報酬の上乗せ分の話を受けていた。

 そう、今もアベルの突然の来訪などで忙しいダニエルだが、彼はちゃんとミツの冒険者としての働きを評価していた。

 それは森羅の鏡で見せた映像が決め手かもしれないが、人を救い、近隣の村や街を危機から救ってくれたことに彼が渡す報酬である。

 そして、今回ギルドがミツに渡した金額は金貨10枚。

 ミツはギルドからの報酬は受け取りはしたが、ダニエルからの報酬、彼はそれを受け取ることに1度断りを入れていた。

 確かに人を救い人的被害を出さずに済んだが、それはシャロットから貰ったトリップゲートや、リティヴァールの力にて成長したフォルテ達の協力あって。

 尚且つモンスターの注意を引き受けてくれたヘキドナ達を差し置いて、本人が別に多額の報酬を受け取ることに遠慮していたかもしれない。

 ならばと、エンリエッタは報酬は青の布を巻いた子達で平等分配しなさいと提案をだす。

 赤の布と青の布の冒険者で差は出るも、それは最初どちらにつくかを本人が決めたので文句も言えないだろうとの事。

 エンリエッタは報酬の分配程度で悩んではいられないと、珍しくヘキドナへと後は任せ、ダニエルから言われた分の報酬を彼女へと渡す。

 ヘキドナは最初こそ訝しげにエンリエッタを見ていたが、彼女がこれからやるべき報告の数々に少し顔を引きつらせその場からそそくさと離れてしまった。

 ヘキドナはギルドからの報酬を受け取った娘達に、更に先程受け取った麻袋から数枚づつ金貨を渡していく。

 突然ヘキドナから渡された金貨に驚いていた彼女達も、ヘキドナが説明した事に冒険者達は喜んでその金貨を受け取ることにしたようだ。

 ミツへと感謝を述べる者、そして誰が何を倒したかとその場は話に盛り上がっていた。

 このまま三々五々と解散するのかと思いきや、マネの一言で更にその場が盛り上がることに。


「よっしゃー! それじゃ約束通りグラスランクのミツの奢りで皆で飲みに行くっての!」


「いいっちゃね! 鬼族の酒好きを教えてやるっちゃ!」


「はーい。行く人は挙手してね〜。って、全員か。こりゃ会計が大変な事になりそうね」


「この人数でもママの店なら、席は少し離れてもちゃんと座れるシ。よーし! お前ら、ウチについてくるシ! 好きなだけ飲ませてやるシ! ママの店にある酒を皆で全部飲み尽くすシー!」


「「「おっー!」」」


「ははっ……。お、お手柔らかにお願いします」


 直ぐに飲みに行く気のマネであったが、流石に泥に汚れた衣服で店に行くと、店のママに怒られるそうだ。

 それはそうかと、ヘキドナ達は皆で風呂に行ってから、飲み屋の店で合流する事になった。

 ヘキドナ達がギルドを出ていくタイミングと、リック達がギルドに入ってきた。

 プルンがすれ違うヘキドナに頭を下げると、ヘキドナは彼女の頭をガシガシと激しく撫で、ひらひらと手を振りギルドを出ていく。

 機嫌が良かったのか、それともヘキドナに気に入られていたのか。

 エクレアがそんな姉の光景を見て、私もと彼女はヘキドナの腕に抱きつき媚びていた。


 視線を変えると、シューはリッコ達に飲み会がある事を誘っているようだ。

 少しでも人は多いほうが楽しいと言いつつ、支払いはミツが払うから安心だシとか本人が安心できない言葉を誘い文句のように飲み会のお誘いである。

 リッコ達は知ってなんたるか、シューの誘いを受け取ることにしたようだ。

 これで更にミツの支払うお金が増えた。

 さて、ここまで終われば平和的な終わりであったが、一組の会話が聞こえた瞬間、その場の空気が少し重いような雰囲気をミツは感じていた。

 それは二人の会話に一人の女性が食い気味と、それは二人に問いただすような物言いであり、その女性、ゼリを止めようとルミタが後ろから彼女を止める姿が視線に入る。


「ねえ、どう言うことかしら? 何でリッケ君と貴女がそんなに仲良く話してるのかしら!?」


「ああっ!? アタイがこいつと話そうが別に問題ないってばね。なんだい、それともアタイはリッケと会話もしちゃなんねえのかね」


「そんな事言ってるんじゃないわよ!」


「あ、あの……マネさん、ゼリさん。皆さんのご迷惑になりますので……」


「「ああっ!」」


「いえ……」


 リッケを挟んで、ゼリとマネの間にピリッとした空気が流れる。

 どうやらリッケがギルドに入ってきた時、彼とマネが仲良く話してるところにゼリが入ったようだ。

 最初こそゼリの対応も柔らかかったが、リッケのマネに対する態度や、マネの返しに思うところがあったのだろう。

 ゼリはまさかの危機感と女の勘と後者は当てにならないが、事実珍しくも彼女のそれは当たっている。

 ゼリは久しぶりに再開したリッケと話しもしたいが、この場で流せる内容ではないとマネを追求。

 マネもリッケと話をしたあとは、二人の間に誤解も解け、折角仲良くなれたというのにゼリの物言いに少しカチンと来たのだろう。

 ちなみにマネの中にリッケに対して恋愛感情があるかと問われたら、実は芽生えていたりする。

 それはまだ花を咲かせる蕾状態であるが、リッケは自身の気持ちをマネへと打ち明けていた。

 そう。実はマネとリッケ、友達以上恋人未満の関係に持っていっていたのだ。

 洞窟内でリッケの愛する人と、彼が時折口にしていた理由がそれである。


「おーおー。リッケの野郎、正に修羅場だな……」


「こればっかりは自分達は口が出せないもんね……」


 三人の会話が聞こえてくるが口が出せないと、見守ることしかできないミツとリック。

 

「やっぱり……ゼリ、負けてた……」


 先程までゼリの言葉をを止めていたルミタだったが、マネとのピリッとした空気に逃げてしまったのか、そそくさと後退していた彼女はミツの近くでボソリと本音を呟いてしまう。


「ははっ……。ルミタさん、自分には勝ち負けは分かりませんけど、二人をあのままにもできませんね」


「止める? でも……今のあの二人……牙を出した狼……」


「ああ……山羊を取り合う狼ですか……(そんな話を昔絵本でみたことあるな……)取り敢えず他の人の迷惑にもなりますからね」


 ルミタの脅し的な言葉を苦笑いで受けつつ、ミツは三人の方に歩を進める。


「あの、マネさん、ゼリさん。少しいいですか?」


「なんだい……」


「んっ……」


 ミツが間に入ろうと、二人の険悪とした空気は霧散することはなかった。

 声は低く、しかしミツを睨むのは違うと視線はお互いに相手から外しては居なかった。


(さて、ここで自分があれこれと言っても焼け石に水。ここはリッケの言葉が一番聞くかな)


「お二人で言い争う様に話してますが、それはリッケが中心とした話ですよね? なら、何故リッケの言葉を遮り、彼の話を聞かないんですか? ほら、リッケ。君がハッキリと言わないと二人の話は終わらないよ。しっかりとしなきゃ」


 後ろに下がってしまっていたリッケの腕を引き、二人の前に立たせる。

 その際、些細であるがリッケに対して心を落ち着かせる〈コーティングベール〉を発動。

 ミツに尻を叩かれる思いと、リッケの瞳が強く二人を見る。


「は、はい……。ゼリさん、どうかマネさんにそう言った物言いは止めてください。マネさんは僕の……」


「リッケ」


 少し言葉がもごもごとした発言であったが、リッケのマネに対する気持ちをゼリは見抜いたのだろう。

 本人から直接気持ちを聞かされては、ゼリも言葉を失ってしまう。


「リ、リッケ君!? そ、そうなのね……。あーあっ、駄目だな。いつも戦いとかは勘が外れるのに、こう言うことは分かっちゃう自分が嫌になっちゃうよ」


「ゼリさん、あの……。ごめんなさい」


 リッケの最後の言葉は何に対しての謝罪の言葉だったのか。

 目に見えないナイフをまるで心臓に刺された気持ちに胸が痛くなるゼリ。

 彼女は奥歯を強く噛み締め、目尻に溜まりそうな涙を、笑顔を作り笑い飛ばす。


「ううん。良いの。私はリッケ君と仲良くしたかっただけだから! 貴女もごめんね。突然声を出しちゃって」


「お、おう……。その、なんだ……」


「アハハハ。もう、二人とも止めてよそんな顔するのは。そうだ! 貴女、マネさんって言ったわよね。私とお友達になってよ」


 ゼリはマネの手を取り、強く握りしめる。

 マネは自身よりも小柄な女性から伝わる強い力と気持ちに言葉をつまらせてしまう。


「あっ? えっ、ああ、アタイも友人ぐらいなら別に構わないってばよ」


「ありがとう……。あっ! そうだ、私ちょっと用事があったんだ。後でお店には行くから、二人ともまた後でね!」


 バッと振り返り、駆け出そうとするがゼリの前にルミタが立つ。


「ゼリ、ええっと……」


「ルミタ、今は……ごめんね」


「ゼリ!」


 勢いつけてギルドの扉を開け、外へ駆け出すゼリ。彼女の後ろ姿に誰も声をかけることができなかった。

 暫し沈黙に包まれる室内、シューがマネを見つつ、口を開く。


「あ〜あ。あの子泣いてたシ」


「えっ!? シュー、あ、アタイのせいだって言うのかい!?」


 シューの言葉を受け、マネは周囲の視線が自身に集まっていた事に気づき、慌てながら言葉を返す。


「いや、誰が見てもマネが原因だシ」


「いえ、シューさん。マネさんは悪くありません。僕が二人が言い争いを始める前にちゃんとゼリさんに説明すればよかったんです……」


 リッケが間にマネのフォローと言葉を入れるが、当の本人もこの落ち込みようである。

 シューは気持ちを切り替え、取り敢えず話を続ける。


「……ふぅ。君とマネの話は後で聞くとして、マネ、取り敢えずウチ達も風呂に行くシ。ミツ、店の場所は覚えてるかシ?」


「はい。前に行ったブラックタイガーってお店ですよね?」


「うん。じゃ、ミツ達も夕方の鐘がなる頃に来るシ」


「はい(ゼリさん、大丈夫かな? 一応マーキングを付けてるからマップを見れば探せるけど……。はあ、弱った女性を狙う男ってのは何処にでも居るんだね……)あの、ルミタさん」


「何?」


 ミツは側にいるルミタに話しかけつつ、ゼリ達のやり取りを見ていたであろう他の冒険者へと、注意を向けていた。

 先程のリッケ達のやり取りを痴話喧嘩と嫌悪に視線を送る者は勿論いた。

 しかし、ミツはその中に何故か不敵な笑みをゼリへと向け、何やら良からぬ話し声とその内容に彼は眉間にシワを寄せた。

 

 ギルドから勢いよくも飛び出し、その後本当は予定もなく意味もなく街中を歩くゼリ。

 彼女の目からはボロボロと涙がこぼれ、涙を拭っていた彼女の服の袖がじっとりと濡れてしまっていた。


「うっ……うっ……リッケ君の莫迦……。はぁ……莫迦はいいけど、お店に戻るって言っちゃったしなぁ……。どんな顔して二人の前に顔を出せばいいのよ……。……はぁーー。あのさ、今は一人になりたいんだけど。それで、振られた女でも口説く気なの!?」


 ゼリが大きく一度ため息を漏らし、キリッとした視線を路地の方へと向けると、そこから三人の男が姿を見せる。

 身なりを見る限りでは彼らは冒険者であろう。


「おっと。気づかれてたのか」


「へへへっ。お姉ちゃん、さっきは辛かったろう。お兄さん達がその傷ついた心を癒やしてあげるから一緒に飲みに行かねえか」


「へっ! 誰がお兄さんだよ。餓鬼がいたら成人しても可笑しくねえ歳のくせによ」


「ちげぇねえや」


「「「ギャハハハハッ」」」


 男達は酒でも飲んでいたのか、顔は少し赤く、酔っぱらいのようにくだらないことに高笑いをする。

 しかし、その笑い声は今のゼリには不快な声にしか聞こえない。


「悪いけど貴方達は私の好みじゃないの。残念だけど他を当たってくれない」


「まーまーお姉ちゃん、そんな邪険にしなくてもよー。おっ? お前さん、弓を扱うのかい! 実は俺も弓が得意でね」


「ちょっ! 勝手に触らないで!」


 男の一人がゼリが背に持っている弓を奪い、勝手に弦を引いたりする。

 その行為に怒り奪い返そうとするゼリの隙を突き、彼女の腰に携えたナイフを起用にも奪う別の男。


「おや? お姉ちゃんはナイフも扱うのかい! 俺はナイフ裁きは有名でね。モンスターの素材も簡単に剥ぎとっちまうんだぜ」


「なっ!? 貴方達! いい加減に……!」


 油断していたとは言え、突然二つも自身の武器を奪われたことに激昂するゼリ。しかし、自身に向けられる気味悪い視線と、男達の口から漏れる笑い声が彼女の危機感を上げる。


「おやおや、武器も持たずに何をする気だいお姉ちゃん? グフっ。うへへへ」


「くっ!」


「へへっ。おっと、手が滑ったぜ! くっ、はははははっ」


 弓を奪った男は白々しいセリフを吐きながら、男はゼリの弓へと力を入れ、ボキッと割ってしまった。

 割れた弓をゴミのように捨て、それがツボに入ったのか、男はまた高笑い。


「なっ! ふざけるな! よくも私の弓を! 本当に最低」


「馬鹿野郎! お姉ちゃんの武器だぞ! 大切に扱ってやれや。すまねえな姉ちゃん。変わりの弓をオレっちが買ってやるからよ、一緒に武器屋にでも行こうじゃねえか」


「悪い悪い。俺も悪気があってしたことじゃ無いんだから許せや。ほら、こんな物より新しい弓を買ってやるって言ってんだ、ついてこいよ」


 男の一人がゼリの腕を強く握り、無理やり連れて行こうと彼女を引っ張る。

 抵抗するにも相手は冒険者をやっている男。

 酔っぱらっている為に力加減ができなかったか、ゼリの腕に痛みが走る。


「痛っ! 触るんじゃないわよ!」


「!」


 ゼリは抵抗を見せ、自身の腕を掴む男の顔へと平手打ちを与える。

 酔っぱらいの男にはゼリの動きに反応できなかったのだろう、バチッんと音を鳴らし、彼女の腕が男から離れる。


「ヒュ〜。お姉ちゃん、暴力はいけねえな。俺達は親切にお姉ちゃんの買い物に付き合ってやるっていうのに。それを……」


「くっ! なっ! 放せ! 止めろ!」


「うひよ〜。柔らけえぜ」


 ゼリが抵抗を見せた為、他の男がゼリの背後に周り、彼女を羽交い締めにする。どさくさに紛れ、彼女の身体を触り、男は変態まがいな行いをしていた。

 頬を殴られた男の酔が少し覚めたのか、男は口の中に走る痛みにゼリを睨みつける。


「痛えな……。見てみろ口の中が切れちまったじゃねえか。このあまが!」


「ぐはっ! くっ……」


 男は怒声を張り、ゼリの腹部へと一撃拳を入れる。その一撃は男が怒り任せに振るった一撃なだけに、ゼリの意識を少し飛ばしてしまう程。


「おいおい、楽しむ前に潰す気かよ」


「ああっ? 殴られたから殴り返しただけだろうが!」


「クソッ! あんた達、絶対にギルドに報告してやるからね!」


「ちっ! 五月蝿え! だったらお前が喋られなくなれば問題ねえだろ!」


 彼女の言葉に逆上した男はまたゼリへと拳を入れる。


「ガハッ! なっ、何を!! ぐぅ! や、止めて……。ゴハッ!」


 一発、二発、三発と、拳がゼリを襲う。

 彼女の身体に痣ができるであろうと分かる程の痛み。ゼリは怒りから次第と恐怖に彼女の目には涙が流れる。

 乱暴に殴られた為にゼリの鎧が外れ、彼女の胸を見た瞬間、ゼリを羽交い締めしていた男が彼女を殴る男の腕を止めた。


「おい、そろそろ止めとけ。少し殴りすぎだ。ゲヘヘ。いい胸してんじゃねえか。こりゃ楽しめそうだぜ。って、ぐはっ!!!!」


 ゼリを羽交い締めしていた男は下卑た笑みを作り、彼女の胸へと手を伸ばす。

 その瞬間、男の視界が一瞬真っ黒になったと思いきや、男の顔に走る激痛と衝撃に吹き飛ばされてしまった。 


「何やってんだ、ボヘっ!!」


「なっ! 何だ!? お前らどうし、ごへっ!」


 ゼリを掴む手を離した事に声を上げた男も、続けてゴロゴロと地面を転がる勢いに飛ばされてしまう。

 ゼリを殴っていた男は二人が突然何かに吹き飛ばされたと一瞬身構えようとするが、それは意味をなさず、彼も先に吹き飛ばされたと二人の様に吹き飛ばされてしまう。

 大人の男が大きく吹き飛ぶ姿は、それはまるで闘牛に吹き飛ばされた光景と似てるかもしれない。


 何が起きたのか混乱する彼女に駆け寄る青年。

 

「大丈夫ですか、ゼリさん!」


「うっ……」


 彼女は顔を殴られ、下げていた顔を上げると、目の前には心配そうに自身を見ているリッケの顔が目に入る。


「良かった。すみません、もっと早くにこれたらこんな事には……」


「リ、リッケ君……。 あ、あっ!? み、見ないで……」


 ゼリは自身のはだけてしまった身体に腕を回し、また顔を下げる。


「す、すみません。ですが、ゼリさん、殴られたんですよね。治療させてください」


 俯いたままのゼリに向かって、リッケは彼女の顔に掌をあてがえ回復をかける。

 傷がそれ程大きくなかったのか、それともリッケの回復力が高かったのか、リッケの掌から出ていたヒールの光はすぐに収まり、ゼリの傷を治す。


「ゼリ!」


 また、ゼリの仲間たちも彼女を心配と駆け寄る。


「ルミタ……。皆も……どうして」


「どうしても無いよ。あんたが突然出ていったと思ったら、あの子が私達をここまで連れてきてくれたんだよ。そしたら……。良かった! ゼリ」


「あの子……」


 彼女を強く抱きしめる仲間の一人が顔を向ける先には、ミツ達が先程吹き飛ばされた男達を拘束し始めている姿があった。


「おい、シュー! こいつらを縛る縄をくれっての」


「えっ! 縄!? と、突然そんなこと言われても困るシ!」


「はい、シューさん。この紐を使って下さい」


「おおっ! ミツ、ありがとうだシ。おら、お前ら、大人しくしやがれ! お前らはこのままギルドに突き出してやる!」


「もっとキツく縛るニャ!」


「逃げられないように全員の足も縛るわよ」


「シシシッ。言い訳ならギルドに居る怖いエンリの前で言うシ。そっちの娘は大丈夫だったかシ?」


「はい、ありがとうございます。傷も治しましたので大丈夫だと思われます。ミツ君、ゼリさんの気持ちを落ち着かせてもらっても良いですか」


「分かった、そっちに行くね。リック、紐で縛るのは良いけど首は駄目だよ。そんな事したらこの人達が死んじゃうからね」


「へっ! 女を殴った奴らだぞ! このまま吊るされても誰も何も言わねえよ」


 ミツがアイテムボックスから取り出した〈糸出し〉スキルで作っていた紐を使い、プルン達が男たちを縛り上げていく。

 抵抗するにもマネに強く地面に押し付けられた男は動くこともできず、耳元でシューに冒険者としての終わりの宣告を告げられ震えていた。

 性的行いが未遂とは言え、冒険者が街中での暴力行為は厳しく厳罰が下される。

 それが一方的な私利私欲を満たすことを目的とした行いなら尚さらに。


「皆で……来てくれたの……。でも、あの人まで、何で……」


「ゼリさん、すみませんが少し触れますよ(コーティングベール)」


 恐怖に震えていたゼリの心が、ミツのスキルで落ちつかされる。

 ゼリの視線の先にはマネの姿。 


「全く、姉さんの言うとおり、野郎ってのは莫迦野郎ばっかだね。……大丈夫かい」


「あ、ありがとう……。助かったわ……」


「ああ、間に合ったようで良かったっての」


「でも、何で分かったの? 私がここに居ること」


「シシシッ。ミツに感謝するシ。お前が飛び出した後に、こいつらが直ぐに出ていった事をウチらに教えたのはミツだシ。それにここまで案内してくれたのもね」


「そ、そうなのね……。ありがとう、本当に助かったわ」


「いえ。ゼリさんを直ぐに見つけられたのは運が良かったんです」


「そうか? それにしては真っ直ぐにここに着いた気もするけどな」


「まぁまぁ。気にしない気にしない」


 ミツは聞き耳スキルにて男達の下卑た計画を拾っていた。

 朝まで酒を飲んでいた三人は緊急招集に間に合わず、またギルドに隣接している酒場で飲み続けていたところ、ゼリの様子を遠目にて見ていたようだ。

 ゼリの容姿は美人とは言わないが、男の性欲を満たすには十分な魅力を彼女は出している。

 そんな彼女がリッケに振られた事をよしと、男達はゼリを襲う話しをしていた。

 彼女をそのままにしては危険とミツは直ぐにルミタやリッケに話すと、それを驚きに皆はゼリを追いかける事にした。

 男達が逃げないようにと、一応今いる路地裏の通路の反対側からも他の冒険者、ライム達が挟み撃ちと向かってくれている。

 ゼリにはマーキングスキルを付けているが、男達にそのスキルを付ける前と酒場から出ていってしまう。

 ミツ達は近くまでトリップゲートで移動、その後直ぐにゼリを発見。

 彼女が男達に殴られていると分かった時、真っ先に駆け出したのは実はマネであった。

 彼女は拳一つで男を吹き飛ばし、続けてリックの盾スキルにて二人を吹き飛ばしている。

 そして最後もマネの攻撃にて男が見事に吹き飛ばされていた。 

 マネはミツの支援と笛スキルの効果はまだ持続していたのか、彼女の攻撃は計り知れない物に違いなかったろう。

 顔を殴られた男の顔はピクピクと痙攣し、歯のいくつかが地面に転がっている。

 痛々しい姿だが、自業自得と彼らにはエンリエッタの指示が来るまではミツ達が回復をすることはない。

 

 少しするとライム達、道を別れていた冒険者達と合流。事情を説明するためと、ミツはギルドにゲートを繋ぎ、エンリエッタを呼ぶ。

 事情を説明すれば、エンリエッタは男達に冒険者カード剥奪宣言をその場でしてしまう。

 どうやら男達は今回の事件の他に様々な問題がギルドに報告されていたようだ。

 積み重なっていた悪評にプラスして今回の暴行事件。

 男達は冒険者ギルドの職員にではなく、街の警備兵に連行される。

 

 男達は捕まったがゼリの心には深い傷ができてしまった。

 そんなゼリを気づかってか、マネはゼリを誘い臨時の風呂場へと彼女を誘う。

 気乗りしなかったゼリだが、男達に触られた所を洗い流したい気持ちもあったのか、彼女だけではなく、心配とルミタ達も同行する事になった。

 折角ならミツ達も一緒に来るかとシューのお誘い。

 風呂場での出来事を思い出したのか、ミツを見るプルン達の視線が凄く険しくなっている。

 解せぬ。


「じゃ、お風呂から上がったらそのままお店で待ち合わせだシ」


「はい。考えたらここから近いですよね、ブラックタイガーのお店」


 ミツが飲み屋街の方へと視線を向けると、数件先に以前訪れたお店、ブラックタイガーが目に入る。


「シシシッ。風呂上がりの酒が楽しみだし。ミツ、ちゃんと肩まで浸かって温まってから出てくるシ」


「お風呂は好きなんで大丈夫ですよ」


「それじゃ、皆行くシ!」

 ぞろぞろと連れ添って女性冒険者達がお風呂場に移動。

 ミツ達は男三人での入浴である。

 

「こんにちはリンダさん」


「おや、坊や? 今日はどうしたんだい?」


「いや、風呂場に来て風呂に入る以外にする事あるのか?」


 臨時の風呂場の入り口。

 リックはリンダの言葉に呆れ口調に言葉を返すと、それにリンダは高笑いで返す。


「はっははは! 確かに、そっちの坊やの言うとおりだね。はい、三人分ね。今なら男湯は空いてるからゆっくりできるよ」


「そうなんですね。じゃ、ゆっくりとさせて頂きます」


「あいよ。……あっ、坊やちょっとお待ち」


「はい?」


「カートがあんたが今度来たときに話があるって言っててね」


「カートさんが? 分かりました、後で顔を見せてきます」


「ああ、伝えたからね」


「カートさん、自分に話ってなんだろう?」


 以前同様に、リックとリッケは衣服は汚れていないので、衣服を預けずそのまま入浴。

 ここは冒険者などがよく利用するため、衣服などの洗濯サービスを行っている。

 ミツも今回はそれほど汚れてはいないので預けることはないが、風呂場のボイラー室にて働くカートの所へと風呂に入る前と足を向けることにした。

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