第155話 底上げされた力
試しの洞窟10階層。
そこにある試練の扉。
ゼクス、バーバリ、二人の戦士が脅威となるモンスターを討伐した。
若い冒険者の一番槍と、今、リックが試練の扉に挑戦している。
洞窟の声が聞こえてくると、リックは少し緊張気味に自身の名を告げる。
「お、俺の名はリック。まだブロンズの冒険者だが、いずれシルバーの冒険者になる者だ! 俺は負けねえ。俺が倒せるモンスターなら、何処からでもかかってこい!」
勇気を振り絞り、フロア内にリックの声が響く。
勿論その声は扉の外にいる仲間たちにも聞こえたセリフなのだが。
「ははっ……。リック、本音が少し漏れましたね」
「はぁー。そこは俺を倒せるならでしょ。なに、しれっと自身が倒せるモンスターを要求してるのよ」
「ニャハハ。リック、緊張しすぎて恐らく考えなしに言葉出してるニャ」
リックには悪いが、リッコの言葉で周囲がクスリと笑いをこぼす。
しかし、ゼクスが最初に向上を述べた為にバーバリもリックも一言添えているが、あれは言わなければいけないのかと少し疑問に思う。
「……よかろう。死す時、其方の血肉を捧げよ」
「来いや!」
気合を入れ直し、盾を構え、靄の中から出て来たモンスターへとリックは槍先を向ける。
「出てきたわね。あれって、リザードマン?」
「はい。リッコの言うとおり、あれは沼地等で見られるリザードマンです。僕は冒険者ギルドのアイアンの依頼で見たことがあります」
この試練の扉に出てくるモンスターの強さは、扉に触れた者の強さに応じて出現するモンスターが変わってくる。
今回リックが扉に触れた事に、彼の力に匹敵するモンスターはリザードマンと判断されたようだ。
モンスターの知識を親から教えられているリッコは、出てきたモンスターを直ぐにリザードマンと理解した。
勿論リック本人も自身の目の前にいるモンスターがリザードマンだと言うことは認知している。
しかし、沼地に生息するモンスターが水も何もないこのフロアに居ることが違和感を持たせる。
「これはこれは。リックさん、相手は通常水中や沼地の戦闘を得意とする魔物にございます。
このような水気の無い場では相手の動きは遅く、貴方にでも倒せる相手かもしれませぬ。必ず距離を取り、尻尾の攻撃の際には手に持つ盾を離さぬよう戦いください」
「はい!」
ゼクスのアドバイスを受け、リックはリザードマンとの距離を測る。
リザードマンは通常知性が高く、硬い鱗を自身の鎧として接近戦を得意とするモンスターである。
リザードマンの中には希にドルイドのジョブを身につける者もいるが、本当に希な事なので滅多に見ることはない。
なのでリックの戦闘するリザードマンは通常の戦士タイプ。
だが、靄の中から出てきたリザードマンは武器と言う武器は手に持たず、自身の爪と牙で戦うだろう。
そして、戦闘が始まった。
「ぷんっ! おりゃ!」
ギャッ!
「クソッ! そこだ!」
リックは試練の扉に触れた後、ミツやローゼ達の支援を受けているので、彼の戦闘は有利に動いていた。
リザードマンが強烈な尻尾で攻撃を繰り出しても、リックは落ち着いて盾を使い、それを防ぐ。
爪や噛みつきの攻撃はショートランスで跳ね除け、リザードマンの空きを突いて反撃を繰り出す。
優勢に思えてくる戦闘だが、やはり油断できないのがモンスターの思いもしない攻撃である。
グバッ
「げっ!?」
口を大きく開いたリザードマンに、リックはまた噛みつきの攻撃かとショートランスを構えるがそうではなかった。
リザードマンは口を開け、体液をリックへと振りかける。
思いもしなかった攻撃にリックは咄嗟にそれをランスで跳ね除けようとするが不可能だった。バチャっとリックの身体にリザードマンの体液がこびりつき、彼の動きを鈍らせる。
リザードマンの体液は鳥黐のようにネバネバとして、すぐに取ることができない。
その瞬間、リザードマンは大きく尻尾を振り当て、リックを吹き飛ばす勢いに衝撃を与える。
「ぐはっ!」
「「「リック!」」」
「クソッ!」
尻尾の攻撃が効果的だと思ったのか、リザードマンは仰向けに倒れるリックへと連続に尻尾を振り落とす。
盾で守りを固めるも、ガンッ、ガンッっと強い衝撃にリックは起き上がることがままならなくなってしまった。
「こいつ! 調子に乗りやがって!」
「リック! 渡した袋をなげて!」
「ぐっ!? 食らいやがれ!」
ミツの声に、リックは思い出したかのように懐に入れていた麻袋をリザードマンへと投げる。
尻尾の連続攻撃で息を切らしていたのか、偶然口を開いていたリザードマンの口の中に麻袋が綺麗に入った。
リザードマンは思わずそれをゴクリ。
すると、ゲホッゲホっと軽い咳をしたと思えば、ガハッガハッっと次第とリザードマンが苦しみ始める。
「リック! 今のうちに一度こっちに戻ってきて!」
「!? おっ、おう!」
リザードマンの異変に唖然と見ていたリック。
ミツの呼び声に彼は急ぎ扉の方へと走り出す。
「はぁ、はぁ、はぁ。あ、危なかったぜ……。ミツ、ありがとよ。お前のお守りのお陰で命拾いしたぜ」
扉を潜り抜け、息を切らしつつ、リックはミツに礼を述べる。
「よかった。いや、気にしないでいいから。とりあえず今は息を整えて。リッケ、リックの傷を回復してくれるかな。自分はリックの盾の凹んだ部分を直すから」
「はい! リック、すみませんが鎧を脱いでください」
「相棒、それは俺が直そう」
「うん。ありがとう」
擦り傷程度の傷だろうが、リックの顔に血がついている。傷はリッケに任せてミツはリザードマンの攻撃で少し凹んだリックの盾を直そうとすると、分身が声をかけて代わりと形を戻してくれた。
セルフィはそんな彼に疑問と質問をする。
「ねえ、少年君。さっき君があの子に渡したのって何だったの? あのリザードマンの様子だと、毒でももった?」
「えっ? いや、毒ではありませんよ。リックに渡したのはこれです」
ミツはアイテムボックスからリックに渡した麻袋を取り出し、セルフィへと手渡す。
毒物ではないと聞かされても彼女は恐る恐るとそれを開ける。
中身は殆どが粉状になっているが、少し粒が残っているのでそれを見たセルフィが目を見開き驚きと声を出す。
「これって……こ、胡椒!? し、しかもこんなに」
「「!?」」
麻袋の中身が胡椒だと聞くと、ゼクスとバーバリだけではなく、胡椒を知っていたのかローゼも同じ様に驚きの顔。
「あれだけの量の胡椒をあんなに……」
「ニャ? ローゼ、胡椒って珍しい物ニャ?」
「はぁー……。プルンさん、胡椒はとても貴重で、貴族様は胡椒ひと粒と金を交換するほどなのよ」
「ニャニャ!? あの砂利みたいな物が金と交換ニャ!?」
「プルン、砂利って……(おかしいな……。プルンは朝ごはんの時に食べてるポテトサラダや、スパイダークラブの味付けで胡椒を使ってたんだけど、気づかなかったのかな……)」
「因みに、今ミツ君が持っているあの小さな麻袋の中身が全部胡椒だとしたら……」
「ホッホッホッ。金30枚は軽く超えますね」
「「「金30枚!?」」ニャ!?」
「!!!」
胡椒の金額を理解しているゼクスから出てきた驚きの金額。
周囲も驚くが、やはり一番驚いたのはリック本人だった。
ミツは分身へと近付き、少し小声で彼と会話する。
「へー。やっぱり胡椒ってこの世界だと高価な物なんだね」
「フッ。100円で簡単に買えてた環境とは違うんだよ。ほら、直ったぞ」
「ありがとう。ついでにこれとリックの身体にこびりついた汚れも落としとこうかな」
「ああ、新しいジョブのスキルか。悪いがまだ俺は使えないから相棒に任せるぜ」
ジョブを変更したことは分身には伝えている。だが、分身を出した状態のままミツはまだ〈影分身〉スキルを解除していない為、彼のステータスはミツがジョブを変更する前のままである。
ミツは新しく覚えた生活魔法の〈ウォッシュ〉のスキルを体液の付いた盾とリックの姿を見ながら使うべきだと判断していた。
「うん。リック、はい。盾の凹みは直ったよ。ついでに洗浄するからこれ持ってね」
リックに直った盾を持たせ、洗浄することを伝えるが、彼はそんな事よりもと少し慌てた状態に声を出す。
「お前っ! 何て物俺に持たせてんだよ! 中身を知らずとはいえ、金30枚以上の物を俺はモンスターの口に放り込んじまって!? うわああ! 勿体ねえ!!」
「はいはい。そんなに狼狽しなくてもいいから。リックの命が金30枚で助かったと思えば安いからさ。(元々のお値段は、アイテムボックスから出したからそれはMP3しか使ってないんだけど。因みに料理とかで一般的に使ってる塩コショウの方じゃなく、100均で売ってる種粒のそのままのやつを使ったんだけど。うん、一口舐めるだけでもキツイのに、あれだけ飲み込んじゃったらむせるよね)」
「お、お前……。フンッ」
ミツの言葉に驚きに眉を上げ、気恥ずかしいのか、スッと彼は視線を外した。
リック、嬉しいのは分かるけど、何も言わず頬を染めないでね。
二人が話をしている間も、フロア中に残されたリザードマンが胡椒を丸呑みした苦しみにまだ咳き込んだ姿が見える。
それを視界に入れつつ、リッコがゼクスへと声をかける。
「ゼクス様。リックがこっちに来た場合って、中のモンスターは消えないんですか?」
「はい。出現した魔物はご本人が中に戻るまで常に存在します。ですが、他の者が扉に触れた瞬間、中の魔物は倒した時と同じ様に消えてしまいます。これはこの扉を調べる際、調査員が三ヶ月程ここに滞在し、検証をしておりますので間違いないかと」
「なら、治療士を連れていない方は、傷が治ったらまた挑む感じですか?」
「はい。戦う相手によっては長期戦となる事もございます。仮眠と食事を取りつつ、時間をかけて戦う方もいらっしゃいます。ホッホッホッ。実を申しますと、私が初めてこの扉に触れ、キメラとの戦闘時に蛇の尻尾の毒を受けてしまいましてな。治療のため、ざっと六日間高熱に苦しみ、二日の休息を終えた後にまたキメラへと挑み、やっと勝利いたしました」
「えっ!? なら、八日間!? ゼクス様がですか!? でも、さっき倒したベルフェキメラは直ぐに倒されたじゃないですか!?」
「はい。本心を申しますと、私自身も驚いた結果でございます。恐らくバーバリさんも私と同じ心境にございましょう」
「そ、そうなんですね……」
ゼクスがまだ若き頃、試練の扉に挑戦した時にゼクスはキメラの毒で生死を彷徨っていた。
その時共にいた仲間が彼を治療をしなければ、ゼクスは死んでいたのかもしれない。
懐かしい記憶に浸りつつ、ゼクスの視線の先にはリザードマンを見ているバーバリに向けられていた。
「よし。リック、動かないでね」
「お、おう」
「何してるの?」
「ニャ〜。ニャんか、リックの汚れた鎧やネバネバしたものを付けたままだと、またリザードマンと戦うのは危ないからって、今からミツが魔法でリックを洗うって言ってたニャ」
「あら? ミツ、生活魔法使えたの?」
「うん。最近覚えた」
「そう。でっ、実験台でリックに試すのね」
ミツが突然新たな魔法が使える様になっていたとしても、リッコ自身も森羅の鏡を使用した事に直ぐに新たな魔法が使える様になっている為、彼女に違和感を持たせていない。
しかし、二人の会話の内容からして、今から使う魔法はミツが初めて使う魔法である事にリックを不安とさせる。
「お、おい! ミツ、それって大丈夫なんだよな!?」
「ハッハッハッ。大丈夫大丈夫。もう、リッコ、実験台だなんて人聞きが悪いな〜。これはね、リックの為なんだよ。そう、このままじゃ戦闘にも戻れないからね、序に検証をね」
「おい! なんか最後さらりと変な言葉が聞こえたぞ!?」
「はいはい、行くよリック。ウォッシュ!」
ミツは両手をリックに向け、新たなスキル〈ウォッシュ〉を発動。
発動した瞬間、リックの頭上に大きな水の玉が出現。
「えっ!?」
皆がそれを見上げる形に上を向けば、勿論その真下にいるリックも上を見上げている。
その瞬間、水の玉から勢い良く水が溢れ、滝行でもする勢いの水がリックへと降り注ぎ始める。
「ガボボボボッ!?」
「リック! ミツ君、止めてください! リックが水に溺れてます!」
「うわっ! ストップ、ストップ!」
リッケの止の言葉に、慌てて水を止めるミツ。
リックはゲホゲホと咳き込みつつ、地面に膝と手を置いてむせ返っている。
通常〈ウォッシュ〉のスキルは部分的な洗浄しかできないスキル。
しかし、使用者の魔力が多ければ出せる水の量も増えるため、ミツの魔力量を考えると、結果滝のような水が出てしまうのだ。
「ゲホッ! ゴホッ! ゴホッ!」
「リック、だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ! 死ぬかと思ったわ!」
「ご、ごめん。リックの全身が汚れてたから、思わず全部を洗うイメージで魔法を発動しちゃって」
「はぁー。マジで勘弁してくれ」
「良いんじゃない? あんた、顔も身体も垢や返り血まみれだったし。うん、匂いも消えてるわね。魔法の水だから……ほら。中に着てるシャツまで乾いてる」
リッコが近付き、リックへと顔を近づかせる。彼女はクンクンと兄の首元へ鼻を近づかせ、匂いを嗅いで汗の匂いが無いこと、また鎧の隙間から出ている服を引っ張り、乾いていることを見せる。
「んっ……。まあ、井戸の水をぶっかけられるよりかはましか……。よし、次こそ決めてくる!」
「リック、気をつけて。リザードマンの尻尾には気をつけてね」
「ああ。分かってる」
リックは再び支援を受け、扉の中へと入っていく。
円上の上ではリザードマンが未だに苦しそうにのたうち回っていた。
「待たせたな……。何だ? お前、まだむせてたのか? 贅沢な奴だな。お前の食った物は金30枚以上する品だそうだぞ。それをゲロに吐き出すだなんて、本当に勿体ねえ奴だ。安心しな、一応またあいつから持たされているが、もう二度とお前には使わねえからよ。これを使う前に倒すって意味だけどな!」
シュルルと蛇のような唸り声を上げるリザードマン。
しかし、動きは先程よりも鈍く、攻撃一つ一つが遅い。
その反面、リックはミツの支援の他に、ローゼ、ミーシャの踊りスキルにて疲労を回復していた。
全身を丸洗いされ、少し苦しい思いもしたが、身体中がスッキリとしたリック。
彼の動きは盾をメインにして戦う者としては機敏であり、殆どの攻撃を盾で受けてもその衝撃を殺す流し方をしていた。
「どうした! さっきの勢いは何処に捨てた!」
彼の戦う様子を見ていたバーバリが小さく口を開く。
「決まりだな……」
「はい。あの戦闘が行われている場は、既にリックさんの独占的戦場の場と変わっております。彼が最後まで油断しなければ、戦いは無事に終わらせることが可能でしょう」
「ブロンズの若い冒険者が格上のモンスターを討伐。これも彼の力かしら……」
「ひとえに彼の力もございますが、彼女達の支援の効果もあるでしょう。それよりも、彼自身の勇敢たる戦いに称賛しなければなりませぬ」
ゼクスがセルフィの問に答える間と、戦いの決め手となるリックの槍の攻撃が、リザードマンの喉元に突き刺さる。
「おりゃ!」
「よしっ!」
「決まったニャ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……。くっ……。おっしゃぁぁ!!! お前ら、見たか!」
バタンと仰向け状態に倒れるリザードマンを見下ろしつつ、リックは手に持つショートランスを上へ突き上げ、勝利の声を張り上げる。
そんなリックの活躍に称賛の声が聞こえてくると思いきや、彼の耳に聞こえてきた言葉はまた別の言葉。
「はいはい。ちゃんと見てたから、そいつの素材早く取ってきなさいよ」
「取り忘れてそこから出たら駄目ニャよー」
「リック、素材は取れる分でいいですから、無理せず」
「だあぁぁ! 口を揃えて言うことがそれかよ! 忘れねえよ! クソッ、あいつらには労いの言葉もねえのかよ。もうこの尻尾で良い!」
リックは強く地団駄を踏んだ後、自身のナイフを腰から取り出し、リザードマンの尻尾の根本をザクザクと切り始める。
硬い鱗を剥ぐのは意外と簡単で、尻尾を切り分けたリックはそれを肩に背負って扉を潜る。
「ほらっ! 取ってきたぞ!」
「お疲れ様、リック。どうして怒ってるの?」
「怒ってねえよ! フンッ!」
「う。うん……んっ?」
なぜリックが不機嫌なのかも意味もわからず、ミツは受け取ったリザードマンの尻尾をアイテムボックスへと収納する。
彼はそのままムスッとした顔をして、壁に背を預けてしまった。
彼に声をかけるべきかと悩んでいたら、ローゼとミーシャ、二人がリックへと近づき、先程の戦いぶりに凄かった、カッコ良かったと彼を褒めだした。
確かにまだ冒険者としてブロンズランクのリックが、一人でリザードマンを倒したことは周囲が褒め称える程に凄い事である。
二人はそれを理解した上で声をかけ続けるとリックの表情が次第と緩み、不機嫌だった態度はコロッと変わり、今では二ヘラと表情を緩ませ笑っている。
何だ、リックは自分達に褒めて欲しかったのかと、ミツやプルン達が遅れながら彼の勝利を称賛する。
遅いわっ! と、軽く反論もされたがリックの表情が笑ってるので本心は嬉しいのだろう。
リックの戦闘が無事に終わったことに、他の面々も挑戦心が更に湧いたのだろう。
次は私、次は僕がと声が上がる。
なら、私が順番を決めてあげると、セルフィの言葉で次はリッケの番となった。
その次はプルン、リッコ、ミーシャ、ローゼ。そして最後はミツの順番と、ミツが戦う順番は最後である。
セルフィは立場上一人での戦闘は危険だと、ゼクスに指摘されたのでお休みするそうだ。
別にミツがトリを飾っても本人は気にしないとセルフィの言葉を承諾する。
また少し時間がかかるのかと思っていたら、後の戦いは意外と時間もかからずに結果が見えてくる。
リッケがフロア内に入った後、彼は辿々しくも向上を述べる。
リッケの対戦相手はゴブリンリーダー。
これもアイアンランクで戦うモンスターなだけに、リッケにとっては油断できない相手である。
しかし、格上の対戦相手だと言うのに、リッケは落ち着いてゴブリンリーダーの攻撃を流し、殺していく。
そんな弟の戦いに、リックとリッコが驚きに口を開く。
「おいおい! リッケのヤロー、ゴブリンリーダー相手に引けを取ることなく戦ってやがるぜ! あいつ、いつも戦闘ではガチガチだったのに、如何したってんだ!?」
「嘘っ!? あれ、本当にリッケなの? 朝の訓練で毎朝お父さんにこてんぱんに倒されてるあのリッケが、ゴブリンリーダーと互角に戦ってるわ!?」
「二人とも、リッケもジョブを変えたことに力が増してるんだよ。それに、リッケの新しいスキルが彼をサポートしてると思うよ」
「ニャー。ゴブリンリーダーの討伐ってアイアンの依頼からニャよね? ニャら、リッケはアイアン冒険者の強さを持ってるって事ニャね! 凄いニャ!」
「ホッホッホッ。若き力は末恐ろしいですね……(はぁ……。いえ、プルンさん。そのお言葉を訂正いたしますなら、先程のリザードマン、そして今戦っているゴブリンリーダーの討伐は、確かにアイアンランクからです。しかし、それは冒険者ギルドがチームとして戦った上での査定した討伐ランク……。先程のリックさんの戦い、そして今の彼の戦いは、既にグラスの冒険者に匹敵する強さ……。それを理解するには、貴方達はまだ若すぎるのです……。この事実を口にしたいのは山々ですが、ミツさんは兎も角、貴方達に伝えては後悔する結果をうみだすので、あえてここは口を閉ざさせて頂きます)」
表情はいつも通りのゼクスだが、内面ではこの洞窟に来て、もう何度目のため息をついたのか分からない程に、彼は大きな疲労感を感じていた。
リッケの戦いをみて表情を険しくするバーバリとセルフィ。
たったニ刻程しか共にしていない青年の成長ぶりに、二人は言葉を失っていた。
さて、リックとリッケの二人。
彼らの力は本来ブロンズランク冒険者程度の力しか持っていない。
それは日本で例えるなら、二人は高校二年生ぐらいの力と体力と例えるのが分かりやすいかもしれない。
だが、ミツが側にいる事に、彼らのステータスは爆上げされている。
まず、本人達の能力を上昇させる、能力上昇系スキルであるおまじない、それと支援スキル。
更にパーティーメンバー数によって、ステータスを上昇させる、絆の力スキル
ローゼ、ミーシャの二人からの踊りスキル。
この時点でも二人の力は既にアイアンの力まで上げられている。
しかし、これだけではリザードマンとゴブリンリーダーをソロで倒すことはまだ難しい。
なら、何故二人はモンスターを倒せたのか。
それはミツが出した分身の存在が大きく影響していた。
分身はミツと同じスキルや魔法を全て使用できる。そう、彼も持つ、先程言った絆の力スキルが発動しているからこそ、イレギュラーなことになっていたのだ。
これにより、二人の前に戦ったゼクスとバーバリですら異様な力を出し、二人もあっさりとモンスターを倒し終わっている。
ゴブリンリーダーはリッケの見た目では思いもしない強さに困惑してしまい、リッケへと掴みかかろうとする。
リッケは慌てずゴブリンリーダーの両手に〈オーラルブレード〉を発動。
ザクッと鈍い音を出し、ゴブリンリーダーの両手を切断。
痛みに蹲った瞬間、リッケは躊躇いなしと剣をゴブリンリーダーへと突き刺した。
リック程苦戦もせず、リッケはゴブリンリーダーの耳を切り落とし、切り落した両手を拾い戻ってきた。
「お疲れ様、リッケ」
「お疲れニャ。でも、折角戦ったリッケの相手がゴブリンじゃ、素材らしい素材は無いニャねー」
「はい、素材は勿論大切です。でも、僕は今一人でモンスターを討伐できた事に嬉しくて、本当に満足してます」
リッケの言葉に、また周囲からはおめでとう、お疲れ様と言葉が飛び続ける。
リッケの手元はゴブリンリーダーの耳を切り落とした際に血で汚れていたので、ミツはリッケにも生活魔法である〈ウォッシュ〉を発動して彼の手についた血を洗い流す。
一度失敗しているからこそ二度目は加減を知り、リッケの手元を綺麗にすることができた。
少しリックに嫌味を言われたが、失敗は成功の母と言葉を返しておいた。
勿論彼にこの意味がわかる訳もないので、意味を説明すると、今度から新しいスキルや魔法を使う時は俺に使うなと、リックからは念押しされてしまった。
それは残念である。
「ニャッニャッ! ニャッニャッ! んー! よしっ。次はウチの番ニャ!」
軽い柔軟運動をするプルンのお尻……いや、背中を見つつ、ミツの分身は彼女へと支援を送る。
「危険になったら直ぐに戻って。それと必ずモンスターから目を離すことはしちゃ駄目。一発が命に関わるからね」
「分かったニャ!」
まるでボクシングのセコンドの様なアドバイスをプルンへと送る分身。
彼の言っていることは間違いないのだが、その無駄に肩や背中を触る必要は無いのではと思う。
それでもプルンは自身の為のアドバイスは聞き逃さないと、彼女の表情は本気である。
至って真面目な事を言っている分身なのだが、彼の一つ一つの行動がどう見ても、しれっとセクハラをしているおじさんにしか見えないから周囲の仲間達は苦笑いである。
「私、思ったんだけど、あれって少年君の心を映し出す鏡みたいなスキルじゃないかしら。それを思うとやっぱり君ってスケベ野郎ね」
「あー、あー、聞こえません。今の彼は別人として見てますから、自分はスケベではありません」
セルフィの言葉に耳を抑え、声を遮るミツだが、分身の姿がミツと同じ顔をしている為に、それは意味のない行動なのだろう。
くすりとセルフィの口から小さな笑い声が聞こえてくる。
「そうだ」
話し合うプルンと分身の間にミツが入り、彼はアイテムボックスからジャラリと音を立てさせて何かを取り出し、彼女へと差出す。
「プルン。これを自身のアイテムボックスに入れておいて」
「何ニャこれ。鉄の棒……。ミツ、何に使う物ニャ?」
「うん。プルンのスキル、ストッパーの時に使う道具だよ。これなら簡単に投げる事もできるし、地面に刺しやすいと思ってさっき作っといたんだよ」
ミツは分身がリックの盾を物質製造スキルで凹みを直している時、ミツ自身も倒したミノタウロスが持っていた斧に対して、同じく物質製造スキルを使ってある物を作っていた。
ミツが差し出した物。それはプルンの言う通り見た目ただの鉄の棒。
いや、それを言葉で分かりやすく説明するなら、キャンプ時にテントを固定する為に使うペグを想像して欲しい。
それには指一つ分の穴が開いており、先までは20cm程の長さがある。
先程プルンはストッパーのスキルを発動する為と、自身の武器であるダマスカスナイフをモンスターの影に突き刺していた。
スキルを発動する為とはいえ、自身の武器から手を離す事は自身を危険に晒す事と同じ事。
幸いにも彼女はナックルを使う戦いもできるのだが、それでも一つでも彼女自身を危険から遠ざける為と、ミツからの差し入れであった。
「ミツ、ありがとうニャ!」
「うん。それ自体は別に貴重な物でもないから、使う事を躊躇ったら駄目だよ」
「分かったニャ。よしっ! ウチ、行ってくるニャよ!」
ミツからスキル用の道具を受け取り、アイテムボックスへとしまった後に彼女は声を張り上げ、試練の扉に触れる。
プルンを皆が送り出し、彼女は一歩、また一歩と扉の中へと進み、フロア中央まで歩き進める。
「我に挑む者……。身の名を名乗れ……」
「ウチの名前はプルンっていうニャ! ウチは速さには自信があるニャよ!」
シュッシュッっとシャドーボクシングの素振りを見せる彼女だが、速さだけではなく、今のプルンの攻撃は、モンスターの骨も砕く程の破壊力を秘めている。
しかし、その破壊力を知るのはミツの腹部と分身の頭部だけである。
いや、普通の人なら頭部破損、内蔵破裂、肋骨粉砕と、本当にプルンの本気の攻撃は危険なんだよ。
そんな彼女の対戦相手が黒い靄の中から姿を見せる。
「な、何だありゃ?」
「岩? でも、形が………。あっ! あれって、ゴーレムじゃないかしら!?」
「ええ。リッコさんのおっしゃいます通り、あれは確かにゴーレムです。斬撃や魔法が通り難いと言われ、倒すには厄介とする魔物です」
プルンの対戦するモンスターは身体を岩で作り上げ、ロボットの様に動くゴーレムであった。
ゴーレムの攻撃は一つ一つ、とても強力である。
生命の命を持たない無機物のようなゴーレム。
ゴーレムを倒すには、体内にある核を壊せば、スライムの時同様に、簡単に倒すことは可能である。
だが、その壊すべき核の場所が問題なのだ。
ゴーレムの核は硬い岩のような胴体内部に必ず一つある。
それを壊すには、鎧のような硬い岩の胴体を壊すしかゴーレムを倒す方法が無い。
たらりと緊張の汗がプルンの頬を滴る。
ドシンドシンと一歩進み出すゴーレムに身構える彼女は、自慢の足を使い、速さで勝負を仕掛けた
「ニャー!!!」
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