第171話 アベルの前に立つ少年
第二王子であるアベルをモンスターから守るためと、その場にいる兵達はモンスターと奮闘していた。
ある者はモスキーの攻撃を受け倒れる者。
ある者は乗っている馬が突然暴れ落馬する者。
その場に残された兵長ですら、動揺に自身の乗る馬を落ち着かせるのが精一杯。
しかし、自身の守る者は時期王となりえるお人。
自身の命を差し出そうとも、彼を守らなければならない。
「殿下の馬車に近づかせるな!」
「兵長! これは数が多すぎます! これ以上は! うわっ!」
「莫迦者! 陣形を崩すな! 離れた奴から狙われるぞ! 馬を離すな! こいつらは馬よりも人を獲物とする魔物だ!」
兵長の言うとおり、モスキーの餌は基本樹液、若しくは人の血である。
モスキーは兵を振り下ろした後、逃げ惑う馬に襲いかかることはしなかった。
それは馬独特の匂いが、モスキーが嫌っているかは分からない。
しかし、馬にも乗っていない歩兵が特にモスキーの攻撃を激しく受けているのは事実であった。
「槍を落とすなよ! 剣ではこいつらは殺せん! バロン副隊長が戻られるまで凌ぐのだ! クソッ、先程の爆発的な炎の原因もだが、何故この様な魔物がここに!」
兵長達が必死にアベルが乗る馬車を守ろうとするが、数体はやはり馬車の方に流れてしまっている。
馬車の中ではモズモが小さな身体を更に小さく丸め、モスキーの攻撃に怯え震えていた。
「ひぃ! アベル殿下、頭をお下げください。魔物の数も尋常ではありませぬ! おい、バロン副隊長はまだ戻って来ぬのか!」
「まだ見えません! くっ、頼む言う事を聞いてくれ!」
「モンスターの鳴らすあの音に、馬が混乱してるのか……。フンッ、俺の運もここまでか……」
「何をおっしゃいますかアベル様! 貴方様は民の為に立ち上がるべき者です! こんなところで野垂れ死ぬ事は許されることではありません!」
「モズモ……。しかしこの状況ではな……(最後に顔を見たかった物だ……。フンッ、いつも城では背けていたあの顔が見たくなるとは……これが死を覚悟する者の感覚か……。カイン……)」
アベルが弟であるカインの顔を思い出そうと目を伏せるが、暫くまともにカインの顔を見ていなかったアベルは、弟の顔を思い出すも、それはまだ幼き顔であった。
アベルが諦めた言葉を吐いたその時。
馬車に向かって兵の声がかけられる。
「殿下! モズモ様!」
「どうした!? バロン殿が戻られたか!?」
「いえ! 新たな敵が! しかし、それが……」
「何っ! はっきり申さぬか! 何を見たと……なっ!?」
「モズモ、どうした?」
「殿下! 天使様が舞い降りました!」
「……頭でもぶつけたか? ああ、いや、お前も随分歳を取ってしまったからな」
ふざけた事をたまに口にするモズモに、アベルはこんな時にと呆れ口調に彼を罵る。
「そうそう、ここの部分をコツンっとって、違います! 冗談を口にしてる場合ではありませんぞ殿下! 殿下もご覧ください、あれを!」
「こんな状況で貴様は……なっ!」
モズモの指を指す先には鳥ではなく、本や神話に出てくる天使その物が空を飛んでいた。
モンスターとの乱戦の中、それに気づく人は少なかったが、天使と見間違えたメゾの姿を見た者は、瞬時にメゾの虜にされてしまっていた。
「うわっ。あれって全部モスキー? 凄い数だな……。あの襲われてる馬車って貴族の馬車だよね? 流石に商人の馬車が騎士に自身の馬車を守らせる事はないと思うし」
《ミツ、貴方が今見ています馬車の中には、セレナーデ王国の第二王子が乗っています。その者を救う事を推奨します》
ユイシスの言葉にミツは見ていたその馬車の中に、周囲の騎兵がそれを守るような陣形を取っていることに気づく。
そして、その馬車の一つにカインの兄が乗っていることを知らされる。
「えっ……第二王子と言うことは、カイン様のお兄さんが乗ってるの? でも、何で王子様がここに? まあ、理由は兎も角、被害が酷くなる前に助けないと。メゾ」
「はい、マスター! 移動はお任せを!」
ミツがメゾの名を呼ぶと、彼女はおまかせとふくよかな胸を突き出すように、張り切る声を出す。
「うん、頼むよ! メゾ、上からでは下にいる人達に被害が行くかもしれない。悪いけど低空に、あのモンスターと人の間を上手く飛んでもらえないかな」
「おまかせ下さい! それではマスター、行きます!」
メゾは良いところを見せると張り切り、ミツに回した腕に力が入る。
またメキメキっと黒鉄の鎧から何かきしむような音が聞こえたが……まあ、気にせんとこう。
上空をゆっくりと飛んでいたメゾの翼が向きを変えれば、真っ逆さまに急降下。これで高速に飛行ができるだろうが、地面すれすれにクイッと翼の向きを変えるのは肝が冷える思いであろう。
正直、ミツはチキン野郎の為、ジェットコースターや、お化け屋敷と驚く事が苦手である。
急降下の際も、ミツはメゾの腕を強く握っていた。
それがメゾのやる気と興奮……。忠誠心を沸き立たせた為にそのスピードは増す。
真っ直ぐ飛べば恐怖心も落ち着くもので、ミツは下にいる兵達へと声を張り上げる。
「頭を下げて、目を閉じてください!」
「なっ!? 子供!? 何だ貴様は!」
(誰が子供だ……。いや、この見た目では子供でも通るか)
「マスターに対する無礼な発言、あの者には直ぐに死を与えるべきかと……」
「こらこら。取り敢えず注意は促したからね。後は自己責任!」
背後から抱きかかえられたミツにはメゾの顔は今は見えないが、恐らく彼女の今の顔は鬼の形相と思える表情を浮かべているのではないだろうか。
ミツはアイテムボックスからマーサから貰った弓を取り出し、矢を付けて弦を引く。
「飛んでる敵にこそ、これは使えるんだよ!」
弦を引き、モスキーの群れの中心に向けて放つ。
矢は真っ直ぐに飛んでいき、狙ったモスキーの1匹に命中。
それと同時にボンッと煙と火花が発動。
周囲を巻き込む爆風がモスキーの数体を巻き込み燃やしていく。
ミツのスキル〈ボマーシューティング〉が発動。これも魔法に分類されるので効果は他のスキルで増しましに威力を増している。
突然起きた爆風に驚き飛び回るモスキー。
しかし、ミツの次の矢は既に放たれていた。
2手、3手とまるで花火の様に空中で爆発と火花が花を咲かせる。殆ど黒い煙で見えないが、その煙もモスキーには効果があるのだろう。
モスキーはひらひらと正に蚊取り線香に燻された蚊の如く地面に次々と落ちていく。
「うわっ! ば、爆発!? モンスターが次々と爆発に巻き込まれて散らされて行くぞ!」
「馬を落ち着かせろ! 落馬をする様な無様な真似はするな!」
「殿下!!!」
その時、ようやく戻ってきたとバロン副隊長の声が聞こえる。
「兵長! バロン副隊長が戻って来られました!」
「守、報告せよ! アベル殿下はご無事か!?」
「はっ! 報告します。騎兵の数名が負傷しましたが、死者は出ておりません! 殿下の馬車には魔物の脚、一本たりとも触れさせてはおりません!」
「良くやった! 見事だお前ら! それで、あれは何だ!?」
バロンは空に居るモスキーに向かって、矢を放ち続けているミツへと視線を送る。
と言っても彼らの視線からはメゾの背後、翼しか見えていないだろうが。
「も、申し訳ございません! あの者に関しては我々も困惑しております。ですが、あの者はこちらに危害を与えることはせず、魔物へと攻撃を続けております。恐らくは我々の味方かと……」
「愚か者! おいそれと出てきた者を信じるのではない! 陣形を今のうちに固めろ! 負傷者は内側に、あの者の矛先がこちらに向くことを警戒を怠るな!」
「「「はっ!」」」
バロンは険しい視線を送る事を止めず、警戒を高める。
バロンの部隊と前衛を走っていた部隊が合流した事に兵が増え、アベルの馬車を中心とした陣形が組まれていく。
数十発とボマーシューティングの矢を放てば、モスキーの数は残り数匹。
その光景に、メゾは喜び翼を動かす。
「マスター、お見事です! 羽蟲共が塵のように消えました!」
「うん。モスキーのスキルも〈刺す〉と〈吸血〉だけだったからね。躊躇いもなく倒せたのがよかった。さて……。最後に残ったのはあれか」
ミツとメゾ、二人がケワシイ視線を送るのは、モスキーの集団の更に上で飛行していたモスキートングである。
「副隊長、やはりあの天使様は我々の味方なのでは? でなければあの攻撃、我々に向けられてもおかしくはございません!」
「ぐぬぬっ……」
「バロン」
バロンが天使に対して判断を悩ませている所に、アベルが馬車を降りて皆の前に姿を見せる。
「!? アベル様! まだ外は危険にございます。どうか馬車内にご避難くださいませ!」
「構わぬ。見たところ、残る魔物はあれ一体と数匹ではないか。それに、馬車の中からではあの方のお姿を見落としてしまう」
「……承知いたしました。守! 殿下の周りに陣形張り!」
「「「はっ!」」」
バロンは渋々という思いと、アベルの言葉を受け入れる。
守りを固めつつバロンも天使の動きを逃すまいと視線を送る。
モスキートング
Lv30
吸血 LvMAX
刺す LvMAX
視覚感覚強化 LvMAX
嗅覚追尾 LvMAX
モスキートングへ鑑定をすると、二つミツの知らないスキルが表示されていた。
「マスター、こちらの虫はマスターの糧となり得る物にございますでしょうか?」
「うん。二つ自分の持ってないスキルがあるね」
「では、私めにマスターのお力になるお許しを」
「力って?」
メゾの言葉に疑問と質問を返すミツ。
その時、ミツは自身の背中が暖かくなる事を感じた。
そう、例えるなら、雪の降る中に仕事から帰ってきたその日、冷された身体を温めるためと、こたつに潜り込んだそんな暖かさである。
背中の熱は全身に広がり、気づけば自身を抱き抱えてくれていたメゾの姿がない。
だが彼女の声は確かに聞こえる。
耳にイヤホンを付けている様に、ハッキリと。
「失礼します」
「メゾ?」
ミツが振り返るとやはり彼女の姿はいなかったが、彼が後ろを振り向いた瞬間、ありえない物が見えた。
それは先程までメゾがバサリバサリと音をたて羽ばたかせていた真っ白な翼である。
そう、ミツの背中に翼が生えているのだ。
根本は首を回しても見えなかったが、これは鎧から生えているのかと疑問に思ってしまう。
「おおっ! 翼だ! えっ? メゾ!? 消えちゃったの?」
(フフッ。ご安心くださいマスター。私達はマスターの矛であり盾。そして貴方様の翼となります。私の姿は消えてしまい、戦闘に参加はできませんが、この姿であれば私はマスターの翼となり、意思疎通と会話が可能です。飛行に関しては私がマスターの考えに合わせて動きますので、どうぞマスターはあの物との戦闘、そしてマスターの得るべき物を取得してください)
「そうか、メゾ達はこんな事もできるのか! 凄いよメゾ!」
ミツが空中でくるりと回れば、翼の羽が空に舞う。キラキラと金色に消えていく羽はフォルテ達とはまた違う美しさ。
それを下から驚きの表情を作り、唖然見る兵達。
「て、天使様が漆黒の鎧をまとった少年に代わった!」
「殿下、やはり何が起きるか分かりませぬ! どうか後退の許可を!」
「いや……。構わぬ。俺はここであれを見届けたい……」
「アベル様……」
一人の兵が空に浮かぶミツを見ては、彼は声を漏らす。
その声に反応し警戒する者、そして拝みたくなる気持ちを抑え周りの反応を見る者それぞれ。
セレナーデ王国には王宮神殿も隣接して建てられている。
そこで自身の武勇を祈る者や、神を慕う信者も兵の中には居たりする。
バロンは先程の戦い、そしてミツの姿が変わった事に更に彼は警戒心を高めていた。
バロンはアベルへと後退を願うがそれは届かず。
アベル自身も時間が得れば、神殿へと足を向ける程に神殿にいびりたりになっている。
しかし、神殿に神殿長であるルリが不在の時に足を運んだことは一度もない。
彼が祈りを捧げる際は、必ずルリが側に控えている。
それが当たり前なのかは分からないが、バロンに言葉を入れられようとも、彼も天使の姿を見せたミツから視線を外すことはしない。
「さて、ユイシス。上手くスキルを取る方法って無いかな? 何だか一つ一つの攻撃が強すぎて、モンスターの状態が瀕死前になる前に倒しちゃうんだけど」
《はい。今ミツに敵意を向けておりますモンスターにですが、ミツの持つスキル。状態異常攻撃で十分なダメージを与えることができます》
「ん〜。なら毒矢でも撃ち込むか。んっ?」
仲間なのか部下なのかは分からないが、モスキートングは多くのモスキーを倒された事に怒りを感じているのだろう。
羽音激しく、正に虫が鳴らす不快音をバババとそれを威嚇として鳴らしている。
威嚇してくるなら威嚇のスキルでも使ってやろうと思ったミツだが、ああ、そう言えば以前ユイシスから虫タイプのモンスターに対しては、威嚇スキルは効果を出さないと言われたことを思い出していた。
自身に迫ってくるモスキートングだが、スキルが単調な刺すのスキルしかないのなら避けるのは簡単な相手である。
「おっと! メゾ、もっと上に!」
(はい、マスター!)
メゾはミツの思った通りに翼を動かし、華麗に空を舞う。
更に抱きかかえられていた時よりも空を飛ぶ柔軟性が上がっているのか、アクロバティックな空中浮遊を可能としていた。
モスキートングはミツに対しての攻撃は正に猪突猛進。
それを避けつつ、ミツはタイミングを合わせる様に
「よし、付いて来てる。この位置なら……。はっ!」
彼は弓を構え、矢を放つ。
矢はモスキートングの頭に命中。
スパンッと音を鳴らしモスキートングの頭の一部を吹き飛ばしてしまった。
更にミツが放った矢はスキルの〈ポイズンシューティング〉。
傷ついた頭から胴体へと一気に毒が回ったのだろう。
モスキートングは既に羽をババ、ババっと虫の息と上手く羽を動かせていない
身体の重さにモスキートングが下に落下する。
しかし、風の流れもあったのか、モスキートングは運も悪くアベル達の居る方へと流れ落ちていっている。
「あっ! 不味い!」
「魔物が落ちてきます!」
「総員退避! アベル様!」
「うむ!」
モンスターが落下してくることに下にいる兵達は、慌てて散り散りにその場を回避。
バロンはアベルへと手を差し出し、ぐっと引き寄せ、馬に乗せてはその場から離脱する。
兵の動きと判断が早かったおかげか、モスキートングが落下すると思われた場所からは、モズモが乗る馬車も移動ができていた。
だが、モスキートングが下に落下する前と、ミツがモスキートングを下から受け止める。
「よいしょっ! ついでにスティール!」
《スキル〈視覚感覚強化〉〈嗅覚追尾〉を取得しました》
視覚感覚強化
・種別:パッシブ
視力のブレを無くし、視覚をクリアにする。
嗅覚追尾
・種別:アクティブ
匂いを辿り、元を探す。
モスキートングのスキルを回収したその時、ミツが見る物全てがクリアに、そしてピンボケのない世界が広がる。
「おっ!」
(マスター、どうされましたか?)
「い、いや、恐らくスキルの効果だと思うけど、凄く目が良くなった気がする」
ミツは遠くに見えるフォルテ達の姿、そして地上にいるダニエル達の姿を目視する。
先程まで見えてはいたが、それはカメラのズーム機能を最大にした様に荒い物であった。
しかし、今は人の顔の表情までハッキリと見える。
抱えるモスキートングにトドメをさそうとミツが手に力を入れるが、モスキートングは既に亡骸と変わっていた。
「んっ? あれ、毒で死んだのかな。ああ、もう亡骸になってる。流石に頭吹き飛ばされて毒を受けてちゃ無理ないか。じゃ、このままボックスに入れてっと」
倒したモスキートングをアイテムボックスに収納。
兵達は一瞬にして消えた大きなモスキートングに唖然。
周囲の視線全てがミツへと向けられている。
流石にそのままさようならもできないと、ミツはゆっくりと下に降りることにする。
「んー。一応声をかけとくか。後でまた会うだろし」
ミツが降りてくる事を察したのか、兵は直ぐに指示を回し動き出す。
「副隊長!」
「落ち着け! 警戒を怠るな!」
人と接する時、最初の第一印象が大切だ。
ミツは今更遅いが丁寧な挨拶をすれば友好を結べるかもしれないと思っていた。
「こんにちは。皆さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「近寄るな! 貴様、何者か!」
うん、全く駄目だった。
丁寧な挨拶をこちらがしようと、剣先を向ける相手と友好何か結べるわけない。
「んっ……(まったく……一応助けてあげたのにそれはないよね……。まあ、いいや。)これは失礼。自分は冒険者のミツです」
ミツの挨拶にバロンの馬に乗っていたアベルが眉尻を上げ、彼は馬から降りる。
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