第172話 兄弟の会話

 モスキーの群れ、そしてモスキートングに襲われていたアベルたちを救い、彼らの前にメゾの翼を背中に付けたミツが降り立つ。

 バロンがミツに対して剣を向けたことに、周りの兵達も剣先を向けてしまう。

 その時、ミツは出会い頭に魔法を連発した者に警戒するのは当たり前と諦めた気持ちでもあったが、今ミツの翼となっているメゾは怒髪天の如くミツの中で怒を顕にしていた。

 

(マスターに対する不敬な振る舞い! マスター、どうか私めにこの愚かなゴミ共へ裁きの光を下す許可を!)


(いや、駄目だからね)


(マスタ〜)


 ミツが心の中でメゾの言葉を即却下と返答していると、バロンとアベルが兵に道を開けさせミツの前に出てくる。


「引け! 殿下の道を妨げるではない!」


「……」


 ミツの前に姿を見せた二人の男性。

 アベルとバロンである。

 バロンは剣を抜いた兵達へと手を振り剣を納刀させる。

 兵達の剣は納刀されたが、兵達の手はいつでも剣を抜ける位置にあることをミツは気づいている。


「私はセレナーデ王国より使者としてここに来た。アベル・アルト・セレナーデ。君の働きに先ずは感謝を伝えるよ……。予定としていた目的も果たす前と、無駄死にしてしまうところだった」


「いえ、お怪我もなさそうですね。間に合って良かったです」


 アベルは自身がセレナーデ王国の王子と自身の口で相手に伝えた。

 普通の者ならここで膝を折るか、ひれ伏すのがアベルへの礼儀であった。

 しかし、ミツは膝を折ることも、頭も下げることもせずに、気にせずとアベルへと言葉を返す。

 そのミツの対応に怒りを見せたのはアベルやバロンではなく、周囲を護衛する兵たちであった。


「貴様! 誰に向かってその口の聞き方を!」


「殿下に向かってその態度は何だ!」


「膝をおらぬか、膝を!」


 兵達は各々とミツヘと強い罵声をかける。

 警戒する対象の態度に、また剣を抜こうと剣の柄に手を添える者もいた。

 しかし、アベルがほんの少しだけ手を振れば兵達は忠実な犬の如く唸り声を止める。

 だが、彼らの視線からは、警戒と怒りを感じるミツ。


「よい……。少年……。貴殿の名をもう一度聞かせて欲しい……。そして、君はカインと言う名を知っているかい?」


「はい。改めて名を名乗らせていただきます、アベル様。自分の名前はミツ。ライアングルの街にて冒険者をやっております。まだ貴族様との会話は苦手でありますゆえ、会話にご不快を感じるかもしれませんが、どうかお許しを。はい。カイン様なら存じております。あちらの方に丁度来てますのでお会い出来ると思いますよ」


「そうか……。やはり君が……」


 アベルは目の前にいる少年がミツだと言う事を認識し、隣にいるバロンに少し顔を向け、視線を送る。

 バロンもミツのことを知っていたのか、コクリと頷きだけを返していた。

 そんな二人の行動に疑問符を浮かべるミツ。


「?」


「なっ!? カイン様が近くに……。小僧、それは虚言ではなかろうか!」


 ミツが顔を向けた先、そちらに視線を送るが街道が続くだけで何も見えない。

 兵の一人がミツに対して問いただすが、ミツは目を伏せ、兵の問には言葉を返さなかった。


「……」


「おいっ! 答えぬか! やはり虚言であるか!?」


 ミツの態度に更に声を荒らげる兵。

 それに続くように、チラホラとミツの言葉が虚言と言い切る声も聞こえてくる。

 だが、その言葉を止めるようにミツが発言した言葉は、貴族兵の彼らの思考を一時的に止めてしまった。


「すみません、名も礼儀も知らぬ人とは話したくないので。まあ、自分が礼儀に対して物事を言うことは変ですけど、最低限の事もできない人と関わりたくもないので」


「なっ!」


 王子であるアベルの兵となれば、彼らは上位貴族の長男や次男ばかり。

 貴族としての考えが強く根付いた彼らにとって、自身を小馬鹿にするミツの発言は聞き捨てならない発言であったろう。

 訓練された兵だけに突然襲い掛かってくるような非常識な人は居なかったが、ミツは警戒する対象から、彼らは完全にミツを貴族の敵と判断していた。

 そこにズンッと1歩前に出るバロン。

 彼が前に出たことにミツに向けられていた嫌悪感が少しだけ減り、逆にバロンがミツに対して何か言ってくれるだろうと期待する者の視線をバロンへと向ける者もいた。


「ならば、不躾な部下に変わりに私が名を名乗ろう。我はバロン。バロン・アスリー。セレナーデ王国、騎士団副隊長であり、アスリー侯爵家の者である。改めて問いたい、貴殿の言う方角に間違いなくセレナーデ王国のカイン殿下がいらっしゃるのだな」


 ミツはバロンの挨拶に嫌味や嫌悪感を感じることがなかったので、ここは大人の対応として礼儀をもした挨拶を返すことにした。


「お答えします。失礼な物言いに、バロン様へと先に謝罪いいたします。はい、カイン様とご一緒にマトラスト辺境伯様、ダニエル様がいらっしゃいます」


 ミツが改めて街道の先へと指を指す。

 方角的にはライアングルの街がある方角なので、目の前の少年の言葉は嘘ではないと判断したのか、バロンは近くにいた兵へと指示を送る。

 それは率先するようにミツの不敬な態度に嫌悪な視線を送っていた数名である。


「……っおい」


「はっ!」


「確認の為だ、お前と、お前と、お前。調べて来い」


「……はっ!」


 バロンから指示を受けた兵は、ミツが告げた方角へと馬に乗を走らせる。


「すみません、お気を使わせたようで」


「ふっ、構わぬ。これは貴殿がアベル様を守った分の貸しを返したまで。それに、あの者たち同様、他にも貴殿に警戒する者はまだおる。勿論この私もな……」


「はい、十分に承知しています。では、自分はこれにて……」


 自身はまだ警戒されている。

 それを理解しているミツはその場から早々と立ち去ろうと踵を返すことにした。

 しかし、その場から去ろうとしたミツをアベルが呼び止めた。


「待て。ミツとやら、すまぬが貴殿に頼みがある」


「?」


 出会って間もない人に、いきなり頼み事と言うのは王子様なら当たり前なのだろうか?

 そんな事を思いつつ、ミツはアベルの方に向き直る。


「私をカインの元に連れて行ってはくれまいか」


「……!? 殿下!」


 バロンは一瞬驚きの顔、そして険しい表情に変わりアベルを諌めるように言葉を挟む。

 ミツは何度も説明しているが、街道を真っ直ぐに進めばカインがいる事をアベルへと伝える途中、アベルの視線は街道の先ではなく、ミツから視線を外してはいなかった。


「はあ……。道案内も何も、この道を真っ直ぐに行けば……。承知しました。アベル様のご希望なさいますなら、自分がアベル様をカイン様の元にお連れいたします」


 その視線に気づくと同時に、ここに王族が来た理由もミツ自身も何となく感づいたのだろう。

 アベルの望む通りと、彼はアベルをカインの元へ送ることにした。


「……頼む」


 ゴーゴーと炎が空気を飲み込みつつ激しい音を鳴らし、パチパチと木々が破裂した音、またドシンと倒れる音を聞きつも、その光景を見ていたカイン達。


「おっ、見てみろマトラスト。ようやく火がおさまるようだ」


 遠くに離れていると言うのに、肌に触れる熱気がしだいとおさまり、頬を撫でる風が心地よく感じた頃に、カインが燃える森の方角を見つつ言葉を出す。

 側にいるマトラストはカインの言葉を聞き流しつつ、ミツの事を考えていた。


「……厄介な者ですな」


「……ああ。お前の言いたいことは分かる。あれだけの広さの森と村、それをまとめて焼き払うあの者の力は脅威だと……」


 カインはマトラストの言葉の意図を直ぐに理解し、本人は居ないが空に飛んでいる天使の姿のフォルテ達へと視線を向ける。


「はい……。殿下、一つ。あそこに我々の軍がいたとします。彼が一人手を下せば、我の軍は軍議や食をする前にあの壁に囲まれ一網打尽と全滅いたします」


 マトラストの言葉にカインだけではなく、彼らを守る護衛兵達に緊張が走る。

 先程から見ていた〈双竜〉スキルの火の竜と〈ダークフレイム〉スキルで出した顔に見える炎に、兵達は顔を隠したヘルムで表情はわからないが、彼らは歯を鳴らす恐怖に襲われていた。

 追い打ちをかけるようなマトラストの言葉に、カインは目を細め、少し睨みつけながら声を出す。


「ええい! そんな事、いちいちお前に言われなくとも理解しておる……。しかも先程のあれだ……。……。マトラスト、あの者……いや、あのお方はもしや……。神の御使い殿ではないのか……」


 ミツが森へ向かう際、突然出した精霊のフォルテ達。

 彼女達は豊穣神であるリティヴァールの力を与えられた事に、言葉を発し、戦える姿と形を変え、誰が見ても見た目は美しく、そしてミツ本人も天使と思う姿を見せている。

 カインはゆっくりと視線を上にまた向け、少しだけ言葉を震わせながらマトラストへと自身の今の気持ちを打ち明ける。


「ハッハハハ。殿下もまれに上手いご冗談をおっしゃいますな。ここに巫女姫がいれば、その言葉にあの者は喜びと、少年と顔を見合わせるたびに祈りを送るかもしれませぬな。ふむっ……しかし、殿下のお言葉はごもっとも……彼の力は既に人の力を超えておりますな。まあ、ダニエル殿も以前同じような事を彼に問うたそうですが……」


「奴の返答は……」


「……本人は人だと言いきったそうです。ならばそれは素直に受け入れましょう。ですが、あの力を他国に渡してはなりませぬ。特に……彼を戦争の道具として扱う国には」


「ああ……。あの者がそちらに道を進むなら、人、獣人、エルフ、魔族が繋がる今のバランスが消える……。帝国とではなく、その三国のどれかと戦争が始まる……」


 先程カインが口にした帝国。

 それはセレナーデ王国より更に北部にある国である。

 その帝国の名はノアグランド帝国。

 人はその国を大帝国と呼んでいる。


 昔、ノアグランド帝国とセレナーデ王国は幾度もの領地を奪い合う戦争が起きていた。

 奪い、奪い返しその度に人は相手を傷つけ、そして命を奪い続けていた。

 帝国の領地は広大に広く、人や物資は底無しの強国。更に自国の領地を広めようと南部にあるセレナーデ王国に攻めるノアグランド王国。

 当初、帝国は強者を集め、万の馬、万の兵をあつめ、セレナーデ王国を数日で攻め落とす気構えでいた。

 しかし、セレナーデ王国が一部の領地を渡す条件と、ノアグランド帝国に一時的な停戦を出す。

 帝国は一時的な時間稼ぎとそれを承諾。

 だが、その一時的な停戦が数年と言う停戦を引き起こす。

 セレナーデ王国は一部の領地を失いも、この長い平和の時を結びつける事に成功していた。

 では国は何をしたのか? それは、今セレナーデ王国が友好を結んでいる、ローガディア王国、カルテット国、そしてエンダー国の、四国同盟の設立が決め手であった。

 

 ノアグランド帝国とセレナーデ王国の間には集団的に移動には不向きな渓谷がある。

 どんなに集団を相手国に送り込もうと、狭い道ではその数を活かす戦いができない。

 ならば渓谷を避け、大きく迂回するも東は海であり、西は樹海。

 東はローガディア王国であり、西はカルテット国が近い。

 またどちらが攻められようと、セレナーデ王国、エンダー国が攻められた国へと援軍を出し、加勢へと向うだろう。

 この四国同盟があるからこそ、ノアグランド帝国はセレナーデ王国に攻める手を止め、今は戦争が起きていない停戦状態が続いている。

 

 ミツの存在は、この四国同盟を壊してしまう恐れがあるという大きな危険性がある。

 この考えは二人だけではなく、ミツの力を知る者たちは胸の中で不安と抱えていた。


 そんな事も露知らず、カイン一行が移動する前の場所にトリップゲートが現れ、ミツがゲートから姿を見せる。


「おっ、彼が戻ってきたようですな」


「全く、マトラスト、俺はあの者の行動はサッパリと理解できぬ!」


「ご安心ください、恐らく多数の者が同じ言葉を返すでしょう」


「何にも安心できんわ! 今度は何をやらかす気だ! 神話の天使を出したのだ、これ以上我々が驚く事などあるま……い……。わおっ……」


「……殿下」


 ゲートから姿を見せたミツ。

 彼の姿に、その場にいた全ての人達が目を見開き驚く。

 それは彼の背中に先程まで無かった白く美しい翼がバサリと一度羽ばたきを見せ、キラキラと光る羽を周囲に散りばめた事だろう。


 更にミツがゲートを潜り抜けたのち、その先から誰かを招くように手を差し出すミツの姿。

 カイン達はまた村人でも連れてきたのかと思っていた。

 しかし、ゲートを潜り抜けてきた人物は、農村の村人のような服を着た人物ではなく、自身の護衛につけている兵と同じ鎧を着た者。

 それが一人、二人。

 恐る恐るとゾロゾロと出てくる兵の数に、カイン達は口を開き言葉を失う。

 ミツがゲートの大きさを変えると、次は騎兵がゾロゾロと出てくれば最後に見覚えのある旗を掲げた馬車がゲートから出てきた。

 その旗に刺繍された模様と旗色を見て、一人の兵が声を上げる。


「報告します! アベル様一行の騎兵部隊を確認しました!」


 その言葉に、その場の全員が信じられない気持ちと襲われていただろう。


「ああ。見えておる。あれは間違いなく兄上の騎馬部隊の旗だ……」


「早速彼はとんでもない事をやらかしましたな」


 ゲートから出てきた騎兵部隊は隊列を組み直し、カインの方角へと馬を進ませる。

 その光景を見ていたカイン達は、ミツのトリップゲートがあれば、目の前の騎兵部隊を他国へと簡単に送り込むことができてしまう。

 危機感と驚愕に、近づく兵は同じ国の兵だと言うのに、カインを守る兵達は恐怖に襲われていた。


「あの者を止める者を早々に作らねば、文官の爺共の数人が驚きすぎて高みに行くぞ」


「殿下、何をおっしゃいますか……。いや、本当にそれが可能なら、口五月蝿く自身の欲の為に動く者の前に、私は喜んで彼をその者の前に差し出しますぞ。登った瞬間、少年を下げればよいのですから」


「お前な……」


 マトラストは自身の気を紛らわす為にと、やりもしない事を口にしている。 

 次第と距離を縮めるアベルの騎兵部隊。

 マトラストは周囲を見渡した後、視界に入った農村の村人を退けさせる。 


「民衆を下げさせろ! カイン殿下の兄上、アベル様のおこしだ」


「兄上……。何故貴方が……」


「十中八九、彼が目当てでしょう」


「止められぬのか……」


「殿下……目の前に来て帰れとも言えますまい」


 騎兵が並び、それに合わせ兵が動きを止める。

 馬車の扉がゆっくりと開けられると、中からは予想通りとカインの兄、アベルが姿を見せる。

 アベルはカインの前に立ち、笑みを作り言葉をかける。


「やあ、カイン。久しぶりだね」


「はい。アベル兄上もお元気そうで何よりです……。あ、その……。兄上、馬車での長旅、お疲れ様です……。早馬を出していただけたなら、こちらからも迎えを向かわせましたのに」


「いや、急ぎ馬を走らせたからそんな長旅ではなかったかな……。カイン、どうしたんだい? 私達は兄弟、いつもの話し方で良いんだよ?」


 開口一番と、カインはアベルに恭しく挨拶を交わす。

 しかし、カインの視線は無意識とアベルを背いてしまっている。

 いつもの話し方とアベルは口にするが、実は二人がこうして対面に会話をするのは記憶に忘れるほどかなり前の事である。

 アベルが成人後、もう一人の兄と王位争いを始め、カインは意図的に二人の兄と距離を置くことになってしまっていた。

 兄弟の再開に、こんなにも空気が重く感じる物なのだろうか。

 いや、この空気の重さの原因は風に乗って来る炎の熱気であろう。

 アベルは森との距離が近くなったことに、森を囲む土壁に視線を向けていた。

 その内側で熱い熱気を出しつつ、未だに何かを燃やす音が聞こえてくる。 

 アベルは視線をミツへと向け、カインへと会話を振る。


「……」


「いや〜。それにしても凄いね、あの光景は……。それと、私も初めて体験したけど、ロストスキルとはこれ程の物とは。彼の魔法、これだけの人数を移動させたと言うのに、彼の魔力に底はないのかね……。……ああ、カイン、お前もここに来る道中、立ち寄ったと思う街なのだがな……」


 久し振りに聞いた兄の声。

 カインの思っていた以上に、軽い口調にアベルはミツの話題から振り、ここまで来る道中の大変さを弟に聞かせるように話を続ける。

 兄の話が一区切りした所で、カインが話を切り出す。


「アッハハハ。全く、モズモや皆のあの姿、お前にも見せてやりたかったよ……。んっ……」


「兄上……。何故兄上がこちらに」


「……ただの気まぐれだよ」


「左様ですか……」


 とても二人が兄弟とは思えないこのギクシャクとしたこの状態。

 カインは兄であるアベルが来た理由はミツが狙いだと分かっている。

 しかし、だからと言って自身にアベルを止める方法など無いのだ。


 マトラストの考えでは、本来なら早馬には派閥争いに関係ない者が来る物だと思っていた。

 しかし、馬車の中からモズモが出てくる姿を見たマトラストは、余計な事をと思いつつ貴族的な挨拶を交わしていく。

 ダニエルも上位貴族の伯爵とはいえ、この場での地位は一番した。

 深々と頭を下げ、アベル、そしてバロン副隊長、モズモへと挨拶をしていた。


 大人の会話に入り込む気もないミツが、兵よりも後方に控えるゼクスの方へと歩き近づく。

 彼の姿が目立つ為に、無意識とカイン達もミツを視線で追っていた。

 

「ゼクスさん、すみません」


「はい、ミツさん。如何されましたか?」


「あの、自分があの人達をお連れしたのって不味かったですかね……」


 ゼクスは失礼にならないようにと、視線を王族の居る方には向けず、一度目を伏せる。

 彼はミツの行動を責める事もなく、いずれアベルが屋敷に来るであろうと言う。


「……いえ。あの方々の目的はフロールス家でありましょう。であるなら、遅かれ早かれあの光景をめにします。ですので、ミツさんが気になされる事ではありません。にしても……。ホッホッホッ。ミツさん、随分と派手に動かれましたね。それに……そのお姿」


 ゼクスは真面目な表情を崩し、いつもの笑みをミツヘと向け、その視線はミツの背中に向けられていた。


「そう言ってくれるなら助かります。いえ、色々とためしたかったこともありますし。それにこれですか? これはさっき出した精霊の一人が力を貸してくれまして」


「なるほど、そのような事が……。いや、ボッチャまにもお見せしたくなる美しい羽ですな。正に幻想的とはこの事を指すのでしょうか」


「ロキア君にですか。分かりました。どのみちゼクスさんとバーバリさん、それとセルフィ様には素材の代金をお渡ししなければいけませんので、近い内にお屋敷に伺わせていただきますね」


「それはそれは。ミツさんのお心遣い。誠にありがとうございます」


 ゼクスと何時頃屋敷に伺った方が良いのかを少し話し合う。

 その中、バーバリからの言付けに、約束の品はミツが今度フロールス家の屋敷に来た時にでも、場を作ってくれると連絡も受けた。

 ミツがヒュドラの血をバーバリ、もとい。

 エメアップリアに献上する話は既にその日の食事場で話題となる程に、カイン達は周知している。

 これは共に洞窟探索をした際にミツとバーバリの友好の証でもある事を前置きし、バーバリの相談を受けたミツの善意の形と言う話でカインは渋々と納得している。

 だからと言って、ここでカインがローガディア王国にレジェンドクラスの素材品。

 ヒュドラの血を渡す事に反対したとしても、それは国同士の亀裂を作るだけしかならない。

 カインはならば自身達もそれには賛成の態度を見せる為にと、ダニエルへと部屋を用意させている。

 ミツとゼクスの会話の途中、分身がモンスターを殲滅させたと念話が飛んできた。

 ミツは分かったと返事を返した後、ゼクスとの会話を切り上げる。


「それじゃ、自分は戻りますね」


「はい。ミツさん、森と農村の状態も確認したく思いますので、ミツさんのお力にて屋敷の者を数人、後で送っていただけませんでしょうか。あの農村の人々にも色々とやらなければならない事もございます。どうか迅速な対応の為、何卒……」


 ミツはゼクスの視線が自身の住む農村を失った人々へ送っている。

 ミツがそちらに視線を送れば、燃える森の炎に涙を流し俯く人や、絶望と座り込む人が見受けられる。

 ミツに向けられる視線は最初こそ感謝の眼差しが多かったが、今は自身の家を焼いたと思われる憎い相手なのだろう。

 しかし、ミツにモンスターから助けられた事がやり場の無い悲しみと彼らを襲いつつあった。

 更には領主ダニエルの言葉もあって、彼らはミツに対して表向きに怒りを向けることもできない。


「ああ……。突然帰る家が無くなったんですもんね……。良いですよ。ではその時は力を貸します」


 ゼクスは礼を述べた後、村人の方へと歩き出す。

 彼らはゼクスの言葉に一先ず心を落ち着かせる。


 ミツが空に向かい翼を羽ばたかせ、フォルテ達の元へと行く。

 下を見れば先程バロンに指示を受け、カインの居るこちらに馬を走らせた三人がようやくこちらに到着するのが見えた。

 ミツが三人の顔を見れば、彼らは唖然としていた。

 そりゃ、馬を走らせた自身達よりも先にカインと対面しているアベルを見てはそうなるし、他の兵もその場にいては混乱するかもしれない。うん、ちょっとスカッとした。


 当たり前と空を飛ぶ彼の姿を、やはり彼は天使だと思うものが居るのだろう。

 事実、アベルに不敬な言葉遣いや態度を取った者としても、アベルの騎兵の中にはミツや妖精のフォルテ達へと祈りを捧げたい気持ちの者が居る。


 上空で待機していたフォルテ達。

 ミツの分身が各自魔法を発動後、彼らは燃えていく森と農村、そして地面の下にいるモンスターの監視をしていた。

 土壁にぐるりと囲まれた森から逃げることのできないモンスターは、ミツの予定通りと次々とその数を減らしている。

 分身が龍の瞳のスキルを発動し、残っているモンスターがいない事を確認後は、彼らはゆっくりと魔法を解除していた。


 ミツが近づいてくる事に一番と気づいた四女のダカーポ。

 彼女はミツの姿を見た瞬間に声を荒らげる。


「お姉様、マスターがこちらに……んっ。ああっ! メゾお姉様、ズルいです!」


「ダカーポ、落ち着いて。どうしたの?」


「フォルテお姉様! 見てくださいマスターの背中。あれはメゾお姉様とマスターが一緒になった証拠ですよ」


「えっ!?」


「あらあら。メゾってば。ダカーポ落ち着きなさい。マスターの翼になれる事は確かに羨ましい事ですけど、マスターの前でその態度を見せては駄目よ」


「ううっ……」


 姉のティシモに窘められながらも、ダカーポは羨ましいと言う気持ちで頬を膨らませる。


「皆、おまたせ」


「お疲れ様です、マスター」


「うん。あっ、さっきね、メゾと分身のおかげで、モンスターに襲われていた凄い人を助けることができたよ。ありがとうね」


 ミツは先程、メゾと共にモスキーの群れを見つけた分身へと感謝と言葉を伝える。

 分身は、ああと軽く返事を返し、アベル達の方へと皆は視線を送っている。


「左様ですか。いえ、メゾや私達はマスターの力にございます。メゾの功績と思われますなら、これはマスターの功績です」


「うん。それでもありがとう。さて、そろそろ森に着けた火を止めても大丈夫だよ。それと、後でゼクスさんが兵を連れて農村や森の状態を調べるみたいなこと言ってたからさ」


「分かった」


 四人の分身が互いに頷き合い、農村の方へと視線を向ける。

 双竜が体内炎を全て吐き出す勢いと、口から最後のブレスを吹き出す。

 それをきっかけと、ダークフレイム、炎乱、捩花の魔法が霧散するように消えた。

 未だ森が残り火で燃え続けているのか、黒煙がモクモクと舞い上がる。

 ミツは全てを焼き尽くした森と農村を確認。


「正に焼け野原……。うん、龍の瞳にも敵対する様なモンスターは残ってないみたいだね。いや、あの炎の中で生きてたら逆に怖いか……」


 地面に降り立ち、土壁も解除。

 崩れる土壁に少し地響きと土煙が起きたが、周りに誰もいないので被害はない。

 分身へと礼を告げ、スキルを解除する。

 モンスターの討伐が終わった事を、先ずはエンリエッタの元に報告に向かう。


「エンリエッタさん、モンスターの討伐全て終わりました。地面の中に潜んでいたアリンツもちゃんと倒せてます」


 表に見えていたモンスターは勿論、地面の中に潜んでいたアリンツの群れも炎は全てを燃やし尽くしていた。

 いや、燃やすと言うよりかは、地面の温度の蒸し焼きと煙で燻した効果で倒せたのかもしれない。

 地面を掘り返せばまだ形がハッキリと残ったアリンツが出てくるかもしれないが、重機の無いこの世界。態々掘り返すこともなく、アリンツの亡骸は地面に消えるだろう。

 ミツの報告に何から言うべきかを考えているのか、若しくはこの頭痛の原因である少年へと何を言うべきかと、額をぐりぐりと抑え俯くエンリエッタ。


「……」


「エンリエッタさん?」


 ミツの声にブツブツと何か早口に呟く彼女。

 聞き耳スキルでエンリエッタの言葉を拾えば、それは正に小言の数々。

 確かにやり過ぎた面はあるだろうが、モンスターの数を考えるなら最善の手はミツに任せる事が一番なのだ。

 事実、農村と森は失ってしまったが、村人と冒険者からは人的被害は出していない。

 さらに森に居た動物たち。

 いずれ人の手によって狩られてしまうかもしれないが、森の恵みは守られたところもある。

 何よりも、領主の許可を得たミツに対しては判断が誤っているとも言える訳もない。

 ミツはエンリエッタの言葉を待つ間と、自身の背後に視線を感じた。


「じー」


「んっ? 如何しましたか、シューさん」


「ねえミツ。その背中にあるのって鳥の羽だシ?」


「あ、ああ。いえ、これは鳥ではなく精霊の翼ですよ」


「おおっ!! ミツ、ミツそれに触っても良いかシ!?」


 シューは精霊と言うお話でしか聞いたことのない物に興奮しつつ目を輝かせる。

 ミツは一応これはメゾの翼だろうと思い、心の中で彼女へと許可をもらう。


「んー。(メゾ、彼女に触らせても良いかな?)」


(はい。マスターに敵意ある相手ではなく、好意的な友人であるならば、私に問題はございません)


「(ありがとう)はい。シューさんどうぞ」


「やったシ! ……うわ。凄く綺麗だシ」


「な、なあミツ。アタイも良いかな」


「私も私も!」


「ふふっ。順番にどうぞ」


 ミツがシューに背を向け、許可の言葉を出せば、彼女は嬉しそうに向けられた翼へと手を伸ばす。

 羽毛100%の羽に埋もれたシューの手には、心地よい肌触りと暖かさが優しく伝わる。

 更にキラキラとぼんやり光るその羽の一枚一枚に、彼女は目を爛々とさせていた。

 シューの行動が羨ましかったのか、近くにいたマネ、エクレアもミツへと触らせてくれと言葉を飛ばしてきた。

 ミツはクスリと一度笑い、翼を大きく広げ三人が触りやすいようにする。

 翼を広げれば、翼の大きさにミツの姿は隠れてしまう。

 シューは羽の心地よさに、羽にもたれかかっていた。彼女の行動に、身体の軽さもあってミツ自身気づいてなかったりする。

 ブアっと巻き起こった風にエンリエッタが眉を動かしミツへと呆れながら視線を送る。


「コホン……。ミツ君、貴方には聞きたいことが山のようにあるところですが……。一先ず跡地の捜索も必要なのでこれより班を分けます」


「あっ、エンリエッタさん。一ついいですか?」


「何でしょう?」


「あの、ゼクスさんが屋敷の者を使い、元農村のあった場所を後で調べるとおっしゃられてましたが、それでも行かれますか?」


「……。そうですか。分かりました。でしたら、フロールス家から後に手が必要な時にギルドに連絡が来るでしょう。我々は目的のモンスターを討伐したとして引き上げます」


「分かりました。では自分は皆さんをギルドに送った後にカイン様とお兄さんを屋敷に返してからギルドに戻りますね」


 話は決まったと、ダニエル達の居る方へとミツが進もうとした時。

 彼がさらりと告げた一言がエンリエッタだけではなく、近くにいた全ての人物を止めた。

 

「はっ? カイン様とお兄さん? ミツ君、それはどう言う意味かしら?」


「えっ? あっ、はい。先程モンスターに襲われていたカイン様のお兄さん。第二王子のアベル様と偶然会いまして」


「「「!?」」」


(そりゃ王子様がもう一人居ると分かればこうなるよね)


 更に驚きに皆の視線はカイン達がいる方へと向けられる。

 距離が遠すぎる為に肉眼でその顔は見えないだろうが兵の数は数倍に増えているので理由が察したのだろう。


「ミツ、お前さんの言葉を直訳するなら、あそこに王子様が二人も居るってことかい……」


「直訳もなにも、マネさん、そうですよ」


「よし帰ろう、直ぐに街に帰るってばよ! ミツ、ほら、貴族様達がこっちに来る前に光の扉を出してくれってばよ」


「は、はあ。どのみち出すつもりではありましたから。さて、どうぞ」


 ミツはトリップゲートを出し、冒険者ギルドへと繋げる。

 扉の先にナヅキとエイミー、二人の驚く顔がまた見える。


「さっ、姉さん街に戻りましょう!」


「えっ? マネ、少し落ち着きな」


「でも姉さん。貴族様ってのは目が合うだけでも不敬罪だとか無茶苦茶なことを言う奴らですよ! アタイはそんな奴らに関わりたくないんです。さっ、ささ」


「マネの貴族嫌いも過剰だシ」


 マネが姉であるヘキドナの背を押し、無理矢理にゲートを潜らせる。

 ゲートを通り抜ける際、ギルドに戻るヘキドナの視線は、ミツの背中の羽の方に視線が向けられていた。

 もしかしたら、彼女もマネ達みたいに翼に触りたかったのだろうか?

 ヘキドナ達がくぐれば、ライムやゼリとルミタと次々とゲートを使い、冒険者達がギルドに戻る。

 ルミタは色々と聞きたいことがあると言葉を残し、そのままゲートに戻っていた。

 恐らく彼女が聞きたいことは魔法の事だろう。

 ルミタは以前試しの洞窟内でミツが使用した魔法の数々を後に質問していた。

 いつも寡黙な彼女とは思えないほどに、彼女は饒舌となり、仲間たちが驚く程。


「エンリエッタさんは戻られないんですか?」


「ええ、私は領主様と少し話をしてから戻ろうかと」


「そうですか。では、ギルドに戻る際は声をかけてください。直ぐにゲートをつなげますから」


「……ええ。その時はお願いするわ。流石にここから街まで歩いて帰るには少し遠いものね」


 

 ミツが冒険者をギルドに送り、次はカイン達をダニエルの領主家へと送るためと、メゾの翼を解除し彼らの元に進む。

 ダニエルは突然アベルが来たことに対応もままらないが、相手は王族。

 屋敷に迎え入れない訳にもいかないと、農村の村人はゼクスに任せ、ダニエルはアベルとカインの対応をする事になった。

 ダニエルとエンリエッタが少しばかり話をしている間と、ミツはアベルに手招きされ、彼は近くによる。

 

「ミツ。君には改めて、我々を魔物から救ってくれたことに礼を申したい」


「いえ。アベル様を発見できたのは運が良かっただけですので、お気にせず」


「であるか……。では、日を改めて君と話がしたい。……良いであろうか」


「はい。自分の私用事ですがフロールス家に伺わせていただく予定がございます。その際にでも」


 その後、アベル、カインと二人の王子を屋敷へと連れ帰って来たダニエル。

 彼は急ぎアベルの部屋を用意し、更には兵達の分も食事のことをパープルへと連絡を回していた。

 突然のアベルの来訪に一番頭を悩ませたのはダニエルではないだろうか。


 ゼクスは屋敷から数十人と自身の部下である兵と共に、ミツが出したゲートを使い、農村へと向かう。

 全て焼けてしまった農村の状態を見て、ゼクスに共に偵察した兵達は目を丸くしていた。

 それはミツと分身が出した魔法は火力が高すぎて森の木々は勿論、民家まで全て消し炭として姿を消してしまっている。

 それと、あちらこちらに倒れたモンスターの亡骸。

 兵の一人がキラーマンティスの足と思われる物を拾おうとするが、それは掴んだ瞬間にボロボロと崩れてしまった。

 先程ミツがモンスターを殲滅したと言う言葉は間違いないとゼクスは判断を下し、彼らは村人の為と仮設的なテントや食事を提供し始める。

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