第168話 村人に告げる

 バロン副隊長が自身の大槍を突き出し、キラーマンティスの胴体に大きな風穴を開ける。

 ドシンっと倒れたキラーマンティスに追撃と他の騎兵が槍を突き刺し、とどめを刺した。


「怯むな! 我々にとって相手は臆する敵ではない!」


「「「おうっ!」」」


 彼の言葉に、突然の奇襲に戦意を失いかけた騎兵達が気合を入れなおす。

 戦いは数名の怪我人を出してしまったが、先頭の騎兵部隊の壊滅は逃れたバロン部隊。

 モンスターも残りわずかとなり、バロンはこの場は他の者に任せ、彼はアベルの待つ馬車の方へと馬を翻したその時だった。

 森の木々がざわざわと音を鳴らし、次第とそれは不快な羽音を響かせては姿を見せる。


「な、なんだあれは!?」


「バロン様! アレは吸血モンスターのモスキーです! そ、その数……数百! しかも一体だけ、桁違いに大きい奴が居ます!」


「くっ! 全隊、構え。迎え撃つぞ! ……!? なっ、何故……」


 バロンの声に直ぐに戦列を整え構えを取る騎兵部隊。

 しかし、モスキーの数体は流れるようにバロンの部隊に攻撃を仕掛けるが、一際目立つモスキーの大きさ。

 モスキーの進化系であるモスキートングは、バロンの部隊には視線と不快音を送るだけでそのままバロンの頭上を通り過ぎてしまった。


「いかん! あの虫共、殿下の方角に飛んでいっておる!」


 バロンの読み通りと、モスキートングは後方に待機しているアベルの馬車へと羽を羽ばたかせ真っ直ぐに飛んでいく。


「おのれ! 俺を無視するとは、虫風情が!」


「バロン様、殿下の馬車が襲われてしまいます!」


「ぐぐっ! 分かっておる! 弓兵部隊を置いてきたのが裏目に出たか! 糞が! 殿下をお守りしろ!」


「「「はっ!」」」


「殿下!!!」


 バロンは急ぎ、後方に居るであろうアベルの馬車へと馬を走らせる。

 アベルにはかなりの騎兵を護衛に付けて入るが、空からの攻撃には、槍や剣を持つ騎兵はそれ程守りは生かせない。

 本来空を飛ぶモンスターに対しては、バロンの言うとおり、弓兵や魔法士が対策として有効であろう。


 ミツがトリップゲートを使用し、農村に残る人々を避難し終わるその頃である。

 ミツの合図とヘキドナは街道へと道を戻り、エンリエッタの部隊に合流。

 早々と村の人の救出を終えたこと、また農村の状態を前もってシューと合流していたエンリエッタは二人の判断を最善と判断し、一度皆は街道へと警戒をそのままに道を戻る。

 その際、マネとライムのお互いに倒したモンスターの数を言い合う二人の声が聞こえたのか、周囲の男冒険者は苦々しい表情を作っていた。

 それは二人の討伐数が何と100を超えた超えなかったと桁外れな討伐数を話し合っていた為である。

 自身たちでも倒したモンスターの数は10匹そこら。

 しかも、それ程抵抗もしないブロディクの討伐数である。

 ライムとマネのこの以上な討伐数。

 実はミツが農村へと駆け出した際、地面を強く蹴りだし走り去ったことに、もぞもぞとアリンツが地面から顔を出し始めたせいでもあった。

 彼が小屋に辿り着く時には、アリンツの群れは動き出し、集団に村の人を襲う寸前でもあった。

 だがそれを回避したのはミツのトリップゲート。

 彼が人々や家畜を避難しゲートを閉じたその時、小屋の地面からアリンツが一斉にワラワラと出てきていたのだ。

 ミツが小屋の中にいたゼリとルミタの仲間を彼女たちの元に連れていき、次は家に取り残された人々を助けようと駆け出したその時。

 誰もいなくなった小屋の窓や扉を突き破り、中から大量のアリンツが出てきた光景を見たミツは鳥肌を立たせていた。

 うん、流石に1匹2匹なら兎も角、何百も一つの場所から出てきたら気持ち悪い。

 アリンツはシロアリの如く小屋をバリバリと鋭い顎で少しづつ粉砕。

 虫食い状態の小屋はしだいとその姿を消していく。

 ミツは急ぎ残りの人々を救出することに。

 恐らく硬く閉ざされていたであろう扉をミツが無理矢理にこじ開けると、中の人たちは口を開き困惑状態。モンスターが襲ってきたと勘違いした女性や子供たちはキャーキャーと泣いていたが、今は本当に時間がないのだ。

 一応救出に来た家の周りに火壁を出してモンスターの接近を止めては居るが、アリンツは地面から出てくるので火壁の効果はない。

 ミツが街道にゲートを繋ぎ出した後、武器を構えた男性二人に、心を落ち着かせるコーティングベールを発動して女性と子供たちの避難を促した。

 泣き叫ぶ子供の父がその子を抱きかかえ、ゲートをくぐりだす。安全な場所に逃げることができると解れば、残りの人々も避難と動き出してくれた。


「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう!」


「いえ、ここならもう大丈夫ですから。えーっと。それで、貴方があの農村の村長さんですか?」


「はい、この度は村人をお助けいただきましたことを心より感謝申し上げます!」


「いえ、お礼はゼリさん達とそのお仲間に言ってあげてください。あの人達がギルドに報告に来なければ、自分や救援部隊が動くこともありませんでしたから」


「さ、さようですか。はい。必ず心よりの礼を尽くします」


「っと、皆が来たみたいですね」


 避難した人々とミツが話し合っている中、こちらに向かってくる冒険者の数々。

 先頭を走ってくるのはエンリエッタであろうか。


「ミツ君、状況を報告してちょうだい」


「はい」


 ミツは村人の救出が終わった事、またまだ農村にはモンスターが、大量に残っていることをエンリエッタへと報告。

 そして、小屋の一つが大量のアリンツによって崩壊した事を彼女に伝えれば、その話を聞いていた村人がガックリと肩を落とし辛そうな表情を作る。

 ミツは村人には悪いと思うが、村の状態をエンリエッタには嘘偽りなく報告することに。


「自分が農村内を確認したところ、村の作物は程全滅、井戸からもポイズンスパイダーの姿が見えましたので、井戸の水はもう使えないかと……。それと、言いにくいのですが……アリンツの数が多すぎるため、殲滅するには村を焼かなければいけないと思います」


「「「!?」」」


 村を焼く。

 ミツがその言葉を口にした理由は、先程ヘキドナから村の状態を見ては、それが一番の策だと聞かされていた為である。

 ヘキドナの言葉を聞いた者は眉を寄せ、難しい顔のまま同意と頷く者がチラホラ。

 しかし、村人は違う。ミツの言葉に、気持ち沈んで下げていた頭をガバッと上げる村人達。

 そして、村人は次々と止の言葉を飛ばしてくる。


「そ、そんな、村を焼くだなんて!」


「止めてくれ! オラ達の村はまだ死んでいねえ! おめえさんがたがモンスターを倒してくれたら、オラ達はまた畑耕して食い物を作る事ができる! 頼むから村は焼かねえでくれ!」


 止めてくれ、やめてくれ。

 怒りと悲しみ、そして慈悲に語りかけてくるように、村人は涙を流しながらも言葉を止めない。

 自身や家族を助けてくれたミツであっても、彼に向けられる怒りの視線を遮る様に、一歩前にエンリエッタが進む。


「……。皆さん、私はライアングルの街にあります冒険者ギルド、副ギルドマスターをやらせて頂いてますエンリエッタと申します。皆さんのお気持ち、私達は無下にはいたしません」


「……」


「おお! なら、村は助かるんですね!」


 エンリエッタの言葉に視線を落とすミツにかわって、村人達は良かったと笑みをこぼし、安堵の言葉を口にする。

 しかし、エンリエッタの表情は暗く、村人へと変えられぬ事実を彼らに伝える。


「いえ、皆さんが彼の力で救出された以上、我々の任務はモンスターの殲滅です。その為には彼の言うとおり、残念ですが皆さんには村を払っていただきます」


「「「!?」」」


 エンリエッタの表情は本気であった。

 その言葉は曲げる事のできない程に、農村とその地面の下は大変な状態になっているのだ。

 エンリエッタはアリンツの数を聞いた瞬間、ヘキドナと話し合い、農村を焼くべきだと彼女も判断を出している。

 それは何故か。それはアリンツが500匹もいるなら、更にアリンツはその数を増やすだろうと。

 案の定、実は地面の中では女王アリンツが卵を今も産み続けている状態である。

 農村と言う餌が豊富な場所に作られたアリンツの巣は、そのまま放っておけば近隣の村も食い尽くしてしまうまさにイナゴ状態になるのだ。

 アリンツもだが、ポイズンスパイダー、キラーマンティス、モスキーと、人的被害を出す数々のモンスターが住み付いたこの農村と周囲の森をそのままにしてはいけない。


「やめてくれ! オラ達が何をしたと言うんだ! オラ達は野菜を作り、木々を切り籠や薪を作ってきただけだ! お前さん達に村を奪われる筋合いは無い!」


 今にも暴動を起こしそうな村人達にそれでも一歩も引かないエンリエッタ。

 彼女は冷静に、そして同じ言葉を何度も相手に伝え、エンリエッタは相手が納得するまで説明を続ける。

 少し離れ、その様子を伺うエクレア達。


「まあ、それが普通の反応ですよね」


「あたい達でもいきなり家を出ていけだなんて言われたら、そりゃああなるっての……」


「でも、あの状態じゃあ無理だシ」


「フンッ……」


 マネも農村で住む村人の気持ちは分かると、彼女は苦い顔をしている。

 シューは数々のモンスターに埋め尽くされた村で住むなんて不可能だと断言し、農村の方に視線を向けていた。

 未だにゴネる村人を宥めるエンリエッタを見て、ヘキドナが鼻息一つ険しい視線を村人へと送る。

 そして、喚く村人に向かって、彼女は周囲がくすみ上がる程の声を張り上げた。


「いい加減にだまりな!」


「ヘキドナ……」


「副ギルドマスターのエンリさんよ。もうこいつらの言うとおりに、取り敢えず村にいるモンスターを倒して、後はそのままで私達は帰ろうじゃ無いか」


「ヘキドナ、それでは……」


 村人はヘキドナの言葉に頼みが通ったとチラホラと喜びの声を上げる。

 しかし、ヘキドナに対面するエンリエッタは厳しく眉を寄せ、ヘキドナを止めようとするが、彼女はエンリエッタの手を払い、村人を見下ろすと彼らの前に立つ。


 

「お前ら、喜ぶのはお門違いだよ。私たちがやるのは、今村にいるモンスターの討伐だけ。後にでてくるモンスターに関しては私たちは一切手助けなんてしないからね!」


 ヘキドナの言葉にピタリと言葉を止める村人の人達。

 モンスターを倒した後にまたモンスターが現れる? 意味も解らないと黙った村人を見渡したヘキドナは農村の方を見つつ、彼女は説明をはじめる。


「あの村は、今軽く見ても500を超えるモンスターが家や畑を荒らしてる。それを私達が全部倒せてもね、地面の底や、見えないところに産み付けられたモンスターの卵は残るかもしれないって事だよ。それが孵化して、お前が抱きかかえている餓鬼を餌にしても私達は知ったこっちゃない! 村の財産の家畜は食い殺され、増えたモンスターの討伐のためにこの村は大きな責任を負わされることを覚悟しときな。責任も負えないなら、素直に村を焼かれる事が一番の選択なんだよ」


「そ、そんな……」


 ヘキドナはまだ幼い子供を抱き抱えた母親に向かって、村の末路を淡々と説明する。

 母親は我が子を抱きしめる腕に力を込め、怯え震えだす。

 ヘキドナの言葉は脅迫的にも聞こえるだろうが、彼女は事実を口にしている。

 実際、今一次的にモンスターを全て倒したとして、次はどうなる?

 今回はたまたまゼリ達冒険者が村にいたこそ直ぐに救援が来た。

 しかし、地面からいつ出てくるか解らないアリンツの群れは、いつ村人達を襲うかは不明である。

 次はこの倍、いやそれ以上のモンスターが村を襲うだろうか。


「ヘキドナ、下がって頂戴。後は私が話すわ」


「……フンッ」


「皆さん、今は辛い選択かもしれませんが、あの状態では我々の選択は残されてはいません。事実、農村はライアングルの街にとっても不可欠な場所です。ですが、このままでは他の村に被害が回るのは明らかです。どうか、ご理解ください」


「じゃ、じゃが! 我々の判断で村は捨てることはできん! 領主様の決定にて我々はあの場所で野菜などを作らせてもらっておる。この場で村を焼き払うことを勝手に決めては、領主様に記刃を向けることではなかろうか!?」


「……」


 村の村長は最後の切り札と、村は領主様の判断がなければ何もできない事を促してきた。

 流石のエンリエッタも領主の事を突然出されては言葉に詰まったのだろう。

 そこがチャンスと、また村人が次々と反対反対と声を荒げ出す。

 

(そうか、村長さん達が拒絶していた本音がそれなんだ……)


 ミツは少しだけ考える素振りを見せた後、彼は〈トリップゲート〉を突然開き、ある場所へと繋げてはその中へと足を踏み入れる。


「ヘキドナさん、少しだけこの場を離れます」


「ああ……」


 ミツはヘキドナに一言言葉を残し、トリップゲートを発動。

 突然また光の扉が現れたこと、そしてミツがその中へと入っていった事に慌てるエンリエッタ。


「ちょっ! ミツ君、待ちなさい! ……はぁ」

 

 ミツは彼女の止の言葉も聞かず、トリップゲートはエンリエッタの指の先でシュッと消えてしまう。

 それを見ていたヘキドナ。

 彼女はゲートの先が見えたのか、眉尻を上げた後に直ぐに踵を返し、冒険者達の後ろの方にと身を隠すように位置を下げていく。

 姉が突然スタスタと歩き出し、マネは疑問符を浮かべるが、シューとエクレア、二人もヘキドナ同様にミツが何処に行ってしまったのか思い付いたのだろう。

 彼女達はマネの背中を押すように、三人もヘキドナの後を続き歩き出す。


「えっ? 姉さん、どうしたっての? おっ? お前ら、何であたいの背中を押すんだい?」


「マネ、後ろの方なら目立たないシ」


「ほら、さっさと後ろに下がるよ。まったく。リーダー、少年の行動力には飽きれますね」


「フンッ。それが坊やの面白いところでもあるんだよ。さっ、グズグズしてないで目立たない後ろに下がるよ」


 ミツがゲートを潜り抜けた先は、ある一つの部屋。

 彼が今いるこの部屋は、領主ダニエルが住まうフロールス家の屋敷の一つの部屋である。


「えーっと。これかな」


 ミツは部屋の中央のテーブルに置かれた一枚の紙に目を通す。

 そこには御用の際はこちらをお鳴らし下さいと、女性らしい綺麗な字で書かれたメモが一枚。

 ミツがテーブルの上に置かれたベルをチリンチリンと鳴らせば、部屋の扉をノックする音が直ぐに聞こえる。

 扉を開けたのは、ミツが何度か顔を見たことのあるメイドさんであった。


「失礼します。ミツ様。フロールス家へようこそ。本日はどのようなご用件でございますでしょうか」


「こんにちは。すみません、ダニエル様に少しお話がありまして」


 メイドさんは承知したといちど部屋から退出しようとしたその時、扉を少し開き、顔を出したのは執事長のゼクスであった。

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