第161話 やりすぎた納品

 冒険者ギルドの裏には少し広めの庭がある。

 庭と言っても庭園などはなく、生け簀のような小さな池と倉庫が一つあるのだ。 

 池の中には魚型モンスターが入れられたりするが、今の所生き物は泳いでは居ない空っぽの池である。

 その裏庭に集められた数名の解体専用のスタッフ。

 そして、ギルド職員数名がドキドキと胸を弾ませ待っている物。

 それは地面に敷き詰められた木の板を前に、少年とこのギルドの副ギルドマスター、二人の会話が終わるのを待っていた。 


「それじゃ、出しますね」


「ええ。出して頂戴……」


 冒険者ギルドの裏庭にて、ミツは洞窟内で討伐した素材品を庭にある倉庫内で出そうとしたのだが、ミノタウロス一体の大きさがある為、全てを出すのは不可能だと解体スタッフにすぐに判断された。

 仕方ないので以前の様に庭にパレットを敷き詰める様に、木の板を置いているのでそこに素材品を出すことになった。

 素材品がミノタウロスと言うことで解体スタッフは嬉しそうにそれを待つ。

 ギルド職員も久々のミノタウロスの肉が市場に出回る事を聞いたのか機嫌が良さそうだ。

 ミツの側にいるエンリエッタは警戒と訝しげな視線をミツに送りつつ、気を引き締めその場に立っていた。

 プルンがネーザンのお願いにてカウンターに足を向けたところ、そこには職員服を着たエンリエッタが居たそうだ。

 プルンが庭に来てくれと告げると、前もってスタッフを決めていたのか、エンリエッタは二つ返事でその場の役割を分担し、庭へと解体スタッフ。そして受付嬢のナヅキとエイミー二人を連れて庭へと来ていた。


「それじゃ、今回は洞窟8階層のミノタウロスからですね。よいしょっと……」


 一体のミノタウロスを取り出せば、解体スタッフの方から、でけえと感嘆の声が聞こえてきた。

 ミノタウロスの大きさは高さ3.5m、体重350キロと力士二人分であろうか。

 一体だけでも結構場所を取るため、この場に倒したミノタウロスを全部出せるのか不安になる。他の冒険者がミノタウロスを倒したとしても、丸々一体全てを持ってくることは無いそうだ。

 取り敢えず、ミツは倒したミノタウロスを出し続ける。

 一体出すたびに、ドシンドシンと地面が揺れ、そしてその場に居るスタッフ全員の顔を引きつらせる。


「ふ〜。ミノタウロスは取り敢えずこれで全部です」


「173……174……175。ミ、ミノタウロス175体確認しました……」


「……」


 ナヅキとエイミー、二人が数え間違えの無いように互いに数を数え、間違いなく175体のミノタウロスを確認してもらう。

 エンリエッタは既にこれだけでも目を背けたくなる数に、彼女は目を細め、ナヅキとエイミーの言葉をコクリと頷きだけで聞き入れている。

 積み重なるミノタウロスの数を少し離れた場所で見ていたリック達も、改めてその数に圧倒されていた。


「凄え数だな。あれ、本当に俺達が倒したと思うと信じられねえな」


「頑張ったものね。んー。やっぱり私の矢の攻撃よりも、セルフィ様のヘッドショットが目立つわ」


「そう? ミノタウロスの討伐は、リッケが一番戦ってなかった?」


「そうニャ。リッケ、ジョブの為に頑張ってたニャ!」


「ぼ、僕は無我夢中でしたので……。それに、僕が倒した数の半分以上はミツ君が攻撃を与えてましたから、僕が攻撃をする時は殆どミノタウロスは抵抗すらしませんでしたから……」


「フンッ……それでも貴様は、やるべき事をやり遂げた男なのだ。うだうだと口をこぼすな、みっともない……」


「は、はい……。バーバリ様、ありがとうございます」


 ミノタウロスを一通り出し終わり、次は9階層にいたインプである。

 数もソコソコにいるのだが、大きさがそれほども無いのでミノタウロス程には驚かれては居なかった。

 だが、そのインプ全てをミーシャとローゼ。二人だけで討伐したことを告げると、エンリエッタは二人へと険しい視線を送っていた。


「はい。これで9階層のインプは全部です」


「ご苦労様。エイミー、数え終わったかしら?」 


「はい、副長。ミノタウロスもインプも損傷も少なく、両方とも粗悪品ではなく、優品かと思われます。インプは全部で62体確認できました」


「エンリエッタさん、私の方でも62体分を確認しました」


「わかったわ。ミツ君、取り敢えず数え終わった奴は運び出すけど良いかしら?」


「はい。庭も少し狭くなってきたので、まだ出す物はありますから場所は必要ですからね」


 エンリエッタは解体スタッフに連絡を回せば、数台の荷台が運ばれてきた。

 四人で一体のミノタウロスを運ぶのか、地下の闘技場へと一先ず運び始める。

 流石に時間もかかるだろうと思いきや、荷台の流れは止まることもなく次々とミノタウロスとインプの亡骸は解体スタッフにより運ばれていくことになった。


 作業の邪魔にならぬよう、場所を倉庫に移動してゼクス達を手招きにて呼ぶミツ。

 それを見て仲間たちが倉庫へと移動を始める。


「さて。皆さん、次は試練の扉にて討伐したモンスターの査定です。エンリエッタ様のお側に参りましょう」


「はい!」


「リッコの野郎、テンション高えな」


「僕はもう慣れました」


 ゼクスの言葉にリッコのテンションが上がっているが、二人の兄は妹のそんな態度を気にせずとした感じである。


 ミノタウロスの運搬に結構人手を持って行かれた為、ここに残った人達は解体スタッフのお偉いさんに近い人達である。

 ゼクスとも面識はあるようで、久し振りの再開に世間話が少し聞えてくる。


「それでは、先ずはゼクスさんが討伐したモンスター。ベルフェキメラの素材ですね。試練の扉の中には先にゼクスさんが入っていましたので自分は入れませんでした。なのでベルフェキメラの素材はゼクスさんご自身の解体です」


「「!?」」


「ベルフェキメラ……」


 ゼクスはマジックバックに入る限界まで素材の吟味をし、彼が持って帰ってきたのはベルフェキメラ本体の獅子の顔と数カ所の骨、蛇の毒袋、そして狼の牙、鳥類からは羽を十数枚。

 そしてベルフェキメラの胴体をナイフで開き、心臓と臓器である。

 ミツが板の上に並べていくと、ナヅキ達からは驚きの言葉が出ていた。

 解体スタッフも貴重なキメラの素材を目にした事に更に興奮が高まっている。

 それはキメラの進化したベルフェキメラだからこそ、その興奮は更に上がりまくりなのだろう。


「うへぇ〜。明るいところで見ると頭の大きさがよくわかるぜ。キメラってこんなにデカかったのかよ……」


「凄いですね……。あの凄い戦いを見た後では、このモンスターの脅威度がひしひしと感じますね。しかもこれを一人で討伐ですから、もう言葉がありませんよ」


「フフン! 当たり前でしょ! 何たってゼクス様がお一人で討伐したんだから!」


「ニャハハ。ニャンでリッコが自慢気ニャ」


「いいじゃない〜。私は冒険者としてリッコちゃんの憧れる気持ちも分かるわ」


「そうよミーシャ。あんた、中々見どころがあるじゃない」


 ミーシャの言葉に笑みを深めるリッコ。

 リッコはお互いの推しが同じと、彼女はミーシャを共感する仲間と認めたようだ。

 

 ベルフェキメラの素材はとても貴重であり、討伐して間もないと言う事で、品質は優品と査定されたようだ。

 続けて出すのはバーバリが討伐したベヒモスの頭である。

 バーバリはゼクスの様に器用な解体が苦手なのか、切り落とした首一つ拾い上げた後に、残った素材には目もくれずに戻ってしまっている。

 だが、ベヒモスの素材中で一番価値があるのが頭であった。

 ベヒモスの目玉はマジックアイテムにも加工でき、脳は高級回復薬にも仕える。

 頭蓋骨は使い道に関しては何にでも使えるので高値取引は確定であった。

 元シルバーランクのゼクスと他国の師団長を務めるバーバリの実力は、倒されたモンスターにて改めて関心と人々の評価を底上げした。

 

 エンリエッタはミツが次にアイテムボックスから取り出した物に視線をやり、指を指して質問する。


「!? ミツ君、これも洞窟品かしら」


「はい。これはリックが倒したリザードマンの尻尾ですね」


「……これを彼が。それは間違いないかしら?」


「は、はい! 俺が倒したリザードマンの尻尾です」


 次に出した素材はリックが討伐したリザードマンの尻尾である。

 リックは自身の功績を告げるため側に近寄る。 


「そう。君も随分と力をつけてるみたいね。ところで一つ聞きたいんだけど……何で持ってきた素材が尻尾なのかしら? リザードマンは全身の鱗、鋭く尖った牙と爪のほうが価値はあるけど」


 エンリエッタの疑問とした言葉に一瞬たじろぐリック。

 彼はリザードマンを倒した後、何も考えずと取り敢えず大きな尻尾が目に入ったので、それをナイフで切り落として持って来たのだ。

 確かに自身でも強力だと自覚していた爪や牙を何故持ってこなかったと、彼はエンリエッタの言葉に少し後悔してしまう。


「あっ……す、すみません。尻尾の方が大きかったので、持てる分としてこっちを持ってきました……。もしかして、尻尾ってそんなに価値は無いんですかね……」


「いえ、尻尾にも鱗は付いてるから価値はちゃんとつけるから安心して。でも、今度から同じことを避けるならモンスターの貴重な素材の事も知っておくべきよ」


「はい! ありがとうございます」


「良かったね、リック。あれだけ奮闘した分、これは価値のある素材になったね」


「おっ、おう……そうだな」


 次はリッケが討伐したゴブリンリーダーの切り落とした腕と耳であるが、ゴブリン自体それ程価値もないので、リッケの持ってきた素材は買い取りという形ではなく、討伐報告の方として報酬が払われるそうだ。

 折角倒したゴブリンリーダーだったが、リッケはやり遂げた達成感の方が強かったようで、それ程報酬に関しては愚痴をこぼすような言葉は彼は出さなかった。


「次はプルンが倒したモンスターの素材なんですが」


「あら、プルンも何か倒したの?」


「ニュフフフ〜」


 順番的には次はプルンが倒したゴーレムの素材なのだが、ゴーレムを倒した時にプルンが拾った核は、本人が持っているのでミツは視線を彼女へと向ける。

 エンリエッタがミツの視線が向く先、プルンの方へと視線をやれば、彼女はニヤニヤと笑みを作り、こちらへと近づいてきた。

 プルン、その笑い方は女の子として駄目だと思う。


「プルン、あなたは何を倒したの? それと素材を持ってるなら早く出しなさい」


「も〜。エンリはせっかちニャ。ウチが持ってきた素材はコレニャ!」


 プルンは腰に手を回し、エンリエッタの前に自身が倒したゴーレムの核を見せる。

 ボーリングの玉ほどの大きさの核も驚きだが、エンリエッタは別のことに対して驚き眉を上げていた。


「……!? あ、あなたそれ……」


「ニュフフ。どうニャ? 驚いたかニャ。流石の副ギルトマスターのエンリ様も、これだけ大きなゴーレムの核は見たことは無いニャね!」


 プルンは手に持つゴーレムの核を自慢気に両手でかかげる。

 彼女の笑みも申し訳ないと思うのか、エンリエッタは少し苦笑いにその価値を示す。


「いえ、それぐらいの大きさなら、そこに居るゼクスがまだ現役時代の頃ギルドに幾度か持ってきてるから驚くほどでもないわ」


「ニャぬ! おじさんが!」


 エンリエッタの言葉に、プルンは後ろでいつもの笑みを作っているゼクスへと睨みを効かせるが、その行為は周囲の者を笑わせる行為であった。


「それより、プルン。あなた、今どこからそれを出したの?」


「ニャ? 何処って、こんなふうにアイテムボックスから出したニャ」


「「!?」」


 エンリエッタはプルンの持って来たゴーレムの核の大きさよりも、プルンがスキルで取得したアイテムボックスの方が、彼女は目を見開き驚く程の報告であったようだ。

 側にいたナヅキもエンリエッタと同じ反応である。


「えっ! プルン、貴女アイテムボックスが使えるようになったの!?」


「そうニャ。ウチ、ジョブを変えてアイテムボックスを使えるようになったニャ」


「えっ!? ジョブを変えたって、いつの間に?」


「あー……」


 通常本人のジョブは冒険者ギルドや商人ギルドなどで変更ができる。

 しかし、プルンは商人ギルドに登録はしていない。

 プルンがもし冒険者ギルドでジョブを変えていたなら、カウンターに居るナヅキに情報が行かないことはないのだ。

 彼女がノービスからモンクへとジョブを変える際も、冒険者ギルドでジョブを変えているのだから、次のジョブも当然冒険者ギルドでやると思われていた。

 一体彼女は何処でジョブを変えたのかと質問するナヅキに、言葉を躊躇うプルン。

 ミツの持つ森羅の鏡は普通ではない魔導具である。

 プルンもそれを口にしていい物かと口を止めた理由でもあった。

 そんな彼女の視線を受けたミツは眉尻を上げ、ニコリと笑みを返す。


「いいよ、プルン。エンリエッタさん達には別に隠す必要もないから。ナヅキさん、プルンのジョブ、それとリック達のジョブは自分が持っている森羅の鏡と言う魔導具にてジョブを変えています」


「え! みっ、皆って……。ここに居る全員なの?」


「いえ、ゼクスさんとバーバリさんは違いますけど、他の6人は上位のジョブに変わってますよ」


 プルンの他に、リック、リッコ、リッケ、ローゼ、ミーシャ。この六人のジョブを変えていることを簡単に説明すると、エンリエッタは険しく眉を寄せ、厳しい視線をミツへと向ける。

 ミツがエンリエッタの方へと振り向き直す時には、彼女は掌を目元にあてがえ、いつものキリッとした表情に戻していた。


「……」


「エンリエッタさん?」


「話はまとめて後で聞くわ……。取り敢えず、次は彼女達の誰の分かしら?」


「あっ、いえ……。ミーシャさんとローゼさんは戦闘は辞退されまして、リッコも戦いはしたんですが……」


「どうしたの? 粗悪品でも一応ギルドは引き取るわよ?」


「あー。それが……。リッコは魔法攻撃が強すぎて、モンスターの素材を残すことなく消し炭にしちゃいました……。なので、リッコの倒したモンスターの素材はありません」


「消し炭って……。そ、そう……。分かりました……。それで、最後は君かしら?」


「はい。でも少し大きいので、ミノタウロスとかの片付けが終わってからにしましょうか」


「……」


 この後、目の前の少年が何を出すのか不安と、無意識に胃の辺りを抑えているエンリエッタであった。

 ミノタウロスを運ぶスタッフへと視線を送れば、彼らに指示を出すネーザンの姿が見えた。

 彼女が側に近寄り、今回もモンスターの数も多いことに彼女は笑みを浮かべ、支払いはまた後日にと言葉を告げられた。

 前回も同じ様に素材の引き渡し代金は日を跨いで受けたので、リック達は問題ないと二つ返事に了承する。

 ミツは次第と運ぶペースの落ちていく運搬を見ては、残ったミノタウロス全てを1度アイテムボックスへと戻し、ミツがそのまま地下の方へと運ぶことにした。

 いや、最初っからこうした方が早かったよ。 一度に運び終わった事は感謝されたが、先に運んでいた人達は苦笑いを浮かべてるんだもん。


「暫く地下の闘技場は使えないわね……」


 ミノタウロスの素材の状態を確認するためにも今は素材は山積みではなく、地面に全て寝かせている。

 訓練場の地面一面を、ミノタウロスの素材で敷き詰めると凄い光景である。


「坊やすまないね。手伝ってもらって。流石にあの大きさのミノタウロスを、全部運ぶにも時間がかかるからね。お前さんのアイテムボックスがあって助かったよ」


「いえいえ。それでは裏庭に戻って素材を出しますね」


「さてさて、どれ程の品なのか……」


「?」


 ネーザンの言葉に訝しげな視線のエンリエッタ。

 ネーザンは既にセルフィから話を聞き、ミツが何を討伐して、彼のアイテムボックスにとんでもないものが収納されていることを知ってはいるが、やはり自身の目で確認することが楽しみであった。


「出します、もう少し離れてください!」


 ミツのその言葉の後、ぐっとアイテムボックスから引き出した物に、その場の一同が唖然と大きく目を見開き驚く。

 取り出したヒュドラの大きさは軽く見ても旅客機の飛行機を軽く越す程。

 頭から尻尾までを真っ直ぐ出しては裏庭には入りきれないので尻尾の方からとぐろを巻かせていく。

 とぐろを巻いていくと、ヒュドラの高さは冒険者ギルドの建物の大きさを軽く超え、太陽の光をキラキラと鱗を美しく反射させるヒュドラは大きな宝石にも見えるだろう。

 だが、五つの頭を見てはその感情も湧くはずもない。


「「「「「!!!???」」」」」


「凄えー! やっぱデケェな!」


「キラキラニャー!」


 リックの言うとおり、ヒュドラの大きさはこの世界にはない5階建てマンション程の高さになった。

 晴天の効果なのか、周囲が反射した光に青と紫に染まっている。

 ミツが戦いの時に取れてしまったヒュドラの鱗をアイテムボックスからザラザラと取り出し、地面に山積みにしている光景を、リッコが唖然として見る。


「あ、あの鱗一枚が虹金貨三枚……。何百……いえ、小さいの含めたら何千枚なのよ……」


「さ、流石にもう動かないとわかっていても恐ろしいですね……」


「流石にギルドマスター達も、あの反応なのね。いえ、あれが普通の反応なのよ。ああ、ミツ君と一緒にいると本当に感覚がおかしくなるわ」


「ローゼ、私達はまだこれを先に見てるから良い方よ。外からでもこの大きさのモンスターが見えない訳ないもの。ほら、聞こえるでしょ。外から街の人たちの叫び声が……」


 ヒュドラは竜と言われているが、その頭は蛇そのもの。

 なので、瞼が無いので瞬きはしない。

 ヒュドラが既に生命を止めているとはいえ、リッケの言うとおり、ヒュドラの鋭い眼に見られては恐怖心を湧き立てるのかもしれない。

 ローゼは改めて見るそのヒュドラに一歩退くが、一度見たことのあるだけに周囲よりかはまだ落ち着いた反応を見せている。

 解体スタッフは腰を抜かし、あわわと言葉にならない声を出し、ナヅキとエイミーの二人は正に蛇に睨まれた蛙状態と立ったまま気絶していた。

 ミーシャの言うとおり、ギルドの外からでもヒュドラの姿は街の人々から目視されている。

 冒険者は剣を抜き身構え、街の一般人は悲鳴を上げて逃げ出しているのかもしれない。


「ホッホッホッ。まだ私が生きる内と、このような素晴らしき物を目にしようとは。いやはや、あの方に出会えたことは幸運ですな」


「フンッ。貴様と気を合わせる気はないが、その言葉に偽りなしと我も同意するとこ。しかし、あの反応からして予想通りであろうか……」


「これが今回自分が倒したヒュドラですね。鱗一枚を先程ネーザンさんにお渡ししましたけど、これだけビッチリと鱗が付いるなら、まだお渡しもできますね。……? エンリエッタさん? ネーザンさん?」


「「……」」


 ミツが二人の方へと向き直すと、二人は頭の中が真っ白。いや、漫画とかで見たことのある放心状態と言ったほうが分かりやすいだろうか。

 二人に言葉を告げるが反応が帰ってこない。

 ミツは取り敢えず出す物は全て出したとその場を任せて帰ろうと踵を返すが、先に我に帰ったエンリエッタから背後から羽交い締めを受けた。


「えーっと。それじゃ置いていきますので買い取りお願いしますね 」


「……! ちょっと待ちなさい! ミツ君、直ぐにこれをボックスにしまいなさい!」


「えっ? でも、自分のアイテムボックスに収納したら解体とか、買い取りができないのでは?」


「いいから! 早く片付けなさい!」


「は、はい」


 数センチで顔が当たる程の近さでエンリエッタが早口に口調を強めながら、ミツにヒュドラを片付けることを告げる。

 そのエンリエッタの口調に周囲も次々と意識を戻したのか、エンリエッタはスタッフやナヅキとエイミーに慌ただしく指示を送り出した。

 どうやらヒュドラの姿を見た者がギルド内に剣を握りしめ入ってくるであろうと先に手を回したのだろう。

 止めなければギルド内が大変なことになる。


 ヒュドラはミツのアイテムボックス内に収納し、その場は落ち着きを取り戻す。


「は〜〜〜……」


「エンリ、ため息が長いと婚期が遅れるニャよ」


「くっ!」


「ニャ! エ、エンリの顔が怖いニャ……」


 プルンの言葉にガリっと音がする程に奥歯を噛み、彼女を睨むエンリエッタ。

 年頃の女性にそれは禁句だよプルン。


「余計な事を口にするからだよ。それで、ネーザンさん、エンリエッタさん、ヒュドラの買い取りの方は……?」


「……」


「ふむ……。セルフィ様のお言葉の意図が私はやっと理解したよ。坊や、結論から言わせて貰うけどね……。坊やが持って来たヒュドラはウチでは買い取りはできないよ」


「えっ! なんでですか?」


「は〜。君は! 本当に! 常識の内で物事を考えなさい!」


 ネーザンが目を瞑りながら、ヒュドラの買い取り拒否を告げる。

 その言葉にミツが驚くが、隣にいるエンリエッタが長いため息を漏らした後、ミツのひたいに指をコツコツと当てながらフンスと鼻を鳴らす。


「坊や、お前さんが持って来た素材は明らかに他とは違うよ。一番の理由としてはそれをウチで買い取る程の資金は無いこと。それとアレだけの品を管理できないこと。そして最後に一番の問題だけどね……」


「はい……」


「それを解体できる職人がウチには居ないんだよ」


「あっ……なるほど……」


「さもありなん……」


「おや、バーバリさんはこうなる事をお見通しでしたか」


「何を言うゼクス。貴様程の男がこの事に気づかぬ訳ではなかろう」


「ホッホッホッ。はい、それは勿論。ですが、あれ程の激闘後に水を指すことも無いようと、口を閉しておりました。結果、彼のあの姿を見れたのですから良いではありませんか」


「……お前は本当に希に悪趣味なことをするな」


 その話を聞き耳スキルで拾っていたミツは、ゼクスへと振り返ると彼はなんとも楽しそうな笑みを作っていた。


(な、なんて執事だ。後でダニエル様にチクってやる。いや、ロキア君に言ったほうがまだ良いか)

 

 隣で話しをしているバーバリも薄々と気づいていたのだろうが、他国の冒険者ギルド内の事情など知るわけもないので、彼は黒ではなく、グレーとしてミツはバーバリに対して怒りは沸かなかった。


「はー。なら、ヒュドラってどこに持っていけば解体と買い取りってしてもらえますかね?」


「そうだね……。王都の冒険者ギルド本部に渡すのが良いだろうけど……。若しくは何処かの貴族のお偉いさんに買い取って貰うかだね。ヒュドラの荷運びは坊やがすれば野盗に襲われることも無いだろうし」


「なるほど……。あっ、ヒュドラの買い取りが駄目ならこっちは如何ですか?」


 ミツはアイテムボックスからヒュドラがサモンの魔法で出した竜を取り出し二人へと見せる。

 竜の討伐は分身の三人が行ったのだが、竜自体スキルを一つも持っていないので結構力押しで討伐している。

 その為、竜の素材は傷らしい傷も無く、上手く解体ができれば結構な数の素材が手に入るだろう。

 

「! こ、これは竜かい」


「はい。ヒュドラが魔法で召喚した竜です。これも結構数がありますのでこれも買い取りをお願いしようと思ったんですが。やっぱり買い取りは不可ですか?」


 一体の竜の状態を調べ始めるネーザンと解体スタッフ。

 解体スタッフがネーザンへとコクリと頷くと、ネーザンは嬉しそうに笑みを返し買い取りの許可を出す。


「いや。これならウチのギルドでも引き取れるよ。まあ、一気に沢山とそれ程多くは無理かもしれないけど、坊やが分けて出してくれるなら助かる話だけどね」


「分かりました。なら、えーっと。大体90体分はありますので取り敢えず半分をお願いします」


 竜の亡骸数に唖然とするネーザンと解体スタッフ。

 もうエンリエッタは頭を抑えたまま何も言わない。


「坊や、お前さんは竜の巣にでも飛び込んだのかい……」


「えっ? いや、違いますけど?」


「フン。まあ、いいさ。悪いけど最初は5体程度にしてもらえるかね。先に受け取ったミノタウロスも解体しなきゃ手も回らないんだよ。勿論竜の素材が駄目になる前には急いで片付けるからさ。悪いけど待ってておくれ」


「そうですよね。なら、そちらを先にお願いします。ミノタウロスの解体が終わってから自分の分は別の日に改めて持ってきますので」


 ミツのアイテムボックスには時間経過がない。なのでネーザンが心配とする竜の素材の劣化、若しくは腐敗の心配はないのだが、それを告げる必要も無いだろう。


「ありがとう。ああ。坊やに理解力があってよかったよ」


「常識はないみたいですけどね」


「ははっ……厳しいな、エンリエッタさん……」


 素材を一通り渡した後、皆はカウンターへと移動する。

 カウンターに戻れば先程外から見えたヒュドラの話でその場は騒がしく、冒険者達は口々を揃え、あれは誰が倒したと会話が聞えてくる。

 そこにゼクスとバーバリが来たものだから、皆はヒュドラは二人が倒したものだと勝手に勘違いをし、何故か次はギルド内にて歓声が上がっている。

 しかし、バーバリはその歓声を疎ましく思ったのか、威圧を込めながら黙れの一言を叫ぶと、ギルド内は一瞬にして静寂が満ちてしまった。

 

「やりすぎですよバーバリさん」


「フンッ。耳障りな音を消したまでだ」


「もう、ただでさえ怖い顔してるのに、そんな事してるといつか大切なお姫様から嫌われちゃいますよ」


「フンッ……」 


 ミツの軽口もバーバリは気にせずとフンッと鼻を一息鳴らすだけで済ませる。

 その光景を見ていたゼクスは、ホッホッホッっといつもの笑いを溢していた。

 あれだけ嫌悪な雰囲気だった二人が僅か時間を共にしただけでこうなれたのだ。

 バーバリの友として、そしてミツと友好を深めたいと思うゼクスの気持ちとしては、目の前の光景は嬉しいのだろう。


 バーバリはエメアップリアの元へと引き上げる前にと、ミツに一つ頼みを告げる。


「小僧、スマヌが頼みがあるのだが……」


「頼み?」


「ああ。貴殿のアイテムボックスに入っているであろう倒した竜……。それを一体我に譲っては貰えぬか。いや……やはり一体とは言わぬ。血を少し分けては貰えぬだろうか……。勿論対価は払う。我が受け取る今回の報酬を貴殿に全て渡しても良い」


「血ですか?」


「ああ。竜の血は特効薬と言われ難病にも効く品。それを我が戦士に使用したいのだ……」


「どなたかご病気なんですか?」


「うむ……」


 バーバリは武道大会中、ステイルの悪質な毒攻撃で未だ床に伏せたルドックの事をミツへと説明する。

 

(ダニエル様が集めた治療士に回復できないとなると、自分でも回復は無理かな?)


「そうなんですね……。フロールス家が集めた治療士でも病状が回復しないと……。分かりました。一滴とは言わず、竜の血は欲しいだけバーバリさんに差し上げますよ」


「!? ま、誠か!? 貴殿は竜の血の価値を理解した上、それでなお我に差し出すと言うのか?」


「はい。あっ、それなら小さな竜よりも大きなヒュドラの血の方が効果はありますよね。そちらを差し上げますよ」


「「ブッ!」」

 

 ミツの発言で隣の席で話を聞いていたリックとローゼが、口に含んでいた飲み物を吹き出した。


「うわっ! リック、何を吹き出してるんですか!」


「ニャー! 服にかかったニャ!」


「この莫迦! 私にもかかったじゃない!」


「わ、悪りい」


「ま〜。彼ったら随分と大胆なことを言うわね〜。ローゼ大丈夫? 貴女も地味に咳き込んたでしょ」


「ゴホッ……ゴホッ……。き、気管に入った……ゴホッ!」


 隣の席が大変な惨状になっているみたいだが、ミツ達は気にせずと会話を続けていた。


「フム……。ミツさん、もし先程のお話を事実とするならば、公の場にてバーバリさんにではなく、ローガディアの姫君に献上と言う形を通すことが良いでしょう。貴方様が渡そうとする品はそれ程、いえ、それ以上の価値がある品にございます。国の代表者を通せば、貴方様はローガディアの国との目に見えた繋がりもできます。先程セルフィ様がおっしゃいました言葉を一つでも実現するならば、ここは気持ちを他国に見せるべきです」


「ゼクス……」


 ゼクスの言葉に、セルフィが先程ミツに告げた繋がりや功績をみせるべきだとは、こう言う時に出す物だとゼクスに教えられる。

 バーバリはゼクスの後押しする言葉に内心感動すら感じてしまっている。

 だが、彼のいらぬ意地なのか、余計な事をと誰得なツンデレを聞かされては微苦笑を浮かべるミツであった。


「分かりました。バーバリさん、その公の場と言うのはいつが良いですかね? あまり日を跨いでもお仲間の人が苦しむ日を長引かせては申し訳ないのですが」


「……すまぬ。貴殿の広き心意気に、我は言葉が見つからぬ……。戻り次第、直ぐにでも姫と今の話をし、場を作って頂くとする。ゼクス、貴様にも一応礼を申す」


「ホッホッホッ。いえいえ、私とバーバリさんの仲ではございませんか」


「フ、フンッ!」


 頬を染めても、誰もおじさん同士のそんな関係喜ばんよ。いや、何故か女性人からはニヤニヤとした視線が向けられているが気にしない事にしたミツであった。

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