第163話 告げた言葉、応える思い。

 ミツが口にした言葉に、先程まで周囲が笑いつつ話していた雰囲気を吹き飛ばし、彼のその真面目な口調が空気を重くしては仲間達の口と視線を止める。

 

「……」


「っ……。な、何ニャ、いきなりそんな真面目な顔して。ミツには似合わないニャよ」


「プルン……」


 その場が静寂に満ちたと思いきや、プルンはその場を明るくしようと軽口を吐こうとするが、隣に座るリッコが彼女を止めた。


「ニャ……んっ……」


「皆も知ってると思うけど。さっき、ネーザンさんとの話場で、自分の冒険者ランクがグラスランクに変わった……」

 

「おう。先ずはおめでとさん。まあ、そもそもお前の力でアイアンだったのが変な話だったんだよ」


「おめでとうございます、ミツ君。リック、それだと、なったばかりのグラスランクでも彼の力に比例してるとは言えませんよ」


「おめでとう。確かに、リッケさんの言うとおりよ。ヒュドラを倒す君をグラスと言うのも変な話よね」


「あらあら、ホントにグラスランクになっちゃったのね。フフッ。ミツ君、ランクアップおめでとう。でも、確かに貴方の力を見てしまったら納得しかできないわよね」


「ローゼ、あなたが思う納得とした気持ちは、この場の皆が分かるわ……」


 ランクアップはすでに皆は周知しているだけに、皆はそれ程驚いた反応は見せなかった。

 リック達からは、おめでとう、おめでとうと祝の言葉を言われるが、ミツが伝えたいことはそれじゃないと感づいているのだろう。


「うん、ありがとう。自分もこうして強くなれたのは皆の協力あってだと理解してる。それで、話なんだけど。実は、近いうちに街を出る事を決めた。皆には悪いけど、パーティーから少しの間、抜けようと思う」


「「「「「「……」」」」」」


 ミツが旅人であることは周知した事実。

 何度も共に戦った仲間だとしても、リック達にとっては彼は臨時的なパーティーメンバーである。

 冒険者が街を出るのは極当たり前な事であり、リック達の両親も別の街の出身者である。

 冒険者と言う者はその街に住み着き、その街のため、生活の為にギルドの依頼をこなし日銭を稼いでいる。

 しかし、ミツにとってこの街は別に実家のある街でもない、ただ偶然に立ち寄った街の一つでしかないのだ。

 彼の言葉にプルン達は眉尻を下げ、口を閉ざす。


「なあ、ミツ……。先ず、おまえがこのまま街に残る選択はねえのか?」


 リックがミツへと説得と言う訳ではないが、一応彼へと街に残る提案を出すが、ミツは首を横に振り、返答する。

 

「うん。ちょっと知り合いから頼まれごとを受けてるんだ。それをやり遂げるためには、この街を出る必要があるんだよ」


 ミツの頼まれ事とは、創造神と豊穣神のこの二柱の頼みごとを遂行する為である。

 荒れた大地、枯れた井戸や水場へと、ミツ自身が作り出す魔石を入れるためである。

 何時までも街の冒険者ギルドの依頼をこなしていては、二柱の頼みごとを後回しにしていると思われるかもしれない。

 豊穣神のリティヴァールは兎も角、創造神であるシャロットの小言が飛んできそうだ。


「そうか……ならしゃあねえな。誰がお前に頼みごとを頼んだのかはこの際如何でもいい。お前が決めたことだ。俺達に止める権限もねえから、街を出ることを止めるつもりはねえけどよ」


「リック! ミツがパーティーから抜けるって言ってるのよ! それをあんたは止の言葉も出さず!」


 リッコは声を上げるようにリックへと言葉をかけようとするが、そんな彼女を一瞥したリックは直ぐに視線を戻す。

 

「まぁ……リッコ、座れよ。せめて俺の話を聞いてからにしてくれ」


「くっ……」


 リッコはリックを睨みつける様な視線を送り、渋々と椅子に座り直す。

 リックは聞こえない程度に軽くため息を漏らし、話を続ける。


「はぁ……。ミツ。本心を言うなら、お前が街を離れるのは仲間として、そして友として俺は嫌だと思ってる。それでも、お前は俺達を驚かせる速さで強く、そして上に行っちまってる」


「……うん」


「さっき言ったけどよ、仲間としてはお前と離れたくねえし、このままお前と一緒に街を出る考えも思いついたが、冒険者としては俺達はお前にとってお荷物でしかねえ……。でもよ、考えたらプルンも言ってた様に、お前が居てくれたから俺達は仲間にもなれたし、ローゼ達とも知り合えた。お前は俺達にとっては架け橋だったんだよ。……そんな凄えお前が、俺達の子守みたいに何時までも側にいちゃ、お前の成長の足手まといかなって思っちまうんだ……」


「リック、自分はそんな事は……」


 ミツはプルンと出会い、リック、リッケ、リッコと共に洞窟に挑み、ローゼ、ミーシャを巻き込んで皆を冒険者として成長させている。

 しかし、六人の成長よりもミツの成長は著しく伸び、誰が見てもミツは力をつけている。

 リックは自身の成長と比較してしまい、無意識と罪悪感に襲われていた。

 それは自身達の成長の為に、ミツは強くなれるところを抑え、自分たちと歩幅を無理やり合わせてるのではないのかと。

 ミツが居なければ、プルンとも出会わなかったかもしれない。

 ミツとプルンが出会わなければ、ローゼとミーシャと共に依頼や洞窟に行かなかったかもしれない。

 『もし』や『かも』の話をしても意味がないが、彼の胸に貯まるモヤモヤとした気持ちは彼の弟妹も思っていた事でもある。


「いや、だからさ……俺の話を最後まで聞いてからにしろって」


「あ、う、うん。ごめん」


 何度も喋る言葉を止められたことに少し呆れた口調に変わるリック。

 彼の差し出した手のひらは、苦笑いを浮かべるミツの言葉を止めた。


「……。はぁー。まあ、色々言ってるけどよ。これが普通の冒険者なら、一度別れた相手と、また偶然にも再開して出会う事はねえって親父やお袋に聞いたことあるけどよ……。フッ、お前にはゲートがあるだろ? お前が気が向いたときにいつでもこの街に帰って来れると思うと、何だかそれ程未練たらしくお前を止める気も起きねんだよ。それにお前言ったよな。少しの間パーティーを抜けるって。要するに、戻ってくる気はあるんだろ?」


「そうだね……。本心を言うと、ゲートを使えば自分はいつでもこの街に帰ってくる事もできるから、何だか皆に一生の別れを告げる雰囲気でもないかなって思ってたんだ」


「だろ。だから、お前らもそんな顔すんなよ。別にそこ迄落ち込むことはねえだろ?」


 リックとミツはお互い、この場の雰囲気に少し笑いこぼす。

 リックの中ではミツは一時的にパーティーから抜けるだけであり、またいつか一緒に依頼を受ける日が来るだろうと、彼なりに納得していた。

 だが、妹のリッコとプルンはそれに意見。


「それなら、私たちもあんたと一緒に行っちゃ駄目なの!?」


「ニャ! ウチらもそのミツが頼まれた事を手伝うニャ! だから……ウチ達も……」


 何故か怒った感じに声を上げるリッコに反して、プルンは鼻先を赤くしそうなほどに、次第と声がか細くなっていく。


「ありがとう二人とも。でも、頼まれたのは自分だからね。皆に手伝って貰えないこともあるから。それにね、皆には別にお願いがあるんだ」


「お願いってなんニャ……」


「実はネーザンさんとの話場で聞いてると思うけど、恐らく遠くない月日には自分は次はシルバーのランクに上がると思う」


「ああ。シルバーの次はアルミナだろ? ちゃんと覚えてるさ」


「うん。これはネーザンさんの言葉だけど、自分がシルバーになった時、皆と依頼を受けることは難しくなるって言われてるんだ」


 その言葉に眉を上げ驚く面々だが、直ぐにその理由に思いついたのだろう。

 リッコが自身の胸元に手をあてがえ、首から紐で下げ、服の中に入れている冒険者カードを握る。


「それは、私達がまだブロンズランクの冒険者だから……」


「そう……。正直自分は皆とこのまま冒険者を続けたいと思っているし、皆と一緒に依頼が受けれなくなるならランクを上げたいとも思ってない……。でも、自分は各国代表の前で力を見せてるから、ネーザンさんは渋々とアイアンからグラスにランクを変えたって言ってたんだ。なら、皆とこのまま冒険者を続けるなら如何したらいいかと聞いたら、ネーザンさんは簡単な事だと言ってね……。一つは自分自身が中途半端な冒険者ランクではなく、ゼクスさん程のシルバーランクになれば他の人から下手に目をつけられない事。それと……」


 ミツの言葉を止め、リックが既に理解したと言葉を挟む。


「ああ……。言わなくてももう一つはわかるぜ。ギルド長は、俺達もお前と同じ様にランクを上げろって事だろ?」


 リックが自身のブロンズランクのカードをテーブルに出すと、プルン達も自身のブロンズランクカードを取り出す。


「うん、リックの言うとおりだよ。それと、自分の力に頼ることなく、皆だけで力を上げることができれば、自分がシルバーになったとしても、アイアンになった皆と、また依頼や旅はできるだろうって言ってくれたんだ。ネーザンさんはリック達がアイアンになる迄に、あんたは各国を周り、できるだけその場の人徳を得ときなって言ってたよ」


「……そうか」


 ネーザンの条件は少ないように聞こえるが、実はそうでもない。

 リック達は手に持つブロンズランクのカードを手にする為に、二年間はかかっている。

 ローゼとミーシャもそれに近い年月がかかっているのだ。

 アイアンランクへの昇格の条件はブロンズとは違い、依頼を数こなせば良いという話ではない。

 採取依頼のように、危険を回避して数を熟す依頼は殆ど評価されず、モンスターを討伐した功績だけがアイアンランクへの評価へと加算されていく。

 アイアンランクであるヘキドナ、マネ、エクレア、シューの四人も、多くのモンスターの討伐を報告してはランクを上げている。

 彼女達の場合は、妹達の捜索依頼を出すためには金銭が多く必要だった事もあり、稼ぎの高い討伐依頼を熟していたに他ならないのだが。


「ミツ君は……僕達と一緒に冒険者家業を続けることは……。その、本当に望み何ですか……?」


「リッケ……。うん。自分は皆と一緒にいたいと思ってるよ」


 リッケは恐る恐るとミツへと質問する。

 それに対してミツは彼に嘘はないと、笑みを作り返答する。


「そ、そうですか……。ちょっと照れくさいですね。フフッ……」


 男同士で何だかフワフワとした雰囲気を作ると、二人の間に挟まれたリックが苦笑い。

 

「……でも、要するに私達がアイアンになれないと、ミツ君とは暫くは依頼とか受けれないって事よね……」


「グラスランクからは、依頼の危険度があがるもの。きっと私達ブロンズじゃ同伴は許可が下らないわ……」


 ローゼとミーシャ、二人の話に皆の視線が集まる。

 まさにその通り。ネーザンからは、グラスランクの依頼を受ける際はプルン達ブロンズランクの冒険者の同伴を許可を出せないと言ってきた。

 事実、今までミツが倒してきたモンスターは、本来ならベテラン冒険車のグラスランクやシルバーの冒険者数十人以上を集めて倒せるモンスターばかり。

 ローゼ達と出会った時に戦ったアースベアー。

 ゲイツとリティーナを襲ったリッチ。

 また洞窟内で出会ったデビルオーク。

 そして、ローガディア王国の街一つを滅ぼしたヒュドラ。

 協力もあったが、全てミツの力で討伐している。まだ冒険者として半人前の仲間たちが側にいては、もしかしたら誰かに怪我をおわせ、最悪な被害を出していたかもしれない。

 ネーザンは正直にミツの周りにいる仲間たちは、あんたの足手まといだと厳しい言葉を告げている。

 それは真実であるが、ネーザンはミツが仲間を大切に思っている事も理解している。

 だからと言って、彼らを宝物の様に過保護に扱っては彼らの為にならない。

 失いたくないと思うなら彼らを自立させる力を身に着けさせなければならないと告げてきた。

 話場でミツはネーザンの言葉に心底落ち込んでいた。

 仲間の為にと思い、彼らに森羅の鏡を使用させジョブを変えている。

 ただ変えただけではなく、それは戦闘も有利なスキルを覚える上位ジョブである。

 しかし、ミツのように有能なサポーターであるユイシスがいる訳でもない経験もまだ若い彼ら。

 ミツはリック達に、上位ジョブと言う諸刃の剣を与えてしまった事を突きつけられた。

 リック達が自身の力を過信し過ぎて、後悔する結果を生み出すかもしれない。

 それは身近にいる、ヘキドナと亡くなった妹のティファと同じ運命を歩んでしまう恐れを懸念してである。

 ティファは自身の力を過信した結果、猪突した行動によって命を落としてしまった。

 ネーザンはそれを踏まえ、厳しくミツへと言葉を伝えている。

 

「すみません、ローゼさん、ミーシャさん。折角久し振りに一緒に同行できたのに……」


「何言ってるのよ。私たちがアイアンになる迄でしょ? ならやるしかないわよ! そうでしょ皆!」


「フフッ。そうよミツ君。元々ブロンズランクで終わるつもりなんか、私達は微塵も思ってないんだから。貴方のおかげで得られたこの力。きっと貴方が驚く程の速さでアイアンになってみせるわ。いえ、もしかしたら私達、グラスになるかもしれないわよ!?」


「そうだな! ローゼ達の言う通りだ! なあ、ミツ。お前がどこに行こうが、今より強くなろうがそんな事は今更だ。だから、言わせてもらうぜ! お前は俺達の仲間だ! だから、待ってろ! 俺達、全員お前の希望するランクまで上がってやるってな!」


「リック……。うん。待ってるから……。ありがとう、皆……」


 リックの言葉に周りの皆が頷く。

 彼らの思いに思わずミツの目頭に涙が浮かんでしまう。

 良かった、自分の行いは皆の枷にはなってなかった。

 寧ろやる気を見せてくれるリックの熱い言葉に、ミツの心が暖かくなる思いだった。

 

 そして、リックは名案と皆の注目を集める。


「なあ、皆。俺から提案があるんだが、聞いてくれねえか……」


「何ニャ? ご飯なら買い物の後でもいいニャよ」


「違げえよ! 何でこの流れで飯の話が出るんだよ!?」


「ニャハハハ。冗談ニャ」


「それで、リック、提案とは?」


「あんたの考えでしょ? フンッ、どうせろくな事じゃないわね」


 弟のリッケがリックを宥めつつ話の先を進めるが、リッコの言葉にまた彼の言葉を止めてしまう。

 軽く妹へと視線を送るが彼女はそれを知らんぷり。

 大きな鼻息一つ、彼は話を続ける。


「なっ!? お前な……。フンッ。いいかよく聞け。俺の提案は俺達とローゼ達のパーティーの合併。そして皆で正式なパーティーを立ち上げようと思う」


「「「「「「……」」」」」」


 自身でもこれは名案を口にしたとドヤ顔のリック。

 しかし、彼が期待した反応とは違い、その場は静寂に満ち、皆は目をパチパチ。


「……うっ。駄目か?」


「リック……」


「な、何だよ! どうせローゼとミーシャの二人もアイアンを目標にするんだろ!? なら、前みたいに臨時的なパーティーじゃなく、正式なパーティーを組めば、俺達で色々な依頼も行けるだろう。それによ、ローゼもミーシャも強くなったとはいえ、残りの二人も俺達が一緒に引っ張れば、きっとあいつらも早めに強くなれると思うし……」


 リックは皆にパーティーの合併のメリットを伝えようと早口に述べる。

 それはまるで、ミツがまだ日本で仕事をしていたとき、新人社員同士を集め、プレゼンテーションを任された同僚を見てる気分だった。

 考えたことを相手に伝えたいと言う思いは伝わるが、何故か言葉が固く、早口になり、今のリックの様に額にだらだらと汗を出していた。


 リッコはスッと立ち上がり、兄であるリックの背後に回る。

 すると彼女はリックの背中にバシッと掌を強くあてる。


「痛え! リッコ、おまっ!?」


 突然の事と痛みで驚くリックを気にせず、彼女は賛同する言葉を出す。


「良いわね! リック、私は賛成よ!」


「僕も良いと思います。護衛依頼も僕達は上手くできたと思いますし、今回の戦いでもお二人の力は僕達にとってもプラスになると思います」


「ウチもニャ! ミーシャとローゼは如何ニャ!?」


 周囲の視線が二人へと向く。

 リックの提案はメリットもあればデメリットも見えてくる物だが、目的が同じならば、彼女達にとってもメリットの方が大きいだろう。

 彼女達は互いに聞こえる程の声で短く話し合い、答えを出す。


「ええ。あなた達が許可してくれるなら、私達も喜んであなた達のパーティーに入らせてもらうわ。勿論この場に居ないトトとミミもね」


 元々女性の多いローゼのパーティー。

 リックとリッケ、そしてミツがいるパーティーへと入ることに、自身の成長と安全が上がることを直ぐに理解したのだろう。

 パーティーメンバーに異性がいる事に抵抗を見せる人もいるが、二人としては知らない男からナンパまがいの勧誘を避けることができ、更にはまだ妹のミミを変な虫から守るための安全が第一である。


「フフッ。プルンちゃん、やっと一緒のパーティーになれたわね〜」


 ミーシャは席を立ち、プルンの背後に周り彼女の頭から強く抱きしめる。


「ふっ!? ミーシャ、お、重いニャ。その胸を退かすニャ」


「フフッ、やっん。もー、プルンちゃん、これからもよろしくねー。だから、これくらいは気にしないの〜」


「ニャー」


「判断を誤ったかしら……」


 ミーシャに抱きしめられるプルンだが、彼女は抱きしめられる強さよりも、ミーシャがさり気なくプルンの肩に乗せた大きな双子山の重さに苦しんでいた。

 それを隣りで見るリッコの視線はとても冷たい視線だったかもしれない。


 精算も終わり、話すべき内容を済ませた彼らはミーシャのオススメの店へと足を向ける。

 この世界の習わしなのか、ジョブを変えたときには、武器や防具を買い直す風習があるようだ。

 それをミツがやったとしたら、彼は何回武器防具を買い直さなければ行けないのだろうか……。

 リックは以前、盾と兜と靴を買い直し、リッコとリッケも防具を買い直している。

 それは今、ミツ達が足を止めたその店での話である。


「こ、ここか……」


「まあ、防具屋ってそんなに無いものね……」


「確かに良い品ではあるんですが……」


 三人は以前この防具屋での買い物をした時の記憶を思い出しているのか、各々と頭に手を添えている。

 流石兄妹、やる仕草もそっくりだ。

 店の前で話しているミツ達に目をつけたのか、店の中からいつもの店主が姿を見せた。


「いらっしゃいませーーー!!」


 その足は狙ったカモ……もとい、お客を逃すまいと急ぎ足に近づいてくる。

 あまりの速さに皆はその場を離れることもできず、店主は一気にリックたちとの距離を縮めた。


「ニャ! 出たニャ!」


 手を擦り合わせ、低姿勢にリック達へと商人の笑みを見せつつ彼は舌に油でも塗っているかと思わせるトークをする。


「これはこれは皆様、遠路はるばる我が店にお越しいただき誠にありがとうございます。本日は何をお求めでしょうか? いえ、いえいえいえ! お客様に私、これは不躾な発言を大変失礼いたしました! お客様が発言言わずとも、皆様がこの防具屋『友屋』に態々足を運ばれた時点で私は理解したと証言しても問題ございません! 何故なら、皆様のそのお姿、凛とした佇まいには全てを物語っております。お客様が当店に一歩足を踏み入れたその時こそ、必ずや納得して頂ける品々が皆様をご満足させる事を自信と、商人として誇りにかけ、勿論そのご希望にお応えできますよう私だけではなく他のスタッフ一同が皆様のご満足を底の底まで掘り上げて見せましょう! それでは先ずは鎧から見ていただきまして、次に小手、盾、脚、最後に靴をお選び頂きます。当店は防具だけではなく、日用雑貨、日用衣服を店の隅から隅まで、ずずずいっと、小柄なお嬢様から豊かなお客様までピッタリカンカンとベストヒットしたお洋服もご用意しております。勿論美しいお洋服だけではなく、着心地バツグンの肌着、殿方を魅了させる下着、寝心地最高なベットシーツなど、その他諸々が全てのお客様の目や手や指先に届く場所にご用意させて頂いております。もし当店に無い物をご希望でしたらオーダーメイドも当店は承っておりますのでご遠慮なくお声がけください。いえ、これは失礼、改めて当店に無い品はございません! 他店にはもっとございません! 当店には当店だけの、他店には無いものは当店にこそ品を揃え、指先一つの希望をお応えする事こそがこの友屋でございます! それでは短いご挨拶失礼しまして、お客様の本日のご希望をなんなりと」


「「「「「「長いわ!!!」」」」」」


「フフフッ。店主さん、相変わらずお元気そうですね」


 店主の長々としたノンストップ弾丸トークに、思わず皆でツッコミを入れてしまった。

 って言うか結局彼はミツ達が何を欲しがっているのかわかっていないのだろう。

 ミーシャはここの店員と仲が良いのか、今日来店した目的を店主に告げている。

 ミツの壊れた軽装備や身体のサイズアップしたローゼの衣服。

 他にも皆のジョブ変更の祝としての防具の新調である。

 店主はローゼの言葉に満面の笑み。

 商売の始まりと、彼はパンパンと手を叩き、店の中から数人のスタッフを呼び出す。

 

「「「いらっしゃいませー!」」」


「うわ、増えやがった……。じゃ、俺は別の店に行くから、お前らまた後でな」


「!?」

 

 友屋の店主は、店の中から新たな三人の店員を呼び出した。

 リックは踵を返し他の店へと歩き出すが、店主からは逃げられなかった。


「お待ちください、お客様!」


 ラグビーの様に店主はリックの腰へとタックルを決め、彼の動きを止める。

 店の店員としてそれはセーフかもしれないが、人としてはアウトだ。


「うわっ!? 何だよ! 言っとくが今日俺が買いたい物は武器だからな!? ここには関係ないだろう」


「あれ? リック、ショートランス買い直すの?」


 ミツが疑問と、彼がお気に入りと言っていたショートランスを買い直すことに質問する。

 リックは少し苦い表情を浮かべ理由を話し出す。


「ああ。ゼクスさんから言われてたんだ。使い慣れた武器は俺の力となるけど、丈に合わないものは逆に邪魔にしかならねえってな。だからよ……俺は武器屋に行きてえんだ! この手をいい加減放しやがれ!」


 リックは自身の腰に未だしがみついた店主を勢い良く振りほどくと、彼は放り投げられた中、空中で回転し、シュタッと綺麗な着地を見せる。

 何者なんだ、この店主は……。

 

「おやおや、お客様、それでしたら当店には少しばかりですが、ランスの武器もございますのでどうぞご覧くださいませ。いえ、ランスだけではございません。剣、槍、斧、杖、弓、爪、鞭、ナックル、ナイフ、ハンマー、と多少でございますが是非ともご覧くださいませ」


「ありすぎだよ! 本当に防具屋かよ!? その辺の武器屋と同じぐらいじゃねえか!」


「お客様のご希望に応えてこその防具屋でございますが! さっ、お客様もご希望される生活必需品を、どうぞ当店にてお求めくださいませ」


「い、いえ、自分が欲しいのは軽装備でして。別に前と同じ物でも良いのですが……」


 店主の勢いにまたミツは以前の様に余計な買い物をしてしまうと懸念し、ハッキリと軽装備だけを求めている事を相手へと伝える。

 店主はミツが麻袋から出したボロボロの軽装備を見せると、彼は眉根を寄せ大げさに反応を見せる。 


「な、なんと言うことでしょう! 大変申し訳ございません、只今お客様のお求めになられた軽装備は品切れにございまして。代わりに当店スタッフがお客様にベストフィットマッチングする品をご用意いたします!」


「おい、何でも揃ってるんじゃねえのかよ……」


「いえいえ、品が売り切れて品切れを起こす。それは当店の責任ではなく、お客様には別の商品の出会いがあるということ! ご希望される品がなければ別の品をお客様の希望に変える事こそが我々の役割り、使命、運命、いえ、天命にございます!」


 ま〜何と次から次とペラペラとよく喋る店主であるが、それが当たり前の営業トークと周りの店員もニコニコの笑顔を崩さず、こちらを見ている。


「なんだろう……俺、店に入る前から疲れたわ」


「ははっ……。取り敢えずさ、リックは店の中にある新しいランスを見てくれば? 数も少ないって言ってたから希望する品が無いなら専門の武器屋に行こうよ。自分も付き合うからさ」


「お、おう……」


 リックは渋々と踵を返し、店の方へと歩みを進める。

 その足取りは今から買い物をする者の足取りとは思えない程に、凄く重く見えた。


「それではお客様7名様、ご満足させる品々 をご用意させていただきます!」


「ニャ!? ウチ達も数えられてるニャ!?」


「抜け目が無いわね、この店……」


 店主に捕まったが最後。

 買い物をする予定もないプルン達の背を店員が軽く押し、店の中へと入れてしまった。

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