第156話 レアスキルの為に


「ニャ! 当たらなければそんな攻撃怖くないニャよ!」


 ゴーレムは倒すべき目標を目の前にいるプルンだと認識した途端、大きな腕を振り下ろす。

 ゴーレムが地面をドカンっと殴ったことに、衝撃がフロアの外にまで伝わってくる。

 プルンはゴーレムが攻撃を仕掛ける前と、自慢の足を使い、直ぐにその場を回避。

 ゼクスとバーバリ、二人が一目を置く程に彼女の動きは早く、直ぐに彼女は反撃を繰り出す。


「ほう。流石プルンさん。相手の動きの先を行く動きをされてますね。」


「うむ。娘、良き動きだ。あの動きは我が国の歴戦の戦士にも引けは取らぬだろう」


「ミツ、早速使わせてもらうニャ!」


 プルンはスピードを更にあげる。

 敵を翻弄しつつ、彼女はゴーレムの内側に潜り込み、先程ミツから受け取った鉄の棒をアイテムボックスから取り出し、グサッとゴーレムの影に突き刺す。


「プルン、気をつけろ! そいつまだ動いてるぞ!」


 一瞬、プルンのスキル〈ストッパー〉の効果で動きを止めるゴーレムだが、スキルのレベルが低いためか、リックの言葉通り、ゴーレムは完全に動きを止めていない。

 動きは先程より鈍くなっていても、振り下ろした腕をまたゆっくりと上げ、もう一度その手をプルンへと目標を定める。


「むっ! なら全部突き刺して、完全に動きを止めてやるニャ!」


 宣言通りと、プルンは鉄の棒を持ち直し、ゴーレムの腕の影、胴体の影と、影になる所へと次々に鉄の棒を突き刺し、ストッパーを発動していく。

 ゴーレムの足元は、地面から棘を出したように鉄の棒が無数に突き刺さった光景になっている。

 

「ふ〜。やっと動きを止めたニャ」


 ミツから受け取った鉄の棒20本近く全て使い、やっとゴーレムは動きを止める。

 さて、相手の動きを止めたのは良いが、ゴーレム相手に対してプルンのナイフでの攻撃は効果はないだろう。

 彼女はナックルに装備を持ち替え、構えを取る。腰を深く落とし、瓦割りのように何度か腕を振りぬくモーションを繰り返す。

 そして、気合の一声を出し、真っ直ぐにゴーレムの胴体へと〈正拳突き〉を発動する。


「ニャー!!!」


「「「「「!?」」」」」


 ドカンと破裂音にも似た音がゴーレムから響き、ゆっくりと胴体に亀裂が入っていく。

 そして、その亀裂は次第と大きくなり、ゴーレムの身体は崩れる様に崩壊していく。


「ま、まじかよ……。あいつ、殴っただけだよな……」


「プルンの殴ったあれって、間違いなく岩よね?」


 正に力技と言える彼女の戦いぶりに、唖然とする面々。

 プルンは崩れて崩壊してしまったゴーレムの残骸から、ゴーレムの核を一つ拾い上げる。

 キラキラと光るその核を見て、プルンはお宝を見つけた気分と上機嫌である。


「おー! おじさん、これって冒険者ギルドに渡したら売れるかニャ!?」


「んっ。コホン……。はい。勿論にございます。私が見るところ、それは見事な大きさ。核に傷も少なければ、ギルドの買取価格は良い値を出すでしょう」


 思わぬ戦いぶりに唖然としていたゼクス。

 プルンの呼び声に一瞬彼は反応が遅れたが、いつもの笑みを向け、買取可能だと言うことを伝えてくれる。


「やったニャ!」


 プルンは倒したゴーレムの核を自身のアイテムボックスにしまい、地面に刺した鉄の棒を回収した後、扉の方へと足をすすめる。


「ただいまニャー」


 嬉しそうに戻ってくるプルンに仲間達はおつかれと労いの言葉を伝える。

 若い冒険者が自身の予想しない戦いを続ける事に、バーバリは言葉を失い、次第と恐怖を感じてきた。

 それはミツと言う存在が居れば、周囲の若手冒険者でも一日と経たずに強者と変わっていく。

 それを自身の目で見ていても信じられないが、先程プルンが倒したゴーレム。

 あれを自国の戦士が倒そうとするなら、弟のベンガルンやチャオーラですら苦戦は確実。

 もしゴーレムを相手とするなら、崖から突き落とし、衝撃に破壊するか。

 若しくは大砲の様に衝撃の強いダメージを与えるしか、ゴーレムを倒す方法が無い。

 まだエメアップリアと変わらぬ歳の娘が、バーバリに困惑を持たせる事になった。


 次はリッコの番なのだが、彼女の戦いは今まで一番早く決着がついてしまった。


「うげっ! 何だあれは!」


「うわ……。流石にあれは……」


「虫ニャ」


「虫だね。虫……。まあ、でかいムカデかな?」


 長い胴体、硬い表面、数多く突き出した脚が一つ一つが動き、長い触覚が獲物を探すようにヒュンヒュン左右に動く。

 赤い頭に黒と緑の身体がそのモンスターを気味悪く見せる。


「これが私の相手か……。フフッ、リックがこれに当たってたら、あいつ気を失ってたかもね」


 リッコの予想通り、扉の外にいるリックは鳥肌を立たせ、身震いさせながらムカデ型モンスターを見ていた。

 当の本人であるリッコは気にせずと、杖先をモンスターへと向ける。


「ゼクスさん、あのモンスターっで魔法は通るんですか?」


 ミツがムカデ型モンスターの特徴をゼクスに聞いてみると、ゼクスは眉間を寄せ、厳しい表情をしてモンスターを見ていた。


「あのモンスターの名はザビウス。あれはかなりの強敵です。リッコさんが倒せぬと判断し、分かり次第直ぐに戦闘から引くべき相手ですね。魔法は効果は無いことも無いのですが、あの表面の皮が魔法を通りにくくしております。通常なら、前衛がザビウスの皮の一部を剥ぎ、そこに魔法をぶつけて倒すのがセオリーにございます」


「なら、一対一の戦いじゃ、リッコには少し厄介な相手ニャね」


「んっ……。少しでございますか……」


 プルンの言葉は、ゼクスを少し呆れさせる言葉だけに、彼の目を少し細めさせてしまう。

 しかし、ゼクスの心配と、プルンの懸念も直ぐに無駄になってしまう結果となる。


「私別に虫が好きって訳でも無いのよね。だから悪いけど早めに終わらせるわよ。……行くわよ!」

 

 リッコは杖先をザビウスに向けならがボソリと呪文を口にする。

 すると彼女を見ていた者が一度目をこすりたくなる現象が起きる。


「ニャ!? リッコの身体が一瞬光ったと思ったら、その光がリッコになったニャ!」


「あれは恐らくリッコの新しいスキルだね。多分、精霊の呼び声を使ったんじゃないかな」


 プルンの言葉にミツが予想を立てて言葉を入れる。

 確かに、ミツの予想通り、リッコは新しく得たスキルの〈精霊の呼び声〉を発動していたのた。

 リッコの身体を光らせ、そのまま光は彼女の隣に移動し、リッコの姿と形を変えている。

 ミツの使用する〈影分身〉と似ているが、分身と違ってリッコの出した精霊はモンスターを睨みつけ、最初から戦闘態勢を取っている。

 使用した本人も驚きはしたが、ミツの分身を見たあとだけにそれ程彼女に動揺は走ることはなかった。


「わっ!? な、何だか分かんないけど、貴女もあれに攻撃してよ!」


 リッコの言葉に精霊はコクリと頷き、リッコと同じく杖先をザビウスへと向ける。

 二人のリッコの向けている杖先が小さく光だし、次第とバチバチと電気を弾く音が大きくなる。

 そして、線香花火の様に杖先は火花が飛び散り、それは次第と光の球体と変わっていく。

 ムカデモンスターのザビウスは何が起こるのか分からないと、モンスターはその場からまだ動かない。

 いや、例え今から起こる事が分かっていたとしても、既に逃れる方法など無かったのかもしれない。


「ゼクス様! 見ていて下さい! これが私の本気です! 」


 リッコと精霊二人の杖先に集まる雷撃。

 ライトニングの更に上、電撃系の魔法として、単体に対しては最強であろう魔法〈雷鳴豪華〉の発動である。


「食らいなさい!」


「目と耳を塞ぎなさい!」


 セルフィの言葉に咄嗟に目を瞑り、耳を塞ぐ面々。

 それでもまぶた越しに伝わる程の眩い光と轟音。

 目と鼻の先に雷が落ちたと思える音に周囲は驚く。

 少し耳鳴りが聞こえるが、フロアに充満した砂煙が次第と晴れていく。


「リッコ! 大丈夫か!?」


「リッコ!?」


 周囲がリッコの名を呼ぶが彼女の返事が帰ってこない。

 まさかと思い、一瞬、ミツの身体をゾクリと身震いさせる。

 しかし、砂煙の奥からコホッコホッっと、リッコの咳き込む声が聞こえたことに安堵に心が落ち着く。


「ふ〜。流石に強すぎよねこの魔法。うわっ……そ、素材が全部真っ黒……。はあ……絶対リックにネチネチ言われそう。あれ?さっきの私そっくりの魔法も消えてる? 直ぐに消える魔法だったのかしら」


 リッコの見る先は、雷鳴豪華をまともに受けてしまい、全身を真っ黒に燃やし尽くしたザビウスの残骸が転がっていた。

 ザビウスの皮は全て逆立ち、革の内側も全て真っ黒。

 リッコが杖先で小突くと、ボロボロと簡単にザビウスの体が崩れてしまった。

 リッコの攻撃はザビウスにはオーバーキルとなる結果となり、素材は一つも取れない結果となってしまった。

 また、精霊の呼び声で出した精霊は一度魔法を発動した事に効果を失い、姿を消していた。

 リッコは仕方ないと素材の剥ぎ取りを諦め、扉の方へと踵を返す。


「終わったわよ」


「リッコ、凄かったニャ!」


「うん、一撃でモンスターを倒すなんて、本当に凄いよ」


「?」


「おい、どうしたリッコ?」


「リッコ?」


 ミツとプルンが彼女を褒め称えるが、彼女は疑問符と首を傾げている。

 いつものリッコなら、少しドヤッとした返答を返すのに、二人の兄は違和感と彼女に声をかける。


「えっ? 何? ってか、なんで皆口だけ動かして声を出さないのよ?」


「「!?」」


「リッコ! 何を言ってるんですか!? ミツ君もプルンさんも貴女を褒めてるんですよ? 聞こえていないんですか!?」


「お、おい。ミツ!」


「うん。リッケ、ちょっと変わって」


 リッコの言葉に慌てるリッケに代わり、ミツがリッコの正面に立つ。

 彼女の顔色は問題ないが、彼女を鑑定すると問題が分かった。


「あー。やっぱり……。リッコ、耳をやっちゃってる。リッコ、聞こえてないかもしれないけど、直ぐに回復するからじっとしてね」


「えっ? ミツ、何?」


 ミツが彼女を鑑定すると、リッコの鼓膜が破けた状態になっていた。

 自身の魔法を発動する際、耳も塞ぐ事なく、爆音を耳にした事に衝撃に鼓膜が破けてしまったのだろう。

 幸いにも彼女に激痛の痛みは走ることなく、雷撃の衝撃に鼓膜が破けたことに気づかなかったのかもしれない。

 耳が聞こえてないと言うミツの発言に周囲がゾクリと悪寒を走らせる。

 大丈夫なのかとリックが心配する言葉を出すが、ミツの治癒なら問題なくリッコの耳は治るだろう。

 突然ミツの手が自身の頬に触れた事に、リッコの頬が赤く染まる。

 真剣な表情を浮かベるミツの顔が迫ると、彼女は思わずギュッと目を瞑る。

 リッコの気持ちも分からず、彼はリッコの耳に手をあてがえたままヒールを使用する。

 

「リッコ、リッコ。聞こえるかい?」


「んっ? 何、やっと喋りだして。あら? さっきまで耳鳴りがしてたんだけど、ミツが治してくれたの?」


「うん。治ったみたいだね」


「お前、さっきまで俺達の声が聞こえてなかったんだぞ!」


「えっ!? 嘘。私、てっきり皆がイタズラしてたのかと思ってた!?」


「莫迦! 自分の魔法で耳を使えなくしてどうするんだよ!」


「まあまあ。リック、落ち着いて。音が反響するフロアの中であの爆音じゃ仕方ないよ。取り敢えずリッコの身体に問題がなかっただけでも良しとしとこうよ。それと、リッコには同じ事が起きないように、自分が何か対策を考えてみるから」


「フンッ。リッコ、ミツに礼ぐらいしとけよ」


「う、うん。ミツ、ありがとうね」


 リッコの礼の言葉を笑みで受け入れ、彼女に改めて労いの言葉を送るミツ。

 先程の魔法の威力を目の前にした事で、リックにもモンスターの素材が取れなかったことは遠目でも分かったのだろう。

 彼も妹に注意したばかりに、更に追い打ちと素材が取れなかった事をネチネチと言う事はしなかった。

 さて、次はミーシャとローゼの順番なのだが、彼女達は戦闘を辞退してきた。

 それは二人は今のジョブになりたてと言う理由もあるのだが、少し踊りスキルを使用しすぎた為に、足に疲労が溜まっている事をミツへと伝えてきた。

 確かに、二人はこの洞窟に来て駆け足に二つもジョブを変更している。

 もしかしたらミツには感じる事ができない見えない疲労や身体に負担がかかっているかもしれないと思い立った。

 それと、ゼクスからリッコの時まで二人は全力に踊りスキルを使用してくれている。

 無理に戦闘に出しては危険に晒す事になるので、ミツはセルフィへと二人が戦えない状態と少し大げさに言葉を伝えた。

 理由としては森羅の鏡を連続で使用すると魔力の流れがうんちゃらかんちゃらと、それっぽい理由を伝えると、セルフィはそれ程粘る事もなく、あっさりと話を聞き入れてくれた。


「二人とも、大丈夫です。セルフィ様も休んでおきなさいとお言葉を頂いて来ましたから」


「そう。悪いわね。言付けみたいに君に頼んじゃって」


「流石に貴族様相手に、私達の口から行けませんなんて言いづらいもんね……」


「いえいえ。お二人が支援でご協力してくれたこそ、皆が無事に戻ってこれたんですから、誰も二人が戦闘を回避しても文句は言いませんよ」


「そう言ってくれると助かるわ〜。なら、最後になる分、君への支援は頑張って送るわね」


「ええ、ミーシャの言う通り。それぐらいしか今の私達にはできないものね」


「ありがとうございます」


 順番が飛んでしまったが、最後に戦うミツの順番とやってきた。

 ミツが戦う相手に各々が予想を立てていく。

 そんな言葉を聞きつつ、ミツは扉に触れた後、中へと足を踏み入れる。

 扉の外からはよくわからなかったが、かなりフロアの中は広い事が分かった。


「野球ができる程の広さがあるな……。さて……。鬼が出るか蛇が出るか……」


「我に挑む者……。身の名を名乗れ……」


「名前はミツです」


「って、それだけかよ!」


 今までと違い、ミツの向上はただ名を名乗るだけに、思わずリックがツッコミを入れてきた。


「いいのいいの。ちゃんと名は告げたんだから」


「はあ……。緊張感がねえな」


「ははっ。彼らしいと言えばらしいですけど」


「ミツ! しっかり戦いなさいよ!」


「油断しちゃ駄目ニャよ!」


「私達の分も頑張って!」


「でも、無理せずに、危険になったら戻ってきてね〜」


 ミツに対して、リック達の声援が送られる。

 それを見ていたゼクスは微笑ましい物を見るように彼らを見ていた。


「本当に、若い者の絆は素晴らしいですね。これが絶え間なく永久に続くことが彼らの成長に繋がるのでしょう」


「フンッ。しかし、戦場で馴れ合いは互いの足を引く事にもなる。場を見極めなければその絆も簡単に切れてしまうだろう」


「フフッ、その糸も少年君はロープのように纏めちゃうんじゃないかしら。例えば少年君が細い一本の糸だとするわね。でも、今の少年君達の様に、何本もの絆の糸が重なり太く切れない物になっていけば、些細な事では切ることも困難になるわ」


「セルフィ様のおっしゃる通り。バーバリさん。貴殿が王の名を誇りにて掲げるのも、彼らが絆を大切にするのも似ているとは思いませんか? 不思議ですね……。人も獣人も、両者は目に見えぬ物を何故か必死に掴む思いと腕を差し伸ばしております」


「ゼクス、それは……」


「いえ、これは老体の呟き。どうぞお聞き流し下さい。ですが、彼と共にする残りの時は短き物。彼の戦いが終わったその時、どうぞ貴方様から声をかけてあげてください。貴方様がここに居る理由を成し遂げるためにも」


「……」


 ゼクスの言葉にバーバリは言葉を返さなかった。

 ミツと友好を深めて来いと、半ば強制的にメンリルに指示されここに来た彼は、ミツの戦い、森羅の鏡、そして人々を導く力に、先程から彼は驚く事しかできていない。

 これを何一つ欠かすことなく王に報告したとして、全て信じてもらえるか不安になっている。

 だが、確かにゼクスの言うとおり、今はミツに対して敵対の拳を出す時ではない。

 突き出した拳の力を緩め、友好的な手を広げ差し出すべきだと、ゼクスの言葉は間違いではないと彼は思っていた。


 そして、ミツが自身の名を名乗ってから少し時間を置いて、やっと洞窟の声が帰ってきた。


「……よかろう。死す時、其方の血肉を捧げよ」


 洞窟の声が聞こえ終わると、後に黒い靄が出てくるのは今までと同じ。

 しかし、その靄はまるで地面が噴火した様に煙をモクモクと立たせる。


「あっ、やっと出てくる。……んっ!? 何か煙多くない……。えっ!?」


 ミツはフロアの天井まで届く勢いの煙を目で追っていると、突然目の前から悪寒を感じ、頭の中にユイシスの言葉が響く。


《ミツ、構えを取ってください》


 靄の中からキラッと赤い光が見えたと思ったその時。

 突然煙の中から巨大な岩でも出てきたのかと思う勢いにミツへとぶつかり、衝撃が走る。

 ミツが受けた衝撃は凄まじく、彼をフロアの壁まで吹き飛ばす勢いを見せた。


「ぐはっ!」


「「「「ミツ!」」」」


「ニャッ!」


 突然ミツが壁に吹き飛ばされた事に声を出す仲間達。

 彼のそんな姿を見るとは思っていなかっただけに、ミツの戦うモンスターを皆が見た瞬間、恐怖に口を閉ざしてしまう。

 先に口を開けたのはバーバリ。

 彼はモンスターの姿を目視した瞬間、顔を青ざめさせ、体中の毛を逆立てる思いにモンスターの名を呼ぶ。


「なっ! ありえん! あれはヒュドラ!? 小僧! 退け! 退くんだ! あれはお前の戦う相手ではない! いや、戦ってはいかん!」


 バーバリの声が周囲に響く。

 ミツは壁にまで吹き飛ばされた後、目を覚まさせる為に軽く頭を振る。

 ゆっくりと自身を吹き飛ばしたモンスターへと顔を上げれば、そこには正にファンタジーなモンスターがミツから視線を外すまいと、いくつもの鋭い視線が彼を睨みつけていた。


 ミツが戦うモンスターはヒュドラ。

 いくつもの龍の頭があり、鉄も弾く硬い鱗。

 頭の一つ一つが各意思を持ち、口から多種多様のブレスを吐き出すモンスターである。

 ヒュドラはその口から息を吐くたびに白い煙を吐いている。

 それは高温の身体を持ち、体内にマグマを流し込まれても死なない程の体内温度を持つヒュドラだからこそであろう。 

 

 バーバリがここまで狼狽するには理由があった。

 それはローガディア王国の昔話。

 まだバーバリの曽祖父が子供の頃。

 国の一つ。

 街が一瞬にして消えた事があった。

 その原因が一体のヒュドラの存在である。

 夜に突然海の中からヒュドラが現れ、街に住む人々は逃げる暇もなく、尽く殺されてしまった。

 ヒュドラの一つの首がブレスを吐けば、周囲一帯が焼け野原。

 また別の首が別のブレスを吐けば生き物は全て凍りつき、瞬時に命の鼓動を止める冷たさ。

 逃げ出そうとする者はブレスで一層。

 自身に勇敢にも向かってくる戦士は全て食い殺す。

 悪魔のようなそのモンスターに獣人族は反撃を許されず、ヒュドラの攻撃は数百、数千の命を奪ってしまう。

 ローガディア王国の歴代の王は自身も剣を取り、軍を率いてヒュドラへと戦いを挑んだ。

 ヒュドラとの戦いは正に死闘。

 王は半身を噛み千切られ、無念にも戦死。

 しかし、王の最後のひと振りはヒュドラの傷ついた首のいくつかを斬り落とす事に成功。

 痛みと苦しみが限界に来たのか、ヒュドラは耳を塞ぎたくなるような叫び声をあげる。

 それが最後の声だったのか、海の底に沈むようにその姿を消してしまった。

 ヒュドラが海に沈んだ事に波がたち、離れた軍地にまで波が届いたと言う。

 実は、ヒュドラの亡骸は獣人族が素潜りでも届かない海の底に沈んだ為、最後の生死は確認が取れていない。

 だが、ヒュドラの為に集められた数万もの軍が、帰るときには数千と大きく数を減らしている。

 軍の上層部は王を失い、心も体も疲れ果てていた。

 その後、ヒュドラに対して反撃の構えを取るが、一向に海から姿を見せない。

 上層部は命を賭けた王のひと振りが国を救ったと、都合の良い解釈をして軍を引き上げていた。

 しかし、この考えがたまたま運が良かったのか、それ以降数十年、数百年とヒュドラは姿を見せていない。

 数万の兵を失ったこの話は忘れられる話ではなく、バーバリもまだ幼き頃に祖父に話を聞かされ知っている。

 バーバリの祖父はヒュドラの恐ろしさを3割増しにバーバリへと教えこんでいる為に、今の彼の狼狽ぶりもしかたないのだろう。

 国の城。壁に壁画として残された絵が鮮明に今も残されていた為に、バーバリは直ぐにそれがヒュドラだと認識した。


「小僧! 聞こえているのか!? 逃げは恥ではない! 自身の力量を過信せず、こちらに退け!」


「「「ミツ!」」」

「「「ミツ君!」」」


 バーバリの焦りにも聞こえる声は、リック達の心にも恐怖としてのしかかっていた。


「嘘……ありえない……。ありえないわ……」


「はい……。私も話で耳にした程度……。神はなんと厳しい試練を彼に与えるのか……。」


 恐怖に狼狽していたのはバーバリだけではない。

 セルフィ、ゼクス共に険しい表情を作り、ヒュドラを睨みつけていた。

 いや、セルフィの驚きはヒュドラの存在だけではない。


「違う……。違うのよ、ゼクス!」


「セルフィ様!?」


「い、今、少年君が笑ってたのよ!」


「なっ!?」


 セルフィの言葉に、その場の皆が唖然とした。脅威と思えるモンスターを前に、事実ミツは頬を上げ笑みを作っていた。

 高鳴るテンションに、彼は心から喜び叫んでいる。

 それは何故か。

 それはミツが戦うべき相手。

 ヒュドラを鑑定し、表示されたスキルを見たためである。


(来た! 来たよ、ユイシス! 見てよあのモンスターのスキル!)


《はい。ヒュドラのスキルは非常にレアスキルが多く、ミツが取得すれば更に戦闘の効率を向上させるでしょう》


(だよね! よっしゃー! 状態異常無効化、絶対に採ってやるよ!)


 そう、ヒュドラを鑑定した際、ゲームの中でも飛び抜けて非常にレアなスキル〈状態異常無効化〉の項目がミツの心を躍らせていた。

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