第169話 天使が舞い降りた。

 ミツがダニエルへと面会を求め、フロールス家に訪れたところ、執事長のゼクスと出会う。


「おやっ? ミツさん」


「ゼクスさん、突然の訪問すみません。あの、ダニエル様に少しお話がありまして」


 ミツがゼクスに訪問の理由を説明すると、彼の表情はしだいと険しく、近くにいたメイドさんも驚きに眉尻を上げていた。


「ふむっ……。承知いたしました。ミツさんが態々そう言った理由でこちらに足をお運びいただいたと言うのに、そのままお帰りいただいては屋敷の執事長としての名折れ。私が旦那様にお話をお通しいたします」


「ゼクスさん、ありがとうございます」


「ホッホッホッ。いえいえ」


 飄々とした笑いをこぼすゼクスに、ミツは頭を下げ礼を述べる。


 フロールス家の客間である一つの部屋にて、カイン殿下、マトラスト辺境伯、ダニエルが円卓を囲み話し場を作っていた。


「ふー。やっと国からの連絡が来るのか……」


「全く、これ程にこの数日が長いと思ったことはありませんな……」


「いやはや……マトラスト様のおっしゃる通りでございます……」


「それで、ダニエル。お前は十分理解しておるとは思うが、確認のためにもう一度告げる。国としてはあの者を野放しには出来ん。野放しにできぬ以上、恐らく国としては誰かがあの者の手綱を握らなければならぬ……」


 カインがテーブルの上に手を起き、少しだけダニエルの方へと体を傾ける。

 ダニエルは軽く目を伏せた後、頭を下げ理解を示した。


「はっ。それは勿論」


「うむ。あの者の力……ロストスキルであるトリップゲートもだが……。その、まだ俺は半信半疑ではあるヒュドラの討伐の情報に対して、あやつを他国の支柱に入れてはならぬと思っておる……。もしあの者が他国に目移りするならば、あの者が欲する物を与え、この国に足を植え付けさせる考えである」


「殿下のお考えは貴族としては正当なお考えですな……。しかし、彼は貴族ではございません。ただの流浪の平民。彼を法で国に捕まえることは造作ではありません。さらに申し上げるなら、ヒュドラの討伐が真実だとして、彼に力ずくも不可能。四方八方と彼を締め付ける綱は解け、早々と何処かに身を隠すかもしれまぬ……」


「我々家族も彼と友好関係でありますが、残念ながら束縛する事は不可能かと」


「……ふむ。ダニエル殿、であるなら、貴殿には束縛させる方法も無くも無い事を教えておこう」


「マトラスト様、それは……」


 難しい顔を作る二人に対して、ダニエルは言葉を繋げると、マトラストがその言葉に反応する。

 マトラストは指を数本出し、一つ一つ提案作を口にしていく。


「先ずは王に頼み、彼に男爵、もしくは子爵の貴族としての地位を授ける。これができればあの者を他国に足を踏み入れることを禁止することができ、我が国の利のみを生み出す。その後、一つが貴殿の娘と婚姻させ、彼の子を残せば良い。もう一つ……。これは貴殿と奥方二人の協力も求めるが、彼をどちらかの奥方の妾とし、子を孕ませれば彼は自然とこの街、この国に残るであろう」


 マトラストの言葉は、人の心を二の次とした提案であった。

 しかし、貴族内では己の領地存続のためと、娘を差し出す事はよくある事。

 更には大きな契約を結ばせるためと、自身の妻ですら相手の枕に使う事も、事実これはよくある話でもある。

 だが、ダニエルは妻を二人を召し抱えては入るが、多少妻に尻に敷かれた場面はチラホラと見受けられたとしても、夫婦円満と他者が三人の仲に入り込む空きなどない程である。

 彼の言葉に、その場が一瞬静寂と満ちる。


「……」


「マトラスト、それはダニエルに失言であろう! それに……そう言う事は、せめて婦人のおらぬ場所で話す内容ではないのか」


「「……」」


 カインの視線を向ける先には、この場のお茶などの給仕を行うためと側に待機しているパメラとエマンダ。

 二人は目を伏せ、貴族婦人として心を乱すこともなく黙ったままである。

 マトラストはそれを分かった上での先程の発言。

 彼は二人がこの場に居ようと居まいとそのまま話を勧める。


「何をおっしゃるか殿下。あれ程の才を持つ者の子であれば……少なかられとも、国への影響は必ず及ぼす物になります。それがフロールス家を中心とすれば、他国からの防壁にもなりましょう。セルフィ嬢の言葉にもございましたが、彼の力を懐に入れすぎてはいけません。他国からあの者が見える場所に居れば、怪気な企みも安安と起きますまい」


「マトラスト、貴殿の空想話はよい。お前の話の芯を付くなら、ダニエルの妻子を奴に差し出せとしか聞こえぬ」


「……」


 しだいとマトラストの心理が見えてきたカイン。

 彼は少し声を荒げ、マトラストの口を閉ざさせる。

 カインのその対応にダニエルが一度頭を下げ、マトラストへと向き直る。


「いえ。カイン殿下のお気持ち感謝いたします。マトラスト様の知恵、直ぐに返答はできかねますので、どうかご返答は後に……」


 頭を下げているダニエルの表情は少し困惑している。しかし、それを相手に見せないのは流石は貴族であろうか。

 突然の申し出もダニエルはそれも一つの手であると理解を示した。

 だが、そんな彼の決意も言い出した本人が、いとも簡単に話を投げ出してしまう。


「いやいや、ダニエル殿。これは私のただの迷いごと。本心では無い事を改めて告げておく。まず、その前にあの少年が貴族の地位を受け取るかどうかすら分からぬのだぞ? なにせ、彼は殿下の誘いを断っておるのだからな」


「ぐっ……。貴様」


 先ほどの少し重苦しい雰囲気を吹き飛ばす様に、マトラストはカインの方を見ながら不敵に笑みを作る。

 カインはミツへと配下になる言葉を彼に告げたが、速攻と言えるほどにお断りの言葉を受けていた。

 その事を話に持ち出された事に、カインの眉がよる。


 そこに部屋の扉をノックする音が響く。


 コンコン、コンコン。

 

 王族であるカインと辺境伯のマトラストがいるこの部屋に、外からのノックは大変不躾であり普通ならありえない事に、皆が扉の方へと視線を送る。


「失礼します。ミツ様がダニエル様に面会を求めにと、こちらにいらっしゃいましたと執事の者から連絡が来ております」


 エマンダが一度カイン達に頭を下げた後、扉の方へと近づく。扉が少し開いた先で護衛兵の声が聞こえる。

 カイン達がいるこの部屋の前には、幾人もの護衛として兵が配備されている為、ゼクスが護衛兵に連絡を回したのだろう。

 相手がただの商人や貴族、庶民なら連絡も回されずに追い返されたかもしれない。

 だが、ミツに関して追い返すと言う選択は取れない。

 護衛兵の言葉に部屋の中に困惑が満ちる。


「んっ、彼が? はて、面会の約束はしていなかったはずだが……」


「まったく、いつも当たり前のように突然顔を出すとは……。ダニエル、お前が構わぬのなら、あの者をここに通せ」


「はっ。承知いたしました」


 カインの言葉を承知したと、ダニエルはエマンダへと彼を通す様に伝える。

 時間もおかず、執事のゼクスが深々と頭を下げつつ入室後、ミツも続けて部屋の中へと入る。


「失礼します。あっ」


「おいこら、今俺の顔を見て、あっと言ったのか」


 ミツが入室した時、カインと目が合ったことに彼は思わず声を漏らす。

 しかし、それは会議的な話をしている所に自身が来てしまったことに罰が悪く思っての言葉である。

 別にカインやマトラストが居るからと言って、ミツの報告内容が変わるわけでもない。


「いえ、お話中とは知らなかったので。皆様、えーっと、こんにちは」


 貴族的な挨拶は今のこの場では似つかわしくないと判断したミツは、本当に軽すぎる挨拶をする。

 彼の言葉に笑みと苦笑を浮かべる者様々。

 カインはミツの無作法は気にせずと、話を進める。


「んっ……。貴様も息災であったか」


「はい。要件も色々と済ませて、今はギルドの緊急招集に参加してます」


「要件か……」


「ミツ君、それで、私に話とはなんだね?」


 パメラがミツに席を進めるが、彼は直ぐに戻ることを伝えそれをやんわりと断る。

 エマンダは三人のティーカップへと新しいお茶を入れている。


「はい。ダニエル様、その、この辺一体ってダニエル様の領地ですよね?」


「うむ。そうだが?」


 何を今更と、ダニエル達が飲み物を口にした時であった。


「それでですね、その村の一つを焼いても良いですか?」


「「「ぶはっ!!」」」


 三人の口から吹き出された霧状のお茶。

 ダニエルは咄嗟に自身の口元を抑え、頭を下げたおかげでテーブルや周りに被害は出なかったものの、カインとマトラストは口や周りが大惨事てある。


「うわっ! 大丈夫ですか!?」


「き、貴様は……ごほっ! ごほっ! ゲホッ!」


 カインは怒りにむせ返りながらも、ミツの突然の言葉に咳き込む。

 流石にミツの言い方も色々とすっ飛ばした言葉なだけに、彼も少し反省を見せている。

 後にその場が落ち着きを取り戻しつつ中、ミツはダニエルに農村の状態を説明する事になった。


 そして……。


「エンリエッタさん、戻りました」


 ダニエルに話をつけたミツがトリップゲートを使用し、街道に避難している村人の側に戻る。


「!? ミツ君、突然この場から居なくなって、君は何処に……!? 皆、膝を折、頭を下げなさい!」


 彼の姿を見たエンリエッタは直ぐにミツヘと駆け寄り、咎める様に声を出す。

 しかし、その言葉はすぐに止まり、彼女は自身の後ろに居る人々へと膝をつくように強く指示を出す。

 突然の言葉にエンリエッタよりも一瞬反応が遅れた冒険者と農村の人々。

 だが、エンリエッタが直ぐに膝を折った先にあるトリップゲートからは、皆が知っている領主ダニエルが姿を表した。


「りょ、領主様!」


「下げろ! お前ら頭を下げるべ!」


 ミツがゲートから少し離れればフロールス家、領主ダニエルが姿を見せる。

 続けて執事長のゼクス。

 二人は皆が頭を垂れている事を確認すれば、二人もゲートに向かって頭を下げる。

 それを少し頭を上げて見ていた人々。

 領主様が頭を下げる。そんな光景は見たことはない。

 エンリエッタはまさかと思い、彼女も少しだけ視線を上げると、ゲートを潜り抜けるは多くの兵の足。

 ガチャガチャと鎧を擦り出る音に、身を震わせる。

 兵達が鞘から一度剣を抜き、合わせてガチャンと音を鳴らし剣を鞘に戻す。

 それを合図とゲートからはマトラストとカインの二人もゲートをくぐり抜けてくる。


「あれがお前が言っていた農村か」


「はい、そうです。カイン様」


「「「「!!!」」」」


 カインと言う言葉に、その名を知る者は心臓が飛び出る思いであろう。

 エンリエッタだけではなく、彼を囲むように護衛兵する兵を見れば、あのお方は王族であるカイン殿下だと言う事を理解したくなくても理解させられてしまう。


 ミツが農村の状態を説明が終わり、ダニエルの判断を貰った後に彼は直ぐに一人で戻るつもりであった。

 しかし、ダニエルも村人の安否を確認したい気持ちがあったのか、彼は村人の状態を細かく聞いてくる。

 ならばダニエル様がご自身の目でご確認してみたらとミツの言葉に困惑するダニエル。

 客人であり王族のカイン達を残しては置けないと、ダニエルの気持ちを直ぐに理解した二人。

 するとこの場の一番の権力者であるカインの思いつきと言うか、ミツの先ほどの言葉が気がかりとなっていた彼らも、共に農村の状態を見ることを伝えてきた。

 別に断る理由もないと、ミツは分かりましたの一言で済ませている。

 マトラストはとりあえず見に行くだけならばと彼も承諾し、扉を護衛する兵だけでも連れて行くことになった。

 婦人の二人は服が汚れてしまうかもしれないので部屋での待機である。

 まあ、エマンダ様は行きたがってたけど、流石に王族と一緒では簡単に引き下がってくれたけど。

 何があったかは後で旦那であるダニエルに聞いてほしい。


「ダニエル様、取り敢えずエンリエッタさんと農村の村長さんに、領主様としての言葉をお願いします」


「うむ。確かあの農村の村長はランブル殿であったか」


「はっ。それでは私がお二人をお連れいたします」


「頼む」


 ゼクスがその場から離れ、エンリエッタと村長をダニエルの近くへと連れてくる。

 村長はかぶっていた帽子を取り、汗ばんで薄くなった頭を晒してはガタガタと小刻みに震えている。

 エンリエッタは少し苦悶とした表情を浮かべるも、ミツに対しては厳しい視線を送っていた。おお、怖い怖い。


「りょ、領主様、この度はその、何と申し上げればよいのか……」


 村長は周りの兵の威圧にやられたのか、まるで子鹿のように足はガタガタ、今にも泡を吹いて倒れそうな程に顔色が悪い。 

 ダニエルは一先ず、現状の報告をエンリエッタに聞くことに。


「構わん、突然の事に貴殿が驚くのは仕方あるまい。エンリエッタ殿、村の状態と貴女の判断を聞かせてほしい。後にもう一度村長に話を聞こうとしよう」


「はい……」


「はっ、それでは冒険者ギルドの代表としてお話させていただきます……」


 エンリエッタはもう諦めたと、彼女は農村にいるモンスターの種類や数を述べていく。 

 ミツから聞いた話と同じである事に、ダニエルの顔色はそれ程変わらなかったが、やはり村を焼き払うことに対しては彼も少しばかりの抵抗があるのだろう。

 しかし、村一つの為に近隣の村を危険に晒すわけにはいかない。

 ダニエルは一つ頷き、村長へと向き直る。

 

「村長、貴殿の気持ち、受け入れたいところだが、残念だが村を焼く事とする」


「そ、それは……。解りました。領主様のお言葉、村の者を思っての言葉として受け取らせて頂きます……。ですが! 村を焼くとなれば我々は住む家を失います。その後の我々は如何すれば良いのか、お言葉とその後のお約束を頂きたい。領主様のお言葉でしたら村の者も納得と、皆様には反論する声を上げたりいたしません」


 村長は一瞬反論する言葉を出そうとするが、ぐっと言葉を堪えるように彼は俯きつつ、ダニエルの言葉を受け入れる。

 村長は後ろに未だ頭を下げたまま待ち続ける村人を視線でダニエルに訴えると、彼はコクリと一つ頷きを返す。


「うむ。我々の言葉を受け入れてくれた貴殿の心、私は決して無下にはせんと約束しよう。貴殿達には別の村の移住と言う形を取らせてもらいたい」


 ダニエルは村長に後の話を済ませるため、村人の場所へと移動。

 何処かの村の移住は容易い事でもないと言うのに、それをすんなりと受け入れるのはダニエルの人徳あっての物かもしれない。

 ミツがダニエルの方を見つつ、自身の近くにいるエンリエッタへと話しかける。


「あの、エンリエッタさん」


「……」


「あれ? エンリエッタさん? !?」


「君とは後でゆっくりと話があるから、後にしなさい」


「は、はい……」


 エンリエッタがミツへと振り向いたその時、彼女の視線は恐怖と言うより、明らかな怒りを見せていた。

 ミツはその視線にヤバイと思ったが、残念ながらそれは後の祭り。

 彼の身勝手な判断で領主だけではなく、王族までここに連れてきてしまってはもう彼女には止めることもできない。

 取り敢えず領主様の許可は得たと、エンリエッタは冒険者を動かし、農村近くに潜むモンスターの討伐の配置を順に決めていく。

 

「全く、坊やは何で奴らを連れてくるんだろうね……」


「リーダー、あの人って王子様ですよね? 私、いつも武道大会の魔導具の画面でしか見たことなかったですけど、やっぱ風格って奴が違いますね」


「うううっ、あれが全部貴族様。姉さん、早くここから引きましょうよ。変な事に絡まれて、不敬罪だなんてあたいは嫌ですよ」


「マネ、別にうち達が何もしない限りは、あっちも何も行ってこないシ。それより、ネエサン、ミツとは別で動くシ?」


「ああ、あのお偉い方々は坊やに興味があるみたいだからね。下手にその場で坊やに絡もうなんて気は流石の私にはないよ」


「しゃーなしですよ。さっ、さっさとエンリさん達と向こうに行きましょう。ほら、マネもシューも行くわよ」


「う〜。すまねえなミツ。後はあんたに任せるよ」



「ほら、ルミタもこっちに来なよ」


「う、うん……。凄いね、ゼリ……」


「えっ? 何が凄いのよ?」


「だ、だって、彼、貴族様と普通に話してるんだよ……。しかも……あ、あんなにいっぱい囲まれてるのに、彼、全然萎縮してないから……」


「ん〜。私、あんまり彼に興味なかったから見てなかったけど……もしかしたら彼も貴族様なんじゃないかな……。あっ!? だとしたら、私が一番に不敬罪とか言われるんじゃ……」


「ゼリ……彼に失礼なことやっちゃったもんね……」


「ルミタ、早く離れましょう!」


「うわっ! ま、まって……」





「それで、君はモンスターが蔓延するあの農村をどう処理するのか聞かせて貰おうか」


「そうですね……。面に出ているモンスターは倒せると思いますが、地面から出てくるアリンツは巣を叩かないといけません。取り敢えず卵一つでも残してしまうといけませんので、先ずは出ている分を先に倒してしまおうかと。森から溢れた分は他の冒険者が倒してくれそうなのでそこまで細かく攻撃を行わなくても大丈夫だと思います。ダニエル様、一応農村の状態を確認されますか?」


「んっ。ああ、頼めるかね」


「はい」


 村人との話を終わらせたダニエルがこちらに戻ってきたタイミングと、ミツは彼へと森羅の鏡を見せる。

 森羅の鏡の効果を知るその場にいる人達は眉を少しばかりピクリと動かした後、マトラストが兵に周囲の視線を遮らせる為と壁になるように指示を送る。


「んっ。おい、壁を」


「はっ!」


「マトラスト様、ありがとうございます」


「なあに、気にするほどでもない」


 森羅の鏡を発動後、ミツが見てきた農村の状態を三人にも見せる。


「自分がこの民家に向かう時ですかね、ここの小屋からアリンツがこんなふうに大量に出てきました。それと一応他の家とかも調べて残された人がいない事も確認済みです」


「「……」」


 カインとマトラストは森羅の鏡が見せる映像に険しい視線を送りつつも、彼らは言葉を出さない。

 ダニエルは次々と村人が助けられる光景、そしてミツが村人だけではなく、家の隅に震えて怯えていた愛玩動物も共に救出し、村人に渡していた光景を見て、彼は笑みを溢していた。


「うむ。ミツ君、君の働きに感謝を送りたい。民だけではなく、彼らの心を救ってくれたこと、本当にありがとう」


「いえいえ。それじゃダニエル様の許可も得ましたので、ちょっとあの村を焼いて来ますね」


「あ、ああ……。手間をかける」


 ちょっとコンビニでアイスでも買ってこようかな的な程に、軽く恐ろしい事を口にするミツに苦笑いを送るダニエル。


 今回、村のモンスターを一気に焼き払う事をやるのはミツ一人。

 他の魔術士達は先ほど農村の入り口付近で、モンスターの引きつけ役の為と魔力であるMPを殆ど使い果たしているために、彼女達はエンリエッタに預けることにしていた。

 彼が農村の方に歩みを進める途中、ピタリと足を止めたことにカインが声をかける。


「……どうした?」


「いえ、皆さんに火の粉とか飛んできたら危ないので、一度皆さんを屋敷にお返しすべきかなと」


「フンッ。莫迦をもうせ。我々は自身の判断でここに来ておる。貴殿の気遣いは悪くはないが、今は先にやる事をやってしまえ」


「少年、我々の事は気にすることはない。さっ、存分にやってくるのだ」


「は、はあ……。ダニエル様、それじゃもう少しだけ皆さんと離れてください」


「うむ。分かった……」


 ミツの言葉にカインが軽く手を振れば、周囲を護衛する兵達が足並み揃え街道を移動。

 周囲に何もない事、兵も三人を守れる位置と、また陣形を固めていく。

 また何処から出したのか、カインには椅子が差し出され、まるで観客のように彼は農村の方を眺めている。


「さてと……。折角だしスキルの検証も兼ねるか。だとしたらエンリエッタさん達も少し離すべきかな」


 ミツは離れていくエンリエッタの後ろ姿を見つつ、彼女に向かって〈念話〉を発動する。


(あーあー。エンリエッタさん。エンリエッタさん、聞こえますか?)


「!? えっ、ミツ君?」


 エンリエッタはまるで耳元で話されている程にミツの声が突然聞こえ、彼女は驚き振り向く。

 エンリエッタの言葉はミツの〈聞き耳〉のスキルを発動し、聞き取る事に。

 一番後方を歩いているエンリエッタの言葉を拾うものは彼しかいなかった。


(はい。あの、今から自分がちょっと強めの火を起こしますので、皆さんには森から離れていただきたいのですが、指示をお願いしてもいいでしょうか)


「はぁ……まったく。君って子は……。分かった。領主様の許可も得た時点で私に貴方を止める言葉は無いわ」


 呆れているのか諦めているのか。

 彼女の言葉にミツは苦笑いを浮かべるしかできなかった。


(お手数をおかけします)


 農村の方に歩き進めるミツ。

 彼は誰に聞かせているのか、ブツブツと独り言を話しつつ策をまとめる。


「取り敢えず火が漏れないようにしないと。それと、流石に無害な生き物は殺したくないのでそこは回収してあげないとね」


 ミツが村の中で見つけた猫のような生き物。

 その生き物の様に、人に無害な動物もモンスターと共に焼き払うのはできないと、彼はできるだけ救出する事を決めていた。

 彼は多数のスキルを発動後、マーキングスキルを活用し、助ける数を指折りと数えていた。


 そして、二度三度と確認し終わった後、彼は増援を召喚する。


「奴め、一体何を見せるのであろうか」


「はてさて、ダニエル殿には申し訳ないが、彼の力量を測るには丁度よい標的でございますな」


「……確かに。まあ、奴の戦いも以前と変わらぬ動きであろ……えっ!?」


「こ、これは……」


「「「「「!!!」」」」」


 カイン達がミツの後ろ姿を見送りつつ会話しているが、その言葉は途中で止められる。

 突然ミツの体が光りだしたと思いきや、彼の周囲にフワフワと浮遊する五つの光。

 それが次第と形を変え、大きく翼を広げ彼の後ろを浮遊する天使の姿と形を変えていく。

 ミツの発動したスキル〈精霊召喚〉である。


「「「「「マスター。貴方様の声に導かれ、我らここに。貴方様に呼ばれる事が我らの喜びにございます」」」」」


「やあ、皆。突然呼び出しをしたりしてごめんね」


 ミツは歩みを止めることなく、歩き勧めながら精霊達へと言葉をかけていく。

 そのスピードに合わせるように、彼女達も飛ぶ速度をゆっくりと、そして美しく羽を動かす。

 ミツが軽い謝罪を口にすると、長女であるフォルテが自身達を呼び出すのは当たり前と声を出す。


「いえ、何をおっしゃいますか。マスターの声に動く我らが矛であり、また盾にございます」


「そうです! マスターが必要とあれば、日が顔をだす前の朝でも、昼食の昼であろうとも。勿論……その、夜にでも……。ポッ」


 フォルテに賛同するメゾが、最後に付け足した言葉は流石に過剰すぎるとは思うが、ミツが言葉を出す前と、ダカーポが会話に割り込む勢いにミツの腕に抱きつく。


「メゾお姉様、何を一人で変なこと考えてるんですか。マスター、私は24時間、1440分、86400秒と、常にマスターの側に居ることができますよ!」


ダカーポ、計算が早いね。


「あらあら、ダカーポはそんな短い時の刻み程度で、常にマスターの側に居ると言えるのかしら?」


「な、なら、ティシモお姉ちゃんなら如何するの?」


「あら、フィーネ。そう言う事は、マスターの近くで口にする物ではなくてよ。後で私がこっそりと教えてあげますね」


「う、うん!」


 ティシモは人差し指を口に当て、ウインクを送りフィーネへと笑みを見せる。

 妹のフィーネでさえ、姉の美し過ぎる姿とその仕草に頬を染めてしまう。

 知的なティシモが、無垢なフィーネへと何を吹き込もうというのか。

 女子率が上がったことに、その場は一気に騒がしくなった。

 ミツが本題に移りたいと声をかけると、皆はピタリと会話を止める。


「ははっ……。皆、お話はその辺で、そろそろ動いてもいいかな?」


「マスター、申し訳ございません。それで、今回、私達はいかがしてマスターの盾となりましょうか」


「うん。あの農村なんだけど、モンスターの襲撃にあったみたいでね。人はもう自分が避難させたから居ない状態なんだけど、まだ無害な動物が数十残ってるんだよ。流石に見殺しもできないから、先にその動物たちの避難を皆には手伝って欲しいなと。それが終われば大きな壁でも作って、篭状態にした後に一気に焼き払おうかと思ってるんだ。どうかな?」


 ミツの言葉に周囲が頷き、賛同する声を出していく。

 その中、三女であるメゾがミツに祈りを捧げるような仕草に目に涙を浮かばせていた。

 

「マスター、とても素晴らしいです! 同じ人族だけではなく、命短し生命にも差し出すその慈愛の心! あぁ〜。愛に満たされたマスターからその様な事をされようものなら、あの生物達は今世全てをマスターに捧げても足りません」


「う、うん。メゾの例えは取り敢えず置いといて。策は賛成としていいかな?」


 過剰な反応を見せているメゾを、ティシモとダカーポの二人が後ろに下げて行く。


「はい。それではマスター。ここはフィーネに頑張ってもらいましょう」


「んっ? フィーネに?」


 フォルテの言葉にミツはフィーネへと視線を送る。

 ミツに注目を受けた事に彼女は顔を赤くしつつも、翼をバサバサと勢い良く動かしては二人の側へと近づく。


「は、はい! 私は生き物を導く力があります。怯えている生き物を移動させるには、マスターのお役に立てるかと」


「へぇー。フィーネにはそんな力があるんだね! うん、それじゃフィーネ。悪いけど頼めるかな。他の皆も自分の分身を連れて周っておくれ」


「「「「はい!」」」」


「マスターの為に、私、頑張ります!」


 四人の返事とフィーネの言葉が嬉しく思うミツ。彼は歩き進めつつ〈影分身〉スキルを発動。二人を出し、後にもう二人を分身に出してもらい四人のミツを出す。

 カインやマトラスト達からは、フォルテ達の翼が大きく広げられていることに、小柄なミツは隠れて見えなかったようだ。


 フォルテ、ティシモ、ダカーポと彼女達はミツの分身を背中から抱きかかえ、フワリフワリと空へ飛んでいく。

 分身のミツも重い黒鉄の鎧を装備しているので、今のミツ一人の重さは120キロを超えているのだが、彼女達は大丈夫なのだろうか?

 そう思っているとユイシスの言葉が来た。

 どうやら発動時のミツ自身の魔力が彼女達の力そのままに影響する様で、支援スキルや笛での演奏スキル等々、過剰な支援を受けたミツが発動して出した五人は結構お強い力をお持ちだそうだ。


 ミツ本人はフィーネに後ろから抱きしめられる様に抱えられる。

 細腕な彼女でも、今のミツは軽々と持ち上げられてしまった。


「それじゃフィーネ、頼んだよ」


「は、はい!」


「フィーネ、マスターに良いところ見せなさいよ!」


「大丈夫、貴女の力はマスターの力。マスターを信じることが貴女の力よ」


「うん。ティシモお姉ちゃん、ダカーポお姉ちゃん。私、頑張る!」


 姉である二人に励ましと気合の言葉を貰ったフィーネは大きく頷きミツを抱きしめる力を更に入れる。

 その際、少しばかり黒鉄の鎧がきしむ様な音が聞こえたが気のせいだと思っておこう。

 次々と空に飛び立つ精霊達だが、ただ一人、少し遅れている人物が居た。

 それは分身に対して手をワキワキと動かし、だらしない笑みと少しばかり息の荒いメゾであった。


「ああ……。マスターのスキルの分身とは言え、こちらのお方もマスター……。はぁはぁはぁ……。ああ! マスター、何故に私から距離を置かれるのですか!? ささっ、私が空高くマスターを何処までも、何処までもお連れいたしますので、マスターはジッとしてて下さい。……はぁはぁはぁ。うひひっ……マスターのうなじ……、マスターの香り……」


 メゾは素早く分身の背後に周り、ガシッと羽交い締めにする。

 あまりにも早すぎる動きの為、メゾを見ていた皆が目を疑った。

 分身は困惑したが、作戦の為と暴れることはせずに、なすがままとメゾに首筋や髪の毛をクンカクンカと嗅がれていた。


「……。よし、見なかったことにしよう。皆、行こう!」


「それではマスター、行ってまいります! 妹達よ、マスターの為に、我ら矛となり盾となる! アドレイション!」


「「「アドレイション!」」」


「アッド! レーイション!!!」


 一人だけテンション高めに掛け声を出し、バサバサと素早く飛んでいくメゾの後ろ姿を見つつ、ミツはフィーネへと声をかける。


「ねえ、フィーネ……。メゾはいつもあれなの?」


「メ、メゾお姉ちゃんはマスターと出会ってからは…。はい……。」


「そ、そう……。あの娘の反応を見てると、昔懐かれてた愛犬を思い出すな……」


 日本に住んでいた頃、子供の頃に祖父のお爺さんが飼っていた犬の事を思い出す程に、今のメゾは散歩を楽しみと駆け出す姿はそっくりであった。


 五人の天使が空を飛ぶ姿はまさに美しく、彼女たちがバサリバサリと翼を動かせば、羽が数本舞い散る。

 その羽は地面にとどく前と、キラキラと光に変わり、彼女達が飛んだ後はまさに幻想的であろう。 


 それを見ていたのはカインやマトラスト、ダニエルや護衛兵だけではない。

 農村の村人、そして冒険者ギルドの面々であるエンリエッタとヘキドナ達も、勿論上を眺めては口を開いていた。

 あれは何だと一人が指を指すが、皆が思うことは一つ。


 天使が舞い降りた。


 

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