第162話 グラスランク冒険者として。

 ミツ達がギルドに今回討伐したミノタウロスなどの素材を渡している間、先に屋敷に戻っていたセルフィ。

 彼女は側近のアマービレにいつもの身勝手な行為を窘められた後、ベットへと倒れるように寝そべっていた。

 枕に顔を埋め、足をバタバタする彼女をアマービレはまた呆れつつ頭を抑える。


「う〜。うう〜〜。ううう〜〜〜」


「姫様、その様に寝具の上ではしたのうございます」


「あ〜〜。あ〜〜。あ〜〜〜!」


「姫様!」


 強い叱責の言葉をセルフィへとかけるアマービレ。その瞬間、スンッと動きを止めたセルフィは枕に向かってブツブツと声をごもらせて何かを言っている。


「……」


「姫様?」


 ようやくベットから身体を起き上がらせたセルフィは、アマービレへと視線を合わせ、彼女へと問いをかける。


「ねえ、アマちゃん……」


「はい?」


「アマちゃんは今歳はいくつだったかしら?」


 突然自身の歳を聞かれ困惑するアマービレだが、主であるセルフィに隠すこともないので彼女は自身の歳を口にする。

 これが男性であるグラツィーオとリゾルートなら彼女は嫌悪感を感じていたのかもしれない。


「はぁ……。127となりましたが?」


「そう……。ねえ、アマちゃんは婚約者はいたかしら?」


「……んっ。いえ、セルフィ様に同行を決めた時から、色恋のそう言った話は全て父より断りをお願いしております……」


「そう……。確かラララちゃんも変わらない歳だったわよね……」


 アマービレの家は貴族の称号は持っていない。アマービレの家庭は曽祖父の歴から国に使える戦士家の家柄である。

 その為、アマービレの父の結婚相手の母も戦士家の家柄であり、もしアマービレが結婚する時は同じ戦士家へと嫁ぐ事が当たり前としていた。

 しかし、数年前にセルフィが城を飛び出した事をきっかけと、アマービレの父は自身の娘の将来を切り捨て、セルフィの護衛につけさせている。

 元々男勝りな娘のアマービレに嫁の貰い手などいないだろうと周囲に言っていた父であるが、本音は同性であるセルフィに使えさせた方が娘の婚期が過ぎて自身のもとに帰ってくるだろうと父の願望も入っていたりする。


「はぁ……。あの子は確か117歳ではなかったでしょうか。私達が国を出る時はまだ100を超えてない娘だったはずです。それが何か?」


「……アマちゃんもラララちゃんも戦士家の出よね……。確か、アマちゃんには兄と弟がいたわよね?」


「はい……。父も国の軍に所属しており、兄と弟も国の剣として仕えております。姫さま、先程から何故私の事情の話を?」


「ねえ、アマちゃん、これは極秘的な私の計画なんだけど……」


 セルフィは至って真面目な顔をしてアマービレへと視線を向けるが、その顔と発言に彼女は主に普通はしないであろう嫌そうな表情を作り少し後ずさり。

 

「ちょっと! そんな顔しないでよ」


「す、すみません。セルフィ様のお考えと聞くと、今までろくな結果を生み出しませんでしたので……」


「アマちゃん、本当に私の従者?」


「はい。もちろんです。それで、そのいらぬ計画とは?」


「フッフッフッ……。アマちゃん、少年君と仲良くなる気はないかしら? それは勿論大人の仲と言う意味で」


 セルフィの言葉の意味が分からないと、アマービレの時が一瞬止まる。

 そして、庭から聞こえる人々の声に彼女は時を動かし始めると、踵を返し部屋を出ようとする。


「……。護衛を他の者と代わりますので失礼」


「待って待って、アマちゃん、待ってってばー!」


「うわっ!」


「お願い、アマちゃん、最後まで話を聞いて頂戴! これは国の存亡が関わる話なのよ!」


「はっ!?」


 セルフィの呼び止める声を無視してスタスタと扉の方へと向かうアマービレ。

 彼女を止める為とセルフィが彼女の背後から抱きつくようにしがみつく。

 突然の事にバランスを崩し前倒しになるアマービレの上にセルフィの体重がかかる。

 彼女を逃すまいとセルフィは国の存亡と言う大それた発言を口にすると、やっとアマービレは動きを止め、耳を傾ける。

 セルフィは僅か半日で起きた出来事をアマービレに説明する。

 アマービレ本人は信じがたい話の内容だが、冒険者ギルドにヒュドラを討伐した証である鱗を提出したと言うならば、いずれ情報は耳に入るであろうと話を信じることにした。

 しかし、セルフィの言葉にはアマービレは賛同することはできてはいない。


「と、言う事なの……」


「それで、私と彼が……。ミツ少年と私が婚姻を結べば、国は存続に繋がると……」


「そうなのよ! 私は貴族で彼は平民。結ばれる事は難しいわ。でも、戦士家でご兄弟が既に国に仕えていて、尚且つ家の跡継ぎなんかの話もないアマちゃんはセーフなのよ!」


「……」


 少し、いや。女性相手にその発言はとても失礼極まりないのだが、アマービレはセルフィを叱責せず流していた。


「それにね! アマちゃんもラララちゃんも二人とも美人さんでしょ! 少年君に二人で攻め倒せば行けるわよ!」


「……」


「わよー……わよー……わよ……。駄目かしら?」


 自身でエコーをかけ、なんとかアマービレに自身の気持ちを伝えたいセルフィだが、対面する彼女の視線は明らかに呆れた者を見る視線が自身に向けられていた。


「はぁーーーーーーー……」


「そ、そんなに長いため息を漏らさなくても……」


「セルフィ様。それは不可能です。貴女様の奇策も今回ばかりは的外れな愚策にございます」


「ぐっ! ぐさ」


「まず、私と少年とは面識は殆どありません。貴族の中には結婚式当日まで顔を合さずに結婚もする珍妙な方々もいらっしゃいますが、今回はそれは省かせて頂きます。それと、私は結婚に関しては親が決める事を幼き頃から口を酸っぱくして言われ続けております。もし私の結婚相手を姫様が考えるのなら父と母と他の親族にも、貴女様が魔導具の鳥光文を使わずに直々とご説明ください。最後に、彼の気持ちを無視して私と婚姻となり、その後、本当に彼の心に、我々の国を愛する気持ちは沸きますでしょうか。セルフィ様の話を聞く限りでは、その少年は自身の周りの者に関しては確かに手厚く力を尽くすかもしれません。しかし、国となると、私とラララ。二名の身を捧げたとして本当にセルフィ様のお考え通りに存続に繋がるでしょうか? 下手に我々が少年を招き入れたとして、他国の者にどの様に判断されるか。また、国内で彼を取り合う内戦に発展いたしかねません」


「……」

 

 アマービレはセルフィの考えが穴だらけであることを順を交えて説明する。

 確かに、例え今は相手のいないアマービレとは言え、彼女の父が娘の婚姻を嫌がってもいずれ何処かの男に嫁として出さなければならない。

 元王族のセルフィとは言え、彼女は既に王族ではなく地位を落とした一貴族。

王族としての命ではなく、セルフィ自身がアマービレの親に事の経緯を説明しなければならないのだ。

 それは一度国に戻り、そして許可を得るには何ヶ月もかかるかもしれない。

 フロールス家から離れたくないセルフィにはまずありえない選択の一つである。

 そして、確かにミツを取り合うような内戦も無い話ではない。

 アマービレの言葉に次第と俯くセルフィ。


「セルフィ様。貴女様が以前他国の代表者様方々に告げた言葉をお忘れですか?」


「……」


「彼とは友となる。正にそれが答えではありませんか。何故彼の首に態々枷を付けようとするのですか」


「そうね……。アマちゃんの言うとおり……。私ったら、何を考えてるのかしら。少年君の戦いぶりに少し当てられちゃったかしら」


「ふう……。セルフィ様がそこまで狼狽されるのは珍しくもありませんが、今回ばかりは私のところで話を止めることができてよろしゅうございました」


「アマちゃん、貴女、本当に私の従者よね?」


「はい、例え貴女様が目も当てられない真似をしようと、心より尽くしたいと思っておりますよ」


「……」


 セルフィは今回のミツの戦いは国に報告はしない事に決めていた。しかし、ヒュドラ討伐はいずれ国の方にも情報が行くであろうとアマービレが助言を入れる。

 戦闘に関してはミツの力をそのまま連絡に回したとして信じがたい内容であるが、偽りの連絡を入れるより真実を告げるほうが逆に国は動けなくなると結論を付けたセルフィ。

 アマービレに魔導具である鳥光文で連絡させ、祈る思いでセルフィはそれを見送るのだった。


 後にバーバリとゼクスがミツのトリップゲートを使い屋敷に帰ってくる。

 バーバリもエメアップリアに今回、ミツが単独でのヒュドラ討伐をした事を告げると、彼女だけではなく、側にいたチャオーラ、弟であるベンガルンも口を大きく開けて彼らは驚きであった。 ヒュドラ討伐の情報は一番の早馬で国へ連絡を入れることに。

 また、ミツが竜の血。ヒュドラの血をローガディア王国に献上することを話すと、その場にいた獣人の戦士全てがまた驚きに目を見開く。

 エメアップリアは自身の側近であるチャオーラの腕を治してもらった恩だけではなく、レジェンドクラスの竜の血を受け取る事に、更にミツへと感謝の念を思う。

 バーバリは口でヒュドラを討伐したミツの戦いぶりを説明するが、まるでおとぎ話を聞かされている気分と、半信半疑の周りの反応にバーバリ本人ですら自身で見た内容が信じられなくなってきた。

 だが、ヒュドラ討伐の情報はフロールス家の者にも回り、エメアップリアがダニエル、カイン、セルフィと共に晩餐をする時にはその話で持ちきりとなっていた。

 ちなみにエンダー国のレイリーも共に食事をしてミツのヒュドラ討伐の情報を得ている。

 ここで本人抜きでヒュドラを如何するかなど無粋な話は出なかったが、レイリーはヒュドラの話を聞いてからは彼女は目の色を変えていた。

 ミツのヒュドラ討伐の話はカインとマトラスト辺境伯の頭を抱えさせる内容としては十分すぎ、そろそろライアングルの街に来るであろう国の連絡に期待するしかない二人であった。

 ミツは未だ他国に仕える返答は返していない。

 それは何故かと疑問に思うマトラストであるが、今はそれが幸いであり、彼らにとっての命綱である。

 折角の晩餐も全く料理を楽しむことのできなかったマトラストであった。



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 次の日、ミツ達は昨日渡していたミノタウロスとインプ、それと各自倒したモンスターの素材代を受け取りに来ていた。

 ゼクスとバーバリとセルフィの分はミツが代わりに受け取り、フロールス家で渡す事にしている。

 ミノタウロスの数も数、エンリエッタはその後処理回らなければならないと、詳しい話はまた後と今は別室でミツを除いて洞窟内での話をリック達から聞いている。

 実際、ミノタウロスの討伐はゼクスやバーバリが居る時点で、彼女が疑問に持つ点ではない。

 エンリエッタが聞きたいことはリック達、彼らのジョブである。

 ミツは森羅の鏡の事は秘密にしている訳ではないので、リック達には聞かれたことはそのまま話しても良いと前もって伝えてある。

 

 ギルド長の部屋にて、ミツはネーザンからある物を受け取る。


「これがグラスランクカードですか?」


 ミツの前に置かれたグラスランクの証であるカード。

 それはウッドランクの木でできた証でも、ブロンズランクの銅の証でも、アイアンランクの鉄の証でもなく、濃い青と白が混じった透明感のあるカードだった。

 正面には番号、そして裏にはミツの名前が刻み込まれている。


「ああ。ほれ、坊や。これに受け取りの名前を書いておくれ」


「はい。ミツっと」


 ネーザンはミツがアイアンランクの時にも書いた証明書にサインを求め、ミツが持っていたアイアンランクの冒険者カードを回収する。


「うん。さて、次はこっちだね。エンリの話は長くなりそうだから素材の報酬はあんたにまとめて渡しておくよ。後で皆に分けてあげな」


「はい。ありがたく頂戴いたします」


 ネーザンは大きな麻袋二つと別に中くらいの麻袋をミツの前に差し出す。

 ネーザンはミツが来る前と、昨晩から渡す金の準備を済ませていたようだ。

 ドサッとテーブルに置かれた麻袋の中からは、金属をこすり合わせる音が聞こえた。


「えーっと。お前さん達が持ってきてくれたミノタウロスの鮮度も、インプの討伐の状態も悪くないものとギルドは判断させてもらったよ。あたしの気持ちで少し色をつけてるからね」


「それは良かった。皆も喜ぶと思います。お気持ち、ありがとうございます」


「フフフッ。ああ、牛鬼一体まるまる持ってきたのはあんたが初めてだからね。ウチのギルドとしても感謝だよ。普通なら持って帰れる程の肉の部分を大きく切り分けて来るんだけどね」


 彼女の言うとおり、試しの洞窟の外にある買い取り所にもミノタウロスまるまる一体を持ち込んだ者はいない。何故なら、ミノタウロスの重さは350キロ、軽くても200キロを超える重さがある。

 ミノタウロスの居る8階層まで荷台を持って行く者などいない為、ミノタウロスを討伐した者は価値のある肉等の部位を切り分けて外に持ち出すようだ。


「さて、内訳を説明するよ」


「はい、お願いします」


ミノタウロス一体金15枚 計金2625枚

インプ一体金2枚 計金124枚

ベルフェキメラ部位素材 金180枚

ベヒモスの頭 金145枚

リザードマンの尻尾+鱗数十枚 金3枚

ゴーレムの核 金5枚

ゴブリンリーダー討伐報酬 金3枚


「それじゃ、これとこれをゼクス殿とバーバリ様に坊やから渡しといておくれよ」


「はい、必ずお二人にお渡しします」


 ネーザンはゼクスとバーバリ、二人用として別に麻袋を二つを用意してくれていた。

 二つの麻袋をミツが受け取り、無くさないようにと直ぐにアイテムボックスへとしまう。


「うむっ。坊や、今からグラスとなったあんたに大切な話がある。いいかい、よくお聞き。仕事や金や貴重品をあんたに任せて預けると言うことは、相手が坊やを信じてるからだ。あんたなら理解してると思うけど、人の信頼は裏切っちゃならない。それは冒険者として上のランクに立つものなら尚更に。信頼と言うものは目に見えない分、一度信頼した相手を裏切り、それが壊れてしまったら繋がりは壊れ、冒険者として死んだも同然だ。あんたが自身の力に溺れる事なく、受けた依頼は最後までしっかりとこなしな! いいかい、坊やを見る者はあんたが冒険者としてまだまだ半人前なのは直ぐに分かる。でもね、歳の割にあんたは物分りも力もある。理解力があるなら、その力の使い方をもう一度見直しな。そうしないとあんたを自身の手駒として使い、関係ない者を傷つけるかもしれない事も忘れちゃいけないよ……。長々とすまないね……。あたしがあんたにできる事は、口煩くあんたに言葉をかける事しかできないからね……」


 ミツの歳もまだ若く、冒険者としてまだまだ経験の浅い彼へと、ネーザンは助言と冒険者としてのアドバイスを口にする。

 本来ならば、ミツの様に冒険者としてまだ一月も経っていない者を、グラスランクへと昇進させる事はまず無い。

 それは冒険者としての信頼、実力の二つをギルドとしても見極めないといけないからだ。

 しかし、ミツは誰が見てもイレギュラーな存在であり、規格外な力を各国の代表に力を見せている。

 冒険者ギルドの長として、その者の実力を見て見ぬふりもできず、力をしめしたならば、ギルドはその者を認めなければならない。

 ミツは日本人特有と言える低姿勢な態度がネーザンには良心的に見えたのか、彼への印象と信頼は悪くはない。

 いや、友と言えるエベラの娘であるプルンと今も仲間として共に行動し、貧困としていた彼女の家族の生活水準を上げたミツに対して好印象すらいだいている。

 冒険者と言う者は基本荒くれ者だらけであり、力の無いものからチームから追い出されていくのが当たり前。

 ミツとプルンが出会った頃の彼女の実力は、ネーザンから見ても下の方であった。

 それでもミツ自身が力を付けたとしてもプルンを見捨てず、また新たな友を彼女に与え、共に成長させている。

 高ランクになる条件には、己だけではなく、他者を導く力もなければいけない。

 それは個人の強さが高くても、周りの冒険者の能力が低くては自身の命も落としかねない事が起きる事を防ぐためでもある。

 試しの洞窟で出会った冒険者のゲイツも、実力だけではなく、それも評価されてはグラスランクに昇格している。

 

「はい。ギルド長の言葉、絶対に忘れません。ご配慮、ありがとうございます……」


「ああ。ちょっと説教染みた会話になっちまったね」


「いえいえ、気にしないでください」


 ミツがネーザンに軽く手を振り、彼は本当に気にしない事を示す。

 話は世間話に変わり、暫く出されたお茶を楽しみつつお互いに会話をしていると、部屋の扉がノックされる。


 コンコン コンコン


「ギルドマスター、よろしいですか?」


「んっ、エンリかい。入りな」


「はい。失礼します。ネーザンさん、彼女達の調書終わりました」


「はいよ、ご苦労さん。それで、あの子達は?」


「……。実力を確認しなければ判断しかねます。ですが、今は訓練所は使えません。後日彼らの力を確かめる事に決まりました」


「そうかい……。坊や、随分と面白い魔導具を持ってたみたいだね……んっ?」


「……」


 ネーザンがエンリエッタに手渡された木札を数枚受け取り、内容を確認してはミツへと微苦笑を向ける。

 ネーザンの視線に合わせ、エンリエッタはミツへと向ける視線は険しい物だった。


「森羅の鏡ですか? まあ、あれのおかげで何度か助かった場面もありましたからね」


「ふふっ、そうかい。だがすまないけどね、あの子達の力を見極めるまでは、おいそれと他で使うのは控えてくれないかい?」


 ネーザンはプルン達の力の変化を確認するまではと、森羅の鏡の使用を止める言葉を告げる。ミツ自身、皆を上位のジョブに変えたことに暫くは使うことは無いと思っていたので言葉を聞き入れる。


「……分かりました。では、自分は皆に受け取ったお金を分配してきます」


「ああ。すまないけど、坊やからプルン達には明日またギルドに顔を出すように言っといておくれ」


「はい。失礼しました。あっ、すみません、また空き部屋を使わせて貰っても良いですか?」


「ええ、構わないわよ。部屋に入る前にカウンターのナヅキに私が使用許可を出したことを伝えて使って頂戴」


「ありがとうございます」


 ミツのグラスランクへの昇進と素材代の受け取り。

 両方を済ませ、部屋を退出してミツを見送る二人は、後にまた来るであろうミツのアイテムボックス内にある竜の素材の段取りを直ぐに話し合うのだった。


 1階のカウンターへと戻り、近くで待っていたリック達六人を見つける。


「おまたせ、皆」


「ミツ、ババからお金は貰ったニャ!?」


 声に反応したプルンが早速と、皆が気になっている事を代弁と質問してくる。

 ミツは周囲に見えない様に注意しつつ、アイテムボックスから少しだけ麻袋を見せると、皆は先程までのエンリエッタの調書の疲れも吹き飛んだのか、にこやかな笑みを見せてくる。

 給料日に銀行に振り込まれた金額を見て喜ぶ人の様に、皆はいい笑顔だ。


「うん。ちゃんと受け取ったよ。エンリエッタさんから上の部屋をまた使っても良いって許可貰ったから、そこで皆に貰ったお金を渡すね」


「よっしゃ! ミツ、早く行こうぜ!」


「ハハハッ、リック、押さなくても大丈夫だから。その前にナヅキさんに部屋の使用許可を伝えないと。ちょっと待ってて」


 リックとミツがカウンターのナヅキに話をしに向かう。

 子供のようにはしゃぐ二人を見つつ、リッコは少し呆れた者を見る視線を送っていた。


「はあ……子供ね」


「フフッ。リッコちゃんのお兄さんの気持ちも分かるわ〜。さっ、私達も行きましょう〜」


「私、早く受け取って服を買いにいきたいわ……。家に帰って着る服が殆ど無いんだもの」


「ニャ〜。ローゼ、別に私服でここに居ても気にする人もいないニャよ?」


「そ、それはそうだけど……。戦いの時に着る服も無いのは困るし……それに(私服をあいつに見られるのが恥ずかしいなんて言えないわ)」


「皆さんジョブをかえましたからね。僕も何か新調しようかと思ってた所ですから、僕も服屋に行ってみたいです」


「あ〜。なら私のオススメのお店があるわよ〜。ミツ君も軽鎧ボロボロにしちゃったから、一緒に買いに行きましょうよ〜」


「そうですね。モンスターの炎で燃えちゃいましたから、買いに行かないと行けなかったので、買い物には自分も同行しますよ」


「ニャー、皆で買い物に行くニャ!」


 精算後の話を楽しみと部屋へと移動する面々。時間もお昼近くと言うことで昼食の話もちらほら出始めている。

 ちなみにトトとミミの二人は今日もウッドランクの依頼として街の清掃を受けて別行動をしている。

 部屋に入るなり、リックはバタバタと動き出し、窓を閉め、灯りと話し声を閉ざした。

 ミツが雷の矢をスキルで取り出し、テーブルの中央に灯り代わりと置いておく。

 そのまま置いてしまうとテーブルが焼けてしまうので、ちゃんと木材に突き刺して置いてます。


「扉よし! ドアよし! 灯りよし!」


「リック、早く座りなさいよ」


「お。おう。すまねえ。でもよ、用心にこしたことはねえだろ。それじゃーミツ、出してくれ」


「はいはい。ちょっと待ってね……。よいしょっと」


 ミツを囲むように皆がテーブルに集まる。

 テーブルの上に次々と出される少し大きめな麻袋。

 出す度にジャラジャラと金属の擦れる音に、誰かがゴクリと生唾を飲み込む。


「「「「「「!!!???」」」」」」


「す、凄え……。や、ヤベ、ヨダレが……」


「前回もすごかったけど、今回はそれ以上ね……」


「いえ、リッコ。これはもう前回の数、倍と言う量ではありませんよ……」


「ピカピカがいっぱいニャー! さっ、皆で数えるニャ!」


「流石にここ迄の量は驚くわ……」


 灯りの光をキラキラと反射させる金貨に目を奪われる面々。

 仲間たちはそれを見て驚きだが、やはり紙幣や100円などの銀貨に慣れてしまっているミツには、目の前の麻袋に入った金貨はゲームセンターのメダルか玩具のお金的な感覚が拭えなかった。


「ミ、ミツ君……これ、本当に私達が稼いだお金なのよね?」


「ローゼ、当たり前でしょ。第一、こんなお金何処から持ってくるって言うのよ?」


「そ、そうよね……。き、金貨なんて武道大会で得た時以外触った事もなかったから、目の前にこんなにもあると……」


「ああ、ローゼ、お前の気持ちも分かるぜ。流石にこの量は俺も手が震えるくらいだからな」


「そうよね……」


「二人とも、早く数え終わらないと報酬を分けるのが遅くなるわよ。プルンを見なさいよ、ほら」


「に、し、ろ、は、ニャ。に、し、ろ、は、ニャ。ほい、これで100ニャ」


「「……」」


「俺達も手伝うか……」


「そうね」


 ミツから先に小さな麻袋を受け取っていたプルンは中身を取り出し、金貨を10枚にまとめて目の前に並べ始めている。

 手際の良いその作業を見つつ、二人も手伝うと大きな麻袋へと手を伸ばす。

 7人で手分けすれば早いもので、金貨のマーチが列を作り、それ程大きくもないテーブルを埋め尽くしてしまった。


「よし、こっちの小さな麻袋には、ベルフェキメラを倒したゼクスさんの分で、こっちがベヒモスを倒したバーバリさんの取り分ね。それと、リックとプルンとリッケにも取り分を先に渡しとくよ」


「おう。ありがとよ! これで槍と盾を磨く油が買えるぜ」


「ニュフフ。岩の塊が金貨になったニャ〜。ウチは弟達の新品のパンツでも買ってあげるニャ」


「僕はこのお金は使わずに記念として残しときます」


 三人は個人の報酬を握りしめ、三者三様とお金の使い道を考えているようだ。

 しかし、兄の発言に直ぐに妹が反論する。


「リッケ、何言ってるのよ。お金は使う時に使う物よ。飾り人形じゃないんだから使いなさいよね」


「そ、そうですね……」


 リッケが一人でゴブリンリーダーを倒した記念として得た金だけに、彼はそれをホームランボールの様に記念として部屋に飾りたかったのか。

 今の彼はお金に困っている状態でもないのでそう言った考えが出たのだろう。

 確かに日本に居た時に、オリンピックの記念硬貨や記念切符を使わずに飾る人も居るが、ここはお金を記念として残す習慣はない。

 残す金は将来の事を考えた貯金だけで、残りは生活費として考える物。

 リッコの言葉にリッケは渋々手に握る三枚の金貨の使い道を考える。


「……。リッケ、もしそのお金を記念として思うならさ、リッケに剣を教えてくれたお父さんに何かお返しをしてみたら? きっと喜ぶと思うよ」


「お返しですか……。そうですね。考えてみたら父には何も返せてないですし。ありがとうございます、ミツ君」


「うん」


 当たり前だが母の日や父の日が無いこの世界。人が誕生日を祝うのも5歳、10歳、15歳まで。

 子から親へ贈り物と言う概念が無いだけに、ミツの発言は思わぬアイディアだったのかもしれない。

 

「親父にね〜……」


「ん〜。考えたら私も、お父さんとお母さんの二人には何もしてないわね……」


「折角なら三人で考えてみたら如何かな? 親孝行って訳でもないけど、何かしてもらって喜ばない親はいないと思うよ」


「うん、そうするわ」


 三人は父のベルガーには好きなお酒、母のナシルには新しい婦人服は如何かと話し合う。


「さて、10階層の試練の扉は個人の報酬と言う事は前もって決めてたから良いんだけど。9階層のインプに関してはローゼさんとミーシャさんしか戦ってないんだよね……」


「ああ、まぁ、確かに俺達は突っ立ってただけだな。でもよ、お前もインプを氷壁の方に追い込んでたろ? 何もしてないとは思えねけどな」


 インプとの戦闘時、インプの得意とする接近戦を封じるために、ミツとミーシャの二人が氷壁を大きく貼り、ミツが反対側から土壁を発動してはインプを氷壁の方へと追い込んでいた。

 ローゼとミーシャは遠距離攻撃を活用し、ミツの言うとおり、二人だけでインプを討伐し終わっている。

 ミツはその時ミーシャとローゼのジョブ変更の追い込みを兼ね、その戦闘方法を取ったのだが、内心、彼は戦闘よりもインプのスキル欲しさに動いていたまでである。

 リックの言葉にミツは苦笑いを浮かべてしまう。


「まあ、自分はね……(スキル欲しさに追い込んだだけだし)」


「フフッ、いいのよミツ君。私達もミノタウロスを倒す時はあんまりお手伝いできなかったんだから〜。だからね、気にしなくてもいいのよ〜。ローゼもそうでしょ?」


「ええ。問題ないわよ」


 ミーシャは自身達がミノタウロスの時はそれ程役に立てていなかったことを理由とし、二人で討伐したインプの報酬も皆で分けようと提案を出す。

 その案にローゼも二つ返事に承諾。


「分かりました。それではこの場に居ませんがゼクスさん、セルフィ様、バーバリさんを含め、この場に居る皆でこの報酬を10人で山分けにします」


 皆は異議なしと頷き、目の前に広がる金へと視線を送る。

 今はこの場にいない三人を含め報酬を10分割。簡単な計算なのでここは計算が苦手と言っていたリックへと皆の分を計算してもらうことにした。

 まあ、ただの10分の1にすれば良いだけなので流石にリックは答えを出したよ。


 今回の報酬、ミノタウロスとインプ。

 両方の合計金額は金貨2749枚、一人頭を日本円に変えると、274万9千円が今回の報酬である。

 積み上げられた金貨を前に、ニコニコと笑みを作る者、動揺して小刻みに震える者、目の前の金が夢のようで真っ白になる者。

 三者三様と面白い反応が見れる。

 ゼクス、バーバリ、セルフィの分も前もって準備していた麻袋に金を入れ、ミツのアイテムボックスへと収納する。


「こ、これ。ほ、本当に貰っても良いの?」


「10人で分けてもこの量だもんね……。ローゼが気が引けるのも分かるわ……。はい、それじゃミツ、私の分は預かってて頂戴」


「あっ、僕もお願いします。やっぱりこんなに金を持ち歩くのは不安ですからね」


 自身の持つ小さな麻袋に数枚の金貨を入れたリッコは、残り全てを前にリックに貰った大きめの麻袋に入れ、安心ミツさん銀行へとお預けする。

 リッケも彼女と同じ様に金貨を数枚を抜き、お預けである。

 

「まったく、初めてじゃねえんだからよ、そんなビクビクする程かよ……。ミツ、頼むわ」


「「リック……」」


 やってる事と言ってることが反対な事をするリックへと、二人の弟妹が目を細める。


「仕方ねえだろ! こんなものを持って街中を歩けるか!」


「ニュフフ〜。ウチは自分のボックスに入れとくニャ〜」


 プルンは嬉しそうに金がずっしりと入った麻袋を自身のアイテムボックスへと入れる。

 ミーシャとローゼ、二人もリック達がミツのアイテムボックスへと預けているのを見て、二人も家の近くまで金を預かっててとミツへと渡してきた。

 何か前もあったこの光景、ミツは少し笑いつつ二人の金も預かることに。


 これで精算も終わり。

 長かった試しの洞窟も終わり、ミツだけではなく、共に洞窟に挑戦したプルン達も成長ができた。

 途中参加のミーシャとローゼも上位のジョブに変えることかできた事を、彼は満足げに仲間たちへと言葉を送る。


「よし、皆、改めて洞窟探索お疲れ様。自分もだけど、洞窟に行ったことに皆は本当に強くなったよ。これからもまだまだ成長はするから、頑張ってレベル上げをしてね」


「何言ってるニャ? ウチらが強くなれたのはミツのおかげニャ! ミツが居たからこそ、ウチ達は強くなれたし、仲間にもなれたニャ。ウチ達はミツに感謝してるニャよ」


 プルンの言葉に、皆は笑顔に頷く。


「そうよ。兄妹三人だけの洞窟探索だったところに、あんたとプルンが来てくれなかったら今のこの状況は無かった事は間違いないわ」


「いえ、リッコ。ミツ君とプルンさんのお二人と初めて出会ったあの時がなければ、僕達は未だに強さを求めたりはしていなかったと思いますよ」


「あら、私はリッケがマネって人と出会ってたら、どの道今みたいに、強さを求めてたと思うけど」


「リ、リッコ、何を言い出すんですか!?」


 顔を真っ赤にするリッケだが、彼のマネに対する気持ちをこの場にいる皆は既に周知。


「フフッ。人の想いは人を引きつけるって聞いたことあるけど、ホント、その通りね。ミツ君、私もあなたと会えたことに感謝してるわよ」


「ミーシャさん」


 彼女自身、僅か半日で急成長をなし遂げた。

 それは今後の冒険者として強みになり、自身を守る為、力を得たことの彼女の本心から来た感謝だった。

 そして、彼女はさり気なくミツの手を取り、自身の胸へ近づかせていく。 

 ミーシャはミツに正面に向き直っている為か、それが見えたのはミツの左側に座るリッケとリックの男だけ。彼女の行動は他の女性陣から見えなかったのか、睨まれる視線は送られることはなかった。

 うむ、金貨を触って少し冷えた指先がミーシャのオパイ様で暖められていく。

 彼女のオパイ様は、ミツの欲を引き寄せましたよ。

 そんなやり取りが行われているとは隣にすわるローゼは気づかず、目を細め少ししんみりとした雰囲気を感じさせる話をする。


「洞窟に行くきっかけはアレだけど、それでも私もあなた達と共に行けたことが今では良かったと思うわ。それに……フフッ。リックが言ってた度胸って奴も確認できたし。あと、あなた達が何故そこまでミツ君の行動に落ち着いて見れてた理由も……」


「フッ。ローゼ、俺達はあれだけの物を見せられたんだ。俺もだが、きっとお前もミーシャも、冒険者としてまだまだ強くなりたいって欲がでたんじゃないか? それに、ここには居ねえが、トトとミミも同じ事を思うと思うぞ」


「そうね。トトとミミちゃんも早く一人前にしないと、私達がいつまでも保護者役は二人にも失礼になるもの」


「そうニャ。二人も仲間ニャ! 二人がブロンズランクになったら二人を洞窟に連れてって、ウチ達のように強くするニャよ」


「ああ。そうだな」


 この場には居ないがトトとミミも共に依頼を経験した仲間である。

 試しの洞窟にまた行けることがあれば、二人の為に彼らはまた挑戦するだろう。

 後の話に盛り上がる仲間たちを見つつ、ミツは後の話をすることにする。

 だが、その言葉を口にするのは口が重く、口にした言葉は僅か数文字であろうと周りの言葉を一瞬で止めてしまった。


「皆に……話があるんだ」


「「「「……」」」」

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